刀匠バズール
ブクマ登録ありがとうございます!
北方大陸を出てから早一ヶ月ほど、ようやく今回の旅の目的地であるドワーフの集落へとたどり着いた。もしもあのままアイリーンに会えずに自分たちで探していたら、もう一ヶ月はあの雪山で過ごしていただろうと、みんな思っている。
アイリーンの後を追って洞窟の中から大きな空洞の場所にはいると、ドワーフの集落の全貌がようやく露になった。どうやドワーフの集落は山の中に出来たな空洞に岩で作った家にすんでいるようだ。ついでにこの空洞はかなり広いらしく、もしかしたら山一つ丸々くりぬかれているのかもしれない。
物見遊山の気分で集落を見回していたスレイたちは、建物の影からこちらをうかがっているドワーフから不振の目を向けていることに気がついた。
それを察したアイリーンはスレイたちの方を見る。
「すまないね、あたしたちの集落によそ者が来るなんてそんなのなくてね」
「そうなんですね。ところで、最後に人が来たのっていつ頃なんですか?」
「あれは確か……あたしが生まれる前って話だから六七百年くらい前なんじゃないかねぇ?」
それって勇者たち一行なのではなかろうかと、スレイたちはそう思いながらもあえて口には出さずになにも言わずにアイリーンについていこうとすると、突如複数の風を切るような音が耳に聞こえスレイを始め盾を構えたリーフがみんなを守るように立ちふさがった。
音からして矢だとは思っていたが、まさか入ってすぐにドワーフから攻撃されるとは思っていなかったスレイは、ため息を一つ着きながらマントを脱ぎ飛んできた矢をからめとった。弾くのもいいかと思ったが、それでは集落の人を傷付ける訳にもいかないのでからめとると、今度は戦鎚やら戦斧などで武装したドワーフたちが辺りを取り囲んできた。
「貴様ら!アイリーンさまに何をした!!」
「アイリーンさまを解放しろ!さもないと痛い目に合うことになるぞ!!」
どうやらアイリーンさんはこの集落でやんごとなき身分のお方だったらしく、スレイたちはその誘拐犯に間違えられてしまっているらしい。
「はぁ~。おいお前ら!こいつらはあたしの客だ!これ以上手荒な真似をしたら、あたしが直々にぶっ殺してやるからね!」
「なっ、客人ですと!?──なりません!得たいのしれない輩をこの地に入れることなど、それにこの山脈には強力な魔物が跋扈している危険地帯です!ただの人間がこれるわけありません!」
危険地帯と行っているが、魔物の強さは死霊山と同じくらいなのでそこまでだと思っているが、かなり普通の感覚が麻痺してきているな~っと、思っているスレイを差し置いて、ちょっとだけ人外呼ばわりされたことにユフィたちがかなりショックを受けていた。
だけどみんな一つ言わせて欲しい、ここでショックを受けていると襲ってくるんだぞ?っと、周りの警戒を一人で行っているスレイがみんなに向かってそう思っている。
「やめんか馬鹿者ども!」
怒鳴り声を共にドワーフたちが声の主に従うかのように横へとずれると、杖をついたドワーフが歩いてくる。ドワーフの男性は老け顔すぎて年齢の判別は出来ないが、他文化なりのご高齢のようだ。
「アイリーン、何をやっておったんじゃ。娘を置いて外泊などして、アンジェリカがどれだけ心配しておったことか。わかっておるのか!」
「悪かったよ、でも素材集めで外泊なんてしょっちゅうだろ?それに一日くらいなら旦那とガキどもがなんとかするっての」
「馬鹿者!まだ幼いアンジェリカをあんな脳筋どもの側に置いておくのが問題じゃといっておるんじゃ!」
なんだかおじいちゃんと孫娘のような絵面で言い合いを始めた二人、話がついていかずに置いてけぼりを食らっているスレイたちは、どうするのが良いのかと顔を見合わせていると、槍を持ったドワーフの一人が痺れを切らして仲裁に入った。
「お二人ともお止めください!喧嘩よりも先にあのよそ者どもの処罰が先にございます!!」
