北へ
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クロガネ改めてユキヤと記憶の使徒との戦いから数日が経った。
戦いのおりに負った怪我の治療のため長期の滞在を余儀なくされたが、その間使徒に襲われることはなかった。
戦いの傷が癒えた頃、スレイは宿の庭先で癒えた身体の調子を確かめるべくユフィに組手を頼んだ。
「スレイくん、準備が出来たらいつでも言ってね~」
「そんじゃもう少し待ってよ。身体が結構鈍っててさ、念入りにほぐさせて」
入念にストレッチをしていたスレイは最後に自分の左腕を動かして調子を見る。
使徒に切り落とされ一度は失ったこの左腕は、ヴァルミリアより授かった竜の因子により再生された。
この数日はクレイアルラの指示の元、再生された左腕のリハビリに努めていたおかげで、前まで合った腕の痺れもなくなり感覚も戻ってきている。
「よっと───うん。これくらいでいいかな」
準備運動を終えたスレイは最後に上着を脱ぎ去った。
顕になったシャツから伸びる左腕には幾何学な模様が入れられていた。それを見たユフィの顔がなんだか複雑そうな表情だった。
「なにその顔?」
「いやぁ~、スレイくんの腕のそれがタトゥーじゃなって分かってるんだけど、変な気持ちだな~って」
誤解にないように言っておくが、スレイの腕に描かれているのもは特殊な魔法薬によって描かれたただのペイントで、決してタトゥーではない。
付け加えて言っておくなら、スレイにタトゥーを入れるような度胸もなければ一生消えないような絵を身体にいれる趣味もない。
ちなみに腕に描かれているこのペイントは、一週間ほどで効力を失い自然に消えるため暫くの間は、消える度に入れ直すことになっている。
「まぁ、先生からだいたいは一ヶ月くらいで完全に身体に馴染むって言ってたからさ、すぐ消えるって」
「そうだけどぉ~、なんだか見慣れないからイヤだなぁ~って思ったから」
「なんだよそれ?」
スレイは小さく苦笑してから大きく息を吐くと、ユフィもそれを見て呼吸を整える。
「もう準備オッケー?」
「あぁ。頼むよユフィ」
「りょ~かぁ~い」
拳を構えた二人はゆっくりとお互いの距離を詰め始める。
二人が組み手をするときは特に取り決めをしているわけではないが、組み手を始める前に二人が無言で構えたことが開始の合図だ。
「それじゃあ、行くよスレイくん!」
「こいよユフィ!」
始めに動いたのはユフィだった。
声をあげながら正面から突っ込んでいくユフィは、自分の拳の間合いに入ったと同時に顎を狙って掌底を放つと、スレイは身体を後ろに傾けてかわし地面に手をつく体制で身体を持ち上げ蹴りを見舞う。
「ハッ!」
「ッ!──シッ!」
それをユフィが受け止め押し返すと、起き上がったスレイに蹴りを返す。
それを払い除けたスレイは身体を捻りながら拳を突き付ける。しかしユフィは拳が当たるよりも速くステップでかわし真横に入る。
「ハァッ!」
拳を突き出したことにがら空きになった胴に膝蹴りを入れるが、とっさにスレイが突きだした手とは逆の手でユフィの膝を受け止めると、そのままユフィを押し返した。
「危な……いなッ!」
押し返されたユフィは地面に足をつけると同時に、少し後ろに下がりながら体制を立て直そうとするがそれをさせまいとスレイが一気に距離を詰める。
拳と蹴りを交互に繰り出すスレイの攻撃をユフィは、いなし、さばき、そして受け止めた。
拳を突き付きだし体制で止まったスレイと、拳を受け止めた体制で動きを止めたユフィは暫しの間、その体制を取り付け同時に構えを解いた。
「ふぅ……うん、左手は問題なさそうだな」
「そうみたいだね。動きはいいけど、あと問題があるとするとその左目かな?」
ユフィがスレイの左側に移動すると、左目を覆うように巻かれている包帯を覗きこんだ。
実はヴァルミリアから受け継いだ魔眼。
それは人の魂を見る"魂視の魔眼"と言うそうだ。初めてヴァルミリアと出会ったときにスレイが転生者だとバレたのも、この魔眼によって見えた魂がこの世界の人間と違ったからだそうだ。
