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自業自得、そして全ての決着を

新年あけましておめでとうございます!

本年もどうか今作品をよろしくお願いいたします!!

 氷の中から抜け出したゼファールに向かっていったスレイは振り抜かれた剣を跳躍でかわし、空中で回転しながらゼファールの首をスパンッとすれ違いざまに斬りつける。

 地面に着地したスレイが振り向きざまにゼファールの方を見ると、聖剣によってできた傷跡から数滴の血が流れ出たかと思ったら、次の瞬間には綺麗に傷口が塞がっていた。


「うぅ~ん。やっぱり首着るだけじゃ無理か」


 やはりゼファールにもルーフェスと同じ再生能力があるのか、あるいは再生能力のある使徒の力を取り込んでいるのだろうがもはやそんなことは関係ない。

 神に作られた使徒とはいえ、たとえどんなに超常的な力を持っていようよも、どんなに再生しようとも使徒は決して不死身ではない。

 体内の神気が無くなれば身体を形成しているコアが無くなり消滅する。だからゼファールも精霊のルーフェスも必ず倒すことができる。

 聖剣を左手に持ち替えたスレイは首に下がっていたネックレスを握りしめると、小さく息を吐きながらこれを託してくれた彼の姿を思い浮かべる。


「あなたの託してくれた力、存分に使わせていただきますよ」


 握りしめる手に力を込めてゆっくりと鎖から引きちぎる。

 スレイの手に中から黒い粒子の粒が溢れ出し嵐のようにゼファールのことを押し返したかと思うと、溢れ出した粒子の嵐が渦巻きスレイの手の中に集まっていく。

 黒い粒子がスレイに手の中に集まり形を形成するとスレイは剣を横に薙ぎ払った。すると漆黒の刀身が闇の粒子を切り裂き、ジャラリと柄頭から鎖が揺れた。


「暗黒剣ダーゼルガ。あいつが使っていた頃と随分と形が変わってるな」


 前の暗黒剣は片刃で曲刀のように僅かに反っていたが、今では聖剣と同じ直剣になっていた。

 ついでに剣の至るところに付いていた骨が無くなり普通の剣というよりも、スレイの黒幻に似た印象を与える。そして何よりも剣を握ったときから伝わってくるこの剣の力を知り、スレイは勝てることを確信した。

 それが終わったと同時に、暗黒剣の出現の余波を受けていたゼファールがその拘束が解けると、立ち尽くしているスレイに向かって駆け出し地面をけって跳躍し、さらにダメ押しと言わんばかりに空中で回転を加える。

 真上からの落下と肥大化したその体重、更に回転の威力を乗せての放つ回転斬り。普通ならこんな大ぶりの攻撃など簡単に見切れるのだが、スレイはあえて正面から受けることにした。

 左右の剣を構え直したスレイは右の暗黒剣ダーゼルガに漆黒の業火を、左の聖剣ソル・スヴィエートに純白の聖火を纏わせると、二振りの剣を重ね合わせて受ける姿勢を取った。


「行くぞレネ、それにダーゼルガ。お前たちの力を見せてくれよ」

『わかったのぉ~』


 元気のいいレイネシアの言葉に呼応するように聖剣が光り輝き、それに釣られるようにダーゼルガも弱々しい光が放たれる。

 重ねられた二つの剣から溢れ出す白と黒の炎、そして常時纏っていた闘気の輝きが段々と弱くなっていく。これは別にスレイの魔力と闘気が暗黒剣の中へと吸い込まれていった。

 それを見てゼファールが神気を六本の剣に纏わせ確実にスレイを殺そうとしてくるが、当のスレイはそんなこと気にすることなく剣を受ける構えを取っている。

 六本の剣と二振りの剣が重なり合おうとしたその時、ニヤリと口元を釣り上げ笑っているゼファール。相手は闘気も魔力ももう無いのだと、勝手に思い込みこれで殺してやると斬りかかってくる。剣同士がぶつかり合いそうになったその瞬間、スレイは暗黒剣力を解き放った。

 ゼファールの剣が聖剣と暗黒剣に触れた瞬間、スレイの構える二振りの剣から先程までの比ではないほどの炎と闘気が溢れ出し、振り下ろされたゼファールの剣を受け止め、溢れ出した炎の熱量がゼファールの神気を弾きその下に守られていた剣をすべて溶かした。

