事件の終結
すみません、前回から一週間も更新を開けてしまいました。
その日は雨が降っていた。
鉛色の空からは絶え間なく雨の滴が降り注ぎ、人々を濡らしていく。
いくつもの墓石が並ぶ共同墓地、そこある真新しい墓石の前には複数の人が集まっていた。墓石の前では何人もの人が祈りを捧げ、一人の女性が悲しみの涙で目を濡らしていた。
墓石に刻まれている名前はマルコ・ローレンス、つい先日起きた事件の唯一の死者であり、墓石の前で涙を流している女性ビビアンの義理の父親であった。
事件の結末はなんとも呆気の無いものであった。
スレイたちによって娼館からビビアンが助けられたあと、事件の首謀者であるバーサ・サールファスとその息子パノマ・サールファスは証拠が揃っているにもかかわらず黙秘を続けていた。
それだけではなくスレイが衛兵に提出した証拠映像を盗撮と叫び散らし、あまつさえ取り調べをしていた衛兵を誘惑しようとしたが全くの無駄に終わった。
結局のところ、こっちの事件はその数日のうちに方が付いた。
その理由はこうだ。
バーサとパノマの二人が捕まったと同時に、国に調査部が動きだしすぐに領地を視察したところ、サールファス家の前当主であったアーガストの死後、息子であるパノマが家督をついだ。
だがそのパノマがかなりの無能だったらしく、当主としての仕事と領主としての仕事をすべてほっぽりだし遊び呆けていただけではなく、自らの領民の女に手を出し、逆らったり訴えを起こそうとした場合はその一家を犯罪奴隷として弄み、そして殺していたそうだ。
問題は息子のパノマだけではなく、母であるバーサも同様だったらしい。
領主としての仕事をしていないパノマの代わりに、表向きは真面目に領地経営を行っていたように見せていた。しかしそれはあくまでも表向きの話し。
裏では領地の税金を使い込み高価な宝石やドレスを買い込んだり、夫で前当主のアーガストが生前に貯めていた貯蓄にまで手を出していたらしく、アーガストの死後たったの一年でそも貯蓄を使い潰した。
自身が使い潰した税を誤魔化すために税が引き上げられ、重税のせいで領民が苦しい日々を送っているなかで二人は悠々自適な生活を送っていたらしい。
すでに領民からの裏はとれ、近々サールファス家は財産をすべて没収された上での取り潰しが決まった。
名前だけの領主であるパノマは重犯罪奴隷として鉱山に売り飛ばされ、領民に不条理な税を引きさらにはその税金を使い潰したバーサも息子と同じく重犯罪奴隷として鉱山行きは免れない。
しかしそれでは許せないとサールファス家の領民からの訴えを受け、近々元サールファス家の領地で斬首刑に処されることが決まっていた。
なぜここまで詳しいかと言うともう一つの事件を報告しに来たヨハンから聞いたのだ。
本来は重要事項なため口外は出来ないことなのだが、当事者であり国を救った英雄だからと、少し無理をして教えてくれた。
⚔⚔⚔
さて、ここからはスレイたちが遭遇したもう一つの事件の結末なのだが、結論から言ってグランツの支配は国の中核にまで浸透していた。
もう少しでもグランツたちの対応が遅れていれば、国王直々にこの大陸の各国に向けて宣戦布告宣言される一歩手前であったが、そこはグランツと魔術師たちの頑張りにより国の中枢を担う者たち正気に戻り事なきを得た。
そんな危ない状態だったにも関わらず、国王が即座に行動を起こした。
スレイたちによって正気に戻っていたグランツの部隊と魔術師の部隊により、国の内部に巣くっていた膿を一掃するべく動きだした。
グランツが個人的に使っていた研究室を暴きそこにあった研究資料や実験に使われたと思わしき魔物、非人道的な人体実験を行ったと思われる被験者たちの遺体を発見された。
それを受けて、騎士団ではグランツの仲間と思わしき者どもを炙りだしが行われ、グランツの思想に加担した者たちはすべて国の中枢を担う役人たちで、これを気に国家転覆を狙っていたらしい。
その後、グランツたちの取り調べが行われたが、グランツはすべてを否認。
