人と使徒の戦い ③
空から降り注いだ膨大な光の柱、人が神を地へと落とすべく造り出した太陽の一撃。これを受けたならば例え使徒であったとしても無事では済まないのは、初めて戦った力の使徒で明らかになっている。だから大丈夫、スレイとユキヤの中にはそんな曖昧な感情が心の中にあった。
だから、光の柱がその魔力を十分に残したまま急速に光を消し去り消えていったとき、二人は無言のままその光景を眺めながら、二人は無意識にその手に握られている黒幻と魔剣 ルナ・ティルカに力を込めていた。
スレイはユキヤを、ユキヤはスレイを、お互いがお互いの顔を見合うと二人は同時に喉を鳴らして生唾を飲み下した。それはこれからも起こるであろう更なる死闘に対しての緊張からか、はたまた消えかかっていたはずの使徒の気配が膨れ上がりあの場所からでもわかるほどをプレッシャーを感じるからか……それは誰にもわからないが、その時が刻一刻と近付いてくる。
二人はそれが解き放たれるそのときを待ち光が完全に消えた瞬間、膨大なプレッシャーが解き放たれたと同時にスレイは後ろへユキヤは前へと同時に地面を蹴った。
「十秒で戻る。任せたぞ、ユキヤ!エンジュちゃん!」
「言われるまでもねぇよ。ただし一秒でも遅れやがったら使徒を殺る前にてめぇをぶっ殺してやるからな!」
かなり物騒な台詞を吐かれたスレイだったが、このプレッシャーを浴びせられながら僅か十秒だけでも持ちこたえてもらえるのならありがたい。
地面を蹴ったスレイは一直線に地面に突き刺さったまま佇んでいる白の剣、白楼を目指して走り出し、ユキヤは魔剣を両手で握りしめ斜め下に構えながら使徒へと飛び込んでいく。
「先手必勝だ──斬激の型・改 夢想幻影斬・天音!」
使徒へと近付いたと同時に無数の分身を造り出したユキヤは同時に魔剣を振り抜こうとしたその時、ムチのような何かが鋭く放たれユキヤの分身体を打ち消しながら迫ってくるそれに、本物のユキヤはと言うと技を出す寸前に身体をよじり魔剣でそれを受け止めたところで、自分を払い除けようとしてきたものの正体を見ることになった。
「なっ、こいつは竜の尻尾か!?」
ユキヤの目の前にいた使徒は、スレイの竜人の姿とは違いどちらかと言えばリザードマンの姿に近かったが、全身から感じるプレッシャーからやはり使徒だということは明白だった。
力強い尻尾の払い除けを受けて弾き飛ばされたユキヤだったが、ただで殺られるわけにはいかないと思いながら魔剣の刃を返して、使徒の尻尾を切り飛ばそうとしたが刃がわずかに食い込むだけでなかなか斬れそうになかった。
「クソが!斬れねぇ!?」
「一度引いて体制を立て直せユキヤ!」
その声を聞いたユキヤは尻尾の払い除けを受け止めていた足を浮かして、勢いを受け入れながら後ろに飛ぶとそこに入るようにやって来た声の主、スレイは業火を纏ったを構えながら使徒に向かっていったのを見ながら、もう一度使徒を斬るために魔剣を構えようとしたとき。
「一緒にいくぞ、合わせろよユキヤ!──聖闇の連激!!」
「遅れて来やがって俺に命令するな!──突きの型 炎陽華!!」
漆黒と純白の輝きを織り混ぜた二つの炎を纏った二振りの剣を大きく降りぶったスレイと、魔剣を握る手を大きく引き絞り炎のような揺らめく刀身に手を添えたユキヤが同時に走り出した。
使徒を切り裂くべく振るわれた二振りの剣と一振りの魔剣が使徒を捉えようとしたその瞬間、スレイとユキヤの前に小さな光の球体が現れその球体が破裂し爆発を起こした。
「グハッ!?」
「グッ!!」
突然の爆発によってはねのけられたスレイとユキヤだったが、とっさに自分の前にシールドを張ったことでなんを逃れた。
特にダメージもなく立ち上がることのできた二人は、剣を構えながらようやくその全体像が見えた竜の使徒のことを睨み付けながらゆっくりと口を開いた。
「お前は、フィグマレースなのか?それともレーゼスなのか?」
『俺はレーゼスだ』
「てめぇ、昆虫型の使徒だったんじゃねぇのかよ?完全に竜じゃねぇかその姿はよぉ」
『簡単なことだ。それは俺がフィグマレースを取り込んだ………いや、正確には死にかけていたフィグマレースのコアを俺のコアと融合させて新たに生まれ変わった姿とでも言おうか』
