戦う理由 ③
スレイがイヴライムによって殺意に操られたラピスを助けるべく、必死に語りかけながらラピスから振るわれる短剣の攻撃を黒い剣と緋色の短剣を駆使してさばき受け流していた。
「────クッ!」
剣と短剣を撃ち合わせながらスレイがつばぜり合いに持ち込むために一歩を踏み込む。ここで引かれれば大きな隙になると思ったがラピスも同じように距離を詰めた。スレイとラピスは至近距離で顔を会わせることになったのだが、やはりラピスの瞳には光と言うものが全く見えない。
そのせいでラピスの中から意思も何もかもが消え去り、閉ざしているのかのようにも見えてしまったがスレイにはある確信があったため必死になってラピスに語りかけ続けた。
「ラピス!しっかりしろ!ベクターの殺意に飲まれるな、意思をしっかり持て!!」
「うるさい。大人しく死になさいスレイ・アルファスタ!」
膠着状態から剣を押し返し返されてバランスを崩しかけるスレイ。そこを見逃さなかったラピスが距離を詰めると短剣を振るいスレイを斬る。だが、いくら体勢の悪い状態だからと言ってもかわせないではなかった。
身体の重心を後ろに傾け短剣の一閃をかわしたスレイだが、わずかに反応が遅れて額を切り裂かれてしまった。斬られた傷から流れ出る血が視界を奪われ、一瞬だけラピスから視線をはずしてしまった。
「ぐっ………なっ、ラピスはどこに─────ッ!?」
一瞬の透きをついてその場から消えてしまったラピス、片目だけでラピスのことを探していると真上から膨大な魔力を感じて上を見上げると、先程の光の柱と同等の驚異を感じた。
「死になさい、スレイ・アルファスタ!」
ラピスの冷酷な言葉を聞いてスレイはそれに対抗するべく必殺の魔法を発動させる。
「クソッ!──イルミネイテッド・ヘリオース!」
光に柱と光の柱、二つの光がぶつかり合うと衝撃で周りに残っていた木々が薙ぎ倒されていった。
光の柱同士がぶつかり合った衝撃ははるか遠くにまで届いていた。上空を飛びながら目的の使徒を探しながら分体を倒していたユキヤの元の衝撃が届いた。
「うをっ!?─────ぅんだよ、あっぶねぇな!?」
突如襲ってきた衝撃のせいで空中でバランスを崩しかけたユキヤだったが、どうにかしてバランスを取りながら後ろに振り返ると、学園の敷地内に光の残滓が見えた。あの場所はスレイと使徒が戦っていたところだ、そう思いながら、ふとスレイの安否が気になってしまった。
「チッ、あのバカが………自分の女を助けるなんてバカな真似をして死ななきゃいいんだがな………クソ、俺があいつの心配とか、できる立場じゃねぇってのにな」
スレイとユキヤは一度だけでなく、顔を合わせるごとに敵として剣で斬り結んできた。最後に斬り結んだときにはお互いが殺す気で戦い、そしてユキヤ自身が連れてきた使徒によってスレイは左腕を切り落とされた。
こんなことをしておいたのにも関わらず、先程スレイと顔を合わせたときにの顔には怨みなどの恩讐の色は全く見受けられなかった。それがユキヤにとっては辛かった。
傷つけた、裏切った、何度も殺そうとした。スレイが親友のヒロだと分かったときには、ユキヤはあの方のためにスレイを殺してでも止めようとした。そして、あの竜から受け取った魔眼の力のお陰で、あの日の夜の真実を知った。
自分がバカだったと悟ったとき、ユキヤは今度こそもう二度とスレイとは笑い会う資格はない、そう思っていたのにスレイに恩讐の念が無いのなら、いったいこの痛みはどうすればいいのかと思ったユキヤは、この戦いが終わったらもう一度スレイと語り合おう、今までのことを許してもらおうとは思わない、ただあいつの本心が聞きたい、恨んでいないのか、殺したいとは思っていないのか、どんな答えが帰ってきてもそれを受け入れよう、それがあいつのために出来る唯一の贖罪なのだから。
「てめぇには言いたいことも、聞きたいことも山ほどあるんだ。簡単にくたばんじゃねぇぞクソヒロ」
