長い戦い
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アルメイア王国との戦いを初めてからすでに一時間弱が経過しようとしている。冒険者としての仕事柄、普段から魔物との戦いで長時間の戦闘には慣れているスレイたちとは違い、あまり戦うこと事態に慣れていないミーニャは少しずつ息が上がってきていた。
三ヶ月前、マルグリット魔法国で精霊と契約して精霊魔法を使えることが出来るようになり両親や兄、先生と共に戦うことが出来るかも知れない、そう思っていたミーニャだったが本当の戦場とはどういう場所なのかを改めて理解した。所々から感じる肌を指すような殺気に至るところから漂ってくる血の臭い。
『「はぁ、はぁ、はぁ………っ」』
バクン、バクンと速く鼓動し続ける心臓、今まで自分自身で目を背けてきていた命のやり取りを行う戦場にいることを強く実感したミーニャは、自分が本当にこんな場所に立っていていもいのか分からなくなっていると、ハッとしたその瞬間に盗賊の凶刃がミーニャに迫っていく。
「あぁああああ――――――――――ッ!」
『「クッ!?」』
自身に振り下ろされようとしている刃を見てミーニャは、ウィンディーネの精霊武装となっている弓を構えようとしたがすでにこの距離では間に合わない。
「死ねぇえええええ―――――――――――――――ッ!!」
身の毛もよだつような殺気を一心に浴びながらミーニャは恐怖から目を閉じてしまう。
もうダメだ。
そう思った次の瞬間に雷鳴が鳴り響いたと同時に、目を開けたミーニャの目前に胸元を大きくはだけさせた着物と、黄金色の髪に身の丈を超す巨大な戦斧を両手で握ったクレイアルラだった。
『「せっ、先生──」』
『「ミーニャ・アルファスタ!戦うこと覚悟がないならこの場から立ち去りなさい!」』
クレイアルラのその言葉がミーニャの心を激しく揺さぶりをかける。動揺するミーニャを横目にクレイアルラは巨大な戦斧を真上に掲げ、刃から発生する雷撃で傭兵たちを牽制しながらミーニャに叫びかける。
『「あなたは人を守るために私から魔法を学び、そして誰かを助けるために一度は戦うと決めて私から精霊を受け取った!違いますか!」』
数ヵ月前の戦いでの覚悟を問われたときのミーニャは答える代わりに態度で示した。だが今のミーニャにはそのときの覚悟が見えないのだ
『「ミーニャ、私はあなたに戦うための力を与えた。ですが覚悟がない者には何も守れるはずがない!覚悟を決めなさい!今この場で戦うか、なにもせずに逃げるか!」』
『「────ッ!?」』
逃げるか、そう聞かれたミーニャは激しくその言葉を否定したかった。
なぜなら今のミーニャにはマルグリット魔法国でアルメイア王国の支配から、自分を逃がして必ず戦争を終わらせてほしいと託してくれた友人たちの想いを背負っているからだ。そんなみんなの想いに答えるためにも、ミーニャはこの場から逃げることは出来ない………いいや、何があっても許されないのだ。
──パチィン!
ミーニャは強く自分の頬を叩いて気合いを入れ直すと、もう迷わない!そう強い意思と覚悟を決めながらブレスレットに装着された緑色の精霊石に手を触れながら詠唱を始める。
『「──風の精霊よ 我が身と共に 精霊憑依 シルフ!」』
青いドレスから緑色のマントを纏った姿に変わったミーニャは、その手に握られている精霊武装のレイピアに風の魔力をためる。
ミーニャが覚悟を決めたのを見たクレイアルラは小さく口元に笑みを浮かべていると、傭兵の一人がクレイアルラの張っている雷撃の檻を突破するべく自身の身体に雷撃を纏いながら突破した。それを見て追撃するために戦斧を構えようとした瞬間、クレイアルラの視界の端で銀色の閃が煌めき盗賊を突き飛ばした。
『「ハァアアアアア―――――――――――――ッ!!」』
真っ直ぐとレイピアを構えるミーニャの姿はとても美しくみえ、それと同時に始めての契約の際にどうしてあれだけシルフと同調して戦えたのか、その理由がわかっクレイアルラは精霊憑依を静かに解いた。
「なるほど、ミーニャは風との相性………いいえ、この場合は風に愛されている。そう言った方がいいのでしょうね」
