怒れる母と師弟の戦い
村人の避難を進めていたユフィとノクトは杖を、ラピスは短剣を二本握りながら避難する村の人々を襲う金属の鎧と見間違うほど強固な筋肉の鎧に身を包んだ元兵士たちを相手取っている中、ユフィとノクトは自分たちの目の前で繰り広げられている戦いを前に目を奪われていた。
鋭い拳がラピスに向かって振るわれるか拳が当たる瞬間、ラピスは流れるような軽やかな動きで拳をかわしながら懐へ潜り込み二振りの短剣で敵を斬り結んでいく。
「身体がいつもよりも軽い。これがわたくしの……いいえ、わたくしたちの!」
今までもラピスの動きはまるで戦場と言うと殺伐とした場で、人々を魅了する舞を踊っているかのようであったが今は違う。
今のこの動きこそがラピスの本来に戦い方であり、使徒であることを封印する際に共に失われてしまった大切な思い出だ。姉と師である二人の心優しき使徒から教わり、鍛えられてきたこの動きとその思い出をようやく取り戻すことができたラピスは、誰にも気づかれないように流した喜びの涙が頬を伝い宙へと舞った。
そんなラピスの姿を見ていたユフィは先ほど戦った流麗の使徒の姿を重ね合わせてしまっていると、その光景を見ていて興奮した様子のノクトがラピスに叫ぶ。
「すごい、すごすぎますよラピスさん!どうしたんですか今の動き!今までとまったくの別人みたいにスゴいです!」
「ありがとうございます。ですがノクトさま、よそ見をされていては足元を掬われてしまわれますよ?」
「えっ、あっ!?」
よそ見をしているノクトの元に兵士の肥大化した肉体から振るわれるハルバートの横薙ぎが振るわれるのに気がつかなかった。
ハッとしたノクトが杖を正面に構えてシールドを発動したが、そこをカバーするようにユフィのアタック・シェルが発動したリフレクションによって防がれる。
武器を振るった際の衝撃をそのまま返されたせいで、武器を握った腕を弾き飛ばされた兵士は手足に飛来したストライク・シェルが突き刺さる。
ストライク・シェルが肉体に突き刺さると同時に肉体の内部から凍り付き、しばらくすると完全な氷の彫刻となった兵士の肉体に無数の亀裂が入ったかと思うと、無数の細かな赤い結晶となって砕け散ってしまった。
「ノクトちゃん!よそ見しない!」
「はっ、はい!」
「ラピスちゃんはそのまま敵を撹乱して無理に止めを刺しに行かないで深追いしないで!私が確実に仕留めるから!」
「わかりましたわ。ユフィさま」
「ノクトちゃんはラピスちゃんの援護をお願い!」
あの兵士たちは服用している魔法薬の影響からか、化け物のような肉体の他に加えて同じく化け物じみた再生能力を有しているが、薬によって得た力は必ずいつか終わりが来るはずだが魔道具によるものならばそれは限りなく低い。
それにもしも魔法薬ではなく魔道具の場合はその道具の破壊、もしくは発動している媒体を破壊するのが有効だが、兵士の身体にはそれらしい道具のかげは見えず、媒体に関してはディグルスが所有しているあのペンダントだろうが、あれがフェイクの可能性もある。
考えれば考えるほど思考が袋小路に入ってしまう感覚にユフィは顔をしかめていると頭に鋭い痛みが走る。
「うっ!?」
カランっと音を鳴らしながら手の中から杖が転がり落ちた。
「ユフィお姉さん!」
「ユフィさまッ!」
その音を聞いたノクトとラピスが一斉に振り返ると、膝を付き頭を押さえながら杖に手を伸ばそうとしているユフィの顔はとても険しいものであった。
「大丈夫ッ、気にしないでッ!」
いつもよりも繊細な操作が必要だったた、身体強化で脳の情報処理速度をあげていた。だがその反動が今こうして頭痛という形で現れたのだと感じ取ったユフィは、頭痛をこらえながら拾い上げた杖を構えようとしたそのとき、目の前にまで敵が接近してくることに気がついた。
頭痛に気を取られてしまいコネクトで繋がっているシェルの全ての動きを一度止めてしまったのだ。
「─────────クッ!?」
苦悶の言葉を漏らしながら強化で自分の身体とドラゴンの革のローブに施したユフィは、振り抜かれる大剣の一撃を正面から受け止める構えを取るとそこにノクトの声が響いた。
