両親の喧嘩 ②
フリードとジュリアが喧嘩をしている理由をミーニャから詳しく聞いてみたところ、それはなんともアホらしい理由での喧嘩であった。
ことの始まりは今からちょうど一週間前にまで遡る。
ジュリアの妊娠から約半年、そろそろお腹の子の性別ががどっちなのかわかっても良い頃なので、クレイアルラに頼んで魔法で調べてもらうことにしたそうだ。
これにクレイアルラはもちろん喜んで了承し、魔法によって調べられた結果ジュリアのお腹の中には二人の赤ちゃんが宿っていることがわかった。
つまりは双子の、それも男の子と女の子だとわかり二人は大いに喜んだのだが、それがこの悲劇の始まりであった。
性別が判明したら今度は名前を考えなければならない。
女の子の赤ちゃんの名前は、姉であるミーニャとリーシャに合わせるようにアーニャに決まった。
問題はその次、男の子の方の名前をどうするかでもめていた。
フリードが決めた名前はジュリアに合わず、逆にジュリアの決めた名前はフリードに合わない。
それで原因で喧嘩となり、初めのうちはミーニャやリーシャが止めに入っていたが、段々と収まりがつかなくなり、それがもう一週間も続いているそうだ。
ちなみになぜクレイアルラがその事について知っているかというと、今日はジュリアの定期検診に来て知ったそうだ。
検査が終わっても二人の喧嘩は続き、初めは見守っていたがついにキレたクレイアルラによって二人が説教を受けているところスレイたちが帰ってきたそうだ。
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あの万年バカップルを地で行っているフリードとジュリアが喧嘩している。
それはそれで見てみたいと思ったのだが、ミーニャたちからしたら物凄く困っているので、早くなんとかしてもらいたいそうだ。
「お父さんもお母さんも、ずっと喧嘩しているのはさすがに困るよ。兄さんどうにか出来ないかな?」
「無茶言うなよ……怒ってる先生の前に顔を出すなんて、お兄ちゃんに死んでこいって言ってるのと同じだからな?」
「それも、そっ」
「あと、もしかしたらお兄ちゃんも先生から怒られるかもしれない」
「いったいなにしたの?」
「先生に言われたことをやるのを忘れてました」
ミーニャとリーシャ、ついでにヴァルマリアから同情の眼差しをもらうことになった。
「とりあえず怒られる覚悟で挨拶に行きますか」
「行ってらっしゃ~い」
「お気をつけてぇ~」
「いや、ユフィたちは来てよ!?」
あからさまに嫌そうな顔をするユフィたちを連れて、スレイは執事の案内でフリードたちのいる部屋へと向かうのだった。
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老執事に案内された部屋の前に来たスレイたちは、お礼を言ってから部屋の扉を見つめている。
中から響いてくるクレイアルラの怒鳴り声を聞きながら、これが自分の方へ向けられるかもしれないと思い内申で恐怖する。
「……スレイ、顔真っ青」
「大丈夫、多分」
大きく深呼吸をして覚悟を決めたスレイはコンコンッッと、数回扉をノックをするとクレイアルラの怒鳴り声が止まり扉が開いた。
「すみませんが、今取り込み中ですので後で、ってスレイ。それにユフィたちも」
「お久しぶりです先生」
「ただいま帰りました~」
おも苦しい空気の中に部屋の中に通されたスレイたち、どうやら使っていた部屋はフリードの執務室のようだ。
部屋のあちらこちらに領地の地図や資料やら、書類の束が山のように積み上げられていた。
「部屋、汚すぎじゃない?建ててそんな経ってないんでしょ」
「少しずつ片付けては居るんだがな、次々に書類を持ち込まれてな」
それだけではないだろうとスレイは思った。
書類とは別に並べられた木箱、いくつかは開封されておりその上には本が乱雑に置かれている。
キッと村の家から持ってきたのだろうが、整理中に懐かしくなって読み返しては積み上げてを繰り返しているのだろう。
「話は終わりませんが、立ち話もなんですので座ってください」
「はい」
部屋は広いのだが、執務室というわけで座れるところも少ないので、頑張れば三人は座れそうなソファが向かい合う形で二つと、フリードが執務用に使っているディスクが一つしか置いていない。
片方にはすでにジュリアが座っているので、片側のソファの方にはユフィとノクト、それとライアを座らせる。申し訳なかったがリーフには立っていてもらうことになった。
「スレイ、なぜあなたは私の前で正座を?」
