父との手合わせ
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老執事のオススメで少しこじんまりとした温泉宿に行ったスレイたちは、前にこの町に滞在していた時にスレイが露天風呂で良いところはないかな、なんて言ったことを覚えていてくれたのか、この街でも知る人が知る有名な露天温泉らしい。
なんでも温泉のすぐ側には竹林に似た物や四季によって移り変わる季節を見せてもらえることがうりだとか。
ゆっくりと温泉を楽しんだスレイたちは、時間もいい頃合いなのでその宿屋で昼食を食べようということになり──もちろん代金はスレイの奢りです──、なんでもこの宿屋は東方大陸のドランドラと呼ばれる国の特色を取り入れてる。
そのため蕎麦やうどんなど和風のメニューが多く存在しており、さすがに生の魚を使った刺身は無かったが代わりに天ぷらが有ったので、スレイとユフィは久しぶりの日本の味に心の中で涙を流しながら舌鼓を打っていた。
他のみんなも見慣れない料理ではあったが、美味しいと言いながら楽しい昼食を終えたのだった。
「いやぁ~、あそこの料理はどれも絶品だったな」
「おにーちゃん、ぜっぴんってどういういみなの?」
「とっても美味しかったって意味だよリーシャ」
スレイは腕の中にいるリーシャと話していると、左右からコートの裾を引っ張られたのを感じてスレイは左右を見てみると、頬を膨らませているヴァルマリアとスーシーの顔をスレイとリーシャが見ると、二人の口から不満の声が同時に上がった。
「リーシャ、お兄ちゃんを独占ダメ、早くだっこ次かわって欲しい」
「にぃに!スーはね、おんぶがいいの!おんぶしてほしいの!」
「やぁ~、おにーちゃんはリーシャのおにーちゃんなの!妹としてゆずることはできないの!」
ヴァルマリアとスーシーがリーシャに訴えかける。どういうわけかみんなスレイに抱っこしてもらいたいと訴えかけ──スーシーだけはおんぶだが──、三人で口論を繰り広げている。
小さい子供たちが手を振り上げながらの口論とはなんとも微笑ましい光景で、ヒートアップしてヴァルマリアが竜の姿に戻らない限りはその光景をホッコリとした表情を向けている。
「……ん。食べたことのない料理だったけど、とっても美味しかった。また食べに行きたいね」
「そうですね。でも、あの料理ってドランドラって国の料理なんですよね。でしたら旅で行くことがあれば本場のお料理も食べてみたです!」
「旅………ですか、楽しそうですね」
また、寂しそうな顔をしたラピス。
その顔をみたユフィは一度スレイの方を見ると、どうやらスレイもラピスの表情から察するものがあったらしいが、スレイはソッとして置くことを選びなにも言わない。
それは落ち込んでいるときになにか言葉をかけても、それは本当にラピスの求めている言葉とも限らない。ましてや、その言葉でより一層心に傷を着けるかもしれないからだ。
その事をよく知っているスレイが判断しているのだが、ユフィはそっとラピスの手を取りながら語りかける。
「ねぇラピスちゃん。この近くにねぇ、美味しいお菓子が食べられるお店があるんだ~。みんなで行ってみない?」
「えっ……?いっ、いえ。わたくし、今日はそれほど持ち合わせが」
「大丈夫だよ~。なぜなら今日のお買い物やお食事のお会計はすべてスレイくん持ちだからです!」
「おいコラ、ユフィ!今の流れで何でそんな話になってるんだよ!しかもなんかかってにボクの奢りが確定しちゃってるのは何でなの!?」
何の相談もなくかってに会計がすべてスレイの財布から抜かれていく、それを聞いて真面目に驚きの声を上げているスレイに向けてユフィがこんなことをいい放った。
「だってさっき、スレイくんが盗賊を討伐したって言ってたし、褒賞金もらってるんでしょ?」
「ギクッ!?」
「あらぁ~、なんともまぁ~分かりやすい反応をするわねぇ~」
実はトラヴィスの執務室にいたときに、魔法師団とギルドの両方でスレイが討ち取った盗賊団の頭らしい人の首の検分が行われた。
首の持ち主が夜霧の旅団の頭目の首だと分かり、ギルドの方から先にギルドマスター ジャルナの使いという職員がやって来て、あの盗賊たちの褒賞金を受け取ったのだが、その金額なんと白金貨がなんと五十枚。あんな情けない雑魚が家と土地を合わせた金額よりも上、なんとも複雑な思いをしていた。
「あら。スレイちゃん、いったいいくらもらったの?」
「白金貨五十枚」
「それはすごいですね」
金額を聞いたユフィたちが驚きを露にした。
そりゃあそうだろうなっと思いながら、スレイは抱っこをしていたリーシャを一度下ろす。
