ランク試験
ノクトの仇を取ると豪語したユフィだったが、次はBランクの試験だったため大人しく観戦することになった。
さすがはBランクの試験、今までのように簡単に終わることはなく観戦するだけでも楽しめたが、特に特筆するべきこともなかったためこれくらいで終わることにした。
次にスレイとユフィが試験を受けることになったが、Aランク試験を受けるのはスレイとユフィだけで、どっちが先に受けてもいいと言われたので、スレイはユフィの肩に手を当てる。
「ユフィ、レディーファーストってことでお先にどうぞ?」
「いやいや、ここは男の子がカッコいいところを見せてくれる所なんじゃないかな?」
「そうしたいんだけど、なんかヤバそうな相手がボクの方を見ててさ、もしものときのためにちょっと準備をしておきたくてさ。頼むよ」
「したかないな~、これで落ちちゃったら許さないんだからね~」
「必ず受かるようにするからさ、よろしくねユフィ」
頑張って~っとヒラヒラと手を降っているスレイのことを睨みつけながら前に出ていくユフィ、そんなユフィに睨まれながら観戦席に戻ったスレイは、すぐに空間収納から武器を取り出して並べていると、横からライアがツンツンっとつつかれて顔を上げると、なんだかライアが不満そうな顔をしていることに気がついた。
「どうかしたのかライア?」
「……どうしたもこうしたも、スレイ逃げたの?」
「逃げたって酷いな………ちょっと手持ちの武器じゃ心許なくてね。それにあの人から何かとてつもない力を感じるんだ。何て言うかこう………強いプレッシャーみたいな、そんな感じでさ、だからかもしれないな念入りに準備をしないと足元を掬われそうなんだ」
そう言いながらスレイは使えそうな武器を取り出して準備を始めているスレイを横目に、ライアはユフィの試験が始まろうとしていたので視線を戻していったのだが、そのときライアはこんなことを思っていた。
……ユフィの試験官、なんかユフィに手を出そうとしてるみたいなんだけど、スレイはその事に気付いてないのかな?
っとこの事にはライアだけでなくノクトたちもその事には気づいていた。
なぜならば先程、試験が始まる前にユフィが試験官の男、見た感じは爽やかな金髪イケメンなのだが、さきほど挨拶のために握手をしていたときに、男がユフィの手両手で包み込み撫で回したりさりげなく髪に触ろうとしたりと、かなりセクハラ紛いのことをしていた。
周りにいる人、特に女性が引いた目で見ているのだが、身内としては今にでもあの男を殴り飛ばしたかった。
だが、ここで一番キレそうなスレイがそれをしないのでどうしたのだろうとノクトが見ると、スレイが前に一度だけ見たことのある銃身の長い魔道銃を組み上げていた。
その姿にいささかの不満を覚えたノクトがついつい訪ねてみる。
「お兄さん、ユフィお姉さんを助けなくていいんですか?」
「ん~、あぁ。大丈夫だよ大丈夫。よし出来た!みんな心配しなくても大丈夫だよ。これであいつの頭吹き飛ばしてあげるからさ!」
そう何ともいい笑顔を浮かべながら──対物ライフル型魔道銃 アトリアを取り出したスレイはスコープ越しであの爽やかな金髪イケメンの側頭部に照準を合わせると、ゆっくりとトリガーに指をかけようとしたそのとき、真横からシュッ!っと翡翠の一閃が煌めきアトリアの長い銃身を切り裂いた!
「あぁああああ―――――――っ!?アトリアの銃身が真っ二つに!?なにするのリーフ!?」
「どうしたもこうしたもありませんよ!相手の方を殺すつもりですか!その魔道銃の威力じゃ肉片しか残らないじゃないですか!?」
「人の嫁に手を出そうとした奴なんて、肉片も残さない。そんなわけで………狙い打つぜ!」
錬金術を付与した手袋で真っ二つに切り落とされたアトリアの銃身をつけ直して、一度ライフリングを堀直し完全に修復が完了したアトリアをもう一度構え直した。
スコープを除いたスレイは一度は言ってみたかった、某有名なロボットアニメでスナイパーがやっていた決め台詞を叫びながら照準を合わせて、ヘッドショットを決めようとした次の瞬間、左右から銀色の軌跡が二閃と、先程と同じ翡翠の一閃がほぼ同時に煌めいた!