 六本の剣の刀身が蒸発したのを見てスレイは聖剣と暗黒剣を振り抜くと、ゼファールは神気を何重にも層にしたシールドのようにして纏いスレイの剣を受けとめるが、振るわれた剣はゼファールの腕を難なく切り裂いた。

 腕を切り落とされたゼファールは空いた胴体に向けて鋭い蹴りを放ったが、瞬時に剣を引き戻したスレイの一閃によって振り抜かれた脚が斬り落とされる。

 片足になったゼファールは肥大化したその巨体を支えきれずにドサリと地面に倒れ込む。


「?………ッ!?」


 倒れたゼファールは不思議そうな顔をして切断された手足を見ていたかと思うと、次の瞬間にはなにか恐ろしいことが起きたかのような、当たり前だと思っていたものが無くなったような、絶望にも似た表情になった。


「あぁ……ようやく気付きましたか」

「─────ッ!!」


 頭上からかけられたスレイの声に反応したゼファールが顔をあげると、スチャッと暗黒剣の切っ先をゼファールの眼前に向けながら、ゆっくりと話し出す。


「この剣は力を吸収し奪い取り、それを任意に倍加して返すことが出来る。だから、ボクはあなたの中にある使徒の力を吸収し奪い取った」

「うっ、奪っただと!?」


 スレイの言葉に驚愕したゼファールが声を上げる。

 どうやらダーゼルガで使徒の力を奪ったことでイヴライムの支配が溶けて理性が戻ったのだろう。

 この能力はスレイが魔族のバルバから受け継いだダーゼルガの力であるが、実際にダーゼルガを使ったのは今回が初めてだったのでこんなことも起きるのかと思いながらも、それと同時にこんなことも考えていた。

 もしもあの戦いのときにバルバがスレイの中にある刻印の力、あるいは聖剣の能力すべてを奪い取っていたら、あの戦いの勝者はスレイではなくバルバだったかもしれない。


「えぇ。だからもうあなたに使徒の力は使えない。身体を再生させることも、剣を作り出すこともなにもできない。あなたの負けですゼファール」


 サッと剣をおろしたスレイは聖剣と暗黒剣を下ろして地面にうずくまるゼファールから踵を返すと、残ったゼファールの分身体を片付けるべくその場を立ち去ろうとしたその時だった。


「ふざけるなぁああああ―――――――――――ッ!」


 足を止めたスレイが振り返ると、残った神気を使い切断された脚の代わりを創造したゼファールが、同じく神気で創造した刃を握って向かってくる光景だった。


「やっぱりあなたはその選択をしますよね」


 わかっていたことだったがこうも思い通りになると、いささか拍子抜けすると思いながらスレイはダーゼルガをゆっくりと持ち上げ、そして向かってくるゼファールに向かってゆっくりと振り下ろした。


「グがハッ!?」


 剣が振り下ろされたと同時にゼファールは口から血を履いて倒れた。

 攻撃をされたわけでもないのに突然の吐血と体内のコアの大半が消失したことに、ゼファールは困惑していた。

 突然の出来事に困惑したまま地面に伏せたゼファール。そこに歩み寄り憐れむような眼で見下ろしていたスレイを、ゼファールは激しい怒りを宿した眼で睨みつけていた。


「グガっ……ぎっ、ぎざ……まっ!な゛にを゛じだッ!」

「あなたのコアを奪ったんですよ。光刃であなたの体内のコアだけを切り裂き、ダーゼルガの能力で吸収し奪い取った。ただそれだけのことです」

「ぞれ……だげ……俺ばじぬのが?」

「えぇ。少なくてもあと数分で確実に消えます。なにか娘さんに言い残すことはありますか?」


 ゼファールも父親だったのなら実の娘に対して何かあれば、そう思ったスレイが訪ねたのだがゼファールの口から返って来た言葉はスレイの予想打にしない物だった。


「だっだら、死ねどでも゛づだえ゛でおげ」

「はぁ?……なんだよ、それ?それが自分の娘に伝える、最後の言葉だって?」

「あ゛んな……のは、俺の……むずめじゃない……!のぞでなんがな゛がっだ!」


 続くゼファールの言葉にスレイは愕然としていると、ゼファールは更に続けていく。


「あいづは、いづもいづも俺を蔑み゛憐れ゛んだ!俺を、苛立たぜる邪魔な゛やずらだった!だがら心で悔い゛改めろ!」


 枯れた声で雄弁に喋り続けるゼファール。その目に宿るのはどす黒い憎しみの色、それを読み取ったスレイの表情は段々と色を失っていく。


「あいづだげじゃな゛い親父も゛ぞう、だった!本当は、俺がごの手でごろじでやりだがった!だがら死ね゛エルミ゛ナも!俺をごろじだお前も!俺を斬ッだあいずも!全員死んじ────」

