おかえり
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あの時、スレイさまの胸の中で自分の想いを確かめ、もう一度スレイさまやみなさまと共に歩もうとしたわたくしは、イブライムさまに植え付けられてしまったスレイさまへの殺意に飲み込まれてしまいました。
イブライムさまの殺意に呑まれてしまったわたくしは、とても薄暗く、そしてとても寒い闇のなかにいました。そこでは、イブライムさまがこの世に降り立つために憑依したベクターさまの中にある、スレイさまへの殺意がわたくしの心のなかに流れ込み続け、それに続けてこの世の全て人がその胸に秘めているであろう殺意が、わたくしを捕まえて放そうとはしてくれませんでした。
あがいてもあがいても、どれ程強固な意志の元に振り払おうとしましたが、どう足掻いたところでそれを振り払うことは叶いませんでした。だんだんと、抗う力を失っていったわたくしは、ついに心が折れそうになってしまいました。
『これではもう、わたくしはみなさまの元へは戻れそうには有りませんね……申し訳ありませんスレイさま。心より、お慕いもうしておりました』
涙が溢れだしたわたくしは、もうそれを拭うことも出来ません。出来れば、スレイさま、どうかわたくしを一撃の元にこの世より葬っていただきたいです。闇に呑まれながらわたくしはソッと眼を伏せました。
心が、意志が、ラピスと言う人間の全てがイブライムの殺意に飲み込まれかけたその時、眩いばかりの光がラピスの心の中に掬っていた殺意の意思を討ち滅ぼした。
眩い光を眼にしたラピスは、その光の中から差し出されている手を見て、その手を掴むべく手を伸ばした。伸ばされた手が触れた瞬間、ラピスのことを心の中に掬っていた殺意の意思は完全に打ち払われた。
ゆっくりと眼を開けたラピスが見たのは傷だらけのスレイの顔だった。どこかの木の下にいるのだろう、空から照りつける太陽の木漏れ日が目に写った。
そこでラピスは自分がスレイの腕の中にいるのだと気が付くと、スレイもラピスが目覚めたことに気が付き、呆然としてスレイのことを見ているラピスに向けて優しく微笑んだ。
「良かった、眼が覚めたみたいだね」
「あっ………あぁ、スレイ、さま……?死ぬ前に最後に見る夢ではなく………本当に、スレイさま………なのですか?」
「あぁ。本当にボクだ。夢なんかじゃない。ラピスはまだこの世界にいる。生きているよ、もちろんボクだって生きてるしね」
伸ばされたラピスの手がスレイの頬に触れると、その手に重ねるようにスレイも自分の手をその手に重ねる。すると、触れられている手から伝わって暖かな温もりを感じたラピスは、目尻に熱いものを感じそしていつの間にか頬を伝わって涙が零れ落ちていくのを感じた。
「よかった……です。わたくしは、生きて………もう一度、あなた様にお会いすることが……もう一度、みなさまと共にいられるんですね……?」
「あぁ。だから、ラピス。はやく泣き止みなよ。………今のボクじゃ、君の涙を脱ぐってあげることもできないからさ」
元々限界一日手前だったのに加えて最後にウェルナーシュの力を借りて放った、あの魂に纏わり付いていた黒い靄を切り裂いたあの不可思議な斬激、あれを放つためにスレイは身体の中の全ての力を使いきった。それはラピスも同じだろう、運良く戻ってきたはいいが、スレイとに戦いやイヴライムの殺意の本流を受けてボロボロだ。
「分かっております………ですが、今はもう少しだけ泣かせてくださいまし」
「ははっ……あぁ。おかえり、ラピス」
「ふふっ……ただいま、帰りました………スレイさま」
泣いているラピスの事を見ながら口元に小さな笑みを浮かべたスレイは、すぐに真面目な顔に戻るとソッと顔を上げるて街のある方を見る。
かなり遠いが、竜人の目と身体の中に残っているウェルナーシュの力のお陰か、ここからでも街から上がっている黒煙が見えていた。まだ使徒との戦いは続いている。
ラピスの泣き声が聞こえなくなったのを見計らいスレイは、弱々し力で腕を動かすと、自分の側に寝かされていた黒い剣にソッと触れると、意識を集中させながらウェルナーシュに向けて語りかけた。
「おい、まだ剣を通りして繋がっているんなら、ボクの問いかけに答えろ」
「スレイさま?」
事情を知らないラピスが不思議そうにスレイを見る。
『なんだ小僧、使徒の娘との密ごとを始めるのなら繋がりを切るぞ?』
「なっ、誰ですか今の声は!?」
「あれれ、ラピスにも聞こえるんだ………って、そんなことよりも、ウェルナーシュ、もう一度だけボクに力を貸してほしいんだ。頼めないか?」
