流麗の使徒
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ラーレへと迫り来るグレストリアムの大剣を左手で握る白楼で受け止めたスレイは、心の中で間に合ってよかった。そう思ってしまうほどあの瞬間は危なかった。
あと一秒でもウルクソリヴェとの戦いが長引いていたら、あと一歩でも転移魔法が間に合わなかったら、あと一瞬でも白楼を振るうのが遅れてしまったら、そんな感想を抱いてしまうほどまでに切迫した瞬間を思い出しながらスレイはウルクソリヴェの大剣を押し返した。
「ほぉ、こいつを押し返したか」
「これくらいは、造作もないよっ!」
後ろに身を引きながら両手で構えられたグレストリアムの大剣、それに向かい合うように構えられたスレイの白楼、睨みあった両者は言葉ではなく剣の刃を交わしあった。一瞬で距離を積めた二人の剣は打ち合うごとに火花を散らし付かず離れずの距離で斬り合っている。
「───はぁあああッ!!」
大剣が上からの切り下ろし白楼の細身の刀身がそれを受け流し懐へと潜り込んだスレイが、水平に構えた白楼の切っ先をグレストリアムに突き立てるべく引き伸ばす。
「甘めぇよ!」
それを察したグレストリアムは付き出された白楼の刀身を裏拳で払い除けると、剣を払われたことで出来た腹部の隙に鋭い膝蹴りを受ける寸前に身を捻りながら自分の膝で蹴りを相殺する。
だが次の瞬間、横から振るわれた大剣の刀身がスレイの横に切り払ったが、地面を強く蹴り背面飛びの要領で剣をかわし、地面に手を付きそのまま後ろに飛ぶようにしながらグレストリアムから距離を取った。
「ちょっと見ねぇ間にずいぶんとやるようになったなぁボウズ。これも俺と一緒にやった修練の賜物ってかな」
「黙れよグレストリアム。次に師匠との思い出をその口で語りやがったら刻むぞ?」
「言うじゃねぇか。しかしボウズ。なんでてめぇ右手を使わねぇんだ?………いや使えねぇのか。てめぇウルクソリヴェとの戦いで右腕を潰したな」
グレストリアムのその指摘は実際には大当たりであった。スレイの右手はウルクソリヴェとの一騎討ちでの技の打ち合いの際に引き分けることは出来たものの、あのまま戦いを続けていればスレイが負けていてもおかしくない引き分け、いいや実際には負けていた時のことを思い出した。
スレイとウルクソリヴェの一撃がぶつかり合い轟音と共に土煙が上がると、その中から弾き出されるように何かが二つ飛び出してきた。二人の一騎討ちを離れたところで見ていたリーフは、飛び出してきた一つを見るとそれはスレイが握ってた黒幻だった。上空へと放り投げられた黒幻は空中で回転しながら弧を描き地面に突き刺さった。そしてもう一つは案の定スレイだった。
「───グッ!?」
吹き飛ばされたスレイは地面へと身体を強く打ち付けると、そのまま地面を滑り仰向けで倒れていた。
「スレイ殿!」
倒れているスレイの元へと駆け寄ったリーフは、スレイを抱き起こしポーチの中からポーションを取り出しスレイに飲ませようとしたが、目を開けたスレイはそれを拒否して立ち上がった。
「なにをしているのですか!早くポーションを」
「リーフ、ボクの後ろにいてくれよ」
リーフを自分の背中で庇うように立ち左手で白楼を鞘から抜き、土煙の立ち込める方へと向ける。
「スレイ殿、何を」
「悪いリーフ、ちょっとあいつのことを見誤ってた」
どう言うこと?そう思ったリーフは全身を駆け抜ける程の殺気を一身に浴びバッと視線を向けると、そこには胸に大きな裂傷を負ったウルクソリヴェの姿であった。
「──────っ!?」
向き合っているだけで、その殺気をこの身に受けるだけで振るえるほどの相手に、リーフは思わず身を守るために剣を抜いてしまったが、すぐにその行動が無意味であると悟った。
