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砂漠の国へ

 ユフィたちが帰宅後すぐにスレイは、学園での仕事の引き継ぎを行った。

 これからスレイは龍神の里を目指して旅に出る。もしも新学期までに帰れなかった時もためにと、夏季休暇前の試験で生徒たちが躓いてた範囲や次の授業の課題など、用意しておいたものをすべて渡した。


「資料の説明はそれで全部だけど、あとのことは頼めるかな?」

「うん。オッケー、先生への報告も任されました。あと、なにかある?」

「それじゃあ、ついでにれ演習用に用意したもの預けておくよ」

「ありがとう、助かるよ」


 ついでに月末に行われるダンジョン演習についても、旅の日程的にスレイは参加できない可能性もあり、前回の演習を踏まえて用意しておいたものと、もしもの時に備えて整備済みの黒騎士全機を預けたでおいた。


 ⚔⚔⚔


 さて今回の旅のメンバーは前回留守番組だったスレイとリーフ、そして竜人族ということでライアの三人で行くことになった。

 母たちが帰ってきたと思ったら今度は父と母が自分を置いて旅に出ることを知り、そのことに大変な不満を爆発させたレイネシアが、噴火した火山のごとく激しく泣いて騒いでを繰り返す始末だった。

 泣いてる娘を置いて行くことへの心苦しさと罪悪感もあったが、行かねばならぬ事情もあるため心を鬼にしてと出かけるが、これは当面の間口を聞いてもらえないことが覚悟で、帰ったら全力でご機嫌を取るつもりだ。


 そんなわけで今から帰りのことを心配しながら魔道四輪を走らせているスレイをよそに、後部座席に座り景色を楽しんでいたリーフがこんな事を呟いた。


「これから向かう場所、カルドバラン王国、たしか別名砂漠の王国と呼ばれていましたよね」

「その通り。あそこは国土の大半が砂漠と岩の国で巨大な渓谷がいくつもある。ボクたちの目的地はその渓谷の何処かにある竜人の集落だ」


 色々な資料を調べて分かったたことはカルドバラン王国のレイクロック渓谷と呼ばれ、地球で言うグランドキャニオンのような場所のどこかに竜人の集落があり、その周囲の村や街と交流があったという記録があった。


 そこまでわかっていれば十分ではないかと思うが、それは違う。なぜならその渓谷のある場所はとてつもなく広く、豊かな水源のあるその周辺は未だに人の手が入らない広大な森が広がっている。

 更にはその渓谷の側には少なく、それも渓谷を流れる河に沿っていくつもの街があり、森のそばには王国の首都を含め十を超える村や街が存在する。

 交流のある場所を探すのだけでも大変なのに、そこから一つの集落を見つけるなど簡単にできる話ではない。


「地道に少しずつ探すしかないんだけど、取り敢えずまず大きな街へ行ってこの国の地図を買うか」

「それが良さそうですね、後どれくらいで到着でしょうか?」

「今のスピードならヴァーチィアを出てカルドバラン王国に入る頃には夜中、今日は速めにキャンプして王国入りは明日かな」

「では、その後は予定通りに歩いての旅ですね」


 元々この魔道四輪、街道などのオフロードを意識してサスペンションなどは取り付けてあっても砂漠は想定されていない。

 それどころか簡単な冷暖房システムすら備わっていない。


 今はそれほど熱くはないので窓を開けて外の空気を入れ替えているだけで済んでいるが、そんな状態で炎天下よりも暑い砂漠に入ったらこんな動く鉄の箱の内部など数分でサウナになってしまう。

 そのため旅の半分は徒歩での旅となる。


 その後、昼休憩を挟んでから夕刻になると街道の隅にキャンプを貼ったスレイたちは、簡単な夕食を取り火の番の順番を決め終わった頃ライアが先に休むと言ってテントの中に入った。

 普段なら夜更かし大好きなライアがいの一番に寝たことや、先程も車内でもずっと大人しくしていたことからやはりなにかおかしいと感じたリーフが尋ねる。


「ライア殿、どことなく変ですね。困惑しているというか……」

「きっと……不安、なんだろうな」

「家族に会うことが、ですか」


 自分を捨てた家族に会うことがどれほど不安か、スレイにもリーフにも想像ができない。

 ライア自身はなぜ自分を捨てたのか、その理由が知りたいといったが、こうして旅に出て不安になったのだ。自分が捨てられたその意味を、理由を知ることが不安で怖くて仕方がない。


