家に帰ってから
帰ってきたばかりだったスレイは、二人に簡単に挨拶して一度部屋にコートと二本の剣を置いて戻る。
ふと気になって懐から懐中時計を取り出して時間を見ると、時間はもうすぐ午後の二時になるところだった。
いつから二人がいたのかはわからないが、この家を出た時間から考えるとかなり早く試験が終わったんだなっと思いながら空腹を訴えてくるお腹を押さえている。
「そういやぁ、なにも食べてなかったな……何かあったっけか」
空きっ腹を押さえながら部屋を出たスレイは、国王陛下とも会談という一大イベントを終え、さらにはその事を自覚したせいで余計にお腹が空いてきた。
空腹感が高まったスレイは、食べ物でもなかったかっと思い空間収納の中を漁ってみた。
「生肉と乾燥野菜……後は、これしか無いか」
旅の間に食べていた干し肉の残りがあった。
腹の足しになるかと思い干し肉を食べながら下に降りていくと、戻ってきたスレイがなにか食べてるのに気付いたライアが指差してきた。
「……あっ、スレイがなにか食べてる」
「干し肉だよ、まだあるけど食べたい?」
「……美味しいなら食べたい」
「固いし塩っ辛いし、あんまり美味しくはないからずっと空間収納に入れてあったやつ」
「……なら、要らない」
干し肉の残りの入った袋を取り出して見せたがライアは首を横に振って断った。
「スレイくん。お茶、どうぞ」
「ありがとう」
お茶をいれてくれたユフィから黒いカップを受け取ったスレイは、塩辛過ぎて渇いた喉を潤した。
「スレイくんご飯、まだ食べてないの?」
「あぁ、城に呼ばれたんだからなにか出してくれるかなって思ってたけどなにも、それどころか模擬戦までやらされるはめになって余計にお腹すいた」
「そうですか……ノクト殿、昼食のスープってまだ残ってましたっけ?」
「はい!すぐ用意しますから、お兄さんは座って待っててくださいね」
ノクトがリビングを出てダイニングキッチンの方に向かう。
その間にスレイは自分の席に座り食べかけの干し肉を飲み込むと、しばらくして美味しそうな匂いが漂って来たかと思うと、白い器をもったノクトが帰ってきた。
「はい、お兄さん召し上がれ」
「ありがとうノクト」
器を受け取ったスレイが一口食べて、美味しいと言うとノクトが嬉しそうに微笑んでいた。
この家で料理が出来るのはスレイとユフィ、それにノクトの三人しかない。
一応リーフも料理は出来るのだが、騎士団仕込みの味の濃い野営料理しかレパートリーがない。加えてユフィ以上にポカをやらかすため、容易に調理場に入れないのだ。
そのことは本人も重々承知しているため、料理を乗せたお皿を運んだりと手伝いに留めている。
次にライアなのだが、ライアは完全に調理場に立たせてはならない人物の筆頭だ。
例をあげて言うと作るもの全てが灰塵と化すか、もしくは途中で劇物と化してしまうため、ユフィとノクトがどうにかしようと奮闘している。
結果として百回に一回はまともな料理が出来ると、とても悲しそうな目でユフィが言っていたのを今でも覚えている。
スープを飲み終わったスレイは、ミーニャの方を見ながら話し始める。
「ミーニャ。試験の方はどうだったんだ?」
「先生のお陰で何とか………ちょっと数学でつまずいちゃったけど、それ以外はなんとかできた気がするよ」
「それは良かったな」
昨日は自信の無さそうだったミーニャだが、今の様子なら受かっているだろうと思った。
合格発表の時には受かっていても、もしも落ちていたとしても次に繋げるために豪華な料理を作ってあげようかっと考えていると、今度はクレイアルラから話を降られた。
「スレイ。先程ユフィにも伝えたのですが、三日後に私と一緒に学園に行きます。準備をしていてください」
「わかりました」
「それでは、私は用事も終わりましたし、そろそろ帰りますがミーニャはどうしますか?」
