夜の散歩と語らい
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スレイとフリードのかなり本気の手合わせを終えたあと、結構激しい戦いをした影響で服が泥だらけになってしまったため、スレイとフリードはジュリアによって身ぐるみをはがされて──剥がされたというよりも魔法で脅されて着替えてきただけ──、ついでに血に汚れたコートもすべて洗濯されることになると、本日三度目となる着替えのせいで、そろそろ着る服が無くなってきたスレイにさらにリーフが飲み物を溢してきた。幸いにも熱いコーヒー等ではなく、冷たい果汁ジュースだったので問題はなかった。
「すみませんスレイ殿!あのお怪我とかは無いですか!?」
「大丈夫だから落ち着いてリーフ……あぁ~、でも、もう着る服ないな」
今日は泊まりで予定はしていたので、空間収納に入れてあったのは一日分の着替えだけ。だが依頼を受けに行ったときに着替える服が必要になるため、一着だけは入れてあるのだがそれもさっき着替えで使ってしまった。仕方ないのでフリードの服を借りよう、そう思い声をかけようとしたスレイだったが、なにやら笑顔を浮かべながらやって来たユフィとノクトが口を開いた。
「大丈夫ですよ、お兄さん。替えのお洋服ならわたしとユフィお姉さんが持ってますから」
「はっ?なんで?」
「前にスレイくんが単独で依頼に行ったことがあったでしょ?そのときに私たちお買い物に行ったけど、そのときに買ったスレイくんのお洋服、まだ渡してなかったじゃん」
そう言えばそんなことがあったなっと、スレイが思い出しているとユフィとノクトが空間収納から大量の服を取り出して──買ったとは聞いていたがこんな量だとは思っていなかった──、みんなで選んでスレイに渡してきたのは、半袖の灰色のトレーナーに濃いグリーンのジャケットと、黒一辺倒なスレイの服に多少の変化を入れてきた。
「ほらほら、着替えてみてよ」
「お願いします!お兄さん!」
ユフィとノクトが早く早くと視線だけで急かしてきて、一緒に買いに行ったのでリーフとライア、ついでにラピスもワクワクした視線をスレイに向けていたので、そんな目で見られたなら仕方ないとスレイがジュースで濡れたシャツを脱いだ次の瞬間、パシン!っと結構な衝撃が後頭部に伝わり何かに叩かれたらしい。
「いって、何すんの母さん!?」
「結婚前の若い娘がいる前でなにやってるの!」
「いや、上だけだから平気かなって。それに男の裸なんか見てもそんなに需要ないから大丈夫でしょ?」
そんなことを言ったら泳ぎになんて行けないし、ミーニャやリーシャも兄妹なので見たところで平気──ってかフリードが結構みんながいるところで着替えてるので関係ない──そもそもユフィたちとはいろいろとヤっているので今さら、そう思っているとジュリアがビシッと後ろを指さすと、そこには顔を真っ赤にして顔を覆っているがチラチラと指の隙間から見ているラピスと、鼻息を荒くしてスレイの上半身を凝視してフワフワの尻尾が千切れると思うほど降っているアニエスを見てからもう一度ジュリアを見ると、ジュリアが大きく首を縦に振っていたのでスレイも小さく頷いてからみんなに背を向けて服を着た。
「ごめん母さん。次からはちゃんと気を付けるよ」
「分かったならいいわ。さてフリードさん、今日はもうお仕事は終わりなのよね?」
「あぁ。今日は一件だけだったからもう依頼はないな。………………まさかとは思うんだけど、ジュリアさん?」
「えぇ。そのまさかよ。フリードさんがお着替えしている間に届いてた、財政の決済報告書に領民のみんなの苦情、冒険者たちが近隣住民と起こしたトラブルの報告に、領地の経営について書類もまとめてもらわないといけないんですけど」
「勘弁してくれ~!」
フリードが逃げ出した。
まぁ、朝早くから仕事して冒険者としての依頼まで終わらして、はい今日の仕事は終わった!そう思っていたところにいつ終わるとも思えない仕事を追加され、さすがに誰だって逃げ出したくなる、だが、それを黙って見逃すジュリアではなかった。
「スレイちゃん、ユフィちゃん!黒鎖とゲートシェルを貸しなさい!」
「「えっ、あっ。はいどうぞ」」
なんだか威圧が凄かったので、スレイとユフィは自分の空間収納から鎖型の魔道具と小さな殻型の魔道具を手渡すと、逃げ出したフリードに向かって黒鎖を投げてす巻きにしたあと、ゲートシェルで部屋へと転移させた。その際にフリードの悲痛の叫びも聞こえてきたが、そこはみんな綺麗にスルーした。
