転生の産声
二話目です。
雪の降る北海道の寒空の下、大型バスの車内は修学旅行の学生たちが、カラオケして盛り上がっていた。
クラスメイト一人一人順番に歌い順番を待つ生徒や歌い終わった生徒たちは、今歌っている生徒の歌を冷やかしたりリズムに乗って手拍子をしたりしている。
ちなみに今歌われている曲は少し前に流行ったアニメのオープニングテーマで、つい何年か前に映画化もされ来年には新シリーズも放送が決定している人気だ。
そんな楽しそうに騒いでる車内の中でただ一人浮いている少年がいた。
少年は窓際の席に座り都会を離れた外を眺めていたが、あいにくと外は着いた時から降り続いている雪のせいで真っ白だ。
それでも普段は見ることのない一面の雪景色を堪能していると、懐に入れていたスマホから着信を知らせる振動が伝わってくる。
少年がスマホを開いてメールを確認する。
開かれたメールを呼んでいる少年の顔はどこか暗い色を指していた。
メールを読み終わった少年は、返信を返そうとしたがしばらく何も書けないでいる。
しばらくスマホとにらめっこしていた少年は、書くのを諦めようとすると横から伸びてきた手がスマホを奪い去った。
「なぁ~に、難しい顔してるの?」
スマホを取られた少年は慌てて顔をあげ横を見ると、隣に座っていた少女が自分のスマホを手に取り、映し出された画面を見ていた。
少年は少女の顔を見ながらバツの悪い顔をする。
「なにするんだよミユ、ボクのスマホ返して」
少女改め、桜木ミユは蝶の刺繍が施されたリボンで纏められた髪を揺らしながら少年の方に振り返る。
振り返ったミユは呆れた顔をしながら少年の名前を呼んだ。
「もうヒロくんたら………なにやってるんだろうと思ったら、まだやってたんだ?」
「返してよ」
ムスッと顔をしかめながらヒロと呼ばれた少年こと 月城ヒロは、ミユから自分のスマホを奪い取ると制服の上着の中にしまった。
「……知ってるだろ?いま喧嘩中だって」
「知ってるよぉ~。だって、そのせいで昨日の夜中に家に泊まりに来たもんね~」
「その節はお世話になりました」
深々と頭を下げるヒロを見て、ミユはクスクスと笑っている。
ヒロとミユは家が隣同士の幼馴染みで、二人の両親も昔からの付き合いがあり今回、ヒロが両親と喧嘩したときにミユの家に厄介になったのだ。
「今更だけど、年頃の女の子の家に泊まるのってあまりよろしくないよね~」
「気をつけます」
「まぁ私とヒロくんの仲だから良いけど、事情を知らない子から変な勘違いされちゃったりして」
ニヤニヤとこちらを見てくるミユ、その理由は登校時にミユの土屋の車で一緒に来たのだが、そのときにうっかりミユが家に泊まったのだともらしたのだ。
そのせいでクラスの男子からは嫉妬の目を向けられ、女子からは質問攻めに間、教師からは不純な関係を疑われた。しかし、事情を説明したところ、一部を除いては納得してくれた。
今朝のことを思い返したミユは、真剣な趣でヒロの方を見つめる。
「まだダメそう?」
「ごめん」
「謝るのなら私よりも先に謝る人がいるんじゃないかな?」
「………母さんには今朝出発前にちゃんと謝ったよ」
出発前、朝早いというのにヒロの母は会いに来てくれた。しかし、そこに父の姿はなく結局なにもいえなかった。
「きっとおじさん、ヒロくんのこと心配してるよ?」
「関係ないよ」
「すねないの。それでヒロくんが喧嘩した理由って進路についてだよね?」
ミユの問いにヒロは何も言わずにうなずいてから答える。
「ゲーム製作の勉強ができる学校はダメだってさ」
ヒロは将来的にはゲーム製作、ゲームクリエイターになりたいと思い進路もそれを学べる専門学校を希望していた。初めの内は母もそれに賛同してくれたが、父はそれを反対している。
「遅くに帰ってきていきなり部屋に来たと思ったら、自分の出た大学の願書を渡してきてさ。お前はそこに入れる、勉学に邪魔だから明日の修学旅行もキャンセルしろって言われてさ」
「それで、喧嘩になったんだ」
コクリとうなずくヒロを見てミユはどこか腑に落ちたような表情をした。
喧嘩の理由は知っていたが、改めて聞かされたミユはヒロが怒るのも無理はないと思ってしまった。
「それでもこうしてこれたってことはおじさんも諦めたんじゃない?」