「大丈夫です、ちょっとした理由があるので」
戸惑うクレイアルラの前ですぅ~っと息を吸ったスレイは正座の体勢から勢いをつけて土下座をしていた。
「先生、申し訳ありませんでした!先生に言われていたレポート、書けていません!本当にごめんなさい!!」
謝るなら先手必勝!そう思っての土下座だったが、土下座をされているクレイアルラはキョトンとした顔を向けていた。
「スレイ、言っていたレポートですが、あれはあなたの身体に変化が見られた場合に書いて欲しかったので、特にないのなら書かなくて良いものですよ?」
「シャァアアアアア――――――――――――――――っ!!」
完全に怒られると思っていたスレイは、地面に膝をついたまま天に向けて両手を掲げながら叫んでいた。
今の流れで確実に怒られる。
多分とばっちりを受けてフリードのように正座をさせられて、っと思って先んじて正座からの土下座を敢行した。
しかしそんな不安も何のそのスレイの喜びようは今までで類を見ないほどの換気の声をあげていた。
「ところでスレイ、お前その赤毛の子は誰なんだ?」
「えっと、四人目のお嫁さんです」
「まぁ、そんなところだろうとは思ったが、お前あと何人嫁さん取る気なんだ?」
「そんなのボクが聞きたいっての」
正直な話し、手元に残っている腕輪はあと四つもある。これがすべて手元からなくなる日もそう遠くないのではないかもしれないと思っている今日この頃なスレイだった。
「そんじゃあまぁこんな格好だが自己紹介しとくけど、オレはフリード・アルファスタ。こいつの父親だよろしくな」
「私はジュリア・アルファスタ。スレイちゃんのお母さんです」
「……ん。私、ライア。よろしくお願いします」
特にこれと言うこともなく済んだライアの紹介に、スレイは安堵の息をついていると、老執事と椅子を二脚持ったメイドが入ってきた。
メイドたちはスレイとリーフの前に椅子を置くと、二人にそこにい座るように促された。
二人もようやく腰を落ち着けると、差し出されたお茶の入ったカップを受け取り一口飲むと、やはりその道のプロが淹れているお茶なので物凄く美味しい。
ユフィたちが美味しそうにお茶を飲んでいるなか、スレイだけが渋い顔をしている。
その理由は、紅茶は余り飲み慣れていないからであった。
「スレイ様、お口にはお逢いしませんでしたでしょうか?」
「いいえ、そういうわけではないんですが、ちょっと飲み慣れていないもので」
「スレイ様、我々に敬語は不要でございます。どうか皆様もそのようにお願い致します」
丁寧にお辞儀をして見せる老執事だったが、いきなりそんなことはムリ、っとスレイは思いながらユフィたちのことを見ると、ユフィたちも同じらしい。
元々みんな一般市民のため執事などいたことがないそう考えてから、ふとあることを思い出したスレイとユフィそしてノクトは、サッとリーフの方を見る。
忘れていたが、リーフは貴族出身、こういう執事の扱いは手慣れている!そう期待の眼差しを向けていると、リーフが手慣れた様子でメイドからお茶のお代わりを受け取っていた。
そして視線に気が付いたリーフが恥ずかしそうにしていた。
「なっ、なんでそんなに見ているんですかみなさん?」
「ちょっとリーフお姉さんが、貴族のご令嬢だった思い出しまして」
「手慣れてそうだったから、ちょっと勉強のために、見せてもらってました」
スレイも二人に同調するようにウンウンとうなずいていると、ライアがスレイの方を見ながら訪ねる。
「……ねぇ、スレイも貴族じゃないの?」
「違うよ、ちょっと複雑なんだけど、簡単に説明すると父さんが相続拒否して家を飛び出して、つい最近になって臨時で貴族位を継いでっていろいろと面倒なことになっててね。ってか、父さん、今依頼ってどうしてんの?」
Sランク冒険者として名を馳せているフリードには、月に何件もの指名依頼が入ってきているのだが、領主の仕事をしていると本業である冒険者の依頼が受けれないのではないか、そう訪ねると
「実はな、お前らが出てってしばらくしてこの町にもギルドが建ってな。そこからオレの指名依頼が届くことになってんだ」
「へぇ~、それじゃあ当分は引退しないの?」
「たりめぇだっての。ミーニャの学費にリーシャを育てるためにも金はかかる、それにジュリアさんのお腹にいる新しい息子と娘のためにもまだまだ稼がにゃならん!」
そう言っているフリードのことを横目に見ながら、スレイはジュリアの方に視線を向ける。
「毎月、国の方からいくらかのお金をもらっているんだけど、元々は税金だから下手には使えないのよね」
