敵対
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それは、人のような姿だった。
その姿はまるで物語に出てくるような美しく、儚い、まるで触れてしまえば消えてしまいそうな、そんな雰囲気を纏い、その背には白い翼を携えた人物がダンジョンの地下から現れた。この場にいる多くの人たちはそのなぞの人の姿に見入っていた。
だが、アレはそれは決して人ではない、あんな恐ろしいものが人であって良いはずではない。スレイやユフィ、ノクト、リーフ、かつて使徒との戦いを経験している四人、そしてあの人物から放たれる禍禍しい気配を感じとることの出来るわずかな人々は、アレがこの世に有ってはならない災厄なものだと感じ取っていた。
なぜ学園の保有しているダンジョンの中にあんなものがいたのか、そしていったいレクスディナは何を隠しているのか、数々の疑問を爆発させたスレイは近くで使徒の姿を見ながら呆けたまま、この状況について一言も話そうとしていないレクスディナの胸元を掴む。
その行動にクレイアルラが気付き止めに入ろうとしたが、それをレクスディナが片手を上げて制したのでクレイアルラはその指示に大人しく従った。
「答えてください。なぜあのダンジョンに使徒がいたのか、洗いざらい全部話してください。もしも話さなかったり、使徒との繋がりが有ると言うのであれば、ボクはあんたをここで斬ることも辞さないつもりです」
殺気を放ちながらレクスディナを睨み付けたスレイだったが、心の中ではこれでは脅しにもならないだろう、そう思っていた。
なにせ殺気を向けた相手は、数千年の時を生き神と唱われるほどの魔法使いだ。たった十七にも満たない時しか生きていない人間の脅しに屈服することは決してない。だから、スレイにはレクスディナのこの返しもしっかりと分かっていた。
「おい。私があの化け物の仲間だと?笑わせるなよ………だがなぁ、それ以上に誰に向けて殺気なんて放ってやがる?消すぞガキが」
凄まじい殺気の嵐がスレイへとのし掛かる。
今までに感じたことのない程の殺気を返されたスレイは小さな微笑を浮かべていた。分かっていたことだ、こうすれば殺気を返されることなど、だが、スレイにはこれをやる理由がしっかりとあった。そして、スレイはもうこうする理由もないので、そっと殺気を消し去るとレクスディナ掴んでいた手を離した。
「疑ってすみません、あなたは敵じゃないことはわかりました。………ですが、あの使徒はいったいなんなのか、それだけは教えてください」
これが必要最低限の譲歩だ、戦うにしても隠し事をされていては信じたくても信じれないからだ。
「詳しくは言えんが、アレはこの国が建国するよりも以前にこの地に封印されていた物だ………それをうちの教員の一人が封印を解いて世にはなっちまったって訳だ」
そんなのどこのどいつだと思ったが、そんなのもうあの使徒に殺されているか肉体を乗っ取られているか、もしくは使徒化させられているかのどれかなので責めるに責められないだろう。
そうこう思っていると、ノクトの持つアストライアの入った結晶が輝き出したかと思うと、半透明のアストライアが姿を表し、上空でこちらには目もくれずにどこかを見ている使徒のことを見上げていた
『アレは、かつてこの地に封じられていた使徒ですね』
「アストライアさま、やはり封じられたってことは勇者絡みのことなんですね?」
『えぇ。……そして、約千年ぶりでしょうかレクスディナ』
ここでアストライアからレクスディナに声がかかる。ある意味、勇者と賢者の師であるレクスディナも、かつての戦いには関わっていたかもしれないと想定はしており、まさかアストライアとレクスディナに接点があったとは全く思っていなかった。
「正確には八百と九十二年ぶりです女神アストライア。そしてこうして顔を会わせて会話をするのはこれが始めてですね」
『そうですね。あの時は声だけしか届けられませんでしたから………ですが、こうなってしまうことが分かっていれば、無理をしてでもこの地上に現界していたのですがね』
二人の会話からやはり何かあった、その事は確定なのだが、今はそんなことよりもあの使徒が何かをしているのかを知りたかった。
「アストライアさま、再会の会話をされているところ申し訳ないのですが、あの使徒は何をしているのかを教えてもらいたいのですが……」
おずおずと言った具合でノクトがアストライアに向けて質問をした。
『そうですね。アレは………不味い!』
