友の墓、帝国の跡地
十年前から続くと言われているエルフ誘拐事件の黒幕は帝国にいるのではないか、そう考えたユフィたちだったが、こで一つとても大きな問題があった。
去年の十二の月、ちょうど半年ほど前に世界のすべての大陸で一斉に目覚めたSランク魔物、その中の一体であるフォレスト・タートルの進軍によりベルゼルガー帝国の国土は踏み潰され多くの死者を出した。その中には国家を纏めていた暴君である皇帝を含め、貴族を始めとした支配層はすべてはこの世界から消えた。
つまり、エルフたちを狙っていた犯人かもしれない誰かもその死者の中のひとりになっているかもしれいのだが、実際はそう上手くは行かないらしい。
なんでもここ数ヶ月ほど今まで以上に襲撃が激しいらしく、いくら精霊の抜け道を閉ざしても精霊樹の入り口を抑えようとも無駄だったらしい。そのため、数日前にも何人も攫われていると言う話しだ。
なので帝国に行ったところで無駄足になるはずもないが、もしものとき一人でも多く戦える方がいいからと、ここはチームを二つに分けることにした。
「それでは旧帝国領へと向かうのはフリードとノクトにラーレ、そしてアリア姉さまの四人。そして私とユフィ、ライアの三人はこのまま里に残るということで委細ありませんね?」
確認を取るように尋ねるクレイアルラに向けて全員がうなずく。
今回の組分けでなぜアリアドネが入っているかというと里のエルフたちから外界人、つまりユフィたちが残るならばクレイアルラが里を出ることを禁止されたのだ。
だがそれでは外へと出たフリードたちが再び里に入ることはおろか、エルフ同士でなければコールなどの魔法も使用不可能なため、連絡役とフリードたちの監視の名目でアリアドネが同行することになった。
里を出るに当たって没収されていた武具を返されたフリードたちは、里の出口にて預けていた武具に不具合はないかを確認していると旅支度を済ませたアリアドネが合流した。
「それじゃあよろしくお願いしますねアリアドネさん」
「アリアでいい。認めたわけじゃないがクレアの旦那なら私にとっては義弟だ。変にかしこまるな」
「じゃあ、アリアさん。みんなも行きますか」
出口を通ってクレイアルラが使った精霊樹の前に戻ったフリードたちは、すぐにノクトのゲートを使い旧帝国領土の隣国でラーレの故郷であるプリステレア興国の国境付近の村にやってきた。
「ここがあいつの住んでた村か」
「そうだぜ。スレイの父ちゃんにも後で親父の墓に案内すっからな」
「助かるよラーレちゃん」
友としてルクレイツアの最後は看取ったスレイから聴いているし、スレイを通してルクレイツアの墓への供え物を届けてもらったこともある。
だがやはり自分の手でルクレイツアの眠る墓に出向き、一度でいいからあいつに語りかけたいとずっと思っていた。
「そういやぁ、ここらはあんま被害がなかったみたいだな」
周りを見回したフリードがそう呟いた。
一応、この辺りは帝国との国境付近であり、四十年前までは帝国の領土であった。つまり壊滅した帝国と密接しているにも関わらず、全く被害が見受けられないのはなぜかと疑問を思っている。
「それは、お兄さんとユフィお姉さんが結界を施していましたから、下手な街よりも防御面で言えば堅牢ですよ」
「マジかよ、あいつら。一個人でこんなん創り出すとか……どこ向かってんだろうな」
自分の息子のこれからが少し心配になってきたフリードは、そろそろここに来た目的の一つを果たそうとしたとき背後から声がかけられた。
「ようあんたら、そんなところで何やってるんだい?」
「おっ、ババア!なんだよ、元気そうじゃねぇか!」
振り返りざまにそう返したラーレの顔はいつも以上に嬉しそうだったが、次の瞬間バシンッとその頭にげんこつが降り注いだ。
「あんたねぇ、いい加減にババアはやめろって言ってんだろ!このバカ娘が!」
「いってぇな!それが久しぶりに帰ってきた娘にすることかよ!この暴力ババア!!」
「そいつはあんたの態度が治らないから教育してやってんでしょうがッ!!」