「私も帰ります。お茶ごちそうさまでした」
クレイアルラとミーニャが椅子から立ち上がった。
「もう帰られるんですか?ついさっき来たばっかりじゃないですか、もう少しゆっくりしていっても」
「そうしたいのは山々ですが、これから村の診療所に戻り仕事をしなければ行けませんからね」
どう言えばとユフィは思っていた。
クレイアルラがあの村に来た理由は村の医者として、ここ最近は中央大陸に出ずっぱりだったりしていてすっかり忘れていた。
「あぁ~、ずっと中央大陸と行き来してますもんね。診療所のほうが心配ですよね」
「えぇ。それもあるんですが、それだけではないんですよね」
スレイの言葉に対してクレイアルラは、どこか遠くを見るような目をしながらボソッと呟くような声で返した。
なんだかクレイアルラの様子がおかしい。
村で何かあったのかと、スレイたちが心配そうにしていると段々とクレイアルラの目が虚ろになり、暗いオーラを纏い出したのを見てスレイたちが揃って後ずさる。
「ちょっ、先生!?」
「これ殺気!?」
「あれ……なんでしょう、息苦しいような?」
「……気分、悪い」
「うっ、なんだか寒気が……」
「みなさん、気をしっかりもってください!」
いきなり闇が溢れ出し、重苦しいオーラに耐性のないノクトが胸を押さえ、ライアが気分が悪くなり顔を真っ青にさせ、ミーニャは小刻みに震えながら肩を抱いてうずくまる。
これはまずいと、無事だったスレイたちが三人を抱えてクレイアルラから距離をとった。
いったい何がクレイアルラをあそこまで追い詰めているのか、震える声でスレイが問いかける。
「先生、この数ヶ月でいったい何があったんですか?」
「ふふふっ、聞いてくれますか?」
殺気の籠もったクレイアルラの声を聞き速まったかと思いながらも、スレイはコクリと頷いた。
「実はですね。ここ最近になってギルドの方から手紙が来たんですよ。何て書いてあったかわかりますか?」
「いっ、いいぇ!?」
恐ろしさのあまりスレイの声が裏返ってしまった。
「………ふふふっ。私はですね、あの村の診療所の医者なんですよ。ギルドにもその旨を伝えて登録までしてあるんです。知ってました?」
「えっ、あっ、はい」
「実はですね。Sランクでも、医師としてギルドに登録がある場合は緊急依頼を受けることはありません」
そうなのかと、思う一方で医者なら患者の有無もあり長期での依頼は実質不可能だからこのような処置なのだろうと納得していたが、次の瞬間クレイアルラがブチギレた。
「だと言うのに………ッ!少々頼みたい依頼があるからと、職員が別の医師を引きつれてやってきて、あまつさえ依頼書を山で持ってきたんですよ!?ふざけるなッ!!」
「ヒィッ!?」
バンッとテーブルを叩きながらクレイアルラから溢れ出る闇、あまりの恐ろしさに誰かの口から悲鳴が漏れ出る。
「私が不在の間、代わりを連れてくる心がけは良いでしょう!ですがッ!連れてくるならッ!せめてッ!使える人材を連れてこいッ!」
ギルドが連れてきた変わりの医者というのはそれほど使えないのか、クレイアルラの口調が変わってしまった。
以前も説明したがこの世界の医者に資格などは存在しないが、国からかの推薦状があれば医者として開業できるのだが、これがまたいい加減なのだ。
基本、この世界の医療行為は治癒魔法が主流で、クレイアルラのように魔法薬を処方するやり方は少ない。怪我は診療所へ、病気は薬屋へ、それがこの世界の基本だ。
きっとギルドが連れてきた医者もその手合いなのだろう。
「なんですかあれはッ!百歩譲って軟膏の調合ができないのは許します!ですが包帯も巻けず、血もダメって………ホントに医者ですかッ!後世の育成くらいちゃんとやりなさいッ!!」
どうやら根本的に間違っていたようだ。
「なんだか、故郷が心配になってくる話だね」
