それぞれの修行 ユフィ編 ③
あと四話、がんばります。
薄暗い部屋の中、ライトの僅かな光源を頼りに作業をしているユフィは、机に置かれた鉄塊に錬金術を発動して形を整えていく。
そうして出来上がったのは先端が円形に作られた長方形のボードだった。出来上がったそれを確認したユフィは、出来上がった形を確認してウンウンと頷いた。
「うん。本体はこれでいいかな、それでここはこうして、これを取り付けてっと」
ボードの中央にくぼみと、それに合わせた形のものを固定する留め金を作成すると、ユフィはボードを持ち上げて最後確認をした。
手に持った図面との間違いがないことを確認したユフィはペンを手に取った。
これが最後の仕上げ、ユフィは事前に引いていた下書きのラインをなぞるようにペンを走らせていくと、ペンの先端に魔力の輝きが灯りボードに溝が刻まれインクが染み込んでいく。
これは魔道具の命とも言える魔力回路であり、ラインに沿って魔力が流れ魔道具に付与された魔法を発動していく。それが魔道具なのだ。
魔力回路に流れ込んでいくインク、これは魔力の流れる道となる魔道インクと呼ばれるもので、魔力を流したことで固定化されるのだ。
本来なら魔力回路を刻んだあとインクを流して魔力を流して固定化するのだが、今使っているこのペンはラインを引くのとインクの固定化を同時に出来るのだ。
「ふぅ、自分で作っておいて何だけど、ちょっと複雑にしすぎちゃったかな?」
クレイアルラから魔道具制作を習って約半年、最後の試験として出されたオリジナル魔道具の作製は、こうして完成にまで持っていこうとした。
コキコキッと首を鳴らしたユフィは、今は何時だろうと思い時計を見ると午前零時を少し過ぎたくらい。
「あれれ、結構やってたと思ったけどそんなに時間発ってないんだ」
今の様子からいくとあと一、二時間くらいで全ての文字を刻み終わる。
少し睡眠時間が削れるけどここまできたなら頑張っていこう、そう思いながらユフィは作業を続ける。
その時のユフィは気づかなかった。
ユフィの部屋に置かれている時計を動かしている魔石が切れており、今の時間が深夜二時だということに。
そこから作業を続けたユフィがボードを完成させた時、カーテンの外が薄っすらと明るくなっている事に気づき、ここで時計が止まっていることを知り合わせててベッドに入るのだった。
⚔⚔⚔
次の日、魔道具制作に没頭するあまり思いっきり寝過ごしてしまったユフィは、起きたのが朝の十時過ぎだった。
起きてすぐにやってしまったと思いながら、リビングに降りると案の定マリーに怒らた後、遅くなったが朝食──ではなく、用意されたブランチを食べていた。
「ユフィちゃ~ん、お茶飲むぅ~?」
「うん、飲むぅ~」
コトンッと置かれたカップを持ち上げると花のいい匂いが届く。
「このお茶、いい匂いだね」
「お父さんが育てたお花のお茶よぉ~。美味しいでしょぉ~」
「うん。美味しいよ~」
目が覚めるなとユフィが思っていると眼の前に座ったマリーが話しかけてきた。
「今作ってる魔道具、どうなのぉ~」
「なんとか完成したけど、起動実験がまだだからそれをしてようやく終わりだね」
「そっかぁ~。取り敢えず、お疲れ様ぁ~」
「ありがと、お母さん」
マリーの感謝を述べたユフィは早くご飯を食べなくっちゃと、フォークを手に取り朝食を食べ始めるのだった。
⚔⚔⚔
朝ご飯を食べ終えたユフィは部屋着から着替えて、身支度を終えると出来上がったばかりのボードを空間収納に入れて部屋を出た。
「お母さん、私ちょっと先生のところいってくるね」
「はぁ~い、お夕食までには帰ってきてねぇ~」
「うん、いってきます」
家を出たユフィは少し急いでクレイアルラの診療所へと向かう途中、なんだか村の中がいつもと違うような気がしたが、あまり深く考えずに歩いていった。
診療所にやってきたユフィはどうしようかと考える。