全身を震わすほどのプレッシャーがスレイとユキヤを襲ったが、二人の顔には絶望や恐怖ではなくただ目の前にいる強敵に対して、心のそこから感じるのは戦いに対する純粋なまでの好奇心と歓喜だった。本当ならばこんなときにそんな感情を抱いてしまっている時点でおかしいのかもしれないが、一剣士としては世界最強の剣とそれを担う勇者の血を引きついだ使徒との戦いだ、これで嬉々を現さなければ一体なんだと言うのだろうか。
「最高だよなユキヤ。勇者の血を引いた人間に憑依した使徒が更なる力を手に入れたって言ってるぜ?」
「あぁ。本当に最高な気分だぜヒロ。あのクソ野郎を勝手に逃がしやがった使徒と、聖剣を奪い取った使徒をまとめていっぺんに殺せるんだからな」
竜の力と悪魔の力を解放すると、それに対抗するかのように勇猛の使徒 レーゼスが神気を解放すると二人と一柱の立っている中心に力がぶつかり合っていた。
それは少し時を遡りユフィたちがみんなのところへと向かおうとしていたとき、ラピスたちと想像の使徒 ヴェイレンハルトとの戦いは思わぬ展開へと発展していた。
ヴェイレンハルトの力によって産み出された無数の使徒や、今までに見たこともないような魔物、そして奇妙な形をした生き物なのか、はたまた物体なのかもよくはわからない不気味な物までも想像によって産み出しラピスたちを襲わせていた。
その中でヴェイレンハルトによって創造された使徒であっても、オリジナルの使徒と同等の力を持って現れてはいたが、オリジナルとは違いコアがないせいか、はたまたヴェイレンハルトの悪ふざけかは分からないが、どんなに弱い攻撃でも、例えほんの少しだけ剣の切っ先がかすっただけでも使徒たちが倒せるのは唯一の救いだ。
「こう多ければきりがない!──アイスアロー!」
「例えそうだとしても、倒せぬ相手ではないでござるよ!──桜花真瞑流 桜舞い」
レティシアが拳を振り上げる力の使徒に向かって氷の矢を、朱鷺芽が高速の動きと共に迫り来る記憶の使徒に向かってまるで舞いを踊るかのような動きから繰り出される剣戟で打ち倒すと、二人は次の使徒へと向かう前に一瞬だけラピスの方へと視線を向ける。
「ほらほら、フリューレア!僕の妹だったらこれくらいは出来なきゃね!」
「黙りなさい!あなたなんか………あなたなんか!わたくしの姉さまではありません!!」
火花を散らし合いながら斬り結ばれる円形の刃と細身ではあるがしっかりと鍛えられたレイピア。
ラピスが戦っている相手、それは前回の襲撃の際に神を裏切り最後には心を持ったラピスへ祝福を与えて消えていった創造の使徒 ベルティーナだった。
至近距離で斬り結んでいるラピスとベルティーナ。片方は怒りを片方は笑顔と全く正反対な表情をしながら斬りあっている二人は、
「ひどいなぁ~。僕はこんなにも君のことを想って、命まで使ってあげたって言うのにさ」
「それはあなたではありません。姉さまは、姉さまは今もここでわたくしのことを見てくれている!」
例え二度と眼には見えなくても、例え二度と声が聞こえなかったとしても、短剣へと込められたベルティーナの心は、想いは、気持ちは、決して消えることなく存在し続ける。
だから、例え想像によって産み出された姿だとしても、例え目に前にいる彼女が本物と同じ生きた存在だったとしても、今のラピスにとって目の前にいるベルティーナは偽りの者だとわかっている。
ラピスはチャクラムを大降りで振り上げると、ベルティーナは横にステップでかわして腕を振り上げられたことで出来たその場所に潜り込むと、大きく振り絞ったレイピアの切っ先を煌めかせる。
「残念だったねフリューレア。君はこれで終わりだ。あのお方を裏切った報いだと想って死になさい」
「えぇ。やはりあなたは偽物ですね」
ラピスの喉元にその刃を突き立てようとした瞬間、キィーンっと甲高い音が鳴り響いた。
「おやっ?まさか、これはさすがの僕でも予想外だったよ」
ベルティーナのレイピアの切っ先はラピスの握るチャクラムによって受け止められていた。
先程の分かりやすいまでの大降りはこのために仕掛けた物、それはベルティーナに急所をさらして狙わせるための布石だったことに気がついたベルティーナだったが、この場所ではもうなにをやっても間に合わないことを悟った。
