帝国兵の襲来
すみません、一週間開けてしまいました。
グレストリアムの力である空間固定能力は戦いの場ではかなりの危険な代物で、一度その視界に囚われてしまったならば動きと止められ、良いように嬲り殺されることは目に見えている。
それに捕まらないためにスレイが取った行動は至極簡単なことで、刻印を使って竜人化した身体を身体強化によって強化を施し身体能力を最大限にまで高めただけでなく、以前に戦った始まりの使徒グリムセリアとの戦いに負けてから、一から鍛え直すためにと常に自分の身体にグラビティーをつかい五十倍の重力による枷かけて生活をしていた。
両の手に握られている漆黒の直剣黒幻と純白の直剣白楼を真っ直ぐ真後ろに構えたスレイは、身体を前に倒しながら強く地面を蹴りあげ前へと踏み込むと、一直線に風が吹きあれ砂塵が巻き上がった。たった一度の踏み込みで目の前に現れたスレイは左右の剣をクロスを描くように振り上げる。
たった一瞬でスレイの接近を許したグレストリアムは、スレイのあまりの速度に驚きの顔を見せながらも、真下から振り上げられた剣を側に突き刺さっていた曲刀で受け流し、握り続けていたハンマーを片手で下から掬い上げるようにスレイの身体を狙って振るうが、そこでグレストリアムは不可思議な現象を目の当たりにした。
「なっ、なにっ!?」
確かにハンマーの一撃で捉えたはずのスレイの身体が歪み、まるで夏場の陽炎のごとき揺めきを残して消えてしまった。
「ボクはこっちにいるぞグレストリアム」
「────ッ!!こっんのぉ、俺を舐めるなぁあああああああああ――――――――――――ッ!!」
背後からの声を聞いたグレストリアムがまるでスレイに遊ばれているような感覚を味わいながら、身体を回転させ声を叫びながらスレイの声がした方へとハンマーを振り抜きスレイを捉えた。そう思ったグレストリアムだったがスレイが僅かに手を動かした瞬間に、降る抜かれたハンマーが細かな破片となって地面に崩れ落ちた。
「────なっ!?」
いったいどうなっているのか、グレストリアムは自分が今しがた目にした光景を思い返しながら、ただ一言思い付いた言葉が、あり得ない、だった。
ハンマーが振り抜かれると同時にスレイが手を動かしたそのときに、たった一瞬だけグレストリアムが捉えたのは三十にもおよぶ無数の斬撃の閃、そしてそれが霞むような無数の残影が残されていた。
「はっ、速い!残像が見えるほどに速いだとッ!!」
ハンマーの握りを投げ捨て曲刀を振るったグレストリアムだったが、振り抜かれた曲刀も瞬く間に斬り折られてしまう。五十倍もの重力の枷を外したスレイの動きは、もはや常人では目で追える速度を越える。
それは使徒であるグレストリアムでさえも例外ではなく、人の域を越えているその身体能力をもってしても気を抜いてしまえば足元を掬われてしまう。グレストリアムが神気で肉体を強化しながらスレイの剣を交わし続けていたが、確実にスレイの剣はグレストリアムのガードを抜けて迫ってくる。
「良いぜ、楽しくなってきた!!」
グレストリアムはもう空間固定能力は使わないことを決める。
その代わりにグレストリアムは自分のなかに存在している複数の力のうち、今の状況で使える純粋な力を使いこの人間を仕留めると心に誓いながら、グレストリアムは神気を使い元は別の使徒が持っていたとされている能力を解放するのだった。
高速で動きながら黒幻と白楼を振るっていたスレイは突如、自分の動きに着いてくるようになったグレストリアムを見て、神気を使って身体強化と同じようなことをしているのかとも思ったが、どうやら強化とは違い純粋に相手が速く動くようになったことに気がつき、さらにこの力の使い方には見覚えがあったのを思い出した。
「この感覚、確か力の使徒の………まさか、別の使徒の力を使えるのか?」
「正解さ。てめぇが初めて仕留めた使徒の力だ、見覚えがあっても当然だよなぁ!」
スレイの剣閃を掻い潜りながら懐に飛び込んだグレストリアムは、スレイの真後ろに交錯するように刺さっている双剣を掴み取ると、左に握る剣を真横に構えたその刀身に重ねるように右の剣を構える。
あの双剣はルクレイツアと一番相性が良いらしい剣で、ここであれを使うと言うことはそれなりに本気なのだと悟ったスレイは、もう一度地面を蹴りその場から消えるとグレストリアムの背後を取り決めにかかるが、それをグレストリアムは見ることもなく受け止める。