「……さっき、母さんからメールで父さんは一月ほど出張だとかで昨日の内に家を出たんだってさ。話は帰ってきたらきっちりかたをつけるそうです」
「相変わらず忙しいんだ」
「そのおかげでこれたけど、本当は出発の直前に連れ帰ろうとしてたらしい」
あの人ならやりかねないと思ったミユは、顔をしかめたまま窓の外を眺めているヒロの横顔を見ている。
するとミユは優しくヒロの頭を撫でる。
「なっ、なにするの、突然!?」
「ん~、なんとなく寂しそうだったから」
「……ミユ」
「それにね。私、ヒロくんの夢応援するよ」
「……それは、ありがとう」
幼馴染みの優しさを嬉しく思ったヒロと、ニコニコしながら見ているミユ。そんな二人のもとに後ろから声かけられる。
「オレもその夢応援するぜヒロ」
二人は揃って後ろを見上げると、座席の背もたれから二人のことを見下ろしている一人の少年と視線があった。
「ユキヤ……お前、聞いてたのか」
「聞こえちまったんだよ」
ニヤッと笑う少年 本郷ユキヤは、ヒロとミユが高校でできた初めての友人でありヒロとは親友同士の少年だ。
「お前の作ったゲームをオレもやってみたいからな、諦めるなよ」
「そう言うけど、まずは父さんの説得しないといけないし、本当になれるかもわからないよ」
顔を背けながらユキヤに顔を背けるヒロだったが、ユキヤはそんなヒロの頭を小突いた。
「痛いな、なにするんだよユキヤ」
「後ろ向きなのはお前の悪い癖なんだよ。いい加減に直せ」
「はいはい。ところでユキヤその手に持ってるのは?」
ヒロはユキヤの手に持たれたゲーム機に指さすとユキヤはそれを二人に向けて掲げた。
「お前らもやろうぜ。どうせ持ってきてんだろ?」
掲げられたゲーム機の画面にはとあるゲームタイトルが写し出されている。
それを見たヒロとミユは当たり前と言わんばかりに、自分たちの鞄の中から黒とピンクのゲーム機を取り出した。
「当たり前だろ?」
「学校じゃ中々やれないもんねぇ~」
三人がやろうとしているこのゲームは昔から人気があり、つい最近になって待望の新作が出たばかりだ。
新しく追加されたストーリーにステージ、そして新要素を含んだこのゲームはコアなファンからは熱狂的な支持があり年々プレイヤーが増えている。
その理由として上げられるのはオンライン上でのプレイヤー同士のデュエルやオリジナル衣装作成など、いろいろな要素のお陰だろう。そして三人が友人になるきっかけになった思い出のゲームでもある。
そんなゲームをプレイしながらヒロが呟く。
「次のデュエル大会いつだっけ」
「四日後だよ。私は出ないけどね~」
「桜木のキャラだとデュエルは厳しいもんな」
ヒロのキャラは片手剣士の前衛担当、ミユは魔法使いの後衛担当、そしてユキヤは刀と魔法を組み合わせた中近距離担当の魔剣士といっ具合だ。
「なぁミユ、ユキヤ。ちょっと頼みがあるんだけど」
「いいぜ。なんだよ」
「私もいいよぉ~」
二人が了承してくれたのでヒロはお願いを話し出した。
「いやさ、この前実装された銃剣士っての取ろうと思っててさ」
「なんだよクラスチェンジするのか?」
ユキヤの問いにヒロは頷いた。
「デュエル用にね」
「そっか、ヒロくんって魔法職に弱いもんね~」
ヒロのキャラの職業である剣士は近距離戦闘の職のため、魔法職のような長距離戦闘に長けた敵とデュエルするときはどうしても不利になる。
「けど、それって二刀流と銃士が必要だろ?あとビルドはどうなんだ、スキルリセットする気かよ?」
「二刀流は元々持ってる。銃士はこの前取ったよ。あとビルドの方はギリギリってところです」
「それで、何を手伝って欲しいの?」
未だに肝心なところをいっていないヒロだが、いまの話でだいたいヒロが何を頼みたいのかは察している。
「えっと、スキル強化と銃の素材集め手伝ってください」
バスの椅子の上で器用に頭を下げているヒロを見た二人は、二つ返事でスキル強化と素材集めを了承した。ただし例え友の頼みであってもタダでとはいかなかった。
「その代わり次のボス戦の素材もらうぜ」
「私は新しい杖の素材ね~」
「人の足元を見やがって………良いよ、それで」
素材のためとはいえ無茶な要求だとは思ったが、一人で集めるよりは効率がいいのでここは諦めるしかない。
これは後で大変だと思いながらヒロは二人とゲームの世界に入っていく。
⚔⚔⚔
それからどれだけやったかわからない。
「ん?」