「……スレイ!ユフィ!ノクト!なんでも良いから真上を守って!!」
アストライアが叫ぶと同時にライアがスレイたちに指示を飛ばした。いきなりのことになんだと思った三人だったが、ライアの左目の魔眼が発動しているのを見てすぐに動いた。
スレイが右手を大きく上空へと突き上げると同時に、空間収納から無数のソード・シェルを取り出した。
ユフィは杖に魔力を溜めながら、空間収納に納められていた無数のシールド・シェルと六枚のガンナー・シェルを取り出した。
ノクトは素早く杖に魔力を溜め始めた。
「ソード・シェル、シールド展開!!」
「シールド・シェル、多重展開!ガンナー・シェル、シールドモード!」
空中を飛行する無数の剣の切っ先が合わさりいくつものシールドを形成し、地上では上空に現れた使徒の姿に見惚れている生徒や学園講師、冒険者たちを守るために無数のシールドを張り、ソード・シェルのシールドに合わせるようにガンナー・シェルのシールドが展開される。
「シールド・ヘキサ!」
「エレメンタリー・シールド!」
「ホーリーレイン・シールド!」
スレイの六枚のシールドと、ユフィに七つの属性の効果を併せ持ったシールド、ノクトのオリジナルの魔法である、聖なる癒しの輝きを宿したシールドが展開された直後、空から膨大な光の柱が全てを消し去った。
パチパチと耳元で何かが燃えるような音が聞こえ目を覚ましたスレイ、いったいどうして気を失っていたのか、直前に何があったのかが全く思い出せないスレイは、周りを見回してみる。
「うっ………ここは……みんな───ッ!!」
すぐそばにいたはずのみんなの姿がそこにはない。
スレイはようやく全てを思い出した、あのとき、ダンジョンの中から使徒が現れ、そしてライアに言われてシールドを幾栄にも張り巡らしたが光の柱が落ちたと同時にシールド剥がされ、そこ衝撃によってスレイたちは吹き飛ばされたのだ。
周りを見回したスレイの視線には、つい先程まであった青々とした緑は凪ぎ払われ、光の柱によってなのかメラメラと燃え上がっていた。
学園の歴史ある校舎や他の建物は、衝撃を受けて倒壊し瓦礫とかしていた。この分だと離れた場所にある街にまで被害が及んでいるかもしれない。
街の方にいるアニエスたちの方は大丈夫なのか、一瞬そんな不安が頭をよぎったのだが、アニエスやスーシーには持ち主に危害が及ぶときにオートでシールドが発動する魔道具を持たしているので大丈夫のはずだ。
ならば、ユフィたちは大丈夫なのか、その事が心配になったスレイは探知魔法を使いユフィたちの居場所を探そうとしたが、すぐ真後ろに強い気配を感じ振り返ると、そこにはいつか取り逃がした山羊の頭の姿をした使徒ともう一人、その横に並び立つ一人の少女の姿を見て全てを納得した。
その真実を知ったスレイは震えながら山羊頭の使徒と、その横の少女の姿を睨み付けながらそう言うことかと、スレイはこの事件の全容を全てを納得した。
「そう言うことか……はははっ、あんただったんですね今回の事件を仕組んだのは、あぁそうか、そうですよね。あんたは前の時もそうだった、こう回りくどいやり方を思い付くのはお前だけだろ?ベクター、それと、これだけは信じたくなかったよラピス」
スレイは怒りと悲しみの降り混ざった視線を殺意の使徒ベクター、そして、その横で澄ました顔をして佇んでいるラピスのことを見ていた。
実際にはかなり前からラピスの正体に気づいていた。
『……ねぇ、スレイ。ラピスのことなんだけど、本当は気づいてるんじゃない?』
そうライアから聞かれたのは、コレクターとの戦いが終わってすぐのことだった。
『割りとすぐに気付いたよ。ラピスは心が壊れて記憶を失ったんじゃないく、元々心が無かったんだって』
『……いったいどうするの、ラピスのこと?』
『さぁ?どうするかどうかは、そのときになってから決めるよ』
もしもラピスと敵対することになったとしても、それが起こるまではラピスになにもしないとスレイはずっと決めていた。その事を聞いたライアはその事についてはこれ以上はなにも言わない、みんなにも実際に事が起きない限りはなにも話すことはないと決めていた。
スレイは見上げるような形で人間の姿となった使徒のベクターと、その隣にいるラピスのことを見ながら声を出した。
「なぁラピス、答えてもらいたいんだけどいいかな?」
「おや、私のことは無視ですか、これは悲しいですね。この子は私どもの仲間ですよ?まさかまだ未練でも有るんですか───ッ!?」
