久しぶりの依頼
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サールファス伯爵家、それがビビアンの父親の家の名前だった。
サールファス伯爵家はヴェーチェアにさらに北へ言った国境近くに小さな領土を持っており、名前はアーガスト・サールファスと言い、生前には領地にこもり貴族の社交界等にはあまり出席しないことで有名だったそうだ。
そんなアーガストは、自身の領地で領民と共に畑を耕し常に領民のことを思ったやさしい領主だったそうで、領民の間ではかなり良い領主であったそうだ。
そんな引きこもりで有名なアーガストが、たまたま出席した社交界の帰りにビビアンの母親であるアリッサと偶然に出会い、愛を育んだ結果産まれたのがビビアンだ。
しかし父親であるアーガストにはすでに正妻がおり、アリッサに子供が出来たことを知って一度は側室として迎え入れようとしたのだが、正妻が側室が入ることを嫌がり二人は結ばれることはなく、アリッサは行方をくらました。
それから時は流れ、どうやって調べたのか数日前アーガストが亡くなった知らせがビビアンの元に届き、それと同時に正妻を名乗る女性からの手紙でこんなことが送られてきたそうだ。
───ビビアンをこちらで引き取りたい、その際こちらへ金貨八十枚を納めること、もしもそれを拒否するなら手切れ金として白金貨二枚をこちらへ渡すこと、期限は五日後の正午までに必ず用意しろ、出来なければ無理やりにでも連れて行く───
要約するとそんな内容が書かれていた。
⚔⚔⚔
手紙を読み終わったスレイとユフィは、なんとも馬鹿げた手紙の内容に頭を痛めながらも、事情を知ってしまった手前助けないという選択肢はなかった。
「助けると言った手前、こんなことを聞くのはアレですけど、伯爵家から生活の支援を受けていたとか、そういうわけではないんですよね?」
「はい。実父が貴族であることもその手紙で知りました」
「じゃあ生活費を受け取ったって線も無さそうだし……意味が分からん」
手紙の主が金を要求する理由が、今まで支払ってきた養育費の返金や、言いたくは無いがビビアンの母親が伯爵家へと金をせびっていたなどなら分からなくもない。
だがビビアンの話を聞く限り、生前の母親も育ての親である叔父マルコも苦労して彼女を育てた事が窺える。
「はてさて、どうした物か」
もともと何か考えがあったわけではないが、事情さえ分かれば何かしらの策が思いつくかとも思ったが無理のようだ。
「あの、失礼かもしれないんですけど、そのお金はどれ程貯められているんですか?」
「もう少しで白金貨二枚には届くと思うんですが」
たった五日で白金貨二枚相当の金額を用意したということは、マルコが相当無理をしているんだなとスレイたちが思っていると、ビビアンは一枚の依頼用紙を差し出してきた。
「明日、父が受ける依頼です」
「えぇっと……なになに?ジャイアント・コングの討伐、ランク及び参加人数不問、参加者一人に金貨四十枚を支給って、うわぁ~なにこの破格の金額!?」
ランクも人数も関係なく金貨四十枚、その金額にユフィは驚いている。
当たり前だ。
金だって有限、それを数十、あるいは数百人に同じ金額を払えるなどどこかの貴族の依頼だろうか、そんな事を考えているとビビアンから説明が入った。
「それは国から直接出されている依頼なので」
「国からか……でも、それだと」
「はい……正直に言いますと、この依頼は父には厳しいと思います」
国からギルドに依頼されるということのは、その時点で国では対処できない事案と言える。
本来ならSランク相当の依頼でも、極稀にこういった形で依頼が出されると聞いたことがあった。
「ちょっと確認させてもらいますよ」
ビビアンから依頼書受け取ったスレイは改めて依頼内容を確認した。
討伐対象であるジャイアント・コング、通常はアサルト・コングと呼ばれる猿の姿をした魔物で体長は約二メートルほどだ。
しかし今回の討伐依頼に指定されている魔物は、そのアサルト・コングよりもさらに巨大化で通常種と比べると十倍以上ある変異種とのことだ。
どうも通常種が何らかの理由で巨大化し、近隣の山を荒らし回ッてるとこに偶然にも山へ魔物討伐の依頼でやって来た冒険者が発見、被害が広がらないように居合わせた冒険者たちが討伐を試みたが返り討ちに合ったらしい。
返り討ちにあった冒険者は全員死亡、魔物による被害はすでに近くの村にまで出ており、何とか山間部を取り囲むようにして魔物を隔離したが、それもいつまで持つかがわからない。
早急に魔物の討伐をしたいらしく、冒険者を一人でも多く集まるためにこのような破格の金額で依頼を出たそうだ。
「明らかにAランク以上。本来ならマルコさんには荷が重いですね」
マルコと実際にあっているから分かったことだが、あの人の実力は確かに歴戦の冒険者の中では一流だ。しかし、それでいて至って平凡な冒険者、それがスレイの見立てだ。
そのことは職員であるビビアンも同意見のようだ。
「アルファスタさんのおっしゃる通り、父では荷が重い依頼です。なのでどうか、父を助けてください」
「それはもちろん。任されました」
依頼の期日までは時間がない。急いで準備しなければトスレイが考えていると、同じように高額な報酬依頼が書かれた依頼書を食い入るように見ていたライアはおもむろに顔を上げた。
「……ユフィ、その依頼、私も一緒に受けたい!」
「えっ、私は別に構わないんだけど……スレイくんはどうなのかな?」
