新たな希望
おぞましいレーゼスの姿を茫然と眺めていたスレイとユキヤは、ゆっくりとレーゼスが動き始めたのを見て身構えた。すると真上へと聖剣と融合した右腕を天高く掲げると、不気味に脈打つ聖剣の刀身より深紅と漆黒の神気がほとばしるのを見て、スレイは小さく口元をひきつらせながら近くで同じように茫然としているユキヤに話しかけた。
「おいユキヤ。なんだかかなり不味そうな気配を感じるんだけど………」
「言うんじゃねぇよ!」
そう、こう言うのは言ったら言ったで確実に起こってしまうと相場が決まっている。元日本人でオタク気質だったユキヤはその危険性を十分に理解し、同じくオタク気質のスレイも知っていたからこそついつい言ってみてしまった………つまりは確信犯だったりする。
振り下ろされた聖剣から禍々しい神気の斬激がスレイとユキヤ、更に後方にいるユフィとアカネ、それにヴァルミリアをも狙って放たれる。だが、それの射線上に立ちふさがったスレイとユキヤはそれぞれの方法で神気の斬激を迎え撃っていた。
スレイはノヴァ・ヘリオースで、ユキヤは魔剣の闇の斬激で迎え撃つ。三つの力が拮抗しせめぎ会っているなか、スレイとユキヤはこうなった責任を押し付けあっていた。
「てめぇがいらんフラグを建てるせいでこんなことになったんだぞ!責任取りやがれッ!つぅーかこうなったんならまずは謝罪しやがれ!」
「あいつが真上に剣を構えた時点でこうなることは分かってただろ!そんなわけでボクのせいじゃない!だから違うから謝る気はな───ッ!ヤバッ!?」
突然拮抗していた力が傾いたことにいち早く気がついたスレイが顔をそちらに向けた瞬間、神気の斬激を消し去ったレーゼスが聖剣と融合した右腕を垂直に構えながら突激してきたのだ。そしてヘリオースと闇の斬激に力を送り続けていた二人は、あのままでは自分たちの攻撃で街を破壊しかねないので力を止めるために一瞬の隙が出来てしまったのだ。
その一瞬の隙に距離を積めてきたレーゼスは白楼に手を伸ばそうとしていたスレイに聖剣で切る付けると、引き伸ばしていた手を戻して咄嗟に黒幻を滑り込まして受け止めたのだが、黒幻と聖剣が重なった瞬間に伝わってくる力の衝撃は、もはや先程までのレーゼスの胆力を遥かに凌いでいた。
「グガァアアアアア―――――――――――――ッ!!」
「レーゼス、お前見た目だけじゃなくて中身まで化け物になったのかよ?」
人の言葉すら話せなくなったらしいレーゼスだったが、剣の使い方だけはしっかりと覚えているらしく腕と一体化した聖剣を巧みに操りながら執着にスレイにばかり狙いを定める。
「ヒロ!──チィッ!野郎、嫌らしい立ち位置を取りやがってッ!!」
レーゼスはユキヤがスレイを援護できないようにわざと攻撃の間合にスレイを被せている。
そのためスレイを援護しながら同時に攻撃を仕掛けようとしたユキヤは下手に斬りかかれない。
そしてそれはユキヤだけでなく後方で戦いを見守っていたユフィとアカネも、レーゼスの変化を見てなにもしずにはいられなかったので、ユフィが魔法をアカネが鋼糸付きのクナイを取り出し援護しようとしたが出来なかった。
「ダメ、これじゃあスレイくんを巻き込んじゃう!」
「私のクナイも届きそうにはないわね………ユフィ、あいつに攻撃するなら私たちもあそこにいくしかないわ」
あの戦闘に加わる?ユフィが一瞬戦いの場の中央に視線を向ける。
今のレーゼスの速度ではユフィの魔法で正確には狙うことはかなり至難の技であり、仮にレーゼスを捉えるために速度を上げれな命中率が下がり、命中率を上げようとしたらば今度は速度が下がってしまう。
ならば広域魔法によってスピードをカバーすれば言いと思うが、範囲を広く取れば今度は同士討ちになってしまう恐れがあるのだ。
いくつかの方法を考えてみたが魔法での援護を加えたところで、レーゼス避けられてしまえば逆にスレイを危険にさらしてしまうかもしれない。