久しぶりの再開のはずなのに罵り合いの喧嘩を始めるラーレとエンネア、初めて二人のやり取りを見たフリードとアリアドネは少々困惑した様子だった。
「なっ、なぁ。アレ止めんでいいのかい?」
「平気ですよ。いつものことですから」
「ふむ。外界の親子とはあんなふうに罵り合うものなのか」
「いや?それ違うから」
少々ボケをかますアリアドネにツッコミを入れるフリードだったが、ふとエンネアがフリードの姿を見て目を細めると、
「あんた、フリードさんかい?」
「えぇ。そうですよ」
「なるほどね。流石はSランク。いい面構えをしてるじゃないかい」
今までギルドの職員として多くの冒険者を見てきたエンネアは、一目でフリードの実力を見抜いた。
……いや、正確には見抜いたのではなくフリードから溢れ出すその圧倒的なまでの強者の風格を、本能的に感じ取ったといった方が適切かもしれない。
まるで初めてルクレイツアがこの村にやってきたときに感じた濃厚なまでの強者の気配、それがフリードからも感じられた。
「今日来た理由はあの娘から聞いてるが、その前にあっちに行くんだろ?」
「えぇ。そうさせてもらいます」
「ついてきな」
エンネアが先を歩きその後ろをついてフリードが歩き出す。
その時、ラーレがエンネアに何かを言おうとしたが結局は何も言わずに二人のことを見送った。
⚔⚔⚔
少し歩いてフリードは真新しい一つの墓石の前に立った。
そこにはともに育ち、ともに戦い、ともにSランクにまで登りつめた親友のルクレイツアの名前が刻まれていた。その前でゆっくりと膝をついたフリードは、初めて訪れた親友に墓に静かに黙祷を捧げていた。
「久しぶりの再会だからね、アタシは席を外させてもらうよ」
一言それだけを言い残して立ち去っていくエンネア。
一人ルクレイツアの墓の前に残されたフリードは、目の前の墓の前に座るとポーチの中からグラス二つと領地で作った地酒を取り出すと、二つのグラスに注ぎ一つを目の前の墓石に置いた。
「よぉ、ルクレイツア。久しぶりだな……元気だったか、何って死人にそんなことを言っても意味ねぇよな」
ハハハッと笑ったフリードはガシガシと頭をかきむしりながらグラスを手に取ると、カチンッと墓の前のグラスに当てる。
「あいつから聞いたよ。お前、使徒になってあいつと戦ったんだってな。どうだった成長したあいつと戦って、強くなっただろ俺の息子は?お前を超えるくらいに強くなった」
使徒となったルクレイツアと戦ったスレイはあのとき、自分は負けたと答えていた。
使徒になったことによって得た力も使わずに剣と技のみで戦ったルクレイツアが、もしもあのとき動きを止めるあの力を使っていたならば勝負などはじめから見えていた。
それでも使徒の力を使わなかったのは、勝つためではなく使徒にされてしまった己と、己の肉体と記憶を持って生まれた使徒を止めてもらうために、わざと力を使わずにいたのではないか、でなければとあのとき負けていた。
そう語っていたスレイだったが、話を聞いていたフリードは違うと思っていた。
ルクレイツアは己のすべてを出してスレイと戦った。それをスレイは真っ向から打ち破り勝ったのだと、フリードは思っていた。
「お前、前に言ってたよな。いつの日か、あいつは自分をも超えるほどの剣士になるって、確かになった。ついでに俺まで超えて行きやがった。これもお前は見越してたのかい?」
語り続けるフリードの元に届くのは風が揺らす木々のざわめきだった。
破壊しにいる相手に語り掛けても、決して言葉が返ってくるわけでもない。だがそれでもフリードはルクレイツアに語りかけるのをやめはしない。
「たとえ違ったとしてもお前も俺も越えて行ったあいつは、剣士としての高みに立ったが、お前も知っての通り、あいつが戦う相手はこれ以上ない強大な敵だ。勝てるかどうかも分からねぇ、全員負けてそれで終わりかもしれねぇ。それでも、あいつは戦うだろうな」
───それはスレイが勇者だからか?