目の前にいるのは紛れもなく怪物、そんな相手に武器を抜くなど死を意味する他ない、そのはずなのにウルクソリヴェは剣を抜くリーフには一切眼もくれず、スレイの方へと視線を向けていた。
「あのお方より使徒として見いだされてからはや数百年。これほどまでの傷を負わされたのは初めてだ。お前、名はなんと言う?」
「………スレイ、スレイ・アルファスタ」
「覚えておこう。そして次まみえるときはこの傷の礼と共に決着を着けよう、我とお前どちらが最強たりえるのかを」
それだけを言い残すとウルクソリヴェは背中の翼を広げてどこかへと飛び去っていった。それと同時にスレイは地面を膝を付きだらりと下がった右腕を押さえながら顔を青く染め、額には尋常ではないほどの大粒の汗がにじみ出てしまっている。
「どうされたのですか!まさかなにか大ケガでも!?」
「あぁ。実は、さっきの打ち合いで腕の骨を砕かれて………我慢してたけどさすがにもう限界──エクス・ヒーリング」
まくり上げられたそれから覗いたのはズタズタに引き裂かれたように血を流した腕であったが、これは内部から血が吹き出したのだと察したリーフは、いったいどんな衝撃が与えられたらこんな傷を負うのか、あの使徒と次戦うときに自分たちは勝てるのか、そう思えてしまった。
結局スレイの治癒魔法では完治までは難しく、どうにか傷ついた血管と神経、それに砕かれた骨を繋ぐことくらいで、ほとんどの筋肉組織はズタズタに千切れているままだ。
あとは竜の治癒能力にかけてこの場に来ているのだが、完全に治癒するまではあと数分か十分近くかかってしまうとスレイは践んでいる。
「俺は良いぜ、お前が回復するまで待ってやってもよ」
「良いですよ傷が治るまで待ってもらわなくてもさ」
グレストリアムに対してそう言い放ったスレイは両腕に存在する聖竜と暗黒竜、二つの竜の刻印を同時に発動させ全身に広がる刻印を右腕に集める。
するとピクリとも動かなかった右腕が動き、そしてゆっくりと黒幻の柄に延びていき抜き放つと光をも切り裂きかねない漆黒の刀身がその姿を表した。
これがスレイの答えだ。
ただ目の前の使徒を殺す、そのためであったらこの身が朽ち果てようとも構いはしない。
その頃、ユフィとラピスのペアはキーアベルの戦いはとても静かでありながらも、キーアベルの握るレイピアから放たれる一閃はまるで流星のごとき美しき線を描き、軽やかな足裁きは舞台の上を踊る舞姫を沸騰させ鳴り響く剣劇の音や吹き荒れる魔法の輝きさえも、この場を彩る一つへと変わってゆく。
そんな場で戦いを繰り広げられる戦いの場で、ユフィとラピスはキーアベルの戦いかたに疑問を抱かずにはいられなくなっていた。
「うふふふっ、あなたもとてもいい動きをするようになったわねフリューレア。でもまだまだ私を捉えるまでには至っていないわよ!」
「だからなんだと言うのですか!」
ラピスの振るう二振りの短剣から放たれる目にも止まらぬ連激を、キーアベルは涼しい顔をしながらかわしレイピアの切っ先で弾き、そして細身の刀身によって受け流される。
実はこのはまだ誰にも話していないどころか、当のラピスでさえも忘れていたことだなのだが、実はラピスの戦い方の元となっている動きは今目の前に対峙すりキーアベルの動きが元となっている。
神の命を受け地上に降りる際に多少の戦い方をしる必要があったラピスに、キーアベルが自身の動きを教えたのだがそれは地上に降り前に消し去られ、今の今まで忘れていた記憶であった。
つまりキーアベルはラピスとっての師であり、目の前で突きつけられた圧倒的なまでに卓越した剣捌き足捌き、そしてそれら全てを合わせたキーアベルの実力にラピスは自分の未熟さを痛感させられる一方で、ラピスはどうしてかは分からないがキーアベルが自分に何かを伝えようとしているのではないか?そう感じてしまった。
