叔父の襲撃と祖父母の来訪
スレイとユフィがクレイアルラに頼まれて学園の講師の手伝いをするようになってから一ヶ月が経った。
この頃には魔法文字の書き取りをしていた生徒たちも、魔法に対する理解を深めていき無詠唱で魔法を使えるようになってきた。
だが、それでも全員が扱えるわけではなく、少しずつ増えてきているといったところだ。
無詠唱魔法が出来るようになってきてからは、以前ウルレアナの騎士学園の生徒たちにもやった身体強化訓練を行なった。
魔道銃による狙撃をかわし続ける訓練を行っていた生徒たちは、はじめのうちは従順に従っていたが途中でキレた。
なんでも一方的にやられていることと、身体強化ばかりで全然魔法を使わせてくれないことに対してストレスが溜まっていたそうだ。
ついにキレたらしくスレイに向けて魔法を放った。
なのでスレイが竜爪と竜鱗、そして身体強化の合わせ技によって撃ち落とすと、これによって完全に心が折れた生徒たちはしばらくの間は従順に従ってくれた。
半月も経てばまたしても暴動のように生徒たちの不満が爆発し、今日で今月二度目の生徒の反乱が起きスレイが制圧したところで授業が終わった。
授業後、半数ほどの生徒たちが意気消沈したまま競技場を出ていくのを見送った後、スレイたちも帰るために学園の敷地内を歩いているときにユフィがこう言った。
「あ~ぁ、あの子たちの絶望した顔見てられなかったなぁ。そのうち生徒たちの心が折れちゃっても知らないからね~」
「うぐっ………イヤでもさぁ、生徒たちのためにもあれくらいはやらないといけないって。それに下手に負けて自信を付けて慢心したりしたら、それこそ目も当てられないって」
「確かにスレイの言う通りですが、やり過ぎるとユフィが言った通り生徒たちの心が折れてしまうかも知れませんからね。やるなら程ほどにすることをおすすめしますよ」
「はっはっはっ、大丈夫ですよ先生。ボク、師匠のお陰で人の心の折れる瞬間ってのがよくわかりますから。いやぁ~、何度も何度も心が折れそうになった経験がこんなところで役にたつなんて思いもよらなかったなぁ~」
嬉しそうに語っているスレイだが、言葉に全く抑揚がない。
それどころか目が全く笑っていないどころか、闇に落ちたかのように暗い瘴気を放ち出した。
ここ最近では少なくなってきたスレイの闇化だったが、やはり完全には克服していなかったらしく、スレイのトラウマはかなり根深いのだと改めて理解したユフィとクレイアルラなのだった。
⚔⚔⚔
クレイアルラと別れて自宅に帰宅したスレイとユフィは、家の前でリーフがなにやら怪しい人物に気付いた。
「あれ、誰かいるね」
剃髪にどこかの道着のような服とみるからに発達しきった筋肉を持った巨大な男性だった。
「冒険者かな?見たことない人だね?スレイくん、また何かしたの?」
「あんな特徴的な巨漢とやり合ってたら記憶に残ってるよ」
それもそうだとユフィが納得してるが、ならば一体誰のお客なのかと疑問が残った。
庭先からリーフが対応しているようだが、話を聞き入れてもらえないのか困惑している様子なので、急いで家の方に駆け寄っていく。
「すみません、私の家になにかようでしょうか?」
スレイが二人に声をかけながら間に入り、リーフに事情を聴く。
「リーフ、いったいなにがあったの?」
「スレイ殿、ユフィ殿、ちょうどよいところに──ッ!危ない!」
「────ッ!?」
リーフの声に振り返ると、道着姿の男がスレイに向けて拳を振る。
振り抜かれた拳からは闘気は感じないが恐ろしく速い、当たったらマズイと感じたスレイは半身をずらして拳をかわす。
「あっぶね!?」
いきなりの不意討ちだったが避けれない攻撃ではなかった。
牽制の意味で攻撃をしようと思ったスレイは胸のホルスターから魔道銃を抜こうとしたが、そこでスレイは目を見開いた。
