邂逅と救出 ④
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スレイに黒幻を貸し与えられユキヤのところに送るからと、三人の背後に開かれたゲートに風の魔法で半ば強引に突き飛ばされたミーニャ、アカネ、レティシアの三人は転がるようにゲートを潜ると、三人が黒幻の重さに女の子が出しては行けない部類の声をあげかけなあら、どうにか黒幻を持ち上げて立ち上げて倒れてこないようにと地面に突き立てた。
「ゼェ、ハァ、ゼェ、ハァ………あのバカスレイ、こんな目に合わせたからにはこれ終わったらレンカと一緒にぶっ叩いてやるわよ」
「ふぅ、ふぅ、ふぅ…………アカネや、妾もその話しに一枚噛ましていただくぞ?今回ばかりは心が大空のように広い妾とて我慢の限界じゃ。覚悟せい旦那様、スレイ!」
「あははははっ………私もさすがにこの仕打ちは我慢出来ません。もう怒りました!絶対にレンカさんとお兄ちゃんには土下座してもらいますから」
全身の力を使いきった三人は剣に持たれたり地面に四つん這い担ってたりと、少し情けない格好で荒い息を繰り返ししながら、こんな仕打ちをしてくれたスレイと、使徒に捕まって敵に回ったユキヤに対して怒りの念を向けていた。
あまりの気迫から声をかけるのをためらっているフリードたちは、とりあえずはユキヤが目を覚ますのにまだ時間がかかるし、三人の怒りが落ち着くのをひとまず待ってから声をかけようと、フリードが提案しジュリアとクレイアルラもその提案に賛同するのであった。
触らぬ神になんとやら、ようするに下手なことをいって怒りの矛先がこちらに向いてほしくはないということだったりもする。
しばらくして三人が落ち着きを取り戻したのを確認したフリードが、みんなを代表してミーニャたちに声をかけた。
「おぉ~いミーニャ?もう大丈夫か、怒ってないか?」
「あれ?お父さんたち、なんで?いつからそこにいたの?」
「一応、最初ッからいたんだがな………お前たちがゲートから転がり出てきて、スレイとレンカくんに怒りの言葉を投げ掛けてるところからずっと見てた」
父親のカミングアウトにミーニャは恥ずかしくなりうつむいてしまった。静かな静寂が辺りを包むなか、このままでは話が進まないと思ったクレイアルラは、三人が必死になって支えている黒幻を見ながらゆっくりと口を開いた。
「ミーニャ、その剣はスレイから預かった物ですね?ここにスレイは居ないみたいですが、これからなにをするかは聞いているのですか?」
「あいつからはなにも聞いてないわよ。いきなりこの剣を渡されて、魔法でゲートに押し込められただけでね」
「じゃが、確かウィルナーシュから聞けとか、なんとかは言っておらんかったかのぉ?」
そういえば言ってたわねっと、アカネが答えながら自分がもたれ掛かっていた黒幻へと視線を移した。
こういうのはあれだが、世界の裏側に存在しているという伝説の暗黒竜ウィルナーシュの意識と、その肉体の一部であった爪の一部から打たれたというこの剣を通して繋がっている。なんとも信じられない話ではあるが、アルメイア王国の戦いで聖剣の儀の際にスレイに憑依したウィルナーシュと会っているため、一重に嘘とは言いきれないのだが…………本当にそうなのかと聞かれれば自信は持てないのだ。
そもそもどうやってウィルナーシュに話しかければいいのか、会話をするためには何かしらの手段かなにかがあるのではないか、それがわからないせいで三人が困っているとジュリアがある提案をしていた。
「とりあえず、剣の触って話しかけてみたらいいんじゃないかしら?」
「お母さん、そんな簡単なわけないじゃない」
「そうとも限りませんよ。その剣はフリードの剣と同じくアーティファクトの類いになりますからね。どんなことがきっかけかもわかりません」
「そうよね。フリードさんも暴竜の剣を見つけてから色々試してて、結局は闘気を纏わせて振るえばばいいだけだったっしね」
「いやあのジュリアさん?簡単そうだと思ってるみたいだけど、あれって結構コントロールが難しいからね?」
クレイアルラとジュリア、それに黒幻と同じアーティファクトの暴竜の剣を持つフリードがそう語っている中、アーティファクト使いがそういうならっとアカネが黒幻の柄を握りながら話しかける。