「ううん………スレイくんを、二人を信じよアカネ」
「………そうね。私たちが行っても足手まといでしかないわよね」
アカネの場合は得意技のクナイと鋼糸を使ったトラップは、設置をするのは可能だがクナイの投擲では届かないのと、あんなに近くにいてはスレイを巻き込みかねない。ならば小太刀による接近戦闘はかなりのリスクが大きいだけでなく、小太刀でレーゼスを傷付けるかと聞かれれば否としか答えられなかった。
今のレーゼスと言う使徒はユフィとアカネにとってはこれほどまでに相性の悪いのだ。だから、今の二人はスレイとユキヤ勝つことをただ信じるしかできない。
上段からの振り下ろしを受け流し、斜め上への切り返しを受け止めながら小さく飛び上がり身体に伝わる衝撃を逃がしそこから更にステップで後ろに飛び体勢を建て直そうとしたしたスレイ、そこを狙われ真上から振り下ろされた聖剣の一撃を剣を真横に構えて受け止める。
「クッ!?」
振り下ろされた剣による強い衝撃を受けたスレイは、ここで負けるわけにはいかないと両足でしっかりと踏ん張っていた。
聖剣との鬩ぎ合いにより火花を散らしている黒幻の中からウィルナーシュの声が聞こえてくる。
『小僧!今はその聖剣に長く触れるでない!意識が飲み込まれるぞ!!』
「はっ?何を言って──」
こんな状態で突然話しかけてきたと思ったら、訳のわからないことを言い出したウィルナーシュに向かって言い返そうとしたその時だった。
───待ってたよ
いつか聞こえた声がスレイの頭の中に聞こえる。
「またあの声が……」
言葉を口にした瞬間意識がまるで底無しの沼の中にでも沈んでいくかのような感覚に陥ると、レーゼス口元をニヤリとつり上げながらの鬩ぎ合っていたスレイの黒幻を押し返すと、切り返す刃でスレイの首を落とすべく振り抜かれる。
「ぐっ、しま」
抗いきれない睡魔のようなものがスレイを遅い身体の反応が遅れる。そのままじゃヤバいと思いながらも、意識はどんどん闇の中へと引き込まれていく。
「避けろヒロ!」
聖剣の刃がスレイに迫りが本人がピクリとも動こうとしない姿を見てユキヤが叫んでしまった。
すぐ目の前にまで迫っていることに気付かないスレイだったが、突然身体がピクリと動き真横に構えた黒幻の刃が聖剣を受け止めていた。
「クソッ!間に合わなかったか!」
その声はスレイの物ではない。
白い髪が黒く染まり蒼い瞳は朱く染まっていた。
「刻印を使ったのか?だがなにかおかしい」
良くはわからないが、スレイのはずなのにスレイではないと感が訴えかけてくる。
スレイががレーゼスの聖剣を弾き返すと口を開きブレスを地面に放ったのを見て、あいつ……ついに人をやめたか?っと、ユキヤの顔が引きつっていると、舞い上がった土煙を目眩ましに使い転移魔法を使用してユキヤの側に転移した。
「魔王の小僧!」
「あぁ!?てめぇ、ヒロじゃねぇのか?………その声は確か、ウィルナーシュだったな、なぜヒロの中にいやがる?」
「そんなことよりも、聖剣の儀が始まった。その意味をお主は知っておるな?」
───儀が始まった。
その言葉の意味を瞬時に理解したユキヤは、やっぱりかと心のなかでそう思いながらスレイのことをみて納得した。
今のスレイはあの聖剣のなかに意識を捕らわれている。
つまりは魂のない脱け殻になっていることに気がついたウィルナーシュが、刻印越しで意識の無いスレイの身体に意識を一時的にだが憑依させ動かしている。だがウィルナーシュにとってこれはヴァルミリアとの約束を違うことなのでやりたくないことだが、仕方がないが理由がしっかりあった。
スレイの魂は捕らわれたがまだ死んではいない、だが、肉体を失えば魂の変える場所がなくなり本当に死んでしまうので緊急措置として仕方がなかった。
「はっ、だったら、長くても十数分………いや、聖剣があの状況じゃいつ戻って来るかはわからねぇな………」
状況を理解したユキヤがこれであいつに勝てると、覚心にも似た感想を思い浮かべている。