「昔教えた通りの背後からの奇襲。教えた通りだから分かりやすいんだよ」
「確かに師匠から教えてもらったことではあるけど、お前に教えてもらった訳じゃないんだよ!」
双剣で押し返したグレストリアムがその場で回転しながらスレイに斬りかかったが、剣が届くよりも先に動いたスレイは白楼を真っ直ぐ立てるように構えて受け止め、後ろに飛んで構えようとするとグレストリアムが双剣に神気を流し虚空を切り裂くと飛ぶ斬撃がスレイの元にまでやってくる。
「ッ!────風牙・乱激!!」
虚空を切り裂き暴風の魔力と闘気を纏った斬撃を放ったスレイ、二つの斬撃がぶつかり合いそして砂塵を巻き上げると、砂塵を突き破りながら真っ直ぐ切っ先を重ねながら突っ込んでくるグレストリアムを前に、虚空を斬り下ろされていた剣を引き戻したスレイが黒幻を水平に構えると、身体を回しながら後ろへと大きく引き絞る。
漆黒の刀身の黒と白の炎が宿ると、切っ先に灯った炎が竜の頭の形を取りそれに続くように炎が刀身に巻き付くのを見て、スレイは迫ってくるグレストリアムを迎え撃つために地面を蹴りながら技の名前を叫ぶ。
「───竜王激進撃ッ!!」
炎の竜を纏ったスレイの黒幻と神気を纏ったグレストリアムの双剣がぶつかり合い、三振りの剣の切っ先が重なりあった瞬間、黒幻からは炎の竜が飛び出し双剣からは神気の輝きが放たれる。二つの力がぶつかり合い、閃光が光ったかと思うと爆発を起こした。
爆風に煽られ後ろへと吹き飛ばされたスレイは地面に剣を突き刺しながら止まると、地面に突き刺した剣を抜いて構えグレストリアムを睨むと、同じように後方へと強制的に吹き飛ばされたグレストリアムが双剣を構えたそのとき、村から離れた場所からなにかが斬り結ぶ音や魔法を放つ音が聞こえてくることに気がついた。
「なにかが燃えてる?それにこの戦闘音………戦いの音からしてユフィたちだけど、闘ってる相手は使徒のそれじゃないのか?それに無数の鎧の擦れる音も聞こえてくる………いったい誰と闘ってるんだ?」
竜の聴覚が聞き取った遠く離れた場所でなにかが燃えている音と、それに紛れて聞こえてくる確かな戦いの音に顔をしかめているスレイはグレストリアムを見据えながら思考を巡らせる。
戦いの音から察するにユフィたちが闘っている相手は使徒ではないことは明白だが、いったい誰がこんばことを?何て考えるのは火を見るよりも明らかなことだろう。
今ユフィたちのいる場所、つまりは戦いの起きているすぐ近くにはレイネシアがいる。聖剣であるレイネシアと繋がっているおかげで離れすぎてさえしなければ、大まかではあるが知ることが出来る。
だがなぜこのタイミングでレイネシアを狙うのかがわからない。
「なんだ、ボウズ。ようやくあいつらの存在に気がついたのかよ?ハッ、まだまだってことかこりゃ」
「そういう意味だそれは………お前はいったいなにを知っているんだグレストリアム?」
「知っていると言えば知っているが……良いぜ、教えてやるよ。ここに帝国兵が攻め込んできているのさ。もちろんその狙いはお前が持っている聖剣だ」
「そんなことはわかっているさ。でもなぜ帝国の兵士がレネの居場所を知っているのかって聞いてるんだ!」
「そんなもん、俺が事前に帝国の奴らを抱き込んでたからに決まってるじゃねぇか。あの国の王に俺とイブライムがあのお方の使いとして信託を託しにきたと言ってここへ向かわせた。まぁ事前の計画じゃお前を殺してからってなってたんだがな」
「お前………なんの関係もない村の人を巻き込んだのか?」
「はっ、人が何人死のうが関係ねぇよ。どうせこの世界が滅ぶことに代わりねぇんだからからな」
「なんの関係もない人を戦いに巻き込むなッ!!────聖闇の連撃ッ!!」
黒幻と白楼に聖闇の業火を纏わせ駆け出したスレイ、それを迎え撃つべくグレストリアムが双剣に神気を纏わせる。四つの刃が斬り結ぶ度に激しい音が鳴り響くのであった。
時は少し遡り村の避難場所。
そこはかつて帝国が作った洞穴式の軍用施設で、興国の領地になってからは長い間国からも放置され魔物の巣になり封鎖されていたのだが、この村のギルドマスターのエンネアが買い取り魔物の駆除を行ってギルド保有の村の避難所として改築が施された。
本来は村の中に魔物が侵入してきたときのために作られた物だが、初めての使用が使徒との戦いになったとはこの設備を用意したエンネアにも想像できなかった事態だった。