いつもクレイアルラを尋ねるときは裏から回るのだが、この時間なら診療スペースにいることが多いので、正面から入ることにした。
「先生こんにちは!……って、あれ?」
診療所の扉を開けた瞬間、ユフィは目を疑った。
なぜならいつもは閑散としている診療所の待合室が病人で溢れかえっていたからだ。
「えっ、なんでどうして!?」
普段ならこの診療所に来るのはお年寄りのぎっくり腰か、子供が遊んでいて怪我をしたかがほとんどで、病気に掛かる人はほとんどいないほどこの村の人たちは健康的だ。
だが、そんな彼らが苦しそうにしているのを見てユフィは呆然と立ち尽くしていた。
あまりの出来事に呆然としていると、診察室から顔を出したクレイアルラがユフィの姿を見て声をかけた。
「ユフィ!良かった、手伝ってください!」
「えっ、あっ!はいッ!」
立ち尽くしていたユフィがクレイアルラの声で我に返り、人で溢れている待合室を移動してどうにかクレイアルラの元にまでたどり着いた。
「ルラ先生、これどうしたんですか!なにかが起こる前触れ!?」
「そう思いたくなる気持ちもわかりますが違います」
「じゃあ何があったんですか!?」
「どうも、乱魔病が流行っているようです」
健康的な肉体を持っているはずの人々を襲った病名を聞いた瞬間、ユフィはものすごい顔をした。
乱魔病、これは簡単に言えば異世界版のインフルエンザだ。ある一定の期間に流行するウイルス性の病気の一種で、風邪とは違いこれは魔力に作用する。
一度感染すれば体内の魔力を掻き乱し、倦怠感に身体の痛み発熱など風邪に似た症状を引き起こす。
そのため体内の保有する魔力量が少ないほど軽く、多い者ほど重特になりやすいのが特徴で誰にでもかかる可能性がある。
この病気、薬で予防も出来るのだがかかるときは本当にかかる。
ユフィも小さい頃に一度かかった事があるのだがその時はまる三日起き上がれないほど重症だった。
ちなみにその時はスレイも一緒に罹ったのだが、本人が前日にルクレイツアとの打ち込みで全身をズタボロにされていたため、そこからくる発熱と勘違いし普通に修行に出かけ、全身余すことなく滅多打ちにされた後気絶。
クレイアルラのところに担ぎ込まれたところで発覚し、まる一週間ほど治療のために軟禁生活を送っていた。
なんて懐かしいことを思い出していたユフィは、ふとあることを考えていた。
「でも時期が違いませんか?」
「そうですね、今年は二月ほど早いです。だから、予防を行う暇がなかったのです」
普段は春先から夏前まで流行する病気だったのでおかしいと思っていたが、やはりそうなのかとユフィが納得した。
「それでユフィ、月下草のストックはありますか?」
「ちょっと待ってください……確認します」
月下草とは月の光を浴びて開花する花の名前で、これを材料に調合した薬が乱魔病の特効薬となるのだ。空間収納を開いて薬箱を取り出したユフィは、中身を見ながら顔をしかめた。
「……すみません、私もそんなには」
「そうですか……まだ時期ではなかったので私もあまりストックがありませんでした」
具合の悪い人の治療をしながら話を続けるクレイアルラを横目にユフィも治療の手伝いを始める。
「手伝います。何をすればいいですか?」
「それでは、今ある手持ちで薬の調合を、あと解熱剤の用意もお願いします」
「わかりましたけど、薬の宛はないんですか?」
「ルリックスにもコールで問い合わせましたが、あちらでも流行しているようで在庫を分けられないそうです」
コールとは離れたところにいる人物と会話をする魔法のことだが、この魔法については今はおいておく。
王都でも乱魔病が流行っているという事は単に今年は発生時期が変わっただけということだろうが、逼迫した事態に変わりはない。
「王都でも流行っているなら、薬は手に入らないですよね」
「はい。ですので、ないものは仕方ないです。ユフィ、症状が重い者に薬を処方しますので、調合を急いでください」
