神聖国─sideユキヤ─
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アルメイアでの戦いの後、ユキヤたちは戦いで受けた傷を癒すために一時身を寄せていたドランドラを離れて、再び世界を放浪する旅を再開させた。ユキヤたちの旅の目的は世界各国に存在しているダンジョン、その中に隠されているとされているある物を回収することだった。
それは七百年前の勇者たちが神と戦うために作られたとされているアーティファクト。
元々は神の元にいた頃からダンジョンに隠されているとされるそれの捜索をしていたのだが、神が自からの手先を使ってまで回収をさせていた物だ。
これからの神との戦いに役立と思ったユキヤたちが、近いうちに必ず来ると思われる決戦のときまでにできる限りの回収するため、世界各地を回って捜索をしていた。
もちろんなんの宛もなく探しているわけではなく、魔王の祖先であるレティシアの家に隠されていた魔王の手記には、アーティファクトを隠したとされる無数のダンジョンと隠し場所を詳細に記されていた。
それをもとに捜索をして行っていた。
だが、今までにそこに記されているダンジョンに潜り探してみたが、未だに本物のアーティファクトが見つかった試しはなかった。
どうやら勇者たちはもしものときのためにと無数のダミーを仕込んでいたようで、手記には本物の場所が書かれておらず一つ一つ確かめなければならない状態であった。
こうして南方大陸の各地にあるダンジョンを攻略したユキヤたちは、次の目的地としてルーレシア神聖国を目指していた。
隣国のアーネスト王国からルーレシア神聖国へと続く乗り合い馬車を使っての移動、そろそろ自前の馬車かなにかを手に入れた方が良いかと思っはいるがユキヤもアカネも馬は乗れるが馬車は引けない。それにはレティシアに至っては馬すら乗れない。
そもそも、旅から旅への根なし草なので馬を買っても世話など出来ない。なので今度スレイに会ったら、何かしらの移動手段を頼もうと考えている。
そんな訳で今回も乗り合いの馬車を使っての移動になったが、何でも今のルーレシア神聖国は新年祭と呼ばれる新たな年を向かえるための祭りの準備が進んでおり、信徒や観光目的の客で乗り合い馬車は賑わっており連日馬車だけでなく、少しお高い竜車までもが連日満員という状態が続いてしまっていた。
そのせいでユキヤたちは仕方がなく、普通の竜車よりもさらに速く希少な種の地竜が引く竜車をチャーターしたのだが、金額と竜車の方が豪華過ぎるせいで盗賊に狙われるのではないかと心配したが、借りにも竜が引く物を襲うほど愚かではないらしい。
竜車に揺られること半日、ルーレシア神聖国にたどり着いたユキヤたちは入国審査を終えて街のなかに入ると、日も暮れたので宿を取りが荷物を整理しながら、ユキヤは金貨のつまった袋を広げながら一人ため息をついた。
「はぁ、さすがに懐が寂しくなったな」
「なんじゃ旦那さま。金がないのかえ?」
「全くって訳じゃねぇが、竜車に乗ったせいでいっきに金が減った」
「速くて豪華なのは良いけど、一人金貨十枚ってのは確かに痛かったわね」
旅の資金は途中で狩った魔物の素材や、立ちよった街のギルドで受けた依頼で賄っていたが、武具のメンテ代や宿代、旅の間の食料などでいつもギリギリの財政。
それが一気になくなったのだ。普通に痛い。
どうにかして資金繰りをしなければと思っていると、部屋の中心に置かれたテーブルで絵本を読んでたエンジュが大きなあくびをした。
「眠いなら速く寝ろよ」
「今日まで竜車で移動だったからつかれちゃったのね。エンジュ、もう寝なさい」
「はい。わかりましたとエンジュはお伝えします」
ウトウトとしながら絵本を片付けたエンジュは、レティシアの布団に潜りこんだ。一応は四人部屋を取ってはいるのだが、いつもエンジュの定位置はレティシアの場所と決まっている。
ちなみにそのレティシアだが、ベッドの上で手記を読んでいたがエンジュが潜り込んできたので手記をゆっくりと閉じる。
「これこれエンジュ。お主もいい加減に一人寝を覚えてもよいでないのかえ?」
「いやだと、エンジュはお伝えします」
「仕方があるまいのぉ」