スレイの眼前に男の裏拳が迫っていた。
「うわッ!?」
それをかわすべくスレイは重心を後ろに傾け、バク転の要領で後ろに逃れると右手で地面を蹴りあげ回転しながら魔道銃を抜くと銃口を向ける。
「死にはしないけど、ちょっと痛いぞ!」
魔道銃のマガジンは授業で使うためにゴム弾に交換済み、死ぬことはしないものの怪我くらいで済むだろう。
銃口を向けたと同時にトリガーを引き絞っていた発砲した。
撃ち出された弾丸は真っすぐ男の額を撃ち抜いたかと思った次の瞬間、スレイは目を疑う光景が目に飛び込んできた。
「嘘でしょ、ゴム弾とは言え銃弾を指で掴むって───あんたはいったいどこのバグキャラだよ!!」
電磁加速されているわけでもない銃弾なのでスレイもやろうと思えば出来る。
それどころか少し前に父フリードにもフォークで止められているが、それは身体強化込みの闘気を纏った状態でのことだ。だと言うのに目の前の男は身体強化を施している様子はない。
つまりあの男は素での身体能力で弾丸を見切り、さらには高速で回転している弾丸を受け止めた。
一瞬、何が起こったのか理解できずに思考が停止すると、カランと掴まれたゴム弾が地面に落ちる。
その音でスレイはハッと冷静さを取り戻した。
「ユフィ!家の中に入ってシールド張って!リーフも、もしもの時のために盾を構えてて!こいつ強いぞ!」
「うん!分かったよ!」
「はい!すぐに!」
ユフィが転移魔法を使って屋敷の中に入るとすぐにシールドを張り、リーフもいつも付けているポーチの中に納められている盾を構える。
二人が武器を構えたところで、スレイは右胸のホルスターからアルニラムを抜いて構える。
「さぁ、来るなら来いッ!」
二挺の魔道銃を構えて男を睨み付けると、男は大きく口元を吊り上げる。
来る、そうスレイが思い身体強化と竜眼を使って動きを見切るべく意識を集中させた次の瞬間、黒い影が弾丸のように突っ込んできた。
「なにやっとるか!こんの!!バカ息子がぁああああああぁぁぁぁッ!!!!」
なんか聞き覚えのある声と共に、見知った人がなんとも綺麗な飛び蹴りを披露しながらガチムチの襲撃者を蹴り飛ばした。
「「「えぇえええぇぇぇぇッ!?」」」
あまりの出来事にスレイたちは大口を開けて絶句した。
蹴り飛ばされた男は吹き飛び錐揉み回転しながら吹き飛び、質量の弾丸と化して飛んでいったため石畳で舗装された地面を削ると、最終的には民家の壁を突き破ってとまった。
「なんだ今の!?」
「すごい、人間ってあんな感じに吹っ飛ぶんだ」
「自分、疲れてるみたいです。幻覚が見えました」
そんな非現実的な光景をまの当たりにしたスレイたちは、現実を受け入れられずにいると突如として乱入してきた何者かが吹き荒れる土煙の奥から出てきた。
「たくあのバカ息子は、自分の姪っ娘に迷惑をかけるんじゃないよ!」
晴れた煙の奥から姿を現した老女を見てスレイとリーフは顔を引き散らせ、ユフィは両手で顔を覆ってあんな人知らない、見たくないと顔を振っている。
現れた老女が民家に突っ込んだ男を引き抜くと、気を失っていることに気付いた老女が拳で何度も男の顔を殴った。
「おらこのバカ!さっさと起きな、このバカッ!───チッ、起きないわね」
殴っても目を覚めないので、老女はもう一度男を壁の穴に埋めてから説教をかまた。
いやなぜ埋める!っとスレイたちが心の中でツッコミを入れる。
「このバカがッ!そこに埋まりながら、よぉ~く頭を冷やして反省しな!!」
ゲシゲシと老女は壁に埋まっている男に蹴りをかましながら説教を続ける。
ただし老女が男にむかって蹴りかます度に、男埋まっている民家が振動で震えている。
「すげぇ、人間を蹴り飛ばしている音じゃない」