話はそれたが、受け継いだ魔眼がスレイの身体に馴染んだせいか、始めはぼんやりとしか見えなかった魂の色がだんだんとハッキリとわかるようになった。しかし魔眼が馴染むに連れて問題が起こった。
それは、左右の目で映る視界の違いだ。
右目は今まで通りなのに対し、左目に映るのは人や物の輪郭に様々な色が映り込んでいる。
左右で見える世界の違いからからか段々と平衡感覚が狂い出したスレイは、今では目を包帯で覆わなければならない始末だった。
「ヴァルミリアさまには魔眼について何か聞かされてないの?例えば、魔眼の制御方法とか」
「聞いたさ、でも人間と竜じゃ魔眼の使い方も違うらしくて、教えてもらったやり方じゃまったく制御出来なかったんだよ」
っというよりも、例え方が独特すぎて意味が分からなかったのだ。
「まぁ幸いなことに目を閉じるか、こうして包帯を巻いておけば魂は見えないから今は平気……って言いたいけど、マジ辛い」
スレイがドンよりとした表情でユフィを見ながらそんな話をしていると、ユフィがスレイの死んだような表情を見ながら、これはそうとう来てるんだな~、っと思いながらもユフィが話を帰るように咳払いをした。
「それじゃあ、やっぱり魔眼についてよく知ってる人に聞いた方が良いのかもしれないね」
「魔眼について詳しい相手って、アカネくらいしから魔眼を持っている人を知らないんだけど」
「そのアカネも合えないし、ユキヤくんとも連絡はとれないんだよね?」
「あぁ、あいつはあいつでなにかやるべきことがあるって言ってたし、ボクらもやらなきゃいけないことがあるんだ。こんなところで立ち止まっている場合じゃない」
「うん。そうだよね」
スレイとユフィがお互いの顔を見合いながらうなずきあっていると、背後から誰かが近寄ってくる気配を感じ振り向くと、そこには白衣姿のクレイアルラが立っていた。
「スレイ、ユフィとの組み手が終わったのなら検診をしますので宿になかに入ってください」
「検診って、もう大丈夫ですよ?ユフィとの組み手も問題なくできましたし」
「判断するのは私です。指示に従えないのなら旅にでる許しは出せませんよ」
「さぁスレイくん、先生の診察受けに行こうね~」
「押さなくても一人で歩ける」
旅に出れないと聞くと同時にスレイの背後に回ったユフィが、スレイの背中を押しながら歩いていき、その扱いにたいしてスレイがユフィに対して文句を言っていた。
⚔⚔⚔
左腕の診察を受けていたスレイは、クレイアルラの指示に従いながら腕を動かしたり、組み手の最中に違和感を感じたか等の問診を受けていた。
一通りの検査を受け終わると次は竜人化についての問診が始まった。
「それではスレイ、竜翼と尻尾を出してみてください」
「わかりました」
クレイアルラに言われた通りに背中に翼と腰の辺りからは尻尾を出現させる。
ちなみにこの翼も尻尾も出るときには服が破れる………何てこともなく、どういう原理なのかはわからないが服を通過して出ている。
これについてはヴァルミリア曰く、翼も尻尾も魔力のような物で形作られた疑似器官であるため、実際は生えているわけではないらしい。
ちなみに痛覚に関しても疑似器官によって感じているらしく、触られたり傷ついたときにはしっかりと感じることができるとのことだ。
まったくいい迷惑だっと考えたとき、スレイはなにか嫌な予感がしてに垂らしていた尻尾を持ち上げる。
すると勢いよくなにかが通過したと同時にドスン!ッと言う大きい音が聞こえる。
スレイとクレイアルラが音のした方を見ると、壁に頭を打ち付けたらしい幼竜の姿を見つけた。
「大丈夫か?」
「うぅ~、避けられた」
「そりゃ、尻尾と角を出す度に噛みつかれてたらイヤでも避けるっての」
いったいどこからやって来るのかはわからないが、診療前にヴァルミリアに捕まえているように頼んだが結局は無駄だったらしい。
「全く、その癖速く直しなよ」
頭を押さえている幼竜を抱き上げ膝の上に乗せたスレイは、強く打ち付けてコブの出来てる──いったいどんな威力で壁にぶつかったのやら?──幼竜の頭を撫でながら優しくヒールをかける。
