魔族と精霊魔導士
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大樹の精霊ドライアドと契約する前、クレイアルラは学園の生徒たちに向けて精霊との契約についての授業を行ったことがあった。
理由はドライアドとの契約する際に全身に施したペイントが原因なのだが、いい機会なのでこれを機に学園の生徒たちにも精霊との契約や、その危険性について説明することにした。
「精霊についての基礎知識はこの教室以外の授業でも行っているため、改めて説明する必要はないと思います。なので本日はより高位の精霊憑依についてより詳しく説明しようと思いますが、その前に確認です。なぜ精霊が上位精霊と下位精霊に分けられるか、わかりますか?」
クレイアルラの質問に生徒たちがざわざわと騒がしくなる。
「精霊は概念の存在である。それは今までに何度か説明した通り、下位精霊とは人の中にある概念の根本とでも良いでしょう」
「先生!それじゃあ人が当たり前だと思うっていう概念が下位精霊を生み出したってことですか?」
「えぇ。火の精霊にしろ、水の精霊にしろあって然るべき、そう人が考えるからこそ存在することが出来るのです。そして、それこそが精霊を分ける基準とでも言いましょう」
クレイアルラの説明に理解できない生徒たちが一斉に首を傾げるのを見て、今度はもう少し噛み砕いて説明するとしようと考えながら説明の続きをする。
「下位精霊との契約は資質さえあれば誰でも簡単に、それこそ今この場で煩わしい儀式も何もなくできます。ではそれはなぜか?今から十分間、時間を与えますので皆さんその理由を良く考えてみてください。もちろん相談をしてもらっても構いません」
そう言うと懐から懐中時計を取り出して時間を図りだした。
生徒たちが話し合いを姿を見ながらクレイアルラは時計で時間を計測してしばらく、時間となり生徒たちに問いかけた。
「時間です。それでは答えを聞かせてもらいましょうか?」
さっと一人の生徒から手が上がったので、クレイアルラはその生徒の名前を呼ぶ。
「下位精霊が人よりも弱いからだと思います」
「それはなぜですか?」
「だって下位って事は下。つまり弱いってことじゃないですか?」
「そうですか、では他に意見はありますか?───はい。そこのあなた」
「はい。精霊が人のことを好きだから、だと思います」
「とてもいい答えですね。それでは次は───」
それから幾人かを当てて答えを聞いていったクレイアルラは、善意の意見を聞いてから最後に答えを説明する。
「皆さん。良い意見でしたが全員外れです。正解は、人との結びつきの強さ。そして契約のしやすさです」
「えっそれだけ?」
「はい。それだけです」
なんとも安易な答えに誰しもが唖然としている中、一人だけクレイアルラに質問をした。
「先生、質問です。精霊の区分が契約のしやすさなら、下位精霊と上位精霊の力は同等なんですか?」
質問をした少女 ミーニャに誰もが視線を向ける。
「いい質問ですミーニャ。その通り分けてはいるものの精霊の力は同等。つまり優劣などないのが現実です」
「それじゃあ、なんで力の差が出るんですか?」
ミーニャは以前授業でクレイアルラと精霊魔法の模擬戦を行ったことがあった。
その時同じシルフで精霊魔法を打ち合って見せたが、結果はミーニャの惨敗であった。
「精霊魔法の力の差は術者の適正以外にも技量の差が、そのまま精霊魔法にも反映されるのです」
ついこの前精霊と契約したミーニャと、長い時間をかけて鍛錬を積み重ねてきたクレイアルラとでは天と地との差ができてしまう。
「それでは、話を戻します。上位精霊との契約は一番難しいものになりますが、それ以上に契約できる精霊を判別することが一番難しいからなのです」
「聖霊との契約は誰にでも出来るんじゃないんですか?」
「先程も説明しましたがそれは下位精霊との話で、上位精霊ではありません。ではなぜ難しいかと言うと、上位精霊との適合率が著しく低いからです」
どういうことかと生徒たちが騒ぎ出す中、クレイアルラは何も言わずに話を続ける。
「上位精霊との契約は人との結びつきが大切です。憧憬、願望、願い、恐怖、何でも構いません。その人物を表す一つの概念が結びついた時精霊との契約が成り立ちます」
「それじゃあ、上位聖霊との契約は己を知ることが大切ということなんですね」
「はい。それ故に多くの精霊魔導士は下位精霊との契約のみにとどまります。──話はそれてしまいましたが本題に戻りましょう。ミーニャ手伝いをお願いします」
「はい」
