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封じられた魔物

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 ヴィヴィアナたちとの合同依頼から数日、その日は学園の夏季休暇のため、朝からギルドに出向き手頃な依頼を確認していた。

 ギルドについて早々、スレイたちはギルマスのジャルナからの呼び出しを受けることになった。


 いったいなんの呼び出しか全く心当たりのなかったスレイたちは、ジャルナの執務室に通された話を聞くとなんとも不思議な話を聞かされた。


「最近、この近くの森で冒険者の謎の失踪が連続的に発生していてね。あんたらに失踪した奴らの捜索と、ついでにその原因の調査に行ってもらいたいんだが、頼まれてくれるかい?」

「失踪した冒険者の捜索って、また嫌な仕事を推してけてくれましたね」


 冒険者が失踪したということはほとんどの場合は死亡していると考えたほうがいい。

 こういう場合、十中八九魔物にやられている可能性があるためキレイな遺体を持ち帰るということはできない。それどころか遺体そのものが原型をとどめていないかもしれない。

 そのためこの場合は僅かに残った遺品の回収と、遺体の一部を持ち帰ることになる。


「依頼の件は承知しましたが、わたくしたちに依頼するということはそれほども相手なのですか?」

「いや、本来はそんなことないはずなんだがねぇ。なんだか、ちぃとばかしきな臭いんだよ。今回の失踪事件」

「いったいどのようにきな臭いのしょうか?」


 そうリーフが尋ねるとジャルナはギルドも紋章の刻印されたファイルをスレイたちの前に投げる。

 そのファイルには大きく"極秘"と書かれており、こんなものをおいそれと見せていいのかとスレイたちがツッコミを入れそうになったが、一応ギルマスが許したのだからいいかとファイルを手に取り中を確認する。


「これって、冒険者の個人情報だな」

「失踪した奴らの経歴、それに直前に受けた場所の書類なんかが書かれてるのさ」


 ペラペラと書類をめくり失踪した冒険者のプロフィールや失踪前に受けていた依頼の内容や、失踪した森とその付近で目撃された魔物の大まかな分布が記されていた。


「なるほど、そういうことですか」


 資料を一通り目を通してみてわかったのだが、どうやらこの森は新人冒険者が利用するような魔物があまり生息しない場所で、失踪した冒険者たちも新人、あるいはEランクなどの低ランク冒険者で締めていた。


「この森、随分前に学園の実習で薬草取りに行ったことがあるけど、大気中の魔力量も並かそれ以下で、比較的おとなしい魔物しかいなかったはずだけど」


 スレイはその時の記憶を呼び覚ましながら実際に見た魔物を思い出してみるが、やはりアルミラージやハーピィなどの人にあまり害を与えないような温厚でおとなしい魔物が多くいた。

 他にもウィングバードやロックブルなどどこかから流れてきたのか、その森に似つかわしくない魔物がいた気がするが、それでもむやみに攻撃しなければ命に関わるようなことが起こる危険はないはずだ。


「安全とは言わんが、そんな森で失踪者が出たなんざ前代未聞だよ」

「つまり、ジャルナさんはこの失踪が魔物じゃない。例えば新人冒険者を狙った人攫いが現れた可能性があるとでも考えているんですか?」

「まぁ一度はそう考えては見たんだが、次はこいつも見てくれないかい」


 そう言ってジャルナが先ほどと同じようなファイルを取り出しスレイたちの前に投げる。

 受け取ったスレイは迷うことなくファイルの中身を閲覧するなか、顔を強張らせたリーフがジャルナに尋ねる。


「ジャルナ殿、守秘義務という言葉はご存知で?」

「知ってるに決まってるさね」


 当たり前のように答えるジャルナに、リーフは頭を痛める。

 その横でスレイは平然と資料を見続ける。

 例え表紙に"持ち出し厳禁"や"外部漏洩禁止"と書かれていようが構わないと、なぜならギルマスの許しが有るのだからとスレイは言い訳をしながらそこに入っていた資料に目を通して眉をひそめる。


