帝国の闇と襲撃
場所は移り変わり旧帝国領、そこに住まう人々の心の内に潜んでいた闇の一部を実際に目をしたフリードたちは、どうにかして彼らのことを説得することはできないかを考えていた。
永い永い、それこそ数百年もの永い期間にも渡って王族、そして貴族という強大な力を持つ権力者たちによって搾取され虐げられてきた彼らにとって、国が崩壊したこの状況はまさに復習するチャンスだったわけだ。
太古の魔物の目覚めという自然災害がもたらした国の崩壊によって何千、何万もの人々がなくなる中。運良く生き残り先祖代々の恨みを果たした彼らの怨みはそんなものでは済まない。
例え疫病にかかり自分たちの命を削ることになろうとも、アンデッドになった貴族たちをもう一度殺す。そう、彼らは己の身が朽ち果てるまで何度も蘇った貴族たちを殺す……だが、本当にそれでいいのか?
「けほ、けほっ」
考え込んでいたフリードたちの耳に届いた小さな咳き込むような声に振り返ると、大人たちに紛れて小さな子供がいることに今更ながら気がついた。
数人の子どもたちは大人たちにように痩せて入るものの、多少は肉付きはいいような気がする。大人たちが僅かな食料を分け与えて来たことは容易に想像ができるが、それでもあのままでは危ないと考えさせられてしまう。
「ノクトちゃん、どう思う?」
「診察ができないとなんとも言えませんが、栄養失調とは別に何らかの病気を患っている可能性はあります」
離れていた場所で見ているだけでもやせ細り顔色も悪いが、異常に頬が赤くフラフラと立っていられずに座っている子供もいることから明らかに熱がある。
当たり前だ、栄養を十分に取れていない子供は免疫力も衰え病気にかかりやすい。そこに腐敗した遺体を放置しているのだから、何らかの病原菌が発生しているのは想像し難く、その病原菌に真っ先に襲われるのは小さい子供だ。
このままでは本当に死人が出ることを危惧したフリードは、もう一度彼らを説得するために声を出す。
「もう一度聞くぞ、あんたらはそれでいいんだな。何もせずにいて」
「何度も言わせるな!我々はこいつらに苦しめられてきたんだ、たった一度殺したくらいで許されるはずはないんだ!」
止めるのは無駄、彼らは本当にあの遺体をアンデッドにしてもう一度殺す。長い間虐げられてきた復習にためにと……この国の歴史を考えればそうなのかもしれない、だが今の彼らがやろうとしていることはただの自己満足だ。
自分たちの命を削り復讐するのはいい、だがその中にまだ何も理解できないような幼い子供の命も含まれることがフリードには許せない。
「俺も人だ。復讐を想うあんたら気持ちも多少なりともわかる───だけどなぁ、あんたらの勝手な都合で何も関係ない子供を巻き込むな!」
張上げられたフリードの声に彼らは一瞬ひるんだが、すぐに叫び返した。
「何をいうか!関係ないだと?大いにあるさこの子たちはこの国の犠牲者だ!ならばこそ我々はこの子達のことを思って復讐を続けるんだ」
「復讐だと?違げぇだろぅが!あんたらがやろうとしているのはそんな大層なものじゃねぇ!みろよ!!」
声を張り上げながらフリードは瓦礫とかした街なかを指さした。
「あんたらを苦しめてきた国は滅び、生き残った貴族もあんあたらに手によって処刑された!復讐なんてもんはとっくに終わったんだよ!なのにあんたらはそのことを受け入れずに復讐を続けようとしているだけだ!」
「そうだとして何が悪いの!これはこの子達のために──」
「これがだと?お前らが見るべきは過去じゃなく未来だろ!みてみろよ、お前らが言う子どもたちの顔を、病に蝕まれているそいつらを見てもまだ同じことが言えるのか!」
怒気の籠もったフリードの言葉に彼らは目を覚ましたかのように子どもたちの顔を見てハッとする。
病を患い、今にも倒れそうなその足で大人たちのそばに寄り添っている子供たちの顔は、自身のみを案じるのではなく彼ら大人を案ずるものだった。
「復讐に飲まれて、目の前の事実からも逃げるようなあんたらを思って苦しいのを我慢して付いてきた。守るはずの子供に守られてんじゃねぇ!」
あるものは見ないように目を瞑っていた事実を思い知らされた彼らは悔しそうに顔を歪め、あるものは病に苦しむ子供を思い泣き叫び、あるものは嗚咽を漏らしながら人の名前を呼び許しを乞う。