避難所には村のギルドに所属している冒険者が数人と、村で狩人をしている老人が数人、そして最後に防具を身につけたエンネアと怪我で一時的に治療をするために戻ってきたラーレが不測の事態に備えるために入り口を固めていた。
冒険者や狩人それに怪我をしているがルクレイツアに鍛えられたラーレはわかるが、なんでこの場にギルドマスターのエンネアがいるのかと言うと、実はこのエンネア元はBランクにまで登り詰めた冒険者だったが所属していたパーティーが解散してからは新しくパーティーに所属するでもなく、ギルドの職員となり冒険者をやめて故郷であるこの村に戻ったと言う経歴の持ち主で、今回に限りエンネアも現役時代の装備で警護に当たることになったのだが、エンネアはラーレと共に周りの見回りと言う体でその場を離れていた。
避難所から離れた場所でエンネアは村の中であったことをラーレから聞かされていた。
「ラーレ、あんた………今の話は冗談とかじゃないんだろうね?」
「冗談なんかで言える話じゃねぇっての………親父か使徒とか言うバケモンになって襲ってきたんだ。そんで今はスレイたちが闘ってる。村の被害も全部使徒の仕業だ」
ラーレから村を襲撃した人物について聞かされたエンネアは、前にギルドの定例報告でとある町のギルドマスターから報告が上がった事件の内容を思い出していた。
「ジャルナの婆さんが言ってったのはこういうことだったのかい?だが本当にそんなもんが実在するとは………そんであの子らはまだ無事なのかい?」
「戦闘の音が聞こえるうちは平気なんじゃねぇか?ってかババア、あんた使徒ってのについてなにか知ってるのかよ」
「ババア言うんじゃないよバカ娘が!………ちょっと前にギルドの報告会議で議題に上がったんだが、他のギルドマスターは歯牙にもかけない与太話にしか思ってなかったみたいだったが、今じゃ聞いといて助かったと思ってるよ」
まさか自分の暮らしている場所でその使徒がやってくるとはさすがに思わなかったジャルナは、こんなことあるのかと笑っているとラーレがどこか不安そうな顔をしていることに気がついた。村のみんなの前では気丈に振る舞っていたが死んだと思っていた自分の父親が敵に身体を奪われ、つい先ほどその父と同じ顔をした敵に殺されかけたのだ。
ルクレイツアが死んだと聞いたときでもかなり荒れていた時期があったのに、使徒となって再びそれを十二歳の子供が不安にならないわけがないのにと、ジャルナは自分の考えの無さに頭をかきながら反省をしている。
「ラーレ。ここは良いからあんたはルクレイツアのところに行ってやりな」
「あぁ?何でだよ、オレはあいつに負けたんだ。だからスレイに殺らせるんだ」
「バカだねあんたはあんたがあいつの娘だって言うんなら、その最後をあいつの生きざまってやつをしっかりと見てやるのも娘の責任さ」
「あいつは親父じゃねぇ。敵だ。そんなやつの最後を見たってなにも──」
エンネアから顔をそらしているラーレだったが、あきれたように大きなため息を一つついたようエンネアはコツンとラーレの頭を小突いた。
「良いから行きな。これは提案じゃなくて命令だからね、でないと後悔するよ」
「ババアお得意の説教かよ」
「説教じゃなくて人生の先輩からの忠告さ。今ここで行かずに後悔したってこの後で時が戻る訳じゃない、それに親の最後を看取らないなんてのは親不孝者以外の何者でもないんだよ!今ここで行かないとあんたは一生後悔することになるんだ!それがわかったならさっさとお行き!」
「うぜぇな………だけど、あんがと。ちょっと行ってくる」
ラーレがユックリと村の方へと歩いて行く。
そんなラーレの後ろ姿を見送っているエンネアは、かつて自分も冒険者だった頃に体験した親の死とそれを看取ることの出来なかった後悔を、ラーレに味あわせたくなかった。
踵を返したエンネアが村のみんなのもとへと戻ろうとしたそのとき、真横から風を斬る音が鳴り響きそちらを見たエンネアは突然、二の腕と胸に焼けるような痛みが襲ってくる。
「ぐっ、あぁああああ―――――――――――――ッ!!」
「───ッ!ババア!おいっ!どうした!?」
痛みによって膝から崩れ落ちたエンネアは腕を抱えるようにうずくまると、エンネアの悲鳴にも似た叫び声を聞いたラーレが引き返してきた。