「ほら、コブ治ったからお母さんのところお帰り」
「やだー」
「視てても面白いもんじゃないんだけど……まぁいいか、先生お願いします」
「はい。……こうして見ていると、その子はあなたの子供のようですね」
「いませんし、出来るようなこともやってません」
大真面目にそう答えると、クレイアルラが意外そうな顔をしてから少しだけ表情を崩し、スレイの羽などを確認する。
それが終わると翼と尻尾を消したあとの状態を確認したいと言われ、スレイは竜人化を解いて人間の姿に戻った。
「ふむ、特に竜の侵食もありませんね。経過は順調そうですし診察の必要もありません」
「ありがとうございます」
「ただし、長時間の竜人化はまだやめてやらないように、どんな副作用があるかわりませんからね」
「わかりました」
診察を終えて服を着直していると、今回の診察の結果を纏めていたクレイアルラがふとあることを問いかける。
「ところでスレイ、あなたその翼で飛ぼうとは思わないのですか?」
「あぁ、一回だけ試しましたけど、浮かないし飛べないし無理したら地面に落ちました」
大真面目な顔でそう言うと、クレイアルラが額に手を当てて首を横に降った。
「全く。無茶はしないでください」
「はぁ~い。あっ、そうだ先生。一つ聞きたいんですけど良いですか?」
「えぇ、分かることでしたら答えましょう」
「竜人族がどこに暮らしているか知ってたりしませんか?」
なぜそんなことをとはクレイアルラは尋ねず、顎に手を当てながら記憶を思い返すように考え込む。
「噂程度であれば知っていますが、詳しい場所までは」
「そうですか……残念」
「何かあったのですか」
「いえ、最近になってわかったんですけど闘気や魔力とは別の力があるみたいなんですよ」
この数日、強制的に運動を禁止されたスレイは、動けないかわりに魔力と闘気の強化をしていた。
その時に自分の身体の中に魔力でも闘気でもない、全く別の力が眠っていることに気がついたのだ。
「ふむ………闘気でも魔力でもない力ですか」
「なにか心当たりとかありませんかね」
「前に聞いた話では竜人には竜力と呼ばれる力があるそうです。スレイの言う力とは、もしかしたらそれかもしれませんね」
スレイは自分の身体の中に流れる魔力と闘気、そしてクレイアルラから教えられた竜力の流れを感じながら、本当に普通の人間とは別のものになってしまったんだなと改めて理解させられた。
「それで、竜人族の居場所についてなんですが」
「あぁ、噂程度ですが、北大陸のどこか竜人の隠れ里と呼ばれる場所が合るという話です。それがどこにあるのかまでは知りません」
「そうなんですか……困ったな」
「いえ、そうとも言えませんよ」
クレイアルラは空間収納から北大陸の地図を取り出すと、地図上の一ヶ所を指差した。
「このヴェーチェアという国は大陸でも珍しい奴隷斡旋国で、首都には大きなカジノがあることで有名ですね」
「えっ!?国で奴隷を推奨しているんですか?」
一応この世界全体で奴隷が違法と言うわけではない。だが多くの国では犯罪者奴隷以外で奴隷の取り引は禁止されている。だがどこにでも奴隷を欲しがる人間はどこにでもいる。
闇の商人は違法で奴隷狩りを行っている物もおり、国の軍隊や騎士団によって奴隷狩りを取り締まっているそうだが、数が多いせいでたまにではあるがスレイも冒険者ギルドで奴隷狩りの取り締まりの依頼を見たことがあった。
「奴隷とは言ってもあなたが想像しているような物ではありません」
「えっ、違うんですか?」
「正確に言うならワーカーと呼ばれる職業奴隷たちです」
職業奴隷とは一体どういうことか、そうクレイアルラに問いかける。
「形式上は奴隷ですが普通の奴隷とは意味が違います。まず、ワーカーは奴隷のように人権を奪われるものではなく、人権や衣食住の保証も行い、一種の雇用する形態を取っています」
「えっと、つまり大きな商会みたいなものってことですか?」
「えぇ。そのような認識で構いません。ワーカーはワーカーギルドに登録され、そこでそのワーカーに合う技術を教え込まれます」