ズドン!っとスレイは一発、ベクターへと向けて銃弾を撃った。もちろん話しの邪魔をさせないための牽制ではあったが、その一発の銃弾と共にスレイは込められる殺気を全て込めていた。
「ちょっと黙ってろベクター、お前には話しかけてないんだよ。そんなに死にたいんだったら後で存分に斬り殺してやるからさ」
「おやおや、私とベクターとしては今にでもあなたを殺して差し上げたかったのですが、ここはあなたに譲るとしましょうかフリューレア」
ベクターが隣に並び立つラピスのことをフリューレア──どうやら使徒にも名前はあったらしく──と呼ぶと、背中から生えた白い翼を羽ばたかせたラピスがスレイの前へと降り立ち、いつものように優しく微笑みながら口を開いた。
「申し訳ありませんスレイさま、このような形になってしまいましたね」
「それは、何について謝ってるのかな?」
「全てでございます。わたくしはあなたさまとみなさまの敵、使徒でございました。記憶がなくて当たり前、元々わたくしは人間ではありませんですからね」
「知ってたさそんなこと、ボクの魔眼は魂を見極めてそして声を聞く魂視の魔眼だ。保有者としては日が浅いけど、その魂がどういうことなのかくらいはすぐに分かるんだ」
ラピスはスレイのその言葉を聞いて一瞬驚いたように目を見開いたが、すぐにいつもの穏やかな表情に戻ると花の綻ぶような笑みを浮かべながらスレイのことを見る。
「えぇ。あなたさまはそういう方でしたね。初めてお逢いしてから四ヶ月近く、これまでの日々の思いではわたくしにとっては何物にも変えられぬ、とても輝かしい宝物です」
「あぁ。知ってるよ。だけどさ、そんな言い方はしないでよラピス。思い出はこれからもみんなで作っていく、だから戻ってきてほしい」
「……………………………………………それは無理なご相談でございます」
だって、小さくそうラピスが呟くと、全身に青い炎が燃え上がり服を燃やすと、一瞬にして顔や身体の一部分以外の全てに場所に背中に生えた翼と同じような真っ白な羽毛が覆われ、足はすでに人の物ではなく猛禽類の鋭い鉤爪へと変わっていた。
「わたくしは、あのお方によって産み出された使徒でございます。人では無いのですよ。見てくださいまし、人とは全く違うわたくしのおぞましいこの姿を……これを見てもまだわたくしに戻ってきて欲しいと、スレイさまは言われるのですか?」
「あぁ。何度でも言うラピス戻ってきて欲しい」
真っ直ぐな視線で、嘘偽りのないその言葉をスレイはラピスに告げる。
その言葉にラピスは一瞬揺らいだ、そう見えたがラピスは怒りに震えるかのように自分の胸に手を当てながらスレイに向けて叫びかける。
「本気なのですか!わたくしは使徒なのですよ!あなた様と一緒に生きることも出来なければ、同じ時間を共に過ごすことも出来ません!!」
「そうかもしれない。でもラピス!」
「黙りなさい!」
スレイは近付いてラピスの頬に触れるべく手を伸ばそうとした。だがラピスは伸ばされたその手を払いのける。
パシンと、手を払いのけたラピスの表情は一瞬にして冷酷な物へと変わっていた。
「私はラピスなどではありません!私は愛と憎悪の使徒フリューレア。あなたを近づき愛し、そして殺すべく生まれてきた使徒です………さぁスレイさま、一度は愛し合った私をあなたは世界のために斬ることができるのですか?」
ラピス改め、愛と憎しみの使徒フリューレアの手に、光の粒が集まり一瞬にして翼の形を象った二対の短剣へと姿を変え、その切っ先をスレイへと真っ直ぐ突きつけていた。
フリューレアに切っ先を向けられたスレイはゆっくりと目をつむった。
「ラピス、それが君の答えなんだね?」
「えぇ。元々、私とあなたは敵対する運命だった。ただそれだけのこと……さぁ、早くその剣を抜きなさい。そして始めましょう、私とあなたの命のやり取りを」
「わかった。ようやく、ボクの気持ちも決まったよ」
目を開いたスレイはゆっくりと黒い剣の柄へと手を伸ばし、そして黒い剣をゆっくりと抜いた。
それを見たフリューレアは、ほんのわずかな間だけ悲しそうな表情を浮かべたがすぐに冷酷な物へと戻った。
「始めましょうか、命のやり取りを」
「あぁ。始めよう……だけど、一つだけ間違っているよ」
スレイの返しに眉を潜める。
「ボクがやるのは命のやり取りなんかじゃない!ボクがこの剣を振るうのはラピス、君を取り戻すためだ!」
今度こそフリューレアの表情が驚きに彩られた。
「行くぞラピス」
愛する者をこの手に取り戻すため、今スレイの戦いの火蓋が切って落とされた。