風に乗り風を纏い、まるで風と一体になったようにな戦うミーニャ。もしも冒険者であったならば疾風の二つ名が与えられているかもしれない。
そんなことを考えながらクレイアルラはそっと紫に輝く精霊石に触れるのだった。
ミーニャとクレイアルラから離れた場所ではジュリアとマリー、それにヴァルミリアの母親三人?組が共に戦っていた。
「ふふふっ、ルラったらミーニャちゃんの先生と言うよりもお母さんみたいね」
「それは普通はクレイアルラではなく、あなたのやるべきことなのではないのですかジュリア?」
「そうなのだけど、ルラにとっては私もあの子も娘のようなものだからね」
「そうよねぇ~。ところでぇ~、ジュリアはぁ~、本当にルラとフリードを結婚させる気なのぉ~?」
「ルラがその気ならね。さすがに嫌がってるのを無理やり、なんてことしないわよ?」
「あら、男とは女を組伏せることを好むと聞きましたが、違うのですか?」
なんだかヴァルミリアがとんでもないことをカミングアウトしている気がする。そしてジュリアとマリーが驚きというよりも、まさかという顔をして固まっていた。
「ミリアさん?もしかしてマリアちゃんとてそうして出来た子供とか?」
「何をいっているのですか?ただの人間や竜が私にそのようなことをしようものなら──こうなりますよ」
ヴァルミリアが背後から斬りかかってきた傭兵の腕を掴むとそのまま捻り強く引っ張る。すると傭兵の腕からミチミチミチッと音を鳴らしながら、ブチッと傭兵の男の肩から腕がちぎれ大量の血飛沫と断末魔が鳴り響いた。
そんな中でヴァルミリアは顔にかかった血を拭っているのを見て、ジュリアとマリーは小さな声で話し合っていた。
「まぁ、確かにミリアさんって竜だし伝説の聖竜だから簡単に組伏せれるはずもないわよね?」
「そうよねぇ~。でもぉ~、やっぱりマリアちゃんのお父さんって誰なのかしらぁ~。気になるわぁ~」
まるで井戸端会議をしている昼下がりのマダムたちのようだが、これだけは言わしていただきたい。ここは戦場だ、そんな買い物帰りの主婦たちの用な会話やめて欲しい、そう傭兵たちは思いながらも会話に夢中の三人に傷一つ付けられない事実に、もしも生き残れたらこんな仕事は引退して堅気の仕事に付こうと考えていた。
少し離れたところではラピスとレティシア、そして朱鷺芽の三人が戦っていたのだが、剣術と魔法を合わせて使うラピスとレティシア、剣術のみで戦う朱鷺芽。意外なことかもしれないがこの三人、組ませると中々に相性が良かったりもする。
速度を重視した高速の戦闘を得意とする朱鷺芽が前衛を、流れるような動きから繰り出される剣戟と魔法を併せ持つラピスは近中距離戦闘を、レティシアは魔法を使っての後衛をしながら打ち漏らしを剣戟で撃退する。
こうして三人はお互いの距離で戦いながらもお互いがお互いの背中を守りあっていた。
高速の戦闘を行っている朱鷺芽はだんだんと減っていく傭兵たちを見ながら、一度呼吸を整えるために動きを止めて周りを取り囲んでいる傭兵たちを警戒していると、突然傭兵たちが引いていくのに不振を覚えた。
「なんでござるか、これは?」
「傭兵たちが引いていったな。引くときに誰も倒れた者を救おうとしなかったしのぉ。まぁ金ほしさに集まった者共に結束などはありゃせんか」
「レティシアさま、以外と世知辛いですね。……しかしながこれは少々妙だとしか思えませんね」
「そうでござるな」
取り囲んでいた傭兵たちが引いていったためラピスたちは合流して、もしたら弓矢かスレイの魔道銃みたいな物でどこかから狙っているのかもしれない、そう思い周りを確認しているが感じられるのは建物の中に隠れているのであろう住民の気配だけだった。
だがこれは何かある、そう思ったラピスたちは自分たちが倒した傭兵の一人くらいは生きているのでは?そう考えたが周りに転がっているのは事切れた死体ばかり。こんなことなら傭兵たちを皆殺しにはせずに何人かくらいは残しておけばよかったと思っていると、前で戦っていたはずのスレイとユキヤが上空に飛んでいき、さらにその後ろからフリードたちが走ってくるのだった。
それは突然のことだった。
今まで戦っていた騎士や冒険者たちがどういうわけか唐突に倒れていた仲間を担ぐと、いきなり引いていったのだ。それを見てウルスラは頭をかきながら小さく呟いた。