するとリーシャは結構ショックを受けているようだったが、スレイがリーシャの頭を撫でるとフニャッと笑って、ヴァルマリアとスーシーがリーシャに嫉妬の眼差しを浮かべていた。
そんな二人を横目に、腰に付けていたポーチの中から今回の褒賞金の詰まった袋を取り出すと、どうぞご勝手に持っていってくださいとすべてを差し出した。
ユフィがニッコリと微笑みながらスレイの手を掴んだ。
「ほら、スレイくんも行くんだからね。みんな仲良くね」
「はいはい分かりまし、うわっ!?──っちょ、いったい誰!?」
背中に強い衝撃を受けなにかがしがみついているのを感じたスレイが、首を後ろに向けて見ると小さな白い歯を見せるように微笑んだスーシーがスレイのことを見つめ返していた。
「にぃに、次はスーをおんぶして!」
「あぁ~スーちゃんずるぃ~!」
「スー、恐ろしい子」
ちょっとまてマリア、君はいったいどこでその台詞とその手の形を覚えてきたんだ!?っとスレイは地球で連載が始まってから何十年も連載を続けている、あの某有名な演劇漫画の有名なワンシーン──本当のところはストーリー自体全く知りません──のような台詞を言っているヴァルマリアに、少しだけ驚きながらもあまり気にしない方がいいと思ったスレイは無視して、順番と言ってスーシーの次はヴァルマリアを抱っこすることと、リーシャはまた今度と約束してこの場は引いてもらうことにした。
みんなでおやつの後は、買い物をして屋敷に帰るとどうやら依頼から帰ってきたらしいフリードが庭で剣を降っていた。
「ジュリアさん、お帰り。みんなでどこ行ってたんだ?」
「温泉に行ったあとに可愛い息子のお金で豪遊してきたのよ」
「言い方、母さん。言い方をもう少しどうにかしてよ。確かにみんな容赦なくボクのお金で買い物してくれたけ
どね?」
スレイが笑顔でみんなのこと見てみると、全員が一斉に視線を反らし手に持っていた袋や箱やらを見えないように後ろに隠した。
みんなの手に持っているのは服やらアクセサリー、それにおもちゃに果てには武具の類いなどで、それはすべてスレイのお財布から支払われた。
「まぁ……その、ドンマイだったな。ところでジュリアさんとマリーはいったいなに買ったんだ?なにも持ってないけど」
「これよ。これ」
ジュリアは自分の空間収納から大量の赤ちゃん用品を取り出した。
始めはそんなに買ったのかと驚いたフリードだったが、ジュリアがその中の一部をマリーに渡してから残った一部をフリードに見せる。
見たところ男の子用のベビー服やよだれ掛け、それと申し訳程度に存在している女の子用のベビー服だ。
よくもまぁこんなに買い込んだもんだとおもったフリードだったが、一度見せたベビー服を空間収納に仕舞い次に出してきたのは大きな子供用のおもちゃが数点。
「いやいやいや、ジュリアさんそれはさすがに買いすぎでしょ!?スレイの金を幾ら使ったの!?」
「……おばさんと合わせて金貨数十枚は使われた。まぁ、産まれてくる弟と妹のためだからね、こればかかりは妥協はできないからね、良いものを全力で選んできたよ」
いい笑顔でサムズアップ、スレイくん大切な弟妹のためならば一切の妥協はしない。幾ら高い買い物であっても全く関係ないと言いたげの顔をしているスレイに、フリードはなにも言わずに頭を降る。
「まぁお前がいいんなら良いんだが……なぁスレイ、帰ってきて早々で悪いだがちょっと手合わせしてくれないか?」
「手合わせ?別に構わないんだけど、ボクの木剣は昼間にダメにしちゃったから………リーフ、悪いんだけど貸してもらってもいいかな?」
スレイがリーフに木剣を借りようと声をかけたのだが、フリードは必要ないと言った。
「悪いがスレイ、今日は真剣でやりあおうぜ?」
フリードは素振りをしていた純白の剣の切っ先をスレイに向けると、スレイは口元を小さく吊り上げながら空間収納に仕舞っていた黒と白の剣を取り出し、腰に下げると流れるような動きで二振りの剣を抜いてそれに応じた。
スレイとフリードが庭先で手合わせをすることとなり、面白そうという理由で庭先のバルコニーに集まって──当たり前だが全員が座れる椅子もテーブルもある──お茶を飲みながら観戦モードだった。
手合わせのルールは簡単、魔法は禁止、もちろん魔法を使った技も禁止なので、実質スレイが不利な条件かもしれないが、魔法が使えない代わりに竜力だけは使用できる。
「なんか久しぶりだな。お前とこうして手合わせするのも、最後はいつだったかお前覚えてないか?」
「確か、ボクが家を出る前に一回やっただけだから、もう一年以上前になるんじゃないかな」
「そうか……よし!そろそろ始めようぜスレイ」
「うん。そうだね」