「えぇっと、ウィルナーシュ………さま?私の声が聞こえてるなら、なにか答えてもらってもいいでしょうか?」
相手は伝説の存在なので少しだけ言葉遣いを丁寧にした方がいい、そう思ったアカネが慣れない丁寧語で黒幻に語りかけるとすぐに剣からウィルナーシュの声が帰ってきた。
『なんだ小娘、小僧はそこにいないようだが』
「………本当に言葉が帰ってきたわね」
アカネが驚きながらそう答える。以前アルメイア王国でスレイに憑依していたときの声を同じだったので、今話しているのは本当にウィルナーシュなのだろうと思っていると、フリードたちにもその声が聞こえているようで驚いた表情をしていた。
『それで用件はなんなのだ?』
「えっ、あっと、レンカを助ける方法をあなたが知ってると、スレイから聞いたから」
『あの小僧、我の話を伝えずに小娘どもに剣を渡したのか』
声だけではあったが向こう側ではウィルナーシュが額に青筋をたてているだろうと、アカネたちは簡単に想像できていた。
『まぁこの状況では仕方がない、おおむね事情は理解はできた』
どういうことかとも思ったがそれを聞く前にウィルナーシュの声が続けられた。
『よいか小娘ども今からいうことは一度しかいわぬぞ?そこに転がっている小僧にこの剣を握らせろ。そして誰でもいいその小僧と縁が深い者の魂を繋げる』
「ふむ。それで妾たちはいったいなにをすればよいのだ?」
『あの小僧の精神世界に行き、小僧を助けろ。時間がない、準備が出来たら教えろ。なるべく速くすることだ』
ウィルナーシュにそう言われたアカネは、いったい誰が行くのか、そう考えたときレティシアとミーニャが自分を見ていることに気がついた。
「アカネ、主が旦那さまのもとへ行くんじゃな。妾たちのなかで旦那さまとの縁深き者とをいえばお主じゃ」
「これはスズネさんがやるべきです。レンカさんのこと、お願いします」
「二人とも………わかったわ。任せておきなさい」
話は決まったというところでフリードが三人の前にまでやってくると、ソッと黒幻の柄を握って地面から引き抜いた。
「うぉ、マジで重いなこの剣っ!?」
どうやらフリードでも片手で振るには重すぎるらしく、試しに振ってみたところ重さに重心を持っていかれていた。
「フリード、なにを遊んでいるのですか?」
「いやスレイの剣が重そうだから運んでやろうとおもったんだが、あまりの重さにちょっと振ってみたくなって試してみた」
「それで、その剣を振った感想は?」
「この剣はオレじゃムリだな。さすがはアーティファクト、持ち手を選ぶらしいな」
そう言いながらフリードは剣の柄をユキヤに握らせると、今度はアカネもソッと黒幻握るユキヤの手に自分の手を重ねると、アカネはウィルナーシュに声をかける。
「準備ができました、ウィルナーシュ……さま」
『ふむ。では始めるぞ』
短く告げられたウィルナーシュの言葉と共に黒幻に埋め込まれた竜結晶から魔方陣が現れると、すぐにアカネは自分の意識が抜け落ちていく、そんな感覚を味わうのであった。
意識が覚醒したと同時にアカネの目の前に広がっていたのは、無惨にも切り刻まれた無数の死体に黒煙と灰をを空へと上げながらメラメラと燃え盛る真っ赤な炎、それはまるで幼き日に自分の運命を変える切っ掛けとなったあの光景であった。
「違う、これは現実じゃない!違う!違うッ!!」
大粒の涙を流しながら必死に自分に言い聞かせるように叫ぶアカネだったが、視界に映る光景は否応なくアカネの心を蝕んでいく。
急激に込み上げてえてくる吐き気を催し口元を押さえながら地面にしゃがみこむと、背中に誰かの手が当てられてるのを感じて振り向くと、そこには黒い髪に紅い眼をした見知らぬ男が立っていた。
「あっ、あんたは………いったい?」
「ふん。心配になり様子を見に来てみたが、案の定あの坊主の闇に飲まれおってからに」
「もしかして、あんたウィルナーシュ?」
目の前にいる謎の男はどういうわけかウィルナーシュと同じ声をしていることに驚いていると、謎の男が首を傾げながらおかしなものを見るような視線をアカネに向けていた。
「その通りなのだが、なぜそんなにも驚くのだ?高位の竜種であれば人化は可能だぞ?現にヴァルミリアの小娘も人の姿になれるであろう」
