封印されし古の鬼
鬼と形容されたあの魔物は、まだこのマルグリット魔法国という国が存在しない頃にこの地に封じられた魔物であった。
今から数百年ほど昔、ちょうど勇者たちが生きていた頃、このマルグリット魔法国という国の母体となった国があった。
その国は魔力の有無によって人の位を決め魔力を持たぬもの、人族ではない他種族を長い間迫害してきたという暗い歴史を持った国であった。
住む場所を追われたエルフたちと争い国は開放され、しばらくの間はまともな政治が行われる国であった。
ことが動いたのは勇者たちの時代となったとき、この地は始まりの使徒と魔獣を操ることのできる獣魔の使徒、そして獣魔の使徒によって操られた数千にも及ぶ魔物の軍勢によって滅ぼされかけた。
だが勇者たちの尽力により始まりの使徒は現在のマルグリット魔法国の地下深くに作られたダンジョンの奥地に封じられ、獣魔の使徒及びその支配下にあった魔物が討伐された。
その数年後、神との戦いに破れたあと勇者パーティの賢者によってマルグリット魔法国が作られたのだが、実はこのとき獣魔の使徒が操った魔物が一匹だけ生き残っていたことが発覚した。
その魔物は遥か遠く、東方大陸に生息した鬼と呼ばれる魔物の強化種、鬼人族にも似た姿に人並みの知性を持って生まれたその魔物は人の世に隠れて暮らしていた。
だが、獣魔の使徒により支配下に置かれたその鬼は理性を失い本能の赴くまま殺戮を繰り返した。
戦いのあと残された無数の魔物の死体と残されたコアを摂取したことにより変異個体となり、それから数十年後鬼は再びマルグリット魔法国に牙を向いた。
鬼は賢者とその師である魔導神の手によって森の奥地へと封じられるのであった。
それから数百年後、偶然にもその鬼が封じられた結界が崩れ鬼が復活した。
⚔⚔⚔
鬼と対峙たリーフとラピスは、目の前に佇むあの魔物が今まで戦ってきたどんな魔物よりも強大な力を持っていることを感じ取りながら慎重に動きを取る。
「ラピス殿、相手をどう見ますか?」
「強化種、あるいは変異個体の類でしょうが、どうも懐かしい気配を感じてしまいますね」
「懐かしいとは、まさか使徒の」
「はい。ですが神気の残滓でしょうか。かすかに感じるのみです。しかしこの神気……支配の力のようですわ」
元使徒であるラピスが感じ取った神気の残滓、そこから読み取った使徒の力が本当ならなあの鬼は操られている。
「確認ですが、その支配の力を解くことは可能ですか」
「無理、ですわね。使徒の力はその使徒のみが解除できるのです。それに、今のわたくしは神気がありません」
「ならば、覚悟を決めるしかありませんか」
覚悟を決めて戦うことを決めたリーフに続くようにラピスも構える。
あの鬼の尋常ならざる気配、まさしく今まで討伐してきた魔物よりも上だ。加えて使徒と同等の力を有していると直感している。
下手に動けばこちらがやられる、まずは相手の動きを観察しようとしたが、鬼が刀を構えたと思ったと同時に目の前から姿を消した。
「ッ!?───なにッ!?」
二人の視覚の隙間、意識の間を縫って踏み込んできた鬼はたった一度の踏み込みで二人の間合いへと入ると、まずはこの二人の中で強いリーフへと斬りかかる。
「ッ!?リーフ様ッ!!」
「だい、じょうぶッ!!」
一瞬で間合いを詰めら初撃を入れられ、押されながらもどうにか踏ん張り耐えたリーフが答えたが、押し返すこともできずこのまま押し込まれれば、腕を斬られるのではないかと言う状況だった。
「やぁあああ―――――――ッ!」