なんでだろう、悪いこと今のところ何ひとつしていないのに処罰が決定しているみたいだ。っと、スレイたちは揃って同じことを考えながらも、これもすべてスレイの体質のせいなのでは?っと、勝手に適任転換していたりもする。このまま何も頼めずに追い返されてしまうのか、そう思っていると老人のドワーフがカツン!っと杖の石突を鳴らした。
「それはもうよい、アイリーンが客だというなら客なのだ。お前らは武装を解いたらアイリーンのお客人をわしの家へつれて参れ。それがすんだらはよう鍛治場へと戻らんか!!」
「「「「「はっ、はい!!」」」」」
たったあれだけの言葉で殺気だっていたドワーフたちを、まるで蜘蛛の子を散らすように追い払ってしまったこのドワーフ、もしかしなくてもこの方がそうなのだろうとスレイたちが頭のなかで同じ言葉を思い浮かべると、この馬を代表してスレイが老人ドワーフに訊ねる。
「申し訳ありませんが、先にお伺いしたいことがあります」
「なんじゃね、若いの」
「率直にお伺いします。あなたがエルダー・ドワーフ。伝説の刀匠バズールであっていますか?」
「いかにも、わしがバズールじゃ」
ようやく本人に会えた、その事実にスレイたちは喜びを露にしていた。
伝説の刀匠バズールの家に案内されたスレイたとだった。
一人バズールの部屋に通されたスレイは、小さな工房のような部屋に引かれた御座の上に腰を掛ける。なんだか興味深い場所だと思い、少し失礼かもしれないと思いながら周りを見ていると、壁にかなり古い絵が飾られていることに気がつき、それをよく見ようと思ったときゴトンっと大きな音が鳴った。
スレイがハッとして視線を戻すと、陶器の水差しのようなものと木で作られたコップが置かれていた。
「エールだ。若いの、お前は酒は飲めるか?」
「嗜む程度ですけど、弱くはないです」
バズールはスレイの前にエールの注がれたグラスを置いた。
「さて、若いの。お前はなぜわしのもとへとやって来たのか、その理由について話してもらおうか」
そう問われたスレイは小さくうなずくと、どうしてこの地にやって来たのか、その理由を──っと言っても使徒との戦いは伏せて──バズールに話していた。
「つまりは、このわしに剣を打って欲しい……そういうわけじゃな」
「はい。どうか、お願いします」
床に座っていたため土下座のような形でスレイはバズールに頭を下げていた。バズールはそんなスレイのことを見ながら髭を撫でる。
「わしの武器を欲しがるものは何百とおった。噂を聞き付け、町に出た集落の者を脅したりするやからまでおった始末じゃからの」
突然口を開き話し出したバズールの話の内容は、今まで起きた悲惨な出来事だった。
「もしも、ここでお前たちに打ったとして噂を聞き付けたやつらが、わしに武器を打ってもらおうと集落を襲おうとしてしてくるかもしれん。そうなったらお前たちはどうしてくれるんじゃ?」
バズールはスレイたちに向かって信用ならない目を向けている。人は一度誰かもことを疑ってしまった場合、簡単には信用することは出来なくなってしまう。
以前ヴァルミリアからバズールは疑り深いと聞いていたが、こんなことがあったならば人は誰しも疑い深くもなると、納得したかのようにはなしを聞いたあと、スレイはどうにか話し合いで済まないかとある提案をする。
「ボクたちは絶対にあなたから剣を打っていただいたことを口外する気はありません。もしも心配だと言うのなら、ボクたち全員に口外することが出来ないようにギアスをかけていただいても構いません」
信じてくれないと言うのであれば信用せざる得ない理由を作れば良い、スレイはそう思いその提案をしたがバズールは首を横に振って引き受けてくれそうになかった。
「ギアスをかけるだけではわしは信用できぬ。そもそもなぜお前はわしがこの場所にいることを知っておるのじゃ?」
「あるお方からお聞きしました。この大陸にあなたがいると」
「それは誰じゃ?」
スレイは左手の手袋を外し、手の甲に描かれている竜の紋章を見せるとバズールは目を見開きながら、スレイの手の甲に描かれている刻印を食い入るように見ていた。しばらくしてドッと疲れたかのように座り直すと、側に置かれていたグラスを掴み一気に飲み干していた。