周りが静かになったのが気になったヒロが、顔を上げるとクラスのみんなが窓の方を見ていた。
何かあるのだろうか?そんなことを考えながらヒロもそっちを見ようとすると、ゲームに入り込んでいるミユとユキヤから声がかかる。
「おいヒロ!早く戻ってこい!」
「お願いヒロくん!速くして!」
一瞬だけ外の風景を見たヒロは、すぐにゲームの画面を見ると一瞬目を放した隙に全滅一歩手前になっていた。
「あっ、ごめん!」
ヒロが再び戦列に戻ったことで全滅しかけていたパーティーはどうにか持ち直し、目標のモンスターを討伐をすることが出来た。
敵が倒れ素材の一覧が表示されたところで三人はやりきったと、大きく息を吐いた。
「ふぅ~、どうにかなったな」
「やられるかと思ったぁ~」
「あぁ~、危なかった。誰かさんのせいでなっ!」
「ぐっ、悪かったよ。ほら、そのお詫び」
ユキヤのジト目をかわしたヒロは、先程のボス戦で得た素材を確認し必要ないものをすべてミユとユキヤにトレードした。
中々にレアな素材が落ちたが、迷惑をかけた手前気前よくすべてを渡した。
レア素材を受け取ったユキヤは一人ホクホク顔でいる中、素材の整理をしながらミユが問いかけてきた。
「それでなに見てたの?」
「あぁ、外だよ。さっきと違ってとても──」
「わぁ~!」
「───ムグっ!?」
変な声を出したのはヒロだ。
理由は簡単。ヒロの方に振り返ったミユが窓の外を見て腰を上げながら窓のほうへと向かい、ミユの前いたヒロを窓とサンドするかたちになった。
ミユが見る視線の先では先程まで降り続いていた雪がやみ、太陽の光でキラキラと雪原が輝いて見えた
「見てみてヒロくん!すごくキレイだよ」
キレイなのはヒロも知っているというか、それに気を取られたせいで負けたのだ。っとヒロはそう思うのだが、生憎とその言葉を口にすることはしない、っというよりも出来ないのだ。
一面の銀世界に目を奪われているミユは後ろからの視線に気付いていない。そんな中で、反対側の席に座っていた同級生が意を決して声をかける。
「ね、ねえミユちゃん」
「なぁ~にぃ~?」
「あのね……月城くん生きてる?」
「えっ?ヒロくん?」
そういえばなにか胸の辺りに変な感触があるようなと、視線を下にさげると自分の胸とガラスの間でプレスされている人を見つける。
「きゃぁーーーーッ!!ヒロくん!?」
突然のミユの叫びによってバスの中は静まり返った。生徒たちがなんだなんだと声のした方に視線を向けたが、すぐにいつものことかと興味をなくして再び話し始めた。
後ろに飛び退いてヒロの顔を見ると明らかに生気がなかった。
「ちょっとヒロくん!ヒロくん!大丈夫!?」
ガクガクと前後にヒロの頭をシェイクしながら呼びかける。
一応見ていたユキヤと反対側に座っていた生徒たちは、表情を引きつらせながらとどめを刺さないかと心配している。しばらく様子を見守っていると、ハッとヒロが息を吹き返した。
「良かった!ヒロくん、大丈夫!?」
「えっ……あぁ。平気……ちょっと意識飛んでたけど」
「そっかぁ~、良かったぁ~」
ヒロが無事で良かったと胸を撫で下ろすミユだったが、人はそれを無事とはいえないとユキヤがツッコんだ。
「いや、よかねぇよ。それ十分危険だからな」
「「うんうん」」
ユキヤの言葉と大真面目に頷いている同級生たちを見てミユはまたやったと思った。
「ごめんね。毎回」
「いいよ。慣れてるから。まぁもう少し周り見てほしいけど」
恥ずかしそうにうつむくミユと、何かを悟ったような笑みを浮かべているヒロ。他人から見れば羨ましい一幕だったかもしれないが、ある意味命がけだったので笑えない。
「ミユちゃん。普段はしっかりしてるのにね」
「たまにやばいことするわよね」
「ぅぅうっ」
ぐうの音もでないとはまさにこのこと、自分のやった罪を表すようにミユは小さくなった。
普段は真面目なミユだが、極稀に人的被害を与えるほどのことをやらかす。だがまぁ、その被害を受けるのは殆どヒロで他の人に被害はない。
ちなみに幼い頃から挙げてしまえばきりがないが、被害の一部としていくつかあげよう。
まずは一時期ミユは料理に凝っていたときに、いちごソースでパイを作ろうとして間違えて何故かデスソース入りのパイを作ってヒロをショック死させかけた。