それどころか魔法や魔術を使い取り調べを行っていた騎士たちを自分の味方にしようとしたらしいが、スレイに渡していた呪術を無効化する魔道具の効果に跳ね返された。
それを期に魔術師たちがグランツやその仲間にギアスをかけ、すべてを自供させた上でその全員の処刑が行われた。
グランツとその一味の処刑が国としての機能は麻痺するかとおも思われたが、国王を筆頭に残った役人たちの尽力によって何とか立て直すことが出来たらしい。
事件の結末としてはこれがすべてなのだが、結果として一人の女性に悲しい想いをさせてしまったことには代わりないのだ。
そのためか、事件がすべてが終わったのにもかかわらず、スレイたちの心はなんとも晴れない思いだった。
マルコの墓石に花を添えたスレイたちは揃って祈りを捧げると、共に来ていたビビアンとアーキムに頭を下げてスレイたちはその場を後にすることにした。
⚔⚔⚔
次の日の朝早く、スレイたちはずっと借りていた部屋を引き払い宿を出ることにした。
これ以上この町にいてもあまりことはないかもしれない、それにあまり長く一つの町に留まればそれだけアストライアの気配をたどられ、使徒をけしかけられるかもしれない。
ただでさえ酷い事件があり国の機能が麻痺しかけている。
もしもそんなところに使徒の襲撃などがあれば、確実にこの国は崩壊してしまう。それをさせないためにも、スレイたちはこの町を出ることにしたのだ。
夜明け前、まだ朝日が登ろうとしている暗い空を眺めながら白い息を一つの吐いたスレイは、独り言のように小さな声で呟いた。
「次はどこに行こうか」
そんなスレイの呟きを聞いて、ユフィたちも考え込んだ。
元々近いうちに町を出ることは決めていたが、これと言ってどきか行きたい場所があったわけでもない。
この大陸に来たのもスレイの左目の魔眼の習得のためなので、それが済んでしまった今、こに大陸に止まる理由はないのだが、どのみちあと一ヶ月後にはクレイアルラからの依頼でこの大陸に戻らなければならない。
そう考えていると、ノクトがなにかを思い付いたように手を上げた。
「はい!お兄さん!せっかくなんですし、ルラさんに呼ばれるまでの間わたしたちの好きに歩いてみるってのはどうでしょうか?」
「あっ、それいいかも!今思えば、ノクトちゃんが私たちの仲間になってロークレアに行ってから、中央大陸、そしてこの北方大陸にまできたけど、行かなくちゃいけない旅だったからね」
「あぁ~そういやぁ、ボクたち元々自由気ままに旅がしたいって理由で冒険者になったのに、どっかの親戚のせいで家に呼び戻されたり、ボクの魔眼や竜人の力を制御するすべを見つけるために中央大陸から北方大陸に行ったり……うん。自由とはかなりかけ離れてるな」
今さらだが、旅の理由が大方変わってきている気がするが、今日までかなり大変なことが続いていたので、少しの間ではあるが久しぶりに自由気ままな旅を再開するのもいいのかもしれない。
幸いにも今回の事件の謝礼で懐はかなり暖まっている。
向こう数年は遊んで暮らせる額なので、しばらくはギルドで仕事を探さなくてもいいかもしれない。そんなことを思っているとリーフとライアが神妙な顔をしていた。
「自由気ままに旅をするのは構わないんですが、私たちはギルドで依頼を受けたいです」
「……ん。私とリーフ、スレイたちよりもランクが低い。早く上げたい」
冒険者になってからそんなに経っていない二人は、スレイたちとのランクの差を気にしているらしい。そんな二人のランクだが、リーフはEランクで登録したばかりのライアは当たり前だが初めのFランクのままだ。
そんな二人の言い分を聞くと、最低でもノクトと同じくDランクには上がりたいそうだ。
「まぁ、冒険者ギルドなんて、小さな町にだってあるんだからそこで地道にランクを上げていこうよ」
「……それじゃあ困る。私、みんなと比べて実践経験ない。そんなんじゃ使徒との戦いで迷惑をかける」
ライアが拳を握って決意を口にする。実はライアには女神アストライアの存在や、使徒や神との戦いについて、そしてスレイとユフィが別に世界からの転生者であることをあらかた話していた。