「もういい、黙れ」


 怒りの籠もった声とともに聖剣を振り抜きゼファールの声帯を斬ったスレイは、血を吹き出したゼファールの胸元に暗黒剣の切っ先を突き刺した。


「ボクがバカだったよ。あなたの魂の色はどす黒く汚れていたのを知っていた。だけど、あなたも子を持つ親なら最後くらいはって思っていたのに……残念です」


 突き立てた暗黒剣の刃をさらに深く突き刺し、グリンと剣をひねったスレイはゼファールの体内に残っていたコアを完全に破壊したのだが、不思議なことにゼファールの意識は途切れることもなく、それどころか死に瀕していたはずの肉体が再生し始めた。

 いったいなぜこんなことが起きたのかと不思議に思っている中、スレイはゼファールに向けて話しだした。


「今、あなたの中から奪った神気とコアを戻しました。ここからあなたが行く場所にはそれがないと不便でしょうし」

「何だ、俺をどこへ連れて行くつもりだ!」


 起き上がり騒ぎ出すゼファールを無視したスレイはダーゼルガをゆっくりと持ち上げながら淡々と説明を始める。


「この剣はボクが魔族から受け継いだとき、新しい力を願った。それはこの世界の裏側、古の幻獣たちが住まう世界への入り口を開く力だ」

「世界の……裏側だと?」

「えぇ。あそこは文字通りこの世界とは全く別の時間が流れる場所だ。この地に住まう魔獣よりも凶悪な力を持つ幻獣たちがひしめき合うあの場所だ。あんたはそこに行くことになる」


 ゆっくりと剣を引き抜いたスレイはそのままゼファールの側から離れていくと、ゆっくりと立ち上がったゼファールは身体の中に神気が戻ったことを確認し、無防備なスレイに背中に神気で作った刃を突き立てる。


「バカめッ!わざわざ消した俺の神気を戻しやがって、お前の間抜けな行いが自らの命を奪う結果となったのだッ!」


 ゼファールの神気の刃がスレイの背中を突き刺した……そうゼファールが思った次の瞬間、突き立てたはずのゼファールの刃からはなんの手応えも感じない。

 それどころかスレイが後ろを振り返ると、突き刺したはずの刃はスレイの身体を通り抜けてしまう。それはまるで幻影のような、実態のない影があるようだ。


「いい忘れていましたが、あなたはもうこの世界の住人じゃない。だから今のあなたはただの精神体、肉体はすでにあちらの世界にいきました」


 スッと振り上げられたスレイの腕がゼファールの身体を通過する。


「それと、ボクがあなたに神気を返したのはあなたが向こうで簡単に死なないためだ」

「まっ、まて!向こうとは、いったいなにがあるって───」

「さぁ、そこまではわかりませんが、今のあなたなら生きていけますよ。だって死なないんだから」

「はっ?」


 死なないとはいったいどういうことだ、そんな疑問をいだきながらゼファールは続くスレイの言葉に耳を傾けた。


「ダーゼルガの力については教えましたよね?この剣は奪った力を倍にして返す。だから、あなたの再生能力を何倍にも引き上げて、正真正銘の不死の力として返しました」

「不死者?なら俺は永遠に生きるそうだろ!なぜそんな無駄なことをする!」

「無駄じゃないですよ。向こうは何十億年という長い時間をあの場所で過ごしてきた幻獣たちの住まう場所、なんの力もないあなたが行けば数秒、あるいは瞬きする間に死んでしまう……でもそれじゃあダメ。あなたのような人には死すら生ぬるい」

「だがいくら幻獣が住まう場所だとしても、死なぬのであれば話は別だ!いつの日かそこから抜け出しお前を殺して──」

「あぁ。無駄な期待はしないほうがいいですよ」


 バッサリとゼファールの希望を切り捨てたスレイ。


「あなたを送る前に、あの場にいる知人に頼んだんです。あなたが向こうに行ったら思う存分遊んであげてほしいと。そしたら大喜びしてました。なんでも他の奴らも集めて盛大にもてなしてやるって」