『小僧、我を便利な魔道具かなにかかと勘違いしておらぬか?』
「今のお前は似たようなものだろ?………このまま虚無の彼方に消し去ることもできるぞ」
『そいつは遠慮してぇ。まぁ小僧に死なれてしまっては我の目的が叶わんからな、仕方があるまい。小僧、これはあくまでも一時的に動かせるようになるだけだ。無理をして死ぬでないぞ』
「ウェルナーシュって以外と優しいところあるんだね」
『うるさいぞ小僧………暫し痛むが我慢しろよ』
「感謝す───ッ!?グッァアアアアアア――――――ッ!?」
身体中に凄まじい激痛が走った。
ドクンッと力強く鼓動したと同時に心臓に痛みが走り、スレイは胸に手を当てながら地面に手をついた。
「スレイさま!」
「だっ、だいじょ──ッ!ァアアアァアァァァアア!?」
言葉にならないほどの激痛によりもたれ掛かっていた木から崩れ落ちたスレイ、そのまま地面を転がりながら痛みを堪えること数十秒、ようやく痛みが消えた。すると、今までの身体の不調が嘘のように消え去り、立ち上がる事ができた。
身体の調子を確認するために腕を動かそうとしてあることに気がついた。
「ウェルナーシュの奴、この入れ墨みたいな模様広げやがったのか?」
この幾何学的な模様がウェルナーシュの力であることがわかるが、それを全身に広げる必要が分からない。
ただ、これのお陰で動けるようにはなっているが、先ほどウェルナーシュ一に言われた通り一時的に身体を動かすことが出来るようになっただけだろう。何があっても無理はできないと考えながらラピスの方を見るとどこか怯えているかのように錯覚してしまうほど顔色を悪くしていたのだ。
「ど、どうしたんだラピス!?まさか、まだベクターの殺意が残って──」
「スレイさま、そのお姿は……いったい、何が起こっているのですか?」
突然のラピスに問いかけにスレイは首をかしげるが、ラピスがこんなことを言うのにはしっかりとした理由があった。
今のスレイの顔には黒い幾何学的な模様が浮かび上がり、それは破れた服の隙間から見える肌にまでビッシリと浮かび上がり、あの模様が全身にくまなく描かれているのが見てとれた。さらには、スレイの蒼い眼が赤黒い輝きに変わり、真っ白い髪までもが全て黒く染まるなどの著しい変化があった。
突然、こんなにもの変化をすれば誰でも驚くかもしれないが、ラピスが怯えているのはそこではなかった。
ラピスが今、一番怯えているのは、スレイから感じられるとてつもなく強大で、膨大な力の本流、まるで巨大ななにかを目の前にしているかのような、まるでなに変えたいの知れない力を宿しているかのような、恐怖が本能に訴えかけてくる。
怯えているラピスの手が震えている。そんなラピスの手を取って、スレイはいつものような笑みを浮かべながら安心させるように声をかける。
「大丈夫だよ。ボクはボクだ、ウェルナーシュにも乗っ取られてないから怯えないでよ」
本当にそうなのかと、ラピスは疑いの眼差しを向けかけたが、すぐにいつものスレイだと気がついた。例え髪の色が黒く染まってしまったとしても、例え瞳の色が赤く黒く変わってしまったとしても、纏っている優しい雰囲気や、瞳の中の奥にある優しい気配を感じてラピスはソッとうなずき返した。
「えぇ。そうです、申し訳ありませんでしたスレイさま。スレイさまはスレイさまです。他の誰でもない、行きましょう、みなさまの元へと」
「あぁ───っと、言いたいところなんだけど、一つだけ問題がありまして………」
「はい、いったいなんでしょう?というか、なぜスレイさまは上を見てお話ししているのですか?」
話ながらだと言うのだが、スレイはラピスから背を向けて、ついでに空まで見上げてしまっている。不思議そうにしているラピスに向かってスレイはその理由を話し出した。
「えぇっとですね。怒らずに聞いていただけると幸いなのですが、ゆっくりと自分の真下をご覧いただければ、ボクの言いたいことが理解できるかと思われます」
「?─────ッ!?」
ラピスが自分の真下を見る。するとこに見えていたのは、自分の少々小降りな胸に、日に焼けていない白い肌、産まれたままの姿の自分がそこにいたのだ。
最初に言っておくと、服を焼いてしまったのはラピスの意思で、身体を覆っていたあの羽毛はスレイがイヴライムの殺意を切り離したと同時に、意識を失ってしまったためか消えてしまったのだ。
ついでに言っておくと眼が覚めるまでは毛布をかけておいたが、立ち上がった時に落ちてしまった。
「~~~イヤァアアアアアア―――――――――ッ!?」