きっとこの子たちだけではなかったはずだ、もっと早くここに来ていれば助けられた命もあったはずだ。だが、まだ目の前には救える命があるのだと、一人前に出たノクトは彼らに向かって叫んだ。
「今ならまだその子たちを救えます。まだ他にもこの場にいない方でも怪我をされている方が居るのでしたら治療します。案内してください!」
ノクトの叫びに人々はうろたえる。
彼らの様子からして、きっとまだ多くの病人がいるのは容易に想像がつくが、きっともう手遅れかもしれない。だが、それでもノクトは諦めない。
例え間に合わなかったとしても何もしないでいるのは嫌だから、きっとスレイとユフィがここにいれば同じことをする。ならば二人の家族であるノクトも、二人と同じように助かる可能性のある命を見捨てることはしたくないのだ。
がだ、それを快く思わない人物もいる。
「ふざけるな!余所者が、関係のないやつが勝手なことを言うな!」
それは先程、貴族によって妻と子を殺されたと叫んでいた男だった。
「余所者が勝手に来て、勝手なことをするな!お前らもだ、一体今までどれだけ苦しんだと思う!病気くらいなんだ、死ぬのがなんだ!俺たちの今まではそれ以上に苦しかったんだぞ!今更命なんて、惜しくないはずだろ!!」
その男の言葉を聞いたフリードたちは唖然とした。
命を惜しくない、それどころか命を投げ出してもいいとこの男は言っている。理解することのできない、その言葉にフリードたちが唖然としてる中、人々の中にはその声に賛同するものがいた。
「そう、だ……あの苦しみ、忘れるもんか!」
「アイツらをもう一度殺せるなら、こんな命」
「でもそれじゃあこの子たちは……」
賛同するものがいる中、苦しむ子どもたちの姿を見て正気を取り戻したものがいい淀む。
「おいお前ら、自分が何言ってんのか解ってんのか!このままじゃ死ぬんだぞ!それでもいいのかよ!!」
すかさず間に入ったラーレはその男に向かって叫び返したが、言い返された男は更に声を荒げて叫び返す。
「亜人のガキがわかった口を聞くな!」
「───なっ!」
「お前らもだ!俺はあいつらを殺せるんなら、こんな命いらん!妻と子も怨みをはらせるなら、悪魔にでもなんでのこの命をくれてやる!」
流れが変わったように人々が次々と立ち上がった。
「アイツの言うとおりだ」
「そうだ!」
「えぇそうよ!そのとおりだわ!」
男の声に呼応するように人々から歓声が上がる。
狂った人々の叫びを聞きながらフリードはもはや説得は不可能か、そう諦めそうになったとき一人ラーレだけは違った。
「ふざけんじゃねぇ!!」
「待て、ラーレちゃん!?」
ブチギレたラーレが駆け出しそれを停めようとフリードが後ろから羽交い締めで抑える。
「死ぬなんてかんたんに言うんじゃねぇ!誰かが死ぬ瞬間を見たやつが、命を粗末にすんな!」
「ラーレちゃん」
フリードもラーレの過去はスレイたちから聞かされていた。
かつて帝国の人間によって奴隷として連れて行かれそうになったとき家族や、住んでいた村で暮らしていた多くの人が帝国によって殺されてしまった。
多分、きっとこの中で一番命について理解しているのはラーレだから、命を粗末にするようなことを言う彼らのことが余計に許せないのだろう。
「いいか、あんたらの目の前で死んだ奴らはな、生きたいと思っても生きられなかったんだぞ!生き残ったお前らはなぁ、そいつ等の分まで生きろよ!命を粗末にするようなやつなんかなぁ、おれがぶっ飛ばすぞ!!」
一息に叫んだラーレが肩で息をしているともう暴れないかと思いフリードが拘束をとき、ノクトが優しくその背中を撫でている。
ラーレの言葉を聞いて先程食いかかってきた男が再び叫んだ。
「愛する者を亡くしたことがないガキが知ったような口を聞くんじゃない!!」
「何ぃッ!」
今のは聞き捨てならないと思ったラーレがもう一度叫ぼうとしたとき、それを止めるように今まで沈黙を貫いていたアリアドネが遮った。
「やめときなラーレ、フリードも。あの男にゃ何を行っても無駄さ、あいつはもう死ぬことしか頭にない。だけど、一人じゃ死ねないような臆病者だけどね」
「母ちゃん先生の姉ちゃん」
「おい、あんた。復習が終われば命はいらないんだよね?」
「そうだ!」
「だったらほら」
そう言ってアリアドネは腰に挿していた一本のナイフを男の前に投げ渡した。