それを感じ取っていたのはなにもラピスだけでなくユフィもキーアベルの不可解な行動に、もしかしたらなにかがあるのではないか、そう考えてしまいながらもこのまま戦うよりも一度この戦いを中断させ話をした方がいいかもしれない。
そう考えたユフィは杖に魔方陣を描きながらラピスに指示を出す。
「ラピスちゃん!建て直すから一回後ろに下がって!」
「分かりましたわ!」
ラピスが短剣を振り抜くと見せかけて弾くべく振るわれるキーアベルのレイピアの刀身をくぐらせ、そして真上へと弾き飛ばした。さすがにこれには驚いたのかキーアベルが僅かに目を見開いたが、冷静に次へと対処しようとしたその時、キーアベルは自分の回りに突如として現れた無数の魔方陣を見て驚いた。
「不味いわね」
「逃がさないよ!──プリズン・オブ・コキュートス!!」
下半身、次いで両腕に背中の翼までを凍らされたキーアベルは、全身に神気を纏い氷を割ろうとしたが、氷結魔法のなかでも最上位の位置に存在している地獄の氷風とも呼ばれるコキュートスは、使徒の胆力をもってしても割れることはなく、スレイの業火でしか溶かすことも出来ない。
さらにそこにユフィは、無数のアタック・シェルに三体のガンナー・シェルと、使い捨てのストライク・シェルを展開しキーアベルを取り囲んだ。
「弱りましたね。もともと力では他の使徒よりも劣る私ですから、この氷は砕けませんし全く動けませんね」
「そうなるように拘束しましたからねぇ~。さて、キーアベルさんでしたっけ?あなたがここに来た目的………うんん。多分だけどあなたとあの金剛の使徒ウルクソリヴェさんも何か事情があってここに来たはずです。その理由について私たちに話してください」
「ユフィさまもやっぱりお気づきでしたか?」
キーアベルち直接戦っていたラピスも、やはりキーアベルの戦いかたがどこかおかしいことに気がついていたらしく、そう返していると今度こそ本当に驚いているのか楽しそうな笑みを浮かべたキーアベルが顔に笑みを浮かべる。
「あら、あらあら。ユフィでしたっけ?それにフリューレアも、どうしてそう思うのかお姉さんにお話ししてくれないかしら?」
キーアベルの見た目はまさに美人のお姉さんと言っても過言ではない。さらに身に纏っている雰囲気からしてその言葉がまさにぴったりな気がするが、律儀に呼ぶのはなぜだか癪に触るため絶対に呼ばないっと思ったユフィは、キーアベルのことを無視して話をする。
「まずはスレイくんとリーフさんが戦っていたってウルクソリヴェ、たぶんじゃなくて本当にこっちに向かってきているのにも関わらずちゃんと二人の気配があるってことは二人とも生きてる。にも関わらず使徒がそれを見逃すなんてあり得るの?」
「そしてもう一つ、キーアベル。あなたがわたくしとユフィさま、二人を相手にしながらも全く攻撃に転じず守るだけ、あなたは時間を稼いでいたように見てとれました。あなたはいったいなにをまっているのでずか?」
ユフィとラピスが自分たちの思ったことを告げると、キーアベルはニコヤかな笑みを浮かべながら拍手を送っている。
「いいところを付いてるわね~。でもそれじゃない。私がここにいる理由はあなたたちがグレストリアムを、出来ることならイブライムを滅ぼすのを見届ける。その役割をあのお方からおおせつかったら、かしらね?」
「なんで神が自身で産み出した使徒を滅ぼされるのを望んでいるの?」
「あの二人がわたくしと同じように心を得てイレギュラーを起こしているのですか?」
「ねぇフリューレア、あら。ごめんなさいね、今のあなたはフリューレアではなくラピスでしたね」