「こればかりはライア自身に乗り越えてもらうしかない」

「ライア殿の気持ちはライア殿にしか分からない………ですが、やはり不満ですね。私たちに何故、なにも話してくれないのか」

「多分、ライア自身も今の自分の気持ちがわかってないんじゃないかな………言葉にすることができないほどいろんな想いが渦巻いてどう言葉にして良いのかがわからない」

「………それも魔眼で読み取ったのですか?」

「いいや、ただの予想だけどいい線いってると思うよ」


 呆気カランと笑って見せるスレイの姿と言葉にライアの様子からしてその通りなのかもしれないが、何もできずにいる歯がゆさを感じ得ないリーフだった。

 ライアの気持ちの問題である以上、心に踏み込んだことをするのはリーフも望まない。

 大変不服ではあったが黙って成り行きに任せるしかないのだ。


⚔⚔⚔


 次の日の昼頃ヴァーチィア王国からカルドバラン王国へと入ったスレイたちは、目の前に広がる岩と砂の大地に圧倒されながらも一歩ずつ進んでいく。


「うへぇ~。あっつぅ~」

「言わないでください。余計に熱く感じてしまいます」


 だだっ広い広大な砂漠を歩くスレイたちの頭上では燦々と輝く太陽の熱が肌を焼き、熱せられた砂漠の砂が真下から照り返す。

 風が吹けば地面から立ち上る灼熱の熱波が焼く。

 熱と暑さのダブルパンチを受けて早々にギブアップしたスレイは、ロングコートを脱ぎ捨て灰色のフード付きのマントに切り替えていた。

 そんなスレイの隣ではやはりリーフも似たような格好で、ついでにいつも付けている脚甲と手甲と一体型の盾も装備されていない。

 あんな金属鎧など、この砂漠でつけていたら死しか待っていないからだ。


「今、魔物に襲われたら死ぬな」

「ですね………」


 戦闘になったときは別の手段を講じてはいるものの、砂漠の大地がここまでとは予想していなかった二人は来るのは間違いだったと思い始めている中、ライアだけは平然と進んでいた。


