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神聖国─sideユキヤ─ ②

 ルーレシア神聖国この国には今、神が産み出しそして力を分け与えた存在である使徒がいる。

 その事は以前神の元で手先をしていたことのあるユキヤたちは知っていたため、慎重に行動をするように心がけていたにも関わらず、神聖国に着いたその日の夜に水晶の身体を持つ使徒、その分体との戦闘を行うことになってから約一週間が経っていた。

 あの水晶の分体の戦いの次の日、ユキヤたちが戦ったあの場所に行ってみたところあの場所は封鎖され、神聖国直轄の騎士団所属の神聖騎士たちによって聞き込みが行われていたが、めぼしい情報は得られていないようだった。

 だが念のためにとこの一週間は、買い出しやエンジュとの約束のスイーツを食べに行く以外は宿屋か、その裏手の遊び場に引き篭もっていたユキヤたちは、その間に使徒の方からの何かしらのアクションがあるかと思ったが特にこれと言って何もなかったのは意外であった。


「拍子抜け、っとまでは言わねぇが正直使徒から何かしらの接触があると踏んでいたんだが、結局なにも無かったな」

「そう思っておるのは旦那さまだけでは有りはせぬよ。妾とアカネも同じことを思っておったゆえにこうして宿に引き篭もっていたおったしの」

「エンジュはあまり外に出れなかったかたつまらなさそうしてて申し訳なかったわ」


 アカネが珍しく自分のベッドのなかで眠っているエンジュの頭を撫でながらそう呟くと、ユキヤとレティシアも眠るエンジュ申し訳ない気持ちでいると、フッとアカネがあることを思い出した。


「そう言えば、ここ最近ミーニャたちに連絡入れてなかったわね。心配してるかしら?」

「してるだろうが、今は連絡を断っておいた方がいいからな。無事にここを抜けられたら謝るしかないだろう」


 使わないようにと三人のプレートはユキヤの空間収納のなかに仕舞ってある。


「それで許してくれるかのぉ?トキメは兎も角としとして、クレハとミーニャはかなり心配しておるんじゃないか、旦那さまにし捨てられたぁ~っとか叫んでたりしてのぉ」


 レティシアさん大正解、遠くドランドラの屋敷のなかでは幼い割りに種族の特性から色々と大きなお姫様が、ユフィから貰った通信機を手に今か今か連絡を待っていたが、いつまで経っても連絡はこない日々を過ごして早一週間がたち、ついに我慢しきれずに母の若葉と護衛であり自分と同じユキヤの婚約者の朱鷺芽に泣きつていたいたりする。

 ちなみにミーニャは必死に寂しい、こっちからも連絡できるけどもしもお仕事の邪魔になったらいけないし、っと思いを必死に堪えながら耐えているのであった。

 ちなみに朱鷺芽は自分の選んだユキヤが簡単に死ぬはずがないことを知っているため、さてし心配はしていなかったりもする。


「あぁ。それはありそうね。どうするレンカ、あなた次にスレイや帝さまたちに会って出会い頭に斬りつけられたら?」

「笑えねぇからそういうこと言うのやめろよスズネ。ちょっと想像できちまったじゃねぇかよ………」


 半笑いの顔で答えるユキヤの頭の中では、聖剣を構えたスレイと物語で鬼が持っているような巨大な金棒を持った帝の若葉、それに刀を握った時宗が揃って怖い笑みを浮かべながら自分に迫ってくるっと、そこまで鮮明に思い浮かべてからすぐに頭の片隅へと追いやった。


「まぁそれは置いておくとして、俺たちもさっさと寝るぞ。明日はいよいよダンジョンだからな」

「そうじゃな。っと言うわけで今夜は妾が旦那さまと寝ようかのぉ」

「どういうわけよ!レンカ、こっちに来て一緒に寝ましょ、親子川の字で寝ましょう」

「そちらこそどういう訳じゃアカネッ!妾はほぼ毎日エンジュとの寝ておるのじゃ、たまには旦那さまと同衾してもエェではないか!」


 アカネとレティシアが騒がしく喧嘩をし始めたのを横目にユキヤは、起きてしまったエンジュを自分の布団に招き入れて、ついでに耳当てをして二人で静かに寝ているとそれに気がついたアカネとレティシアの悲痛の叫び声が宿の中に響くのであった。