 にこやかに笑いながら続けられるスレイの言葉がゼファールの頭の中で反芻され、そして時間をかけてゆっくりとその言葉の意味を段々と理解していく。

 それと同時にゼファールの顔が蒼を通り越して真っ青になっていった。


「ここから先、あなたに死は訪れない。安らかな日々は訪れない。未来永劫、その薄汚れた魂が擦り切れるほどの死と絶望を味わいながら苦しみ続けろ──さぁ、地獄を楽しみな」


 消えていくゼファールに向けての最後の手向けを告げる。



 ゼファールが世界の裏側へと消えていくのを見送ったスレイはダーゼルガをネックレスに戻すと、聖剣を掲げながら話しだした。


「レネ。もう少し戦いが続くけど、大丈夫か?」

『だいじょうぶなのぉ~』

「良かった。レネ、黒幻と白楼に纏ってくれ」

『わかったのぉ~!』


 聖剣が輝きスレイの腰の鞘に収まった黒幻と白楼に吸い込まれると、二振りの剣が淡い輝きを放ちながら独りでに抜き放たれスレイの手の中に収まった。

 やはり二刀はこの二振りがしっくりくると思いながらユキヤとルーフェスの方に視線を向ける。

 先程から気配が動いていないと思っていたら、どうやら何か話しているようだ。何を話しているかこの距離では聞き取れないが、ルーフェスの傷からしてそう長くはないはずだ。

 この戦いがどんな結末を迎えるにしろ、最後くらいは見届けようと決めたスレイは背中に竜翼をはやし空に飛び立とうとしたとき、スレイを止めるように声がかけられた。


「父は……どうなったんですか」


 その声に振り返ったスレイの目に写ったのは今にも泣きそうな顔をしているエルミナと、その横で寄り添うようにしているアカネが目を伏せ、それに追従するように横を歩いていたユフィが小さく首を横に振っている。

 どうやら最後のゼファールとの会話を聞かれていたらしく、しまったと思いながらも仕方がないと思いながら正直に答える。


「殺してはいません。でも、死すら生ぬるい場所へ永遠に追放しました」

「そう………その、おじいさまのことは……本当、なの」

「えぇ。ご遺体の一部はボクがお預かりしています……この戦いが終わったら、お返しします」

「……はい」


 ポロポロとエルミナの両の目から涙がこぼれ落ちていく。

 残っていた家族を全て失い、実の父にひどい罵倒を浴びせられて心が折れたのか、立ち直るには時間がかかるかもしれないがそれでも彼女はここで疼くなるような人ではないはずだと、スレイは思っているからこの言葉を投げかける。


「ボクはこれからあいつの戦いを見届けに行く。どうせ、アイツのことだから君と何かしら約束してるんじゃない?あいつぶっきらぼうなくせに、変に義理堅いから」


 その場にいなかったはずなのに、そのことを言い当ててしまったスレイにアカネが呆れたような口調で答える。


「そうよね。本当はこの子の父親を殺すって言ってたけど、結局はあんたの家族が狂った元凶を倒そうとしてるわね」

「レンカくんってそういうところあるもんね」

「そうだな。ちょっとズレた思考のせいで何度痛い目にあってきたか」


 そう言い合いながら小さく笑っている三人、そんな三人を見ながらどう答えればいいのかと考えているエルミナだったが、そんな考えをまるで読み取ったかのようにスレイが尋ねる。


「さぁ。どうする?一緒に見守る?それともここであいつの帰りを待つ?」


 そう尋ねられたエルミナは一度目を閉じて自分の胸に手を当て当てる。

 結局決めるのは自分なのだから、どうしたいのか、それを知っているのは自分自身なのだから、こうしたいのだと心が決めたことに従った。


「一緒に行きます。わたしもあの人の……レンカさんの側で決着を見守りたいです」

「わかった。ユフィ、彼女にもボードを貸してあげて」


 連戦続きで相当消耗しているはずのエルミナへの配慮で、ユフィにボードを出してもらおうと思ったのだが何だからユフィが腰に手を上げて大きな胸を、まるで強調するかのように背を後ろにのけぞらして張っていた。


