氷の大地
次の日の朝、スレイたちは予定通り朝早くから次の街へと向かうべく宿屋を引き払うと、女将さんから昨日のお詫びだと言って朝食とお弁当を無料でサービスしてくれたが、事情を全く知らされていないユフィたちからしたら、どうしてなのかと聞きたかった。
宿屋を出て街の往来を歩きながら昨夜、宿屋の裏手で合ったことをユフィたちに話していたスレイとリーフ、二人の話を聞いてどこか納得したような表情を浮かべているユフィたちは、思い思いの感想を口にし出した。
「ふぅ~ん。二人ともなかなか戻ってこないと思ったら、そんなことがあったんだね~」
「リーフお姉さん………お可愛そうに、お兄さんのせいでそんなことに巻き込まれていたなんて」
「……ん。スレイ、ちゃんとリーフにごめんなさいはした?してないなら今ここでごめんなさいして」
「スレイさま、たまにはご自身の体質をどうにかしてくださいませ」
体質なんて自分でどうコントロールすれば良いんだろう、ユフィたちからの理不尽極まりない叱咤の言葉を一心に受けていたスレイはちょっとだけ涙目、特にライアからのごめんなさいは?の一言がかなり心を抉ってきたのは言うまでもなかった。
そもそも悪いのはあっちだが、突っかかって来た理由を聞いてみたところ、安い装備を身に付けているのに良い女を連れていたのが腹立たしかったからと、理不尽極まりない理由だったため、次突っかかってきたら殺すと密かに決めていた。
「ねぇねぇ、スレイくん。もうそのまま目的地の街に向かうの?」
「あぁ。本当は一度ギルドによろうかとも思ったけど、昨日クランに加入してるバカたちとのいざこざがあったから、あんまり行きたくないですね」
「こればかりは仕方がありませんね。お話しの限りでは問題を起こした方々の方は解決している。そう見て良いでしょう、その方々にお仲間がいた場合は何かをしてくる可能性もありますね」
ラピスの言う通りだ。クランというのが一枚岩ではない、その事は昨日の一連の出来事で発覚した。
もしかすると昨日のバカたちと同じように犯罪を犯罪とも思わないような連中が、クランの中に存在する可能性がまだあった。ならばこの街の冒険者ギルドに顔をだして、そいつらの仲間に後を付けられたあげくになれない雪道で襲われでもしたら笑い話にもならない。
なのでギルドや他の場所にはよらずに、真っ直ぐと街の出口に向かっていく途中でスレイは少しだけ不思議なことがあると思っていた。問題を起こした次の日には、必ずと言って良いほど問題を引き起こしたやからの仲間などが着けてくることがあるが、今日は全くそういうことがない。
これは最近かなりついてないことばかりが続いたから、こういうときだけは良いことがあるのだろうと、ちょっとだけ嬉しそうに笑っているとライアが小首をかしげながら訪ねてきた。
「……スレイ、なんだかにやけてるけど何か良いことでもあったの?」
「うぅ~ん。良いことなんかじゃないけど、今回はあのバカたちの後始末やら、尾行してくる奴ら、気配を消して前と後ろから挟み込んで襲ってきたり、ごろつき集めて襲ってくる奴らが一人もいないことが珍しくてつい」
「あぁ~、スレイくん。それってさぁ、あんまり言わない方が良いと思ったんだけど、自分でフラグを立てに行っている気がするんだよねぇ~」
「いや、今さらそんなこと────」
不意に言葉を切ったスレイは笑顔の固まってしまった。そしてユフィはそんなスレイにジと目を向け、それに連れてノクトたちもスレイのことをジと目で見てくる。
なぜそんなことをしているかと言うと、なんだか街の出口である門の前に武器を持った奴らが勢揃いしている。
いったい彼らは何者なのでしょうねぇー、なんて、冗談を笑いながらみんなに向けて言いたくなったスレイだったが、それを言ったら確実にユフィたちが本気で殺しに来る。そんな考えながらきっとユフィたちは許してくれる、なんて淡い期待を胸にみんなのことを見るスレイだったが、みなさん完全にご立腹のご様子だった。
現実逃避でもしていようか、そう思っているとなにやら笑顔に凄みのあるラピスがスレイの方を睨みながら訪ねてくる。
「これはユフィさまが正しかったみたいですが、スレイさまはいったいどのような申し開きをなされるのか、わたくしは非常に興味が有るのですが、何が言うことがございませんか?」
「いや~、まさか初めっから行き場所で待ち構えているとは思ってもみませんで──はい、ボクが要らぬフラグを立ててしまいまいまして、心から申し訳ないと思っています。本当にごめんなさい」
