それぞれの修行 スレイ編 ④
前に言った通り、二人目のヒロインが登場します。
それでは、どうかお楽しみ頂きたいです。
足元に転がるのは無数の魔物の死骸と地面を真っ赤にするほどの血溜りであった。
空気には鼻につきむせ返るほどに濃厚な鉄の臭いに顔をしかめながら、未だに血を滴らせている剣を振って血を落とす。
あたりに魔物が残っていないことを確認してから剣を納めたスレイは、シールドの中で腰を抜かしている女の子の元に向かい声をかける。
「もう平気だよ」
「…………………………」
返事が帰ってこなかった。
どうしたのかと思って顔を覗き込もうとすると、女の子はグラッと身体が傾きそのまま倒れる。
「うおっ!あっぶねぇ~」
地面に倒れる寸前で女の子を抱き抱えたスレイは、小さな寝息を立てている女の子をみて安心した。
どうやら緊張の糸が切れて気を失ってしまったらしく、外傷も擦り傷や木の葉で切ったのか細かな切り傷以外に目立った怪我は見受けられない。
簡単では合ったが少女の身体に傷がないことを確認したスレイは、安堵の息をついてから辺りに視線を向ける。
目で見える範囲では魔物は見受けられないが、探索魔法を発動して魔物がいないかを確認するとまだ少し遠いが魔物がこちらに集まって来ている。
「これは、集まってきてるな」
囲まれては厄介だと思いながらスレイは女の子のことを見る。この娘を一人連れて行くのは問題ないが、守りながら戦うことになったら話は別だ。
魔物がやってくる前に移動しなければならないのだが、スレイは今しがた倒した魔物の亡骸を恨めしそうに見ていた。
「魔物のコア、まだ回収してないんだよなぁ~、持ったいねぇ」
後ろ髪を引かれる思いはあったが、女の子の安全には変えられないので惹かれる心を振り払い、気を失った女の子を前で抱き上げながら立ち上がった。
「よし、移動するか」
足回りを強化したスレイは地面を蹴り宙に飛び上がると木の枝に飛び乗り、極力気配を消しながら木の枝を足場に使い川原の方へと向かう。
木々を跳びながらスレイは腕の中に眠る女の子を見つけたときのことを思い出す。
⚔⚔⚔
それは数時間前、朝食を取り終えたスレイがいつものように山頂に向かおうとした時のことだった。
ようやく山頂付近の魔物との戦いにも慣れてきたスレイは、今日こそは頂上へたどり着こうと意気込んでいたのだが、その決意は意外な人物によって打ち砕かれる。
「おいボウズ、今日は下に行ってこい」
突然の師匠の言葉にスレイは驚いた。
「えっ、なんでですか唐突に?」
「最近は一対一の戦いを続けてきたからな。たまには息抜きに下の魔物の相手でもしてこい」
「いやそれ、息抜きっていうかただの修行の延長なんじゃ」
「黙れさっさと行け。ついでになにか食いごたえのある魔物を狩ってこい」
「それって、単に師匠が食べたいからじゃ」
「うるせぇな、また投げられたくなかったらさっさと行け!」
あんなスカイダイビングを何度も経験したくないスレイは、反論虚しく下に向かうことにした。
しかし、スレイ自身上での戦いには少し物足りなさを感じていた。それに貯蓄していた食べ物も少なくなってきたので、食べられる獣や山菜を集めようと、そんな軽い気持ちで降りていった。
⚔⚔⚔
下へと降りた直後、現れたゴブリンの大群がスレイを取り囲む。
取り囲まれたスレイは即座に剣を抜くと、自ら包囲網へと突撃を敢行する。突っ込んでくるスレイの姿にゴブリンたちは驚きながらも、即座に攻撃を開始する。
一匹ずつ確実にゴブリンたちを倒していくスレイ、ゴブリンたちの立ち位置に気を配り不意の攻撃に注意しながら倒す。
今では当たり前のように出来ることでも、来た当初はなかなか苦戦を強いられた。
「久しぶりに来たけど、やっぱり囲まれると面倒だな」