他にはみんなで海に行ってビーチボールをしたときには、砂に足を取られて人を後ろから押し倒し運悪くそこに落ちていた石に頭を打ち付けビーチを血に染めたりもした。
挙げたのは一例ではあったが、この他にも上げればきりがないほどミユから被害を受けていた。
今回は傷ができるほどではなかったと安心しているヒロくん、そんな彼にユキヤは憐れみの目を向ける。
「お前、毎度あんなの受けてよく生きてるな」
「ボクももうすぐ死ぬんじゃないかなって思ってるよ」
ハッハッハッと笑っているヒロの顔は笑っていない。
口は笑っているのに目だけはとても遠い目をしているヒロ、それを見たユキヤたちはその隣で小さくなっているミユに視線を送る。
全員からの送られ続ける視線に耐えきれなくなったミユは、ヒロに縋りついた。
「ひっ、ヒロくん。私はそんなことしないからね!?」
「あぁ、うん。信じてる信じてる」
「信じてよぉ~!」
抑揚のないヒロの言葉に涙目になってしまったミユ、少しからかいすぎたかと思ったヒロは慰めるようにミユの頭を優しく撫でた。
「ごめん、ちょっと意地悪しすぎた」
「私もごめんね」
「いいよ。こっちも迷惑かけてるし」
「ありがとう、ヒロくん」
ヒロに頭を撫でられ嬉しそうにしているミユ。
「ハッ、中の良いこってぇ」
こんな光景もすでに見慣れたユキヤはしらけた目を二人に向けながらゲームの続きを始める。
騒がしいバスの中で、引率の教師がバスのマイクを借りてみんなに声をかける。
「お前達。もうすぐ宿につくから席に座っておとなしくしてろよ」
「「「はぁ~い」」」
それなりに自由に騒いでいた生徒たちが落ち着いて席につき始める。
もうすぐつくのかと誰もが先程とは別の陽気で浮かれていたその時、突然走っているバスの車体が激しく揺れた。
「きゃあっ!?」
「うわぁっ!?なに」
「じっ、地震!?」
揺れてるのは車内じゃない地面そのものが揺れている。
突然のことに運転手が急ブレーキをしてバスを止めるが揺れは中々収まらない。
「ひ、ヒロくん」
「大丈夫だよミユ」
その言葉を告げると同時にバスは強い衝撃を受け、僅かな浮遊感を感じたと同時にヒロたちは意識を失った。
☆⚔☆
ここはどこだ?
目を開けるとそこは暗い、とても暗いなにもない世界でボクは暗い海の中を漂っている。
──あぁ、死んだのかな?
こんな状況でボクの頭は鮮明だった。
──死ぬのってあっけないものだな、走馬灯みたいなのもみなかったし………
──そう言えば………結局父さんに謝れなかったな、母さんには迷惑かけちゃったな。
そう、後悔があった。
だけどもう言えない。
そう思いながら意識が遠退こうとしていると突然、黒しかない世界に光が射した。
身体を起こしたボクは光を見上げる。
『手を伸ばして』
その言葉に従うようにボクは手を伸ばす。
伸ばされた手を繋いだ瞬間、暗い闇だけの世界に光が灯った。
ゆっくりと目が開く。
──ここはどこだ?ボクは生きてるのか?
少なくとも病院じゃないと断言できる。
なぜそんなことがわかるのかと言うと、そんなの今時木材で出来た天井の病院なんてまずない。
それに病院特有の臭いはなくどこか春のような暖かさと花の香りがする。
……ちょっと待て、するとボクはどれだけ寝てたんだ!?
修学旅行は冬なので花など咲いているはずはない。
なのに花の匂いがすることに驚いたボクは外の様子を見るべく手を伸ばすと、伸ばされた手が異様に短くまるで赤ちゃんのようだった。
「あぅぅぁ!?」
突然のことで声を上げたボクだったが、それはもはや言葉ではない。赤子のそれだった。
何がなんんだかわからないボクは、自分の身体のはずなのに自分のものではない短い手足を動かしていると、ギィーッと扉の開く音と共に誰かの来る気配があった。
「─────」
ボクを覗き込んできたのは真っ白な髪の美女だった。
一瞬、我を忘れてその女性の顔に見とれていると女性はボクのことを抱き上げそしてあやし始める。
この一連の流れからもしやと思っていると、さらに金髪の青年がボクを奪い去る。
『――――――――――――!』
『――――――――――――』
二人が何を言っているのか全くわからないが、これで一つだけわかることがあった。
ボクは地球ではないどこか別の異世界に転生を果たしたのだと、それが分かったボクは声を大にして泣いた。
誤字脱字がありましたら、教えてください。