交渉と閲覧
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夕刻までのタイムリミットはあと六時間、ユフィたちとの約束までの時間までは二時間を切ったところだ。
この二時間でどうにか国王陛下の説得と、魔眼コレクターについての対策となりうる情報を探し出さねばならない。
そう覚悟を決めたスレイは、先を歩くトラヴィスの後ろを歩きながらそんなことを考えていると、前にも一度だけ訪れたことのあった謁見の間にたどり着きその豪華な扉が開くのを待っている。
すると隣に並んでいたトラヴィスがスレイに向けて小さく耳打ちした。
「スレイ、分かっておるかとは思うがくれぐれも陛下への口の聞き方にだけは気を付けるんじゃぞ!?」
「大丈夫だよおじいちゃん、それにこれをどうにかしないことには村の人たちを助けられないし………ライアにこれ以上悲しい思いをさせたくはないんだよ」
惚れた女の子の悲しそうな顔は見たくない。
それが未来のお嫁さんならばなおのことだ。
そうスレイがトラヴィスに向けて言うと何やら誇らしげでもありどこか複雑そうな顔をしたトラヴィスが、くしゃりと笑いながらスレイの頭をなでまわした。
さすがにこういうことをされる歳でもなかったスレイは、突然のトラヴィスの行動に驚きながらもその手を払いのけようととはしなかったが、それもすぐに終わることとなった。
何故ならば扉が開こうとしていたからだ。その事に気がついたトラヴィスがサッと手を離し、スレイも自分の格好がおかしくないかを確認してから謁見の間へと足を進めていった。
謁見の間の中央の辺りまで歩み寄ったところで、スレイとトラヴィスは膝をついて頭を垂れると、しばらくしてクライヴ陛下がやって来たのか足音が聞こえてきたのだが、そこでスレイは、はて?っと疑問が頭に浮かんできた。
それは、陛下の足音が何やら重い気がしたからだ。分かりやすく言うと金属製の脚甲でもつけているときのような、そんな音だなっと思っているとクライヴ陛下の声が聞こえてきた。
「うむ、面をあげよ」
そう言われてスレイが顔を上げた瞬間、スレイの目が飛び出るくらい驚いた。
なぜならば目の前にいるはずのクライヴ陛下が腰に黒いコウモリの着いたバックルに、赤と黒を基調にした全身鎧、さらにはコウモリの形をイメージした兜と満々仮面のヒーローの姿で登場したからだ。
確かに王様をイメージしているので間違いではないのだが、謁見の間で変身した姿じゃ不味いんじゃないんですかねぇ!?っと思いながらトラヴィスの方を視ると、静かに首を横に降っていた。つまりは諦めたと言うことなのだろう察したスレイは、なにも言うまいと決めた。
「スレイよ。お主が造ってくれたこの鎧はなかなかよいものじゃな、我が妻と子と共に毎日楽しませてもらっておるぞ」
「陛下のお気に召していたこと、この身に余るほどの感激の至りにございます」
「うむ。してスレイよ、先程のトラヴィスとの会話を聞かせてもらったが、あの話しには嘘偽りはないのだな」
クライヴ陛下の口調が変わった。もっと言えば声に重さがある、その事に気づいたスレイはここから勝負が始まると確信し、気を引き締めながら答えることにした。
「誠にございます。今より数刻後には国境の村は火に焼かれることとなるでしょう」
「それがお主の妻の魔眼の力か………確か死を見通す力を持っているのであったな」
クライヴ陛下の言葉を聞いてスレイはふとトラヴィスの方を見る。
前に少しだけスレイはトラヴィスに自分とライアの魔眼について話したことがあった、それをクライヴ陛下に伝えたんだなっと思いながら話をする。
「確かに人の死の瞬間を見ることは出来ますが、それはあくまでも可能性の一つにすぎません」
「どういうことだ?お前の女の魔眼は死視の魔眼、つまりは死を見るための魔眼ではないのか?」
「多分ですけど、ライアの魔眼は人の死を回避するための魔眼なんだと思います」
前々からスレイには不思議でならないことがあった。
それは、ライアの魔眼の発動条件だ。ライア本人は無差別に発動すると言っていたが、今回も前回ももしかしたら両方ともライアの意思で魔眼を発動していたのではないか、そう思ったのだ。
ここからはスレイの仮説でもあるのだが、ライアの魔眼は確かに死を見ることが出来るのだが、冒険者としての仕事をしているとどうしても盗賊などの悪人を手にかけることがある。そのときも魔眼が発動するのだが、今回のように血を流したりすることはない。
この違いがなんなのか、それについて考えたときに分かったのはライアが相手をどう思っているかだ。
目から血を流す時に見た未来は、どれもライアの親しい家族や友人の死だ。そして前に見たというスレイの死の運命、あれは転生者だからではなくライアが死んでほしくないと心から願った結果だったのではないのか、そうスレイは思っていた。
「ライアの魔眼は死を見るんじゃなく、死の未来を視てそれを回避させるための魔眼………なのだと思われます」
「だが、それを証明することはできないのだろう?」
そうクライヴ陛下から言われたスレイは、悔しそうに奥歯を噛み締めていると王座に腰をかけたままスレイに向けて別の質問を投げ掛けてきた、
「ではスレイよ、お前はなぜそこまでして村を守ろうとするのだ?」
「………なぜ、っとおっしゃいますと」
「こういってはなんだが、あの村はお主には関わりがない村であろう?危険があるとわかったならば、なぜ自らそこに飛び込む?見て見ぬふりをすればよかろう」