掛け声とともに背後を取ったラピスの短剣の一閃が鬼の背中を切りつけようとした瞬間、鬼は凄まじい速さで腰に差した刀の鞘を抜き取ると、背後から襲いかかるラピスに向かい鞘を突きつける。
「クッ!?」
突き立てられた鞘が当たるよりもはやく回避を行ったラピスだったが、接近しすぎたせいでわずかに攻撃を食らっていた。
鞘が当たった脇腹を押さえながら蹲ったラピスは、重い金属音を聞き顔を上げるとすでにそこに二人の姿はない。地面が傷つき森の奥へと続いている。
ポーチの中から取出したポーションを飲んだラピスは、奥へと消えた二人を追って走り出す。
⚔⚔⚔
振り下ろされた剣に合わせるように刀の刀身を滑らせると最後は盾で弾き完全にいなす。
ラピスがやられたと同時に森へと吹き飛ばされたリーフは、
「ここで───ッ!?」
剣をいなしたところで踏み込む翡翠できりつけようとしたその時、リーフよりも早く鬼が動いた。
踏込もうとしたリーフを牽制するかのように鋭い爪を持った鬼の手刀が振るわれる。目を狙って放たれた手刀を間一髪のところで身体をズラスことかわすと、再び鬼の連撃を受けることになった。
斜めからの切りおろしから返す刃での振り上げを盾で受けながら一歩後ろに下がると、鬼はリーフの視界の隙きをつき真横へと移動するとその場で飛び上がり回転しながら放つ斜め切りを翡翠で防ぐ。
「リーフ様ッ、わたくしでは手出しできない」
流れるような連撃に翻弄されるリーフを手助けしようにも如何せん鬼の位置取りが悪い。むやみに突っ込めば同士討ちになりかねないこの状況でラピスは歯噛みすると、その気持ちを察してリーフが叫ぶ。
「こいつは自分がどうにか抑えます!隙きが出来たらそこを狙ってください!!」
「クッ、お願いいたしますッ!」
悔しいが、今はリーフの言うとおりにしたほうがいいとラピスはその時を待つ。
リーフはというとそう入ったものの、こうして戦っているとわかるがあの鬼は相当な腕を持っている。
剣の腕だけで言えば良くて互角、だが相手は人ではなく魔物だというのにこの鬼と戦うとまるで人と戦っているような、そんな感覚を味わう。
邪念をいだきながらもどうにか打ち崩せるところ探してひたすらに守りに徹するリーフは、ついにここだという場所を見つける。
鬼の刀がまっすぐとリーフに向かって放たれたそこに合わせて一歩前へと踏み込み、懐に潜り込みながら刀を弾くと手刀が振るわれるよりも早く技を出す。
「そこですッ───秘技・煌翼一刀ッ!」
闘気の輝きを纏った翡翠が加速し鬼の首を狙う。
速度を重視したこの技ならば手刀を繰り出すよりも早いと確信し、渾身の力を込めて翡翠を斜め上へと振り上げるが、それよりも先に鬼の蹴りがリーフの腕を抑える。
「なにッ!?」
手刀ではなくケリで来るとは流石に予想していなかった。
驚きのあまり声を上げてしまったリーフはこれはまずい、動きを見せなければ不味いと、動こうとするよりも早く鬼が動く。
先程リーフによって弾かれた刀を引き戻し真上からの切りおろし、今から縦を構えては間に合わないと悟ったリーフは翡翠を捨て、腕を犠牲にしようかと考えたその時だった。
「リーフ様ッ!」
腕を抑えられくもんの声を上げるリーフ、今がその時だと二人の間を縫って入り込んだラピスの短剣の一閃が引き戻し振りぬこうとした鬼の刀を引かせ後ろに下がらせる。
「やぁああぁぁーーーーーッ!」
そこに詰めるようにラピスの連撃が鬼に降り注いだが、鬼はラピスの連撃を刀で受け流している横から走り込んできたリーフが飛び上がり真上に構えた翡翠をふり下ろそうとした。