誠心誠意、心を込めて頭を下げているスレイ、それを見ながらユフィがノクトとこそこそと何かを話始めた。
「ねぇねぇノクトちゃん、なんだかお姉さん前にこんなことがあったような気がしてならないんだけど、いったいどこでだったっけ?」
「アルガラシアでじゃ有りませんでしたか?あのギルドの元受付の方でしたっけ?その方とのいざこざがあったときでしたね」
「あぁ~、有ったねぇ~そんなこと。あのときもスレイくんが無用なフラグを立てちゃって、襲われたからデジャビュったんだ~」
思い出したことでスッキリしたらしいユフィ、そしてその話を聞いてリーフ、ライア、ラピスの三人がさらにスレイへ向ける視線が冷ややかな物へと変わった。
「……じゃあスレイ、頑張って、私たち女将さん呼びに行くから」
「えぇ~、誰か手伝って……くれるわけ在りませんよね。いいよ五十人程度ならなんとかなるし。どぉ~せ、ボクが蒔いた種なんだから自分で刈り取りますよ~だ」
完全にやさぐれているスレイ、子供かとも思いながらちょっとやり過ぎたかもしれない、そう思ったリーフたちは、せっかく新しい武器を手にしたばかりなのでスレイの元に残ることにした。
「仕方ありませんね。自分もご一緒いたします。新しい剣の試し斬りにちょうど良さそうですし」
「リーフさまがお残りになられるのでしたら、わたくしも残りましょう。こちらの短剣の具合を確かめたいと思っておりましたので」
「……リーフとラピスだけじゃ心配だから私も残る。新しいガントレットの殴り心地を確かめたい」
なんだか理由は怖いが、リーフ、ライア、ラピスの三人も残って戦ってくれると聞いてスレイの顔が輝いた。戦っても良いかと思ったが、やはり誰かが一緒に居てくれるほど心強い物はない。
「しかないか~。じゃあノクトちゃん、私たちだけで行こっか」
「はい!リーフお姉さん!ライアさん!ラピスさん!無茶しないでくださいね!お兄さん頑張ってください!」
「みんな気を付けてね~」
ノクトがみんなに拳を握りながら応援の言葉を投げ掛け、ユフィも応援の言葉を告げてゲートで消えていった。
二人が行ったのを見て、スレイは門で待ち構えている奴らの前に出ると、行きなり弓矢を打ってきたので飛んできた矢を掴んで投げ捨てる。
「危ないなぁ~。すみません、話し合いを所望したいんですけど」
「話し合い?するわけないだろ!お前らのせいで俺らはクランをクビになったんだ!てめぇらを殺らねぇと気が済まねぇんだ!やるぞお前ら!!」
「「「「「おぉおおおおおおおおおお―――――――――――――――――っ!!!」」」」」
なんだか、巨大な魔物に一致団結して立ち向かう冒険者たちにも見えるが、これからやろうとしていることは完全に犯罪で、地球だったら集団暴行罪あたりで捕まえられるだろう。ってか、こう言うときこそ街の治安を守るクランの出番だろう、そう考えながらみんなのことを見ると、みんなそれぞれ武器を構えて呆れていた。
「……ねぇラピス、ああいうのって何て言うんだっけ?」
「多分、単細胞ではないでしょうか?」
「おの、お二人とももう来ますから構えて」
無駄口を叩いているライアとラピスをしたためたリーフは、ソッとスレイの方を見ると剣を抜き、
「じゃあ、行こうかリーフ、ライア、ラピス──さぁ、地獄を楽しみな!」
スレイが決め台詞を口にすると、向かってくる大勢の冒険者にたった四人で向かっていくのだった。
宿屋の女将は慌てていた。
まさか、昨日の今日でクランを追い出した奴らが逆恨みでことを起こすなど、全く予想だになかった、訳ではなかったが、やはりこんなにはやくとは思っていなかった。しかも、クランを追い出した五十人以上全員が襲っているなど、いくら二つ名持ちの冒険者が率いるパーティーだからと言っても無謀だ。
事態を知らされら女将は、かつて所属していたクランのパーティーメンバーに声をかけ、身内の恥を討滅するべく自身も久しぶりの戦いに身を投じよう、そう思ったのだが……
「そんなに慌てなくても良いですよ女将さん。今ごろはスレイくんたちがあの人たちに、いい悪夢を見せているんじゃないですか?」
「違いますよユフィお姉さん。絶対にあの人たちが味わってるの悪夢なんて生易しいものじゃありませんよ」
「そうだねぇ~、スレイくんのことだから──さぁ、ショータイムだ!っとかなんとかいってるよ。きっと」
