なにもない穏やかな日常
世界に現れた五匹のSランクの魔物、そして魔族の襲撃による戦いが終わってから約ニヶ月とちょっと、あれ以降は神や使徒の襲撃は起こらず、殺意の使徒イブライムやその手先として復活させたであろう魔族からも全く襲撃はなかった。
初めのうちはスレイたちも警戒していたが、一ヶ月が過ぎた辺りからだんだんと警戒心も薄れていき、短いであろうが、あの夏の日以降の平穏な日常というこの平和を甘んじて受け入れることを選んだ。
その間、スレイたちは今までの戦いでの傷を癒し、消費し続けたポーションや銃弾の補充、そして武器や防具の補修などをおこない、数ヵ月ほど街を開けていたため溜まりにたまった冒険者としての依頼を片付けたりと忙しい毎日を過ごしていた。
そんなこんなで一ヶ月が過ぎようやくたまっていた依頼も落ち着き、久しぶりの休日としたその日、リーフは実家に戻って剣の稽古、ノクトとラピスそれにアニエスはレイネシアを連れてショッピング、ライアとラーレは食べ歩きと、それぞれ予定があったため今日は別行動。
今日は特に予定のないスレイとユフィは、久しぶりにミーニャの様子でも見に行くかと学園の方へと足を運んでみたところ学園の敷地内でバタバタと生徒たちが倒れているという珍事件が起こっていた。
「おっ、おい!きみ!しっかりしろ!なにがあったんだ!!」
「スレイくん!大丈夫、気を失ってるみたけど呼吸も安定してるし脈も正常だから………でも、なんか燃え尽きちゃってるみたいだね」
そう言ったユフィはスレイの腕のなかで、あの有名なボクシング漫画の主人公の最後のような感じで灰色になりながら気を失っている生徒をみながらそう言っている。
ちなみに周りでバタバタと倒れている生徒たちを見回している二人は、どうもそこらじゅうで灰になって倒れている生徒たちを見ながら、いったいこの学園でなにが起きているのか、もしかしたら使徒の襲来かと考え、もしもそうならたった二人での戦いになる。
そう思いながらゴクリと息を飲みこんだ二人は同時に頷きながら空間収納を開くと、仕舞っていた剣と杖を取り出して装備を整える。
「ユフィ、もしこれが使徒の襲撃だったら迷わずノクトたちを呼びに行ってくれ」
「うん。そのときはなるべく早く帰ってくるから、それまでちゃんと生きててよ」
これから死地に向かおうとしている二人は、敵の根城となっている、かもしれない学園の方へと向かって歩みだそうとしたそのときだった。
「あれぇ~、お兄ちゃんとお姉ちゃん、なんでこんなところにいるのぉ~」
「その声、ミーニャか?よかった無事だったんだな!」
後ろから聞こえてきた聞き覚えのある愛しい妹の声に、スレイが声をあげながら振り向いた瞬間、ギィシリとなにかが固まるような音が聞こえたユフィが横をみると、なぜかスレイが石のように固まっていた。
「えっ、ちょっ、スレイくん!?ミーニャちゃん、スレイくんがっ────!?」
石になったスレイの襟元をつかんでガクガクと揺らしてみるユフィさん。だが、スレイは全く反応しないためミーニャに声をかけた瞬間、ユフィは少しだけギョッとして身を半歩引いた。
なぜならそこにいたミーニャがなんだかすっごくやつれていた。ついでに目の下には酷い隈、黄金色の髪にはインクが飛び散り、着ているローブに関しては所々ほつれて汚れきっており、なんだか世捨て人のような風貌だった。
たった数ヵ月留守にしている間にいったいなにがあったのか、それを考えるとスレイが急に石化した理由が何となくわかったユフィだったが、それを差し引いてもいったいなにがあったかと聞きたくなった。
「ちょっ、ちょっとミーニャちゃん!?どうしちゃったのそんなにやつれちゃって………必要ならお姉ちゃんが相談に乗るからね?」
「レ……………が、…………く…………の……」
「えっ、ごめんね。よく聞こえなかったんだけど、何て言ったの?」
「レポートが、まったく終らないのぉ~!!」
ミーニャの悲痛の叫びが晴れ渡った空に響き渡った。
それから正気に戻ったスレイと、目がぐるぐる回しながら震えているミーニャを連れて帰宅したユフィは、ソファに座ってどうにか落ち着いているスレイとミーニャにお茶を出しながら、二人係でどうにかミーニャから聞き出した話をまとめるとこうだった。
何でも年末に行われた進級試験の結果が帰ってきたあと、今年は色々と事件が重なり学園の出席日数が全生徒足りていない。なので試験とは別に年明けからのニヶ月の間に学園側から指定された分野の研究を行いレポートの作成を求められたそうだ。
それで頑張って研究をしていたそうなのだが、思いの外難しくようやく形に出来たはいいがまとめるまで時間がない。それで徹夜をしてが張ってはみたものもまったく終らない。気付いたら提出期限の三日前、これが終らなければ留年………といった具合らしい。
ついでにあそこで倒れていた生徒たちは進級試験が落ちて、ついでにその後に行った追試験、更に追試験の追試まで落ちて留年の確定した生徒たちのなれの果てだったらしい。
「つまりはもうすぐレポートの締め切りなにのも関わらず、全く終らなくて焦ってるってことね。それでいったいどんな内容の研究課題を渡されてるんだ?」
「えっと、魔法薬学の題材なんだけど薬草に与え続ける魔力の性質によって育つ速度なんかを纏めるんだけど、なかなか思うような結果がでなくて」
がっくりと肩を落としたミーニャが空間収納を開くと、中からいくつかの植木鉢をとりだして二人にも見えるようにテーブルに並べる。
鉢には赤、青、緑、黄、橙、紫、白と葉っぱから茎、それに花に至るまでが単色で彩られた薬草。どうやら与えている魔力によって色が変わっているみたいだが、紫色の薬草は逆に毒々しく感じられるのは気のせいだろうか?