 次の日の朝早くからダンジョンの中に入っていったユキヤとアカネは、もしも誰かに見つかったのときのためにと仮面とフードつきのマントと、以前の黒装束のような格好の二人はレティシアの持っていた手記から写し取った地図を便りにダンジョンの中を進んでいく。

 今ユキヤとアカネがいる場所はダンジョンの地図には乗っていない、言わば未確認の領域になるのだがもちろんユキヤたちはギルドに報告するつもりはない。

 元々このダンジョンにあるとされるアーティファクトを隠すために作られている場所なので、そもそもダンジョンではないのだからそもそも報告の義務がないのだ。

 そんなダンジョンの中に作られた小さな部屋のような場所にやって来たユキヤたちは、長く続く放置されていたせいで老朽化が進んでいる道を置くまで進んでいくと、道の置くに巨大な扉が現れる。


「ここみたいね……レンカ、封印の解除をお願い」

「あぁ」


 カンテラを掲げているアカネがそう訪ねるとユキヤは小さくうなずき扉に触れる。触れた先から魔力を流し込むと、扉の前に幾何学な紋様が現れる。

 これは今まで回ったダンジョンにも存在した扉の封印の術式であり、ここに目的のアーティファクトがある証拠である。一度空中に描かれた魔方陣をそ一瞥したユキヤはなれた手付きで封印の術式を解除していくと、しばらくしてガチャリと音を立てたと思うと、ギギギッと音を鳴らしながら扉が開いて行く。

 扉が開いたのを見てユキヤとアカネは黒剣と小太刀に手を触れて、中の様子を伺いながら中へと進んでい行く二人は部屋の中央にあるそれを見て頷き合った。


「どうやら、部屋の中に何もいないようだな」

「そうみたいね」


 以前一度だけ封印の施されていた場所に魔物がいたことがあり、それからはもしものことを考えてこうして警戒を露にしていたのだが、今回は全くの杞憂に終わったらしい。

 黒剣と小太刀から手を離した二人は中央の祭壇のような場所に歩み寄ると、その中央に安置されている一本の短剣と箱に手を伸ばした。


「この短剣、魔道回路が書かれていると言うことは魔道具みたいだが、それ以外にも何かの力を感じるな」

「こっちの箱の中身はレースの着いた髪飾りみたいね」

「ふむ………そのレースもなんだかを感じるが俺じゃ判別がつかねぇな」


 二人は手に持っている物を一度安置されていた箱の中へと仕舞うと、そのままアカネの持っていた空間収納と同じ効果を持つリュックの中に入れる。

 もしも万が一にアーティファクトだった場合は、どんな力を持っているのかがわからない以上はそのまま持ち歩いて何かが起こったら笑えないが、空間収納を付与された魔道具の中は時間が止まっているのでなにも起こるようなことはない。


「今回はどうなのかしらね」

「調べてみねぇとわからねぇが外れって訳でもなさそうだぜ。なにせ、七百年もの間こんな場所で錆びるどころか朽ちていない時点で、相当珍しい素材を使っているはずだからハズレでも儲けもんだろな」

「そうね。ところでこれの鑑定ってどうするのよ?ギルドにでも頼むつもりなの?」

「ギルドになんて頼んだら、どこで見つけたのか根掘り葉掘り聞き出されるに決まってるだろうが」

「じゃあ、やっぱりユフィたちに頼むつもりね」


 もちろん始めッからそのつもりのユキヤはアカネの言葉に頷き答えると、アカネが腰に手を当てて呆れながら小さくため息をついた。


「私が言うのもあれだけど、ちゃんとお礼をしなさいよ」

「わかってる」


 とりあえず前にスレイから頼まれた味噌と醤油で良いかと思いながら探索を終えたダンジョンから出て、帰路へとつこうとしたとき以前と同じように後を付けられている気配を感じとったユキヤとアカネは、視線を合わせてから同時に頷き合った。

 数は二人、前方と後方から挟み込むような足取りで相手が来ていること察したユキヤとアカネは、だったら相手をしてやろうとユキヤが背後から来る方へ、アカネは前方から来る方へと同時に向き直る。


