剣の魂
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海賊に襲われてから数日、後三日ほどでとなったところでスレイは一人でゲートを使って氷澪大陸へと向かっていた。なんでこのタイミングでと思われるかもしれないが、これにはちゃんとした理由があり、今日は待ちに待った黒と白の剣が完成する日だからだ。
今日のことは事前にトラヴィスにも伝えておいたが、前の海賊のこともあり心配だったスレイは防御系の魔道具を出来るだけ置いていくことにした。
黒騎士が四機に改良したばかりの十字架型の魔道具エクラ・スタウロス、それにアラクネ等を置いていくことにした。
これくらいあればリヴァイアサンが襲ってきても大丈夫………ただし船底から巨大なサメが現れて噛みつかれたりした場合は諦めてほしい。さすがに船の製造段階から関わってるわけでもないし、そもそも海中戦闘事態が不得意なのでやりたくない。
なのでどうにかここにいるメンバーでどうにか頑張ってもらいたい。
「それじゃあ、おじいちゃん。ちょっと行ってくるけどもしも何かあったら黒騎士を起動させれば魔物と海賊くらいなら海の藻屑に出来るから」
「それだけ出来れば十分な気がするんじゃが……逆に何にならこ奴等は倒されるんじゃ?」
そう聞かれたのでスレイは当たり前のように使徒と答えると、トラヴィスはあぁ~っと納得するようにうなずいているが、前の使徒の分体との戦闘データを解析し適応化させた新型がもう少しで出来る。これが出来れば分体だけではなく使徒の本体とも戦えるはずだが、こればっかりは試すこともできないので確かめようがない。
「あれ~にぃにどこかいくの~?」
「ちょっと寒い場所に行ってくるだけどすぐに帰ってくるつもりだから」
「行ってらっしゃ~い!」
本当は気分転換にでも連れていって上げたかったが、バズールとの約束もありユフィたち以外の人を連れていくわけにはいかず、さらには夏服を着ているスーシーをこんな炎天下の下で冬服に着替えさすのは気が引ける。それにスーシーが着替えるのを待っているとスレイが暑さで死ぬ。
なにせ今スレイは氷澪大陸に行くために裏地に毛皮を縫い付けたコートに、毛皮のマント、はっきり言って炎天下でこの格好は頭がおかしいと思われるし、みているだけでも汗の量がヤバイことになりそうだ。ちなみに、この格好のせいでユフィたちに避けら、トラヴィスとスーシーも心なしか少しだけ距離を感じるのはきっと気のせいだ………気のせいであってほしいと心の底から思った。
一応、熱中症で死なないように氷魔法と風魔法で冷気を送っているので熱くはない、熱くはないんだけどやっぱり心が痛かった。
「じゃあちょっと行ってくるよ。一時間くらいで帰ってくると思う」
「そうか、わかった。行ってきなさい」
笑顔で送り出されたスレイ、たぶんあの笑顔の裏側には暑苦しいから早く行けという感情が隠れているのだろう……ダメだ、熱さで思考が悪い方悪い方に行ってしまっている。早く涼しい場所──正確にはただの極寒──に行こうと思い、ゲートを開いて白い霧のような冷気が流れ込んできた。
行こうかそう思いながらスレイはゲートをくぐって氷澪大陸へと向かうのだった。
氷澪大陸に付いたスレイはすぐにドワーフの集落に急いだ。
集落に入るのはすでに六度目、たまに警護が休みの日に様子見と言うわけではないが、剣を作ってもらっているお礼と言うわけで差し入れにお酒やお菓子を届けに行っていた。
「おう、白髪の小僧。また来たのか?」
「えぇ。バズールさんに呼ばれていましたから」
「バズールのじい様がお呼びならしからしかたねぇ!ところで、前にお前がくれた酒またくれないか?」
「………もうありませんよ」
この人たち酒と見れば際限なく飲むため、手持ちの酒を全部渡すはめになってしまいもう持っていない。
それから、挨拶を適当に返したスレイはバズールの工房へと足を運んだ。
工房の扉をノックしてから返事を待たずに──そもそもノックは不要といわれているが──中に入ると、テーブルに突っ伏すように眠っているバズールを見つけ、タイミングの悪いときに来てしまった、そう思いながら一度出直すために外に出ようとすると、奥から少年のようなドワーフのクルファが出てきた。
「いらっしゃいスレイ、待っていたよ。すぐにおじいさんも起こすから」
「いいですよクルファさん。バズールさんもお疲れみたいですし出直します」
「大丈夫。これはただの飲みすぎて寝てるだけだからさ」
それを聞いてスレイはガクリと肩を落としてしまった。だって、どうみても仕事着で仕事をしている場所で寝てるものだから、徹夜で作業してこんな場所で寝てるもんだと思うじゃん!っと、誰にいっているのか分からない言い訳をしながらバズールが起きるのを待っている。
