目覚めと仮面の二人
本音を言いますと、次からは一話完結ほのぼの日常編を書こうと思っていました。ですが、数話はバトルメインで書いていきそれから、宣言通り日常編を書きます。
それではお楽しみください。
ズキンッと頭の痛みで目が冷めたスレイは、なぜこんなところでこんな時間に眠っているのかわからなかった。
「なんで……寝てたんだっけ?」
どういうわけか眠っている前後の記憶が曖昧だった。
何がどうあって寝てたのか、それに自分が頭を乗せているこの微妙に柔らかく心地よい温かさの枕は何なのか、それについて考えていると頭上から影がさした。
「スレイくん!良かった目が覚めた~!!」
上から見下ろしてくる桃色の髪の少女の顔を見て数回瞬きをした後、目の前にいる少女がユフィであることに気づき、ついでになぜ寝てた、いいや気絶してたのかを思い出した。
「そうだった。ユフィに抱きつかれて、倒れた頭打ったんだっけ……」
そう口にするとユフィが申し訳無さそうに顔をそらしたのを見ながら、いつまでもこの格好というわけにはいかないので起き上がろうとした。
「まって、まだ寝てなきゃ」
「もう平気。それにいつまでもその格好じゃ足がしびれるでしょ」
身体を起こしたスレイは岩で打ったはずの後頭部を触ってコブがないかを確認すると、どうやらユフィの迅速な治癒のお陰であとは残らなかったようだ。
頭から手を離して目の前に持ってきたところでスレイの表情が固まった。
頭を触っていた手が薄っすらと赤く染まり、鼻を突くような鉄の匂いからすぐにこれが血であることに気がついた。どうやら塞がって入るようだが一歩間違えば死んでいたかもしれない。
運が良かったと心のなかで感謝の涙を流したスレイは、いつまでも座っているわけにもいかないので立ち上がった。
「うぅ~ん、身体はどこも悪くなさそうだな」
頭を打っているので一応身体を動かしてみたスレイだったが、特に問題ないことを確認した。そうしていると、下からユフィの視線を感じて振り返った。
「ユフィ、さっきからこっち見てるけど、どうかしたの?」
「ん~、なんだかスレイくんの服、結構ボロボロだし遠目から見たらボロキレだよ?」
「酷いなぁ。この一年、朝から晩まで戦いに明け暮れてたんだから、服だってボロ切れになるっての」
ユフィに言われなくてもスレイも感じていた。
持ってきた裁縫道具を使って何度も縫って、それでも直せないときには錬金術で直してを繰り返してきた服は、はたから見ればボロ切れと見えようが、スレイの一年間の修行の結果とも言える。
スレイはユフィに手を差しだすと、ユフィが手を伸ばして握りしめた。力を入れてユフィの手を引いて立ち上がらせると、向かい合って目線があった。
しかし、その時スレイはなにか前と違うような違和感を感じた。
「あっ」
「ん?なに、どうかした?」
「いや、背が抜かされちゃったから」
ユフィの言葉を聞いてスレイは自分が感じた違和感の正体に気がついた。それはユフィとの目線の差だった。
前はほとんど身長が変わらずいつも同じ視線で過ごしていたが、今はユフィの目線が少し下にあった。だから違和感があったのかと、納得したように頷いているとユフィが何かを始めた。
ユフィは頭のてっぺんに手をおいてから真っ直ぐ水平にスライドさせると、その手はスレイのおでこに当たった。
「もう!男の子ってなんですぐに背が伸びるのよ!」
「いやいや、今成長期なんだから背くらい伸びるよ!ってか、伸びなかったら泣いちゃうよ!」
「そうだけどぉ~、やっぱり寂しいのぉ~!」
突然駄々をこねだしたユフィを見て、スレイはどうしたのものかと考えたが久しぶりにあったユフィの駄々くらい聞いてあげようかと、ユフィが満足行くまで待つことにしたのだった。
⚔⚔⚔
少しして文句をすべて言い尽くして落ち着いたユフィ、休憩の意味も込めてスレイはこの死霊山で取れたリンゴのような果物を取り出して渡した。
「落ち着いたところでちょっと休憩しよう。はいこれ、甘くて美味しいよ」
