それぞれの修行 スレイ編 ②
更新が早いと思われるかもしれませんが、書き溜めをしている訳ではありません。筆が乗っただけです。と言うわけで、読んでいただく皆様には楽しんでいただきたいです。
死霊山に修行にきてもう何日だったか。
多分一ヶ月くらいだと思うけど、毎日毎日朝から晩まで魔物と戦い続けているせいでだと思うんだけどね。
ちゃんと休みの日もあるけど、ここじゃ気の休まるところなんて何処にもないから本当の意味で休めているかどうかは別なんだけどね。
まぁそんな回想はここで終わりにしよう。とゆうかこんなことしてる場合じゃない。
え?それはどうしてなのかって?決まってるよ。
──だってさ、今まさに魔物の群れに追われてるからです。
⚔☆⚔
毎日毎日いろいろな魔物とおいかけっこをしているスレイの今日の相手はなんとゴブリンの大群だ。
それもただのゴブリンではない。
魔力を大量に取り込んだせいで通常よりも大きく、人間の成人男性並みに大きいだけでなく多少なりとも知性を身に付けているせいか、ゴブリンたちが手に持ってるのは木の棍棒ではなく石造りの斧だ。
あれはゴブリン達が自分で作った物だろう。
たまに鉄製の剣を持ってるのはここに一世一代の博打に来た冒険者から奪ったものだと思われる。そこら辺はこの場所だけではなく普通の場所でも変わらない、変わらないのだがこのゴブリンたちが持ってるのはそれだけではなかった。
「なっ、なんでゴブリンがボウガン持ってんだッ!ちくしょおぉおおおぉおおおっ!?」
背後から追ってくるゴブリンは、次々とボウガンから矢を放ってくる。魔力で作り出した盾で背後から射たれる矢を防ぎながら走り続ける。
別に一匹ずつ相手をしてもいいのだが、ここでそれをしたら即座に他のゴブリンに組伏せられて死ぬ。
後ろを見ながら走っていると、前からバキバキッと木々がへし折れ倒れる音と衝撃が伝わってくる。なにかが近づいてくることに気づきながら、そちらに視線を向けたスレイの顔がこわばった。
「うっ、うわァァァァッ!?」
目の前に現れたのは巨大な蛇だった。
大人一人が余裕で入るほど大きな顎を開けているのはマッドサーペントだ。
「いや、デカすぎるだろッ!」
故郷の近くにでもいるマッド・サーペント、しかしこの大きさは異常だとスレイは思った。以前ルクレイツアが近くにいたからと狩ってきた事があった。
その時にみたマッド・サーペントの胴体は約五メートル、胴回りの直径はちょうど今のスレイ肩幅よりも少し大きいくらいだった。
それがなんだ?眼の前にいるマッド・サーペントの胴体周りはスレイの身長の二倍、ここまで大きいのは異常だ。変異種か亜種に違いないとそうだと結論付けたスレイだが、こんなときに呑気に考察している暇はない。
「ま、まずい!?」
このまま食われると思いながらも冷静にこの状況を利用することにした。
足を止め後ろにゴブリンの軍勢をマッド・サーペントに食われるギリギリまで引き付ける。
──よしッ!今だッ!!
魔力による身体強化プラス闘気による身体強化で足を大幅に強化し真上に飛び上がる。
空中で身を翻したスレイが見たものは、地面を抉ると共に蛇の巨大な鰓が後ろにいたゴブリンたちを飲み込んで行く姿だった。
大半のゴブリンが蛇の口に飲まれていったがまだ残っている。
「だいぶん減ったけど、残りは地道に片付けるしかないか」
剣を掲げて立ち止まったスレイは、短剣を握った手を前に掲げて魔法の名前を口ずさむ。
「───ストーン・バレット!」
土の魔力で作り出した石の礫に風の魔力で回転を加えて打ち出す。本来はただ作り出した石の礫を打ち出すだけの物だったが、スレイとユフィが改良し今の形となった。
ドドドドドドドドッと軽快な音をたてながらゴブリンを穿っていった。だがマッドサーペントだけは違った。
打ち出される石の礫は蛇の鱗に止められて効果が薄い。
「しぶといなぁ!!」
『シャァァァァッ!』
地面に降りたスレイは、腰に下げていた剣を引き抜くと蛇と対峙するべく走り出す。
自分に向かってくるとわかった蛇は、再び大きな口を開けてスレイを飲み込もうとする。
今度は逃げるのではなく横に飛んだスレイは、逆手に持ち変えた剣に闘気で強化した刃を蛇の脇に突き刺した。ブシュッと血が吹き出し、スレイの顔に血がかかる。
「うっ、おぉおおお――――――――――――ッ!!」
突き刺した剣に力を込めながら駆け抜けると、マッド・サーペントが痛みから暴れ始める。蛇の身体に切込みを入れながら駆け抜けたスレイは剣を抜いた。
痛みに暴れるマッド・サーペントの身体がスレイを弾き飛ばそうとしたが、その巨体がスレイを弾き飛ばそうと寸のところで上空へと飛び上がった。
剣を両手で握り直したスレイは、この巨体を一刀で切り倒すために闘気で刃を延長した。
「ハァアアアアァァァァァ―――――――――ッ!!」
掛け声とともに上空からの落下の勢いを利用し巨大な蛇の胴体を切り落とした。
闘気で延長された剣の刃が蛇の身体を両断すると、流れ出る血が地面を真っ赤に染める。闘気で延長していた刃が消えた剣を地面に突き立てたスレイは、突き立てた剣に寄りかかりながら片膝を付いた。
「はぁ……はぁ……はぁッ」