仕方ないと言いながらも満更でもない表情で横になったレティシア。するとエンジュがレティシアの胸じ顔を埋めて眠った。
そんな二人の光景を見ていたアカネは自分の胸をモニュモニュと揉むように触ってから顔を上げると、ジッとエンジュとレティシアの方を見てから今度はユキヤのほうに顔を向ける。
「ねぇレンカ、やっぱり男っておっぱいの大きい女の子の方がいいの?」
「なにをバカなことを言ってるんだスズネ。確かに世の男のなかには女を胸でしか見ないゲスやろうが数多く存在する。だがなぁ、男ってのは心の底から惚れた女ならどんな欠点があったとしてのそれごと愛するってもんなのさ」
「えぇっと………つまりどう言うこと?」
「俺は胸の大小でお前らに惚れたって訳じゃねぇってことだ。だから気にすることはねぇんだよ」
なにを大真面目に言っているのかと、自分で言っていて恥ずかしくなってきたユキヤはもう寝るっと一言いって布団に入ると、アカネも小さな声でお休みっと言ってベッドに横になって眠るのだった。
次の日の朝、ユキヤとレティシアは神聖国の町中を歩いていた。
ここで少しこの国の造りについて説明しておくと、神聖国の街は巨大な円形に作られており中央にはこの国のシンボルとでの言うべき大聖堂がある。
そのまわりには上位神官の邸宅や信者たちの家が立ち並び、中央から離れるに連れて下位の神官や一般の信者の住居、更にその置くには観光客向けの宿屋や店などが立ち並んでいるのだ。
さて、なぜ二人で街を歩いているかと言うと、準備もなにもしていない状態でいきなりダンジョンに向かうと言うわけでもなく、そもそも国の管理するダンジョンなので役所などで手続きがいるのだ。
今からどこへ向かっているのかと言うと、スレイの婚約者の一人であるノクト・ユクレイアに頼まれて、その生家に手紙を届けに行くのだ。
「しかし、俺が行ってもいいもんかねぇ」
「何でじゃ、旦那さま?」
「いやなぁ。手紙を渡したらすぐに帰るつもりではあるんだが、話によればあのバカ、チビッ子の親に報告もなにもしてないんじゃなかったか?」
「あぁ。そうじゃったのぉ」
「それで俺みたいな奴がいきなりやってきたら、あいつの代わりに俺がチビッ子の親に殴られるんじゃねぇか?」
話しながらジト目になっていくユキヤを前にレティシアはどう答えていいのかと言う顔をしている。
「それないと思うがのぉ………それにその言い分だと、旦那さまも妾の父上に報告も無しに妾と関係を持っておるではないか?」
「なにを言ってるんだお前は………ちゃんと墓前に報告は入れただろう。それで勘弁しろよ」
会えない人に謝罪も報告もなにもないだろうとユキヤは答えると、レティシアが笑いながらユキヤの腕に自分の腕を絡める。
「いい旦那さまに出会えて妾は幸せ者じゃな」
「うるせぇよ。………さて、考えても仕方がねぇが。とりあえず殴られたらあいつを斬る」
「ほどほどにしておいてやるんじゃぞ?」
こんなことで死んでしまっては申し訳ない気持ちでいたたまれないと思ったレティシアが止めるが、等のユキヤが暗い笑みを浮かべているだけであった。
しばらく歩いていくと手紙と一緒に渡されたノクトの生家の住所を便りに、その家にたどり着くとノッカーを鳴らしてしばらく待つと家の扉が空いて中から黒髪の美女、っというよりも完全に美少女が出てきたが一部完全に大きさが違う。
「あらあら、いらっしゃいませ。すみませんが、どちら様でしょうか?………あのぉ~、聞こえていますでしょうか?」
少女が困惑した様子で訪ねてくる理由はただ一つ、二人の視線が少女の顔とその下にある大きな二つの双眸の間をいったり来たりしている。二人は心のなかでは世の中という物はこれほどまでに不公平な物なのだろうかっと、ユキヤとレティシアが揃って思っている。
「姉妹でこんなにも違うのなんだな………あのチビッ子もかわいそうに」
「旦那さまや、それをノクトに聞かれでもしたら殺されてしまうぞ?」
ユキヤの心ない一言に対してレティシアがツッコミを入れてから目の前の少女が、ぱぁ~ッと顔を綻ばせながら二人の手を取った。
「あらあらまぁまぁ!あなたたちノクトのお友だちね!さぁどうぞ、今お茶を淹れますので御上がりください」
「いやあのちょ、力強ぇなこいつ!?」
「おやおや、ずいぶんと強引な姉上じゃな?」