名前を呼ばれたミーニャが前に出ると、クレイアルラはミーニャに精霊憑依をするように頼むと、ミーニャがシルフに精霊憑依する。
緑のドレスにレイピアを握ったミーニャの姿に男子生徒が鼻の下を伸ばし、他の女子生徒から鉄拳制裁を受ける。
「これが精霊憑依。人が精霊の力を引き出すことに一番適した姿がこれです。ミーニャ、もう良いですよ」
『「はい」』
精霊憑依を解いたミーニャが自分の席に戻ると、今度はクレイアルラは黒板に図を描き始めた。
「今実演してもらったものが精霊憑依についてですが、あれが最も術者と精霊が安定した姿になります。ですが安定と引き換えに、本来の精霊の力を五割程度しか引き出せていません」
淡々と説明を続けているクレイアルラの話を聞いていた生徒の一人が質問をする。
「先生。精霊の力を引き出せないんですか?」
「出来ますよ。危険な方法ではありますが、均衡を保っている精霊憑依を敢えて崩すことで力を高める方法です」
そう答えるクレイアルラだったが、実際はこれは一番危険な行為でしかない。精霊憑依を行う時、同化は均衡を保ち続けなければ術者はたちまち精霊に飲み込まれてしまう。
故にクレイアルラの言っていることの意味は術者の自殺を意味するのだ。
「身体の一部を精霊に同化させることにより、抑えられていた力をさらに引き出すことそれが精霊憑依の第二段階です」
クレイアルラは実際に生徒たちに見せるためにシルフの精霊石に触れるのだった。
これが密かに修練を積んで会得したクレイアルラの切り札。精霊憑依の第二段階の仕様が魔族イグレージスとの戦いに使う。
ギュッと握りしめた手を開いて何度か繰り返したクレイアルラは、握られた剣を軽くふって見せる。身体のそこから溢れる凄まじい
「クレイアルラ、貴様のそれはなんだ?」
『「何とは?」』
「それは普通ではない。飲まれて死ぬ気か?」
『「飲まれませんよ。ギリギリで保ちながら制御しています。それ故に今のは私は強いですよ」』
クレイアルラが剣を掲げると、森の木々が蠢きだしたかと思うと枝木が形を変え、先端をドリルのように尖らせると一度クレイアルラはライアの方に視線を向けた。
『「良く頑張りましたねライア。あとのことは私が引き受けます」』
「……ん。なら、よろしく」
踵を返して走り去ろうとするライアだったが、それを良しとしないイグレージスが血の鎌を奮って止めようとする。
「逃がすかッ!」
振るわれると同時に鎌の刃の形が変形し真っ直ぐライアへと向かって伸びていく。その様子を横目で見ていたライアだったが、気にする様子もなく前へと走り続けていると、突如地面から木の根がせり上がり壁となって防いだ。
『「させるはずがありませんよ」』
「クレイアルラ、ならば貴様から殺ってやるぞッ!」
鎌を戻したイグレージスがクレイアルラへと飛びかかると、クレイアルラは待機させていた枝木を全てイグレージスに向かって一斉に襲いかからせる。
「無駄なことを!」
イグレージスの血の鎌を回転させて襲い来る枝切を切り落とし接近しようとするが、踏み出したと同時に今度は足元の地面からせり出してきた根っこがイグレージスの鎌を絡め取り、手足を拘束した。
「こんなもの焼いてじまえばいいだけのこと!」
拘束されていた血の鎌を液状に戻し一気に爆発させる。爆発の影響で根っこが弾けたものの、木々は燃えることはなかった。
『「無駄ですよ」』
弾けた根っこと木々が再生し再びイグレージスを拘束、さらに拘束した内側からパイルのように伸びた木の幹や根が深々と突き刺さり拘束していた。
ドクドクと流れ出すイグレージスの血、それを別の木々が吸い上げていた。
「おい、なぜ血を吸い取る」
『「決まっています。あなたの力は血を操り爆ぜさせる。ならば吸い上げ木々の中で薄めてしまえばいい。それだけです」』
実際にクレイアルラガアやっている木々はすでに数百本近く、吸い上げた血も木の内部にある水分と混ぜてかなり薄めて伸ばした枝木に集めているため、万が一爆発しても問題はない。
そしてクレイアルラには、もう一つの目的があった。
「ぐっ、なんだ……めまい、か?」
『「ようやくですか。あなた、随分と血を流していましたからね。そろそろではないかと思っていました」』
血を武器として使う関係上、どうしても体内の血の量には限りがある。
イグレージスの持つ触手は他者から血を補給するための吸血用の針のようなものなのだが、あいにくとこの近くに血を吸える対象も居なければただの攻撃手段にしかならないが、それも身体を拘束されている今となっては使えない。