一鉢だけ毒草としか思えない鉢があるが、それを差し引いてもどの鉢も立派の成長しているように見える。
「うまく育ってるじゃないか、ちょっといくつかの気色悪いのがあるけど」
「こら、こういうことを言っちゃダメじゃない。………それでミーニャちゃん、これっていったいなんの薬草なの?」
「マナ・フラワーだよ」
マナ・フラワーとはポーションを作るための薬草のひとつなのだが、あれは魔力を与えることによって発芽する薬草なのだが、属性付与した魔力を与え続けるとこんな色になるのかと感心しているのだが、やはりいったいなんの結果がでてないのか、それが二人には理解できなかった。
「それでここまで出来てていったいなにが問題なんだよ?」
「うん。まぁ、そのね。これ、なんだけど」
再び空間収納を開いて鉢を片付けたミーニャは新しく七本のポーションを取り出した。そのポーションをみた二人はミーニャがいったいなにをしたいのか、それを察して小さく息を飲んだ。
「つまり、ミーニャはこれを飲んだときの被験者が欲しかったってことか?」
「うん。ちなみにこれが完成したのはつい昨日のことなんだけど、これができるまでにいったい何輪の花を育てたことか………ぅううっ」
よほどこのマナ・フラワーの栽培が難しかったのか、ミーニャがここまでやつれた原因の一つがこれの栽培だったのだと納得した二人だった。そしてその中から紫色のポーションを取ったユフィは、スレイの手にそのポーションを握らせると
「お兄ちゃんなんだかミーニャちゃんのために一肌脱いであげて。ねっ、お願い私も付き合うから」
「いや、かわいい妹のためなら一肌どころかいくらでも脱いではやれるんだけど、なんでこのポーションをボクに渡した?」
「それは………一番飲みたくないポーションだから」
はっきりと言ってきたユフィにスレイは少しだけ殺意がわいたが、こんな毒々しい色のポーションなど誰が好き好んで飲むかといいたいところだが、これもミーニャの進級のためだと思い瓶に手を掛けるスレイ………だったが、ふたを開けたところでその手は止まった。
なぜかって?そんなの決まってるじゃないか
「パパぁ~、ママぁ~、なにしてるのぉ~?」
部屋の扉を開けてひょっこりと顔を出していたレイネシアがそう訪ねながら、パタパタとユフィの方に走っていきポフンッと横から抱きついた。
「こぉ~ら。レネちゃん。ママに抱きつく前に、ミーニャお姉ちゃんにご挨拶はしないのかな?」
「あっ、ごめんなさいなのミーニャおねえちゃん。いらっしゃいなのぉ」
「お邪魔してるね、レネちゃん、かわいいお洋服だけど、パパとママが作ってくれたのかな?」
「ちがうのぉ~。ママがかってくれたのぉ~」
ショッピングにいくとは聞いていたが、まさか洋服屋に行っていたとは………一言、言ってくれればレイネシアに似合う洋服をいくられでも縫ってあげるのにッと思ったスレイは、レイネシアと一緒に行ったはずのノクトたちがいないことに気がついた。
「レネ、ママたちと一緒じゃなかったのか?」
「呼びましたか?」
スレイがレイネシアに訪ねると同時に部屋に入ってきたノクトたち、その手には大量の紙袋が握られているのをみてまた大量に買い込んだなと思ったが、最近はずっとギルドで依頼を受け続けていたのでかなり稼いだ。
服は高いが収入が高いからそんなに痛手ではないだろうが、女の子はなんでこんなにたくさん服を買うのだろうか?とは、スレイは思っていたりすると、自分たちのカップを持ってやってきたノクトたちもソファに座って話に混ざった。
「それであんたたちな、いったいなにしてたの?」
「あぁ。じつわね」
ユフィが三人に──実際はレイネシアも含めて四人だが、まだ幼いので話が理解できない──説明しているとミーニャの作ったポーションに興味を持ったノクトとラピスが、新しいポーションの実験に付き合うと言ってくれた。
「実験と言ってもポーションを飲むだけですけど、なにか必要なことはありますか?」
「うぅ~んと、飲んでみた感想とか、身体の調子とか、なにか変化があったら全部教えて」