「はっ、キャァアッ!?」
「なっ!?」
連撃を刀で弾きその隙きをつくようにラピスを蹴り飛ばすと真上から振り下ろされるリーフの翡翠を刀の柄頭で受け止める。
一撃を受け止められたリーフは後ろに飛ぶと、蹴りを受けてうずくまるラピスの側にまで下がり翡翠を構える。
「平気ですかラピス殿」
「ぅぐっ、平気……です」
ポーションを飲みながらそう答えるラピスを横目にリーフは鬼を見ると、なにやら鬼は先程のリーフの一撃を受けた刀を掲げてじっくりとみている。
あの刀、リーフは翡翠に闘気を乗せて斬りつけたのに僅かの切り込みさえも入らないとは思わなかった。そして一撃を入れたとき、不思議な感覚を味わった。
鬼の動きを注視しながら、最大限にまで身体強化を施しながら僅かな空気の揺らめきさえも聞き漏らさぬように集中しながら、先程感じ取った違和感をラピスに話した。
「先程の一撃、翡翠に闘気を込めて斬りつけたのに、あの刀に触れた瞬間体中の闘気が消えたように消えたように感じました」
「リーフ様もですか」
「やはりラピス殿も感じておられましたか」
「はい。ですがわたくしの場合は魔力も消されておりました」
ラピスの言葉でリーフは納得した。
いくら軽装で戦いを挑んでいるラピスと言っても常に身体強化を施している。なのにあそこまでのダメージが入っているのは疑問があったのだが、その疑問も今ので解消された。
問題はあの刀、あの鬼自身かあるいは刀自身が触れた対象の闘気や魔力といった、身体の周りに纏う力を打ち消す能力を有していると推定する。
そうなると大抵の攻撃も無意味、闘気の技も魔法も無意味と化す可能性もあった。
「身体強化無し、自分の技も盾の障壁も使用できないのであれば、残すは自分たちの腕次第といったところでしょうか」
「えぇ。お姉さま直伝の妙技、特とご賞味を」
「自分も行きますよ」
翡翠と二振りの短剣を構える二人はゆっくりと鬼に向かって距離を詰める。
鬼はリーフとラピスの接近を見ながらも動こうとはしない、動かないのならば好機と捉えることもできるがこの場合は不吉な予感しか感じられない。
一瞬の迷いが生死を別けるこの状況でリーフとラピスは前に出ることを選んだ。例え罠であっても関係ない、罠ならその罠ごと打ち砕いてやる!
最初に前に出たのはリーフ、その後ろに隠れるようにラピスがかけるとようやく鬼が反応する。鬼の刀に紫に近いオーラが輝くと、そのまま一閃、闘気に似た斬撃がリーフのもとに押し寄せる。
「今ですッ!」
「はいッ!」
リーフの声に答えたラピス、二人は同時に左右に分かれると放たれた闘気の一線が地面をえぐり木々を薙ぎ払うなか、更に接近した二人が同時に攻撃を仕掛ける。
二人同時ならばたとえどちらかが一撃を入れればと考えたのだが、鬼はそれを読んでいた。
「グゥオラァアアアアア―――――――――ッ!!」
鬼は刀を脇に抱えるように構えると先ほどと同じ、紫のオーラを纏いながら回転し刀を振り抜いた。その技はまるでスレイのものと同じ、円を描くように放たれた。
鬼の技を見てリーフは即座に闘気と盾に付与されたシールドで、ラピスは魔力でシールドを作り出そうとした瞬間、あの刀のことを思い出した。
いくらオーラの斬撃とはいえそのオーラはあの鬼のもの。
つまりあの刀の力をそのまま持ち合わせているのではないか?そんな疑問が頭をよぎった二人だったが、やならければ斬られる、ならば少しでもダメージを減らせれるようにと翡翠と交差させた短剣を前に構えて受ける姿勢を取った。