「おいおい、どういうことだこりゃ?」
「うむ。何やら怪しいが倒した者は連れていかれてしまったか。私としたことが失敗だったな」
「そんなこともあろうかと、一人捕まえておいたぞ?」
そういうフリードの手には手足が折られたこの国の騎士らしき人物が引きずられていた。ついでにおあつらえ向きに心滅の鎖が付いていない殺しても文句の言われない人物だった。
フリードは引きずって来たおかっぱにちょび髭を生やした騎士を投げ捨てると、騎士は折れている腕で必死に掲げながらフリードたちを罵倒しようとしていた。
「貴様ら!私にコンスタット家が長子であるこのようなことをして、ただで済むと──ぎぃやぁあああああ―――――――――ッ!?」
叫びだした理由として時宗が小刀でちょび髭の耳を切り落としたからだ。自分の耳が切り落とされ流れ出す真っ赤な血を見てちょび髭が血走った目で時宗を睨んでいると、今度はウルスラが前に出ると金属の義手で出来た左腕でちょび髭を殴り付ける。
「うるせぇな。そんなに喚いてねぇで何が目的かを吐きな。そうすりゃあ殺しはしねぇからよ」
「うむ。次は鼻か、それとも目か。なに口と耳さえ聞ければ構わぬ。お主が望むなら手足を先に斬っても良いのだがな」
ウルスラと時宗がまるで悪魔のように見えてくる。
「待て待て待て!こいつ死んじまうっての。見ろ失禁しちまってるじゃねぇか!」
まるで悪鬼のように拷問を始めるウルスラと時宗を呆れながら止めたフリードは、下半身が大変なことになっている騎士を哀れむ目でみている。
「うわっ、父さんたち何してるの?」
「きったねぇなこいつ」
そこにやって来たスレイとユキヤは三人のことを見ながら、下半身が悲惨な状態になっているちょび髭を水魔法で丸洗いしてから、いったいどういう状態なのかと聞いたところ拷問をしていたとのことだった。
「ふむ。拷問は効かぬか。他に誰かないか?」
「あっ、それならボクがいい物持ってますよ」
そう言いながらスレイは空間収納を開くと取っておきの魔法薬の入った瓶を取り出し掲げて見せる。
「はい、自白剤!」
「なんでてめぇはそんな物持ってやがるんだ!」
「前に気付け薬作ろうと思って材料間違えたらなぜか出来た」
「てめぇは二度と魔法薬は作るんじゃねぇ」
自白剤の作られた経緯を聞いたユキヤは引いた顔をしながらそう言うと、スレイは全くもってその通りなのでなにも言わずに頷いている。
「まぁ、そうそう危険な物ができるわけないし、今みたいに役立つときもあるから。そんなわけでやっちゃえ」
パチンッと指を鳴らすといつの間にかちょび髭の左右の肩にアラクネよじ登ると、二体のアラクネの脚が変形し巨大なハンマーになった。
「はっ、ちょっとまっ────アガッ!?」
ちょび髭がなにかをいう前にアラクネのハンマーが左右から顎を粉砕、生々しい破壊音と共に血が吹き出すとそこに瓶を差し込み自白剤を飲ませる。
すぐにアラクネが砕けた顎にワイヤーを突き刺して骨を繋げると、治癒魔法を使って砕けた骨を直した。
「一応薬は即効性だから、すぐに効くけけど………みんなどうかした?」
「いや、テメェ一番えげつねぇと思っただけだ」
そうユキヤに言われたスレイは小さく首を傾げてから、もう薬が効力を出すのでスレイが質問をする。
「うん。傷も治ってるみたいなんで訪ねますが、なんで騎士の方々は引いたんですか?」
「それはここに極大魔法が放たれるからだ………なっ、なにを言ってるんだワシは!?」
自白剤の効果で言いたくないことまでいうちょび髭をウルスラが殴り飛ばした。
「てめぇ!そんな物をこんなこんなところで放ったらどうなるかわかってるのか!?」
「女王陛下のご命令なのだ!価値のない愚民など消えて構わんとなあッ!」
「ちっ、狂ってやがる」
極大魔法とは集団で発動できる魔法のことで、発動させるためには術者全員の魔力を同調させる必要があり、スレイの聖火以上の難易度を誇る魔法である。
そのため使える者は少なくスレイたちも使ったこともなければ見たことすらないが、それでもその逸脱した威力は知っている。
かつての大戦でも使われたことの有るその魔法は街一つ一夜にして消し去ったそうだ。だからそれがもたらす破壊の被害を思い浮かべ、スレイたちの表情がこわばっていると殴り飛ばされた騎士が起き上がり笑い出す。
