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旅立ちの朝

決めました。ここでこの章を終わらせます。

 年も代わりもうじき春が訪れようとしていたある日、スレイの暮らす村では小さな誕生日パーティーが開かれていた。


「「「「「リーシャ!お誕生日おめでとう!」」」」」


 今日はアルファスタ家の末の妹リーシャ・アルファスタ、五歳の誕生日。そして、スレイとユフィがこの村にいる最後の日だった。


 ⚔⚔⚔


 このおめでたい日にアルファスタ家には隣人でありスレイの恋人のユフィも一緒に、盛大なお誕生日パーティーが行われていた。


「ありがと~!」


 祝福の言葉をもらったリーシャは嬉しそうにみんなにお礼の言葉を送ると、本日の主役の前には次々と豪華な料理が乗せられた皿が並べられる。


「さぁ、お兄ちゃんとお姉ちゃんがリーシャの好物を作ったから、好きなだけ食べてよ」

「デザートもたくさん用意してるからねぇ~!」

「わぁ~い!」


 両手を掲げてバンザイしながら喜んだリーシャは、嬉しそうに料理をとって食べ始める。

 今夜のメニューは唐揚げにハンバーグを始め、パスタやピザに鶏肉のトマト煮など十種類ほどの料理に加え、リーシャのためのケーキを作った。

 もりもりと料理を食べ続けるリーシャを微笑ましい目で剥けながら、その横で同じように食べ続ける大人たちに釘を刺す。


「ちょっと、父さんも母さんも、リーシャのためのご馳走なんだから食べすぎないでよ?」

「言われんでも、わかってるっての」

「それならいい。あっ、ミーニャは遠慮せずに食べるんだよ」

「うん。食べてるよ」

「さぁ、二人共。追加の料理まだあるからどんどん食べてね!」


 キッチンからユフィが戻ってくると、これまた山盛りの料理が二人の前に置かれる。

 それを喜んで食べている二人、普段は過度な偏りは許されないが今日くらいは許されよう。さらに追加の皿を持ってきたスレイは、二人の食べるペースが落ちたのを見てそろそろいいかと思っている。


「なぁスレイ、ちょっといいか?」

「うん?なに」


 名前が呼ばれ立ち止まったスレイがフリードの方に行く。


「お前、ユフィちゃんがいるにしても、短時間でこんなによく作れたな」

「そうよね、このハンバーグなんて今日狩ってきた魔物肉でしょ?ミンチとか大変じゃなかった?」


 フリードとジュリアがハンバーグや唐揚げを食べながら訪ねる。


「あぁ、それはこいつらのお陰でけっこう楽だったよ」


 スレイが掌を前に出すと、キッチンの方から何かカチャカチャと音を立てながらやってくる。

 なんだろうと思いながらみんなが天井に視線を向けると、高速で接近する黒い何ががいる。

 

「ひっ!?」


 高速で動き回る黒いそれを見て、アレを思い浮かべたミーニャが悲鳴を上げた。


「大丈夫だよ」


 そうスレイがつぶやくと、壁を走っていたそれがジャンプしてスレイの掌に収まった。

 ガタッと全員が同時に離れようとしたが、良く見るとゴの付くあの黒い虫にしては大きい気がしてみんながじっとそれを凝視した。


「ん?あっ、それお前のゴーレムか?」

「ほっ、ホントね。ちょっと形は違うみたいだけど」


 フリードとジュリアがスレイの掌に収まる金属製の黒い蜘蛛だった。黒いアレではないと分かったジュリアたちが安心して椅子に座り直した。


「そうだよ、ボクのアラクネ。ところでなんだと思ったの?」

「いや、ゴキ───フゲッ!?」


 フリードがゴの付くあの黒い虫の名前を出すより先に、隣に座るジュリアの黄金の左フックが炸裂してテーブルに伏せた。


「えっ、なに今の悲鳴?」

「うちの父さんが母さんに殴り飛ばされただけ」


 悲鳴を聞いてやってきたユフィに説明をして納得している。こればかりはフリードの方に自業自得なので、ユフィも回復魔法なんてかけずに放置しておく。


「それよりユフィ、料理たりそうだからこっちでご飯食べなよ」

「はぁ~い!」


 ユフィも席についたところでスレイはこのアラクネについての説明を始める。


「今回の料理はこの調理用にカスタムしたアラクネに手伝ってもらったわけ」


 錬金術を付与して命令一つで前足をナイフからトングまで幅広く変化が可能なカスタム機であり、これ一体で動物の血抜きからから内臓処理、果には解体まで可能な上に料理の仕込みまで出来る優秀なゴーレムなのだ。