「ぅあくぅっ」
「カハッ」
やはり闘気も魔力も無効化され、剣で受けそして身に纏う竜の鱗の防具によってどうにかダメージを減らした二人だったが、今の一撃はかなりの痛手だった。
体中から血を流し地面に手を付き剣を突き立てながら立ち上がろうとしたリーフは、体中を襲う痛みに意識を手放しけながらもどうにか踏ん張り立ち上がろうとする。
「はぁ、はぁ……ラピス殿、まだ動けますか?」
「申し訳、ありません……わたくし、もう動けそうには………」
ラピスの方はもはや動くことも出来ず力なく答えたかと思うと、木の幹を支えにしながら意識を失った。
限界を迎え意識を失ったラピスを横目にリーフは自身の状況を整理してみる。
身体はボロボロ、すでに限界を迎えて満身創痍。少しでも気を抜けば意識を失いかねない自分状況にリーフは悔しさのあまりギリッと奥歯を噛み締めなる。
「負け、れない……負けたく、ないッ!」
ここで意識を失えばリーフもラピスも殺されてしまう。このまま倒れたくはない、死にたくないと気合を入れて立ち上がり武器を構えようとしたその時リーフの目の前に影が差し込む。
顔を上げたリーフの前には鬼の姿があった。
ここまで近くにいるとやはり人のそれと全くと言っていいほど酷似したその顔は、どこか興味を失ったかのようなつまらないものを見る目をしていた。
これで終わりかと、リーフの目には絶望の二文字がよぎると同時に刀が振り下ろされる。守ることもかわすことももうできない、最後の瞬間を目を閉じ待っている。だが、いつまで立ってもその時は来なかった。
ゆっくりと目を開いたリーフの目に映った刀を振りおろそうそして出来ない鬼と、刀を握る腕を掴みとった黒衣に白髪の青年の姿に思わず涙が浮かんだ。
「スレイ……殿ぉ~」
「ごめん、遅くなった」
目尻に涙をためたリーフが颯爽と現れた白髪の青年スレイの名を呼んだ。
⚔⚔⚔
どうにか間に合ったと心の中で安堵の息をついたスレイは掴んでいる鬼の顔を見る。
その鬼は理性などなくただ暴れるだけの存在と化いていた。
そんな鬼に対してスレイはなぜか懐かしく、それでいてどこか悲しい気持ちになっていた。
なぜ自分がそんな感情をこの鬼に抱いているのかは分からないが、リーフとラピスを傷つけたこの鬼を許せない。
そんな怒りを込めながらスレイは掴み取った鬼の手に力を込める。
ゴリッと鬼の腕から何かが砕け潰れるような音が響くと、鬼は痛みから逃れるようにスレイへに向けて抜手で攻撃をしようとしたのだが、それよりも早く掴んでいた腕を握りつぶすと引きちぎるようにひりながら鬼の身体を引き寄せる。
「───ッ!?」
拳を握りしめたスレイは、引き寄せられた鬼の顔面に拳を振り抜いた。
木々をなぎ倒し吹き飛んでいった鬼、その後を見ながらスレイは自分の拳を見つめていた。
「なんだ、今のは?」
今しがた鬼を殴ったときになんだかいつもと違ったような気がしたスレイは、違和感の正体を調べるために拳を握っていた手を開いては閉じてと繰り返していると、リーフの声が届いた。
「多分、あの剣のせいでしょう」
独り言のようにつぶやかれたスレイの言葉に答えたのはリーフだった。
今にも倒れそうにリーフはゆっくりとスレイの方に歩み寄ろうとしたが、足がもつれて倒れる。
危ないと、咄嗟にスレイがリーフを支えて地面に座らせた。
「そんな身体で無理しない」
「……すみません」
「いいよ。それで、今のはどういうこと?」