万事休す、もはや打つ手なしのこの状況では命は助からないと感じたイグレージスは、無駄な抵抗は辞めにしてさっさと終わらせてくれるようにクレイアルラに頼んだのだが、クレイアルラは首を縦に振ることはしない。
『「まだ、あなたを殺しません。あなたにはまだ、聞きたいことがありますからね」』
「なんだ。速くしろ。私は終わりたいんだ」
『「ではいくつか、まずなぜ神はあなたをイーレスタに変えて生かしたのですか」』
「知らぬ。そんな事は神に聞け」
分かっていたら、今更暴れることなどしなかったと付け加えたイグレージスに嘘はないと確信を持ったクレイアルらは、次の質問に移った。
『「それでは、あなたはなぜ神に狙われた」』
「知るか……それ、こそ神に……聞くん、だな」
『「わかりました。最後に一つ。神話の時代、なぜあなた方魔族は神と戦ったのですか」』
何故戦ったのか、今更そんなことを聞く意味がわからない。今更、こんな状況で聞いてくるクレイアルラのその意味が理解できず、そして腹立たしい気持ちになる。
「おかしなことを聞く。決まっている、そんなのは……生きるためだ……死ぬためなんかじゃない………生きたいと、誰もが思ったからこそ戦ったのかだ!」
真っ直ぐな迷いにないイグレージスの言葉にクレイアルラの心が揺らぐ。
『「私たちと同じ……生きるために戦った。でも、それでもあなたがやったことは許せない」』
イグレージスとて同じだ、ただ神にあらがって生きようとしたただ一つの命として………でも、それでもクレイアルラにはこのまま見逃す選択は出来なかった。
『「家族を危険に晒し、多くの同胞を手に掛けた長老!あなたを見逃すことは出来ません」』
「そうだろうな」
『「でも、許そうとする私もいる」』
きっとスレイやユフィならとまた別の選択を取ったのかもしれない。だが、クレイアルラには他の道は見つけることが出来ない。
「わかっている。やってくれ」
『「行きます。さようなら、長老」』
握りしめた剣に力を込めながらその切っ先をイグレージスに向けて振り下ろそうとしたその時、背後からゾワりと背筋が凍るようなとてつもない悪寒を感じる。
「おやおや、せっかくの魔族の力。いらないんだったら私がもらっていくよ」
耳元で囁かれたその声の主、いつの間に現れたのかわからない。
それでも、これはここで戦わなければならないのだと、クレイアルラの今までの戦いの中で培われてきたその直感が、激しい警鐘を鳴らして訴え続ける。
『「木々よ 阻めッ!」』
振り向くと同時にクレイアルラが大樹の精霊の力を力を使い背後に現れた侵入者を押しのけようとしたが、確かに使ったはずの力は発動せずかき消される。
「おやおや精霊の力ですか。。いやぁ~セファルバーゼさんが近くにいるから、ちょぉ~っと挨拶によっただけなのに良い掘り出し物がありましたねぇ」
クスクスと笑っているのは使徒、イブライムが狂ったような笑みを浮かべている。
『「イブライム。どこから」』
「ふふふっ、私に友人がこちらへのフリーパスを持っていましてね。お借りしてきてみたんですよ」
『「そうですか。なら、あなたもここで倒す!」』
剣を振るおうとしたクレイアルラだったが、その時クレイアルラは確かに見た。
イブライムの身体が光に溶け、凄まじい速さで目で捉えるきとも出来ない程の速度でイブライムの双刃剣の一閃が払い除ける。
「かはっ」
「クレアッ!」
一瞬の決着、寸でのところで剣で受け止めることができたクレイアルラだが、払われ背中を強打したクレイアルラは精霊憑依が解け意識を手放してしまう。
クレイアルラが気を失ったのを見たイブライムは、己の中に溢れ出る凄まじい力に歓喜する。
「凄まじい。想像以上ですよフリードさん!あなたから頂いた幻獣バハムートの力ッ!あぁ~、いい、いいですよ!私が望んだ力が私のものになる。まだ強くなれる!さぃっこうですよこの力はぁああああああ――――――――――――ッ!」
狂ったように笑い出すイブライムを前にイグレージスは顔をしかめる。
あんな物を野放しにしてはいけない。あんな奴に誇り高き魔族の力を渡す訳にはいかない。
イグレージスを拘束していた力は精霊ドライアドによるもの依存していた。だが、その術者であるクレイアルラが倒れた今となってしまえばただの木だ。
バキバキッと力を込めて木の拘束を逃れたイグレージスは、フラフラと今にでも倒れそうにな足取りで前に歩くと、身体の至る所に突き刺さった木の棘を抜くと、ボタボタと違いとめどなく溢れていく。
これではたとえこの場を乗り切っても助かるわけがないと感じたイグレージスは、ジャリッと眼の前に歩み寄ってきたイブライムがその顔を覗き込んできた。