「分かりました………それで、どれを飲めば良いのでしょうか」
目の前に置かれている六本のポーション──闇のポーションは後でスレイが飲む──があり、ここに魔法使いは五人、全員で飲んでも一本余ってしまう。
「余るんならわたしが飲もうか?」
そう提案するのは置かれているポーションの瓶を摘まんで掲げているアニエスなのだが、スレイたちは揃って渋い顔をする。
「そう言ってくれるのはありがたいけど、新薬はどんな効果があるか分からないから魔力持ちの人意外はあまり飲まない方がいいんだよ」
「あら、そうなの?」
「はい。これは回復薬をベースにしてるんですけど、素材をいくつか代えて作っていますから、もしも魔力に作用する効果があったとき危険ですから」
「ですが、どうしましょうか。一人一本としてももう一本、わたくしたちの中から飲まれると言うことになりますが」
「あっ、それは私が。私の作った魔法薬だから私が飲むよ」
「それじゃあ決まった事だし、みんなどれ飲む?」
「みんなの得意な魔法の属性で良くないかな?」
そんなわけでユフィの提案通りにそれぞれの得意な属性の魔力を選ぶことになった。
念のために言っておくとスレイが炎と闇、ユフィが雷、ノクトが光、ラピスが水、ミーニャが風と余った土のポーションを飲むことになった。
自分の飲むポーションを手に持ったみんなは揃って庭に出る。
「ねぇねぇ、なんでおそとにでるのぉ~?」
「ポーションを飲んで魔力が暴走でもしたら、おうち吹き飛んじゃいますからね。特にパパとユフィママの魔力が暴走しちゃうと、街が吹き飛ぶ可能性も」
ノクトがそう言うと見学していたアニエスがレイネシアを抱き抱えて門の外にまで出る。
「おぉ~い、アニエスさぁ~ん?さすがに街は吹っ飛ばさないから大丈夫だって!」
「そうそう。私たち、昔から魔力量が多かったから意図的に魔力を暴走させる訓練してきたから、街を吹き飛ばすことはないよぉ~!」
「そうそう、暴走してもこの庭を吹き飛ばすくらいだからさ」
「十分に危険じゃないのよ!!」
結局、自衛の魔法が使えないアニエスとレイネシアのために、スレイが"輝ける十字架"のオリジナルを取り出して守っている。
「それなら、例えこの街が消し飛んでも平気のはずだから」
「さらりと怖いことを言わないで!」
「ママァ~、レネ、ちかくにいきたいのぉ~!」
「ダメよ、あなたはなにがあってもママが守るからね!」
アニエスの決意に満ちた瞳を前にしてスレイはもうなにもいうまいと思った。
「それじゃあ飲むけど、ミーニャ、取り敢えず確認なんだけど、二本目飲むのは一本目の効果が切れてからでいいんだよな?」
「うん。さすがにまだ併用は危険かもだし」
「了解。じゃあ飲もうか」
全員が揃って瓶の蓋を外して一息に飲み干した。
「あっ、普通に美味しいかも、ちょっと口の中にパチパチってして………これって、雷の魔力のせいなのかな?」
「わたくしのは冷たくて、それでいて爽やかではあるのですが、少々お口のなかがすずしいような」
「うぅ~、ちょっと苦いです」
「ちょっと酸っぱいですけど、問題ありません」
普通のポーションは美味しくないが、与える魔力でこんなに味が変わるのかとユフィたちが思っている横で飲んでから一言も発していない人物がいた。
「スレイくん?どうかしたの?」
ポーションを飲んだあと、口を押さえたまま一言も発しないスレイに気付き心配そうに声をかける。
それになんだか、顔からスッゴい汗が出てる気もするけど………
「………ず……く………」
「?ごめんなさい、今なんて言いましたか?」
「申し訳ありませんが、もっと大きな声でお願いします」
ノクトとラピスからのワンモアの声がかけられるが、それのスレイは応じられない。
「あのぉ~、たぶん、水って言ってるわよ?」
「みっ、水?えっと、はい。お水」
ユフィが空間収納から水差しとコップを取り出すと、一瞬にして手の中からかっさらわれていった。全員の視線がスレイに注がれると水差しからゴクゴクと水を飲み干すスレイがいた。
「んぐっ、んぐっ───ぷはぁ~!ぐっ、まだッ!?みぃ、みずぅ~」