「はい……あの剣、私見ではありますがアーティファクトの類のようです。多分、魔力や闘気を無力化する類です」
「なるほど、だからか」
闘気を纏った拳から闘気が消えた理由について納得しているスレイを横目に、闘気をかき消されたはずなのにあそこまで鬼をふっ飛ばしたスレイの地の胆力のほうが恐ろしく感じた。
恐ろしくも頼もしくもありながらもどこか現実味のないものを見せつけられたリーフが呆けていると、何かを察したスレイがリーフを抱きかかえて持ち上げる。
「スッ、スレイ殿!?」
「その怪我じゃこれ以上は無理だ。ラピスの側にいてほしい」
「っ……わかりました」
抱きかかえたリーフをラピスの側にへと運び並ぶように下ろすと、傷だらけになりながら意識を失っているラピスの頬に手を触れながら顔についた血を拭う。
そしてリーフへと残しておいたポーションを二本手渡した。
「ポーション、ラピスの分も渡しておくから」
「助かります」
ポーションの瓶を開けて一息で煽ったリーフは、張り詰めていた糸が切れるように意識を手放した。
「ごめんね。ゆっくり休んでて」
眠ったリーフの頬を撫でてから空間収納を開いたスレイは、"輝ける十字架"を取り出して発動させる。
「さて、逃げるにしろ戦うにしろ、ちょっと痛めつけておいたほうがいいよな」
「グラララララァアアアッ!」
立ち上がり振り返った先には野生動物を思わせるうねり声を上げた鬼の姿があった。
握りつぶしたと思っていた腕はキレイに繋がっており、スレイの姿を見て笑みをこぼしている。どうやらあの鬼は次の獲物にスレイを定めたようだ。
「そう吠えないでよ。ちゃんと相手してあげますから」
黒幻と白楼を抜きはなったスレイはいつものように構えると、刻印を発動し最大限まで力を高めるながら威圧を放ったが、鬼は威圧を受けてたじろぐどころか、より一層覇気を強める。
鬼にこれは厄介なやつかと心の中で愚痴ちりながら、どうにか二人を逃さないといけない。
やってやる、そう意識を改めた瞬間、視界から鬼が姿を消したかと思うと一瞬で間合いの中に現れた。
「───ッ!?」
間合いの中に現れた鬼は斜め下に構えられた刀を振り上げると、スレイは体中を半身ずらし一撃めをかわした。
振り抜かれた剣から放たれた剣圧が木々を斬り裂いた。
速いッと思いながら続く振り下ろしの一閃をスレイは後ろに下がって攻撃をかわした。
「シッ!」
後ろに飛びながら黒幻に闘気を纏わせると地面に向けて闘気の斬撃を放った。
吹き飛ぶ砂塵と小石を使った単純な目くらましだが、スレイの目論見通り鬼の足が止まった。
「そこだッ───光刃ッ!」
砂埃や砂塵が吹き荒れる中でもスレイの魔眼が相手を見逃すことはない。
刀を持った鬼の腕目掛けて放った不可視の斬撃がその腕を切り飛ばした……かに思われたが、砂塵の中から鬼が現れてスレイに向かって斬りかかってきた。
「効かないかッ!」
振りぬかれた刀の一閃に白楼を合わせて振り抜き刀の一閃を弾き、続けて黒幻を振るうが鬼は振るわれる剣をかわすと引き戻した刀の刃でスレイに斬り返すが、即座に間に滑り込ました白楼が刃を受け止める。
刃と刃が火花をちらしながら重なり合い押し返した。
離れたと同時に大きく身体を引絞り、身体の回転を加えて黒幻を突き出したが鬼は刀の柄頭で黒幻の刀身の腹を打ち付け剣の軌道を逸した。
「グラァッ!」
「ハァアアッ!」
すると鬼は握り返した刀で左斜め上から斬りかかると、スレイは白楼を掲げ受け止めると力を受け流し刃をいなし引き戻した黒幻と構え直した白楼を揃えるように構え、そして同時に振り下ろした。