「ぬっふっふっふふふふっ!甘い、甘いよスレイくん!お鍋いっぱいに入れた練乳にこれでもかというほどお砂糖を入れて煮込んだくらい甘いよ!」


 本日二度目のおかしくなったユフィを前にしてアカネがしらけた目を向け、エルミナがまたしても混乱している中、ハァッと大きなため息を一つついたスレイが小さくつぶやく。


「ヤバいな。久々にユフィに中にある変なスイッチが入っちゃった」

「そんな甘々なスレイくんにいいことを教えてあげましょう。今のエルミナちゃんにそんなものは必要ないからなのよ!なぜか、なぜかって?にゅふふふふぅ〜!」

『パパぁ~。ママがへんなのぉ~』

「あぁ。大丈夫大丈夫。魔道具のことになるといつものことだから」


 剣の状態のレイネシアとコソコソと話しているスレイ。心做しか少しだけユフィとの距離が離れているような気がすると、アカネとエルミナが思っていた。


「それでねそれでね!エルミナちゃんの着ている鎧の背中!皆さんご注目ください!」


 ババンッとエルミナがライトアップされる。いやいや、この光源はいったいどこからきているの?っと不思議そうに上を見ているエルミナだった。


「こちらの鎧、なんとなんと空気中の魔力を吸収して光の翼を形成して飛翔魔法と同じ効果を発言させてくれるすぐれものなのです!」

「それは凄いな」


 素直に感心しているスレイはもう説明は終わったらしいユフィが、エルミナに飛び方をレクチャーしているのを横目に畳んでいた翼を広げる。


「アカネはどうする?必要ならユフィのボードあるけど」

「必要ないわよ。あそこまでなら自力で行けるわ」


 アカネならそういうかと思ったスレイはユフィとエルミナの方を見ると、ふたりとも小さくいなずいていたので準備は終わったのだと判断したスレイは、もう一度視線を上の二人へと向けた。

 すると今まで動かなかった二人の力が動き出した。


「よし。行こうか」


 広げた翼を羽ばたかせて浮かび上がったスレイ、それに続いてユフィたちも空へと駆け上がっていった。




 スレイがゼファールとの決着をつけたとき、ユキヤとルーフェスの戦いも終焉へと差し掛かっていた。

 常闇の剣を取り込んだ魔剣を握るユキヤの眼前には、全身から血を流しながらもどうにか踏ん張っている。そんな印象を与える程にボロボロとなったルーフェスが対峙していた。


「あぁ、クソ。嫌になるねぇ。いまさら悪魔が人に力を貸して、僕を相手取るなんて」

「そんなことはねぇよ。俺に刻印を与えた奴もこいつも、テメェみてぇに自分勝手な理由で世界を壊されたくねぇんだよ!」


 翼を羽ばたかせて接近したユキヤが魔剣を振り上げると、ルーフェスは瞬時に空気を膜のように集めシールドの変わりにしてユキヤの斬撃を受け止めたかと思うと、魔剣の刃が空気のシールドに触れたと同時に何かに喰い破られたような跡を残して消失した。