「どこが大丈夫なんですかッ!ユフィお姉さんこそ無茶はしないでください!───アクア・カッターッ!」
ユフィの真横を過ぎ去った水の刃が兵士の両腕を切断すると、さすがにいくら再生能力が高くとも力の使徒やスレイのように腕を生やすようなデタラメな再生は出来ないようだが、両腕を失ってもなお向かってくる兵士を前にして、ユフィが覚悟を決めようとしたそのとき又しても声がかけられた。
「そうです!結界を張っただけでなく、複数体のシェルを使って彼らを相手取ってるんです!いくらユフィさまの魔力量でもすぐに限界が来てしまいます!」
ユフィの真横を通りすぎ大きく飛び上がったラピスは、両手に握る短剣の刃に闘気を流す。するとうっすらと纏わせた闘気の刃が伸びスレイの魔力刀のように半透明の刃が出現する。
闘気によって形成された刃を振り抜いたラピスの剣が兵士の首を切り落とした。兵士はまだまだいるこんなところで休んではいられないと、転がっている杖を構えたユフィの側にノクトとラピスが並ぶと、集まってきた兵士から自分たちを守るためにノクトがシールドを張った。
これで少しは回復に専念できると安心したユフィが腰を下ろしたまま大きなため息を一つ付いていると、その声を聞いたノクトとラピスがユフィに食いかかった。
「はぁ~じゃないです!ユフィお姉さん、わたしたちには無茶のしすぎって言って、お姉さんのほうが無茶しすぎなんです!」
「わたくしたちもいます、もっと頼ってくださいまし!」
ノクトとラピスからの叱咤の言葉を聞いて目をキョトンッとさせたユフィは、自分があせっていたのだと理解して頭を下げた。
「………ごめんね。早くみんなのところに行かなくっちゃってあせっちゃってた」
今こうしている間にもスレイは自分の師匠であるルクレイツアの使徒と戦い、リーフとライアが人を素体として作られたキメラとの戦いを続けている。
早くこの兵士たちを片付けてどちらの元にも早く向かいたい。そしてかわいいレイネシアを殴ったベルゼルガー帝国のあの皇帝を、顔の骨を砕いて二度と表を歩くことの出来ないような顔にしてやりたいと思うあまり身体に力が入りすぎていたっと、心の中で思っているユフィだったりする。
そんなユフィの言葉にノクトとラピスも同調するようにうなずいているが、多分二人は勘違いしていると思う。
なぜならユフィの行動原理はディグルスを殴ることが大半を占めているからだが、二人とそれには気づいていなさそうだ。
「そうだとしても今は慎重に、あとどれくらいの敵がいるかもわからないんですから」
「うん。ごめんね、もう大丈夫だから」
「ではここを早く切り抜けましょう」
杖を握り立ち上がったユフィは展開していたアタック・シェルをしまうと代わりにガンナー・シェルを取り出すと、自分たちの後ろから声が聞こえる。
「おいユフィ!ノクト!ラピス!無事かッ!?」
「ラーレちゃん?なんでッ!」
自分たちを取り囲んでいる兵士たちの後方から悲鳴のような叫び声が聞こえてくる。
どうやらは後方から聞こえてくるラーレの声にユフィだけでなくノクトとラピスも驚いていると、三人のことを取り囲んでいる兵士たちの軍勢の奥から叫び声のような悲鳴が聞こえてくる。どうやら後ろからラーレが戦っているのだと察する。
「リーフとライアがあの化け物を追ってった!オレはこっちに行けって言われてきたんだが、さっさとそっから出て手を貸しやがれ!オレ一人じゃそんな長くは持たねぇって!」
ラーレの叫ぶような懇願にユフィたちは一斉にうなずくと、杖を構えたユフィとノクト、短剣に闘気を纏わせてショート・ソードのようにしたラピスがそれぞれ構える。
「さぁ、行こうか!ノクトちゃん、ラピスちゃん!」
「はい!」
「えぇ!」
ユフィの号令にノクトとラピスがそろって返事をすると、展開されたシールドを解くと塞き止められていた水が溢れだしたかのように流れ込む。
「威力は押さえてるけどラーレちゃん気を付けてね!───アイシクル・ランス!」