両腕を引っ張られて引きずられていくユキヤとレティシアは、案内されるまま客間に案内されてされるがままお茶を出されてしまい、手紙を渡したらすぐに帰ろうと思っていたユキヤはこれはますます危ないかもな、そう思いながら出されたお茶を飲んでいる。
「改めまして、ノクトの母のノーラ・ユクレイアです」
「はっ、母親?」
「わっ、若いのぉ………妾はてっきりノクトの姉上かと」
「あらあら。いやだわぁ~、これでも三十六のおばさんですよ?もう若くはないわ」
いや十二分にお若いですよっと、ユキヤとレティシアが思いながらも美少女改めまノーラに名乗ると、どうやらノクトからの手紙で二人のことを知っていたらしく、ここにいないアカネとエンジュのことを聞かれた。
「アカネとエンジュでしたら役所へ行っています」
「あらまぁ、どうして?」
「ダンジョンに入る必要が合ってのぉ、その手続き書類をもらいに行っておる」
「あらダンジョンへ、小さいお子さんもいるのに大変じゃありませんか?」
「その間には妾かアカネが面倒を見ているゆえ、対して苦労はありはせぬよ」
なぜ女はこうもすぐに仲良くなれるのか、ユキヤが疑問を覚えながらお茶を飲みながらそう言えばと預かっていた手紙の存在を思い出してノーラに手紙を渡した。
「こいつをあんたらにって渡すように頼まれていた」
「あらあら、ありがとうございます。ノクトからのお手紙、後で大事に読ませていただきますね」
大事そうに手紙を仕舞うと届けるものも届けたのでお暇しようとしたユキヤたちだったが、ノーラがせっかく来たノクトの友達だからとお茶だけでなくご飯もどうぞ、せっかくだから泊まって行ってくださいなどとしつこく言ってくるので、夕食までをごちそうになる約束をしてアカネとエンジュを呼んだ。
夜になり神官であるノーラの旦那、つまりはノクトの父が帰宅すると見ず知らずの客人がおり、客間から申し訳なさそうに頭を下げているのを見て、どういう状況なんだろうと思いながらも出迎えてくれた自分の妻のノーラに訪ねる。
「あの人たちね、ノクトの彼氏のスレイさんのご友人のレンカさんとそのご家族の方々よ!今日はね、皆さんがノクトのお手紙を届けてくださったの!」
「あぁ。そうか、君たちが………初めましてトロア・ユクレイアだ。君たちのことはノクトからの手紙で知って入るんだが………件の彼氏くんはいつになったら来るのかな?」
「それにつきましては、次にあったときにでも伝えておきますのでどうかご容赦を」
なぜか関係のないユキヤがノクトの父トロアに謝らなければならないのか、どうもなっとくの行かないユキヤはやはり次にあったらスレイのことを斬ろうと心のなかで思いながらも、ユキヤは自分の空間収納の中から以前スレイから神聖国に行くならと預かったワインを渡した。
「これは、件のバカからの土産です。言伝てとしては中々挨拶できぬ非礼を特とご容赦願いたいとのこと」
「済まないありがとう。スレイくんにも会ったらお礼を言っておいてくないか」
「えぇ。わかりました」
ユキヤからボトルと受け取ったトロアは、頭を下げてお礼を言って少し話をするとしばらくして夕食の準備ができたと呼びに来たノーラに呼ばれて夕食をごちそうになった後、ユキヤたちはエンジュが完全に眠りにつく前に帰路へとつく。
「また来いっか、言い両親だったな」
「そうね。ノクトの両親って感じの人たちで優しくて暖かい」
「妾の両親もあのような人たちであったな」
両親の優しさを感じの三人はしばしの間、今は亡き家族に思いをはぜた後に不意に立ち止まるとユキヤは自分の背後にいる人物に向かって声をかける。
「おい。いい加減に姿を表したらどうだ。ここなら人はこねぇよ。あの家を出た後からずっと付け狙いやがって、いったい誰の差し金だ?」
今ユキヤたちがいる場所は人気の無い公園のような場所だ。
ここは街中に作られた森林公園のような場所で民家とは多少はなれているお陰で、戦闘になっても多少のことでは人はこないため、ここならば大丈夫だろうと思い声をかけたのだがそれでも相手は出てくる様子もない。
そのためユキヤは仕方がないと思いながらも空間収納から黒刀を取り出しベルトに鞘に通してさげると、殺気を当てると大人しく出てきたそいつは以前のユキヤが着けていた物に似た仮面を着けた男がそこにいた。