「……二人共、だらしない。キリキリ歩く」


 スタスタと先を行くライア、その顔は全く疲れを知らず暑さにもやられていない。


「流石は竜人族。暑さには強いか」

「それを言うならスレイ殿もですよね」

「誠に残念なことに近いだけで、元が人間だから」


 そう言いながらポーチからから水筒を取り出し一口飲んだスレイは、そのままリーフへと投げ渡すと同じように一口だけ飲んでからライアに声をかける。


「ライア殿も飲まれますか?」

「……まだいい」

「無理はするなよ。喉乾いたり疲れたらすぐ言う事」

「……私よりも二人が心配」


 何気ないライアの一言に暑さにやられてしまっているスレイとリーフが膝をつくが、砂の暑さで瞬時に立ち上がると抗議する気にもなれなかったのでそのまま出発した。

 どこまでも続く砂の大地を歩きながらリーフはふとスレイに尋ねる。


「今更ですが、なぜ今回の旅の同行を私にしたのですか?」

「ん?言ってなかったっけ?」

「えぇ。出立の日時以外は何も」


 そう言われて準備で色々忙しかったせいで詳しいことを何も話していなかったとスレイは思い出し、チラッと先を行くライアの姿を見ながら、小声で話だした。


「ライアのストッパーっというか、ライアを支えてあげてほしかったんだよ」

「でしたら、私よりもノクト殿かラーレ殿の方が適任でしょうに」

「初めは二人を連れて行くつもりだったけど、二人共今回も旅で思うところがあったらしい」


 帰ってきてそうそうノクトは正式にクレイアルラに弟子入りし、ラーレもフリードに師事を受けることにしたそうだ。

 ある程度の事は聞いたものの、二人があの場で何を見て何を思ったのかは分からないが二人が前に進みだしたことは良いことなのだろうとスレイは思っていた。


「つまり私はお二人の代わりということですか」

「いいや。リーフは始めっからメンバーに入れてたよ」

「そうなのですか?」

「……なぁリーフ。あの戦いのあとからずっと気にしてたでしょ」


 緋麟丸との戦いの時、リーフは全く刃が立たないどころかラピスを守ることも出来なかった。

 ずっとそのことが悔しかった。そのことを薄々察していたスレイは今回の旅でリーフもなにかきっかけが出来ればと思い、メンバーに選んでいた。


「今回の旅はライアだけじゃなく、リーフのためにでもってのが理由かな」

「そう、だったのですか」

「ただし、予定してたよりも人数が減って面倒な役割も頼むことになったのは謝るよ。ごめん」

「それにつきましてはお気になさらずに、気にしておりません」


 笑いながらあるき出した二人だったが、不意に風に乗って聞こえてきた悲鳴に顔をあげると、砂丘の上からライアが叫んだ。


「……スレイ!リーフ!あっちで馬車が魔物に襲われてる!」


 ライアの指差す方に視線を向けた二人だったが、この位置からではあたりに存在する砂丘の影になってわからない。


「ここからじゃ分からん!ライア!そのまま先行して!」

「……ん。わかった!」


 頷きながら竜翼を広げたライアが飛び立つ、それを追ってスレイたちも追っていくとすぐにライアが見つけた馬車を発見した。

 馬車は一台、その後ろからは牛並の大きさのサソリが数十匹集まっていた。


「赤黒い甲殻を持ったサソリ、ブラッドスコーピオンか」

「あのままでは追いつかれてしまいますよ!」


 リーフの指摘通り逃げ惑う馬車のすぐ後ろにサソリたちの群れが迫る。

 どんなに急いでも速度で飛び続けていたら間に合わないとわかったスレイはすぐに指示を飛ばす。


「ゲートで一気に飛んで、遠距離系の技で群れの数を減らし、ボクたちに注意をそらすぞ」

「それしか、なさそうですね!」

「……ん。了解」

「群れの手前に開く!───ゲート!」


 前方にゲートを開いたと同時にスレイが黒幻を抜くと、リーフが翡翠を抜き放ち、ライアは両手を竜の爪へと変え闘気を纏った。

 三人ゲートを抜けると同時に目の前に現れた無数のサソリの群れ、一目見るだけでも圧倒されそうになるその軍団を前にしながらもスレイたちは臆することなく向かった。


「喰らい尽くせッ!──雷龍砲撃閃ッ!」

「斬り刻めッ!──飛翔乱舞斬ッ!」

「……裂かれろ!──竜爪撃」


 スレイの放った雷撃の竜、リーフの放った闘気の飛ぶ斬撃、ライアの放った闘気の爪撃がサソリたちを襲った。

 軍団で動いているサソリたちはその数のせいで、大半は避けることもできず技が直撃し雷撃に焼かれ、闘気の斬撃と爪撃によって斬り裂かれていった。

 だが運良く生き残ったもの、技の範囲外にいたサソリたちは未だに向かってくる。ここで向かい打たなければとスレイたちが構えようとした時、後ろを走っていたと思った馬車から声がかかる。