「そっ、それもそうね」
「納得してもらったところで、小娘。魔王の小僧はあの炎の奥にいるようだが、早く行かなくてよいのか?」
ウィルナーシュが指差すところをみたアカネは、あの場所で起こったことを思い出しながらギュッと奥歯を噛み締めながらたちあがると脇目も振らずに走り出し、燃え盛る屋敷のなかに入った瞬間、アカネの脳裏にあの幼き日、目の前で起きた悲惨な出来事が駆け抜ける。
あの日、屋敷を焼いたあの炎の中で、両親を目の前で切り刻まれたあの瞬間が、アカネを守るために斬り殺され死んでいった兄たちのあの表情が、産まれたばかりの弟が首を折られ炎に焼かれていくあの光景が、なにもできずにいた自分自身の姿が、次々とアカネの脳内をよぎっては消えていく。
忘れようとしていた、だけど忘れられないでいたあの光景がアカネの心をひどく傷つけていく。
まるで燃え盛る炎が、忘れようとしていた過去を甦らせているかのように感じたアカネは、ギリッと奥歯を強く噛み締めながら叫んだ。
「忘れられるわけ………ないじゃない!忘れないわよ!私は、全部失ったのよッ!家族も帰る家もッ!」
なんでこの時のことが、この悪夢のような光景を再び見せらなければならないのかと思い、ポロポロと頬を伝って流れ落ちる雫の暖かさを感じながら、アカネは初めて魔眼を使ったときのことを思い出していた。
あれは私が物心ついてすぐのことだった。
私の産まれた家は代々橘の家に遣えてきた忍の家系で、物心つく前より主を守るのが宿命である。そう家族から教えられて育った。
私が初めてレンカと会ったのは、四歳の誕生日が過ぎた頃、将来、私が遣えることになる一つ年上の男の子との顔合わせにいくと言われた。
その頃の私は、たぶんおかしかったのだと思う………私の魔眼は、過去を視る魔眼。その人が産まれてから経験してきた全てを一瞬にして視ることの出来るこの魔眼は、使う度に気が狂うほどの痛みを私に与えた。
だけど私は進んで人の記憶を覗き続けた理由は、魔眼を通して視た技術を私のものとして身につけることが出来たからだ。
視る記憶の中にとても幼い私では耐えられないものもあったけど、そうすれば家族が誉めてくれる。
数多くいる兄弟の中で唯一の女、そんな私が誉められるのは頑張ったね、偉いねって誉めてくれる。幼いながらに家族の役に立てる、そのことが嬉しくて私は心をすり減らしていたのだ。
だからなのだろう、あの日私がレンカを視てしまった理由も
『スズネ、この方が将来お前が遣えることになるレンカさまだよ』
優しい父の言葉を聴きながら、私はレンカのことをなんの辛さも知らないお坊ちゃんだと思っていた。
たった一歳にして文字を覚え、剣を握ってからは父である領主さまの技を身に付けていく秀才だと聞いた。だから私は、このお坊ちゃんの恥ずかしい過去でも視てやろう、そんな気持ちから魔眼を発動させて視てしまった。
レンカがここ世界ではない別の世界から生まれ変わったのだということを………それから私は気を失って倒れてしまった。
目が覚めた私の隣にはレンカが座っていた。
『やぁ。目が覚めたみたいだね』
『なんでいるの?』
『父から聞いたけど、人の君は記憶が視れるそうだね』
穏やかな声で話すレンカの横には小太刀くらいの長さの剣が置かれており、あぁ、私はここで殺されるのか、っとまるで他人事のような感想を抱いていた、
『えぇ。視たわ。あなた、いったい何者?』
『俺はこことは違う別の世界から生まれ変わった』
『ふぅ~ん。前世ってやつね』
私の口からそんな言葉を聞いたレンカは驚いた顔をしていた。
よく両親が話していたが、私は普通の子供らしくない口調をしていると両親が嘆いていたが、膨大な量の記憶を視てきた私は、いつの間にか子供らしさと言うものが欠落していたんだと思う。
だから、レンカのこの顔にも慣れていた。
『あぁ。そうだってか、お前も本当に四歳か?普通、それくらいの子供にこんな話ししても変な子供扱いされるだけだと思うんだが?』
『私は普通じゃないのよ。この魔眼でいろんなこと視て経験してきたわ。そのせいで子供らしくないって気味悪がられるわよ』
『ふぅ~ん。なら俺と同じだな』
あぁ、そうかと私は思った。