「ヴァルミリアか……あの小娘めがこの場所を教えたと言うわけか」
「はい。その通りです。ヴァルミリアさまからもあなたは疑り深いと聞きましたから、どうにかしてあなたの信頼を勝ち取りたいと思いました」
「じゃがなぜだ?お前はなぜヴァルミリアから竜の刻印を授けられるまでの信頼を得た?なにがあった?」
「それは……」
スレイはバズールに神との戦いについて話すべきか、話さないべきか迷っていた。かつて一度戦った相手、それもヴァルミリアからの話で想像でしかないが、負けた相手ともう一度戦うことになるかもしれないことに巻き込むことに気が引け、言葉を紡いでしまった。
これによってバズールの信頼はもう得られないかもしれない、そう思ったスレイだったが、そんなスレイの思いを察してかある人物がスレイの言葉を引き継いだ。
『それについては、この子ではなく私の方から話をしましょうかバズール』
「お前は、アストライア!?──まさか、あやつが復活したのか!答えんか!」
『一月前、マルグリット魔法国のダンジョンに封じられていた始まりの使徒グリムセリアが復活しました』
スレイと入れ替わるようにアストライアがバズールに、マルグリット魔法国でのグリムセリアとの戦いだけでなく、今までの使徒との戦いについて話し始める。すると、今度こそなにも言わずにうつむき出してしまったバズールは目を伏せてしまった。
今、バズールが何を思っているのか、いったい何を考えているのかスレイとアストライアにはわからず、ただバズールが何か話し始めるのを待っている。しばらくスレイたちの間には重々しい空気が流れると、ようやく顔をあげたかとおもうと、スレイのことをジッと見てくる。
「若いの、たしかスレイとか言ったかのぉ?」
「はい。スレイです。スレイ・アルファスタ」
「そうかスレイ……お前は、どことなくレオンの若造に似ておる気がするな」
「ボクは勇者レオンのような、物語になるような高潔な人なんかじゃありません。似てなんかいませんよ」
スレイの本心からの言葉だったがバズールが小さな笑みをこぼしがらしながら立ち上がると、部屋の隅に置かれていた作業棚の中から一振りの鎚を取り出し、鎚をスレイへと向けてきた。
「スレイ、わしがお前とお前の仲間の武具をあつらえてやろう」
「本当ですか!ありがとうございますバズールさま!」
「礼は武具を完成してからにせい。準備ができるまで外で待っていろ」
立ちあがりバズールに頭を下げてからユフィたちに話が纏まったことを報告しに行ったスレイ、その後ろ姿を見送ったアストライアは、バズールの方へと向き直ると真剣な表情と声色で話し始める。
『バズール。先程はスレイの手前、なにも言いませんでしたが………あなたそのような身体で、本当に鎚を握るつもりですか?』
「なんじゃねアストライア、お前はあの若いの頼みをわしに断れと言いたいのかね?」
『本当のところ、そう言わざるを得ないとしか思いませんが……あのときより生きているのはあなたとレクシディナ、そしてヴァルミリアだけとなってしまいましたから』
「たった三人、じゃが、わしは血を残し技を伝承してきた。あの忌ま忌ましいエルフは教え育ててきた。ヴァルミリアは子を産み母となった」
『みな、私には出来ぬことをしてきましたからね……だからと言って──』
何かを言おうとしたアストライアだったが、バズールの顔を見てその言葉を飲み込んでしまった。
『意を決した人の気持ちをねじ曲げることはできません』
霊体化を解きペンダントの中に戻っていったアストライア、一人残されたバズールは手に握られている鎚に視線を落としてから、そして壁に張られた一枚の絵を見ながら小さな声で呟いた。
「違うよアストライア。意を決したわけではない……わしはただ──」
バズールは飾られている絵に触れながら小さくそう呟くと、ソッと部屋から出ていくのだった。