あまり使徒であったときの名前で呼ばれるのはいやなのか、ラピスが険しい顔をしているとキーアベルがわざとらしく謝って見せる。
「さてラピス。元使徒であるあなたに聞きますが、私たち使徒があのお方より禁止されていることはなにかわかるかしら?」
「覚えているはずがありません。わたくしの使徒であったときの記憶の大半は、地上へと降りる際にあのお方によって消されています。覚えているはずありません」
「そうでしたね。一つはあのお方に逆らうこと、そしてもう一つ、使徒が使徒の力を奪い取りそして取り込むことよ。それをイブライムは二度も禁を犯しました。一度目はあなたに自身の力を与え、二度目は自身に様々な使徒の力を取り込み力を増しました」
力を与え、さらには他の力を奪ったイブライムを神は切り捨てることを選んだ。
神が人を使って自分の害となる人を殺すべくユキヤやアカネを使っていたと同じようなことを、こんどはユフィたちを使って自分に仇なそうとしたイブライムを消し去るべくこの場を用意したのだ。
「それじゃあ、ルクレイツアさん………グレストリアムを殺そうとするのはなぜ?」
「あれを処分する理由もイブライムが原因としか言えないわね。自分に他の使徒の力を移植する実験に彼を使ってね」
「つまりは、あのグレストリアムに複数の使徒の力がある、そういうことですか?」
「えぇ。元は空間を自由に操作する力を持つ使徒なんだけどね。今はどれだけの力が使えるのか想像もできないわ」
こうもあっさりと使徒の情報を流すとは、本当にあの二人を殺して欲しいのだと思っているとキーアベルが急に愚痴り出す。
「全くいい加減にして欲しいわ。イブライムのせいで天界は大騒ぎ、私のような直接的な戦いに不利な使徒まで送り出される始末なんだから」
「つまり、他の使徒もイブライムの側についた。そういうことですか?」
「さぁ、そこまでは言えないわ」
感じんなところはぼかすのか、そう思っている。
「誰でも良いから早く始末して欲しいわ」
キーアベルがそうぼやくと急にこの場所に使徒の気配が現れる。
「おやおや、それはひどいことを言いますねぇ~キーアベル?」
上空から聞こえてきた声にユフィ、ラピス、キーアベルの三人が反応するがそこには誰もいないが、次の瞬間に現れた気配を追って全員がそちらを見る。
「全くもってひどい話ですねぇ。ただ私は力を求めただけなのに、なぜそれを否定しあのお方は私を殺そうとするのか?いやはや、全く理解できませんねぇ」
「あなたも知っているはずです。私たち使徒が複数の力をその身に取り込むと暴走を引き起こす、だからあのお方が禁止なさっているのです」
「そう。だが私は成功しました。暴走もせず取り込んだ力を我が物とした」
「だからあなたは危険なのです!」
キーアベルが睨み付けるとイブライムは、くっくっくっと小さく笑って見せる。
「まって、あなたを足止めをしていたライアちゃんとノクトちゃんはどうしたの?」
「あの二人が心配ですか?安心なさい、ちゃんと生きています、ウルクソリヴェさえこなければ私のこの手で始末できましたが、残念です」
「イブライム、あなたはなにをするつもりですか?なんのために他の使徒の力を奪うのですか?」
「おや、あのお方を裏切ったくせに気になるのですかフリューレア」
「わたくしもこの地上で生きる人です。この世界に仇なすのであれば倒す、それだけです」
「おやおやそうですか。っといっても、私にはただスレイ・アルファスタを殺すために力を集めただけですし、この世界などどうでもいいのですけどねぇ~」
この使徒は信用ならない。
ユフィとラピスはそう思い少しだけ身体を強ばらせると、イブライムはパンッと手を叩いた。
