悪魔と化け物
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翼を羽ばたかせたスレイとボードに乗って浮かんでいるユフィは、自分たちを襲撃に現れた宮廷魔導師 グランツを睨みながら剣と杖を向けている。
これからどうなるかは相手の出方次第だが、もしも逃げようとするのなら容赦はする気はない。
「黙ってないでお話しましょうよ。あなたの目的が何で、どうしてこんなことしようとしたのか、そこのところをできるだけ詳しくね」
未だに優しく語りかけるだがその目は鋭くグランツの動きを捉える。スレイからの言葉を聞いたグランツは、口元を歪めるとスレイの言葉に返すのではなく杖を掲げた。
「まぁ、そうくるよね」
「のんきなこと言ってないで構えなよ」
のんきなセリフを吐くユフィにスレイがツッコミを入れていると、グランツが動いた。
「──────」
構えられたグランツの杖に魔法陣が展開され再び炎の矢が放たれた。
グランツが魔法を放ったときわずかに違和感があった、今のスレイは肉体を中心に近づけている。そのため僅かな物音さえも聞き逃すはずがないのに、スレイに耳にはグランツの声どころか撃ち出された魔法の音までも届かない。
「うわっ!?」
「危ないな」
咄嗟に防御が間に合わず空中を飛びグランツの魔法を交わした二人は、空中を駆けてグランツの魔法を交わし続ける。
どうやらグランツは自分の周りに詠唱を遮るための結界を張っているようだ。そのため詠唱の声は聞こえず、先程の幻影と合わせた奇襲なら確実に殺せただろう。
だがこうして姿を表した以上、防ぐことは可能だ。
「私が魔法を防ぐねッ!」
「任せた」
スレイがユフィに背後に隠れると、グランツが再び杖を構えて魔法をはなとうとした。
杖に発動された魔法陣を見て相手が再び炎の矢を放とうとしていると察したユフィは、水の属性を付与したシールドを発動した。
「何度も同じ手は聞かないよ───アクア・シールドっ!」
ユフィが水のシールドを発動した瞬間、スレイにはグランツの顔がわずかに歪んだように見えた。一射目の矢が水のシールドに飲まれた直後、グランツが再び炎の矢を放ちユフィがシールドで防ごうとした
その直後スレイの直感が激しく警鐘を鳴らし始めた。
「ダメだユフィ!」
「えっ、ちょっ、なに!?」
ユフィの杖を掴み自分の魔力を流し込んだスレイは、ユフィの魔法の制御を奪い自分の魔法へと書き換える。
「魔力借りるぞ──インフェルノ・シールド!」
ユフィの魔法を利用、変換して漆黒の業火を纏った炎のシールドを作り出す。
一体何の目的でこんなことをしたのかとユフィが問いただそうとした瞬間、スレイのシールドに炎の矢が当たったその時何かが蒸発したような音が聞こえる。
「えっ、なにこれ?」
ジュッと水が蒸発するような音にユフィは眉をひそめ、そして目を凝らしてよく見ると、次々に打ち出された矢が業火の盾に触れた一瞬、業火の盾が氷りついた。
「魔法に幻影を被せて魔法を偽装してる?」
「みたいだね。消音の結界はフェイクで、こっちが本命だったってわけだ」
いつまでもこうしてはいられないので木々を盾にしながら距離を取った二人、それを追ってグランツが間合いを詰める。
一定の距離を取りつつグランツから眼を離さずに二人は話し始める。
「幻影での偽装、良くわかったね。私なんて全くわからなかったよ?」
「竜の因子のお陰か………ボクの勘がかなり鋭くなってるみたいでさ。咄嗟に業火の魔法を使ったけど、ビンゴだったみたいだよ」
竜の因子を受け取ってからスレイの肉体の感覚は、今まで以上に研ぎ澄まされている。
これは竜人族の特性らしく、ライアいわく半竜化している状態ならば一キロ離れた場所で落ちた水滴の音さえも感じるほど感覚に優れているそうだ。