「あんたら助かった!」


 振り返ると馬車は止まり御者席から一人の男が降りてこちらに振り向きながら叫んでいる。


「魔物はまだ残ってる!あなた達はそのまま行って!」

「あっ、わっわかった!」


 男が御者席に戻り馬車が走り出したのを見てスレイはライアに声をかける。


「ライア、彼らの護衛を頼めるか?」

「……ん。了解」

「場所が分かるようにセキレイを出しておいて!」


 飛び去っていくライアは後ろを振り返らずに答えた。

 振り返ったスレイは鞘に収まった白楼を抜き放つとリーフの横に並び立った。

 迫りくるサソリの数は約十数匹、多く見積もっても三十には届かないはずのそいつらは、一斉にスレイたちの方へと向かって来る。


「リーフ、準備は?」

「えぇ。終わっています。いつでもいけますよ」


 そう答えるリーフの手にはいつもの手甲一体型の盾ではなく、漆黒の手甲がはめられていた。

 これは以前討伐したSランク魔物、タイラント・レックスの鱗から作られた物だ。

 以前陛下より頂いた数少ない鱗を素材として作られたこの手甲は、リーフの盾と遜色のない強靭さを持つ一品だ。


「じゃあ、行くか」

「えぇ」


 短いやり取りとともに駆け出したスレイとリーフは、先頭を走るサソリに狙いをつけると相手も二人に気づき敵を排除しようと向かってくる。

 駆け出そうと地面を踏みしめたスレイだったが、思わず顔をしかめてしまう。


 ──くっ、砂に足を取られて踏み込みづらいな。


 っと心の中で愚痴りながらも踏み込むと迫りくるサソリの側面に回り込み、白楼を一閃させその巨体を支える脚を斬り落とすとサソリは倒れながらもスレイに攻撃を仕掛ける。

 鋭い針を持った尻尾が迫りくるが、それを黒幻を振り上げて切り裂くと返す刃で胴体を二つに両断すると、剣に付着したサソリの体液を振って落とす。


「やはりなれない場所は不利か……リーフ、そっちは?」

「平気です。ところでスレイ殿、足元に闘気を纏えば砂の上でもうまく走れますよ」


 すでに何匹ものサソリを倒しているリーフからその話を聞いたスレイは、言われたとおりに足元の闘気を纏わせると砂の上を自在に動くことが出来た。

 まともに動くことが出来るようになりスレイは瞬時に残りのサソリを片付けた。


 サソリの群れを倒したスレイはライアに連絡を入れた後、リーフと共にサソリの死骸を集めていた。


「前々から思っていましたが、スレイ殿は闘気の扱い方にかなりムラがありますよね」


 闘気を斬撃として飛ばすことも知らなければ、闘気で空を歩くことも知らなかった。

 今回の砂漠の上を歩いたやり方も本来ならば水面を歩くやり方の応用だ。闘気の扱いとしてはかなり上級者向けのやり方とはいえ、闘気の扱いに慣れた者ならば容易にできるはずだ。

 かと思えば闘気で体内の血液を操作したり、折れた骨を繋いだ状態で戦闘を行ったりと、水や砂の上を歩くよりももっと高度なことをしている。

 その理由について尋ねると、スレイはどこか居心地の悪そうな顔をしながら答えた。


「それは、師匠のせいかな。あの人、剣技も闘気術も教え方が独特だったから、説明はわずか後は見て身体で覚えろ。それで無理なら諦めろ、それでも覚えたければ命をかけろってスタンスだったから」

「今更ながら凄い人ですね」

「あぁ。お陰でボクだけじゃなくラーレも苦労してたってさ」


 同じ師匠に指示された者同士、通じるところはあったらしいがそれでもスレイのときと違い、ラーレにはかなり甘い教え方をしていたそうだ。


「しかし、一瞬でできるようになるあたりスレイ殿の才も凄いですね」

「操作系は死ぬ気で覚えさせられたから、別段才能なんかじゃないよ」

「そうでしたね。たゆまぬ努力と絶え間ぬ流血の結晶なのですものね」

「リーフはボクをへこませたいのな?」

「事実ではないのですか?」

「うん。事実だね」


 もう弁解するのを諦めたスレイは空間収納に集めたサソリをしまうと、レイヴンを通してライア側のセキレイの視覚から場所を特定してゲートを開いた。


 ゲートの先では先程逃げ回っていた馬車を止め御者の一人が、馬を休ませているところだった。


「……スレイ、リーフ。お疲れ」

「そっちもお疲れ。どうだった?」

「……特に問題なし」

「なら良かった」


 簡単にライアからその後の状況を聞いていると、陽気な声がかけられる。


「やぁやぁ!君たち、さっきは助けてもらってありがとう!」


 声の方に振り返ったスレイたちが見たのは、昔テレビでみた砂漠の民族が着ていたような物に似たような服を着た人物は、にこやかな笑みを浮かべながらこちらにやってくる。


「君たちのお陰で命拾いしたよ。本当に、君たちは命の恩人だ」

「こちらも、偶然通りかかっただけですし、お礼ならいち早くあなた方を見つけた彼女にお願いします」

「そうでしたか、ありがとうございました」

「……ん。無事で良かった」


 スレイがライアを見ながらそう言うと、男はすぐにライアへ感謝の言葉を告げている中、馬車を見ていたリーフは男にこんな事を尋ねる。


「あの、違っていたらすみませんが、あなたのご職業は商人でしょうか?」

「えぇ。そうですよ」

「でしたらなぜこのような場所に護衛も付けずに?」


 武術に何らかの精通がある商人ならば護衛を雇わない選択もあるかもしれないが、見たところ眼の前の男にそんな様子はなく、もう一人馬の世話をしている少女がいるが、彼女は護衛と言うには幼すぎる。