「そうだそうだ。決めました、今決めましたよ。私のやること、神を殺しこの世界だけでなく人という種のいる全ての世界の掌握する、なんてどうでしょうか?」
イブライムのまさかの返答にユフィとラピスだけでなくキーアベルでさえも言葉をなくした。
「なにをいっているのですかイブライム!全ての世界を掌握?バカな!世界の跳躍など、一使徒に出来るはずがありません!」
「あぁ。今の私では不可能だが、あのお方の力を取り込むことが出来れば………いや、あるいは始まりの使徒であり神に近しい全能の力を持つグリムセリア、あの方の力を奪いさえ出来ればいいのだが、それには力がまだ足りない。だからあなたの力をいただきますよキーアベルさん」
するとイブライムが姿を消す。
ユフィたちが気配を探ろうとしたそのとき、ドスンっとなにかが刺さるような音が聞こえる。
「こちらですよ」
「ぐふっ!?」
「キーアベルさん!このっ!」
氷に包まれたキーアベルの胸元に手刀を突き刺したイブライムを見て、空中に停滞していたシェルが反応を示さなかったことからスレイの転移魔法と同じか、そう思ったユフィはまだキーアベルを殺させる訳にはいかないため、魔法でイブライムを攻撃しようとしがそれよりも先にラピスが動いた。
「イブライムッ!貴様ァアアアアアアア―――――――――ッ!!」
身を屈めるようにしながら走りだしたラピスの周りにはどす黒いオーラが纏い付く。
「なに、あれ………ラピスちゃん!ダメッ!!」
どす黒いオーラはラピスの短剣の刀身に纏わりつくと、まるでリーフの闘気による斬激を放った。
「おや。これは不味いですねぇ」
イブライムは斬激が届くよりも先にキーアベルの身体から手を引き抜くと、ラピスの放った斬激に手をかざしそのオーラを吸いとった。
「なっ、なにを………?」
オーラを纏ったラピスの口からこぼれだした声を嘲笑うかのように、イブライムは口を大きくつり上げ恍惚とした顔をしながら小さく息を吐いたのだ。
「あぁ~、いい、実にいい殺意だったよフリューレア。さぁ、預けていた私の神気、返していただきますよ。ついでにあなたの命もいただきましょうか」
「なっ───ッァアアアアアア――――――――――――――――ッ!!」
ラピスの前へと現れたイブライムは、驚きの声を露にしたラピスの額に手を当てるとラピスの身体からあふれでる黒いオーラが流れ出ていく。
「らっ、ラピスちゃん!!」
「ユフィ!私の氷をすぐに解きなさい!ラピスを助けます!」
名前を呼ばれてハッとしたユフィは、氷のなかで動けないでいるキーアベルをみる。
使徒の力ならばもしかすると、そう思ったユフィだったが本当にそれでいいのかと一瞬考える。
「速くしなさい!ラピスが死にますよッ!」
「─────────ッ!!」
キーアベルの言うとおり、このままではラピスが危ない。
「わかった!でも変な動きをしたら今度はあなたでも殺すから」
「それで構いません!」
ラピスを助けるためキーアベルの氷を解くために業火の炎を使い氷を解くと、キーアベルが翼を広げながらレイピアの切っ先をラピスとベクターへと突きつけようとする。
「イブライム!その手を離しなさい!」
「おっと、危ないですねぇ~」
突撃をかましたキーアベルの姿を見たベクターは力を奪っていたラピスの頭を掴むと、力なくぐったりとしているラピスをキーアベルに向かって投げる。
「くっ!?」
ラピスを投げられた咄嗟にレイピアを消したキーアベルは受け止めるようにラピスを抱き締めた瞬間、ベクターが一瞬でキーアベルの真横に現れると二人を蹴り飛ばした。
「おやおや、ダメだねぇ~全く。戦場で武器を捨てるとは」
「ひっ、卑怯な!」
「卑怯結構。戦場でそんなもの気にしている暇はありませんからねぇ」
ベクターがダブルブレードを握り切っ先をキーアベルに突き刺そうとしたそのとき、無数の魔方陣を展開したシェルがベクターを捉える。