いくら慣れているとは言っても、それをし続けるのは中々に骨が折れる。
飛びかかってきたゴブリンをすれ違い様に短剣で首を切り落としたスレイは、密集しているゴブリンの中で一番数の少ない場所を見つけそこを叩くべく突っ込んだ。
「行くぞッ!」
始めに目の前にいたゴブリンに向けて剣を振り下ろし斬り倒すと、横から鋭利な爪を向けてきたゴブリンの手を短剣で受け止め、身体を捻りながらゴブリンを二つにする。次々に襲いかかってくる前を向いて走り出す。
「まだあんなにいるのか」
もう慣れてそこまで苦には感じない数だがこの数を捌くのは多少骨が折れる。
なのでここで一気に終わらせることに決め、闘気で強化した足で一気に距離を開けて身を翻すと両手に握る剣に魔力と共に赤黒い業火を纏わせる。
前に纏った業火では剣を溶かしてしまったが、山頂の魔物と戦う上でこの魔法は必要になっていくので必死に練習し、ようやくコントロールすることができた業火の炎を纏った剣を脇に抱え腰を落とす。
「消えろッ!」
構えていた剣を真横に一閃!すると剣から放たれた業火の炎を纏った斬擊がスレイの後を追っていたゴブリンの軍勢を切り裂いた。
「ギャアァァァッ!?」
「グギャァッァァアアアッァアァ!?」
業火を纏った斬擊を受けたゴブリンたちは地獄の業火により焼き尽くされる。
その際に立ち込める肉の焼ける臭いに顔をしかめながら、周りに他に魔物がいないかを確認するために探索魔法を発動し確かめる。どうやらここには先程のゴブリン以外の魔物は居ないらしい。
それを確認したスレイは全身に纏っていた魔力と闘気を解き、両手に握っていた剣と短剣を鞘に納めた。
「さて、食料探しと行きますか」
地球で好きだったアニメの曲を口ずさみながら山を歩いていった。ここは死霊山と呼ばれるほど恐ろしい山のはずなのに、なぜだか緊張感に欠けて登っていくのは後にも先にもスレイだけだろう。
⚔⚔⚔
正午を回る頃にはこの山で採れる山菜を一通り採り終わっていた。
「これくらいあれば当分は足りるかな?」
この山で過ごすのもあと数ヵ月、長いようで短かった一年間がもうすぐ終わる。
そう思うとなんだか感慨深いものがあった。
「さて、もう少し魔物を倒したら昼にでも──ぅん?」
探知魔法になにかが引っ掛かった。
魔物が襲ってきたときのために展開していたそれに、魔物と魔物ではないなにか別の生き物が引っ掛かった。
場所は今いる場所から南に数キロほど、ちょうど森の入り口辺りだ。近くの木を登り強化した視力でその場所を視たスレイは驚きを隠せなかった。
「おいおい、こんな所になんであんな小さな子供が来てるんだよッ!」
木の上から飛び降りると剣と上着の懐にしまっていた魔道銃を抜き放ち、先ほど木の上から見た場所と探索魔法の大まかな場所を頼りに走り出した。
⚔⚔⚔
わたしがここに来たのはお母さんのためだった。
一週間前にわたしのお母さんが病気になった。お医者様に見てもらったら、死霊山にしかないお花じゃないと治らないらしい。
それからわたしは毎日神様にお祈りしたけど、お母さんの具合はどんどん悪くなっていった。
だからわたしは一人でこの死霊山に登った。
それなのにわたしは魔物に見つかって追いかけられてる。
「──きゃあッ!?」
大きな石につまずいて転んだわたしをたくさんの魔物が囲んでいる。
「い、いやッ、こっ……こないでッ!?」
こんなところで食べられちゃうなんてイヤ!
わたしは木を背にしてすがるような気持ちで十字架を握って祈りを捧げる。
神様!どうかお助けください!
何度も何度も泣きながら祈りを捧げるわたしの耳に聞こえてくるのは、魔物たちの獰猛なうなり声だけ……
もうダメなんだ……死にたくない!死にたくなんかない!