「ふむふむ。あなた、私たちと一緒に来ますか?」
「あぁ?ふざけんな。死ねクソが」
「おや。これは手厳しい………しかし、私はあなたが恨む神を殺そうとする、いわば同士なのですよ!」
「だったらなおのこと、貴様の手は、借りれねぇんだよ!」
叫ぶイグレージスが地面に溜まった血を使い変換し鋭い刃がイブライムに突き刺さろうとしたが、血の刃がイブライムに触れようとしたと同時に元の血となって地面に落ちる。
「ほぉ~。あなたは自分の血を操る力を持っているのですか。あまり使い勝手が良いわけではなさそうですね」
「なにを」
「あぁ。あなたの魔皇気でしたか、それをいただきました」
どういうことだと、理解できないイグレージスは己の中にあるはずの魔皇気、魔族由来の気が全く感じられない。その事実がイグレージスを絶望へと追いやると同時に虚しさを感じる。
ザシュッと、イグレージスの身体に激しい痛みが走る。
「せっかく生かしてあげようとしたのに、残念でしたよ」
ドサッと崩れ落ちるイグレージスは残された力で起き上がろうとしたが、両腕に力が入らずドサリと崩れ落ちる。
それをなんとなく眺めていたイブライムは途端に興味を失ったのか、クレイアルラに止めもささずに消えようとする。
「目的も果たしましたし帰りますか」
消えていったイブライム。残されたイグレージスは、気にもたれかかり意識を失ったクレイアルラの姿が写った。
すると、イグレージスは何を思ったのかクレイアルラの側にまで行こうとする。
イグレージスがクレイアルラ側に行こうとした時、少し離れたところから声が聞こえてきた。
「ライアちゃん急いで!」
「……ん。分かってる」
近づいてくる二つの声の主ユフィとライアがそこにたどり着いた時、血の海に沈むイグレージスがクレイアルラの側に這っていこうとするのを見てとどめを刺そうとしたが、次に掛けられが言葉で思いとどまった。
「おい、クレアの……娘、たち、俺をクレアの側に」
魔法陣を展開した杖を構えたユフィは、すでに弱っているイグレージスをながら問いかける。
「それは……なんで、ですか」
「さぁ、な……だが、一言……あやまり、たい」
弱々しい声で呟かれたイグレージスの言葉に嘘はないと感じた二人は、構えを解いてイグレージスをクレイアルラの側にまで運ぶと、木に持たれかかかったクレイアルラを地面に寝かせ、その側にイグレージスも寝かせる。
「すまな、かったな……クレア、それに……皆も」
自分を止めようとしてくれたクレイアルラに、目覚めてすぐ殺してしまったエルフたちに、深い謝罪の思いをいだきながらイグレージスが言葉を紡ぐ。
そんな中、ライアはそんな言葉で済まそうとするイグレージスを許せなかった。
「……謝るなら、なんで殺した」
「言い訳を、する……つもり、は……ない」
虚ろゆく意識を保ちながらイグレージスは言葉を紡ぐ。
「……憎かった、こいつらも……奴ら、に、神に……もて遊ばれた、はずなのに……のうの、うと……生きて、いることはmが……は、らだたし、かったから……おれの、ふくし、ゅうの……ために、つかおうとした」
「そんなの、逆恨みじゃないですか」
「こ、うかい……して、いる……バカ、なことを………した、とも………だが、とめ、られなかった」
「……怒って当然。でも、母先生はあなたを恨み切れなかった」
「うん。だって、家族だったんですよね」
ここに着た時、クレイアルラから聞かされた村長イーレスタの話では、まだ幼いクレイアルラを本当の孫のようにかわいがってもらったと聞いた。
だからシェル越しで見ていたクレイアルラは最後の瞬間、とても悲しい表情でとどめを刺そうとしていた。
「さとの、みな、に、つたえて……もらい、たい……すまな、かったと」
「確かに伝えます」
「それ、と……あの日……おまえ、たちがもっていた、あのつる、ぎだが」
「……なにか、知ってる?」
最後に言葉に二人が驚く中、最後の力を振り絞り伝えようとするイグレージス。
「あれ、は……しょ、うしん……しょうめ、い……かみを、ころすつるぎ、だ……つき、さす……だけで、いい」
「神殺しの短剣、それなら本当に神を殺せるのね!?」
「あぁ……だ、が……あやま、るな……あいてを……たが、えある……しん、じつを」
「……違えるな?どういう意味」
答えを聞こうとするライア、かすれる声でイグレージスが答えようとして既のところで堪えると。
「じ、ぶんで……かん、がえ……るん、だな」
嫌味ったらしい笑みを浮かべながらイグレージスは、その永く永遠とも思えた悲しき生涯に幕を閉じるのであった。