 そこから踏み込んだユキヤが上から下へと魔剣を振り下ろすが、一瞬速く後ろに下がったルーフェスが斬撃をかわすと、そのままユキヤに背を向けながら逃げる。


「暴食の悪魔の力。本当に厄介だな!」

「テメェの再生能力のほうが厄介だろうがッ!───混成斬撃の型 飛翔・弧月一閃ッ!」


 魔剣を真上から振り下ろすと弧を描く斬撃が放たれ背を向けたルーフェスを襲う。


「クソっ!」


 襲い来る斬撃を見ながら悪態をついたルーフェスは、身体を捻ってなんとか直撃だけは回避した。だがその代償として左腕と左足を切り落とされてしまった。


「ぅあああああ―――――――――――ッ!!?」


 斬り落とされた手足の断面から止めどなく流れ出る血と、焼けるような痛みが全身を駆け抜ける。このままでは痛みによるショック、あるいは出血多量で遅かれ早かれ死ぬ。

 不死にも似た再生能力を持っているはずのルーフェスが、初めて感じる死の予兆に恐怖を感じる中、スッとルーフェスの眼前に魔剣の切っ先が向けられる。


「もう終わりだルーフェス。テメェに再生能力はもうねぇ。大人しく死ぬか、あらがって死ぬか選べ」

「ふははははッ。優しいね君は……そんなこと聞かなくても黙って斬ればいいじゃないか」

「はっ、そうしてやりてぇんだがてめぇには聞きてぇこともあったからな」

「えぇ~なになにぃ~、どうせ死ぬことには変わらないんだし、なんでも答えちゃうよ」


 おちゃらけた様子のルーフェスだったが、魔眼で見る限りは嘘は言っていないと分かったユキヤはそのまま話を続ける。


「テメェ、本当はもう死んでんだろ?」

「えぇ?なんのことだい?」

「嘘はよせ。俺の目に嘘は無駄だぜ」


 とぼけたような口調のルーフェスに見せつけるように右目の魔眼を発動させたユキヤ。するとルーフェスの顔から表情が抜けていきスッと無表情へと変わってしまった。


「仮に、僕が死んでるとして今君と話してる僕はなんだって言うんだ?」

「さぁな。だがテメェはもうすでに死んでいて、どうやってるかは知らねぇが肉体を維持して現世にとどまっている」

「なんでそう思ったか聞いても良いかな?」

「始めっからもしかしたらとは思っていたが、確信したのはテメェの力を奪ったときだ。テメェの再生の力にゃ死者を蘇生するほどの力はねぇ。当たり前だよなぁ死者の蘇生なんてもん、古代の時代でも出来るはずがねぇ。だったらテメェを形作る概念にそんな力はねぇはずだ。違うか?」


 話し終えたユキヤはジッとルーフェスのことを見ていると、一瞬目を伏せたルーフェスが大きく息を吐いてからまるで付き物の取れたような清々しい顔で空を見上げる。


「まさか、そこを見抜かれるとは思わなかった。君って意外と考えるタイプなの?」

「ブッ殺すぞテメェ」

「怒らないでよ褒めてるんだから……答え合わせってわけじゃないけど、君の言うとおり僕の力じゃ死者を蘇生することはできない。あれはね、ときの精霊の力と僕の再生の力を合わした物なんだよ。斬られた瞬間にその場の所の時間を止めて、時を戻して引き寄せ合い再生させることで、不死の力にみせかけていたってわけ」

「なるほどな」

「それともう一つ。たしかに僕はもう死んでる。っというよりも死んでいながら生きているっていうのが正しいね」


 そう言い終えルーフェスがおもむろに自分の胸に手を突き立てる。突然の自傷行為に思わず剣を構えるユキヤだったが、次の瞬間、ルーフェスの体内から抜き取られたものを見てユキヤは、ソっと息を呑んだ。


「これが見えるかい?これが僕のコアさ」


 血に濡れて汚れているそれは野球ボールほどの大きさ歪な形をした球体だったが、ユキヤが驚いたのはそこではなかった。

 ルーフェスの体内から抜き取られたコアの中心にはとても深い傷跡が、正確に言うならば中心の部分を剣のようなもので貫かれた跡があり、その穴を埋めるようにして別のコアの欠片がまるでステンドグラスのように埋められていたのだ。


「醜いだろ?昔はとてもキレイな、この空と同じ色だったんだけど、ある日、僕と友人の精霊が獣……今のこの世界では幻獣っていうのか……それに襲われて友人は死に僕も致命傷を負った。君の言うとおり僕の力なんて怪我を治す程度でコアの再生なんてできない」


 静かな口調で話しながらルーフェスは抜き取ったコアを身体の中に戻し始める。


「死を待つばかりの僕は、消えかけている友人のコアを見ながらこれを使えば助かるんじゃないか。そう思って、一か八かの賭けでコアを取り込んだんだ」

「それがテメェが邪精霊になった切っ掛けって訳か」

「あぁ。でもそれで終わりじゃない……僕が友人のコアを取り込んだとき、彼の思念が僕に流れ込んできた……ねぇ、一体それがどんなのだったか、君にはわかるかい?」

「知るわけねぇだろう」


 考える素振りもせずにバッサリと切り捨てたユキヤを見てルーフェスは一瞬目を丸くして驚いたが、すぐに平静を取り戻して話の続きを語りだした。


「彼はね僕の力を欲してたんだ。幻獣の襲撃も計算して、でも結局は自分が喰われてそれで僕が友人の力を奪った」

「予期せぬ出来事だったってわけか」

「まぁそうなるね……だけど、そのせいで僕は邪精霊になった。そして彼の負の感情に操られるがまま仲間を殺し、力を蓄え続けて精霊王さまによって倒されたあと、残った僕の肉体とコアを素材として剣が作られ、何百年の後に君の持つ剣とともに封じられたってわけ」


 今の話、ルーフェスは一度も嘘を付いていなかった。

 つまりルーフェスが言っていることは真実であるのだと、ユキヤは疑わなかった。


「ハッ、テメェ。もしかしなくてもあの時から正気に戻ってやがったのか?」


 初めにユキヤがルーフェスを斬ったとき、ルーフェスの中の魂が暴れだしたとスレイは言っていたが、実際はユキヤは無意識のうちにルーフェスの魂を支配していた件の友人の魂の楔を食らったことで、ルーフェス本来の魂が開放されたことにより人を害する人格が消失した。