「わかりました」
クレイアルラの指示を受けて薬の調合を終えたユフィは、クレイアルラの指示の元出来上がった薬を処方していくのであった。
⚔⚔⚔
クレイアルラと二人、乱魔病の患者の診察を終えたのは日も暮れ、夜の帳が下りた頃であった。
「どうにか、終わりましたね」
「お疲れ様です。先生」
「ユフィもお疲れ様。すみませんね、こんな時間まで付き合わせてしまって」
「平気ですよ。最近は徹夜にも慣れましたし」
「子供の時から徹夜は感心しませんよ」
全く、と言いたげなクレイアルラだったが、その言葉を飲み込み立ち上がるとローブと杖を手に取った。
「先生。これからお出かけですか?」
「これから月下草を取りに行ってきます。送りますのでユフィも帰りなさい」
「これから一人でですか?」
「一人ではないですが……おや、来たみたいですね」
こんな時間に来たらしくて扉が開く音が聞こえ、クレイアルラが声を掛ける。
扉が開いてジュリアが入ってきた。
「ルラ来たわよ」
診療所に入ってきたジュリア、そのお腹はぽっこりと大きく膨らんでいる。
「すみませんジュリア、大変なときに呼んでしまって」
「良いわよ、もう安定期なんだから、それにあなたにはこれから迷惑をかけるわけだしね」
そう、ジュリアは今妊娠している。
それが解ったのは、ちょうどスレイが死霊山に修行に出掛けたすぐ後のことだった。
その時ですでに二ヶ月ほどだったらしく、もうすぐ妊娠十ヶ月にはいるためスレイは弟か妹の産まれる瞬間には立ち会えない。
「あら、ユフィちゃんマリーが怒ってたわよ?いつまで帰ってこないのかしらぁ~?、って」
「ひぃ!?」
ユフィは低い悲鳴をあげる。
患者の治療に熱中していて家に連絡をいれることをすっかり忘れていた。
後でどんなお仕置きをされるか、それを考えただけで顔を真っ青にしたユフィだったが、そんなユフィの顔を見てジュリアがクスリと笑った。
「安心しなさい。ルラに頼まれて事情は説明してあるから」
「先生!」
膝をついて神に祈るように泣いているユフィを見て、クレイアルラたちが引いている。
感動に咽び泣いているユフィだったが、すぐにハッとジュリアの方を見た。
「あれ?おばさんが来たってことは、もしかしてルラ先生と月下草を取りに行くんですか」
妊婦を連れて行くのかと思ったユフィだったが、流石にそれはなかったようで二人が揃って首を横に振った。
「私はただのお留守番、ルラと一緒に行くのはフリードさんよ」
「妊婦に危険な真似はさせられませんからね。さぁ、ユフィ帰りますよ」
「それなんですけど、おばさん。私も残っていいですか?」
「帰らないの?」
「おばさんを一人にできませんからね!」
胸を張るユフィを見たクレイアルラは、確かにそうだと思った。
「確かに臨月も近いことですし……わかりました。ユフィよろしくお願いします」
「はい!まかされました」
っというわけでユフィも一緒に残ることにした。
一応、今日は診療所に止まることになるかもしれないので一度家に帰ってからもう一度診療所に戻った。
⚔⚔⚔
夕食を食べていなかったユフィは、クレイアルラの許しを得てからこの家の中の食材でありあわせの夕食を用意した。
出来上がった夕食を持ってジュリアの待つ部屋に向かう。
「おばさんお待たせぇ~。飲み物は、ホットミルクで良かったですか?」
「えぇありがとう」
「はい。どうぞ」
蜂蜜とレモンで味をととえのたそれをジュリアに渡すと、一口それを飲んだジュリアが美味しいと口にした。
それを聞いて少しだけごきげんになったユフィは、後で帰ってきた二人の分もと少し多めに作ったサンドイッチを大皿で置いた。
「おばさんもよかったら食べてください」
「ありがとう頂くわね」
置かれた大皿からサンドイッチを一つつまんだ。
「美味しいわね。これソースはなんなの?」
