下準備は入念に
ユフィたちと別れてマルグリット魔法国、首都リーゼンブルムに戻ってきたスレイはいつものことの時間なら、たぶん城の方にいるであろうトラヴィスと、どうやってアポを取るか、直接城に行っても追い返されるのが目に見えているので無理だろう。
本来ならばコールを使って連絡を取るところだが、城の中は情報統制のために外部からのコールは受け付けれないそうで、城の前についたところでコールを試してみたが全く繋がらないかった。
「うぅ~ん。おばあちゃんに頼むにしても時間がかかるし………直接合わしてくれるような人は~、あの人しかいないよな」
スレイは少しだけ良心が痛む方法ではあったが、ことがことにさらには多くの人の命に関わることなので、人が恋愛しているところに顔を出しても仕方がない。もっというといつもの仕返しもかねてちょっといじるのもいいかもしれないなっと、少し私情を挟みながら家の近くの定食屋に向かうのだった。
この日スペンサー・カークランドは朝から続いていた会議のせいで昼食を遅くにとることになった。
スペンサーはこの日もいつものように行きつけの定食屋に来ていた。カークランド家は貴族の家系ではないが、それでも代々優秀な宮廷魔法師団を排出している名家の分家で、本家の血筋に跡取りがいないため、本家の跡取り筆頭と吟われている彼は、こんな場所にふさわしくはないと思われるが、彼はそんなことを気にしない。
目的の店までやって来たスペンサーは、迷わずその店の中にはいると、キョロキョロと周りをうかがっていた。
「いらっしゃいませ!あっ、スペンサーさん!また来てくれたんですね!」
花開いたような笑みを浮かべスペンサーの名前を呼んだのは、この定食屋の一人娘で従業員兼看板娘の少女で、名前はリタだ。この店に来る客のほとんどは彼女が目当てだと言っても過言ではない。もちろんスペンサー含めてだ。
「あっ、あぁ。済まない、こんなに遅い時間に来てしまって。ランチはまだ食べることはできるだろうか?」
「はい!大丈夫です。お席にご案内しますね」
テーブルについたスペンサーの元に、水の入ったグラスとメニュー表を持ってきたリタだったが、メニュー表を渡しながらこんなことを言った。
「スペンサーさん。そのですね………今日の日替わりなんですけど、わたしが作りまして……その自信作なんです!よかったら……食べてみてください」
「そっ、そうなのか………だっ、だけど、その、すまないが今日は遅くなってしまったため、あまり時間がなくて手軽に食べれるものを」
「そう……なんですか……お父さん、サンドイッチ一つ入りました」
先程と違い声に覇気の無いリタの声を聞いた常連さんたちに睨まれたスペンサー、一瞬にして針のむしろとなったスペンサーの元に一人の少年が近寄ってきた。
「あ~ぁ、リタさんかわいそうだな~。今のはさすがに酷かったんじゃないですか?」
「そんなの分かっている………申し訳ないとも思っている」
「へぇ~。ところでリタさんとどこまで進んでるんですか?もしかして、もうキスもしちゃったとか?」
「婚前の女性にそのようなこと出来るわけ──って、お前、スレイ・アルファスタ!?なんでここに!当分は国外に行くんじゃなかったのか!?」
「ついさっきまで、国境付近の村にいましたよ~」
いつもの仕返しとばかりにおちょくってやろうと思ったスレイだったが、時間もないので真剣な表情をしながらスペンサーに話し始める。
「これから数時間後、マルグリットとヴァーチェアの国境にある小さな村が一つ消えるかもしれません」
「穏やかな話じゃないな。何があった話せ」
「構いませんが時間がありません。食べながら話をしましょう」
スレイが後ろの方を視ると、リタがスペンサーの頼んだサンドイッチを持ってきた。リタにお礼を言ったスペンサーは明日また来るので、そのときにはリタのおすすめのメニューを必ず食べると告げると、落ち込んだ顔から一転、再び花がほころんだ笑みを浮かべると、スペンサーがそれを見て顔を赤くしてうつむいていた。
「おぉ~っと、これは両人ともまんざらではなさそうだけど、スペンサーさんの仕事の関係で会う時間が少なそうだし、これは恋愛に発展するかどうか………」