「ジャルナさん。ここに書かれていることは本当ですか?」

「あぁそうさ。この森で疾走した冒険者のないにゃ、Bランクの冒険者も何人か含まれる」

「Bランクの冒険者が行方不明、これは奇怪なことですわね」


 これはもはやなにか異変があの森に起こっている。

 すぐにでも調査に向かわなけれなとスレイたちは思い頷きあい、了承の意思を伝えるとジャルナが依頼手続きを済ませる間に手持ちの魔法薬などのチェックを行った。

 数分後、手続きを終えたジャルナからカードなどを受け取ったスレイたちはすぐに件の森へと向かっていった。


 ⚔⚔⚔


 ゲートを使い森へとやってきたスレイたちは、まずは森の周辺を回って異変がないかを確認してみる。

 簡単ではあったが手分けして森を回りながらスレイは特にこれと言っておかしなところがないことがおかしいと感じた。


「森の魔力、前に来たときとそう変わりない。嫌な気配もないか……異様だなこの森」


 あんなことがあったとされる森ならばいくつかおかしなところがあってもいいもの、にも関わらずなんの異変も見つからないことがスレイには異様に思えて仕方がないが、こればかりは森の中に入らなければ確証を持つことも出来ない。

 こうなったら一度二人と合流して森の中を捜索、あるいは空から森の異変を調査したほうが懸命だと判断したスレイは二人に連絡を取ろうとプレートを取り出したとき、頭の中に声が聞こえる。


『スレイ・アルファスタさん。聞こえますか、スレイ・アルファスタさん』


 聞こえてくる声には聞き覚えがあった。ギルドマスター・ジャルナの付き人でもある魔術師の女性の声で、何度かジャルナからの呼び出しで話したことがあった。

 そんな彼女からの連絡、いったいなにがあったのかと思いながら耳に手を当てたスレイは、頭に直接聞こえてくる彼女の声に答えるように小さく"コール"と唱える。


「こちらアルファスタです。何かありましたか?」

『良かった。実はギルマスより報告が、先程ギルドの者がそちらの森へ冒険者を派遣したという報告がありまして』

「ボクら以外の冒険者もこの森に?それは失踪者の捜索ってことですか」

『いいえ、別の依頼です。そして出発した時間から考えるにすでに森の中へと入っている模様です』


 それはまずいと感じたスレイはギリッと奥歯を噛み締めながら手早くプレートを操作しながら魔術師の女性に向かって叫ぶ。


「どうにかしてその冒険者たちを助けます」

『お願いします』


 短く着られたその言葉でコールが切れるとスレイはプレートに映ったリーフとラピスに要件を伝える。


「二人とも、緊急事態発生。この森にボクら以外の冒険者が入ったみたらしい」

『わかりました。では、自分たちはこのまま森の中に入って捜索を開始します』

「いいや。二人は念の為、空から森の変異がないか調査してほしい。こっちはアラクネを使って物量で探す」

『わかりました。スレイさま、どうか無茶をせずお気をつけて』

「了解。二人も気をつけて」


 通信を終えたスレイは空間収納からアラクネをすべて取り出してみて、ワラワラと出てくる鋼鉄製の蜘蛛たちをみてちょっと不気味だった。


 作った本人でもかなり精神的なダメージがあったので、もう量産は辞めて半分くらい置いていこうと考えながら森に中に散っていくアラクネたちを見送ったスレイは、ホルスターから魔道銃を二丁とも抜くと竜の刻印を発動し全身の感覚を研ぎ澄ます。


「よし、行くか」


 準備を終えて森の中へと突入するスレイは木々の間を走り抜け捜索を開始した。


 ⚔⚔⚔


 スレイが森の中へと入ったと同時刻、空からの捜索のためにユフィから貰い受けた鎧の一つを身にまとったリーフと、天人族の純白の翼を広げたラピスは予定通り空から森の様子を伺いながら異変がないかを調査する。