それに加えてスレイの危険察知能力が、あの攻撃の秘密を感じ取ったのだ。
横目で背後から追ってくるグランツのことを睨んだスレイは、隣で攻撃をかわしたユフィが声をかけてきた。
「ねぇ。あの人が使える魔法、炎と氷がほとんどでたまにだけど風が混じってるみたいだね。それに補助系統の魔法が少しってところかな?」
「多分、そうだろうな。ってかあいつの戦い方が雑だな」
幻影と消音魔法による奇襲は見事だったかもしれないが、その他の技能が著しく低い。
魔法の威力は申し分ないが、真正面から打つ以外の芸当がまったくない。直線以外にも軌道を変えたり、ホーミングさせたり出来るだろうにとスレイが小さく呟いた。
「どうする。あいつの攻撃パターンも分かったし、周りに張られている結界の魔法の類いも解析は終わってるから、攻撃を仕掛けて制圧できるけど?」
「うぅ~ん……もう少し待ってあげようかな。なんだかこれだけやってても一発も当たんないから、ちょっと可哀想になってきちゃった」
なんだか可愛そうなものを見るユフィに対して、スレイはとても冷ややかな目をグランツに向けていた。
その理由はスレイたちが魔法を避ける度に、グランツの顔がとてもイキイキしているからだ。
なんというか俺の魔法はすごいぞ!っとでも言っているような、結界のせいで聞こえないはずの声が聞こえてきそうなほどグランツの表情はわかりやすい。
「あれ、視てるとちょっとイラッと来るんだけど」
「それは分かるかも………やっぱり、やっちゃう?」
「やっちゃおうか」
もう逃げるのも飽きてきたので決着をつけることにしたスレイ、するとユフィがそっとスレイの後ろへと隠れた。
「じゃあスレイくん、後はよろしくね」
「あれれぇ~?まさかのボクだけでやれってことっすか?………まぁいいけどさ」
黒い剣を持ち上げ更に鞘に納めていた白い剣を抜き放ったスレイ。すると剣を握ったスレイを見て小馬鹿にしたような笑みを浮かべたグランツが魔法を放った。
放たれたのは炎の矢に偽装した氷の矢だろう、飛来する無数の矢を前にしてスレイは大きなため息を一つついた
「ずっと思ってたけど、さっきから同じ魔法ばっかりで他に使えないんですか?」
そう口にしながら白と黒の剣に闘気を纏ったスレイは、一閃のもとに放たれた矢を撃ち落とすとグランツの表情が驚きに彩られた。
「これしきのことで驚くなよ」
驚くグランツに鋭い言葉を投げかけたスレイは、黒い剣に風の魔力と闘気をまとわせ脇に抱えるように構える。
「落ちろ───風牙・飛閃ッ!」
振り抜かれた黒い剣から放たれたのは風の魔力を纏った斬撃だった。
風の斬撃を前にしたグランツは咄嗟にシールドを貼ろうとしたが間に合わず、直撃を受けて足場にしていた木の幹にまで飛ばされる。
斬撃とはいえまだ聞くことが有るので風で吹き飛ばしたため殺傷能力はないが、吹き飛んだ衝撃で背中を強打したグランツの身体はグラッと揺れた。
「危ないな」
意識が飛んだのか木の上から落ちそうになったグランツ。このまま落ちて死なれる訳にはいかないスレイは、空間収納からソードシェルを二本、取り出し起動する。
「オン───行けッ」
起動と同じにグランツの方へとソードシェルを飛ばし、その刃でグランツの両肩を貫いて木の幹に固定した。
「───ッぎゃぁあああぁああぁぁぁぁぁ!?」
両肩を貫かれたグランツの絶叫が森の中に木霊した。
「うわっ、うるさ」
「見た感じディスクワーク肌っぽいし、痛みに離れてないんじゃない?」
両肩を貫かれた痛みに叫ぶグランツを見た素直な感想なのだが、やはりというかなんというか痛みには慣れていないグランツの顔は涙と汗で酷いことになっている。
「ここままソードシェルの刀身を変形させて、内部から突き刺したらどうなるかな?」