「消えなさい!」
引き戻しながら振るわれるチャクラムの一閃はベルティーナの首を切り裂き、傷口から溢れだした血が飛び散りながらラピスの顔を汚した。
「カハッ──ふふふっ、ひどいなぁ~フリューレア………いや、ラピス。僕のことを斬るなんてさ」
「うるさい………黙れ!姉さまの顔で、姉さまの声で、姉さまの姿でわたくの名前を呼ぶな!!」
目尻に大粒の涙を貯めながらベルティーナを切り伏せたラピスだった。
「おぉ~!いやさぁ~、すごいねぇ~フリューレア~。まさかまさかのベルティーナを斬っちゃうなんてさぁ~!いやぁ~、情け容赦のないその斬りっぷり、感服ものだねぇ~」
「ヴェイレンハルトッ!!───うぁああああああ――――――――――ッ!!」
ヴェイレンハルトの言葉を聞き叫び声を上げながら、神気と魔力を纏わせたチャクラムを投擲したラピス。
投げられたチャクラムは風を斬りならヴェイレンハルトに向かって投擲されると、ヴェイレンハルトは手を掲げたと同時に目の前に現れた無数の人の顔が埋め込められた不気味な壁を造り出した。今さらそんなもので止めれはしないチャクラムは壁に埋め込められた顔ごと切り裂いた。すると壁に埋め込まれた無数の顔が呻き声を、自分たちを傷付けたラピスに対する怨念を、まるで呪詛のような言葉に頭が、心が壊れそうになった。
「ヴェイレンハルト、お前はこんな悪趣味なことを!」
「悪趣味とは失礼な。これは立派な芸術さ!僕の創造によって作り出される芸術、人の言葉を借りるならばアートとでも言うのだろうが、違ったかな?」
次に現れた使徒の剣閃が煌めくとラピスは両手のチャクラムを重ねて受け止めようとしたが、受け止めた刃がチャクラムを切り裂きラピスまでも切り裂こうとしたそれを、間に入った刃が受け止めさらにもう一つの刃がその使徒を切り伏せると、刃を止めた人物がラピスを抱き抱え三人は後ろに下がった。
「くっ、お離しください!トキメさま!」
「ダメでござる!今のラピス殿は頭に血が登り過ぎて回りが見えてはござらぬゆえ、少々強引でしたが止めさせてもらったでござるよ!」
「えぇかげんにせぬかラピス!どうしてそこまで荒れておるのじゃ!」
「黙れ!わたしはあいつを、姉さまを侮辱したヴェイレンハルトを殺すのよ!邪魔をしないで………邪魔をするなら、あなたたちから!」
ラピスが叫ぶと同時に白銀の中にどす黒い緋色の混ざったオーラを放ち、近くにいたレティシアと朱鷺芽を吹き飛ばすと、赤黒く偏食した神気のオーラを纏ったラピスは形見の短剣と蒼の短剣を抜き、今や無数の使徒だけでなく様々な、魔物や幻想的な生き物を産み出し続けるヴェイレンハルトの元へと走り出したのだった。
ラピスの神気のオーラによって吹き飛ばされたレティシアと朱鷺芽は、自分の上に乗っていた瓦礫をどかしながらどうにか立ち上がろうとしたときだった。
「んなっ、なんなのじゃ、これは!?」
「くっ………この感情はいったい………なんで、ござるか?」
身体中に纏わり付いて離れようとしないどす黒いオーラからは、まるで頭の中へと流れ込んでくるかのようヴェイレンハルトに対してのおぞましいほどの殺意や怨嗟の言葉が伝わってくる。
レティシアと朱鷺芽はどうにか振り払おうと意識を強く持とうとしたが、いくら否定しようとしても、いくらそれを拒もうとしても頭の中で延々と聞こえてくるとヴェイレンハルトへの怨嗟の言葉が聞こえ、心の中を多い尽くそうとして来る殺意がそれを許さない。
「こっ、これは………ラピスの、心の中の感情なにか………のぉ?」
「そうでござろうな………おぞましいまでの殺意、いやそれ意外にもなにかを感じるでござるが、拙者にわかるのはそれまででござるよ」
おぞましい感情の渦に飲み込まれそうなった二人は頭を押さえながら膝をつくと、これをどうにか晴らそうとしたのだが、頭の中で囁かれ続ける恩讐の念の言葉を降りきれそうになった。
ダメだと思いながら、薄れ行く意識の中でレティシアと朱鷺芽は無謀にも無数の使徒の中へと飛び込んでいくラピスの後ろ姿を見たその時、あの赤黒い神気のオーラがまるで死神か悪魔のような形を取っているのを見て、二人はゆっくりとまぶたを下ろし意識を失ったのだった。