「ありがと───あっ、ホントに甘いけど、ちょっとくどい甘さだね」
受け取ったリンゴのような果実を一口食べたユフィは、思いの外柔らかい果肉の食感と果肉から感じるドロッとした蜜の味に驚いていた。
スレイも初めてこの果実を食べた時、同じ反応をしたのが懐かしい。
「疲れてるときには、このくどい甘さがちょうどいいんだけどね」
それを食べながらスレイが眠っている間のことを話してもらっていた。
「じゃあ、師匠は先に帰ったんだ」
「うん。多分もうあえないから、じゃあな、だって」
「師匠らしいと言えば師匠らしいな………それで帰りは自分で帰れってか」
スレイはゲートが開いていたはずの場所を見ながら呟く。確かに意識を失う前にはそこに開いていたはずのゲートはもう塞がれてしまっていた。
「これも修行だから私はゲートを使うなってさ」
「丸々一年使えなかったからな、少し試さないとな」
食べかけの果実を食べ終わったスレイは、腕輪を外して体内の魔力を開放して体内に巡らせる。今まで阻害されていた魔力の流れが正常に流れている。
「魔力が身体を流れるこの感覚、懐かしいな」
「阻害されながら魔力を練るって、なかなか難しそうだよね」
「難しいけど、これを使ったおかげかな。魔力操作が格段に上がってるよ」
体中に流れる魔力操作の効率が確実に良くなった。
また強くなったと感じたスレイは、どこにつなげようかと考え前にあの少女といったあの丘にしようと思った。行く場所を思い浮かべながら掌を掲げると魔法の呪文を唱えた。
「行くよ───ゲート」
スレイは頭の中でイメージした場所にゲートをつなげると、眼の前の空間が歪んだ。
「どこに繋いだの?」
「初めは身近な場所、入ってみてからのお楽しみだけど、危険だから杖は持っておいて」
「分かったわ」
ユフィが空間収納から杖を取り出し構えたのを見て、スレイは先に無効の様子を見てくるとゲートをくぐった。
その場に一人残されたユフィは改めてこの山がどういう場所なのか気付いた。死霊山のことは知っているし、どういう場所なのかも理解していたが、実際にここに来てみてよくわかった。
恐ろしいほどの膨大な魔力、こんな場所で一年も生き延びてきたスレイはどれくらい強くなったのだろう。それを考えながらユフィは前に作った小型魔道具を数個取り出して上着のポケットに忍ばせた。
すると、ゲートの中からスレイが顔を出した。
「魔物いないから来ていいよ」
「うん。わかった」
スレイに続いてゲートを潜ったユフィは、眼の前に広がる光景を見て感激の声を上げた。
「わぁ~きれぇ~」
一面に広がる真っ白な花畑をみながら微笑んでいるユフィ、その横に並んだスレイも嬉しそうに頬笑む。
「良かった。でもこれ薬草だから、観賞用じゃ無いんだよね」
「へぇ~、何て薬草なの?」
「ムーラ草、ホントは青紫色なんだけど、受粉を終えると色彩が落ちて効果もなくなるみたいなんだよ」
「なら次はその時見に来たいなぁ~」
「やめといた方がいいよ。ここ一応魔物出るし、この薬草も魔物が食べるから」
その証拠にリザードマンに襲われたし、とスレイが言うとユフィは少し考えてから答えた。
「ならスレイくんに連れてきてもらおうかなぁ~」
「そういうと思ってたよ」
ユフィがそう言い出すとは想像に固くなかったため、うなずき返すとやったねと嬉しそうにしていた。
本当は花を見せるだけなら、受粉前の花を何本か採取していたので見せることは出来る。だけどせっかくなら一面に咲いた花を見せてあげたい、そうスレイは思ったのだった。
⚔⚔⚔
それからスレイはいろいろな場所にゲートを開き、一年間修行した場所を案内して回った。そしてその途中に何度か魔物との戦闘があった、今みたいに。
「ハァアアアアァァァァッ!!」
スレイが振るった険がゴブリンの首を落とすと、そのまま後ろに身を翻し近付いてきたゴブリン二匹を斬り裂いた。
ゴブリンの身体が二つに別れて地面に落ちると、周りに他の魔物がいないことを確認してから剣に付いた血を降って落とし鞘に納める。