「音もそうですが、アレを受けて原形をとどめているあの人がすごいですね」
遠い目をしながらスレイとリーフが話していると、なんだか周りが騒がしくなってきた。
老女の説教と先程の戦闘が収まって何が起こったのかと近所の人たちが集まり騒然としている。
「あぁこれ、なんとかしないと不味いな」
「ですね」
「と言うわけでユフィ止めてきて」
「絶対にいやッ!」
ユフィがいやいやと両手を顔を覆ったまま、器用に首を振って拒否している。しかし、そんなことを言っている場合ではない。
「ユフィさん、すぐに止めてあげて、じゃないとほら」
スレイが指をさした先には、泣き崩れる中年のおじさんがいた。
彼はあの家のご主人で、数年前に念願の我が家を買って大事に暮らしていた。だと言うのに、変な男が壁にぶっ刺さり、変な老婆に破壊されそうになっている。
「アレを止めなきゃ、あの家が崩壊してあのおじさんが大変なことになるだろうね」
「うぅ~っ……わかったよ、行ってくるね!!」
もうヤケクソだと言わんばかりに駆け出したユフィが老女を止めるべく声をかけた。
「おばあちゃん!もうやめてよ!!」
懇願するようなユフィの言葉に耳を傾けた老女は、ユフィの祖母アシリアだった。
⚔⚔⚔
それらスレイは騒ぎを聞きつけてやってきた魔法師団や通報を受けてきた兵士たちの対応に追われた。
アリシアが破壊しようとした家の住民については、破壊した本人であるアルシアが対応しどうにか、家の修繕と慰謝料で許してもらえることになった。
警備隊と魔法師団の方には必死に頭を下げたが、騒ぎを越したので聴取を取られることになった。
事情聴取でわかったのは襲撃者である男の正体はアシリア息子、つまりはユフィの叔父だった。
聴取が終わった頃、騒ぎを聞きつけた祖父トラヴィスがやってきたので、倒れた叔父を家の中にいれるのを手伝ってもらってもらった。
家に入ったあとスレイはみんなをリビングに集めて、なぜこんなことになったのか事の経緯を知ることにした。
「あの、ホントに良いんですか?」
「あぁ、気にせずやっておくれ」
リミングに皆が集まったと同時にアリシアからの要望で、叔父が目を覚ました時に暴れられると困るからとキツく拘束しておくようにと言われた。
なのでスレイは"黒鎖"です巻きにしたあとの、付与している重力魔法で完全に動きを封じておいた。
簀巻きにした叔父をスレイが床に転がたところで、ユフィはどうしてこうなったのかを問いかけた。
「それで、あの人って私の叔父さんだよね。なんで襲ってきたの?」
「簡単なことよ、この子がバカだからよ」
「意味がわからないよ~」
なにも答えになっていないその返しにユフィが困った顔をしていると、スレイはリーフに問いかけた。
「リーフ、ボクたちが帰ってくる前に何があったの?」
「何があったと言われましても少し前にいきなりやって来て、スレイ殿を出せと怒鳴り込んできたのです」
ここで新事実、まさかの叔父の目的がユフィではなくスレイだった。
「それで、そのあとは?」
「いない旨を伝えたのですがそれでも出せと、一瞬頭のおかしな人なのかと困ってしまいましたよ」
「すまないねぇリーフ。この子はおかしな人じゃなくて、おかしい人なんだよ」
我が子に向かってこの言い草、本当に親なのかとしていたとスレイ達は思ってしまった。
「この子はね、頭んなかにまで筋肉しか詰まってないようなバカなのよ」
「……ん。つまりは脳筋」
「ライアさん!そんなこと言っちゃかわいそうですよ!」
ライアが思ったままの言葉を口にするとノクトが怒った。
気を失ってはいるが本人が目の前にいるのと、その産みの母親がそこにいるので形だけは怒る振りでもしようかと思ったスレイだが、玄関の方でノッカーが鳴る音が聞こえてきた。