ユキヤが一人で愚痴っていると背後に誰かが現れた気配を感じ、鞘に納めている刀の柄に手を触れながら振り向くと、その姿を見たユキヤの全身から殺気が吹き荒れた。
目の前にいるのは着流しに袴、上には羽織を着た日本の侍のような格好をした男………いいや、断じてこの男は人ではない。背中から生えている黒い翼が使徒である証だ。
だが、ユキヤはそんな物を見ずとも、こいつが使徒であるとすぐに察することが出来た。なぜなら、そいつの顔を、もう二度と見ることの出来ないと思っていた顔が目の前にいたからだ。
「………十、いいや十一年だ。ずっとこの時を俺は待っていたんだ。あいつに付き従っていればいつかお前を探せる、この手で殺すことが出来ると信じてなぁ」
「…………………………………………」
「あの日、あの夜のことを俺は今まで忘れることが出来ねぇ。てめぇが母さんを殺したあの日のことをなぁ!クソ親父!いいや、武芸の使徒セファルバーゼ!」
目の前にいる使徒はかつてこの世界のユキヤの父の体を奪い、そして家族を屋敷にいた兄弟子や皆殺しにした使徒だった。
少しだけ昔の話をしよう。
十一年前の当時のユキヤは、はるか東方大陸に存在する小さな島国、ドランドラに暮らしていた。ドランドラは昔の日本と同じような歴史をたどり、国内では天下の頂を取るべく様々な地域で戦が行われていた。
そんなユキヤは、代々帝支える武家の中の一つ橘家で生を受け、宮仕えであまり屋敷にはいなかったが優しい父と、病弱ではあったが儚げでいつも父を支える母、そして歳の離れた四人の兄姉、父の家信の娘であったアカネ──あの頃は鈴音だったが──その末子として産まれ蓮華と名付けられ幸せな暮らしを謳歌していた。
地球で得られなかった物を、ずっと憧れていた幸せをここに来て手にいれることが出来た。
………だが、そんな幸せも長くは続かなかった。
メラメラと火が燃える音、ガラガラと何かが崩れ去っていく音、人の肉が焼ける吐き気を催す臭い。燃え上がる屋敷の庭には無惨にも斬り殺された兄弟たちの姿、まるで地獄のような光景が目の前に幼いユキヤとアカネは言葉をなくした。
「なんで、なんでこんな………」
「レンさま、あそこにおくがたさまが!」
呆然と立ちすくんでいたユキヤの耳に幼いアカネの言葉にしたがいそちらを見ると、炎に燃える屋敷の中で母が刀を持った男に惨殺される光景であった。
それを見たユキヤは自分の身の危険を省みず炎の中に飛び込んでいき、すでに事切れていることが分かっていながらも、母の亡骸を抱き抱え息があるかを確認しゆっくりと床に上に下ろした。
助けられなかった、また失った、その時のユキヤの心の中は後悔の念で一杯になりながら母を殺した男に向かって叫びかける。
「まて!貴様ぁ!よくも母上を、俺が殺してやる!貴様だけは絶対に────っ!?」
言葉を詰まらせたユキヤ、その目の前で血に濡れた刀を持って佇んでいる男の顔を見て固まっていた。なぜなら母の亡骸の眼前にたっている男こそ、ユキヤのこの世界での父親その人であったからだ。
「父上、いったい何を……何をしているんですか!なんで母上を斬ったんですか、答えてください父上!!」
「………………………………………」
ユキヤの父はなにも答えない代わりに幼いユキヤの眼前に、血に濡れた刀の切っ先を向ける。向けられた刃からひしひしと伝わってくる冷酷なまでに冷たい殺気にユキヤは足がすくんだ。
ユキヤの父はそんなユキヤを見てそっと刀を下ろすと、燃え盛る炎の奥へと消えていった。
「まて、待てよ………待てよクソ野郎っ!!」
家族を失ったユキヤの悲痛の叫びは燃え盛る炎によってかき消されていった。
あのあと、燃え盛る屋敷の中から母の遺体と共に脱出したユキヤは、アカネと共に生き残った家臣たちに助けられ生き延びた。
そこから数年後、突然現れた神の使いを名乗る使徒の誘いに乗り神の尖兵の一人にとして、いつの日か神に仇なす可能性のある人物を消し、有るときは使徒のよりしろとなるように勧誘も行った。