「村長とかおじいちゃんたち大丈夫かな?」
クレイアルラの話から小さい頃によくしてくれた村のお年寄りたちのことを思い出し、二人は心配になってきた。
二人の心配事をよそにクレイアルラの愚痴はさらにヒートアップしていく。
「だいたいですね、Sランクの冒険者なら受けてくれるだろう。そんな訳のわからない理由から出される依頼が一番迷惑なんですよ!」
なんという理不尽な依頼だろうと、スレイたちは心のなかで思った。
「そもそも貴族の狩りの引率って、冒険者じゃなくてもいいでしょうに!そんなもんお抱えの護衛にでもやらせろって言ってやりたいですよ!」
「うん。貴族関係は面倒なことこの上ないものな」
それから、一通りの愚痴を言い終わったクレイアルラはと言うと、急に恥ずかしくなったのか脱兎のごとく逃げていってしまった。
珍しいクレイアルラの暴走を見たスレイは、すぐにプレートを取り出してフリードに連絡を入れた。
「あっ、父さん?お願いだから、もう少し先生を労ってあげて」
『…………はっ?』
⚔⚔⚔
突然の連絡に意味が分からんと言われたスレイは一度中央大陸に出向き、クレイアルラの現状をフリードたちに伝えた。
知らなかったとは言え、クレイアルラがそんな状況にあることを初めて知ったフリードはすぐにギルドに赴き、故郷の村へ変わりの医師の派遣と依頼の一部をフリードに回すようにたのんだ。
「悪かったな。こんなことに付き合わせて」
「良いよ。大好きな先生のためだし、あんな姿もう見たくないからね」
正直に行ってあんなクレイアルラは二度とみたくはなかった。
「向こうにボクの友人たちもいるから、回せそうな依頼あったら回してあげて、明日にでもギルド経由で手紙を出すから」
「あぁ。頼むわ」
「じゃあ、ボクは帰るね」
「おう。またな」
フリードに別れを告げ我が家に帰ってきたスレイは、疲れたから休むといって部屋に戻った。
「コート脱ぎっぱなしだったな」
城から帰ってきてからそのままベッドの上に放置してあったコートを見て、片付けているかと持ち上げたとき、かさりと何か音がした。
なんだと思い、コートを触ってみるとポケットの中に何かが入っているのに気がついた。
「あぁ~、ミーニャにこの事伝えるの忘れてたな」
コートに入れてあったのはトラヴィスから受け取った地図だった。
ミーニャにも関わりのあることなので、明日にでも渡そうかと考えてながら折りたたまれた紙を開いた。
一枚目にはスレイの祖父母の家であるカークランド家への地図が、そしてもう一枚がフォールド家と書かれている。
「こっちはユフィに渡しておこう」
正直捨ててもいいだろうが、後で何を言われるかわからないので机の上に地図を置くと、ノックも無しに扉が開いた。
「……スレイ、ご飯できた。早く食べて今日もいっぱいヤろうね」
「ハイハイっライアさん。ノックもなしに部屋に入ってその話しはやめてくれませんかね?」
「……ん。ならスレイはもうしたくないの?」
「そういう訳じゃないけど………わかったごめんなさい、だからそんな目で見ないでください」
なんとも切ない目でスレイのことを見つめてくる。
降参の意を示したスレイ目をつむって唇を差し出してきたライアに、そっと触れるだけのキスをして許してもらえた。
「……ん。行こう。おなか減った」
「はいはい」
嬉しそうに前を歩くライアを見ながらスレイは小さく笑った。
「これも惚れた弱みかな」
⚔⚔⚔
夕食を食べている途中、スレイは昼間にトラヴィスからもらった紙のことと城で思いだし、ユフィたちも揃っているので話しておこうと思った。
「そういえばユフィこれ」
「ん~なになに?……フォールド?誰の住所なの?」
「おばさんの実家の地図、暇なときにでも遊びにこいだってさ」
「うぅ~ん~………前向きに検討させていただきます」