 スレイがアラクネの機能を説明すると、ダメージから回復したフリードがムクリと起き上がった。


「なるほど、良く分からん。後スレイ、みんなビックリするからそいつ戻せ」

「わかったよ、もう戻っていいよ」


 前足で敬礼すると、下腹部の装甲が開き中から現れた吸盤つきのワイヤーを射出し、某有名な蜘蛛のヒーローのように振り子運動で戻っていった。

 アラクネを見送ったスレイも料理を食べるべく席につこうとしたその時、背後からユフィに肩を掴まれ強制的に後ろの方向転換させられると、目の前に鬼の形相のユフィが立っていた。


「ねぇ、あのゴーレムあんなコミカルな動き来たの?」

「うぅ~ん………さぁ?分かんない」


 スレイが真顔で、まるで悟りを開いたかのような顔をしているのを見たユフィは、またなのかと頭を抱えた。

 以前作った生態ゴーレムであるレイヴンとオウル、この二体は設定したことのない言語機能に加え、本物の鳥と同じ動きをすることがある。

 あれから何度か解体して原因を調べようとしたことがあったが、結局原因がつかめずにそのままにしていたが、まさから完全な金属製のゴーレムにもこの異常現象が起きていたとは思わなかった。


「やっぱりもうあれなのかな?聖魔法で上下肢中やならないのかな?あっ、やっぱり教会でお祓いしないとダメなのか?」


 自分たちの作るゴーレムに、良からぬ何かが憑いているのではないかと疑い出したユフィは、お払いに行くべきかを思案し始める。


「なぁ~んてね」

「えっ、どういうこと?」

「あの動きは、そういう風に作ったから決まってるじゃん」


 いたずらの成功したスレイが満面の笑みでネタバラシをすると、騙されたユフィの目がゆっくりと細められ、冷たい眼差しを浮かべながらスレイに向けて殺気を放った。


「ねぇスレイくん、今回ばかりは……マジで怒るよ?」

「ユフィってホントにこれ系の話し苦手だよね」


 スレイが笑うのに比例してユフィの目に殺気がこもる。

 これはまずいと思ったスレイがユフィに許しを請うが、もうその段階はとうに過ぎ油脂の冷酷な眼差しが向け続けられる。すると、見るに見かねたジュリアが二人の名前を呼んだ。


「ちょっと?あなたたち。なにやってるの?」

「こんなときに喧嘩なんてするなよな?」

「「あっ」」


 二人は今まで黙っていたリーシャの方を見ると、先程のユフィと同じようにムスゥ~っとした顔をしていた。


「おにーちゃんもおねーちゃんもケンカしちゃメッ!」

「「はい、ごめんなさい」」


 一番が下のはずのリーシャからのお叱りに、スレイとユフィそろって頭を下げた。


 ⚔⚔⚔


 食事を終えて食後のデザートとお茶を楽しみながら、パーティーは進んでいき子供が大好きプレゼント渡しの時間となった。


「そんじゃ、まずは父さんからな」

「おとーさんのはいらないの!」

「グハッ!?」


 まさかの受け取り拒否にショックを受けたフリードは、全身から色素が抜け落ち灰になったかのように崩れ落ちてから、邪魔にならない隅で三角座りをして泣いている。


「コラ、リーシャ!いくら父さんのセンスが壊滅的で、アレだからってそんなこと言ったらダメだろ!」

「そうだよ、リーシャ!いくらお父さんのセンスがアレで、プレゼントに変な物をくれるからって、ちゃんとお礼を言ってあげなきゃ!」

「スレイくん?ミーニャちゃん?リーシャちゃんのお説教するようで、兄妹揃っておじさんにトドメ刺しに行ってるよ!?」


 スレイに続いてミーニャからの援護射撃でフリードの心は砕け散り、三角座りのまま横になって泣いていた。

 ちなみにフリードのプレゼントがアレな兼だが、過去にフリードがミーニャとリーシャに服やぬいぐるみ何かを贈ったことはあるのだが、壊滅的なセンスを披露して泣かせたことがあった。