水を全て飲み干したスレイだったが、再び喉を押さえて再度水を要求してきたのでユフィたちが魔法で水を作り出して直接飲ませること数秒、もういいとスレイがギブアップした。
「もっ、もう、大丈夫………ッス」
「大丈夫って、お兄さん。赤ってどんな味だったんですか?」
「めっちゃ、辛い………喉が、焼ける………もう二度と、飲まない」
スレイの顔がマジだった。
自分で選んでおいて災厄の一枚を引いてしまうなど、ある意味凄い運を持っているなとユフィたちは思っていた。
「それで、もう出て平気なの?」
「もうでたいのぉ~!」
どうやら落ち着いたらしいと感じたアニエスがみんなに訪ねる。
「あぁ。みんな魔力が落ち着いているし、それ解くからちょっと待ってて」
スレイが"輝ける十字架"を解除すると、窮屈な結界の中から出れたレイネシアがユフィの腕の中に飛び込んでいく。
「それで、結果どうなのよ?」
「っと、言われましても………特に怪我をしていませんから、回復薬の効果はありませんし」
「普通の回復薬だったのかな」
「ボクが飲んだの、回復薬と言う名の劇物だったんだけど」
約一名酷い目に遭った人物がいたが、それはまぁ良いとして問題は魔法薬の効果だ。
「特になにもないし、ただの美味しいポーションになっちゃったね」
「赤いの、激辛だけどな。飲んだだけで、人を殺しかねない」
ちょくちょく言ってくるスレイにみんなの視線はしらけた目を向ける。
「それでは、取り敢えず飲んだポーションの属性の魔法を使ってみませんか?なにあるかもしれませんし」
「いいアイデアですわね。それでは、みなで初級魔法を放ってみましょう」
っと言うわけでラピスの提案通りにそれぞれが飲んだ色のポーションの魔法を使うことになった。
「じゃあ、ボクからいくか───ファイア・ボールッ!?」
スレイが初級魔法のファイア・ボールを使ったところ、なぜか巨大な火球となって庭を焼いた。
「はっ?」
驚きのあまりスレイの口から気の抜けた声が聞こえる。
「はっ?じゃないでしょ!?なにしてるのよ!!あれのどこが初級魔法!?絶対違うでしょ!?」
「ッ!?いや、違っ、魔法を使ったときに魔力がゴッソリと、いや、なんか予想以上に魔力を吸いとられたような………まさか、これがポーションの効果か?」
アニエスに詰め寄られながらスレイがなにやらぶつぶつと呟きだした。すると今度は後ろでなにかが聞こえてくる。
「うわぁ、これすっご。ポーション、一本でこんなに威力が上がるなんて」
「わたしの魔法であんなに………ミーニャさん。このポーション何本かいただいていいでしょうか」
「凄いですわね。これを使えば次こそは………」
ノクトとラピスがミーニャの方を視てそう言うが、既にそこにミーニャの姿はなかった。
「ミーニャおねえちゃん。おうちにはいってったのぉ~」
たぶんレポートの仕上げをしているのだろう。
良かった、良かった、さぁ部屋に戻って本でも読もうかと、思いながらスレイがその場を立ち去ろうとしたそのときガシッと背後から肩を捕まれた。
「………えっと、なに?」
肩を捕まれたスレイが後ろを視ると、ニコニコとしたユフィが二本のポーションをもって微笑んでいる。
「ねぇねぇスレイくん。まだ二本ポーションが残ってるだけど」
「全部飲まないとちゃんとした結果でないし、頑張りなさい」
「お兄さん。ミーニャさんのためにどうかお願いします」
「スレイさま。骨は拾いますね」
「ラピス、それはボクに死ねと?」
スレイがみんなから少し距離を取ると、ユフィたちがじりじり距離を積める。
このままじゃ殺られると思ったスレイがダッシュ、ユフィたちが一斉に飛びかかり確保。
「やっ、やめっ────ギャぁアアアア―――――――――――ッ!?」
無理やりポーションを飲まされたスレイは、気持ち悪くなりトイレで戻したのだった。
《オマケ》
「兄さんたちのお陰で進級できたよ!」
「良かったなミーニャ」
「それでね兄さん。前に作ったマナ・フラワーで新しいポーションを作ったんだけど」
スレイは脱兎のごとく逃げ出したのだった。