そう聞いたスレイは、なんだか職業訓練所みたいなところだなっと思った。
「ギルドでは一人のワーカーに対してかかった金額や、技術に応じて値段が付けられ、それを払い終わるまでは開放されません」
「あの思ったんですけど技術だけ得てワーカーがバックレることもあるんじゃないですか?」
「ワーカーにはギアスがかけられ、借金を返すまでの間特殊な事情を除いて国からでることができません」
「かなりギリギリな感じはしますが、結構徹底してるんですね」
よく聞いてみると逃亡禁止のためにギアスはかけられるものの、ワーカーの自由も確保されているため本当に普通の奴隷とは違うようだ。
「もしかしたらそのワーカーの中に竜人族がいるかもしれませんし、魔眼保有者もいるかもしれません。当たって見る価値はあるかもしれません」
クレイアルラにそう言われたスレイは、密かに次はその国に行こう、そう決めたのだった。
その日の夜、スレイがユフィたちに次の行き先についての相談をしたところ、スレイの身体のこともあり早々に解決しなければならない問題だったため、全員がヴェーチェア行きを決まった。
そのことを話したところ、過去にその国に行ったことのあるクレイアルラがゲートを開いてくれることになった。
⚔⚔⚔
出発の日、宿の外に集まったスレイたちは新しく作られた衣装に身を包み見送りに来ていたフリードたちの方へと向き直った。
「それじゃあ、行ってくるね」
「おう、当分はこっちにいるからいつでも帰っていよ」
「スレイちゃん、死んじゃダメ、ユフィちゃんたちを泣かせない、お母さんとの約束しっかり守るのよ?」
「分かってる。ってか父さん、近い内にどのみち帰ってくることになるんだから」
フリードとジュリアにそんな話をするスレイ。
実は二ヶ月後にクレイアルラからある仕事の手伝いを依頼されており、そのために一度ここに戻ってこなければならないのだが、依頼の内容というのがかなり長期的なもので、短くて四ヶ月、長くなって半年はその場所に止まらなければならなくなった。
その間アストライアが使徒に見つかる可能性が出てくるのだが、それについては以前から検討していた方法によって解決した。
前回の記憶の使徒との戦いで取り戻した力の大半を使い、自身の魂を結晶体込めることにより気配を断つことに成功したのだ
そして、肝心の依頼の方だが、どうもクレイアルラの依頼主の要望で内密にされているせいで、スレイたちはその内容を把握していない。
二人と話終えると同時に、スレイの元にリーシャと幼竜が抱きついてきた。
「うおっと」
二人に抱きつかれたスレイはバランスを崩して地面に倒れそうになった。
「大丈夫ですかお兄さん!?」
「あぁ、うん。平気だよ」
「手を貸しましょうか?」
「いいよ。ありがとう」
スレイはしばらくそのままの体制で二人の頭を撫でていると、時間も押しているので離れたくないと泣きじゃくるリーシャと幼竜をミーニャとヴァルミリアを引き離してもらう。
泣きじゃくる妹二人の頭をもう一度だけ撫でたスレイは、出発しようとしたその時ヴァルミリアがスレイの方へと歩み寄った。
「スレイ、これを持っていってください」
「なんですこれ?」
スレイはヴァルミリアから渡されたのは一本の剣だった。
受け取った瞬間にスレイにはわかった、これは竜の、それもヴァルミリアの牙から作られた物だと
「過去に私の牙から作られた剣です。その黒い剣と同様にミスリルと共に打たれた物です」
「いや、受け取れませんよ」
「受け取ってください。私には不要なものですから」
固くなまでに返すのを拒まれたため、スレイは受け取った剣をもらうことにした。それを視ていたユフィたちからはうらやましいと言われたが、なんとも言えない。
「ゲートを開きたいのですが良いでしょうか?」
「はぁ~い、お願いしま~す」
ユフィが声をかけるとクレイアルラがゲートを開き、クレイアルラにお礼を言いながらゲートを潜った。
次回から少し日常?の話しになりますが、これからも本作品をよろしくお願いします。