「ダメだダメ、いくら一文無しだからって、魔物と戦ったこともないライアを連れていくわけにはいかない」
「……ムゥ~、文無しなんかじゃないもん!」
スレイの言っていることももっともな事だが、それがどうも不満なのかライアは頬を膨らませながら子供のようにむくれている。
そんな顔をされると良心が痛むような気持ちになったスレイは、あれこれ考えてライアを諦めさせることにした。
「ライアの武器!まだ無いんだからな、ちゃんとしたのを買ってから受けよ!」
「そっ、そうだよ!だからね、今回は私たちに任せて」
「……やぁー!」
涙目で否定の言葉を投げ掛けるライアを見て二人して、子供かッとツッコミを入れた二人は、もう止められそうにないと諦める。
二人は同時に大きく頷きあうと、ユフィが座っていたライアを立たせた。
「ライアちゃん!今から武器屋さんに行くよ!」
「……ん!行く」
「そんな訳なので、私とライアちゃんもそれに参加します。それじゃあスレイくん、私たちちょっと武器屋さんに行ってくるから……これお願いね!」
ユフィが自分のギルドカードをスレイに手渡すと、ユフィと同じようにライアもギルドカードを手渡してきた。
「それじゃあ、私たちの分も手続きお願いね~」
「はいはい。行ってらっしゃい。それとユフィ、これ持っていって」
スレイは懐から一つの布袋を取り出すと迷わずユフィに投げ渡した。
投げられた袋を受け取ったユフィは中に入っているのが何かすぐに察した。
「スレイくん、ありがとうね!じゃあ行ってきま~す!」
「……ん、行ってくるね」
嬉しそうに微笑んでいるライアの手を引いてを連れてユフィがお店を出る。
「さてと、事情を知れば了承してくれるだろうけど、念のため二人にも確認しとくか」
スレイが言う二人とはノクトとリーフのことだが、二人とも快く引き受けてくれるはずだ。そう思いながらコールを唱えようとしたところで、スレイの動きが止まった。
「そういえば、ノクトとリーフ、今日も依頼行くって言ってたけど……まぁ大丈夫だよな?」
繋がらなければ後でコールをかけ直せば良いので、あまり深くは考えずにコールをノクトに繋げようとしている。
スレイは心配したがすぐにノクトとコールが繋がった。
「ノクト、今大丈夫かな?もし依頼の途中とかだったら後でコールをかけ直すけど」
『はい。大丈夫ですよ。依頼もちょうど終わって帰ってきてるところです。それよりも、何かあったんですか?』
「あぁ……事情は後で説明するけどノクト、それともし近くにいるならリーフにも聞いてもらいたいんだけど」
『はい、近くにいますよ』
「じゃあ言うよ。明日、もしも時間があるんだったら二人にも受けてもらいたい討伐依頼があるんだけど、構わないかな?」
『わたしは良いですよ。リーフお姉さんも確認しますので、少し待っててくださいください』
しばらくの間、ノクトからのコールが途切れたが直ぐに返事が返ってきた。
『リーフお姉さんも大丈夫みたいです』
「そっか、最近働き詰めなに、無理させてごめんね」
『いいですよ。わたしもリーフお姉さんも平気ですから』
「二人ともありがとう……所で二人は今どこにいるの?」
『依頼を終えてついさっき町に戻ってきた所です』
「じゃあこれからギルドにボクもいくから、カウンターで待ち合わせでいいかな?そこで事情も説明するから」
『それで大丈夫ですよ。それでは、また後で』
「あぁ、また後で」
ノクトとのコールを切ったスレイはビビアンにギルドに向かうことを告げ、店のお代を払ってギルドへと戻ったのだった。
⚔⚔⚔
店とギルドが近かったため先についたスレイは、ノクトとリーフが来るまで待っている。しかし、ノクトが言っていたよりも遅いのでもしかしたら二人に何かあったのかもしれない。
そう思うと無性に心配になってきたスレイは後五分で二人が来なければ探しに行こうと考えていると、後ろから聞き覚えのある声がスレイの名前を呼んだ。
「スレイ殿、お待たせしてして申し訳ありません」
名前を呼ばれて振り返ったスレイは、こちらに駆け寄ってくるリーフとノクトの姿を見てホッと胸を撫で下ろした。
「良かった。二人に何かあったんじゃないかって心配だったけど何も無かったみたいで安心したよ」
「心配してくれてありがとうございますお兄さん、でもただ人が多くてギルドまで来るのに時間が掛かっただけですから」
「それなら良かった……さて、早速だけど仕事の話をしようか」
スレイが話を切り出すと、ノクトとリーフが椅子に座りスレイの話を聞き始めた。
内容は先程、ビビアンの話を大まかに纏め上げた物で、少しだけざっくりとした説明になってしまったが、大事なところだけはしっかりと話した。
主にビビアンに送られてきたとサールファス家の手紙の内容だったが、スレイが今持ち得る情報を二人にも説明し終えるとリーフがなにかを考え込む仕草をした。
「どうかしたんですかリーフお姉さん?」
「どうしたもこうしたも、かなり怪しい話しですよこれは」
眉を潜めながら話を聞きながら考え込んでいたリーフがおもむろに口を開いた。
「貴族が市井に愛人を作るのは珍しいことではありませんが、今回のように合意の上で支援を断っている以上、手切れ金など支払う必要はありません」
そんなリーフの指摘通りスレイとここにはいないが、あの手紙を読んだユフィも同じことを思っていたが、他にもいくつか
第一にどうして今になってビビアンを引き取ろうとしてきたのか?