「誰か───助けてッ!!」
わたしが涙を流しながら叫ぶと、今までに聞いたことのない音が聞こえてきました。
ドンッ!ドンッ!!
とってもうるさい音に耳と目をふさいでいたわたしがゆっくりと目を開けると、そこにはわたしよりも少し大きなお兄さんが立っていた。
「もう大丈夫だよ。ボクが何とかするから」
わたしの周りに小さなシールドが現れた。
これを見てもう大丈夫なんだと分かったわたしは、安心して目を閉じた。
⚔⚔⚔
なんとか間に合った。
スレイは大急ぎで走ったせいで荒くなった息を整えながら魔道銃をホルスターに納めると、魔道銃の代わりに短剣を抜き放った。
魔物たちを殺気の籠った目で睨み付ける。
微かに怯みはしたものの逃げる魔物はいなかった。
「へぇ、逃げないんだ……。なら、全滅させるしかないか」
両手に握る剣に業火の炎を纏わせ、魔物の群れに一直線に向かっていった。
それからほどなくして周囲には無数の死体と血溜りが広がった。
⚔⚔⚔
気配を殺してどうにか川原にたどり着いたスレイは、この女の子のことをルクレイツアにも伝えるべくコールで連絡をしていた。
『なるほどな、事情はわかった。しかしなんでこんなところにガキが一人でいるんだ』
「さぁ?まぁ、それを知るためにも女の子が目覚めないことにはなんとも……あっ、そうだ師匠。女の子を送り届けたら遅くなるかもしれません」
『構わんが、夜にはレイスやアンデッドがでる。遅くなりすぎるなよ』
「はい」
説明を終えたスレイはコールを切ると、横で眠っている黒髪の女の子の顔を見る。
年の頃は七歳か八歳くらいのその少女の服装はどう見ても修道女が着るシスター服、こんな子供が一人でいったい何をしているのか、その理由は女の子が目覚めなければ知ることはできない。
「さて……腹も減ったし昼でも作るか」
空間収納の中から焚き火用の枝をとりだし、魔法で火を付けてからなにを作るかを考える。ふと川をみていたら無性に魚が食べたくなったので魚を捕まえて焼くことにした。
そうと決まったら川の中に限定して探索魔法を発動し、魚の動きを見極め風の槍で突く。川の水が微かに赤く染まり身体に穴の空いた魚が浮かんでくる。
本当は釣り竿持ってのんびりと釣りを楽しみたいけど、やっぱり釣りは村に戻って魔物に襲われる危険のない安全な場所でやりたい。
──だってこの川、たまに魔物出てくるんだよ?普通そんなとこでのんびり釣りしたいと思う?
今は浅瀬のところにいるので魔物が潜んでいてもすぐに判るが、そんな場所では釣りをするのはごめんだ。
獲った魚の内蔵を取り除き、風の魔法で細い木の枝を串に加工して火で炙る。
そのときにほんの少し塩を振りかける。
焼き上がるまで待っていると、ほどなくして魚の焼けるいい匂いが漂ってきた。
──うん、すごく旨そうだな。
そう思っていると、近くで寝かしていた女の子が目を覚ました。
「やぁ、けがとか──」
「いやぁぁぁぁ―――――ッ!?」
「ちょ、落ち着いて!?」
「いやッ!いやいやいやッ!!こないで――――ッ!!」
突然騒ぎだした女の子を落ち着かせるため、女の子のことを強く抱き締める。
「大丈夫、怖いものたちはボクがやっつけたから。大丈夫、大丈夫だから」
優しく背中を叩きながら落ち着かせていると、だんだんと抵抗する力が弱くなってきた。
良かった落ち着いたみたいだ。
そう感じたボクは優しく女の子を抱き締める力を弱めて解放していく。
「落ち着いたかな?」
「は、はい……」
あれ?なんでうつむいてるんだろ?