「ちょっとぉ~、やめてよそんな物騒なこと~。スレイくんには良心はないの?」
「悪党にかける慈悲は無し、これ世界の常識」
「そんな常識ありません」
あまりにも無慈悲な事を言うスレイから次は少し距離を取った。
「冗談はさておき、ボクらも殺されそうになったんだからこれくらいは文句は言えないだろ」
「それは、そうだね───ゲート」
そう答えながらスレイは自分たちとグランツの足元にゲートの入り口を作ると、グランツの両肩を貫いていたソードシェルを抜く。
一瞬の浮遊感と共にグランツが落下し、ゲートを通じて地面に落ちる。それと追うようにスレイとユフィも足元の開かれたゲートを潜って下へ通りた。
「ぐっ、あぐっ……」
「おっと、逃しませんよ」
怪我を押してここから逃げようとしたグランツを捕獲するため"黒鎖"で縛り上げる。
黒鎖に絡め取られて体勢を崩してしまったグランツが倒れ地面を転がってしまった。
スレイはそんなグランツの顔の横に黒い剣を突き刺すと、グランツの口から小さな悲鳴が聞こえてきたが今は無視して話を切り出した。
「さてグランツさん。何でこんなことを使用と思ったのか話してくださいね。あっ、それとあなたを縛っているその鎖、拘束具の意味合いの他にも魔力封じの魔装具も兼ねてますので、魔法は使えませんよ?」
いい笑顔と共に黒い剣の切っ先の腹でグランツ顔をペチペチと叩く。
その意味は──オラオラ、さっさと話さねぇとこいつでお前を少しずつ斬るぞ?という、なんとも恐ろしい意味合いであった。
ちなみにだが、ユフィはスレイのその思考を読んでいるのか、大きなため息を一つついてからスレイの肩に手を置いた。
「スレイくん、それじゃあまるっきりヤのつく稼業の人みたいじゃん?もっと優しく聞かなくちゃ?」
「えっ、まだ優しい方だよ。もしこれが師匠だったら今ごろ確実に手足の指先から順に輪切りにされてるって」
まだ条件を言って脅されるだけで本気でやろうとはしていないスレイと、確実に条件を言う前に刻んでから途中で条件を言うルクレイツア。
どっちがかなりマシかと尋ねられたら確実にスレイに方がマシではあるが、本当にやった場合は確実に同類認定がされてしまうだろう。
「程々にね」
「了解」
そんな感想を胸の内に閉じ込めいちいち止めるのも馬鹿らしくなったユフィは周りの警戒に当たる。
すると警戒用に放っていたオウルからのアラートを感じ、即座にコネクトを使ってオウルの視界をもらった。そこに映し出されていた者を見ながらスレイの袖を引っ張りながら名前を呼んだ。
「ねぇねぇスレイくん、ちょっといいかな?」
「ん?どうかしたの?」
スレイがユフィの方に振り向くと、ユフィがプレートを掲げるとそこに映し出されたのは先程のスケイルデーモン──スレイが勝手に見た目から着けた借り名だが──の姿があったのだ。
プレートに映し出された映像を見ながら、グランツのことよりも先にこっちを何てかしなければならないな、そう思ったスレイはユフィの手に持っていたプレートを借り、それをグランツに向けて見せる。
「今こいつがこっちに来ているみたいです。多分あなたの叫び声を聞き付けたんじゃないですかね?」
「はっはははッ!さすがは私の造った最高傑作の魔物だ。親である私を助けに来たんだ!」
突然笑いだしたと思ったらバカなことを言い出たグランツに対して、スレイとユフィは揃って頭大丈夫かこいつ?そう思ってしまった。
なぜならユフィのプレートの映像を見せてもらったが、このスケイルデーモンは手当たり次第に周りの物を攻撃しており、完全に暴走しているとしか思えなかったが、良い機会なので少し情報を引き出してみるのも良いかもしれない。
「あの魔物、やっぱりあなたが造ったんですか」
「そうだ、あいつにかかればお前たちなどゴミ同然だ!」