「やはり普通の森、異変があるようには感じられません」

「そうですわね。大きいですが、異様な魔力を感じることもなければ、もしかしたらと警戒はしていましたが使徒の気配もありませんわ」


 やはりどう調査しても変わったことのない普通の森という結果しかでないこの森に二人は違和感を感じてしまう。なにかがあると、どこ確信めいた予感が二人にはあった。

 そんなとき、上空から森の中を見ていたリーフが視界の中に何かが映るのを見て止まった。


「ラピス殿、今なにかありませんでしたか?」

「わたくしは何も……気になりますし降りてみましょうか」

「はい」


 リーフが見つけたという何かがある場所に降り立ったその場所には、苔に覆われた見るからに人の手で作られたと思われる小さな祠のような物がポツリと佇んでいた。

 だが、その祠は長い年月が経っているせいか、祠といったがわずかながら原型をとどめているに過ぎず、その大部分は崩れ去ってしまっていた。


「自分が見つけたのはこれだったのですか」

「そにようです……ですが、なぜこのような場所にこのようなものが」


 祠があるということはこの場所に何かが祀られていたか、あるいは封じられていたか、その真意はわからないが何かの手がかりになるものがあるかもしれないと思った二人は、その祠だったものを調べ始める。

 調べてみるとすぐにおかしなものが見つかった。


「この祠、中に魔法文字が刻まれておりますね」

「ということはなにかの魔道具、いえこの場合はアーティファクトと言ったほうが良いのでしょうか?」

「魔道具のことは不得手でございますが、こちらに刻まれている文字、ところどころ薄れて判別が難しいですが結界のように思われますね」


 内部に書かれた術式をそう推察するラピスの説明を聞きながらリーフは祠を見ていて感じた違和感について考える。


「結界とは妙ですね……それに、この崩れ方。自然に崩れたわけではなく内部から破壊されたように感じます」

「はい。それについてはわたくしも気になっておりました。もしかしたら、内部で封じられた何かが逃げ出した……などということはありませんよね?」


 じっと見つめ合うリーフとラピス、その表情は疑惑とある種の確信めいた何かを感じ取って固まってしまった。


「念の為、スレイさまにこのことをお伝えしますか?」

「えぇ。自分はあたりの警護をしますのでその間にお願いします」


 翡翠を抜きはなったリーフは周りの警戒し始める。

 その横でラピスはプレートを取り出しスレイに連絡を取ろうとしたその時、正面から何かが近づいてくる音がした。


「ラピス殿、念の為自分の後ろに隠れてください」


 正面から何かが来ると思ったリーフがラピスを背にかばうように正面に立ったその時、見計らったかのように背後からシュンッと風を斬るような音とともに何かが飛んでくる。

 振り返りざまにリーフがラピスを自分の方へと引き寄せて左手にはめられた盾に仕込まれた"シールド"を発動させる。

 ガキィーンっと金属同士がぶつかり合うような音とともに盾に付与された"リフレクション"が発動し、二人を襲った何かにそのまま反動を押し返した。

 ノックバックで襲撃者を弾き飛ばしたリーフは、武器飛ばした相手の正面に立つようにして翡翠を構える。


「ラピス殿、今の見えましたか?」

「一瞬でしたがどうにか」

「自分もです」


 相手の速度はスレイ並みか、考えたくはないがそれ以上だと感じる二人。

 一瞬でも気を抜けば確実に殺されると言う確信を持った二人は、どうにかスレイがこちらの異変を知るまで生き残らねばと意識を変える。

 スレイを呼び寄せることを諦めた二人は戦うことを選ぶと、リーフと並び立つように二振りの短剣を抜きはなったラピス。二人は先程飛んでいった相手が出てくるのをジッと見つめるのであった。


 ⚔⚔⚔


 森の中にアラクネたちを放ってからしばらくしてスレイは先程連絡にあった冒険者のパーティを見つけた。

 見つけたのはいいが、残念ながら無事で見つけることはできなかった。

 目の前に広がる血溜まり、そこで倒れる冒険者たちは手足が切り落とされ分厚い鉄の鎧もキレイに斬られたあとが残されていた。生存者は絶望的かと思いながらも冒険者たちに近づき息があるかを確認する。


「うん。どうやら、生きてるみたいだな」


 彼らが生きていることを確認したはいいが、このままほおっておくと本当に死んでしまうので治療を始めようとした。

 冒険者のパーティは重戦士の男が一人と軽戦士の男が二人に弓兵の女、見たところ少女が一人だった。これはある意味逆ハーレムと考えたが、すぐにそんな考えを押しのけて治療を始める。