羞恥で顔を真っ赤にしたラピスが内股になりながら座り込むと、胸を両手で隠しながらスレイに見えないように背を向けている。ちなみにその光景をスレイは必死で見ないようにしているのだが、スレイと繋がっているウェルナーシュが二人に聞こえるように囁いた。
『小僧、使徒の小娘、あまり時間がないからな、交尾をするなら早めにすま───』
ここまで言ったところでブチッと、切れてはならないなにかが切れてしまったスレイは、ウェルナーシュの力を貸し与えらたせいか、若干凶悪なフォルムに変化してしまった角をはやし、ついでに闘気と魔力、そして竜力によって筋力を強化したスレイは力の限り使って、ウェルナーシュの意識が宿っている黒い剣を投げ飛ばした。
「ぶっ飛んでこい、この駄竜がァァアアアアァアアア――――――――ッ!!」
怒りの叫びと共に飛んでいった黒い剣、ただしちゃんと飛ばした先に空間収納を開いているのでなくす心配はない。荒い呼吸を繰り返しながら空の彼方へと──実際には空間収納の中へとだが──消えていった黒い剣を見ながら、ウェルナーシュの声が聞こえなくなったのを確認してから、側に落ちていた毛布を拾って、ラピスの裸を見ないようにかける。
「………お手数をおかけして申し訳ありませんスレイさま」
「いや、良いけど……帰ったらラピスの装備とか全部新調する必要があるな。それに、腕輪も新しいの作らなくちゃな」
「そう……ですわね」
ラピスは悲しそうな眼で自分の右腕を見る。かつては腕輪がはめられていたその場所にはもう何もない。
それはスレイも同じだった。前回壊したときはギリギリ修復が可能だったが、今回はそうは行かない。また新しく作り直さなければならないが、いい機会なのでいっそのことみんなの腕輪の整備と共に、デザインも一新させるのもいいかもしれない。
そんなことを考えていると、毛布を握っている手に力を込めているラピスを見て、ポンポンッと頭を叩いて見せた。
「気にしなくていいって」
「……はい。………あの、ところでなにか着るものをお借り出来ないでしょうか?さすがに恥ずかしいので」
「あっ、そうだったな。ごめん、すぐに用意するから」
スレイはすぐに空間収納の中から、下着代りの水着と予備のシャツと夏の寝間着に使っている短パンにジャケット、それと予備のベルトと短剣を二本に空間収納と同じ効果を持つポーチ、それにいつか靴造りに目覚めたときに作ったサンダルをラピスに貸し与えた。
ラピスが着替え終わるまで後ろを向いていたスレイは、その間に手鏡を出して自分の変わりようを確認していたのだが、一目見てもういいやと思いながらウェルナーシュの意思を宿した剣を取り出す。
『小僧、いきなりなんてことを──』
「あの、そんなことはどうでもいいんで、この髪の色だけどうにかしてもとの色に戻してもらってもいいですかね?顔の模様とかはまぁ、どうでもいいんですけど、さすがに髪の色まで黒くなっちゃったらみんなから何を言われるか分からないんですよ、いやマジで」
『お主、いったい普段からどんなことを言われ続けておるのだ?』
黒い剣からかなり驚いたウェルナーシュの声が聞こえてきた。それもそうだろう、スレイがかなり低い声で、切実に訴えかけた。そのお陰か黒く染まっていた髪の一部が白くなった。
毛先の半ばまでが白くなり、頭頂部分が黒い、まるで人の姿をして人を喰らうあの漫画の続編の主人公のようにな見た目になってしまった。せっかくの機会なのでなのでアレもやってみたい。
「なぁ、眼球を黒くして眼の色を赤くすることって──」
「そうするとなにかあるのですか?」
せっかくなのでなりきってみよう、そう思ってウェルナーシュに頼もうとしたそのとき後ろからラピスの声が聞こえビクッと肩を跳ね上がらしたスレイは、内心で冷や汗を流し続けながら後ろを見ると、スレイの貸した服を着たラピスがそこにいた。
「やっ、やぁ!ラピスさん!着替えも終わったようですし街に戻りましょうか」
「えぇ。ですがなぜそんなにテンションが高いのですか?」
「気にしなくて良いのです。はやく行きましょうなのです」
「スレイさま、口調がかなり変です」
恥ずかしいお願いを聞かれれば誰でもこうなるとは、絶対に言えなかった。
「んっ、うん!──さて、そろそろ戻るけど、ラピス。一つだけ確認だ。君は使徒とたたかえるか?」
「───ッ!………はい。出来ます。わたくしは人の心を持った使徒です。助けを求める人を見過ごせません。それが同族を打つことになったとしても」
「わかったよ。それじゃあ、行こうか」
「はい!」
スレイとラピスはゲートを通り、街へと戻るとそこには巨大な魔物が街を破壊していたのだった。