「相変わらずここは上と違って面倒だな」
「上は違うの?」
戦いが終わるまで見ていたユフィが訪ねる。
「あぁ、上はある程度位分けが出来ててね、上に行けば行くほど単体で強くなるんだよ。ここらは群れなければ弱い方だね」
「うぅ~ん、でもさぁ、ここら辺の魔物って……かなり強いよ?」
「ハッハッハッ何をいってるのかねユフィくん。これが強い?あははっ、上の魔物よりも弱いよ?」
急に笑い出したスレイだったが、その目はまったく笑っておらず声にも抑揚がまったく感じられなかった。
この一年で何があったのか、こんな山で過ごしたのだから想像を絶する体験をしたに違いないと思いながら、少しだけ、本当にほんの少しだけ距離を取った。
何がとは言わないが怖かったからだ。
その時、ユフィは警戒ように張り巡らせていた気配探知用の魔法に魔物が引っかかった。
「ねぇ、スレイくん、魔物が集まってきてるよ」
「あぁうん。分かってる、ちょっと倒してくるよ」
すぐにいつもの様子に戻ったスレイが迎撃に動こうとしたが、ユフィはそんなスレイに待ったをかけた。
「ねぇスレイくん。私が相手してもいいかな?」
「ユフィが?……いいよ、何かあったらボクが相手するから」
少し考える素振りをしたスレイだったが即座に承諾した。
やったとユフィが小さくガッツポーズを取る横で、懐に手を入れたスレイが何かを抜き出すとすぐにユフィがそれを見つけた。
「あれ?スレイくん、それってもしかして拳銃!?どこで手に入れたの!?」
「あぁ、実は武器壊れて新しいのを買いに行ったときに見つけてね」
「うわぁ~良いなぁ~後でよく見せてよ!」
「いいよ──っと、もう来たみたいだな」
スレイが茂みの方を見る。ユフィも魔法で感知しているが、相手はよほど狡猾なのか未だに姿を見せない。
場所はわかるので魔法であぶり出そうかとユフィが思ったが、スレイがユフィのことを止める。
「ユフィは魔法の準備を、ボクがおびき出すから後はお願い」
「うん。わかったよ」
コクリと頷いたユフィは懐に忍ばしていた魔道具を取り出し、杖に魔力を注ぎだす。その姿を横目に魔導銃を構えたスレイは気配が集まっている茂みに照準を合わせる。
正面に二発、そして左右に一発ずつの弾丸を打ち込んだ。
すると茂みの中に隠れていた無数のゴブリンが飛び出すと、二人のことを取り囲んだ。
「予想してたよりも結構いるな、一人で倒せる?」
「うん、大丈夫。任せといて」
その言葉を聞いたスレイはいつでも動けるようにしながら後ろに下がった。
スレイが下がったのを感じたユフィは、そろそろ行こうかと待機状態にしていた小型ゴーレムを起動させる。小さな貝殻のような姿から変形し、空中に浮かんだそれに魔力の糸をつなげた。
準備を終えたユフィが杖を構えると、魔法を警戒したゴブリンたちが一斉に飛びかかった。
「甘いよ───シールド!」
飛びかかってきたゴブリンたちよりも速くユフィは杖を掲げると、自分を中心にしてドーム状のシールドが形成される。
飛びかかってきたゴブリンたちは、シールドに阻まれて近づけない。
「グギッ」
「グガガッ!」
ゴブリンたちがシールドを破ろうと殴ったり石斧で叩いたりしたが破れないでいる。
シールドのお陰でゴブリンの侵入は防いだ、だけどシールドの中から魔法を放つ事はできない。
「ここからどうするんだ?」
「大丈夫だよ、見てて」
ユフィは杖に魔力を注ぎだすと、魔力の流れがおかしいことにスレイは気づいた。ユフィの魔力が杖からどこかへと流れていく、そう感じたスレイは魔力の流れをたどりその先でおかしなものを見つけた。
空中に描かれた無数の魔法陣と、その周りを飛ぶ小さな何かを見た次の瞬間ユフィが魔法の呪文を唱えた。
「よぉ~し行くよ──ライトニング・アロー!」
空中に描かれた無数の魔法陣から放たれた雷撃の矢が雨のように降り注ぎゴブリンたちを殲滅する。