揃えるように振るわれたスレイの剣を鬼は受けるでなく後ろに下がってかわした。
「──ッ!?」
振り降ろされたと同時にスレイの背後へと回り、鬼が刀を垂直に構え付き出そうとした。
だがスレイは引かずに身体をひねるようにしながら回転し鬼の刀を弾き飛ばすと、わずかに空いた空間を利用し右足に強化を重ねがけを行うと地面に向けて振り下ろす。
すると地面が砕けて鬼がバランスを崩したのを見てスレイの廻し蹴りが鬼を蹴り飛ばす。
鬼は直撃を受けないようにと刀の腹で受け止めたが、バランスの悪い地面では受けきることもできず吹き飛ぶ。そこに勝機を見たスレイは、黒幻を肩に担ぎ半身になりながら白楼を後ろ下げる。
「ここだッ───光爆ッ!」
方に担ぐように構えられた黒幻と後ろに引き伸ばされた白楼を同時に振り抜くと、遠く離れたところにいた鬼の身体にスレイの振るった剣と同じ傷が付き、身体が両断され肉塊となって弾け飛んだ。
「やったか?」
白楼を鞘に戻し代わりに魔道銃を抜き取り近づいていく。
流石に両断して吹き飛ばしたのだから生きてるはずはないのだが、あの魔物は普通じゃない気がして念の為にと近づいてみたら案の定あの鬼は生きていた。
「おいおい、前に戦った使徒と同じかよ?」
切り裂かれた手足が蠢き繋がろうとしている。
やはりコアを砕いて置かなければとスレイは黒幻を鬼の心臓とお模式場所に付き立てようとしたその時───ドスンッと背中と肩に何かが突き刺さった。
「くッ、なに!?」
首をできるだけ後ろに回して背中を見ると真っ赤な真紅の矢が何本も刺さっていた。
いつの間に、どこから放たれたのかと思う一方で、しまったとスレイは考えてしまった。一瞬、注意をそらしたこの一瞬が命取りになるとスレイはわかっていた。
「────ッ!」
鬼の方へと視線を戻したスレイは血を流しながら細切れになった身体をごく最低限、立ち上がり刀を握れるだけの身体を修復した鬼が向かってくる。
鬼の追撃を抑えこもうとしたスレイだったが、背後から先程も矢が迫ってくる気配もある。
「クッ!?」
取り囲みように配置された真紅の矢、正面には鬼の追撃。距離的にかわすのもで空間転移を使っても後も遮蔽物が多いこの場所では失敗する可能性もある。
だったら、っとスレイは目の前にいる鬼の刀を白楼で刀を弾き飛ばし、繋ぎかかっていた腕を切り飛ばした。
「邪魔ッ!」
鬼を蹴り飛ばしたスレイは白楼に風の魔力をまとわせグルンっと一回転しながら暴風の魔力の斬撃を放った。
「ふっ飛べッ!───風牙・一閃ッ!」
真横に振るわれた白楼から放たれた暴風の刃が真紅の矢を吹き飛ばした。
「はぁ、はぁ、はぁ……良かった」
数本、身体に矢が刺さったスレイは黒幻を地面に突き刺し剣にもたれかかるように膝を付いた。
あの刀自身がアーティファクトなら本体であるあの鬼から放した時点でその効果も無効になると考えたが、賭けの要素も高かったが失敗したら体中に穴が空いてたところだった。
「油断……したな」
矢を抜こうと後ろに手を伸し赤い矢に手を触れる。
ひんやりと、まるで鉄の矢のような感触の矢を掴んで引き抜いたスレイは、治癒魔法を唱えようとしたが寸前にそれをやめて立ち上がった。
踵を返しながら袖口に隠し持っていたナイフを取り出したスレイは、切り落した鬼の腕に向けて投擲した。
トンッと軽い音を立てながらナイフが腕の動きを封じた。
「動くなよ、確実に吹き飛ばす」