「テメェら、何が目的だ。何てことはいかねぇからさっさと出てきやがれ」

「そっちから来てるあなたも、いい加減にこそこそとするのはやめて出てきなさい」


 ユキヤとアカネのその言葉を受けて、曲がり角の方から姿を表したのは意外な人物であった。


「直接お会いするのは久しぶりですねぇクロガネさん、それにアカネさんもお元気そうで何よりです」

「イブライム、この者どもは我らが主に仇なす裏切り者ども、挨拶などす必要はありませんよ」

「それもそうでしたなゼルビアナさん」


 赤毛の男と藍色の神のシスター、二人のうち赤髪の男の方にはユキヤとアカネは見覚えがあるどころか、前回のアルメイア王国での戦いの際にも戦うことはなかったが実際に顔を合わしている。

 そしてスレイとリーフ、それにラピスとはなにかしらの執着があると言うことは聞いているのだが、詳しいことは知らなかったりもする。

 そしてもう一人の藍色のシスターの方はと言うと、全くもって面識もなければなんの情報もないのだが、これだけは言いきれるたしかなことが一つだけあった。それは、目の前にいるシスターが、一週間前の襲撃してきた使徒の分体、その本体であると言うことだ。

 実際に目の前で対峙しているだけでも感じてくる理不尽なまでのプレッシャー。

 それは今まで戦ってきた使徒の物となんら変わらないはずだが、なぜかはわからないが全身から今すぐこの使徒からは逃げろと、ユキヤとアカネの中に眠っている生存本能が激しい警鐘を鳴らしながら訴えかけてくる。

 だが、どのみちあの二人の使徒によって退路はたたれているのでここから逃げるには戦わなければならないが、念のためにとユキヤがアカネに尋ねる。


「どうするスズネ。こいつらと殺り合ってもいいが、さすがにレティシアがいねぇといささか分が悪ぃ気がするぜ」

「それには私も同感だけど、私もあんたも手持ちの武器しかないじゃない。これじゃ逃げられないわよ」


 今のユキヤの武器は変装用の黒剣と、空間収納のなかに仕舞われている黒刀しか持ってはおらず、他にはポーションが数本ある程度だ。

 アカネも小太刀の他には数本のクナイと手裏剣に鋼糸だけしか持ち合わせておらず、以前使った焙烙火矢も今はないのだがアカネは元々魔力を持っていないため持ち物の制限が厳しいのと、火薬の調合しようにも材料が手に入らないからだ。

 なので二人とも実質武器は剣だけ、後は魔剣であるエンジュをここみ呼ぶことだけだがここで魔剣を使うのはリスクが高いため、ユキヤとしては最終手段としてあまり使いたくないと言うのが本音だ。

 ダンジョンの中には一般の冒険者も来ているので、もしも魔剣を使ってその衝撃でダンジョンを破壊しでもしたら、関係のない冒険者や探検家が瓦礫の下敷きとなって死ぬか、あるいは生き埋めになってもおかしくはないからだ。

 色々と頭のなかで思案するユキヤに向かってイブライムが問いかける。


「おやおやおや、どうしたんだい二人とも?まさか私たち二人を前にしてどう逃げるか、何て考えてはいないだろうねぇ?」

「なわぇねぇだろ、テメェを切った後にどうやってスレイの野郎に自慢してやろうかって考えてたんだよ」

「あなた方がわたくたちを、人間であるあなたたちが倒す……ですか。諦めなさいそんなことできるはずはありません」

「出来ないかどうか決めるのは、まだ速いわよ」


 否定するゼルビアナに対して挑発的な笑みを浮かべながらアカネが叫ぶと、イブライムが双刃剣を作り出しゼルビアナは両の腕に水晶を纏わせて剣を作り出した。


「スズネ、イブライムは任せるぞ!」

「了解よ!そっちのシスターは任せたわよレンカッ!」


 腰に下げられた鞘から黒剣を抜いたユキヤと小太刀を構えたアカネが、同時に後ろを振り返り相手の元にまで駆け抜ける。


「わたしのあいてはあなたですか、クロガネ」

「今の俺はレンカだ使徒野郎ッ!」


 黒剣を垂直に構えたユキヤがゼルビアナに向かって駆けると、ゼルビアナが水晶の剣を突きだしそれに対してユキヤは横に飛ぶと壁を蹴って横から斬りかかると、ゼルビアナの身体から現れた水晶の柱が地面から現れる。