恥ずかしがることでもないだろうに、そう思っていると火に掛けっぱなしだった魚から煙が上がっていた。
「うわっ!?しまった!?」
慌てて火にかけていた魚を取る。
「あちちっ、良かった焦げて無さそうだな」
このまま持ってるのは熱いので、空間収納の中に入れてあった土製の皿を取り出してその上に乗せて女の子の方に差し出す。
「君もお腹すいてるでしょ?食べながら話そうか」
女の子は串を一つ手に取りゆっくりと食べ始めた。
しばらくして落ち着きを取り戻して来た女の子にどうして一人でこんな場所に来たのかを聞いてきた。
「じゃあ君はお母さんの病気を治すためにこの山に来たと」
「は、はい……」
女の子はビクビクしながらスレイのことを見ている。
「えぇっと……なんでそんなにビクビクしてるのかな?」
そんなに恐ろしい顔してるか?と思ってしまったスレイ。
この数ヵ月まともに散髪などもしてないので髪はボサボサの伸び放題だ。服は一応毎日洗っているが今も魔物との戦いで血に染まっている。
──これじゃあ、怖がられても仕方ないかも……
髪は今さらどうしようもないが、せめて血のついた上着くらいは脱いだ方がいいかもしれないと思っていると、女の子がビクビクしながら答えた。
「あの、お兄さんは……人間……ですよね?」
その質問でスレイは理解した。
ここが死霊山と呼ばれる死の山、そこに自分より少し上くらいの子供がいれば怪しむのも当たり前だ。
「ちゃんと生きた人間だよ。ほら足もあるし身体も透けてないでしょ?」
「ほ……本当ですか」
おずおずと聞いてくる女の子にがくりとうなだれてしまったボクは、ポリポリと頭をかきながらこの話はやめにしようと思った。
「話は変わるけど、君が探してる薬草ってどんな草なの?」
「……探して……くれるんですか?」
「うん。こんな危険な場所で君みたいな子を一人で探させる訳には行かないからね」
「あっ、ありがとうございます!」
「お礼は良いよ。それなりにこの山には詳しいからその薬草の特徴がわかれば探せるから」
もしもスレイが持っている医療箱にあるものならいいのだが。
「えっと……ムーラ草って言うんですけど」
「……………………………………」
聞いたことのない薬草の名前にスレイは困った。
「うぅ~んこれは困ったな……」
こんなときに使える魔法はあるにはある。だがその魔法は術者が探したい物の姿形を知っていなければ探せなという欠点がある。
「あ、ちょっと待ってて」
「?」
女の子が首をかしげながら見守る中、スレイは空間収納に手を入れて一冊の本を取り出した。
これは旅立つ前にクレイアルラがスレイに渡した、死霊山で採取できる薬草や木の実、山菜などが写真つきで書かれた──なんでもカメラみたいな魔道具があるらしい──一冊なのだが、これさえあれば薬草を探すことができる。
ペラペラとページをめくりながら目的の名前を探していると、半分ほどの場所でようやく探していた名前を見つけた。
「あった。君が探してるのってこれだよね?」
スレイが広げているページには青紫色の綺麗な花の写真が載っていた。
「これッ、これです!」
「これか、じゃあちょっと待っててね──サーチ!」
サーチとは術者が頭に思い浮かべた物を探す魔法だ。
捜索範囲は術者の魔力量によって前後するが、スレイの魔力量ならここから大体山の中腹辺りまでならば探すことができる。
「見つけた!………けど遠いな。うぅ~ん。ちょっとごめんね」
「え?──きゃあっ!?」
短い悲鳴を聞きながらスレイは女の子を抱き抱える。もちろんここに来たときと同じ抱えかただ。
「あ、ああああっ!?、あのこっ、これは!?」
「薬草のある場所が遠いからボクが連れてってあげる。危ないからしっかり掴まっててね」
「あっ、はい!」
危ないしこれからすることは馴れてないと危険なのでスレイは女の子の前にシールドを張ると、身体強化と闘気を纏った。
「それじゃ、けっこう速いけどビックリしないでね」