一瞬、フリードの頭の中でルクレイツアがそう尋ねてきたような声が聞こえてくる。それは記憶の中のルクレイツアの声かあるいは本当にルクレイツアが語り掛けてきたかは分からない。
「違げぇよ。あいつは勇者だからじゃねぇ、人として当たり前のいきようとする強い意思がある。だから、あいつは戦うんだ」
グラスに残った酒を見ながら一息に飲み干すと、墓の前におかれたグラスの中身を墓にかける。
「俺もあいつを助けるために戦うよ。まだ神様に世界を終わらせられちゃ困る。なんせ俺の夢は子供たちと大勢の孫たちに囲まれて静かに眠ることだからな」
子供はいるがまだ孫がレイネシアだけなうえに、産まれたばかりの子供が二人もいる。それにいつかクレイアルラとの間に産まれるかもしれない新しい命もある。
まだ死ねない、まだ死にたくはないとフリードもスレイと同じように覚悟を決めていた。
残った酒をすべてルクレイツアの墓に振りかけたフリードはゆっくりと立ち上がると、背の低い墓石を見下ろしながらゆっくりと言葉を紡ぐ。
「そういうわけだ。悪いが俺がそっちにいくのはまだずいぶんと先の話だ。それまではあいつと一緒にそっちで見守っててくれよ」
言いたいことを言い残して立ち去ろうとしたフリードに風が吹く。
ザァーッと風の音が耳に届くなか、不意に声が聞こえてきた。
『死ぬなよフリード』
「言っただろ。死ぬつもりはねぇさ」
久しぶりに聞こえた気がした親友の声に笑みを浮かべながらも決して振り替えることはせず、フリードはその場を静かに立ち去っていった。
⚔⚔⚔
フリードがノクトたちのいる場所に戻ると先ほど案内してくれたエンネアの姿はすでになく、すでに準備を終わらせているらしいノクトたちがのんびり待っていた。
「ごめん、待たせたみたいだね」
「いえいえ、そんなことはありませんよ」
遅くなったことを詫びたフリードにノクトが気にしてない旨を伝えていると、すぐにラーレがフリードの側に駆け寄った。
「スレイの父ちゃん。どうだった、親父と話せて」
「一方的だったが久しぶりに話せてよかったよ。一緒に酒も飲めたしな」
嘘ではない本当の気持ちをそのまま伝えたフリードは全員の顔を見て、遅くなったことを謝罪した。
「んじゃ、そろそろ行こうか」
「おう!出発だぜ!」
拳を突き上げるようにしたフリードに呼応してラーレも拳を突き上げる。
そんな二人のことをみてクスクスと笑ったノクトも、同じように小さく拳を突き上げて答えた。
そんな三人の姿を見ながら、ようやく出発かとアリアドネが思いながら先を行く三人のあとを追って歩き出す。いや、正確に言うならものすごい速度で森の中を疾走する三人の背中を追って行くと言った方が良いだろう。
まるで野生動物が森を疾走するように迷いのない足取りで、整備もろくにされていないような悪路を疾走する三人の姿にアリアドネが驚きを隠せない。
森で暮らす自分たちと違い、外界の人間はこういう悪路に入ることはないと聞いたことがあったが、どうやらそれは間違っていたらしい。
そんなことを考えていたアリアドネに何を思ったのか、ラーレが速度を会わせて話し出した。
「母ちゃん先生の姉ちゃん。どうかしたのか、難しい顔して?」
「あんたら、ずいぶんと森になれてるわね。正直驚いてたわ」
「こんくらい冒険者なんてやってたら普通だって」
ラーレの言う普通が普通ではないと言うことにアリアドネは気づいている。
「二人とも、そろそろ旧帝国領だ。速度を緩めるぞ」
そういいフリードがゆっくりと速度を緩めると、アリアドネたちもそれに続くように速度を緩める。
しばらく森の中を歩いていったフリードたちの目の前には、崩れ去った城壁とわずかに残った過去の風景、多くの人々の血と命を啜って産また欲望の都、その欲望の残骸を見据えながら小さく呟いた。
「過去の悪行の収束された廃墟か………人の悪意をすべて詰め込んだディストピアってか?」
「反理想郷、夢も希望もない絶望の世界ですか………確かにそうだったのですね」
魔物に踏み潰され粉々に破壊された都市内部はもはや機能していない。
現在は隣国の興国預かりとなっている旧帝国だが、興国もそれなりの被害を受けたせいで旧帝国の治安維持にまで手を回す余裕はなかった。
そのため、数少ない帝国民の生き残りたちが各領地に居座りつづけたようだが、その結果更なる事件がこの地で起こっていたいようだ。
「これはなんというか、酷いわね」
短い言葉と共に顔を歪め、みるに耐えない物から目をそらすように視線をはずしたアリアドネ。その気持ちはフリードたちもよくわかった。
旧帝国領、その首都の中央地点らしき場所には初代皇帝の偉大なる功績を称えて造られたとされる黄金像があった。