 その事もあってジュリアは何も言わずに紅茶を飲んでいる。


「父さんてさぁ、母さんへのプレゼントは外さないのに子供へのプレゼントのセンスは壊滅的なのなんなの?」

「うるせぇ。女の子ならアレが良いって仲間内から聞いたんだよ」


 泣きながら答えるフリードに、それは聞く相手が間違ってるだろうと心の中でツッコミをいれたスレイは、呑気に紅茶を呑んでる母にヘルプを入れた。


「母さん、こっちもう収集不可能だからどうにかして」

「はぁ~、もう仕方ないわね」


 ティーカップをソーサーに置いたジュリアは立ち上がりリーシャの前でしゃがんだ。


「リーシャちゃん。なんでお父さんにあんなこと言ったの?お父さんだって一生懸命プレゼントを選んで、リーシャちゃんのことをお祝いしようとしてたのよ?」

「えぇ~だってリーシャ、こういえばおとーさんからいっぱいプレゼントくれるってきいたんだもん!」


 ジュリアの言葉にリーシャが小首を傾げながら問いかけると、スレイたちも揃って首を傾げた。


「………リーシャちゃん?それって、誰から聞いたの?」

「ゴードンおじちゃん」


 その場にいる全員の視線がユフィに注がれ、ユフィは全力で視線を逸らして顔を合わせようとしなかったが、針の筵に耐え切れなくへたり込んだ。


「お父さん、私お父さんの娘で悲しいよ」


 よよよッと崩れ落ちて涙を流すユフィの肩に手をおいて慰めていると、バタンッと扉が開かれる音が聞こえてきた。


「フリードさん、どこいくの?」

「オレ用事を思い出したんだジュリアさん。ちょっと、いってくる」


 いつにもなく優しい顔をしているフリードだった。


「………ほどほどにして帰ってきてね」


 ジュリアがヒラヒラと手を振ってフリードを送り出した。

 例えフリードの手に剣を持っていたとしても何も言わない、こんな時間にどこに行こうかなど誰も聞かない。だって当人の自業自得なのだから仕方ない。


「みなさん、うちのお父さんが馬鹿やってすみませんでした」

「ゴードンもいい加減にしてほしいわね」


 二人の会話を聞きながらスレイは開いていた窓を閉めると、消音の結界を張っておいた。

 なぜ突然窓を閉めたかって?そんなの決まっている。窓の外から聞こえてくるバカ親父の悲鳴をシャットアウトするためだ。

 ついでに部屋全体に消音の結界を張って外から聞こえてくる声を完全にシャットアウトした。


「なぁリーシャ。いくらプレゼントがたくさん欲しいからってあんなこと言っちゃダメだよ」

「なんで?」

「考えてみなリーシャ。もしもリーシャが一生懸命選んだプレゼントをいらないなんて言ったら、リーシャだってショックだろ?」

「うん」


 コクリと頷いたリーシャを見ながらスレイは話を続ける。


「リーシャにプレゼントいらないって言われて、父さんだって悲しかったんだよ」

「おとーさん、リーシャのことキライになる?」

「あぁ、それどころかもう家族じゃないって言われるんだぞ」


 酷いかもしれないがリーシャに反省を促すためにも心を鬼にしてひどい言葉を言うと、リーシャの目に涙が浮かんだ。


「そんなの、いやぁ~」

「なら、父さんが戻ってきたらしっかり、ごめんなさいするんだぞ?」

「うん。リーシャごめんなさいする!」


 フスンッと鼻息を荒くして答えるリーシャの頭を撫でていると、部屋の扉が開いた。


「ただいま」

「あら、早かったわね?」


 フリードが出ていってまだ二三分、確かに早いとみんなが思っている。


「出てきた瞬間に数発ぶん殴って後はマリーに任せてきた」


 犯罪の全容を露にしたフリードだが、これに関してはゴードンが百パーセント悪いので、全員はなにも言わなかった。


「ごめんなさい、家の父のせいで」

「いつもの事だから気にするな、ユフィちゃん」


 気にしてないといった顔をしているフリードの元に、トテトテとリーシャがやって来る。


「おとーさんごめんなさい」

「いいんだよリーシャ……全部あのバカのせいだから」


 約束通り謝ったリーシャ、これでようやくプレゼントを渡すことを再開できた。


 ゴードンの一件が解決したのでリーシャのプレゼントを渡しを再開した。