「これは不味そうだ」
「逃がさないよ!───ブレイジング・ドラゴラム!アース・ドラゴラム!ライトニング・ドラゴラム!アクア・ドラゴラム!テンペスター・ドラゴラム!」
小型のシェルが複数機集まり巨大な一つの魔方陣を構築すると、そこから炎、雷、水、風、土の五つの属性の魔力によって作られた五体の竜が現れる。
「そんな物で私が倒せると思っているのかな?」
「まだまだっ!───セインティア・ドラゴラム!ダークネス・ドラゴラム!」
そこにユフィはさらに光と闇の竜を作り出すと、七体の竜はイブライムの元に飛来するかと思いきや上空へと飛び去る。
なにをする?そう思ったイブライムが上へと振り替えるっと、真上に登った七つの竜が上空で光の球体へと変化する。
「徐は旅人を導く星の輝き 七つの光を持ってして悪しき力を正しき道へと導かん 七星の輝きよ大地へ降り注げ──グランシャリオッ!!」
詠唱から放たれた七色の魔法の光は迷わずイブライムを撃ち抜いたのだが、イブライムは涼しい顔をしながら魔法の中から出てきた。
「あっ、あれは………レーゼスの魔力反射?」
「いい力ですねこれは。奪っておいて正解でしたよ」
ギリッと奥歯を噛み締めたユフィだったが、後ろから誰かがくるのを感じとる。
「ユフィ殿!ラピス殿!お待たせしました!!」
「……さっきはよくも!」
「お返しです!」
闘気と纏った翡翠を脇に抱えるように構えたリーフと、炎の魔石の力を使い闘気を流したライア、魔方陣を描いた杖を構えたノクトが魔法を放った。
「切り裂かれなさい!───煌翼一刀ッ!!」
「……撃ち抜く!──炎竜爪仭覇ッ!!」
「援護します!──ブースト・アクセル!」
真上から振り下ろした斬激と炎の爪激、それを魔法によって増幅させると二つの力が合わさり合い強い爆発を引き起こしたが、イブライムはその中から悠然と出てきた。
そしてイブライムのその姿を見てユフィとノクトは言葉をなくした。
「そっ、そんな!あれって、力の使徒の………」
「再生能力のブースト。なんでベクターがっ!?」
ズタズタに切り裂かれたイブライムの身体がみるみるうちに再生されていく。
「これはまさか、あのお方が保存していた使徒の力!?それまでも奪っていたのですか!」
「これだけでないさ。今の私はお前たちが戦ってきた全ての使徒の力を持っているのだが、ふむ。どうやら取り込んだ力に身体がついていけていないようだな」
そう言うとイブライムは左手を掲げて見せると、指先からボロボロと崩れて光となって消えていく。
指先だけでなく身体のいたるところからボロボロと崩壊しかかっているイブライムを見て、ユフィたちは勝機とみて一斉に攻撃を仕掛けようとしたがユフィたちの身体は動かない。
「なっ、なんで!?」
「身体が、動きません!」
「……私もムリ」
身体強化で筋力を上げて渾身の力を込めているはずのユフィ、ノクト、ラピスだけでなく、闘気による筋力増加を行っているリーフや基礎の身体能力が高い竜人であるライアでさえも動けない。
「凄いでしょう。時間停止能力ですよ。それでは皆さんさようなら………あぁそうそう。この力ですけど私が消えれば解除されます、そうしたらすぐに聖剣の娘の元に急ぐことをおすすめしますよ。」
そう言い残してイブライムがどこかへと消えると、時間停止の力が解除されたのかユフィたちが力なく地面に座りこむと、無やしそうに地面にうつむいていた。
「ベクターが消える前に言ったこと、レネになにかが起こるとでもいうのでしょうか」
「そう、としか言えません………ライアさま、レネはたしか今」
「……村の避難所にいる」
「………キーアベルさん。あなたたち以外にこの村に他の使徒が来ているってことはありますか?」