しばらくして雷撃の矢が止み、ゴブリンが動かなくなったところでユフィがシールドを解いた。外に出るとユフィが掌を広げて小型のゴーレムを回収した。
「ユフィ、それって何なの?それにさっきの魔法、どうやってあんな発動を?」
「ふっふぅ~ん。驚いたでしょ、これ私が作ったゴーレムなんだよ」
ユフィは回収したばかりのゴーレムをスレイに見せると、スレイはマジマジとゴーレムを観察した。
「すごいな、これ小さな宝珠を乗せてるの?」
「うん。私の杖を軸にゴーレムたちとリンクを繋いで、離れた場所でも魔法を発動できるようにしたの!」
「すごい。じゃあ、完全な死角から魔法を使ったり、使い方次第じゃすごい代物になるな」
興奮したスレイの様子にユフィは大満足だったが、そんなスレイはすぐに平静へと戻った。
「そのゴーレムについて、色々効きたいことがあるけど、この臭いでよってくる魔物もいるしコアだけ獲って移動しよう」
「わかった。それで、次はどこに行くの?」
「そうだな、ゲートにもなれたし帰る前に最後に上にでも、いってみようか」
「上って?」
ニヤリと笑ったスレイはついてからのお楽しみだと言った。
⚔⚔⚔
討伐したゴブリンのコアを回収した二人は、村に変える前に山頂へと立ち寄った。
「ここが山頂?」
「あぁ、そうだよ」
ここは死霊山を一望できる唯一の場所であり、スレイにとって修行の締めくくりをした思い出の場所だ。
「上から見るとただの山なのに、ここからでもすごい魔力を感じるよ」
「まぁ、こっちじゃどこもそうだけどな、ここは特に凄いから、魔物もここを目指して日夜戦っているんだ。ほらあそこ見て」
ユフィがスレイが指差した場所には、武器を持った魔物同士が戦っている。戦っているのはそこだけではない、いたるところで魔物同士が戦い、凌ぎを競いあっている。
「より強くなるために魔物同士で争って、そしてここを目指すんだ……ここでは、アレが普通なんだ」
「うん。アレがボクが戦ってきた相手だ。何度も負けて、何度も死にかけて、それでここまで来た。ボクの全てだ」
これがスレイが修行した場所、そしてここがスレイが成し遂げた修行の成果なのだと、ユフィはこの場所を見せてくれたスレイの顔を見る。
その横顔はとても凛々しく、記憶の中にあったスレイのどんな顔よりもかっこよく見えた。
「よし、そろそろ帰るか」
「うん。あ、そうだスレイくん帰ったら凄く驚くことあるよ?」
「驚くこと……ま、まさか……ミーニャに彼氏が……早すぎる交際はお兄ちゃん許しませんよ!」
まったく見当外れな想像をしながら兄バカを発動したスレイに、ユフィは少し呆れる顔をしている。
こんな見当違いな考えをしているスレイに、二人目の妹が産まれたなんて言ったら、どうなてしまうのだろうか。ユフィは少しだけ想像してクスクスと笑ってから答えた。
「大丈夫だよ~スレイくん。それじゃないからね」
「あ、そうなの?って、何笑ってんの?」
「笑ってないよ~。だから安心してね」
おかしな言動をとるユフィを不審に思いながらも、村に帰ればわかるかと思ったスレイは村へゲートを開こうとしたその時だった。
「──なんでこの山にガキがいる?」
この場所で聞こえてくるはずのない人の声、ありえないことに驚きながら二人が振り返る。
そこには全身を黒で揃え顔の半分を覆う銀の仮面を着けた少年と思しき風体の人物だった。
「あら本当ね。何してるのかしら」
とその隣に並び立つのは、同じく全身を黒で揃えた仮面で顔を隠した少女だった。
正体不明の二人組の手には抜き身の剣とダガーが握られ、その刀身は血で濡れていた。少なくともこの山を登ってこれる実力があると判断したスレイは、ゆっくりと剣に手を伸ばそうとした。
「おい、そこの白髪頭、妙な動きはするな」
「───ッ!」
仮面の少年に釘を差され動きを止めたスレイは、剣に伸ばそうとしていた手をおろした。
「おいお前ら、俺たちはある人物を探しに来た───ルクレイツア・ステロンはどこにいる」
仮面の少年の口から出てきた師ルクレイツアの名前にスレイはハッと息を飲むのであった。