そうフリードは記憶していたのだが、黄金像は魔物によって踏み潰されたのか、あるいは賊によって持っていかれたのか、すでに姿形はなく変わりに数えきれないほど大量の晒し首、そして首なしの遺体が放置されていた。
「酷でぇ匂いだ、鼻がまがっちまいそうだぜ」
「うっ、すみません。わたしもう」
かなりの時間放置されていたのか、遺体は腐りハエがたかりネズミが肉を食いあさり蛆が湧きでていた。
視界に入れるのも憚られるような酷い有り様にノクトが気分が悪くなり、ラーレも見るに耐えられなくなったのか距離を置いた。そんな中でもフリードは軽くではあったが遺体をみてこう呟いた。
「どうやら、死んでるのは全員貴族っぽいな。殺ったのは虐げてきた平民の誰か、あるいは全員ってところか」
なんにせよ、こんな状態で放置していれば疫病などが起こるかもしれない。
それに、もともとこの地は昔から人々の怨みの念が集まった地、この地で産まれたレイスなどの魔物も多く存在する。少なくともこのまま遺体を放置していれば近いうちにレイスに取り憑かれグールになってしまう。
かかわり合いがないよその国、そういって割りきってしまえばそれで良いのかもしれないが、フリードの性格からしてそれを見過ごすことはできなかった。
「冒険者としちゃ、このまま放置は出来ねぇか……ノクトちゃん。聖魔法でここら一帯を浄化して、この亡骸も焼き払ってやってくれないか?」
「…………わかりました」
「一人じゃきついでしょ。アタシも手伝うわ」
「ありがとうございます」
杖を構えたノクトの横に並び立ったアリアドネ。
正直な話ノクト一人でこれだけ広い範囲を浄化しようとすると時間がかかってしまうので、アリアドネが手伝ってくれると言ってくれてものすごく助かった。
「それでは───」
ノクトが杖を構えて魔法を使おうとしたとき、シュッ!っと風を切る音と共に何かがノクトとアリアドネのもとに飛ばされる。
見るとそれは握り拳大の石だった。不味いと思ったノクトが頭を守るようにうずくまろうとしたそのとき、カンッと何かが石を弾き飛ばした。
「危ないな、怪我ないかい?」
「おっ、お義父様!ありがとうございます」
とっさに前にでたフリードの剣が石を弾いた。
すぐに動いたラーレとアリアドネも、いつでも剣を抜けるように柄を手に取る。
「おい、隠れてないで出てこいよ!」
ラーレが叫ぶと瓦礫の側からゾロゾロと大勢の浮浪者のような人々が出てくる。彼らの手には先ほど投げられたものと同じような大きさの石が握られ、いつでも投げられるようだった。
この状況、いったいどうするかとフリードが考えていると、一人の男が問いかけてきた。
「あんたら、他所者だろ?それに何する気だ」
「それってのは、この遺体の山かい?もちろん焼いて埋めるのさ」
「ふざけるなッ!!」
答えたフリードに対して男が返すと同時に手に握っていた岩を投げると、フリードは先ほどと同じように剣で弾いた。
「ふざけてる訳じゃない。このまま死体を放置してたら疫病や、それこそグールが出るぞ?それでも良いのか」
「かまやしい!そんときはもう一度殺すだけさ!!」
今度は別の女性が叫ぶなか、事情を知らないアリアドネはただ目の前で起こっている状況に困惑していた。
「こいつら、なんでこんなに怒ってるんだい?」
「人の世界にもいろいろとあるんですよ。詳しい話はあとでしますんで、今はまず」
背後から近づいてくる気配に振り返ったフリードは、長い木の棒を握った男が上から無造作に振り下ろそうとしていた。
それを左に避けたフリードは棒を握る腕をつかみ軽く捻ると、あまり力をいれていないにもかかわらず男は気の棒を取りこぼし膝をついててしまった。
「あんた、ずいぶんと衰弱してるな」
こうしてみるとよくわかるが、この男かなり衰弱している。他にも視線を向けると、全員が痩せ細り今にも倒れてしまうのではないかと思うほど、危険な状態であることがみて取れる。
握りしめた手を離したフリードは、膝をついた男から視線を離し顔をあげる。
「あんたら、こんな弱った身体で疫病が起こってみろ本当に死ぬぞ」
「かっ、関係ない!あいつらのせいで俺たちがどれだけ苦しんだと思ってるんだ!!」
先ほど捻りあげられた男がフリードに言い返すと、それを皮切りに人々の不満が一斉に膨れ上がり爆発した。
「俺は親を殺されたんだ!こいつらの乗る馬車に引き殺されたんだ!!」
「私は娘をつれていかれた。帰ってきたとき、あの娘は……うぅっ」
「俺は妻と息子を殺された!理由なんて何もねぇ、ただの気まぐれだ!!」
この国の人間が貴族に抱いている憎悪の声、これがこの国で産まれ育った人々の声なのかと感じとたフリードはどうしたものかと、心のなかで考えるのだった。