「ですがお義母様、そのうちのいくらかはお義父様の懐にはいるのではないんですか?」
「入ってるけど、あの事件のお陰で収入源だった観光客の足が遠退いてたのと、このお屋敷を建てたせいでお金ないのよ。それに今はいろいろと実入りだから冒険者業の収入がいるの」
なんとも耳の痛い話だが、それはすべて身内がやったことなので甘んじて受けているそうだが、家の財政を管理しているジュリアが──お腹に子供がいるせいであまり外に出れずに暇だから手伝っているそうだ──毎月の収入の少なさに涙を流しているらしい。
それとこれはフリードから聞いた話なのだが、この屋敷を建てることになった切っ掛けは、どうもフリードである父バンのせいらしい。
貴族たるもの屋敷の一つでも持っておらんでどうする!などとほざいたあげく、少し前に貴族同士の会合のような場所に呼ばれたそうなのだが、その席でもいろいろと言われたらしく、それに珍しくキレたフリードが一念発起して建てたらしい。
それも今まで冒険者として稼いできた貯金を切り崩し建てたそうだ。
ついでにこれも聞いた話しなのだが、屋敷を建てるだけでなく屋敷の建っているこの土地も購入してしまったそうで、本当に懐具合が悲しいことになっているそうだ。
なんともアホらしい説明を聞いたスレイは、今度から仕送りでもしようかな、っと考えているとライアから声がかかった。
「……スレイ、仕送りとかはしないの?」
「あぁ~やっぱりライアもそう思うか?」
「……ん。父かわいそう、出来ることなら私も送りたいけど……そんなに持ってない」
「ライアは気にしなくて良いって、とりあえず父さん。これ受け取って」
残念そうにしているライアの頭を撫でてから、スレイは懐に入れてあった財布から金貨を数枚取り出してそれを差し出した。
「おいおい、息子から金を貰うわけにはいかねぇっての」
「いいから受け取ってよ。こっちの生活が安定するまでは贈るから」
「………すまん!スレイもそれにライアちゃんもいらん気を使わせちまって」
「本当にごめんなさい、スレイちゃん」
「家族なんだから気にしないでって………ってか、父さんも母さんもいつも通りだしもう喧嘩は………」
スレイが安心したように言うと、フリードとジュリアの表情が一瞬にして険しくなった。ついでに今まで優雅にお茶を飲んでいたクレイアルラが大きなため息を付いた。
「やっぱり、オレはジュリアの考えた名前はイヤだね」
「それを言うんだったた私もフリードさんが考えた名前はイヤよ」
「なんだと!」
「なんですって!」
お互いがお互いを睨み付ける。
二人とも顔がかなりの美形のため、ガンつけあっているその顔はかなり迫力があった。
普段は仲の良い夫婦が喧嘩するとこうなるのかっと、喧嘩を再開するきっかけを作ってしまったスレイは反省の色もなく見ていた。
だが、ジュリアのお腹には子供がいるので慌てたノクトとクレイアルラが止めに入った。
「ジュリア!あなたは何度言えばわかるんですか!落ち着きなさい」
「お義母様、落ち着いて!」
二人が一番近かったため止めに入ったが、ユフィとノクトそしてライアもどうしたものかと、オロオロしておりみんなジュリアのお腹のことをしんぱいしていた。
ちなみに喧嘩を起こさせた原因であるスレイはというと、ノクトとクレイアルラが喧嘩を止められたときに黒鎖を使ってフリードをす巻きにしていた。
「離せスレイ!」
「離したらまた口論になるでしょ?ノクトそのまま母さんを落ち着かせておいて、父さんを連れてちょっと出てくるから」
スレイはす巻きにしたフリードを重力魔法で持ち上げ、ジュリアを落ち着かせようとしていたノクトに向けて声をかけると部屋を出ていこうとする。
「ちょっ、お兄さん!?」
「……スレイ逃げるな!」
「どこ行く気ですか!」
ノクト、ライア、リーフの順番にそう言われたのだが、ライアよ逃げるなはないのではないかな?、なんて思いながらみんなの方に向き直る。
「適当に温泉でも入って男同士でじっくりと話し合ってくるよ」
スレイはそれだけを言い残して部屋を出ていった。
残されたユフィたちは、ジュリアの話しをきいてあげようとしたのだが、ノクトとクレイアルラの拘束を力ずくでひっぺがした──元々妊婦であるジュリアに加減していた──ジュリアは、ユフィたちの顔を見回してから一言告げた。
「もう頭に来た!みんな温泉にでもいってスッキリしましょう!」
怒りだしたジュリアがミーニャとリーシャ、そしてヴァルマリアを呼び屋敷を出ていこうとし、それを慌ててユフィたちが追って行くのであった。