同じなのだ。ただ人の過去を視ることの出来る私とこことは別の世界の記憶のあるレンカ、人とは違うと言う点では確かに同じなのかもしれない。この人なら、私を気味悪がらないそう思った。
『ねぇ、私をあなたの従者にしてもらえる?』
『あぁ~、なんだ、その………従者なんかじゃなく普通の友達にしねぇ?』
なんだか恥ずかしそうにしながらそう言うレンカを見て、私はついつい面白くて笑ってしまった。
こうして私はレンカの従者ではなく友達となり、その一年後にはセファルヴァーゼによって家族を殺されて、その半年後に神に拾われた。
その頃からだったかしら、なにもしてないのに勝手に魔眼が私の意思に反して発動するようになった。
まるであの出来事を忘れ去れないために、私自身がそうさせているかのように………だから、私は知っている。レンカがこの炎の中に囚われている理由も全てわかっている。
燃え盛る屋敷の中で炎に手足を拘束され囚われているユキヤを見つけた。その眼には精気がなく、今にでも消えてしまいそうなユキヤを見たアカネは、ゆっくりと歩み寄るとユキヤを拘束する炎が向かってくる。
手足に炎が絡め付き拘束してくるが、アカネの強い意思に弾かれるように炎が霧散しそしてレンカのことを正面から抱き締める。
「ねぇレンカ。覚えてる?あの日、あなたが私に復讐を誓ってくれたこと」
ゆっくりと囁くような声で話し始めたアカネ。
「あのとき、私はね。あなたには復讐なんて考えてほしくないと思ったの………でも、それでも私はあなたを止められなかった。ずるい女なのよ、私は」
いつの間にかアカネの目尻には大粒の涙が溜まりそしてこぼれ落ちていった。
「ずっと知ってたのに、なにも言って上げられなかった。あなたが自分のお父さんのせいで、私が家族を失ったと思ってたことも、あなたがずっと……ずっと自分を責め続けていたのを視てきたのに、なにも言えなかった。もしもそれを言ってしまったら、今度はあなたが消えるかもしれないと思ったから………」
ユキヤがずっと苦しんで、悩んでいたことをアカネは知っていた。だからアカネはそれを知っていんがらも、黙って受け入れていた。
「だから、ごめん……なさい……レンカ。こんな酷い私を、許さなくても良いから……もう一度でいいから、あなたの声を聞かせてよ。レンカッ!」
嗚咽と共にずっと胸のうちに閉まっていた後悔を吐き出したアカネは、ユキヤの身体を強く抱き締めながら泣き続けていると
「ゆるすに……きまってる、さ」
「レン……カ?」
アカネは知っていたがユキヤの横顔を視ると、虚ろな眼の奥から燃え盛る意思の焔が揺らぎ、ゆっくりとアカネの背に回された手に力がこもる。
「俺は……お前を、守ると母に誓った……もう、二度と………失わない!」
確固たる意思の宿った言葉と共に炎の拘束が解け、二人を焼いていた炎が吹き飛んだ。
「レンカ、あなた」
「悪かったなスズネ。心配かけた」
「うぅ~っ!このバカッ!」
嗚咽と共にレンカの頬をひっぱ叩いた後ユキヤの胸のなかで泣いているアカネと、ビンタを受けて気まずそうにするユキヤだったが、しばらくの沈黙の後ユキヤは不意に右手を見る。
「ずっと夢を見ていた。俺以外の全員が死ぬ夢……でも、お前の言葉とレティシアとミーニャの温もりが俺を呼び戻してくれた」
「レティシアと、ミーニャ?」
それを聞いたアカネは不思議に思った。
ここには自分一人できたのに、なんで現実世界にいる二人が?っと思ったところでアカネも自分の手に温もりを感じる。
それは自分がユキヤの手と重ねている手、それを見てアカネはさとった。
「二人も一緒に居てくれたのね」
ありがとう。そう短く呟いたアカネは、ユキヤから放れる。
「レンカ、言いたいことは沢山あるける、今はここからでなくちゃ!」
「あぁ。しかしどうすればいいんだ?」
「それは我に任せろ」
ユキヤとアカネが振り返った先には巨大な黒竜が現れた。
「ウィルナーシュ。あんたもとの姿に戻ったのね」
「小娘に驚かれたからな。して、戻るなら我が連れ帰るがどうする?」
「頼む」
ウィルナーシュが二人の前に魔方陣を展開する中、ユキヤは小さな声で
「スズネ。助かった。ありがとう」
「あら、珍しいわね」
「たまにはな」
ユキヤがそう言うと二人の意識が覚醒していくのであった。