その問いかけにスレイは静かに目を伏せた。確かにあの村には今日始めて立ち寄っただけで、知り合いがいるわけでもなければ大事な人もいない、なのに命の危険があるのにも関わらず戦いに行くのか………そんなの、理由など始めっから一つしかない。
「それは………やはり、惚れている女の子の悲しい顔をしていた笑顔にしてあげたいじゃないですか」
臆することなく言い放たれたスレイの真っ直ぐな一言に、トラヴィスはギョっとさせられた。話をしている相手はこの国の国王、つまりは国のトップ、そんなお方に対して村を救う理由が泣いている女の笑顔にするため、ある意味男らしいと言えば男らしいのだが、国王陛下に言っちゃダメでしょ!?っとその目が雄弁に語っていた。
だが、そんなトラヴィスの心配を他所にクライヴ陛下は大きく声をあげて笑った。
「ハッハッハッハッ!女のために村一つ救うか、やはりお前は面白い!よいよい!トラヴィスよ、スレイには資料を見せてやれ」
「はっ、しかし陛下」
「よい。ただしスレイよ、こればかりはタダとは言わん。お前の持っている通信機の使用許可とヴァーチェアの国王との対談を要求しよう」
「えぇ。確かに承りました」
こればかりはクライヴ陛下に言われずとも貸し与えるつもりだったもので、元々交渉という建て前だったが、それを見据えてなのか落としどころを造ってくれたみたいだ。
クライヴ陛下とヴァーチェア王国の国王との対談をセッティングした後、スレイもその席に同席することとなり──本当ならすぐにでも資料を見たかったのだが──ヴァーチェア側の同席者に以前の事件に知り合ったヨハンが同席しており、そのときにヴァーチェアの危機を救ったスレイの言うことなので、無条件に信じてくれた。
そのお陰か対談はスムーズに終わり、魔眼コレクターの捕縛時の尋問の優先権はマルグリット側へ、そして村への被害があったときにはヴァーチェアが負担してくれることとなった。
「なんか、結構こっちに有利になった気がするんだけど良かったのかな?」
「構わんのじゃないかの、向こう側が提案してきたことじゃからの。それよりもスレイ、お主その速度でちゃんと読めておるのかぇ?」
真顔でジッとスレイの行動を見ていたトラヴィスが、パラパラと超高速で資料を読み進めていき部下を使って運ばせている資料の山がドンドン右から左へと積み上がっていき、時折資料を視ながら何かを書いていたりと、いくつものことをほぼ同時に行っていた
「あぁ、読めてるよ~。竜眼で動体視力を底上げした上で身体強化で脳内処理をあげて、さらに瞬間的に視力を上げる眼鏡型の魔道具のお陰なだけ~。正直他ごとしている余裕があまりないから、あまりしゃべらせないで」
「そうか、おいそこにドンドン資料を積み上げて行け」
トラヴィスが指示を出すと部下たちが次から次へと資料を持ってくるが、それが運ばれる速度よりも読まれる速度の方が速く、トラヴィスが人数を増やして運ばれていくのだった。
それからしばらくして最後の資料を読み終わったスレイは、最後の一文を書き終わると大きく伸びをしてから椅子から立ち上がろうとしたとき、椅子に何かが当たった気がして振り返ると、スレイは低く悲鳴を上げた。
スレイが周りを見回すと床に四つん這いになったり、壁にもたれかかりながら荒く息を吐いている人たちの屍の群れがそこにはあった。
「いや~、何これ?」
「お主のせいじゃな………見てみぃ、お主が次から次へと資料を見てきたせいでこうなったんじゃ」
「あぁ~………みなさん申し訳ありませんでした」
最後に頭を下げてから、頑張ってもらったみなさんへの感謝の印として前に焼いたクッキーをそっと置いて部屋を出ていった。
「待ちなさいスレイ」
「おじいちゃん。悪いんだけど、時間があと一時間しかないから忙しいんだけど」
「わかっているわい、それで何がわかったんじゃ?」
「どうせおじいちゃんたちも解ってるんでしょ?コレクターが認識阻害の魔法を持っている。じゃなきゃあんなに目撃情報が違う訳でもないし、他にも気になるのが死体が見つかってないってことだけど……こっちは町の外にでも捨てられたら骨一つ残ってないだろうな」
早足で歩きながらスレイは書き留めたメモを見ながら話をしている。そのメモには被害にあった町や村の状況が書かれているのだが、どれも火に焼かれたり、建物の無数の穴が開いていたり、地面が陥没していたり、家の中に大量の血痕があるのに死体どころか肉片一つ落ちていなかったり、いろいろと不可解な点がいくつもあった。
そして面白いこともわかったのだが、これについてはトラヴィスには教えないことにした。
これは、これ以上トラヴィスを巻き込まないための処置だが、それはおいておいて、スレイはもう一度メモの方に視線を落とした。
そこに書かれていることだけ読むと奇妙なのだが、もしもそうだとするなら相手は魔法使い、ならば魔法を打たれる前に接近して、戦いを終わらせることを選ぶところなのだがどうわけかスレイはそれをあまり最善の策とは思えれなかった。
「自分の勘を信じないわけじゃないけど、もしもこの勘が当たっているんならやりずらそうだな」
魔眼コレクターと戦うに当たって、もしもの時のために奥の手を使うことも辞さない覚悟を決めた。
スレイは城を出るとあの村に帰る前に色々と用意しなければならないものがあったので、そのまま道具屋へと向かい必要となる物を一通り揃えていったが、こんな子供だましのような物がどこまで通用するのか、実際に使ってみないことには全く分からないが、それも有っても邪魔にはならないものなので用意だけはしておくことにした。