ユフィの放った氷の槍が真上から降り注ぎ兵士たちを氷の檻へと閉じ込めると、ラピスの二振りの短剣の鋭い一閃によって首を確実に落とされていった。そして同じくユフィの放った魔法に閉じ込められた兵士たちを双曲刀によって切り裂いていくラーレ。
そんな二人の戦いを見ていたノクトが二人に魔法をかける。
「ラピスさん!ラーレさん!補助魔法行きますよ!──ブースト・アクセル!パワー・ブースト!」
二人のもとに二重の魔方陣が展開されるとまばゆい光が一瞬だけ身にまとわりついて消えると、二人は身体中から溢れでる力と、今までに感じたことのない早く動ける自分初めて補助魔法を受けたラーレが驚きながらもノクトの方に振り向く。
「サンキューノクト!」
「助かりますノクトさま!」
魔法によって驚くべき速さと力を得た二人が勢いをつけて敵を切り裂いていく。この分ならばすぐにでもみんなの応援に行ける、そう思ったユフィは二人だけに任せておくのではなく自分も二人に続くべくガントレットを装着し前へと出るのであった。
木々の合間を縫って森の中を疾走しているリーフとライアは、左右から自分たちの前へと迫ってくる足音を耳にしながらリーフは翡翠の刀身に、ライアは自分のグリープに闘気を込めると、一斉に飛び出してきたキメラにリーフは頭上から翡翠の刀身を振り下ろし、ライアは横顔に回し蹴りを同時に叩き込んだ。
口から血を吐き砕けた歯が空中に飛び取るのを見ながら、リーフとライアはさらに加速する。
「逃げるな!」
「……逃がさない!」
リーフとライアの前にはディグルスとメガネの宰相の乗る馬が走っている。
普通の馬相手ならばこの二人の足で負けるはずもないのだが、どうやらディグルスは馬にも魔法薬を使っているようでもはや馬の形をした別の生き物にしか見えなかった。
奇妙な馬のあとを追いながらリーフはここに来るまでのことを思い出していた。
兵士たちの変貌を目の当たりにしたあと、リーフとライアの元にキメラを放ったディグルスはすぐに馬にまたがり帝国の方へと走り去っていき、それを追って二人も身体強化をフルに使って走っているのだが全くその距離が詰まることはない。
さらに今いるこの場所はもう興国の領土ではなく帝国の領土で、そこに踏む混んでからと言うもの事前に放たれていたのか、すでにもうかなりの数のキメラの襲撃を受けている。
「不味いですねライア殿、これ以上の深追いは得策とは思えません」
「……でも、あいつは殴らないと気が済まない」
「それは自分も同じですが、これ以上キメラを相手にしていては追えるものも追えませんし、それになにも手がなく自分たちをこの場に誘い込むとは思えません」
「……うむっ、それは確かに」
これ以上の追撃は不可能かとリーフとライアが思っていると、ライアの左目の魔眼が反応しリーフは微かな物音を聞き分け同時にその場から離れると、いましがた二人が立っていたその場に無数の矢が突き刺さった。
すでにここは敵地、リーフとライアは背中を合わせながら自分たちを取り囲んでいる帝国兵士たちの気配を探りながら森の木々の近くに視線を巡らせる。
ついでに木々の合間より現れた兵士たちが二人を囲み、その後ろで馬を反転させたディグルスが二人を見下ろす。
「貴様らを拘束すれば聖剣が自ずとやってこよう。女子供がたった二人だ。無駄な抵抗はやめよ」
剣や槍を構えてその切っ先を向け、木々の上や隙間から矢を向けている兵士たちの気配に、ディグルスの握る紅いペンダントによって先ほど追ってる途中に現れたキメラたちが続々と終結する。
改めて自分たちを狙っている気配を感じ取りながら二人は警戒の色を強めている。
「これは………どうやら自分たちはすでに、帝国側に誘い込まれていたようですね」
「……ん。そだね」
「ところでなぜ先ほどの攻撃の際に自分に教えてくれなかったのですかライア殿?」
「……リーフならかわせるってわかってたから。それよりもどうするのこれ?」
キリキリッと弓の弦が引き絞られる音を耳にしながらライアがリーフに訪ねると、ニッコリと微笑んだリーフがライアのほうへと振り返った。