「いやな仮面ね」
「同感だな」
ユキヤとアカネが揃って答えると仮面の男が走り込んで来たので、ユキヤは悪魔の能力を使って産み出した影の棘を放つと仮面の男が抜いたナイフで棘を斬る。
宙に舞った棘を見ながら相手の技量を計り、腰に下げた刀をベルトから外し腰だめで構えるとアカネとレティシアが後ろに下がると、大きく息を吐いてから向かってくる相手の動きを見ながらユキヤも技を使って相手を一刀のもとに斬り伏せる。
「───突きの型・閃迅」
握るのは柄ではなく鞘を握り目にも止まらぬ早さで突き出された太刀の突きを回避することもできず、太刀の鐺で胸を突かれた仮面の男は空中を舞って後ろへと倒れる。
本来は抜き身の刃で突く重突の技だが、今回は身元を調べなければならないので殺しはしない。
気を失った男の元に近寄り棘で拘束したユキヤは、戻ってきた近付いてきたアカネとレティシアの方を見ながら口を開いた。
「取りあえず棘で縛っては見たが、何かしら身元が分かるものを探すから幻影の魔法でもかけておいてくれなっか?」
「あぁ。すぐにかけよう」
「私は少し周りを偵察に行ってくるわ。すぐに戻るつもりだけど、その間エンジュをお願い」
「任されよう」
アカネが抱いていたエンジュをレティシアに預けると、小太刀を抜いて森の中へと消えていったアカネを横目に見ながらユキヤは男の仮面を剥いで素顔を見てみたはいいが、特に知っている顔でもないので、次は仮面になにかしらも細工がされていないかを調べた後適当に投げ捨た。
ほかになにか無いかと懐をまさぐって探してみるが、特にこれといって無いもなかった。
「特にめぼしいものは無さそうだ。こいつに問いただすこともできるが………スズネ、レティシアも帰るぞ」
「良いのか?」
「どうせ次が来る。そんときに直接問いただすさ」
「こいつはどうするつもり?」
「そこに転がしとけ………エンジュの前でだけは人は殺したくねぇ」
男から背を向けたユキヤに同調するようにアカネとレティシアもうなずいて帰路へと突こうとしたそのとき、背後からジャリッと音が聞こえ後ろを見ると仮面の男が立ち上がった。
「バカなっ!」
「とうさま!かあさま!使徒のけはいですッ!」
「「「───────────ッ!!」」」
エンジュのその一言でユキヤは黒刀を抜き、アカネは右に小太刀を左手には手裏剣を数枚手にとって構え、レティシアも慌てて空間収納から剣杖を取り出して構える。
三人の姿を見た男は顔をニヤリと歪ませた瞬間、服の下から突起のようなものがせり上がったかと思うと、身体の至るところから生えてきた結晶がまるで鎧のように身体を覆った。
「クリスタル・ゴーレムみたいな身体ね」
「アカネや、そんなことを言う前に使徒に気付いたエンジュを誉めねばなるまいて」
「そうだな偉いぞエンジュ。良く使徒の気配に気付けたな、ご褒美に明日うまい菓子食わしてやる」
「おやつはケーキがいいとエンジュはていあんします」
「いいわよエンジュ。明日はケーキたくさん食べて。だがら母さまの側を離れるんじゃないわよ?」
「わかりましたスズネかあさま、エンジュとてもうれしいとお伝えします!」
ギュッとアカネの足にしがみついたエンジュがご褒美をもらえることに上機嫌になっていた。
さて、武器を構えた三人はというと謎の使徒に向かって話しかける。
「テメェは何者だ!」
『…………………………………』
「喋らぬ………いや、喋れぬようじゃな。旦那さま、アカネ、こやつやはり分体かのぉ?」
「そうじゃないかしら、どう考えても気配が弱いわ」
「だろうな。チッ、ここに使徒がいることはわかっていたが早速に見つかるとは思わなかったぜ」
太刀を構えながら話し合っていたユキヤたちは、目の前のクリスタルの身体を持つ分体が動いたのを見て意識を向けると、腕に纏った結晶が巨大な剣へと変化して切りかかるとレティシアが物理障壁を作り出し受け止める。
だが、しばらくして張られた障壁に亀裂が走ると、ここは危ないと思ったユキヤたちがその場から飛び退く。すると少し送れて地面が陥没し砂塵が舞った。
「こいつ、何て馬鹿力なのよっ!」
悪態を着きながら手裏剣を投げるアカネだったが、クリスタルの表皮に阻まれて傷一つつけられない。
「退くんじゃアカネッ!───アクア・ソードッ!」