 そして件の友人の魂は今までに取り込んだ他の精霊の魂が押さえつけておりzその光景をスレイは暴れていると勘違いしたのかもしれないかと、ユキヤは考えていた。


「さぁ。どうだろうね。今こうして話している僕も、実際は彼に操られていて、今も君を油断させる芝居かもしれないよ?」

「そんときは、そんときだ。まぁ、どのみちテメェは永くねぇ。これでようやく死ねるんじゃねぇか?」

「あぁ。これで終われる……ようやく」


 友の思念に囚われ続け永く苦しめられた呪縛から開放されたルーフェスの顔はどこか清々しく感じられる。

 ようやくこの苦しみから解放される。そう思っていたその時、突如ルーフェスの身体の中から黒く濁ったオーラが吹き荒れた。


「ぐっ……グアァアアアアアアア―――――――ッ!?」


 黒いオーラが吹き荒れると同時に苦しみだしたルーフェス。これは尋常ではないと感じたユキヤが後ろに下がり魔剣を構え直す。


「オイッどうしたルーフェス!」


 思わずユキヤが叫ぶと、溢れ出したオーラがルーフェスの中に吸い込まれていく。

 吹き荒れていたオーラが全てルーフェスに吸い込まれたあと、残されたルーフェスが突然のけぞりダラリと両手を後ろに下げた。


「あぁクソっ。せっかく集めた精霊の力が全部無くなっちまった」


 ルーフェスの口調が変わったことに気がついたユキヤは、さっきのこもった目でルーフェスをにらみつける。


「テメェ。ルーフェスが言ってた精霊か」

「あぁそうさ。闇の精霊アンフェルクルス。お前、名前はなんてんだ?」

「……レンカだ」

「そうかレンカ、早速なんだけど───死ね」


 短いその言葉とともにルーフェス改めアンフェルクルスがそうつぶやいた瞬間、ユキヤの周りに闇が集まり始めるのを見てユキヤは魔剣の闇の力を開放して防ごうとしたのだが………


『父さま!エンジュをはなしてください!』


 エンジュの言葉に反応したユキヤは瞬時に剣を手放し肉体を影の中に隠すと、ユキヤの周りを取り囲んでいた闇のオーラと魔剣から闇の力が溢れ出し、硬化した無数の棘がユキヤの居た場所を突き刺した。


「ふぅ~ん。影になれるのか」

「テメェ。俺の娘に何しやがった?」

「何も。ただこの娘は闇の精霊を使って生み出した精霊だろ?だったらオレの支配下さ」


 アンフェルクルスが手を伸ばすと空中で停滞していた魔剣が飛んでいきその手の中に収まった。

 魔剣との繋がりはまだ残っているが、呼び戻すすことはできない。どうやら闇の精霊の力で無理やり押さえつけているのだろうと察したユキヤは、空間収納を開き現れた柄を握りしめながらかける。


「おい。返せよ。それは俺の娘だ。テメェみてぇなゲスの手で触れてんじゃねぇ!」


 抜き放たれた緋影を脇に抱えるように構えながら飛び立つと、一気に接近しアンフェルクルスに向けて振り抜くが、魔剣を垂直に構えて受け止めるが、振り抜かれた飛影は止められずアンフェルクルスを吹き飛ばしながらユキヤは叫んだ。