魔法がダメなら太陽光収縮魔法でやつを吹き飛ばそうとしたその時、鬼の口元がニヤリと釣り上がった。
なにか怪しいと感じたスレイは魔法を放とうとしたときドクンッと身体が跳ねる。
「がハッ!?なに、が ッ!?」
胸元を抑え膝をついたスレイの口から大量の血を吐き出した。
「ゥガァアアアアッ!?」
身体の中で何かが蠢く、何かが体内で暴れまわり身体の中をズタズタに引き裂くようなそんな感覚を味わいながら、痛みに悶ながら地面を転げまわる。
「なッ、んだ……これ……ッ!?」
体内から刺すような激しい痛み、考えられるのは先程受けた鬼の攻撃とおもしきあの真紅の矢、スレイは先程抜き取った矢を見るとたしかにあったその場所に血溜まりが出来ている。
「血……かッ!」
体内に入り込んだ鬼の血がスレイの体内で操り暴れているのだと推察したが、体内に入り込んだ血をどうやって抜き取るか、あるいはどうやって血の動きを止めるか、痛みで思考が鈍る中考えがまとまらない。
「まっ、魔力で、体……ないの、血をッ」
魔力を操り暴れている血を抑えこもうとしたその時、魔力がかき乱されるのを感じ震える身体で鬼を見るとナイフで地面に縫い付けた腕をそのままに刀を掴みこちらに向かってくる。
このままじゃ不味いと、斬りたくはなかった最後の切り札をきった。
スレイは首に巻き付いたネックレスを掴むと、鬼はその動きが不味いと感じ取り駆け出したところで震える手で懐に忍ばしていた魔道具を投げる。
「グギャアアアアアアッ!?」
眼前で炸裂した閃光弾に鬼がうめき声を上げなかスレイは握りしめたネックレスを一気に引きちぎった。
「来いッ───ダーゼルガッ!」
あらん限りの声で叫んだスレイの中に漆黒の剣が握られると、目が回復していない鬼がでたらめに剣を振るう姿を横目にスレイは漆黒の剣の刀身を掴むと自分の腹部へと突き立てた。
「ぐふっ!?くっ、いっ、いちか、ばちかだダーゼルガ……体内の、やつの力を奪い取れッ!」
突き立てた刃が輝き、そして収まると先程までに感じていた激しい痛みは感じ取れない。
低い唸り声を上げながら腹から県を抜き取ったスレイは、治療している暇もないと炎の魔力を傷口に押し当てて止血すると、痛みをこらえながら鬼を切るべく立ち上がろうとしたその時、スレイは耳を疑う言葉を聞いた。
「オマエ、強イナ」
「しゃべ、れるのか」
「少シ……意識、戻ッタ」
どういう意味だとスレイは問いかけたかったが、ダーゼルガを突き刺したときに流れ出た血が思った以上に多かったのか、意識が遠のきそうなスレイ。それを察してから鬼はゆっくりと口を開いた。
「オマエ、強イ。オマエ、オレ殺セル。戦エ、タノム」
「何だと?」
「オレ、タクサン殺シタ。ダカラオマエ、オレヲ殺ス」
「意味が、わからないよ」
意味がわからない、この鬼は何をしたいのかその糸が全く読めないスレイだったが鬼はお構いなしに話を続ける。
「三日待ツ。傷治シテ、マタ闘エ。オレ、近ク平原イル」
「ボクが……逃がすと、思うのかッ」
「オレ意識アル内、人襲ワナイ。デモ、サッキ意識ナイ暴レル」
「まさか、操られ……てるのか?………なら、こいつ……で」
精神支配を受けているならばダーゼルガで打ち消すことができるはずだと、スレイは剣を掲げようとしたが鬼は首を横に振る。
「オレ闘ウ、オマエナラ、オレ殺セル。ダカラ頼ム」
鬼が頭を下げると踵を返して立ち去っていく。
「まっ、待てッ」
過ぎ去っていく鬼の後ろ姿に手を伸ばしたスレイはゆっくりと意識を暗い闇の中へと沈めていくのだった。