それは断る時の常套句だろうとスレイが心のなかでツッコミを入れる。
「あと、これは断れなかったことなんだけど、なぜかこの家に第一王子が遊びに来ることになりました」
「「「「………………はい?」」」」
スレイの一言にユフィたちは揃って目を丸くして事情説明を求めました。
結果、断るに断れなかった事情を説明して許してもらえたが、その代わりにとユフィたちからは今夜は覚悟しておくようにとと、妖艶な笑みを浮かべられながら言われてしまった。
その日は宣言通りに頑張りました。
⚔⚔⚔
次の日の朝、スレイたちはギルドに赴いて依頼を受けることにした。
「なにか、いい依頼ないかな~?」
「スライム討伐にゴブリン討伐、これも良さそうですが報酬額が」
「近くにオークがいるみたいですが、こちらはランクが足りませんね」
「……私も、早くランクあげたい」
そんな話しをしている横で、スレイはたまたまAランクの依頼の中にブラックドラゴンの討伐と言うものを見つけた。
「人里の近くに竜が出たのか」
ドラゴンの討伐は聖竜の親子のことを思い出してしまい受けるきにはなれなかったが、なぜだかスレイにはその依頼が気になってしょうがなかった。
依頼書を剥がして内容を確認すると、そこには竜によってすでにいくつかの村や商人の馬車が被害を受けていると書かれてあった。
「ねぇユフィ、これ受けに行かない」
「ん~、どれどれぇ~……って、ドラゴン討伐?」
「被害も出てるし、ここから近い場所だから気になって」
「うぅ~ん。私は良いけど……みんなはどうかな?」
ユフィはリーフたちにも確認をすると、ノクトとライアは賛成したがリーフからは難色を示された。
「ランクが不安ですね。上位の魔物な上に相手はドラゴン、今までとは勝手が違いすぎます」
「確かに不安があるけど、このまま見過ごすことも出来ないでしょ」
「えぇ。それも一理ありますが………いいえ、わかりました。受けますが、無理だと思ったら即離脱、それだけは約束してください」
「うん。わかっているよ」
リーフを説得し依頼を受けることにしたスレイたちだったが、次にある問題が浮上した。
それはこの依頼は危険度が高く、依頼に失敗し被害が出た場合の賠償金の支払いが起こるかもしれないことだ。
その為、スレイたちはこの依頼を受けるにあたり、報酬と同額の担保金を預けなければならないそうだ。
そのご依頼を受けたスレイたちは空から目的地へと向かっていた。
「これで依頼失敗したら本当に無一文になっちまうな」
「貯金全部預けちゃったから仕方ないけど、依頼でこんなこと起きるなんて初めてだよね」
「Aランク以上の易度が高い依頼ならよくあるらしいけど、普通の冒険者はこの説明をされた時点で拒否してたらしい」
「被害が増えて大変なんでしょう。ですからギルドも神経質になっているのかもしれませんね」
そんな話しをしながら地図を見ていると、これから向かう山がかなり遠いところにあることが分かり空を飛んで行こうという話しになった。
スレイとライアが竜翼で、ユフィとノクト、それにリーフの三人はボードで飛んでいる。
当初リーフは闘気で飛ぼうと言ったがブラックドラゴンとの戦う前に闘気を使うわけにはいかなので、魔石式のボードで飛んでいる。
「いやぁ~、リーフさんもボードの乗り方覚えておいて良かったですね~」
「そうですが、やはりもう少し練習したいですね。少々飛んでいるときに不安です」
「わたしもです。本気でフライを覚えた方がいいんですけど、お兄さん、使えましたよね?教えてください」
「教えたいのは山々なんだけど、最近ずっと竜翼で飛んでるからフライの使い方がかなり怪しいけど、それでいいなら教えるよ」
「我慢します」
どうやらノクトは鈍った魔法を教えてもらうことは嫌らしく、そのままスレイたちは段々と速度をあげて目的の山へと飛んでいくのだった。