使徒たちの合間を抜けてヴェイレンハルトのもとに近づいたラピスは、赤黒く偏食した神気を短剣に纏わせ斬りつけると、ヴェイレンハルトは短剣の一撃を紙一重でかわしていく。
「やめなよフリューレア。私は戦闘向きの使徒じゃないんだからぁ~、それに真体だって弱いから君とは戦いたくないのよねぇ~」
「ならば大人しく斬られなさい!」
「それは嫌なんだぞ」
「このっ!人のことをおちょくって」
コロコロと表情と口調を変えながらもラピスの攻撃をかわし続けるヴェイレンハルトに、ラピスの怒りは最高潮へと達しようとしていた。
奥歯を強く噛み締めたラピスは、相討ち覚悟でも懐へと飛び込み短剣の切っ先を突き刺そうとしたが、それはヴェイレンハルトの手によって止められてしまった。
「うんうん。いいねぇ~。フリューレア。君はまだ気づいていないみたいだから教えてあげるよ。今の君、ただの人間じゃなくて半使徒化しちゃってるんだよ」
「なにをいって───っ!」
「おや、気が付いたみたいだね。大方ベルティーナの力を受け継いだあの女神に頼んで、人と同じ身体に作り替えられたみたいだけど、神気を捨てなかったのは愚策だったね。君の神気はイブライムの神気が混ざっているから、そんなものを人の君が使えばそうなるのも無理はないさ」
その話を聞いてラピスは冷静さを取り戻そうとしていた。自分の神気による使徒化ならばまだ大丈夫だが、あの時イブライムによって分け与えられた神気には、スレイに対する殺意が込められていたため、今回ラピスがヴェイレンハルトに向けた殺意に反応しての使徒化ということは、ラピスは今はイブライムの分体に近い存在になりかけているのだ。
その事実を改めて理解したラピスは先程、自分がやってしまったことを思いだし身を震わせ、よろめきながら短剣を取りこぼしてしまった。
カランっと音を立てて地面に落とされた短剣を拾おうともせず、ラピスは地面に膝をつき自分の顔を両の手で覆ってうつむいた。
「いや………わたし、わたくしは………違う!」
「違わないよ。君は人になろうとしたけど、実際は使徒なんだよ。ほら見てみなよ。あそこで転がっている人を、君の神気がやったんだよ。君だって本当は人などと言う下等な生き物を殺したいと思ってるんだ。だから何とも思わずにあの人どもに神気を使ったんだ」
「ちが………う、わたしは、わたくしは………そんなこと」
頭を抱えながらヴェイレンハルトの言葉を否定し続けるラピスだったが、少しずつ確実にラピスの中で眠っていたイブライムの殺意の神気の覚醒、それによる使徒化の様子を見ながらヴェイレンハルトは腹のそこから込み上げてくる笑いを必死に隠そうとしながらも、面白いことを思い付いた
「あぁ。愛しき妹よ。可愛そうに、苦しいんだよね。心なんて物を持ってしまったから」
「やっ、やめ………なさい!姉さまの………姿を、使うな!」
苦しんでいるラピスに優しく手を差しのべたのは、ヴェイレンハルトが想像によって産み出したベルティーナの幻影だった。
「君は否定するけど、僕はこうして存在しているんだ。僕は僕さ、偽物なんかじゃない」
「そっ、それは………」
否定の言葉を紡ごうとしたラピスだったが、その言葉を言う前に幻影のベルティーナによって抱き締められる。
「もう大丈夫だ。君を苦しませたりはしない。だからもう抗うのなんてやめて、心を捨てさって僕たちの元に帰ってくるんだ。そうすればその苦しみから抜け出せる」
「ねっ、姉………さま」
ポツリとラピスの目尻から一粒の滴が滴り落ちる。
これでラピスは落ちた、そう思い口許を吊り上げたヴェイレンハルトだったが、それを良しとしない人たちがその誘いに待ったの声をかけた。
「……ラピスから離れて!───紅蓮爆炎爪!」
「絶対に連れてはいかせません!───レイジング・イーグル!」
放たれた炎の攻撃がヴェイレンハルトを光の鷹がベルティーナをそれぞれ襲いかかると、直撃を避けるために二体の使徒がラピスから離れると、ラピスの前に二人の少女が立っていた。
後書きというか注釈を一つ。
想像の使徒ヴェイレンハルトの性格が定まっていないのは、自分の意思で性格をいくつも産み出しているからです。