「なんと言いますか。まこと恥ずかしい話なんですが、私らが雇った護衛、冒険者なんですが私らをおいて逃げまして」

「その話、聞き捨てられませんね」

「ですよね!あいつら、仕事の態度も悪いわ、休憩中に偶然見つけた魔物を刺激してそれで私らを置いて逃げるんですよ!」


 依頼主を置いて逃げるだけでも許しがたいのに、あの魔物たちの群れもその冒険者達のせいで起こったとはますます許せない。

 事情を知ったスレイたちは無言でうなずき会う。


「あの良ければ、その護衛ボクたちが引き受けましょうか?」

「本当ですか!?」

「えぇ元は同業の者が迷惑をかけたみたいですし、その償いということで」

「同業ということは、皆さん冒険者さん?」

「えぇ。ボクはAランク冒険者のスレイ、そして同じくAランク冒険者のリーフとCランク冒険者のライアです」


 改めて自分たちの名前を告げたスレイたちだったが、目の前の男は名前を聞いたと同時に驚きの声を上げた。


「ウソでしょ!?皆さん有名な二つ名持ちの一流冒険者さんじゃないですか!?」


 ここまで驚かれるといささか困るのだが、そもそも来たことのない国でもこうして名前が広まっているとどう反応して良いのか困ってしまう中、ライアが不服そうな顔をしていた。


「……一個訂正、二つ名持ちはスレイとリーフだけ」

「そんな、ライアさん。あなたも近いうちに必ず二つ名が付くはずですよ!いや、でもこれはすごいですよ!今一番の有力冒険者の方々に護衛をしてもらえるとは!」


 興奮しすぎて叫びまわっている男だったが、不意にハッと我に返って咳払いをしてから一言、失礼と謝罪の言葉を告げた。


「お見苦しいところを───改めて、私はギルモア。この国の首都アズライルにて商会を構える商人でございます」


 商会を構えるということは商会長、そんな身分の人がどうして旅をしているのかと少しだけ疑問に思えた。


「……ねぇ。どんなの売ってるの?」

「そうですね、今は商談の帰りなのであまり商品はありませんが、主に織物や雑貨ですがお客様のご要望がございましたら武器や薬など、幅広く色々と扱っておりますね」


 色々扱っているということは、レイネシアに喜んでもらえるものもあるかもしれないので、護衛が終わったら相談に乗ってもらおうと考えていた。


「それともうひとり、ユアレこっちに来なさい」

「…………………」


 ユアレと呼ばれた少女は馬の世話を止めてこちらにやって来る。

 年の頃は十代前半かあるいはそれよりも下とおもしき少女ユアレは、スレイたちのことを警戒しながらギルモアの後ろに隠れる。

 この二人並んで立つとよく分かるが顔つきがまるで似ていない。一体どんな関係なのかと気になってった。


「この子はユアレ、見ての通り血の繋がりはありませんが私の娘です。ほら、冒険者のみなさんだご挨拶なさい」

「…………………………」


 挨拶をしなさいと言われユアレはペコリと頭を下げると、再び馬の世話に戻ってしまった。

 普通ならば親であるギルモアは、今のユアレの行動で怒っているかもしれないが、そんな様子はなく更にはギルモアの表情も暗い。

 どうやらあれは単に無口というわけではなさそうだと思ったスレイは、失礼かと思ったが尋ねることにした。


「失礼ですが娘さん、声が」

「えぇ。三年前、あの子が六つのときフレアモスと呼ばれる魔物の鱗粉で」


 フレアモスとは小型犬と同じような大きさの蛾の魔物で、その羽根にある鱗粉は触れると燃えるのが特徴だ。

 どうやら彼女は魔物が起こした火災で炎に喉を焼かれ、その時のことが原因で話すことができないそうだ。


「喉が完全に潰れ、話すことはできませんがそれでもこうして元気に育ってくれることを喜ぶばかりです」

「父親としての喜びですか」

「はい……ですが、一つ欲を言えばあの子に友達ができればどれだけ良いか………」


 話すことが出来ないあの子にとって、友達を作るのがどれだけ大変なことかスレイには分からなかったが、もしかしたらうちの妹たちならそんな事を気にせずに友達になれるのではないか。

 いらぬことかもしれないが、ついついそんな事を考えてしまうのであった。


 それからしばらくして馬を馬車につなぎ直したユアレがギルモアを引っ張る。どうやら準備ができたらしい。


「では行きましょうか。後数刻もすれば近くの街につきますので」


 ギルモアとユアレが馬車に乗りスレイたちも荷台に乗せてもらうと、馬車はゆっくりと進んでいく。

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