「どうしてそんな物を造ったの?まさか、どこかの国と戦争するためにあの魔物を兵器運用しようとしたとか……?」
ユフィが技とらしくスレイに話しかけるとグランツは意気揚々と事実を話し出した。
「そうだ!今はまだ一匹しかいないが数さえ揃えば最強の軍隊となる!俺に忠実な、俺だけの魔物も軍団だ!」
ここまで計画を暴露できるのも、あの悪魔のような魔物にスレイとユフィが負けると思っておるからだろう。でなければここまで盛大にばらすこともないがそんな計画は既に破綻している。
それはなぜかと言うと、まずは最初に説明した通り暴走しているのと、もしも制御出来ているとしても、グランツの魔力では到底あのスケイルデーモンを制御できないどころか、簡単な命令すら聞き入れられるとは思わないからだ。
なのでこの二つのことから断言できることだが、今こちらに向かってきているスケイルデーモンは、確実にグランツのことを捕食するために向かってきているだろう。
その事からスレイとユフィはとっても可愛そうな人を見る目でグランツを見ていた。
証拠も揃ったため、これ以上このグランツという男の残念な話を聞くのも耐えられないので早々に切り上げることにした。
「それじゃあスレイくん、またお願いねぇ~」
「またっすか、さっきもボクだったじゃん?変わってよ」
「イヤだよぉ~、私、魔導師、接近戦苦手」
「何で片言なの!?ってかユフィさん、あなたガントレット付けて魔物殴ってるよね!?さっきも殴り殺してたよね!見てたからね!?」
そうスレイが告げるとユフィは、えっ?何か言ったかしら?、と小首を傾げながら笑顔で笑いかけてくる。
不覚にもその笑顔に可愛いと思ってしまったスレイは、しまった!?っと思うと同時に仕方ないかっと諦めた表情をしながら、黒い剣を握り直し鞘に納めていた白い剣を抜いた。
「おい貴様ら!さっきから話を聞いていると、そっちの白髪のガキが私のディアボロシアを倒すだと?片腹痛いわ!お前のようなガキが敵うはずはない!死ね!死んじまえ!」
どうやらあの魔物、スケイルデーモンではなくディアボロシアという名前だったらしいが、今さら名前を知ったところでどうでもいい、どのみち倒すのには代わりがないので誰がやろうと関係ない。
なので乗り気ではないがスレイは自分がやるしかないよな、そう思いながら剣を縦に降ってジッとしている。
集中し始めたスレイを見たユフィは、これから戦うスレイの邪魔にならないようにそばから離れ、巻き込まれないようにシールドを張っている。
ついでにスレイが自分の造った魔物をバカにしたせいで騒いでいるグランツの周りにシールドシェルでシールドを張ったついでに、騒ぎ声がうるさかったのでサイレンスの魔法もかけて静かにしていた。
スレイがそっとユフィの方に視線を向けると、声には出さずに話しかける。
──ありがとうユフィ
そう想いを込めてユフィを見ると、その視線に気がついたユフィがニッコリと微笑むと
──どういたしまして、スレイくん。頑張ってね?
ユフィがそう視線だけで答えた。
二人が視線だけでそう話し合っていると、スレイの近くの茂みが揺れる。
もう魔物がすぐ側にまで来ているのを感じながら、両目を竜眼に変化させ茂みを睨み付けると、茂みの中からスケイルデーモン改めディアボロシア現れる。
魔物の姿を見て殺ったとでも思ったのか、グランツの歓喜の視線がこちらにも伝わってくるようだったが、次の瞬間、グランツの目に映ったのはスレイによって四肢を切り落とされ地面に倒れるディアボロシアの姿であった。
「ふむ……最高傑作の魔物って言うわりには、簡単に斬れましたね」
そう言いながらスレイはディアボロシアの首を断った。その姿を見たグランツは、サイレンスよって外に音を出すことの出来ないシールドの中で小さくこう呟いた。
「ばっ………化け物」
っと。