一度は引き取りを拒否したにも関わらず、夫が死んでから急に引き取ると言い出した理由が分からない。
そして次にビビアンを引き取る理由については置いておくとして、それと同時に金銭を要求してきたことだ。
これが故人であるアーガストが支払ってきた養育費などの金銭的支援の返金なら分からなくもないが、そんな事実は無いことは確認済みだ。
先程リーフも語った通り、そもそもビビアンとサールファス家との繋がり存在していないせい。ならば金銭を要求する理由はなんなのか、結局疑問はそこに行き着くのだ。
この件には何か裏があるのは明白だ。
その謎を調べるためにも、サールファス家の領地に行って調べたほうが良いのだがスレイたちはその場所を知らないうえに、今さら調べたところで期限の日にちには間に合わない。
「まぁ、頼まれたのは依頼中の護衛だ。まずは目の前のことをやり遂げてから、やれることをやろう」
打つ手なし、そう思っていた二人だったがスレイのことばを聞いて優しく微笑む。
「そうですよね。お兄さんならそういうと思いました」
「えぇ、そうしましょうスレイ殿」
「それじゃあ、久方ぶりの依頼を受けに行きますかね」
こうしてスレイたちはジャイアント・コングの討伐依頼、及びビビアンの父マルコの護衛依頼を受けることになったのだ。
⚔⚔⚔
依頼の受付を終え明日の集合場所等を確認したスレイたちは、明日にために必要になるポーション等を買いそろえると日は落ちて夜になっていた。
買い物を終えてスレイたちが宿へと帰ると、真新しいガントレットを装備したライアと、飲み物の入ったグラスを前にテーブルの上に頭を突っ伏しているユフィの姿だった。
「ただいま、何があったの?」
帰っていきなりのこの状況に驚いてしまったスレイたちは、ひっそりと近づいて声をかけた。すると三人が帰ってきたことに気づいたライアが嬉しそうに近寄ってくる。
「……スレイ、見てみて私の武器!」
「あぁ、いいガントレットだけど、他の武器は買わなかったの?確かお金は十分な額を渡してたと思うけど」
ユフィとライアが武器屋に行く前にスレイがユフィに渡した袋の中には、金貨が十枚ほど入っていた。
元々は、旅の資金とは別に遊んでも良い様の、言わばお小遣いの様なものなのだ。あれだけ渡しておけばそれなりの剣や盾、鎧等も買えると思っていた。
それなのに見たところそんな物はどこにもないので、どういう理由でかは分からないがテーブルに突っ伏しているユフィに確認すると、重たそうに頭を上げたユフィが説明してくれた。
「ライアちゃんが、武器を持った事ないって言うから初心者でも扱いやすい武器を見繕ってもらったんだけど、全滅したの」
「全滅って、魔物とでも戦ったの?」
「剣を振ればどっかに投げちゃうし、槍は長すぎるし、弓を使えばなぜか後ろに飛んでくしで、結局ガントレットで落ち着いたの」
説明を終えるとユフィは再び力なくテーブルに突っ伏してしまった。
「説明ありがとうございますユフィお姉さん」
「所でなぜそんなにも疲れているのですか?」
「さっきまでそのガントレットを魔道具に作り直してたんですよ、一人で」
ユフィのジと目がスレイに突き刺さった。
あの目の理由はつまり、何で早く帰ってきてくれなかったの?、そんな感じの意味なんだろうなっとそう感じ取ったスレイは、申し訳無さそうに頭を下げた。
「ごめんユフィ、今度お詫びに新しい服でも縫ってあげるから」
「とびっきり可愛いのね?」
「あぁ。わかったよ」
それでユフィの機嫌が直るなら安いものだとスレイが思っていると、何やら隣から熱い視線を感じた。
「お兄さん!わたしにもお洋服を縫ってください」
「ユフィ殿だけでは不公平です!」
「……ん。私も洋服欲しい」
「………わかった。仕事が終わったら縫ってあげるからそれまでは我慢してね」
これはまた当分は徹夜をしなければならないな、そう思ったスレイは明日の依頼のために早く休む事を提案したのだった。