次の瞬間、スレイの手に握られていたアトリアがバラバラになって地面に落ちた。
「あぁあああああっ!?ってリーフまた切ったの!?ってか今度はラピスさんもですか!?」
「だから簡単に人を殺めるようなことをしないでください!取り敢えず、スレイ殿は取り押さえさせてもらいますからね!」
「そう言うことですので、ノクトさま、ライアさま、散らばった破片を集めてください!」
「あっ、はい!」
「……ん。スレイ、バカな真似はやめなさい」
リーフがスレイを関節技で捕縛し、ラピスの指示でノクトとライアがバラバラに散らばったアトリアの残骸を回収したあと、ノクトの空間収納の中に納めてこれで話は終わったのだが、これでいろいろと周りから注目を浴びることなったが、スレイたちは特に気にすることはなかった。
観客席でスレイが穏やかにキレて騒ぎを起こしているそのとき、試験官である爽やかイケメン──まぁ、スレイくんには叶わないけどね──に手を撫でられてイラッと来たユフィは、もう触らせる気もないのだが念のためにと手袋とガントレットをはめて杖を構えると、金髪イケメンがキザッたらしいセリフを吐いてきた。
「ふっ、君のような子猫ちゃんに、そんな物は似合わないね。どうだい、こんな試験を早く終わらせて僕とデートでも行かないかい?」
「お断りします。それよりも、早く試験を始めてくれませんか?時間が惜しいので」
実はさっきからずっとあのイケメンが無駄口を叩き続けていて全く試験が始まらない。
そのためいい加減うんざりしていたユフィが、チラッと観客席にいるスレイたちの方を見ると、ちょうどスレイが構えたライフルがリーフとラピスにを斬られて怒っているところだった。
──あぁ、リーフさん、ライアちゃん。スレイくんを止めずにこんな男もう射殺しちゃっていいのに
そんなことを心の中で切実に想いながらいると、ようやく審判をしていた職員がイケメンを注意すると、前髪をフワッと後ろに払いながら今度はその職員にも口説き始め──いい忘れていたが職員も女性──、呆れているユフィの視線に気付いたイケメンが何を勘違いしたのかユフィに向けてウインクをした。
ユフィはブルッと寒気を感じて身体を震わせながら身を抱くと、さらに投げキッスをやった。
もう殺してやろうか、そう思うと背後から物凄い殺気があふれるとユフィがビックリした。そしてさすがに軽い雰囲気のイケメンもこの殺気には驚き殺気の放たれた方を見たが、イケメンがスレイの方を見たと同時に殺気を消したため誰が放ったかはわからない。
「なっ、なんだったんだ今のは………いや、気のせいだ。さぁ仔猫ちゃん、こんなつまらない試験は早く終わらせてデートに行こうか」
「いや、さっきも言いましたけど──」
「ふっ、分かっているさ。恥ずかしいのだろ?全く僕の美貌は罪作りでいけないよ、君のような可愛娘ちゃんを惚れさせてしまって、安心しなさい。僕は君を捨てることはないからね。さぁ、恥ずかしがらずに思いを告げてみなさい」
なんだか話を聞かない上に全く自分のいいように解釈をしているイケメンの言葉を聞きながら、もはや怒りを通り越して呆れすら感じてしまったユフィは、審判の人の方を見ると物凄い勢いで頭を下げられ今度はもう一度注意をして、なんとか試験を始めさせてもらえることになった。
審判がユフィとイケメンの間に立つと手を上に掲げた。ユフィは杖の宝珠を真っ直ぐイケメンに向け、イケメンは剣を抜いて真下に下げてもう一度ウインクをした。
ユフィのこめかみに小さな青筋がピシリと浮かび上がり、微かに殺気が漏れ出た。
「両者構えて──始めっ!!」
審判が手を振り下ろすと同時にユフィが宝珠に魔力を流し込み魔法を発動した。
「ファイヤ・ボール!」
打ち出したのは初級の炎魔法であるファイヤ・ボール。
まずは小手調べを兼ねているのでかなり遅いスピードでだ。ちなみにどれくらい遅いかと言うとスレイとリーフが目隠しして、さらには闘気を使わずにでも斬れるくらいの速度で打ち出す。
さぁどうする?