「おい、ウェルナーシュ。ちょっとばかしあいつが戻って来るまでの時間稼ぎと、帰る肉体を守るのを手伝えよ」
「言われずとも、あの小僧は我がこの世に舞い戻るのに必要だからな、みすみす殺すことはせぬさ。………だがまぁ無茶な戦いになるゆえ、数日の筋肉痛くらいは我慢してもらうとするがな」
ユキヤが魔剣を鞘に収めながらウィルナーシュを見ると、かつて自身より切り離された腕にあった爪より鍛えられた黒幻の刀身を見ながらそう話していると、そんな二人の横に一人の女性が並び立った。
「私も回復しましたので微力ながら力を貸しましょう」
「ほぉ、小娘、お前剣を使えたのか?」
「えぇ。昔レオンから指導を受けたことがありますし、この剣の素材は私の爪です。剣の記憶を読み取ればスレイの剣技を模倣するくらいは造作もありません」
剣から記憶を読み取りそれを模倣するなど、かなりとんでもないことなのだがそれをさも当然のように言っている辺りはさすがは伝説の聖竜だと思ったユキヤは、レーゼスのことを警戒しながら手の中に収まっている魔剣に視線を落とす。
「エンジュ。全力での力の行使はあと何回が限界だ?」
『きょうはあと二かいまでがげんかいだとエンジュはお伝えしますとうさま』
「そうか………どうした、エンジュ。心配か?」
『はい、とエンジュはお伝えします』
これは珍しいなっとユキヤが考えていると、その意志を感じ取ったのかエンジュが答える。
『……あのこはエンジュにとってしまいのようなもの、それにエンジュと同じくいしを持とうとしていました。だからわかるのです、とってもくるしんでいることが』
エンジュが言わんとすることはよくわかるユキヤは、触れることのできないエンジュの頭の代わりに魔剣の刀身を撫でながらソッと語りかける。
「安心しろエンジュ。お前の姉妹は必ずあいつが助け出すさ。だからエンジュはあいつがお前の姉妹を助けて戻ってくるのを信じて待っててやれ」
『…………はい………はい!とうさま!』
エンジュの元気のいい返事を聞いたユキヤは刻印にありったけの魔力を流し込むと、吹き荒れる闇の力を身体に纏うと頭部に生えた角の形が変化し耳がとがり、顔や破れた服のしたから露出した素肌を覆うように黒いアザのような模様が浮き上がると、レーゼスがユキヤの力に気づいたのか叫びながらユキヤの元へと向かっていく。
「グガァアアアアア―――――――――――――――――ッ!」
「先に行きます」
「送れるなよ小僧!」
「言われずともわかっている!───スズネ!桜木!今は時間を稼ぐ!お前たちも手伝え!!」
レーゼスに切りかかりに行くなかユキヤは遥か後方で足手まといにならないようにと待機していたユフィとアカネに向かって叫びかける。
ユキヤに名前を呼ばれただけでなく理由もわからず、レーゼスを倒すのではなく何かの時間を稼ぐために手を貸せといわれ困惑していると、レーゼスの聖剣を受け止めているユキヤが捲し立てるかのように言葉を続ける。
「レーゼスを完全に倒すにはあいつが戻ってくるまで時間を稼ぐしかねぇ!一人でも多くの手がいるんだ!さっさとこっちに来い!」
レーゼスを倒すために時間を稼ぐ、そのために力が必要だというのなら力を貸すのはやぶさかではないのだが、あいつとはいったい誰のことだろうとユフィが持っていると、スレイの中に入ったウィルナーシュがユフィに向かって叫んだ。
「小娘!小僧を殺したくないのなら早くしろ!!」
スレイの顔をしたウェルナーシュから小娘と呼ばれたユフィが一瞬ギョットしたが、すぐに声が違うことに気がついた。
「スレイくん?じゃなかったよね………その声ってウェルナーシュ?」
「なんで………まさか、そう言うことなの?」
一度、これと同じことを体験しているアカネはすぐに何かを察してユフィに声をかける。
「ユフィ、私たちも行くわよ」
「でも、なんで?」