「それじゃあお母さん。私はフリードさんとお仕事をしてきますから、何かあったときはセバスに言ってくくださいね」
「えぇ、分かったわ。よろしく頼みますねセバスさん」
「かしこまりました大奥様」
一礼をした老執事を見てスレイとユフィは思った。くそ、ニアピンか!もしもセバスではなくセバスチャンだった場合はもっと大袈裟に反応していたかもしれないが、それはおいておいてようやくあの老執事の名前を知れて良かったなっと思いながら心の中にその事は留めておいた。
その日の夜、さて寝ようと思ったスレイだったが、ジュリアに渡した黒鎖のせいで無理やり仕事をさせられたフリードが、晩酌に付き合えと無理やり引きずって付き合わされたスレイは、深夜になってフリードが寝落ちしたことにより解放され、飲み過ぎでくらくらする頭を押さえながら水の入ったグラスを片手に、庭野コテージで休んで酔いを覚ましていた。
「あぁ~、星空がきれいだな~」
椅子に浅く座っていたスレイは、このままここで眠っても良いかもしれないけど、なんだか眠りたくないなっと思い少し散歩でもしてこよう、そう思ったスレイは簡単に着替えて予備のコートと黒い剣だけをさして部屋を出ると、後ろから声をかけられた。
「スレイさま?こんな夜更けにどちらへ向かわれるのですか?」
「ラピスか………ちょっと夜空がきれいだったから散歩にでも行こうかなって」
特に隠す理由も無かったので正直に答えると、一瞬だけ眉を潜めたラピスが何を思ったのかスレイの方に顔を近づけて、スンスンッとスレイの臭いを嗅ぎ初めたことにはさすがにビックリさせられ、いったいなんなんだっと思っているとすぐに顔を離したラピスがスレイのことを見つめる。
「スレイさま、フリードさまと結構な量のお酒を召し上がられていますね?」
「………ボクはそこまで、大半は父さんが飲んでたよ」
「それでも、酔っぱらいを一人で歩かせるわけにはいきませんわ。少々お待ちください、わたくしもスレイさまと一緒に行きますので、玄関の前でお待ちください」
そう言って宛がわれた部屋に戻っていくラピス、置いていったら後で小言を言われるかもしれないと思ったスレイは、言われたとおり玄関でラピスのことを待っていると、足音が聞こえてきたので振り返ったスレイが見たのは、青を基調にしたノースリーブのワンピースにサンダルと、どこか夏のような装いをしていたラピス。
普段はもう少し肌の露出を減らした服を好んでいるのだが、こうして普段は見られない服装のラピスのことを見て、見惚れてしまう自分がいることに気がついたスレイが気まずそうに視線を外した。
「スレイさま。もしやこの服装はお嫌いでしたでしょうか?」
「あっ、いや……そうじゃないんだけど。なんと言いますか、いつものラピスと違ってつい見惚れてしまってまして」
「ふふふっ、スレイさまはお世辞が上手ですね」
「いや、お世辞なんかじゃなくて本当にかわいいと思ったんだよ」
スレイが大真面目な顔でそう言うと、笑っていたラピスの頬が赤くなった。
「………すっ、スレイさま、あまり遅くなると行けませんので早くいきましょう!」
先に屋敷の扉を開けて外に出ていったラピスと、少し遅れてそのあとを追って屋敷を出たスレイは、なにやら怒らせてしまったのか?っと、全く検討外れなことを思っていたのだった。
夜の番をしていた門番に事情を説明して──さすがにこんな時間にオシャレしたラピスと二人っきりなので、要らぬ勘繰りをされたが、ラピスがそんなことないの一言で納めてくれた──屋敷を出た二人は、夜中でもやっている店で簡単に食べれるものを買って、街の外れにある小さな空き地の丘の上で──前にスレイがヘリオースで焼き払い、修繕の際に埋め立てられたが使い道の無いため今では子供の遊び場となっているらしい──一緒に夜空を眺めながらそれを食べていた。
「美味しいですねこのサンドイッチ」
「あぁ。ちょっと値が張るんだけど前に食べたときに気に入ってさ、今日は夜中に営業しててくれて有りがたかったよ」
実はノーザンスは港町と首都に続く道の真ん中に存在しており、その両方から流れてくる旅人や商人が多く存在するため、たまにではあるが夜中にこの街にたどり着く人もいる。そのため、宿屋や飲食店も深夜から早朝にかけて営業する店をローテーションで回しているのだ。
サンドイッチを食べながら喉が渇いたスレイは、空間収納からワインの残りを飲む取り出してグラスに注ぐと、それを見つけたラピスが奪い取った。