「っと」


 このままでは水晶に押し潰されると思ったユキヤは足元に風の魔力を流して後ろに下がると、水晶の柱の裏から現れたゼルビアナが現れると水晶の剣を下から上へと振り上げる。

 地面に降りたユキヤは振り抜かれた剣を黒剣で弾き、そのまま一度後ろに跳んで距離を取ると黒剣を垂直に構えながら地面を蹴った。


「──突きの型 炎陽華」


 陽炎を纏ったかのような刀身から放たれる突きの一撃は確実にゼルビアナを貫く、そう思われたが黒剣の切っ先はまたしても地面から競り上がってきた水晶の壁によって阻まれる。

 水晶の壁をわずかに砕いたユキヤだったが、この場に止まれば次が来ると察し後ろに飛ぶと足元から無数の水晶の刺が現れた。

 あと一歩遅れていれば串刺しになっていたと思いながら、両手で黒剣を握り頭上に持ち上げながら垂直に構えると、ゼルビアナがユキヤに対して語りかける。


「いくらやろうとも無駄です。わたしの守りは鉄壁。破れるはずがありません」

「おいおい、鉄壁って言うんなら俺の剣の切っ先が僅かにでも貫かれてちゃ意味ねぇぜ?」

「減らず口を叩かないでくださいクロガネ。どうでしょうか、あちらももう終わる頃合い。あなたも敗けを認めて楽になりなさい」

「はっ、冗談じゃねぇよ。スズネが負けてるだと?ちゃんとその目でみてから言いやがれ」

「なに?」


 自信満々のユキヤの言葉の意味が気になったゼルビアナは、横目でアカネとイブライムの戦いをみやると、やはりゼルビアナの予想通りイブライムの一方的な戦いになっている。

 そもそもアカネとイブライムの剣技を比べてみて、いったいどちらが格上なのかと聞かれれば誰しもがイブライムだと答える。

 その理由は使徒としての力量もそうだが、その肉体を作るために使われた人間の剣技をそのまま引き継いだイブライムは、まさに一人武人としてもかなりの実力有しているのだ。

 だからイブライムが負けるはずがない、そう思っていたゼルビアナだったが次の瞬間予想だにもしなかったことが目の前で起きた。


「ゆっくりと眠っていなさい──鋼糸・縛鎖」

「ぐっ、ぐぁあああああ―――――――――――――ッ!?」


 凛としたアカネの声と苦しそうにもがくイブライムの声が響き渡り、そしてその声はだんだんと消えていきもがき苦しんでいたイブライムは、既に物言わぬ亡骸となって光の粒となって消えていった。


「バカなッ!イブライムがこうも簡単に殺られるなどありえません!」

「ありえねぇわけねぇだろ?俺たち人をあまりなめるなよ使徒が!」


 突如、ゼルビアナの背後からガラリとなにかが崩れ落ちる音が鳴り響くと、自身を守っていた水晶の壁が砕かれ肩に剣を置くと小さく笑った。


「だから言っただろ、あまり俺たちを嘗めるなってな。どうだ、あんたが鉄壁と謳った壁を切り裂いてやったぜ?」


 ギリギリと歯を噛み締めるゼルビアナは、真体を使ってユキヤを倒すことを考えたそのときドスッと背中から手刀が胸を穿った。


「なっ、なにを!?」

「残念ですねぇゼルビアナさん。あなたの力は私がいただきましたよ。そして早速、あなたの支配の力、使わせていただきますよ」

「やっ、やめ──ぁ……あぁあああああああああ―――――――――――――――――――――――ッ!?」


 刺された傷口から現れたどす黒い神気がゼルビアナに注がれると、近くにいては不味いと思ったユキヤがアカネの側まで下がりながら黒剣を空間収納に投げ入れ、代わりに虚空に向けて手を伸ばした。