「お前、少し黙れ………そんなことよりも早く話せ」
そう言われてスレイはスペンサーにライアの魔眼で視た光景について話すと、さすがに魔眼が視た光景なので決定的な証拠がないことと、さらには三年ほど前にも今回起きるようなことをしておいて犯人が捕まっていないことなど、さすがに不審な点がいくつも合ったため、スペンサーはあまり納得できていないようだった。だが、スレイの言った、魔眼を狙うやからについてのところに眉を潜めると、何かを思い出したかのようにとある名前を口にした。
「魔眼の収集者………魔眼コレクターか」
聞いたことのない言葉に今度はスレイが眉を潜める番となり、スレイがスペンサーにその魔眼コレクターについて訊ねた。
「なんですか、その魔眼コレクターって?」
「かなり昔からいる犯罪者の通称だ」
「その話し、詳しく教えてください」
「話しても良いんだが、前に読んだ資料で知っているくらいだ。詳しい話は城の調査部門の報告書を見た方が早いんだがな」
「スペンサーさんが知っている分だけでもいいので聞かせてください。今は一つでも情報が欲しいんです」
「わかった。話してやる」
何かに観念したかのように話を始めようとしたスペンサーだったが、一応は機密事項であることを一般人がいる場所でこの話をすることに対して少し躊躇いを感じていると、周りをうかがう視線を見つけたスレイが察し、二人の周りに声が聞こえないようにサイレントの魔法で音を消した。
「魔眼コレクターとは通称だ。魔眼保有者たちを狙った犯罪ばかりを起こしているからな、それ以外は特には分かっていない」
「そのコレクターの素性や、性別なんかは分かっていないんですか?」
「済まないな。そこまでは分からない。調査はしているはずなんだが、どうも認識阻害の術式を張っているのか目撃情報も曖昧だったと思う。例えば痩せた老人、固めに眼帯をした妙齢の美女、性別も年齢も全く分からないし、更には証拠がない」
「証拠がないって、魔眼を狙った犯罪なんですよね?それなのに証拠がないって」
「その犯罪が分かったのも魔眼保有者の失踪事件からだ。ある一定の町で一度に五人もの魔眼所有者が消えた。それと似た事件が続いてな、それでコレクターの名前が生まれたんだ」
有益な情報はあまり得られなかったが、それでも一つだけ分かったことがあった。それはその魔眼コレクターという人物が認識を阻害する魔眼、もしくは魔道具を持っているという点だ。
「そろそろ出るぞ、私の休憩時間が終わる」
「ここはボクが出しておきます。情報提供とアポを頼むお礼として」
スレイが女将に自分の分とスペンサーの食べた分の支払いをしていると、その横でスペンサーとリタがウイウイしく話しているのを横目ににやにやとしていた。
スペンサーのお陰で城に入ることができたスレイは、スペンサーの案内でトラヴィスの執務室に入る。
「スペンサーです。トラヴィス隊長にお客人をつれて参りました」
「客じゃと?今日は来客の予定は入れておらんはずじゃったがな……まぁよい、入れ」
許しを得て部屋の中に入ったスレイに、トラヴィスは驚きの顔を見せていた。もちろんそのはずだ、六日前に半月ほど旅行に行くからしばらくはマジで厄介事を持ち込まないでね、っと迫力のある笑顔を向けて言っていたはずのスレイがここにいるのだ。
初めて案内されたトラヴィスの執務室を見せてもらったスレイは、物珍しそうに部屋の中を眺めているとトラヴィスから驚きの声が上がった。
「いやいや、何を平然と物見遊山しておるんじゃ!?ってか何しておるんじゃこんなところで!?」
「そう言うと思ってたけど、今はそんなことをいってる場合じゃないんだ。おじいちゃん、今から五時間以内に国境付近の村で殺戮が起こります。災厄の事態を起こさないためにも情報をください」
「待ちなさいスレイ、詳しく話しなさい」
真面目な顔をしているトラヴィスに向かって、スレイは先程のスペンサーに向けて話したのと同じ内容の話をしていると、トラヴィスが眉間にシワを寄せながら顔をしかめていた。
「なるほどのぉ、すまんがスレイ。今回ばかりはお主の頼みは聞けそうに無さそうじゃ。すまん」
「いや、分かるよ。あの村はヴァーチェアとの国境の村だからね。下手に兵を送ると行軍と間違って戦争が起きるかもしれない」