「おじいさん、スレイが来たから起きなよ」
「んっ?おぉスレイか。済まん、今目が覚めた」
「いえいえ、ところでバズールさん。なんか、ずいぶんお飲みになられていたみたいですけど、二日酔いでしたらヒールで治しましょうか?」
バズールが起き上がるといったいどこから出てきた?、と言わんばかりの酒の入っていたらしい空き瓶が大量に地面に転がった。しかもそのすべてに見覚えがあったスレイは、よく思い返して見ると前にお土産に持ってきたお酒だった。
これだけ飲めば二日酔いが辛いだろ、そう思っての言葉だったがバズールが目をクワッと目を見開くとスレイに説教するかのように詰め寄った。
「何をバカなことを言ってるんじゃ!酒というのは飲んで味を楽しみ、そして最後はこの二日酔いになるまでがいいんじゃ!よし、今からそれをわからせてやる!」
「すぐに戻らなくちゃいけないから結構です!それよりも剣は出来たんですか!?」
「おぉ。そうじゃった!」
「おわぁ!?」
バズールに引っ張られ抵抗していたところでいきなり放されたスレイは、ガシャン!っ大きな音を共に壁に備え付けられていた棚に激突し、さらにその上に乗っていた鉱石やら何やらが降り注ぎさらに棚が倒れてきた。
だが咄嗟に身体強化とシールドを張ったのでスレイ本人は全くの無傷ですんだのだが、さすがに上に物が乗っている状態でシールドを解くことも出来なかったので、クルファに上の瓦礫を退かしてもらっているとなにかを引きずって来たバズールが
「何をしておるんじゃ」
「あんたのせいでこうなってんだよ!」
思わず敬語が抜けてしまったスレイにバズールは、ふんと鼻をならしてからスレイの前に二つの布に巻かれた物を突き立てた。
「これが頼まれておった剣じゃ」
バズールはゆっくりと剣に巻き付いていた布をはずすと、前の剣と同じ黒と白の柄だった。一つ違うとすると、新しい剣の鍔には赤と青の宝石のような石が埋め込まれていることだ。
あれははウェルナーシュとヴァルミリアの力を宿した竜結晶と呼ばれる物で、ウェルナーシュのは以前スレイから取り出された物をヴァルミリアから受け取ったものだが、どういうわけかスレイにはそれ以外にも違うような気がした。
するとクルファがハッとして叫んだ。
「おじいさん!これを………こんな剣をスレイに渡そうとするなんて、何を考えているんですか!」
「当たり前じゃぞ。なんじゃクルファ、お前はこれをスレイに渡すなと言うのか?」
「正気なんですかおじいさん?だって……こんな──」
ビシッとクルファは突き立てられた剣を指差しながら叫んだ。
「こんな、死んだ剣を渡すなんていったい何を考えているんですか!!」
差し出された黒と白の剣、その刀身には命がない、死んでいる、そうクルファはバズールに問い詰めていた。
昔から形ある物に魂は宿る、そんな言い伝えをよく聞くことがある。
強い思いが込められて作られた物には、その人の思いが宿り魂を得るという。
それはきっと物だけではない、文字もそうだとスレイは考えていた。
誰かに伝えたいと願う強い思いを込めた文字はその人の心の残り、それを読んだ人の生き方に関わる物になるかもしれない。だからスレイは普通ならばあまり信じないようなことを信じていたのかもしれない。
ジッとスレイはバズールの持つ黒と白の剣を見ていた。
かつて初めて黒と白の剣を抜いたた時スレイはその剣の美しさに目を奪われた。
剣の中にそれを打った人がその一振りに込められた魂が、心が、想いが、まるでスレイに語りかけてくるかのように感じたからだ………だけど、今のこの剣からはそれを感じない。
まるで何もない虚無を見ているような、暗い暗い海の底を見ているかのような、確かにそこに存在しているのに何もない、そう感じていた。
クルファは尊敬をしていた祖父バズールがこんな剣を打ったことに酷く癇癪を起こしていた。
幼い頃より見続けてきた祖父が、まさか死んだ剣を打ち、あまつさえそれを渡そうとしていることにだ。
「どういうつもりなんですか!あなたほどの刀匠がこんななまくらを打つなんて!」
「ほぉ、わしの打った剣をなまくらと称すか。クルファや、お前はいつからそのようなことを言える立場になったんじゃ?」
「僕だってまだまだ未熟ですが、一人の職人としていいます!こんな剣ではゴブリンすら倒せません!」
「確かにお前の言う通りかもしれんのぉ、この剣は重くてわしでも両手で握って数センチあげるだけで疲れてしまう。仮に持てる者がおったとしても重さに振り回されて、自ら命を落とすかも知れぬ」
「なんでそんな剣を!」
「じゃが、スレイならば違うかもしれぬぞ?」