「私の特製ソースです!」
「マスタードじゃないわね、それにちょっと酸味がある……判らないわなんなのこれ?」
「ふふふぅ~ん。正解は、これです!」
ドン!ッと空間収納から取り出した瓶をテーブルに置いたユフィは胸を張ってその中身の名前を告げる。
「マヨネーズっていう、伝説の調味料です!」
そう、これこそ地球でも多くの人を虜にし、中には摂取しなければ禁断症状まで引き起こしてしまう伝説の調味料マヨネーズ。
実はこれ、フリード所蔵の本の中にあった世界の珍しい調味料という本があり、そこにあったレシピをもとに再現したのがこれだ。
名前もなぜかマヨネーズとなっていたので、もしかしたら地球から来た転生者、あるいは転移者がいたかもしれない。
「ねぇ私にも作り方教えてもらえない?」
「いいですよ、今度レシピを用意しますね」
「ありがとうユフィちゃん、それじゃあ──うっ……!?」
ユフィと話していたジュリアが突然お腹を抑えて疼くなった。
「お、おばさん?どうしたんですか!?」
「うぅ……お、お腹が……きゅ、急に」
「えぇッ!?」
まさか、サンドイッチが不味かったのかと思っているが、ジュリアが明確に否定した。
「だ、大丈夫よ……これは、陣痛……きたみたい……」
「えぇ!?」
どうしよう、どうすればと狼狽えているユフィ。
そんな中ジュリアが苦しそうにしながら言葉を紡いだ。
「ゆ、ユフィ……ちゃん……ま、マリーを……呼んで……きて」
「は、はい!」
ジュリアに言われユフィが診療所を出て家に帰る。
家に戻ったユフィは両親の部屋に突撃した。
「お母さん!大変、起きて!!」
ユフィが部屋に入ると物音で起きていたマリーとゴードンが目を擦りながら答えた。
「もぉ~……なんなのよぉ~」
「ユフィ、今何時だと思ってるんだ?」
あくびを噛み殺しながら問いかける二人にユフィは叫ぶ。
「お母さん!早く起きて!ジュリアおばさんが大変なのッ!」
「ジュリィーがぁ~?何があったのぉ~?」
「陣痛が始まっちゃったの!ルラ先生が今いなくてお母さんしか頼れないのッ!」
ユフィが緊急事態だと言うことを説明すると、ようやくマリーが完全に覚醒する。
「大変じゃない!あなたぁ~!起きてくださいぃ~ッ!」
「……なんだ、明日じゃダメなのか?」
「明日じゃ遅いですよぉ~!いいから、早く起きてください!!」
テンパっているマリーが、ゴードンの腹部に思いっきり拳を叩き込んだ。
「───グバッ!?」
「アッ!?」
後ろから見ていたユフィにもわかる。あれはクリティカルだと。
もろに拳をもらったゴードンは、そのまま意識を手放したがマリーはそんなことお構いなしに掴み上げた。
「もぅ!ねないでくださいあなたぁ~!!」
気絶したゴードンの首元を掴んでシェイクするマリー、それは逆効果ではないのかと思いながらもユフィはハッとしながら止める。
「お母さんストップ!お父さん気絶してるから!?」
「えぇ~?あららぁ~やっちゃったわぁ~、どうしましょ?」
「もうッ!お父さんはいいから早く着替えて!!」
「あらぁ~、ユフィちゃんたらぁ~、急かさないでぇ~」
のんびりとしているマリーを急かして着替えさせたユフィは、もう時間がないとゲートを開いて診療所へと向かおうとした。
「あらぁ~やっぱり便利ねぇ~この魔法」
「そんなのいいから、速くゲートくぐって!!」
時間がないの!っと叫んだユフィの声を聞きながらマリーがゲートをくぐり、遅れてユフィも中にはいって診療所に向かった。
さっきの部屋に戻ったユフィたちは、テーブルに突っ伏し苦しそうにしているマリーの身体を起こした。
「ジュリィ、来たわよぉ~。もう大丈夫だからねぇ~」
「まっ、マリー………迷惑……かける……わね」
「パーシーちゃんの時に助けてもらったからねぇ~、さぁ、移動するわぁ~。立てるぅ~?」
コクリと頷いたジュリアがマリーに肩を借りながら立ち上がると、ユフィも反対側から支えて立ち上がらせた。