ユフィがキーアベルの方を見ながらそう訊ねると、同じように座っているキーアベルが小さく首を横に降って否定した。
「いませんよ。ここには私たちしかいないわ」
使徒の言葉を信じていいのか、聞いてしまった手前信じないわけには行かないが、判断しかねてしまったユフィたちだったがその言葉を肯定する人がいた。
『キーアベルの言うことは本当のようです』
ユフィたちだったが一斉に声のした方に振り向くと、どうやらノクトの胸元にある神結晶の中にいたアストライアが顔を出したようだ。
「あらあらアストライアさま。お久しぶりですね。ずいぶんと透き通ったお身体になってしまったみたいで」
『あなたたちに力と肉体、それに記憶などを奪われてしまいしまたからからね。まぁこの身体も自由があっていいですけど』
「そうなんですね。さて。あなたたち、こんなところでもたもたしていてもいいのかしら?」
キーアベルのその言葉にユフィはハッとすると、みんなの視線がレイネシアのいる場所を知っているはずのライアとラピスの方に視線を向ける。
「ライアさん、ラピスさん。レネちゃんのいる場所に案内をお願いします!」
「……ん。こっち、来て!」
ユフィたちがレイネシアの元へ急ぐためライアの先導の元へと走り出すと、キーアベルがラピスに声をかける。
「フリューレア、ちょっと待ちなさい」
名前を呼ばれて立ち止まったラピスはみんなに先に行くように言ってその場に残る。
「なんでしょうかキーアベル」
「ひとつだけ聞かせてもらえないかしら。あなたは今は幸せ?」
なんで行きなりそんな質問をとラピスは思ったが、自分の思いに素直に答えようと思った。
「えぇ………わたくしは今、とても幸せです。スレイさまに命を懸けて救っていただき、姉さまの気持ちを受け取りわたくしはここにいるのですから………何があってもみなさまと一緒に世界で一番幸せな女になると決めましたから!」
「あら、その世界滅ぼそうとしている使徒を前にしてよく言うわね」
「えぇ。ですからわたくしなりの宣戦布告です。絶対にこの世界を守り抜くと」
ラピスの真っ直ぐな答えに対してキーアベルが小さく笑みをこぼした。
「そうなの。それならお姉さんからのアドバイスよフリューレア。自分の中の殺意から逃げずに立ち向かいなさい」
「それは、ヴェイレンハルトに対しての………ですか?」
「そうとも言えるし、違うとも言えるわね。ただ言えるのはグレストリアムとあなたの愛しの旦那さんの戦いをしっかりとその目でみておきなさい。そうすれば私の言った意味がわかるはずよ」
ラピスはキーアベルの目をしっかりと見てから頭を下げる。
「キーアベル。天界にいた頃、姉さまと共に戦いを教えてくれたあなたに感謝を」
感謝の言葉を言い残したラピスはユフィたちを追って走り出した。
遠ざかっていくラピスの背中を見送ったキーアベルは自分の胸に手を当てると、ドスンっと背後に何かが落ちる音がした。
「なんだ。泣いているのか?」
「泣いていませんが、感慨深い気持ちではあります。亡き盟友ベルティーナの妹のあの姿を見てしまってわね………ところでウルクソリヴェ?あなたその胸の傷はなに?」
「その件の妹の男に付けられた傷だ。強く勇ましい若者であったよ。久方振りの我の中に流れる野生の血が騒いでしまった」
「あなたの場合は野生ではなく、武人としての血でしょ?」
「どちらでもよい。さぁ我は先に天界へと戻る。スレイ・アルファスタとの再戦のため鍛え直さねばなるまい」
「ならば私はせめてこの戦いだけでも見ていくわ。グレストリアムの最後を確認しなければあのお方に申し開きもできないわ」
「勝手にしろ」
ウルクソリヴェが天界へと帰還し、キーアベルは翼を広げ空へと飛び上がる。