そう言われてクルファが先程からなにも話していないスレイの方を見ると、ただジッと目の前にある黒と白の剣に視線を向けているだけだったが、クルファはスレイに目の中に、暗闇の中でなにかを探すような、あるいは、なにかを求めているような物を見た。
全身から何かよく分からない物を見たような恐怖か、あるいは今まで出会ったことのない未知の現象への期待からか、それとも身体の中に流れるドワーフの血がこれから起こるかもしれないなにかを訴えかけているのか、クルファには分からなかったが、これだけは言えた。
これから、今まで生きてきた中で見たこともない奇跡が起こると
「……スレイ、君には……いったい何が見えているんだい」
生唾を飲みながらクルファはスレイに向けて問いかける。
「分かりません。まるで、なにも存在しない虚無の世界を見ているような……暗い海の底にでもいるような恐怖、そして星の見えない夜空を眺めているような空しさが、ボクには見えます」
スレイの言葉を聞いてクルファはもう一度、二振りの剣を見るがやはりクルファにはスレイの言っているようには感じず、ただ死んだようにしか見えない……そうとしか見えないはずなのに、自分の中で何かが今も訴えかけてくる。
目をそらすな、絶対に見逃すな、っと。
「──でも、どうしてかは、わからないんですけど……ボクにはそれが全部虚構のようにも見えるんです」
「虚構?」
「はい」
短く答えたスレイはゆっくりと手を剣の方に伸ばし、そして触れた瞬間クルファは目を疑った。
気づいた時、スレイは両手を黒と白の剣に伸ばしていた。
これは自分の意思でではなく、ただ何かがスレイのことを呼んでいるような気がして、それを確かめるために手を伸ばしていた。
剣の柄に触れた瞬間、スレイは剣から伝わってくる強い鼓動、熱い魂の熱。
あぁ、そうか……これはずっと待っててくれたんだ。
「そんな……剣が生き返った?」
スレイが握ったと同時に二振りの剣が輝きを放った。命を失い消えていた魂の輝きが見えた。
「どうして……たしかに死んでいたはずの剣が……」
「クルファや。武器の魂とはな鍛冶師が作る物ではないんじゃよ。使い手が剣を手に取ることで生まれる命もあるんじゃ。わしでは出来ない。担い手と武具が引かれ合い生まれるそれをわしはかつて一度みたことがあった。………やはりお主がそうなんじゃな」
スレイは新しく生まれ変わった黒と白の剣を掲げてから、二振りの剣を逆手に持ち変える。
「この剣の鞘は?」
「前のと同じ形と長さじゃからな、そこにおいてあるものを使えばよい」
バズールは立て掛けられていた前の黒と白の剣の鞘を手に取ると、スレイは新しい剣を鞘に納めると今まで下げていた魔力刀を外し、代わりに二振りの剣をベルトに下げ、懐かしい重さに自然と笑みがこぼれる。
「その剣の銘はそうじゃな……黒幻と白楼でよいじゃろ」
「あの……それってボクの二つ名……」
「一流の冒険者がその名を関する武器を持つのは当たり前じゃ。誇れスレイ」
誇れと言われてもスレイはそれを誇れるほど凄い冒険者なのかと言われると自信はなかったが、伝説の刀匠からお世辞にでも一流の冒険者と呼ばれたなら、その言葉に添えるような冒険者になろう、そう思いながらバズールのソッと手を差し出した。
「ボクの剣を作ってくださりありがとうございました」
「わしはお前と契約した通りに作っただけじゃ、感謝されるいわれはありゃせん」
「ですが、ボクはあなたのお陰でまた戦えます。クルファさんも本当にありがとうございました」
「僕はなにもしてないよ」
そうは言ってもいろいろとよくしてもらったので、お礼を言うのは当たり前だ。
「それじゃあ、ボクはこれで……また近いうちにお礼に来ます」
「こんでよい」
「そうはいきません。また日を改めますが必ず来ますけど、今日はもう帰りますね」
挨拶をして帰ったスレイは新しくなった二振りの剣を早く降ってみたいと思い、少しだけ浮き足だっていた。
スレイが帰っていったあと残されたバズールは作業場に置かれた椅子に座り、クルファは作業台に残されていた酒の瓶を片付けていた。
「なぁ、おじいさん。聞きたいことがあるんだけど、もしかしてスレイに渡したあの剣。おじいさんの遺作……なんかじゃないよね?」
「そうじゃ、っと言ったらなにかあるのか?」
「……いや、ところでおじいさん。なにか飲みたい酒はあるかな?次に町に降りるときに買ってくるように言うけど」
「そうじゃな。アイリーンが気に入っておったあの水のような酒がいいの」
「あれは、スレイが持ってきた物だけど、うん。アイリーンに分けてもらうから、ちゃんと飲んでね」
「あぁ。……すまんがわしは少し休む」
「うん。お休むなさいおじいさん」
クルファが作業場を出ると、バズールはゆっくりと目をつむり深い眠りについたのだった。