「わははははっ、もう終わりだ。分かったからといってどうなる?極大魔法を防ぐ手だてなどあるはずがない!お前らみんなおしまいだ!」
「うるせぇ!!」
大笑いしている騎士をウルスラが大剣をふるって首を落とした。全員なにも言わないのはウルスラがやらなくても他の誰かが殺っていたからだが、今はそんなことどうでもよかったが問題はここからだ。
「おいスレイ!なんとか出来ないのか!」
「出来るわけないでしょ!極大魔法を相殺出来るだけの魔法なんて、ボク一人の魔力でどうにかなる量でもないだよ!」
被害はいったいどれだけの規模になるのかなど到底予測できない。それにこの街に残っている人は一人残らず《心滅の首輪》が巻かれているため街の外に連れ出すこともできない。
全員の顔に絶望の色が浮かんだのをみたスレイは、たった一つだけ思い付いたことがあった、
「あれならやれるかもしれない」
「なにか策が有るのかね?」
「刻印で強化したヘリオースで魔法を相殺する。それでどうにかなるかって言われたら正直微妙なところだけど、やらないよりはましだと思います」
竜翼を背中に生やしたのを見てユキヤがスレイの肩を叩いた。
「俺もいく。あれを使えば多少は威力を落とせるだろうしな」
ユキヤのいっているあれの意味を知っているスレイは、小さくうなずいた。
「ありがとう。父さんたちは母さんたちにこの事を知らせて街の人たちを守って」
「あっ、あぁ。任された」
フリードたちがバタバタと走り去っていくのを見ながら、スレイとユキヤは翼と魔法で空へと飛び上がった。
竜翼と風魔法で上空に飛び上がったスレイとユキヤは、遥か遠くから感じる膨大なまでの魔力の本流を感じながら、生唾を飲み干してから迎え撃つための準備を始めようとしたとき、スレイはユキヤに声をかけた。
「良いのか、ここで魔剣を使ってもさ?」
「構わねぇよ。どうせ使わねぇと出てこねぇみてぇだしな」
「………そうだな」
スレイは刻印をユキヤは魔剣を呼び出そうとしたその時、自分たちの下からバサバサと翼のはためく音と共にやって来たのはヴァルミリアだった。
「ヴァルミリアさま。どうして?」
スレイがそう訪ねると、ヴァルミリアがゆっくりと話し出した。
「フリードたちからあなたたちがやろうとしていることを聞きました。多少ではありますが私のブレスも役に立つでしょう」
「ありがとうございます。ヴァルミリアさま。正直二人じゃ無理だと思っていましたから」
「感謝する」
二人がヴァルミリアにお礼をいうと、ヴァルミリアは小さく微笑んだ。
「おい、もう来るぞ準備しろよヒロ」
「あぁ」
スレイは竜力を高めながら自分の両手の甲に意識を集中させ、ユキヤは片手をまっすぐ前に付き出した。
「ヴァルミリアさま。ウィルナーシュ。二人の力、お借りますよ!」
両の手の甲から刻印が上って行き身体をくまなく巡ったところでスレイの身体に変化が起こる。始めは竜人化の最に現れる角が側頭部から二本、頭頂部から二本ずつ生えそして翼も白と黒の翼が二対ずつ生える。
ゆっくりと目を開くと右目は紅く左目は蒼く輝いた。
「──我が名の元に顕現よ。魔剣 ルナ・ティルカ!」
目の前へと現れた魔方陣、そこから伸びる一本の剣の柄を握ったユキヤはゆっくりと引く抜いた。刀身が現れるごとに弾ける深紅の魔力が放たれながら漆黒と黄金、そして紅が降り混ざった刀身が現れた。
「彼の血族のため、彼が愛した国を守るため私が力となりましょう」
ヴァルミリアの身体が光に包まれると、そこには二メートル程の人の形に近い竜が一匹存在していた。
三人の準備が整うとほぼ同時に視界の先で光が溢れだし、そして破壊を象徴する閃光がスレイたちの元へと飛来する。
「直撃だけはさせるなよ!──ノヴァ・ヘリオース!」
「言われなくても分かってる!──エンジュ!全力でいくぞ!!」
『エンジュはわかりましたとお伝えします。とうさま!』
『絶対に当てさせません!』
スレイの最大の魔法、ユキヤとエンジュの闇の光を乗せた斬檄、ヴァルミリアのブレス。
三つの力は極大魔法と拮抗するようにぶつかり合い、そして爆発を起こしながら魔法が四散し、散った魔法の残滓が街を破壊していくのだった。