この行動が一体どういうことを意味するのか、それが理解できない男はナイフとアリアドネの顔を交互に見て困惑している。
「あんた今言ってたよね。終わったら命はいらないって、だったらそのナイフでさっさと死にな」
「ふざけたことを抜かすな!俺はあいつらを殺して、それから──」
「悪いけど、あそこの死体の山はいつまで経ってもアンデッドにはならないわよ」
いったい何を根拠にそんなことが言えるのかとこの男だけでなく、フリードたちや他の街の住人も不思議に思っているとアリアドネのは以後に何かが現れた。
それは黒い髪に目元を覆う仮面と半透明の黒い羽を持ったなにかだった。
「うわっ、なんすかそいつ?」
「こいつはアタシの契約精霊、闇の上位精霊スプリガンよ」
「闇の精霊って、もしかして!」
「えぇ。人の怨念も言ってしまえば闇。だからあんたたちが言い争ってるうちにスプリガンにその闇を集めて、アタシの魔法で浄化しておいたわ」
そう言われて初めてノクトは周りに漂っていたはずの身体にまとわりつくようなので不快な感覚が消えていることに気がついた。
「これであんたがやろうとしていたことは無駄になったわ。さぁ、どうぞ。好きなだけ死になさいよ。埋葬はしておいてあげるから」
これで男がやろうとしていたことは無駄になった。本来であれば助けられたと喜ぶべきかもしれないが、自体はそうかんたんに済むことではない。
「おいアリアさん、流石にこれは」
「黙ってなさいフリード。それとラーレも覚えておきな、あんなあ男は説得するだけ無駄さ、生きる希望も何もかも失った、死ぬことしか頭にないようなやつにはなにを言ったところで聞きゃしない。だったらせめて終わらせるしかないのよ」
「んなこと、おれはさせたくねぇよ」
非情かもしれないが、それは唯一この状況を問えられることだとアリアドネは言ったが、一人で死ぬことのできないあの男はあのナイフを手に取ることはしない。
それを確認したアリアドネは見下すような白い目を男に向けながら話を続ける。
「結局、それが答えさ。口ではあんなこと言っても死ぬことができないから、あれこれ口実をつけて人を巻き込んで死のうとした」
「うる……さい」
「前を向いて歩けないのなら、せめて人に迷惑をかけるな」
「うる、さい……うるさい───」
「死にたいなら、勝手にぢ帰化で一人で死にな」
「うるさいと言ってるだろうがこの、汚らわしい亜人が!」
その声にフリードたちだけでなく街に人々も一斉に男のことを見ると、その顔は怒りとともに侮蔑の色が見える。
「人よりも永く生きるからと偉そうな口を叩きやがって、お前のような亜人は元来俺たち以下の、売り買いされるようなただの奴隷だったんだぞッ!それが……それがッ!」
そこで男は人々の視線が冷たいものになっていることに気づかない。
「お前、気付いてるか?自分でさんざん忌み嫌っていた貴族と同じことを言ってるぞ」
「俺が?」
「貴族はあんたらのことを奴隷のように扱い、あんたはアリアさんを見下し侮辱した。あんたと貴族連中、一体何が違う?」
その言葉にハッとさせられた男は目を泳がせている。
偏った思想に蝕まれたこの国で生まれ育ったこの男にとって亜人は自分たちよりもさらに下の存在、きっと少なからず他の人たちも同じだったかもしれないが、今は国がこんな状態だ。
多少なりとも変化はあった。復讐という念に囚われてしまったあの男はその変化が訪れることはついぞなかったということだ。
これで一区切りをつけたというわけではないが、きっと他の人たちにとってはもう終わったことなのだ。だったら、もうあんなものはそこしておく必要はない。
「ノクトちゃん、あの遺体に山。火葬してやってくれないか、できる限り丁重にな」
「分かりました。離れていてください」
杖を構えたノクトは、大きく息を吐いて呼吸を整えると杖を両手で構えながら魔力を集める。
あれほどまでに多くの負の思念を集めた遺体をただの炎で火葬しては、残った灰や遺骨に負の念がレイスを生み出すこともある。ならば少し無理をしてでも穢れを払わなければならない。
「我は願う 穢れを払いし聖なる焔 癒し施す聖なる光 彷徨えし死者の魂を導く燈火をここに───ホーリー・フレイム!」
詠唱魔法によって紡がれた聖火の焔が多くの遺体を焼き払う。
そんな光景を横目にアリアドネはフリードに問いかける。