「じゃあ、気を取り直してリーシャ、誕生日おめでとう」

「おとーさんありがとう!」


 今度は素直にフリードからのプレゼントを受け取ったリーシャは、早速プレゼントを開けると中には新しい絵本が数冊入っていた。


「おとーさんありがとう!」

「お父さんにしてはまともなプレゼントだった」

「ふっ、お父さん。服やぬいぐるみの良し悪しはわからないが、武器と本の目利きだけは自信があるんでね」


 ふふふっと笑っているフリードの目に一雫の涙が零れ落ちたのであった。


「それじゃあ次はお母さんの番ね。リーシャちゃん、お誕生日おめでとう」

「おかーさんありがとう!」


 ジュリアからのプレゼントは新しい洋服だった。


「あたらしいふくだ!」

「お母さんの手作りよ。大切に着てね」

「うん!」


 二ヶ月前からコツコツとスレイの手伝ってもらいながら作った洋服をリーシャが喜んでいるのをみて、ジュリアも良かったと思っている。


「よかったね母さん」

「えぇ、ありがとうスレイちゃん」


 母と息子は静かに喜びあった。


「次は私だね。リーシャ、お誕生日おめでとう」

「おねーちゃん。ありがとう!」


 ミーニャからプレゼントを受け取ったリーシャは、リボンを結ばれた黄色いくまを見てパーッと笑顔になった。


「くまさん!ありがとう!」

「大事にしてね」

「うん!」


 クマを抱きしめながら喜んでいるリーシャを見ながらスレイはユフィに問いかける。


「なぁ、ユフィ。あれ作るの手伝ったの?」

「うん。スレイくんならわかるよね」

「そりゃあ、あの色だからね」


 あの有名なはちみつ好きのクマに似せて作ったのだろうと容易に想像がついた。

 みんながプレゼントを渡し終え、最後はスレイとユフィの番となった。


「リーシャちゃんお誕生日おめでとう」

「おめでとうリーシャ、これお兄ちゃんとお姉ちゃんからね」


 ユフィが空間収納からラッピングされた箱を取り出すと、リーシャの前に差し出した。


「おにーちゃん!おねーちゃん!ありがとう!」


 リーシャがお礼を言いながらプレゼントを受け取ったその時、ガタガタっと箱が大きく揺れた

 驚いがリーシャがビクッと身体を震わせてプレゼントの入った箱を落としそうになった。


「なっ、なぁユフィちゃん、その箱何が入ってるんだ?」

「開けてみればわかりますよ。ねぇ~」

「うん。リーシャ怖いものは入ってないから、開けてごらん」

「うっ、うん」


 優しい口調で告げるスレイだったが、怖がってなかなか開けようとしなかった。


「仕方ない、じゃあお兄ちゃんが開けるよ?」

「ヤァー!リーシャがあけるの!」

「じゃあ開けてごらん」


 少しばかり箱を見ながら息を飲んだリーシャは一気に箱の蓋を開けた。


「きゅぅ?」


 箱を開けると真っ白な毛並みのウサギが、小首をかしげて真っ赤な瞳でリーシャを見ていた。


「「か、かわいいぃぃ!!」」


 ミーシャとリーシャがそろって声をあげた。

 すでに妹二人はスレイとユフィのプレゼントにメロメロだったが、親二人はそれより先に疑問が出た。


「スレイちゃん、アレってウサギよね?どうやって空間収納に入れてたの?」

「そうだよな。確か空間収納は生き物は入らないんじゃなかったよな」


 その返答にスレイは真顔で答えた。


「アレ生きてないもん」

「「はぁ!?」」


 明らかに生きて動いている物を見て、何をバカなと言いたげな顔をした。


「おじさん、おばさん、アレはゴーレムですよ」


 ユフィからアレがゴーレムだと聞いて、二人が前に見せてくれたレイヴンとオウルのことを思い出して納得したが、製作者の二人はどうも腑に落ちないと言った顔をしていた。


「うぅ~ん、なんか本物っぽいんだよな……しかも、声が出たか………」

「私、もう諦めたよ」


 完成した時点で起動させて確認してみたときからわかっていたが、明らかに本物よりも本物っぽい動きをするあのゴーレムは一体何なのだろう。

 取り付けた覚えもない声帯に昨日に、明らかに意思を感じる動き、動物の素材を使っているからかなにか良からぬものでも取り憑いているのではと思い、渡す前に浄化したが結局は無駄だった。