「説明はあとよ。でないと早くしないと私もあなたもここにいるみんなが死ぬわ。それでもいいの?」
みんなが死ぬ。
それを聞いたユフィはキュッと口を結び、杖を手に取りながら空間収納から無数のアタック・シェルとガード・シェル、ガンナー・シェル、そして新型で使い捨て刀剣型シェル ストライク・シェルを起動させる。
「行けるよ、アカネ」
「ふっ、やっぱりあんたはそうじゃないとね。行くわよユフィ」
ユフィとアカネがユキヤたちの元へと走ると同時にその場にたどり着いた人物がいた。
「おっ、なんか化け物みたいなのがいるな?」
その声を聞いたユフィはハッとしてそちらを見ると、漆黒の剣を携えたフリードと秒針のような槍を構えたジュリア、そして巨大な戦斧を握ったクレイアルラの三人を見つけると同時にレーゼスの攻撃を交わしていたウィルナーシュも三人のことに気がつき、その中から感じた凄まじい力を目で追うと、その力の元凶たるフリードの握る暴龍の剣を見て目を見開くとすぐにニヤリと口元をつり上げる。
「フリードの坊主!バハムートの力はまだ使えるか!!」
「おぉっ?スレイ、じゃなさそうだな………誰だお前?」
目の前に振るわれた聖剣を竜人の目で見切りかわしながら、もはや何度目かわからないやりとりに若干嫌気が指してきたウィルナーシュは叫ぶ、
「どうでもよかろうそんなことッ!それよりもどうなのだ!使えるのか!使えぬのか!!」
「えっ!?いや、まぁあと一回は可能だが………ってかなんなのお前!?」
困惑しているフリードを差し置いてウィルナーシュがフリードと、今度はその後ろにいるジュリアとクレイアルラに叫ぶ。
「なら小僧が戻るまでは使うな!タイミングは我が伝える!それまではこいつを攻撃しろ!エルフと精霊使いの小娘もだ!」
「なんでしょう、スレイの顔をしているのにものすごく腹が立ちますね」
「あとでお説教かしら?」
本人の預かり知らぬところで説教が確定したスレイ、なんともあわれなことだったがウィルナーシュには関係がないことだ
ユキヤとフリード、それにヴァルミリアとスレイの肉体を使っているウィルナーシュがレーゼスに切りかかり、戦闘の合間合間にアカネがクナイと鋼糸でレーゼスを拘束、その間にユフィのストライク・シェルによる特効と全シェルの一斉攻撃と、クレイアルラの精霊魔法を受ける。
だがレーゼスも負けじと反撃をするものの、負ったばかりの怪我だけでなく、失った闘気と魔力はジュリアのクロノスの力で即座に数分前の状態へと回復されるが、それは敵も同じだった。
いくら攻撃をしても即座に回復するのは使徒の力なのか、生半可な攻撃ではダメージにはならず、致命傷になりうる攻撃はその分隙も大きいのだ。
白楼でレーゼスの剣を受け流したヴァルミリアは、レーゼスの肉塊のような腕をかわし肩で息をしていた。
「出来ればあと数人、手数が欲しいですね」
「それだったら、あと少しでうちのミーニャとリーフちゃんが来ますよ………ついでにゾーイも連れてね」
「足手まといの間違いだろ、そりゃあ」
ユキヤの冷静なツッコミにユフィはゾーイに失礼かもしれなかったがそうおもっていた。
「マリーだけでも来てくれれば」
クレイアルラがそう呟くと、まるで示し会わせたかのように声が聞こえる。
「ルラァ~、私のことぉ~、呼んだかしらぁ~」
「お母さん!?」
緊張感という言葉をどこかへと置き去りにしてきたかのようなマリーの声を聞いて、ユフィが思わず間の抜けた声を出して驚いてしまった。
「ごめんなさいねぇ~。怪我をした人たちの治療してたら遅くなっちゃったわぁ~」
「マリー!こっち来て手伝って!」
「はぁ~い!」
前衛にマリーも増えてどうにか立て直すが、ここに来るまでにみんなかなりの戦闘を繰り広げていたせいで限界が近い。そんな中でユキヤは魔剣を構えながら、未だに戻ってこない親友に向けて心の中でこう叫んだ。
───おいヒロ、てめぇさっさと戻ってきやがれ。でねぇとマジでもう持たねぇからな