「あっ、あたし、のこと………はっ、いいから……あんたは、さっさと……行きな……ッ!」
「バカやろう!そんな状態のあんたを放って行けるか!!」
ラーレが叫びながら自分のポーチの中を漁っている横で、ジャルナは自分の様子を確かめるためにゆっくりと震える手で今なお痛みが走る二の腕と横胸に手を振れるた。
するとすぐき二の腕からなにかが生えていることに気がついた。
恐る恐るそれを視線に入れるために顔を上げたエンネアが見たのは、血を滴らせながら自分の二の腕に深々と突き刺さり、さらには腕を貫通して身体の中にまで届きかけている矢だった。
一瞬、件の使徒が矢を放ったのかとも考えていると、すぐ側の茂みが揺れ現れる。
バッとジャルナを庇うように立ったラーレは腰から曲刀を一本抜いて構えて警戒していると、茂みの奥から現れたのは全員が同じ形の鎧を着た兵士たちだった。
「なにもんだテメェら!なんでオレらに攻撃するんだ!答えやがれ!」
あの中の一人がエンネアに矢を撃ったのは一目瞭然、ラーレが曲刀の切っ先を向けながら叫んで警戒していると森の奥から黄金の鎧に身を包み馬に乗った男が出てくる。
その男にラーレは曲刀の切っ先を向けようとしていると、自分の後ろでハッと息を飲む音が聞こえてくる。前を警戒しながらラーレが後ろに見ると、エンネアが顔を引き散らせていることに気がついた。
「どうしたんだよ、あのおっさんのこと知ってるのか?」
「あんたねぇ、ちゃんと新聞読みなって毎日言ってるわよね?………あの男はベルゼルガー帝国の二十四代目皇帝ディグルス・フォン・ベルゼルガー。隣国の国王がなんでこんなところにいるのかしらね」
エンネアが額に汗を浮かび上がらせながらラーレに話していると、黄金の鎧に身を包んだ皇帝ディグルスは自分の前に膝をついた兵士の報告を聞いている。
「裏切り者どもは近くに我らが拠点に籠城しているようです。アレの有りかもそこである可能性が高いかと思われます」
「そうか。ならばその場を焼き払え。そうすれば売国奴どもも否応なく出ずにはいられぬ。それでも出てこぬと言うので有ればあ奴らを使っても構わぬ」
「ハッ!」
皇帝ディグルスと兵士──鎧の装飾が他と違うのでたぶん大将格だろう──が勝手に話を進めていくなか、村のみんなのいる場所が焼かれると聞いたラーレは怒りで全身の血が沸騰するかのような錯覚しながら、袖の中に隠し持っていたナイフを皇帝ディグルスに投てきしようとしたが、それよりも早く兵士の中から飛び出した一つの影がラーレを取り押さえそれを見たエンネアが叫ぶ。
「ラーレッ!」
「座っていろッ!!」
立ち上がりラーレの元に駆け寄ろうとしたエンネアだったが、背後から剣の柄頭で殴られ昏倒してしまう。
「ババア!ぐっ、こんのっ!離せぇえええ――――――――ッ!!」
腕を押さえられ曲刀も奪われたラーレはじたばたと暴れて拘束を振り払おうとしたが、相手位置取りがうまいく拘束が外れることはない。
「貴様!我らが皇帝陛下になんたることをする!!」
「うるせぇ!!テメェジジイ!皇帝だかなんだか知らねぇがじいちゃんばあちゃんに手を出すんじゃねぇ!」
「貴様ッ!これ以上陛下を侮辱するならば今この場でその首を切り落とすことも出きるぞ!」
「やってみやがれ!テメェらの鈍らでオレの首が斬れるんならな!」
ラーレの安っぽい挑発に怒りを露にした兵士が剣を抜き、ラーレの首を落とすために振るおうとしたが
「止めぬか!」
皇帝ディグルスの一言で兵士が動きを止めて向き直ると、馬上からこちらを見下ろしている皇帝ディグルスを見上げる形のラーレは、腕を拘束された状態で起き上がらされる。
「この亜人の娘とそこの女はあの売国奴どもと暮らしていた。人質としての価値は十二分にある。武器を奪い拘束した後そこへ向かう。余がつくまでにあ奴らの拘束するよう伝えろ」
「ハッ!」
皇帝ディグルスの指示でローブを着た兵士がなにかをしている横で、ラーレは曲刀とアイテムポーチを奪われた挙げ句両手に闘気と魔力を封じる犯罪者用の手枷を嵌められてしまった。
これでは逃げることも出来ないと悔しがるラーレの元に遠くからなにかが爆発する音と、ついで空へと黒煙が登っていくのを見る。
───みんな、どうか無事でいてくれッ!
自分の故郷の人たちのピンチに駆けつけられない悔しさでラーレの胸は一杯であった。
そしてラーレは悔しさのあまり下唇を血ににじむまで強く噛み締めるのであった。