「スレイさま、これ以上はいけませんよ。飲みすぎはかえって体の毒ですからね」
「いいじゃん喉渇いたんだから、それにこのサンドイッチはワインと一緒に食べるのがまた美味しいんだ」
「人はそれをへりくつと言うんですよ」
「………分かったよ。水で我慢するからそのワインはラピスが飲んでいいよ」
「それではいただきますね」
ワインを没収されたスレイが代わりのコップを取り出して、魔法で水を作って飲んでいる横で、ラピスが飲んでいいと言われたワインを一口飲んでサンドイッチを食べた。すると驚いたように目を見開いたラピスが、もう一度同じように繰り返して食べていた。
どうやら気に入ったらしいそれを見ながら、スレイはラピスに話し出した。
「なぁラピス、一つ聞きたいことがあるんだけどいいかな?」
「何でござましょうか」
「ラピスはさぁ、その………ずっと不安、なんだよな。その、記憶がなくて自分が何者なのかわからなくて、家族がいないことに不安を感じている」
「……………………………………………………………」
スレイの問いかけにラピスは何も言わずにうつむき、自分の手の中にある食べかけのサンドイッチをじっと見つめている。どうやら自分の考えが当たっていたみたいだなっと、心の中で思ったスレイは、空を見上げながらコップの中の水を飲んでいた。
「やはり、スレイさまの眼には見抜かれてしまいますわね」
「いいや、気づいているのはボクだけじゃなくて、ユフィたちもその事に気づいているよ。ラピスって以外と顔に出やすいからさ」
「それは気付きませんでした………自分では隠していたつもりだったのですが、みなさまにはバレバレだったのですね」
うつむいていた顔を上げて空を見上げたラピスがゆっくりと話始めた。
「わたくしは怖いんです。本当の自分がいったい誰で、どうしてあそこにいたのか、なぜ記憶を失ったのか、わたくしが………記憶を失う前はどんな人間だったのか。もしかしたら、わたくしはとても凶悪で極悪な人間なんじゃないか、みなさまを傷付けてしまうかもしれないと思うと……」
話を聞いたスレイは、ポンポンっとラピスの頭を撫でる。
「もしも記憶を無くす前のラピスが悪人なら、ボクは極悪人かもしれないな」
「スレイさま………?」
「今日さ、盗賊を討伐したって話したよね。全員ボクが殺したんだ。この手で……一応、殺されても文句の言えないようなことを沢山してきたやつらだけど、それでも殺したことには代わり無いんだ。それに、よく化け物って言われるくらいなこともしてきた」
真剣な顔でそう語るスレイの横顔を見たラピスは、どう言葉にしたらいいか分からないらしいが、スレイは笑いながらラピスを見る。
「でもさ、もしもボクが本当に化け物になったとしても、みんなが止めてくれるんだ」
「………えぇ。スレイさまは化け物にはならないです」
「違うぞ?ラピスもだ。もしもラピスが悪いことをしたらボクたちが……いや、ボクが止めるよ」
スレイのその言葉にラピスが目を見開いていた。
「それにさ、もうラピスもボクたちの家族だとおもってるよ。これから記憶を思い出すことが出来るその日まで、ボクたちが一緒にいる。だからさ、もう寂しそうな顔はするな。寂しいなら寂しい、苦しいなら苦しい、そういってくれればボクたちも一緒にいてあげるからさ。だから、もっとボクたちのことを頼ってよ」
しばらくラピスが呆けたような顔をスレに向けていると、急に何を思ったのか立ちあがりそして
「そっ、そろそろお屋敷に帰りましょう!えぇそうです、それがいいです!」
「おっ、おい。ラピスさん?そっち屋敷と反対側!」
「~~~~~~~~~~~~~~~~っ!?」
なんだかさっきまでのラピスと様子が違うことに気付いたスレイは、まさかさっきのワインで酔った?グラス一杯程度なので大丈夫だろうと思ったが、それが原因なら飲ましたスレイに非があるので慌ててゲートで屋敷に帰った。
散歩から帰ってきて門番からまた変な勘繰りをされたが、無実潔白だと言い聞かせて部屋に戻る。
「スレイさま。今日はありがとうございました」
「気にしないでいいって、その代わり今度からはちゃんとボクたちに相談すること、いいね?」
「はい。それでは、スレイさまおやすみなさい。よい夢を」
「お休みラピス」
そう言って部屋にはいったスレイはゆっくりと休むことが出来た。
「ねぇねぇスレイく~ん、昨日の夜中にラピスちゃんデートしたんだって~。ねぇねぇ何で教えてくれなかったのかな~?」
なぜか昨日の夜中の外出がユフィたちにばれて、朝っぱらから正座で問い詰められることとなった。