「謎はあるけど、リーシャが喜んでるから良いか」


 そう、あんな謎など妹の笑顔の前ではさしたることなのだ。


 ⚔⚔⚔


 時間も進み、そろそろリーシャが眠る時間になった。

 すでにリーシャ眠そうに目を擦っていると、その前にやってきたスレイがリーシャの前で片膝をついて話し出す。


「リーシャ、寝る前にお兄ちゃんの話し聞いてくれるかな?」

「なぁ~にぃ~?」

「いいかい、リーシャ……お兄ちゃんね、明日の朝このお家を出ていくんだ」

「えっ?」


 初めての告白にリーシャは目を見開く。


「おにーちゃん、なにかわるいことしちゃったの?」

「違うよ。お兄ちゃんはリーシャが産まれる前から決めてたことなんだ、だから、今日のうちにバイバイしておきたかったんだ」


 それを聞いたリーシャはフルフルと首を横に降った。


「いや、リーシャも、いっしょに……いく!」

「ダメだよ」

「ヤァーなの!いぐのぉ~!」


 泣き出したリーシャがスレイに抱きついた。

 涙と鼻水で汚れまくった顔を、何度も何度も擦り付けてシャツが破れるのではないかと思うほど力強くつかんで、リーシャは声をあげてないた。

 それを見守っていたジュリアは、案の定泣き出してしまったリーシャを受け取ろうとしたが、思いの外つかむ力が強く外せず困った顔をしていたが、ほどなくして泣き声は収まり、代わりに小さな寝息が聞こえてきた。