ライアがスレイの嫁になるといった時点で、一人だけ仲間外れには出来ないとユフィたちからの指摘もあり、すべて隠さずに説明したところ、あっさりと受け入れられたのはいささか驚いたが、本人いわく、死視の魔眼の福次効果である未来視でこの話をする未来を視ていたらしい。
「まぁ確かにいつかのためにも、ライアにはしっかりとした戦い方を教えないといけないか」
「……ん。私、頑張って強くなる。だからスレイ、教えてね」
「いや、ボクは剣や魔法ばっかりやってたから武術の修行は全くしてないんだよ……だからユフィ任した」
「はい!任されました」
「……ユフィ師匠、よろしくお願いします」
この日、ライアはユフィに弟子入りすることになったが、特に面白いこともないのでこのお話しはこれくらいにしておく。
話しが少しそれてしまったため仕切り直したのはリーフだった。
「それでみなさん、これからどこに行くんですか?ちょうどいいところに別れ道になっていますが」
「あっ、本当ですね。ユフィお姉さん、確かこの辺りの地図を買ってませんでしたっけ?」
「ちょっと待っててね、すぐに出すから」
ユフィが空間収納を開くと、その中から地図を一枚だし広げると、それを見るためにスレイたちもユフィの持っている地図の前で顔を付き合わし、五人で一枚の地図を見ている。
「えっと、右に行くとすぐそばに小さな村があるみたいだね」
「ユフィ殿、左には少し遠いですが町があるみたいですよ」
「どっちに行っても野宿は避けれそうですね。いやぁ~良かったです」
「……野宿。私したことないからやってみたかったかも」
ユフィたちがかしましく話しをしている横で、スレイは上空にレイヴンを飛ばして上空から町までの距離を確認してみるが、どちらの町も地図で書かれているよりもかなりの距離があった。
どうもユフィの持っている地図に縮尺が書かれていなかったのが気になり調べたが、これは調べて良かったな、そう思いながらスレイはノクトの方を見る。
「残念だけどノクト、その地図かなり間違っているみたいだよ。パッと見だけど距離的には一日は掛かりそうだから、野宿は確定かも」
「えぇ~……そんなぁ~」
どうやらノクトは野宿が苦手のようだ。
初めて野宿したときはライアのようにワクワクしていた気がしたが、しばらくは文化的な人間らしい暮らしをしてたせいで、野宿の感覚を忘れてしまったのだろう。
「まぁまぁ、ノクトちゃん。今日のお昼と夜のご飯はスレイくん手作りの超豪華仕様だからね」
「ホントですかお兄さん!ご飯楽しみにしてますね!!」
「うぉい!こらユフィさん!?なんつぅ~こと言いますねん!?まぁ作りますけどね!!」
勝手にユフィから今日の料理当番を指名されたスレイは、変な口調になりながらツッコミをいれるが結局は作ることを了承してしまう辺り、スレイの優しさである。
それをわかっているユフィたちは、にこにこと笑いながらいとおしそうにスレイのことを見ていた。
ユフィたちから熱い視線を受け取ったスレイは、恥ずかしそうにほほを染めながら一回咳払いをして再び話しを始める。
「それで、みんなはどっちに行きたいの?距離的には村の方が近いけど、反対の町にでも行ってみる?」
「……私はどっちでもいいかも」
「わたしもです」
ライアとノクトがそう言う。確かに当ての自由気ままな旅なのでそれも言いかもしれないが、意見を言ってもらえないと場所も決められない。
「なら、コインで決めませんか?表が出れば町に、裏が出れば村に行くってには」
「リーフさんそれナイスアイデアですよ!」
そう言うとユフィは懐から銀貨を一枚とりだしみんなに見せる。
「それじゃあ、リーフさんどうぞ!」
「えっ?そっ、それじゃあ、行きますね」
リーフが指で弾いたコインが宙を舞い、そして落ちてくる。
落ちてきたコインを受け止めたリーフはみんなに見えるように手を広げるとコインは裏を向いていた。
「よし。それじゃあ村の方に向けて行きますか」
行く場所は決まった。
スレイたちはのんびりと朝日が上る空の下を歩き始めるのだった。