「決まっているじゃありませんか。自分たちは勇者スレイ・アルファスタの妻ですよ?それがこんなたった数十人ほどの雑魚相手に遅れを取るなどあり得ませんよ?」
自分たちのことを雑魚と罵ったリーフに兵士たちは目を細目ると、すぐにせせら笑う声が聞こえてくる。先ほど言った通りこの場を取り囲んでいるのは約四十人程の兵士に十を越えるキメラが取り囲んでいる。それに立ち向かおうとしているのはたった二人だ。
どう考えても数では圧倒的に不利であるにもかかわらずリーフの言葉にライアも笑った。
「……ん。そだね。これくらい私たちなら楽勝。というかちょー余裕?」
「えぇ。さぁかかってきなさい帝国兵。今の自分たちはいささか気が立っています。殺す気で来なければ殺しますよ?」
「……それと馬に乗ってるおじさんはぶん殴るからそのつもりで」
ライアとリーフの安っぽい挑発にディグルスが叫ぶ。
「あの小娘どもを殺せぇえええ――――――――――――――ッ!!」
ディグルスの絶叫を聴きながら嬉々とした様子で駆け出した兵士たちを前にして、リーフとライアは背中を合わせながら小さな声で話し合う。
「やりましょうかライア殿」
「……ん。やろっかリーフ」
二人が同時に全身に闘気を纏わせると先手を狙った兵士たちが弓を引き絞り矢を放つと、ライアがその場にしゃがむと闘気の輝きを翡翠に宿しながら脇に抱えるように構えたリーフがその場で回転する。
「───秘技・飛翔剣円舞」
翡翠の刀身から放たれた闘気の刃が矢を打ち落とし斬激の余波が弓兵を凪払った。
「ばっ、バカなッ!闘気でそのようなことが出きるのか!?」
「えぇい!役立たずどもが!囲んで切り捨てよ!数ではお前たちが上だ!やるのだッ!!」
メガネの宰相の口からこぼれでたディグルスの口からこぼれでたその言葉を聞いた兵士たちが一斉に斬りかかると、リーフがその場から飛び上がると同時に両の手のガントレットに炎と闘気を纏わせたライアが拳を地面に叩き込む。
「……炎に焼かれて──ヴォルカニック・ウェーブ」
ライアが放った炎の波が兵士たちを炎で焼き払う。
「ぐっ!?こんな炎で殺られるものかッ!!」
「でしたら剣の刃でしたらどうですか?──秘技・煌翼一刀!」
最速の一刀が分厚いプレートメイルを切り裂き鮮血が飛び散る。仲間を斬られた兵士がリーフに斬りかかると、盾で受け止め押し返すと、開いた胸に蹴りを入れて吹き飛ばした。
炎に焼かれた兵士たちの注意がリーフの方へと向いている中、一人の兵士が爆発の中心にいたライアに斬りかかった。
「死ね化け物がッ!」
「……私、化け物違う──業覇爆炎掌」
振り抜かれた剣をかわして懐に潜り込んだライアは、掌に仕込まれた魔方陣を起動させ闘気と共に爆発を当てて兵士を吹き飛ばした。
帝国兵を殴りながら倒していたライアは一瞬自分の左目が疼き、頭の中に断片的ではあったが未来に起こる出来事が流れる。
一瞬の隙を付いて向かってきた兵士を裏拳で殴ると、一気にリーフの側にまで駆け抜ける。
「っと、どうされたのですかライア殿?」
「……リーフ、今一瞬嫌なもの見えた」
「嫌なものですか?」
リーフが盾で剣を受け止め切り返しながら話を聞いていると、ライアがコクンッとうなずいて見せた。ライアの魔眼が見せたと言うことはそれが起こることが高いということだ。
「わかりました。兵士を片付けたらすぐにでも向かいましょう」
「……ん。お願い」
いったい何が起こるというこか、未来をみることの出来ないリーフはただライアのその言葉を信じ一秒でも早くみんなのもとへと戻ることを考えるのであった。
みんなが各々の場所で戦いの決着を着けようとしていた頃グレストリアムと戦っていたスレイはと言うと……
「なるほどね、こんどはそう来たって訳かよ」
片膝を地面に着けながら額から流れ出た血を拭いとり視線をあげる。スレイの目に映るのはグレストリアム、そしてもう一人同じ顔の人物がそこにいる。
「おい小僧、俺を前にいつまでそんな情けない姿を晒す気だ?さっさと立て、でないと刻むぞ?」
そう目の前の男こそスレイの本当の師匠であり、ラーレの父ルクレイツア・ステロンその人であった。