全てが仕組まれていたこと、そうだとしても目の前にいるこいつだけは許せなかった。兄姉たちを殺し、母を殺したこいつだけは、どうしても自分の手で始末したかった。
「何とか言えやこのクズ野郎が!」
ユキヤがセファルバーゼに向けて殺気を放ちながら叫びかけると、セファルバーゼは大きなため息をしてその叫び声に返した。
「十年前、確かに俺はこの体を手に入れてすぐに人を殺したが、たったの四十三人だったか?なぜお前はたったそれだけの人間が死んだくらいで怒っているのだ?」
「あぁ?なに言ってんだよ?」
「だからだ。貴様はたった四十三人、死んだだけで俺を追い続けていた。そう言ったな?だが、今この地上を見てみよ」
セファルバーゼがユキヤに向かって、まるで子供になにかを諭すかのような口調で下を見るように言われ、ユキヤはセファルバーゼのことを警戒しつつも下を見る。
街の中には目の前にいるセファルバーゼ、すでにこの場を立ち去ったイブライム、それに道化師の仮面を被った使徒の分体が人々を襲っている。これを見せてこの使徒はいったいなにを言いたいのだろうか、そう思いながらセファルバーゼを睨む。
「解らぬのか、人など簡単に死ぬ。貴様も知っておろう、世界では今この瞬間にも人は死んでいる。頭を強く打っただけで死ぬ。高い場所より落ちても死ぬ。水に溺れただけでも死ぬ。魔物に襲われるだけでも死ぬ。子が産まれた瞬間に両方死ぬこともあるだろう」
「そんなもんは当たり前だろう。てめぇはいったい何を言いたいんだ」
「ここまで言ってまだ解らぬのか?貴様は、己の女が子を生んだと同時に死ねば子を恨むか?医者を恨むか?知り合いが崖から落ちて死ねば崖を恨むか?海で溺れ死ねば恨むか?恨まぬであろう。簡単に死ぬ人間を俺が殺した。だから復讐をする、そんな不合理なことをして何になる?」
「………不合理、だと?」
「あぁそうだ。たった四十三人を殺した俺への復讐のために十年もの間を生きてきた。はっきり言おう、そんなのは無駄なことなのではないのか?ならばその十年の間に子を増やせばよかろう。そうすれば数はそろう、ただそれだけではないのか?」
仇から自分が行おうとしていたことにたいして否定され、ユキヤはこいつはいったい何を言っているのだと、思ってしまった。
たったの四十三人、あの屋敷に暮らしていた家族だけでなく屋敷に使えていた女中や、産まれたときから一緒に暮らし、家族のように接してくれた奉公人の人々、そしてアカネの両親もその死者の中に入っている。家族を殺されたら、大なり小なり心の中に復讐の意思はある。
なのにこいつはなんと言った?家族を殺されて、復讐を誓い、その仇に面と向かって否定された。それどころかこいつは人が死ねばその分だけ生き残ったのならば増やせばいい、まるで目の前のセファルバーゼは人間のことを家畜か何かのように思っているのではないか、ユキヤは目の前のセファルバーゼを見ながらそう思ってしまった。つまりは、こいつは人を人として見ていないのだと分かった。
頭のなかが一瞬にして真っ白になった。ユキヤは家族を殺され自分の父が使徒になっていただけでなく、仇と分かったとき以上の怒りが全身を支配した。
「お前は使徒だ。俺たち人間の、それも家族を目の前で殺された俺の気持ちなんて物、わかるはずなんてねぇよな?」
「当たり前であろう。俺はお前ではない。見ず知らずの、それも俺よりも劣っている蛆のような人間風情の感情などわかるはずがなかろう?」
「だったら、そんなてめぇを切り刻みながら教えてやるよ、俺がこの十二年間ずっと胸の奥に押し殺してきた怒りって奴をよぉ!」
刀を中段に構えたユキヤと、刀を右斜め下の下段に構えたセファルバーゼ、二人の間に緊張が走った。
二人の間に風が吹き抜けると同時に、ユキヤが足元に風を爆発させ空中を駆け、セファルバーゼが黒い翼をはためかせて駆けた。
「斬激の型 月光閃刃・惨華!!」
「斬激の型 弧月一閃・焔!」
ユキヤの漆黒の刀と揺らめきながら振り上げられるセファルバーゼの刀、長年に渡ったユキヤの復讐が今、幕を開けようとしていた。