ゆっくりと診察室に移動しそこにあるベッドにジュリアを寝かせると、マリーは部屋の中を動き回り何かを探した。
「お母さん、何探してるの?」
「うぅ~ん。そうねぇ、ユフィちゃん。懐中時計持ってるかしらぁ~?」
「えっ?うん。あるよ」
懐から時計を取り出したユフィは、それをマリーに渡した。
「ありがとぉ~、まずはねぇ~、陣痛の間隔を図るの、それとお湯ときれいな布をたくさん持ってきてぇ~」
「わっ、わかった!」
部屋を出て隣の備品室に入ったユフィは、棚の中から止血用に使う布をあるだけ全部取り出し、ついでに桶の類も全部持って行く。
診察室に戻ったユフィは持ってきた布を空いているベッドに乗せ、持って来た桶全てに魔法で作ったお湯を並々注いだ。
「お母さんこれで足りる!?」
「オッケーよぉ~。でもお母さんに出来るのはここまでね~」
実際に経験者であっても産むのと産ませるのでは雲泥の差だ。
ここからは知識を持ったクレイアルラにやってもらうしかないが、当の本人が素材を取りに夜の森に入って不在だ。
今からでも森に入って探しに行こうかと考えたが、探している間にジュリアのお産が早まったらユフィだけでは対処のしようがない。
どうするかとマリーが決めかねていると、何かを決意したユフィが答える。
「お母さん。私、先生を探して連れて来る」
「えっ?」
「私なら、空から先生を探せるから!」
確かにそれなら可能性はあるが、可愛い娘を一人で夜の森に活かせるのはどうかと考えたが、ジュリアの苦しむ声を聞きマリーはコクリと頷いた。
「そうねぇ~。お願いするわ~」
マリーのその言葉を聞いたユフィは踵を返して診療所を飛び出した。
走りながら空間収納から作ったばかりのボードを取り出し、暗闇の中を行くので両目に暗視魔法をかける。
正門を出たユフィがボードを地面に置くとその上に乗り右足に魔力を流した。
「ぶっつけ本番だけど、うまくいってね!」
半ば祈るようにそう呟くと、ボードに取り付けられた魔石が輝き出し風が巻き起こる。
吹き出した風はボードごとユフィの身体を空中へと浮かび上がらせた。
「やっ、やった!成功!次はこうして」
次にユフィは右足の魔力をそのままにして、今度は左足にも魔力を流した。
するとボードは空中を滑るように飛んでいく。
このボードの機能は大きく別けて三つある。
まず一つ目、今右足のある位置に刻まれている魔道回路は上昇を、そして二つ目はユフィの左足のある回路が降下を意味する。
そしてこの二つの刻印に魔力を同時に流すことで前へと移動し、身体の傾きによって旋回などが出来るのだ。
空中を滑りながら移動しているユフィはまるでサーフィンをしているような気持ちになった。
「アハハッ、サーフィンなんてやったことなかったけど、これ面白い!」
空中を滑りながらテスト飛行をするユフィは楽しさのあまり目的を忘れそうになったが、すぐに我に返ると左足の魔力を止めて空中で停滞する。
「うわっ!?危なぁ~急ブレーキは気をつけなきゃ……じゃなくて!先生を探さなきゃ!」
本来の目的を思い出したユフィはクレイアルラたちが採取にために入った森へと急ぐのだった。
⚔⚔⚔
森の中を抜けて月明かりの射す丘の上、そこはこの村で唯一月下草が生える場所だった。
そこでクレイアルラはフリードは二人で月下草の採取をしていた。
「フリード、それくらいでいいです」
「そうか?まだあるけど、もう少し採らねぇか」
「村の皆に使うのなら、これで十分です」
「じゃあ戻るか、ジュリアさん心配だ」
早く帰りたそうにしているフリードを見て、子供ですか、と言いたくなったクレイアルラだった。
「あなたたちは何年経っても変わりませんね」
「当たり前だろ。ルラもいい人見つけろよ?いい年なんだから」
女性に年齢のことを言うのは禁句、それは例え異世界だとしても共通なことだがあいにくと相手はエルフ、そんな地雷は存在しないのだ。