頷き合ったスレイとフリードは、自分の剣を構える。スレイは半身をずらして腰を落とすと左手に握る白い剣を真横に構え、その切っ先に水平に構えた黒い剣の切っ先を重ねて構えた。
フリードは普段は片手で構えている剣を両手で握り、中段の正眼に構えている。いつもとは違うフリードの構えに警戒を強めたスレイは、早速両目に竜眼を開眼させて動きを見切れるようにする。
構えたまま一向に動こうとしないスレイとフリード、そんな二人のことを外野で見ていたリーシャは不思議そうにジュリアに訪ねる。
「ねぇねぇおかーさん。おにーちゃんとおとーさん、動かないの~?」
「リーシャちゃんには分からないかもしれないけど、お父さんとお兄ちゃんの戦いはもう始まってるのよ」
「?」
ジュリアのその言葉を聞いて首をかしげているのはリーシャだけでなく、ヴァルマリアとスーシーも何だか分からないと言った具合だったが、ユフィたちには何が起きてるのかがしっかりと判っていた。
「凄いですね。スレイ殿もお父様も……」
「……ん。すでに何度も斬り合ってる」
「気だけでの戦闘、お二人の立っている領域の高さが間が見えますわね」
そう語っているのはリーフ、ライア、ラピスの近接担当の三人だ。彼女たちは見ることの出来ない仮想の戦いを肌で感じ取り、まるで自分たちが戦っているかのように思えていたのだ。
「スレイくんもおじさんも本気だね~」
「わたし、肌がピリピリするの初めて感じました」
ユフィとノクトは気による仮想の戦いを感じることは出来る。だがそこでいったいどのようなことが起きているのか、そこまでは判ってはいないが二人が本気を出しあっているのだけは感じ取っていた。
幼いながらも二人の戦いを感じ取っているパーシーは、いつか自分もと奮い立つ。そして、戦うすべをなにも持たないアニエスだが、獣人としての感があの二人の間に起こっている戦いについて教えてくれていた。
個の場にいる全員が固唾を飲んで見守るなか、ようやく動いた。
始めに動いたのはスレイだった。
構えを解いたスレイが両手を後ろに伸ばし前傾姿勢になりながら地面を蹴ると、真っ直ぐフリードの方に向かって突っ込み、自分の間合いに入ったと同時に黒い剣を振り上げるとフリードはバックステップでかわし距離を取られた。
白い剣の切っ先を真っ直ぐ構えたスレイは左手を大きく引き絞ると、地面を強く蹴り走りだしもう一度間合いに入ったところで剣を突き出すと、フリードは両手で構えた剣で受け流す。完全に攻撃をいなされたスレイは、白い剣が完全に抜けたところで足を止め、強引に体をひねりフリードに一閃。
ひねりによる回転の加わった斬撃を剣の刀身で受け止めたフリードだが、思いの外強い力に顔をしかめる。
「──────クッ!」
このまま受けきれないと察したフリードは、足を浮かして力を受け流した。ここまでやってスレイは剣を下げて構えると、フリードはまたしても正眼に構えてそして笑った。
「お前、強くなったな!さっきの一撃なんて受け止めきれなくてビックリしたぞ?」
「それは嬉しいんだけど、いい加減攻撃してきてよ。こんなんじゃ手合わせにはならないって」
「はっ、言うようになったじゃないか。それじゃあ次はオレからいかせてもらうぜ!」
そう言いながら剣の柄から手を離すと、手の甲に刀身の腹を這わせると一瞬でその場から消え、次の瞬間にはスレイの目の前にフリードの剣の切っ先が見えた。
「──────────ッ!?」
スレイは神速の突きを黒と白の剣を振り上げることで打ち払おうとしたが、剣に意識を行きすぎたせいでフリードの意図を読み間違えた。ドスンっと腹部に強い衝撃を受けたスレイが視線を向けると、フリードの蹴りがスレイの体を起こすとフリードは剣を引き戻していた。
これには、しまった!そう思うと同時にフリードがその場で回り、後ろ蹴りを放ってきた。
それをスレイが剣の刀身を重ね合わせることで受け止めたが、衝撃を殺しきれずに吹き飛ばされたスレイは、地面を転がりながら剣を突き刺すことで止まり顔をあげるとフリードが走ってくるのを見て、タイミングを合わせながら地面に突き刺した剣を軸に回ったスレイは、フリードの足を蹴ると、勢いよく突っ込んできたフリードは、勢いをそのままに地面に倒れるがすぐに立ちあがり斬りかかった。
スレイも地面から剣を抜いて迎え撃った。
上からの切り下ろしを打ち払い、近接での突きを払いのけ、左右からの同時の切り払いを受けきり、常人では目では追えないほどの高速の剣劇を繰り広げる二人の戦いに周りは圧倒されていると、二人の剣劇を急に終わりを迎えた。
ぴったりとお互いの首に剣の刃を当てたところで止まっていた。
「腕をあげたなスレイ」
「そう言ってもらえるとうれしいな」
剣を納めた二人は小さく笑ったのだった。