「使うぞスズネ!──我が名の元に顕現せよ 魔剣ルナ・ティルカッ!」


 銀色と黒に輝く魔剣 ルナ・ティルカを顕現させ瞬時に刀に変化させ構えたユキヤと、小太刀と残りのクナイを指の間に挟むように持ったスズネは、揃って息を飲む。

 ドス黒い神気に犯されたゼルビアナの瞳が黒く染まり纏う雰囲気も変わっていた。そんなゼルビアナの横に並び立ったのはアカネが倒したはずのイブライムだった。


「おやおや、驚いた顔をしていますねぇ」

「確かに倒したと思ったんだけどね」


 アカネがイブライムに向かって返すとすぐに二人は言葉をなくした。

 イブライムの側にもう一人のイブライムが現れたのだ。


「どうですか、私が得た想像の力で産み出した私の分身体です」

「ちっ、うゼェ力だな」

「そうでしょう。だから、あなたもこちらに来なさいクロガネッ!」


 イブライムが双刃剣を後ろに構えながら走ると、それに合わせるようにゼルビアナも駆け出した。


『とうさま!あの使徒にぶれられちゃダメだと、エンジュはお伝えします!』

「言われなくてもわかっている!」


 エンジュの言葉に反論しながら振り下ろされる水晶の剣を受け止め押し返すと、横に下がったゼルビアナの代わりに背後から双刃剣を突き立てようとして来たイブライムに蹴りを加えて吹き飛ばすと、ユキヤは魔力を練って地面から岩の壁を作り出し、自分たちのいる通路を塞ぐとすぐに切り裂かれる音が鳴り響いた。

 薄い岩一枚じゃ足止めにもならないこと等わかっているユキヤだったが、背後のアカネの手を取って走り出す。


「ちょっ、レンカッ!どこき行くの!?」

「せ走りながら説明する。お前はまず走れ!」


 ユキヤはアカネに怒鳴りながら背後から近づいてくる二人の使徒との距離を少しでも開けるために、苦手な土魔法を使って自分たちが通った後を塞いでいく。


「よく聞けスズネッ!あいつはヤバイ、今までの使徒とはなにかが違う。だからスズネ、お前はどうにかこのダンジョンを出てくれ」

「私も戦うわよ!」

「頼むスズネ!ここで戦っても勝機はないかもしれない。だったらお前がヒロたちと、ここに向かってるだろうレティシアにこの事を知らせる。それが今最善の策なんだ」


 差し出されたのは預けていたアカネのプレートだった。

 確かに、ユキヤの言う通りここで二人して使徒と戦ってももしも死ぬようなことがあれば、地上でエンジュが消えたためこのダンジョンに向かっているであろうレティシアに使徒のことが伝えることも出来ずに簡単に殺られてしまう。

 逃げるか、残るか、この二つを天秤に掛けたところで答えは既に決まっていた。アカネは差し出されたプレートを奪い取る。


「くッ………分かったわ。その代わり───」

「その代わり、一体なんですか?」


 全身から冷や汗を流したユキヤとアカネは、いつの間にか自分たちの背後にいたイブライムの声に驚きながら、こうなったらッと一撃を加えるべきに振り返ろうとしたアカネに対してイブライムの双刃剣の切っ先が突き出されアカネを吹き飛ばす。


「スズネッ!テメェッ!───居合の型 閃華ッ!」

『かあさま!』


 ユキヤとエンジュが同時に叫びながら最速の居合を放つと、イブライムの目は閃華を見きり魔剣の刃を双刃剣で受け止める。


「良いですねぇ、セファルヴァーゼさんの技ですか」

「あの野郎と一緒にするんじゃねぇッ!───斬激の型 桜花・春嵐ッ!!」


 双刃剣とつばぜり合いの状態から両手に握り直した魔剣を振り上げると、魔剣の刀身から風が吹き荒れイブライムを吹き上げる。


「うぉおおおおっ!?」

「そのまま壁の中で眠ってろ!───グラビティー・ホール!」


 吹き飛ぶイブライムに向けて重力の穴を放つと、地面に潰されたイブライムはダンジョンにめり込みそこまま地の底へと落ちていくのを見たユキヤは、すぐにアカネの側に駆け寄る。