「人間とエルフを一緒にしないでください。人間の年齢に換算すれば私はあなたよりも若いですよ?」
「そうだったな。良いねぇいつまでも若いってのは」
「そうでもありません。なかなかに辛いですよ、自分一人、姿が変わらないというのは」
遠く悲しい目をしているクレイアルラ、なにかまずいことを言ったかとフリードが考えると、それを見たクレイアルラは小さく笑みを零した。
「しかし、あなたが年齢を気にするとは、ずいぶんと老けましたね」
「おいおい。三人の子持ちでも俺はまだ二十代半ばだぜ?」
「十分に歳ですよ」
軽口を叩きながら二人は歩きだそうとすると、空からなにかが降りてくる。
敵だと思い武器を手に取り迎え撃とうとした二人だったが、かけられた声を聞いて揃って武器を下ろした。
「やっと見つけた!」
声とともに降りてきた少女ユフィを見て、フリードは声を上げた。
「ユフィちゃん?どうしてここに?」
「そんなことどうでもいいですから、先生!おばさんがっ!」
「ジュリアが、どうかしたのですか!?」
「さっき破水して、今はお母さんが診てます」
アワアワと狼狽えているフリードをよそに、話を聞いていたクレイアルラは考えを巡らせる。
「これはすぐにでも戻ったほうがいいですね。フリード、シャキッとしなさい!」
「えっ、あっ、はい!!」
フリードの背中を叩き気合を入れたクレイアルラは、ゲートを開きながらユフィを見る。
「ユフィ、あなた助産は初めてですね」
「はい」
「手伝いなさい。人手が要りますからね」
「わかりました!」
「戻りましょう。行きますよ、フリード」
「おっ、おう!今行くッ!待っててジュリアさん!!」
いの一番にゲートを潜っていくフリード、その後をユフィも潜ろうとしたその時クレイアルラから声がかけられた。
「ところでユフィ、なぜあなたはコールを使わなかったんですか?」
「あっ」
テンパってそんな事も忘れてしまった自分が恥ずかしいとユフィが顔を覆っていると、クレイアルラがクスリと笑った。
「ユフィも年相応の姿があるのですね」
「先生!それどういう意味ですか!?」
「そのままの意味ですよ……さぁ、行きましょう」
先にゲートを潜るクレイアルラ、なんだか腑に落ちないと思いながらも遅れてユフィもゲートをくぐった。
⚔⚔⚔
その日、この村に新たな命が産み落とされたのは夜も開け、空が白ばんで来た頃だった。
「元気な女の子です。ジュリア、よく頑張りましたね」
「はぁ……はぁ……ありがとう、ルラ………」
ベッドに横になるジュリアは、その横に寝かされた小さな赤子を愛おしそうに見つめる。
自分やここには居ないこの赤子の兄と同じ白髪の女の子、瞳の色はまだわからないがきっときれいな目をしているとジュリアは思った。
「ありがとう、ルラ、それにユフィちゃんとマリーも」
ジュリアがお礼を言う先に二人の姿はない。
初めての出産の手伝いを夜通し行ったユフィが先に体力の限界を迎え、赤子が産まれると同時に倒れたのだ。今は隣に部屋でゆっくり眠っている。
「ユフィはよくやってくれました……それにしても、フリードは運が悪いですね」
今フリードは別件で村の外にいる。
何でも街道沿いで魔物に馬車が襲われ、唯一逃げ延びた人がこの村にやってきて助けを求めてきたのだ。
「あの人はいつもそうでしょ。今更よ」
「そうですね……ところでこの子の名前は決めているのですか?」
「えぇ。リーシャよ」
眠り続ける赤子リーシャの頬をそっとなでたジュリアは、何度も何度も赤子の名前を呼び続けそしてこう言った。
───産まれてきてくれて、ありがとう
っと。
今回の話を書いて思ったんですが、なんだかユフィが看護婦のように思えてきました。
次の話のネタバレになりますが、次の話で新しいヒロインを出す予定ですが、まだ物語に絡める気はありません。もう少し先に本格的に出すつもりです。