 ゆっくりと、そして優しくスレイはシャツを握るリーシャに小さな指を離すと、リーシャをジュリアに預ける。


「予想はしてたけど、ここまでとはね」

「それだけ慕われてたってことよ、そのシャツどうするの?」

「着替えるよ。あっ、ユフィ送るから少し待ってて」

「うん」


 リーシャへの報告が終わるまで帰らない、そういっていたユフィは今目の前で起きた事を見て、少しリーシャに可愛そうなことをした、そう思っていた。


 ⚔⚔⚔


 ユフィの家の前で、二人はしばし話し合っていた。


「じゃあ、明日いつもの時間に」

「うん……」

「………どうしたの?」

「えっ?う~ん……ホントに出てくんだなぁ~って」

「あぁ……いろいろあったもんね」


 異世界への転生、スレイとユフィの再開、修行、妹弟の存在、思い出しただけでも地球で過ごしたよりもとても濃厚な時間を、この村のなかで過ごしていた。


「帰ろうと思えばいつでも帰れるけど、今日でここともお別れなんだね」

「うん……あぁ~、私リーシャちゃんに嫌われちゃったかなぁ~」

「はははっ、まぁ小さい子の事だから、明日にはケロッと……はしないかも知れないけど大丈夫だろ」

「説得力ないなぁ~」


 ユフィが大きなため息をついてから、バイバイと言って家のなかに入っていき、スレイも家の方へと帰っていった。


 ⚔⚔⚔


 夜が明ける前にスレイは起き出した。

 黒で揃えたシャツとズボンに着替え腰の辺りには同色の黒いベルトを着け左側に剣と短剣下げる。

 シャツの上には銃のホルスターを付けその上に魔物も素材で作った黒いジャケットを羽織った。いつもならこれで終わりだがさらにその上には灰色のマントを羽織る。


「よし」


 最後に一度部屋を見回したスレイは、机の上に置かれた肩掛けのバッグを持って部屋を出た。

 階段を降りて家を出ようとしたとき、ダイニングの方に明かりがあった。


「あれ、父さん母さん、何してるのこんな時間に」

「何してるじゃねぇよ」

「かわいい息子の旅立ちを見ないわけには行かないでしょ」

「ありがとう……」


 両親を連れて家の外に出ようとすると、階段の方から足音が聞こえてきた。


「待って!お兄ちゃん!」

「おにーちゃん!まってぇ!」

「ミーニャ、リーシャ──って、うぉっ!?」


 二人が降りてきたと思ったら、階段の半ばの方でリーシャが飛び、それを見たスレイが慌ててリーシャを受け止めた。


「なにしてんのリーシャ!」


 ぎゅ~っと頭を押し付けるリーシャ、今は泣いてるわけでない。


「なぁリーシャ、そろそろ放してくれないかな?」

「ヤァー」

「なぁリーシャ、お兄ちゃんはどこからでもすぐに帰ってこれる魔法を使えるんだ。だからいつでも会えるんだ」

「もうすこしぃ~」


 二三分位なら大丈夫なので、少しの間そうしてからリーシャを抱えながら外に出ると、玄関先には先に着ていたユフィが待っていた。


「おはようスレイくん」


 スレイの着ているような旅用のマントを身に纏い、その下には二年前の誕生日にスレイから送られた真っ白なローブを着ており、頭には鍔の長い帽子、そして手には真新しい長い杖を握ったユフィの姿だった。


「おはようユフィ……リーシャ、もう放して」

「……………あぃ」


 目に涙を浮かべながらだったが、リーシャは言うことを聞いてくれた。


「リーシャ、お兄ちゃんがいなくてもいい子でな」

「はぁ~い」


 リーシャの返事はとても暗かったが、別れることにはもう大丈夫らしい。


「ミーニャも元気で」

「お兄ちゃんも気を付けてね」

「あぁ」


 最後にミーニャとリーシャの頭を撫でてからフリードとジュリアの方を見る。


「これからどこに行くんだ?」

「取り敢えずフィフニス聖王国かな、そこで冒険者登録してまずはこの大陸を回ってみる」

「身体には気を付ける、ユフィちゃんを泣かさない、絶対に死なない、お母さんとの約束よ」

「わかってるよ」


 最後にスレイは一言、今までの感謝の言葉を告げた。


「それじゃあ、父さん、母さん、十五年間育ててくれてありがとう」


 心からの感謝の言葉を聞いたジュリアは今まで溜めていた涙をこぼしながらスレイを抱き締める。


「スレイちゃん、行ってらっしゃい」

「うん」


 力強く抱き締めるジュリアの背中にてを回したスレイは、優しくハグを返すと今度はワシャワスシャと乱暴に頭をなで回された。


「いつでも帰ってこい、ここはお前の家なんだからな」

「わかったよ、ちょくちょくとは行かないけどなるべく帰るよ」


 ようやく離したジュリアから少し距離をとったスレイは、みんなの顔を見てから



「じゃ、行ってきます!」



 今までも何度も口にしたその言葉を告げた。


 ⚔⚔⚔


 村を出て朝日が上ろうとした頃、スレイは不意に足を止めて今まで歩いた道を振り返った。


「どうしたの?」

「ちょっとね」


 前を向いたスレイはもう一度歩き始めた。


「もしかして、寂しいの?」

「ちょっとね」

「私たちも、いつかお母さんたちと同じ気持ちを味わうのかな?」

「そうなるかもね」


 先のことなどわからないスレイだが、子供も同じ道を歩むのならば今日の両親と同じ思いをする、そう確信があった。


「もしかしたら沢山味わうことになるかもね」

「なに、そんなに子供ほしいの?」

「スレイくんも知ってるでしょ、この世界一夫多妻制だよ?」

「あぁ~そのこと……ってちょっと待て、ユフィはボクがユフィ以外を娶ると?」

「大体ラノベだとそうじゃん」


 異世界転生物の主人公は大体が複数人ヒロインを娶る、だがスレイからすれば微妙なところだ。まず第一にスレイは自分が物語の主人公等とは全く思っていなかったからだ。


「ユフィはいいの?」

「いいよ」


 まさかの返答にスレイが驚いた。


「だって、好きな人を独り占めはできないのは残念だけど、やっぱり家族は沢山は嬉しいもん」


 嬉しそうに語るユフィの横で、スレイは微妙な顔をしている。


 ──ユフィは良いとして、後でおじさんに殺されるんじゃね?


 そんな未来、絶対に阻止しなければと考えるスレイに横で、ユフィは嬉しそうにしているのを見て、もしその時が来たら覚悟をすればいいか、そんなことを思っていた。

次回から二章に進みます。

どうか、これからもよろしくお願いいたします

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