「あぁ~。なんか言いそうですね。そういえば前にリーフお姉さんとライアさんから聞いたんですけどお兄さんが──さぁ、お前の罪を購え!なんて言ってたらしいですよ」
「あぁ~。そっちがあったか~。でもそれって──さぁ、お前の罪を数えろ!が正しいから、スレイくん独特の言い回しみたいだね~」
なんとものんきな会話を繰り広げているユフィとノクト、女将はこの二人がなぜこんなに落ち着いていられるのかと驚きながらも、それでも女将は大急ぎで仲間を集めてその場所に急いだ。
「たく!何であんな奴らさっさと街の外に追い出さなかったんだい!!」
「すまねぇ、まさかあいつらがこんなことするとは……俺の落ち度だ済まない」
「済まないですんだらこんなことにはなってないんだよ!」
女将と言い争っているのは白い体毛の狼の顔をした大柄な獣人の男だった。
いかにもこのクランのリーダーと言った感じだったが、女将の怒鳴り声に尻尾がだらりと下がり怯えているのが見てとれる。きっと女将さんがクランにいた頃からこんな感じだったのだろうと、二人はそう思いながら少し小走りになりながら先を走る二人に並走する。
「あのぉ~、きっとみんな大丈夫だと思うのでこんなに人はいらないと思うんですけど」
「そもそも女将さんだけで良かったのですが……絶対にお兄さんが逃げ出すと思います」
「あぁ~。わかるわかる。あと始末お願いします!っとかいっちゃってね~」
緊張感も何もない笑い話に女将さんたちはイラッとしていると、空からドサドサっと何かが山積みになって落ちて来たかと思った女将さんたちがそれをよく見ると、あれはこれから捕まえに行こうとしいた冒険者たちの山だった。しかもご丁寧に鎖に繋がれ顔は何倍にも腫れ上がり、何人かは股間に染みが出来ている。
いったい誰が?そんな女将さんたちの
「ユフィもノクトも、ボクがいないことをいいことになに言ってるんだよ?」
やっぱりこれをやったのはスレイだった。
結局、ユフィとノクトの言った通りのことのなっていた。
このまま引きずって事情聴取をしようとしたが、捕まえた奴らの中にはかなりの重症者がいたため先に治療を、と言うことになったのだが……
「ねぇねぇ、なんか数人だけ異様に顔が腫れちゃってるんだけど、これ鼻の骨陥没してたり、頬骨にヒビがはいってたり、顎の骨砕けてたり……はぁ~い、誰がやったのか正直に言ってくれたらユフィさんは怒りませんよ~。その代わり隠したら怒るよ~」
「「「はい、その人たちをのしたのはライアさんです」」」
あっさりとライアをユフィに売った三人。ライアはあの有名な演劇?の漫画の顔になって驚いた、
「……酷い、リーフだって盾で殴ってたのに。ラピスも蹴ってたのに。スレイに至っては殴ったり蹴ったり武器を斬ったりして化け物って言われてた!悪いのは私だけじゃない!」
「ボクのはいつものことだから、手加減はしている」
「私も、盾で殴りましたが顔はやってません」
「わたくしの場合は短剣と一緒に体術も使っていますから」
つまり顔の大怪我をしているやからは、悪いのはすべてライアと言うことでジャッジは終了となった。
裏切られて涙目になったライアをノクトが慰めている横で、治療を手伝っていたユフィが鼻を潰されて呻き声をあげている冒険者に向かってこんなことを言った。
「うぅ~ん。これかなぁ~り痛いよ?まずはこの鉄の棒で鼻を押し上げてから、形を形成することになりそうだから、時間もかかるし血もいっぱ出でちゃうから死んじゃうかもね~」
顔を骨折している患者一人一人にご丁寧にどうやって治すか、それに伴う痛みについて説明しているユフィの顔は、悪魔その物だった。
スレイたちが引いた顔でユフィの側から離れると、女将さんたちがスレイたちの元にやって来る。
「今回は済まなかった」
「いえいえ、取り敢えず彼らには相応の地獄を味あわせたので、あとは煮るなり焼くなり好きにしちゃってくださいね」
それじゃあ、踵を返したスレイがユフィたちに声をかけその場を立ち去ろうとした。余りにも滑らかな動作だったため、女将さんたちは一瞬動けずにいたがすぐに立ち直りスレイを呼び止める。
「いやいやいや、取り調べやらいろいろとやることが──」
「映像の記録媒体、ボクがゴーレムで撮影した物でよければどうぞ。あっ、間違って外壁の一部ぶち抜いちゃいましたけど、しっかり直しておいたのでお気になさらず」
それから三度ほど同じやり取りをして、結局二時間ほど出発を遅らせることとなった。
門を出て吹雪に荒れる大地を目の前に、スレイたちは歩み出すのだった。