「ってか、エンジュに男は早えぇんだよ!このボケがッ!」

「ぐぅぉおおっ!?」


 魔剣ごと吹き飛ばされたアンフェルクルスはどうにか体勢を整えようとしたが、懐へと飛び込んだユキヤの高速の連続斬りが放たれる。


「さっさとエンジュを返しやがれッ!───斬撃の型 閃刃百華ッ!」


 一拍で放たれた斬撃は百にも登る。

 全身を切り刻まれたアンフェルクルスは血を流しながら後ろに吹き飛んだ。


「ク……ソっ!なんで、オレが……こんな、目に……ッ」


 口から血を吐きながら叫ぶアンフェルクルスに向けて緋影の切っ先を向けたユキヤは、呆れたようにアンフェルクルスを見下ろしながら小さく呟いた。


「自己中野郎が、そんなもん自業自得なんじゃねぇか。友をだまし、多くの同胞を喰ってきた。その末路がこれだ」

「ふざけるなッ!オレは、最強の精霊になるはずだった!それを、それをこんなところで───負われるかッ!」


 アンフェルクルスが叫ぶと共に溢れ出した闇の力がユキヤを弾き飛ばすと、溢れ出した闇の力が失われた手足を形造り、身体を鎧が覆った。


「これで殺してやるッ!」


 握りしめた魔剣に闇の力が集まり巨大な剣を創り出して駆け抜けるアンフェルクルス。それを見ながらユキヤは空間収納から緋影の鞘を取り出し鞘に納める。


「もうちょいだけ我慢しろよエンジュ───居合の型 絶華ッ!」


 振り抜かれたアンフェルクルスの刃を交わしたユキヤが放った神速の八連撃を受け動かなくなるアンフェルクルス。その側に歩み寄ったユキヤはその手から魔剣を奪い返した。


「うちの娘は返してもらったぜ」

「こ、のっ……よく、も」

「さっきも言ったがテメェが死ぬのは自業自得だ」

「ぐっ、ぞが」


 消えていったアンフェルクルスを見送ったユキヤは緋影と魔剣を鞘に収め、空へと登っていく光の粒を見送りながら小さく呟いた


「───絶望がお前のゴールだ」


 振り返ったユキヤはいつの間にかそこにいたスレイたちを見て顔を引きつらせた。


「お前らいつからそこにいた?」

「決着がつく少し前」

「そうか」


 大きく息を吐いたユキヤはゆっくり下へ通りだすと、それにつられてスレイたちも下へと降りると剣になっていたレイネシアとエンジュが人の形に戻った。


「大丈夫だったかエンジュ」

「はい、エンジュはだいじょうぶだったとおつたえします」

「そうか……済まなかったな」


 ポンポンっとエンジュの頭をなでていたユキヤだったが、ドスドスと歩み寄ってきたアカネがユキヤの胸ぐらを掴んだ。


「あんた、なにエンジュを敵に奪われてんのよッ!しかも男って、あたねぇ!エンジュに悪い影響があったらどうすんのよッ!えぇッ!!」

「すっ……すまねぇ」

「あぁっ!?」


 まるでヤクザのようなアカネの顔に引きながらもどうにか落ち着かせようとしている横目に、レイネシアを抱きかかたスレイが小さく呟いた。


「今回も大変だったな」

「パパがんばってえらいのぉ~」

「うふふっ、そうだね~。レネちゃん頑張ったパパにご褒美をあげなきゃね」

「わかったのぉ~、えっとねぇ~えっとねぇ~!そうだ!いつもママたちみたいにごほぉ〜びのチュ~するのぉ~!」

「はへっ、ちょっ、ちょっとレネちゃん!?お外でそんなこと言っちゃメッ!あっ、エルミナちゃん!?今のは聞かなかったことにしてね!」

「あっはい」


 人の家の事情などあまり聞きたくはなかったエルミナは、興味なさそうに返事をしていた。


「ハハハッ。それは嬉しいんだけど……パパはまだ頑張らないことがあるから、それが終わったらご褒美をくれるかな?」


 そのスレイの発言にユフィとレイネシアだけでなくエルミナまでも驚きながら武器に手を触れていた。


「えっ、終わってないってどういうことなの?」

「そんな身構えなくていいよ。ボクとあいつの個人的な戦いだから」


 それを聞いてユフィは何かを察したのかスレイの腕の中のレイネシアを受け取ると、そのままエルミナの背中を押して遠くに離れ、ついでにアカネの方に行って何かを耳打ちしたかと思うと、アカネも一緒になって下がり結界やら何やら色々と準備していた。

 そんな彼女たちを横目に二人が向かい合いゆっくりと近づいていく。


「おいユキヤ、そろそろ決めないか?」

「ハッ、いいね」


 二人が一定の距離まで近づいた次の瞬間、揃って拳を握り振りかざしたかと思うと………


「「死ねぇえええええ―――――――――――ッ!!」」


 振り抜いた拳がお互いの顔を殴り、そこから始まる壮絶な殴り合い。

 どうやらスレイの言っていた個人的な戦いと言うのは、ただの喧嘩だったらしい………呆れたユフィたちはもう見てられないと言って二人を残してみんなのところに帰っていった。



 ちなみに二人はどうなったかというと、ここから一時間ほど殴り合い、そこからさらに二時間ほど斬り合いをした後、精魂使い果たした上に同時に闘気も魔力もすべて使い果たして倒れたという………

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