そう思いながらユフィがイケメンを見ていると、身体に闘気を纏い剣で切り落とした。
「ふっ、君の熱い想いが伝わってくるよ。さぁ、これも試験だ。君の燃えるような熱い愛を僕に見せてくれ」
もうキザッたらしいと言うよりも、ただの勘違いの痛々しい男にしか見えなくなってきたユフィだが、心の中では──誰があんたみたいな痛い男に愛なんて贈るのよ!私の愛はスレイくんの物なんだからね!──っと大変お怒りのようでした。
怒りを迸らせながらも、頭は冴えているユフィはゆっくりと痛め付けてあげようと思った。
「もう怒ったよ~。アイシクル・ランス!ランド・ニードル!」
ユフィはイケメンを中心に円を描くように移動を開始する。杖に魔力を流し込み氷の槍を先程よりも早い速度で打ち出すと、イケメンは先程のファイヤ・ボールと違い斬ることはせず──当たり前だがイケメンの目では追えなかったらしい──、かわすとその位置に合わせて待機状態にしていた大地の刺を出現させてイケメンの動きを誘導する。
ユフィは杖を真っ直ぐイケメンの握る剣を狙って魔法を放った。
「ショット!」
短い魔法の発動語句を口にしたユフィの杖の先から、小さな魔力弾が放たれるとイケメンの剣が彼方へと弾き飛ばされた。空中を舞うとイケメンが焦り弾かれた剣を拾いに走るが、ユフィはそんなことを許すはずもない。
「残念だけどね、もう終わりだよ」
「ぶげらっ!?」
ユフィは杖を手放すと拳をギュッと力強く握り、迷うことなくイケメンの顔面に一発打ち込んだ。それも、とってもいい笑顔のまま。
ユフィの拳を受けて鼻を潰されたイケメンがよろめきながら片手でユフィを制する。
「や、やめるんだ仔猫ちゃん!可憐な君にそんな野蛮な──げぼらっ!?」
「えぇ~、なぁにぃ~、私にはなぁ~んにも聞こえないよぉ~?」
ユフィさん、どこかの都合の悪くなるときだけ難聴になるギャルゲ主人公が如く、イケメンの話を無視してもう一発顔を、それも押さえていた腕を砕きながら殴り飛ばした。
もう一度言っておく、とってもいい笑顔で、しかも顔にはイケメンの顔から飛んだ血が付いている。
殴られて崩れ落ちそうになるイケメンの胸元を掴むと、ユフィはイケメンの顔に向けて何度も何度もガントレットを身に付けた拳を叩き込んだ。こうして始まる公開処刑。
殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴るっ!
ユフィが拳を振るい続けるごとにスピードが上がっていき、振るわれる拳が霞んでいった。そして服を捕まれているせいで吹き飛ぶことも出来ないイケメンは、ユフィによって重点的に顔を殴られたせいでもはや見るも無残なことになっている。
詳しく説明すると殴られ続けていたせいでキレイに整えられていた髪は乱れ、整っていた顔は殴られ過ぎて二倍くらい腫れ上がり、目には青あざができ、歯は欠けて口を切ったのか血だらけに、鼻も陥没して鼻血が止めどなく流れ出ていた。
一応イケメンもガードしようと手で守ろうとしたが、ユフィの拳は手ごと打ち抜いて両手の骨がくだけている。
一面が血が飛び散りイケメンの下半身が濡れているが、ユフィの拳は止まることがない。
そして、笑顔を絶やすことなくイケメンを殴り続けるユフィのその姿を見ていたギルド職員の口からこんな言葉が聞こえてきた。
──血濡れの聖女の再来だ
っと。
対物ライフル型魔道銃アトリアを壊されて大人しく観戦していたスレイが──一応準備はすでに終わらせてある──、帰り血で髪を真っ赤に染めていくユフィからそっと目を放してノクトたちの方を見ると、リーフがドン引きして、ノクトが顔を真っ青になりながら顔を伏せ、ライアがいつもの眠そうな目を閉じてついでに耳も塞ぎ、ラピスは顔を真っ青にして口元を押さえていた。
グロに耐性はあるはずなのにみんなが顔を青くしているのは、ユフィの怒りで手がつけられなくなった場合、次は我が身、そんなことを思ったからだ。
そんなみんなの心の中を察したスレイは、みんなを安心させるために話し始めた。
「だっ、大丈夫だよ。ユフィがあんなに怒ることなんて滅多にないし、あんなに人が変わったようになるなんて一生に一度あるかないかだと思うから………たぶん」
「……スレイ、そんな説明いらないからユフィを止めて、マジで!」
「いや、でも試験だし」
「それがですね、審判の方が涙目になってアワアワしていますし、このままでは試験官の方が亡くなってしまいます、社会的に!」
「いいんじゃないかな、人の嫁を奪おうとするような奴、人として死ぬならまだしも社会的にならまだ」
「スレイさま、それでもダメですからね?あと殺るのでしたらお手伝いいたします」
「お兄さん!ラピスさんに悪い影響が出てきてるので早くユフィお姉さんをなんとかしてください!というか、どんなことをしてもユフィお姉さんを止めてください!早く!!」
「はっ、はいっ!!」
ノクトだけでなくリーフたちからの凄みを受けたスレイは、ヤベッと思いながら段になっている観客席から翼で飛び、ユフィの横に降り立ったスレイは竜眼で見切ったユフィの拳を──こうしないと見切ることが出来ないほどに早くなっていた──受け止めると、ハッ!と我に帰ったユフィがスレイに視線を向ける。
「えぇ~っと………もしかしなくても、我を忘れちゃってたのかな?」
「うん。取り敢えずそいつ捨てて戻ろ?」
「わかった~!」
そういってユフィは掴んでいた元イケメンを投げ捨ててスレイの腕に自分の手を絡めてくる。
こう言うのデートの時なら喜ぶが、さすがにアレを見たあとだと………絶対にユフィを怒らすことはしないようにしよう、そうスレイは心に固く誓ったのだった。