「あぁ、来たみたね」
気配で探りだしたのか、アリシアがそうつぶやいたのを聞いてスレイが立ち上がろうとするが、ラピスがそれを遮った。
「スレイさま、わたくしが行きます」
「えっ、いいの?」
「はい。わたくしの方が出口と近いですから」
そう言ってラピスが立ち上がって玄関の方に向かっていった。
ノクトたちは誰が来るのだろうかと玄関の方を見ていると、ラピスと祖母のジュディスが並んで部屋に入ってきた。
「スレイ、聞いたわよ大変だったんですってね」
「大変と言うか、ボクよりも家を破壊されたご近所さんの方が大変だったと思うよ」
「それもそうだったわね。あっアシリア、これマリウスから預かってきたお金よ」
そう言いながらジュディスはアシリアにお金の詰まった袋を手渡す。
実は先ほど、近所の人への賠償を払うことになった際、アリシアたちはお金の持ち合わせがなかった。後で届けさせると言ってスレイが貸したのだが、まさかジュディスが来るとは思わなかった。
中身を確認したアシリアが今度はその袋を右から左に渡すようにスレイの前に差し出した。
「迷惑かけたわねスレイ。さっき立て替えてもらったお金ね」
「ん。確かに受けとりました」
「それじゃあ、家のバカ息子も確保したことだし、このまま引きずって帰るとしますかね」
ソファから立ち上がったアシリアは大きく伸びをして、黒鎖によってす巻きにした叔父を抱えた。
明らかにアシリアよりも体重のあるうえに、黒鎖付与した重力魔法は解除していないというの身体強化なしで、それも片手で持ち上げていた。
スレイたちはこの親にしてこの子ありかと思いながら、玄関の方に向かおうとするアリシアを見送る。
「なんじゃいアシリア、帰るならわしがゲートを開いてやるが?」
「いいわよ。最近身体が鈍ってきたからこの子を使って、いい筋トレになるわよ」
アシリアと叔父が帰ったのを見送ったスレイたちは、残ったトラヴィスとジュディスがここに来た理由を聞くことにした。
「セドリック様の件じゃが、ちゃんと覚えておるか?」
「あぁ、そう言えば、忘れてた訳じゃないけどホントに来るとは思わなかった」
セドリックはこの国の第一王子、つまりは時期国王候補なので一人で遊びに来るなどしないとは思っていたので、本当に遊びに来るとは思わなかったスレイが困った顔をしていると、事情を知らないラピスがみんなに疑問をぶつけた。
「申し訳ありませんが、セドリックさまとはどのようなお方なのですか?」
「セドリックさまはこの国の第一王子さまですね」
「……前にスレイが勝手に家に招待する約束した」
「確かにそうだったね~」
「あれ、前は確かみんな許してくれたのに、なんか怒気を感じるのはなんでだろう?」
スレイはユフィたちから陽炎のように立ち込める怒気を見ながら顔をひきつらせていると、トラヴィスが咳払いをして話しを戻した。
「まぁ、セドリックさまのご予定が二ヶ月後のこの日なんじゃが予定は大丈夫かの?」
トラヴィスは手帳のカレンダーからセドリックの空いている日にちを指さすと、スレイとユフィが学園の仕事の関係で確認したが、ちょうど休みの日なので問題はなかった。
「大丈夫だよ。その日で」
「そうか、ならばそう伝えておこう。……ところでジュディス、あのことを言わなくていいのか」
「ねぇスレイ、あなたの都合のいい日で構わないから私をジュリアのところに連れていってくれないかしら?」
「母さんのところに?なんでまた」
「あら、孫娘の顔を見に行っちゃ悪いのかしら?」
「そう言うことか、なら連れてくけど週末で良いかな?どうせ帰るならミーニャも連れていきたいし」
「えぇ。それで構わないわ」
そんなわけでミーニャに連絡を取って、週末の休日を使ってアルファスタ家の屋敷に遊びに行くことになった。