放たれた水の刃をクリスタルの両腕を重ねることでガードする分体だったが、その行動のせいで大事なことを見逃してしまった。
「俺を忘れてるんじゃねぇよ──斬激の型 焔ノ太刀!」
一瞬の交錯の後に振り抜かれたユキヤの黒刀はクリスタルの身体を持つ使徒を腹から両断した。
焔ノ太刀はその切断面が、まるで炎で焼かれたように融解し切断されるためにそう名付けられた技だ。
剣から伝わってくる確かな手応えに終わった、そう確信があったユキヤは黒刀を鞘へと納めたそのとき、少し離れた場所から幼い声と鬼気迫った二つの声が同時に響き渡った。
「とうさま!まだです!」
「レンカッ!後ろッ!!」
「旦那さまッ!避けるのじゃッ!!」
その声に後ろを振り向いたユキヤは目の前に迫っていたクリスタルの弾丸を見て、とっさに下へしゃがむことで交わすとそこに走り込んできた分体のクリスタルの足で蹴り飛ばされる。
「─────────ッ!!?」
とっさに身を浮かせることで完全に蹴りが入る前に飛べたためたいしたダメージにはならなかった。
「レンカッ!大丈夫!!」
「無事なのか旦那さまッ!」
「平気だッ!それよりもどうなってやがるあの分体は!」
ユキヤが顔を上げるとそこには上半身と下半身を切り裂いたはずの分体が二体になっていた。一体は下半身をクリスタルでもう一体は上半身をクリスタルで補っており、あれが生き物だと言うのなら確実に死んでいてもおかしくないはずだ。
クリスタルの分体の一体がユキヤとレティシア方へに水晶の弾丸を放つと、もう一体の使徒はエンジュを守るアカネの方に切りかかる。
「こやつ、なんとこずるい真似をッ!」
「近付けねぇ」
放たれるクリスタルの弾丸を交わし続け隙あれば切りかかるユキヤとレティシアだったが、近付いた瞬間に連射される弾丸によって攻撃が阻まれる。
「エンジュ、母さまにしっかりしがみついているのよ!」
「わかましたとエンジュはお伝えします、スズネかあさま」
エンジュを背中におぶさり片手の小太刀で水晶の剣の斬激から身を守るアカネは、自分の背に守らなければならないエンジュの存在があるため、一刀一刀をかわすのに必死であった。
「このままじゃ埒が明かねぇ!魔剣を使って一気に終わらせる、行けるかエンジュ!」
「わかりましたとエンジュは伝えます」
エンジュが答えるとユキヤは真っ直ぐ右腕を伸ばして構える。
「───我が名の元に顕現せよ 魔剣ルナ・ティルカッ!」
エンジュの身体が魔剣へと変換されユキヤの手の中へと現れると、魔剣の刀身に闇の輝きを纏わせると次々に打ち出される弾丸を打ち払うように横に振るうと上半身を水晶で出来た分体の身体を一瞬で消し去った。
これで再生するまで時間が稼げるので、今のうちにと下半身を水晶で補ってい分体の元に駆ける。
「どけスズネッ!───斬激の型 千刄羅刹」
水晶の剣を小太刀で弾いたスズネが飛び退いた瞬間、ユキヤの握ぎる魔剣から放たれた千の斬激が使徒の分体を粉々に切り裂くと、砕かれた上半身を再生させようとした分体が光の粒となって消えていった。
分体を倒したこと確認したユキヤはエンジュを人の姿に戻した。
「ようやく死んだか……助かったエンジュ」
「がんばったエンジュはごほうびがほしいとお伝えします」
「あぁ。明日はケーキだけじゃなく絵本も買ってやる」
うれしさのあまりエンジュはユキヤに抱きついた。普段は表情に乏しいエンジュだが、かわりに感情の表現だけはしっかりしてくれるのでわかりやすいと思いながら、駆け寄ってくるアカネとレティシアをみる。
「二人とも怪我はないな?」
「私はないわ」
「妾は少しかすったが大事ない、もう治療はしたしの」
「ならここを移動するぞ。さすがにさっきのはやり過ぎた」
「そうした方がいいわね。レティシア、マントと仮面を出してもらえる?」
「もう出してあるわ。済まぬがエンジュはもう一度魔剣の姿を取っていた方がようか知れぬの」
もしも人に見つかった際に子供をつれた怪しい仮面の三人組よりも、怪しい仮面の三人組の方がまだ誤魔化し効く可能性がある。
そのためもう一度魔剣の姿を取ったエンジュを背中に背負ってマントと仮面で素顔を隠したユキヤたちは、騒ぎを聞き付けてやって来た町の住人の目を盗んでその場を離れるのであった。