「いいのか、理由はなんとなしに察したが、あんな者たち森に返すことも憚られることをした罪人だ。焼き捨て亡骸も砕き壊せばいいものを」
「どんな悪人も死んじまったらただの死体だ。だったらそれはもうそいつじゃない、悪事も何もかも終わったんだ」
「だから最後は丁重にか、存外に甘いんだなフリード」
「俺だって人間ですしね……それに、さっきも言いましたが俺も少しだけあいつらの気持ちがわかるんっすよ」
そう語るフリードはノクトが放った白銀に輝く聖火の炎を見つめながら、その表情にどこか暗い色を見せたのをアリアドネは見逃さなかった。
昔何かがあったのか、そう思ったがアリアドネは問いかけることはしなかった。
「フリード、お前はこのあとラーレと共にやつの痕跡を探しなさい」
「了解っす……っと言いたいとこですがアリアさんは?」
「アタシはノクトと病人の治療よ」
アリアドネからそんな言葉を聞いてフリードは以外そうな顔をした。
「何よその顔」
「いや、ちょっと意外で……アリアさん、医療行為できるんすね」
「心外ね。森で暮らすエルフなら薬草の知識は必須よ」
確かにそうだろうとフリードは思ったが、クレイアルラからあれだけ脳筋だなんだと言われたアリアドネなので、いささか不安ではあったが……
そんなことを考えていると、ノクトの方も終わったようだ。
「お疲れさんノクト、ポーションいるか?」
「いただきます」
ごくごくっとポーションを飲み干したノクトは、フゥッと大きな息を吐きながら空き瓶をポーチの中にしまっている。
物凄く消耗しているノクトの姿を見たラーレが興味本位でこんなことを聞いてみた。
「なぁ、聖火ってそんな疲れんの?」
「えぇ。すっごく。ホントにお兄さんはなんであんなに平然と聖火の焔を使えるんでしょうか」
炎魔法の最高位の魔法である"聖火"だけでなく、真反対の炎である"業火"までも使いこなすスレイ。
更に恐ろしいのは相反する属性のはずの闇の"業火"と光の"聖火"を織り交ぜた"聖闇の炎"などという、とんでもない炎までも使いこなしている。
初使用したときは炎を制御するためにすべての魔力を使い切って倒れていたスレイだが、今では炎を完全に制御して戦闘では普通に使っている。
あれは本当に同じ人間なのだろうかと二人して旦那の人外説を真面目に考えていると
「二人とも、おしゃべりはその辺にしな」
「すっ、すみません」
「怒っちゃいないからな………さて、ノクトちゃん。ちょっと大変かもだがアイツらの治療頼んだぞ?」
フリードはこの街の人々の方を指差しながらそう言うと、ノクトは小さくうなずいた。
「なぁ、おれは?」
「ラーレちゃんは俺と一緒に誘拐犯の手がかり探しだな」
「よっしゃ!任せな!」
なんとも頼もしいラーレのセリフにクスクスっとノクトが静かに笑い声を上げ、それにラーレが不服を申し立てた。
これ以上は時間をかけられないのでフリードが声を出した。
「んじゃ行くぞ~ラーレちゃん」
「あっ!ちょっと待ってくれよスレイの父ちゃん!」
先を行くフリードとその後を追うラーレ、二人の背中に小さく手を降ったノクトは任された仕事をこなすべく、踵を返そうとしたその時ゾワッと背筋に何かが走った。
なにか恐ろしいものがいる、今までの経験からそう直感したノクトが振り返った。
死体の山があったその場所に見知らぬ男がその前にしゃがんでいた。
なにか残念そうにしながらブツブツと呟き大きなため息をしているその男、その周りには全身を隠すようにすっぽりと覆ったローブを被った人が数人控えている。
誰かはわからないが、この悪寒の正体は十中八九あの男のものだとノクトは確信した。
「おいノクト。さっさとこっちに来なさい」
「アリアさん、あの人。いつからあそこにいました?」
「なに?」
ノクトに言われて初めてアリアドネもあの男の存在に気が付き、そして同時にあの男から放たれる禍々しい気配に気づいた。
「……わからん、なに者だいあれは?」
アリアドネさえも気付かなかった存在に警戒していると、しゃがんでいた男がゆっくりと立ち上がりこちらに振り向いた。
「そうだ、ないなら作ればいいじゃないか」
一体何をいっているのか疑問に思ったノクトだったが、次の瞬間アリアドネから発せられた言葉が届く。
「危ないノクトッ!」
その言葉が耳に届くと同時にノクトは強い衝撃を受けて意識を失った。