 一人では手が回らないので空間収納からアラクネを取り出す。


「医療カスタムのアラクネ、残しておいてよかったな」


 スレイはこの中で一番重症な重戦士の男の治療に当たるべく、その男の鎧を剥がして上着を剥ぎ取り水魔法で傷口の洗浄を並行でおこないながら他のアラクネたちに指示を出す。


「お前たちは切断された手足と傷口の洗浄を頼む。それと治療しやすいように鎧なんかを剥いでおいて」


 支持を受けたアラクネたちは一斉に敬礼をすると他の冒険者たちにところに行く。

 傷口の洗浄も終わり重戦士の男の傷を観察し、まずは胸に刻まれた深い刀傷の止血を優先することにした。魔力を使いながら傷口を保護しながら、並行して切り落とされた腕の接合を同時に行う。

 切り落とされたです腕の神経や筋肉組織を魔力の糸で繋ぎ合わせながら最後は治癒魔法で一気に接合、続いて刀傷を塞いで終了。


「まず一人目、次」


 そこからは流れるように治療を勧めていくスレイ、一人目のときと違いすでに傷口の洗浄などは済まされているため、残りは切断された手足の接合を行い最後に残った少女の治療を終えて大きくいきを一つついた。


「これで全員終了。あとはゲートで一度街に戻って休ませるだけだが───しかし、なにがいるんだこの森は」


 なんとか彼らだけは助けることができたことに胸をなでおろすスレイだったが、どうしてもいくつか気がかりなことがあった。

 彼らを襲った相手はどうして何も取らずに、あるいはどこも喰らわずに去っていったのかだ。


「魔物じゃないだろうけど、盗賊のせいでもなさそうだな」


 衣服を裂いたときに軽く手荷物の確認したときに財布などの残されていた。

 血の湿り具合などからしても彼らが襲われたのはそう時間がたっているようには思えない。やられたのはつい先程、にもかからず彼らを襲った相手の気配が待ったくない。

 気配に敏感なスレイが感じ取ることのできないほどの気配操作を持つ相手、それかスレイの気配察知の範囲に逃れるほどの俊足の持ち主、そのどちらかはわからないが現状この近くには潜んでいないのは確実だろう。

 そしてもう一つ、彼らに付けられた刀傷、あれは魔物の爪ではなく剣なども鋭い刃物によってつけられた傷だ。それに、治療したときにも思ったが傷口が恐ろしいくらいキレイに切断されていた。

 あんなにきれいな傷口、スレイには無理だが一人だけ心当たりがあった。


「まさか、あいつがまた……ってことはないよな」


 考えてみたがあいつがまた暴れる理由も無いのでそれはないとすぐにその考えを捨てると、まずは彼らを街に戻さなければと彼ら全員を担ぎゲートを開き門番の人たちに事情を説明し彼らを保護してもらった。


 森の戻ったスレイは懐からプレートを取り出すと、アラクネから送られてくる画像をみて目を細める。

 プレートに送られてきた画像には無残な姿と成り果てた冒険者たちの亡骸だった。遺体の数は二十四、行方不明となっている冒険者たちの数とも一致している。

 冒険者たちの遺体の回収を行いながらその身体に刻まれた傷がほぼ全て一致しているのを確認し、やはりこの森の中には何かがいると確信したスレイは一度二人と合流しようと考えたその時、遠く離れた場所で木々が倒れる音が聞こえてくる。


「まさか、もう戦ってるのかッ!」


 あの二人ならば大丈夫かもしれないが不安がスレイの心の中を埋め尽くす。

 いても立ってもいられないスレイは上に飛び上がり木々を登り、一気に跳躍すると翼を広げられる場所まで飛ぶと空からリーフたちのもとに向かう。


 ⚔⚔⚔


 一方その頃、リーフとラピスは戦いを続けていた。


「はぁ、はぁ……ラピス殿、まだ動けますか?」

「申し訳、ありません……わたくし、もう動けそうには………」


 荒い呼吸を繰り返すリーフとラピス、二人の身体には無数の傷があり全身から血を流していた。

 そんな彼女たちの目の前にいるのはこの付近では見ることのなかった人形の魔物───いいや、魔物と言っていいのか怪しいほど人と酷似した魔物だった。

 赤い肌と額から伸びる黒い二本のツノ、そしてボロボロになった着物と手に握られているのはユキヤやアカネが使う刀、それも恐ろしいほどの禍々しい気配を纏った血のように紅い刃を持った刀だった。

 その魔物は鬼のようだった。

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