「そうじゃ。それに、今あの国は数ヵ月前に起きた反逆者の一斉検挙により、内政はガタガタじゃ。そこに大きな行軍を行うとなると鎮圧で気なんだ火種に火が注がれるかもしれん」
もちろんその事は分かっていた。
その事件に思いもよらずに関わっていたスレイも、ヴァーチェア王国のあれからのことは聞かされていたが、首謀者が捕まり、それに与していたと思われる全ての役人が投獄、ないしは処刑されていた。
だが、あくまでも捕まり処刑されたのは思われる人物だけだ。まだあの国には反乱を画策していた者たちの仲間がいるかもしれないのだ。
「分かってるよ。ヴァーチェア王国の事件にはボクも関わったからさ。まぁ、それは良いとして、今回はその事もあるから動くのはボクたちだけでやるよ。もともとこの国に籍をおいているって訳じゃないしから、もしもの時は国を出ることになるけどさ」
冗談で言ったつもりだったがトラヴィスは苦い顔をしながら顔をしかめていた。
「………そんなことはさせんよ。じゃが、どうする気なんじゃ。先程の話が本当ならば相手は魔眼コレクター、一筋縄ではいかぬどころか、お主らの命にも関わることじゃぞ?」
「分かってるさ。だから情報が欲しいんだ。この国で集めたコレクターに関する捜査資料を見せて貰いたい」
「無茶をいいおる。機密文章とまではいかぬが、資料事態もそれなりに重要なものじゃ。おいそれと一般人に見せるわけにはいかぬ」
「そこのところはしっかりと理解している。だからおじいちゃん、取り引をしてくれないかな?」
「取り引きじゃと?」
再び眉を潜めたトラヴィスがスレイのことを視ると、ニヤリと口元を吊り上げたスレイは懐からいつも使っているプレートを取り出してトラヴィスの前に滑らせる。
「この魔道具を使えば、ヴァーチェアの国王と直接の会談が出来る」
「なんじゃと!?」
「ボクたちがコレクターを仕留めれなかったとき、もしもあの村が無くなったときに始めに疑われるのはこの国だ、だったら先に連絡を取っておきたい、そう思われているのではありませんかクライヴ陛下?」
実は始めっからこの会話が国王陛下の元に聞かれているのは分かっていた。
なぜなら、最初に部屋を見回したときに映像発信用の魔道具が仕掛けられているのを確認していた。だが、これだけではこの会話を覗いていたのが、クライヴ陛下という理由にはならなかったが、これに関しては一つの賭けだったが、どうやらトラヴィスの反応から当たりだったらしい。
「ねぇおじいちゃん、あの魔道具ってこっち姿と声を一方的に見たり聞いたりするだけでなの?」
「そうじゃが、お主いつのまに気づいておったんじゃ?」
「入ってすぐに」
平然とそう言うスレイにトラヴィスは大きなため息を一つついて、今度から偽装の魔法を施しておかねばならぬな、っとそう思いながらスレイが目の前に置いた一枚の板のような物を掴みにあげる。
「して、この板切れはなんなんじゃ?」
「………あまり口外はしてほしく無いんだけど、これは通信機だよ。まだまだ改良の余地の有り余っている試作品だけど……」
っと、ここまでスレイが話したと同時にトラヴィスが驚きの表情を浮かべながら立ち上がっていた。多分だがあの監視用の魔道具の奥で、クライヴ陛下やもしかしたら一緒に聞いているであろう重鎮の方々も驚いているかもしれないが、もちろんこれを売るきにはなれない。
「始めに言っておきますけど、ボクはこの通信機を売るつもりはありません。ですが、これの理論をあなた方に提供する用意はあります」
今回の一件でマルグリット魔法国側への交渉の材料としてこれを使うことにした。もちろん共同開発者であるユフィの許しを得てだ。
スレイはトラヴィスのことを見ながらどうするか、そう考えていると部屋の扉がノックされ、部屋の主であるトラヴィスが入ることを許すと、前に見た魔法剣士の一人がやって来た。
「トラヴィス隊長、並びにスレイ・アルファスタ殿、国王陛下がお呼びです。謁見の間へとお越しください」
どうやら直接国王陛下とのやり取りをするはめになるらしいな、そう思いながらスレイは先に立ち上がったトラヴィスに続いて立ち上がった。