「アカネ!無事か!?」

「平気よ………でも、プレートが」


 アカネの手の中にはひび割れたプレートが握られており、どうやら突き立てられた刃をプレートで受け止めたらしい。


「無事だったのはよかったが、新しいのを出す余裕はねぇ。あいつらの作った魔道具だ、多少の傷くらいは平気だろ!さっさとここから逃げて連絡いれろッ!」

「言ってくれるわね。一人でやれる?」

「やるしかねぇが、もしも俺があの使徒みたいにされたら、どうにかして正気に戻してくれよ」

「分かったわ。そのときは全力でひっぱたいて目を覚まさせてあげるわ」

「はっ、さすがわ俺の惚れた女だ。そんときは頼んだぜ?」


 立ち上がったアカネはユキヤに背を向けるように立ち上がると、一目散のその場を立ち去った。



 過ぎ去っていくアカネの背をを見送ったユキヤは、魔剣を鞘に納めて再び居合の構えを取る。


「悪いなエンジュ、お前をこんなことに付き合わせて」

『平気ですとエンジュはお伝えします』

「そうか、だったら最後まで頼むぜッ!」

『はいっ!』


 重力によって産まれた穴の中からイブライムが、ダンジョンの入り口を塞でいた岩の壁を突き破ってきたゼルビアナが同時に姿を表すと、全身に闘気を纏ったユキヤはまずはゼルビアナを倒すために駆け抜ける。


「まずはテメェからだ──居合の型 閃華・羅刹!」


 一瞬のうちに放たれる最速の十連檄の居合を放ったユキヤ、これが絶華ともうひとつの技を除いて今使える最大の技だ。

 八つの斬激を同時に放ち花を描くように斬りつける絶華と違い、十の斬激を同時に放つ閃華・羅刹はそれでもユキヤの最強の技の一つ、そのはずだったが………


「ばっ、ばか……なっ!?」


 大きく弾かれるユキヤの右腕、目に写るのは振り上げられる双刃剣の刃と自分でも気付かないうちに接近して見せたイブライムの姿であった。

 どうやったのかはわからないが、イブライムは閃華・羅刹の一刀目を振るう瞬間に合わせて剣を振るいそして弾いて見せたのだ。最速の技を見きられたユキヤは技を変えてイブライムを斬ろうとしたが、次の瞬間にはイブライムの手がユキヤの頭を掴み足を払われて地面に叩きつけられる。


「ぐぁあっ!?」


 すぐに反撃をしようとユキヤが魔剣を振るおうとすると、イブライムが手首を踏みつけるとユキヤのくぐもった声が漏れる。

 ならばと影の棘を使おうとしたそのとき、ユキヤの身体を水晶の結晶が包み込み完全に動きを封じられた。


「ふっ!ハハハッ!!良い様ですねぇクロガネッ!どうですか、わかりましたか?わからないでしょう?そうですよねぇ?」


 耳をつくようなイブライムの声に反論しようとしたそのときイブライムが叫ぶ。


「良いでしょう!教えてあげますよ!私が使ったのは時間停止とその力の増幅です!」

「クソがッ!」

「そろそろ良いでしょうねぇ!あなたには支配だけではなく複数の力を使ってあなたを支配下に置くとしましょうか」

「やっ、やめ──」


 どす黒い神気が身体の中に入り込み心を支配していく。


 ユキヤはそれに抗おうとしたが、結局は無意味だった。

 意識が暗い闇の中へと沈んでいき、次に見えたのは幼き日に見た燃える屋敷だった。


 ユキヤが完全に支配下へと落ちたのを見たイブライムは、ゆっくりとユキヤの頭から手を離してからゼルビアナ方へと向き直る。


「さて、私はもうこの場を去りますがゼルビアナさん。あなたにはこの国に潜ませている分体を全て解き放ってアカネさんとレティシアさんを殺しなさい」

「はい。わかりました」

「良い返事ですねぇ。それではクロガネさん、あなたはゼルビアナさんの援護を……そして、今からここに来るスレイ・アルファスタを殺してもらいましょうか」


 イブライムが振り返り立ち上がったユキヤを見る。

 その目は黒く代わり、刻印にも似た痣が身体中に浮かび上がっていた。

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