始めに断ったスレイは、全速力で走り出した。
ちなみに出会い頭に現れる魔物は勢いに任せて蹴り殺していた。
「い、いいいいっ──いやぁあぁぁぁあぁぁぁあぁぁぁぁああぁああ―――――――ッ!?」
あまりの早さと飛び散る血を見て、腕の中にいる女の子が悲鳴をあげてしまった。
「えっと……その……ごめんね?」
恐怖のあまり震えている女の子にスレイは必死で謝っていた。
──うわぁ~やり過ぎたかも
暗くなると危ないと思い、あの速さで走った。だが慣れているスレイならまだしも、初めて体験した女の子にはただの恐怖でしかなかった。
「ホントにごめん!帰りはもっとゆっくり走るから」
「だ、だいじょうぶ……です」
どこからどう見ても平気そうではなかった。
こんなときどうすればいいかハッキリ言って分からないが、まずは落ち着いてもらうことにする。
「えっと、これすごく甘くて美味しいから食べて待ってて」
空間収納の中から先ほど採ってきた果物を出して女の子に渡し、目の前に聳え立つ崖を見上げていた。
「あそこにあるんだよな」
目的の薬草はこの崖の上に生えているそうだが、女の子を抱えて登るのは危ないので──その前に女の子がまださっきので震えているのでこれ以上の恐怖を与えてはならない──人で登るしかないと思ったスレイは、後ろで果物を食べている女の子の方を見る。
「ちょっとこの崖の上に登ってくるけど、ここで待っててくれるかな?」
「は、はい……平気です」
「良かった。あっ、でも心配だからこれ持ってて」
スレイは腰に下げていた短剣を女の子に渡すと、困惑した顔で渡された短剣を見ている。
「あ、あのわたし使えませんよ?」
「いいよ、お守り代わりだから。あとシールド張るから魔物に襲われることもないよ」
少し広めにシールドを張り女の子の安全を確保すると、強化した脚力で地面を蹴り飛びあがり崖の岩肌を更に蹴り上にたどり着つくと、そこには青紫色の花が一面に咲き乱れていた。
「おぉ~、すごい綺麗」
一瞬見とれたスレイだったが、すぐに目的を思い出して花の採取に取りかかった。
薬を作るのにどれだけいるかは分からないので、少し多目に採取をすることにした。
「これくらいでいいな」
採取した薬草を空間収納の中に入れたスレイは、下からこちらを見上げている女の子の元に戻ろうとしたとき、背後から殺気を感じ振り返ると鋭い一閃が振り抜かれた。
「うわっ!?」
とっさにしゃがんでかわしたスレイはそのまま横に転がり、ホルスターから魔道銃を抜いて構える。
「あっぶね……」
スレイの目の前にいるのは、鉄製の剣を握ったリーザードマンだった。
「シャアァァアアアア―――ッ!」
斜め上から振り下ろされる剣を魔道銃の銃口で受け止めトリガーを引いた。
撃ち出された銃弾がリザードマンの剣を撃ち抜くと剣を握る手が弾かれる。
そこにスレイは鞘に収まった剣を抜きながら振り上げると、少し遅れてリーザードマンの上半身と下半身がずるりと二つになって別れた。
「初めてやったけど、うまくいったな」
魔道銃による武器のノックバック。意外にもうまくいったことに妙な喜びを感じ、これは上での戦いでも使えるかもしれないので、出来ることならこれから練習していこうと考えていた。
⚔⚔⚔
目的の物を採り終えたスレイたちは少し急いで山を降りた。
その理由は日が暮れ夜になる。
夜はレイスやらゾンビ等のアンデッドたちが目覚める時間だ。
アンデッド系の魔物は太陽の光に弱く、バニッシュという浄化魔法か光属性の魔法でしか倒せないので、面倒なことこの上ない。
それだけではなく、レイスは人の身体を乗っとることもある。スレイやルクレイツアはそれを防ぐ魔道具──旅立ちの日にジュリアからもらったお守り──を持っているので乗っ取られることはないが、この女の子はそれを持っていない。
「まずいな……もう日が暮れたか」
このまま走り続ける訳にもいかなくなり一度立ち止まり女の子を下ろしたスレイは、首にかけていたお守りを女の子の首にかける。
「お兄さんこれは?」
「これはレイスから守ってくれるお守りだよ。身に付けてて待っててね」
腰から短剣を抜いて地面に魔方陣を書き始める。
スレイが書いてるのは錬金術で使われる物質変化の魔方陣だ。
魔方陣を書き終えたスレイは、空間収納の中から折れた剣の欠片を二つ取り出し魔方陣の中心に置くと、魔方陣に魔力を流し始める。
光と共に片方はチェーンにもう片方は女の子の首にかかっているペンダントに姿を変えた。ペンダントには細かい文字が刻まれそこに魔力を流して完成した。
「よし、簡易的な魔道具だけど持ってて」
完成したお守りを女の子にかけて、代わりに自分のお守りを返してもらう。
「ありがとうございます」
「いいよ。それじゃあ行くからしっかり捕まってるんだよ」
「はい」
もう一度抱き上げてスレイは走り出した。
⚔⚔⚔
日も落ちて薄暗くなった死霊山の入り口では黄金の鎧を着た騎士たちと共に、若いの神父が騒がしく動き回っていた。
「見つけたか?」
「いいえこちらにはいません」
「あぁ……神よどうか娘をお助けください」
すがるように十字架を握る神父の元に一人の騎士がやってくる。
「ユクレイア神父!お嬢様が見つかりました!」
「本当ですか!?」
「はい!こちらに」
騎士と一緒に連れてこられた女の子を見ると、神父は駆け出して女の子を抱き締めた。
「無事で良かったノクト!あぁ神よあなたに感謝を」
ノクトと呼ばれた少女は父親の抱擁を苦しそうにしながら抜け出した。
「お父さん、ごめんなさい」
「いいんだお前が無事なら、でもどうやってあの山から?」
「あのねお兄ちゃんが助けてくれたの」
「お兄ちゃん?」
オウム返しに聞き返した神父は、ノクトを連れてきた騎士のことを見る。
「白髪の少年でした、それとこれを」
「そ、それはムーラ草!その少年はどこにいるんですか!?」
「それが……山の中に戻っていきまして」
「なに!?あの山にか!これはいけない!すぐに助けにいかなければ──」
だてに死の山とは呼ばれていない。そんな中に子供が一人でいれば取り乱すのも当たり前だが、そんな神父を止めたのは娘のノクトだった。
「大丈夫だよお父さん。お兄さん強くて魔物を蹴って倒してたんだよ!」
「そっ……そうなのか?」
「うん!だから大丈夫だよ」
「そ、そうか……お礼を言いたかったんだけど……仕方ない」
神父は騎士たちにお礼を言いながら、馬の手配を頼んでいる。
「ノクト帰ろう、お母さんも心配しているよ?」
「お父さん、お母さんこれで治るの?」
「あぁ、ノクトとそのお兄さんのお陰でな、それよりそれは?」
神父はノクトの首にかかっているペンダントについて尋ねる。
「お兄さんが作ってくれたの」
「そうか、それは悪いものから守ってくれる物だ。大事にしなさい」
「はい!」
ノクトはとても嬉しそうに少年から贈られたペンダントを見ながら微笑んでいた。
その顔を見たノクトの父は、娘の顔が恋する乙女のような顔をしていることに気がつき、娘の早すぎる恋に困った顔をしているのだった。
⚔⚔⚔
その頃スレイは正座していました。
「帰ってくるのが遅せぇんだよ」
「すみません」
こんな時間まで何も連絡しなかったのはスレイなので、甘んじてお説教を受けている。
「たく。さっさと飯食って寝ろ」
「はい」
もう疲れて何もやる気が起きないスレイは昼間に採った果物で腹を満たし、明日からまた始まる修行を頑張ろうと思い眠りについた。
だがこのときのスレイはまだ知らなかった。
明日からルクレイツアによる地獄の追い込みが始まることに……
新しいヒロインですが前にも言いましたが当分ストーリーに絡ませる気はありません、次に出てくるのはもっと後になりますので、どうか忘れないであげてください。
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