荒い呼吸を繰り返してからそこにスレイは両断したマッド・サーペントの身体から流れ出した血が膝を濡らす。
無茶をしすぎたと思いながらも速くここから移動しなければならない。
立ち上がったスレイは唐突にグゥ~っと腹が鳴った。
顔を上げたスレイは太陽はちょうど真上に来ているのを確認した。
「そういえば朝からなにも食べてないし、もう昼か……腹、減ったな」
そういえば地球にいた頃に見たテレビで蛇がおいしいという話を聞いたのを思い出したスレイは、今倒したばかりの蛇を見ながらそんなことを思うのだった。
⚔⚔⚔
いくら死霊山と呼ばれる場所でも川はある。
「あっちぃ~。入れないのわかってるけど、水ん中入りてぇ~」
スレイは今そこの一角で血に汚れた服を洗っていた。
普段は水魔法で簡単に洗っているのだが、昼食が出来るまでの間に時間があったので手洗いで洗っていた。
「血で汚れても、色が黒いと目立たないからいいよな」
これが真っ白だったら、今頃酷いことになっているだろうと心のなかで笑いながら洗濯を終えた服を絞って水気を落とし広げてみる。
「よっし、きれいになった。さぁ~ってこっちは焼けたかな?」
洗った服は戻ってから干すことにして空間収納に仕舞ったスレイは、焚き火の方に向き直った。
焚き火の側で土魔法で作り上げた串に刺さった蛇肉がちょうどいい塩梅で焼き上がっていた。これを見ているとなんだか鰻の蒲焼きに見えてきた。
「あぁ~、蒲焼食いてぇ~」
この世界に転生してから十年と少し、いくら身体は違っても心は元日本人のスレイにとっては、もはや米と醤油はソールフードなのだ。
身体が、心が欲して病まないのだ。
「米って、色んなところで栽培されてたし探せばあるはずなのに、見つからないんだよな~」
醤油や味噌はここらで手に入れることは諦めていたが、米くらいはないものかとずっと探していたが見つからなかったのでスレイは半ば諦めていた。
焦げかけていたヘビ肉を焚き火から遠ざけて、持ってきていた塩をひとつまみパラパラとふりかけてからもう一度軽く温める。
「うん、いい匂い」
これは美味しそうだとニッコリと微笑んだスレイは、一瞬にして表情を変えると顔を上げて背後を見る。
「おぉ、おぉ。いるいる。匂いに釣られてやって来た魔物がわんさか集まってやがるな」
現在スレイは自分のいる場所から半径五メートルほどにシールドを張っている。
シールドに阻まれて魔物たちはこちらに来れないが、その目は血走って今にも襲いかかってきそうだった。
ついでなので集まってきている魔物の一部を紹介すると、まずはキラーアントが数匹と、虎とライオンを合わせたような魔物が一匹、土魔法を操る大鷲が数匹、ダークホーンと呼ばれるサイに似た魔物が一匹、そして無数のゴブリンやらオークやらの亜種が数十匹、それにその他大勢。
予想以上の魔物の登場にさすがのスレイも表情が引きつった。
「うん、集まりすぎだろ?」
焼き上がったヘビ肉に齧り付いたスレイは、独特の風味に顔をしかめる。
「うぅ~ん、前にヘビ肉っておいしいって聞いたけど、なんか微妙だな」
肉は鶏肉のような食感なのだが、味がとてつもなく微妙だった。
端的に言ってしまえば味に抜けたガムか、お湯で溶いて丸めた小麦粉の塊をそのまま食べているような、そんな味だった。
やはり地球と異世界とでは違うのか、なんて思いながら焼いていたヘビ肉をすべて平らげたスレイは、口直しに空間収納の中に入れておいた果物を齧った。
「ムグムグ、さてさてどうするか」
囲んでいる魔物を倒さない限り上へは戻れない、かと言ってこのまま戦っても時間がかかりすぎる。かと言って魔法で殲滅しようにも以前使ったあの魔法はルクレイツアから禁止された。
要は地形を変えるような強力な魔法は修行の邪魔でしかならないからだそうだ。
楽をしていては強くなれないというルクレイツアの言葉の意味を理解しているスレイは、食べ終わった果物の芯を炎で燃やして川へと投げ捨てると、腰の鞘に収まった剣を抜く。
「仕方ない、やるか」
剣と短剣を抜き放ち闘気と魔力で身体を強化したスレイは、覚悟を決めてシールドを解除する。邪魔なシールドがなくなったことで魔物たちは、一斉にスレイのところへと押し寄せて来るのだった。
⚔⚔⚔
三時間後、集まっていた魔物を殲滅したスレイは膝に手をついて荒い呼吸を何度も繰り返す。
「ゼェ……ゼェ………ゼェ、今回は、マジで……死にかけた」
あたりはまさに血の海。普段ならむせ返るような血の匂いも今のスレイには感じることが出来ない。
せっかく着替えたというのに血だらけになってしまったスレイは、今この身体を濡らしているのが自分の血なのか、あるいは魔物の返り血なのかもわからない。
こんな場所に長居していてまた魔物に襲われてしまう。速く移動しようとしたスレイだったが、一瞬意識が遠くへと飛び駆ける。
「グッ………こんな、ときに」
ふらっと倒れて血溜まりの中に倒れたスレイは、今のが魔力不足による目眩であることを察した。
血で濡れた手で懐を探ったスレイは液体の満たされたポーションの瓶を二つ取り出す。
取り出した瓶の内、一つは怪我や疲労を治す回復ポーション、そしてもう一つのポーションはなくて魔力を回復させるものだ。これを飲めば多少はこの目眩も収まるはずだ。
瓶の蓋を開けて一息で二種類のポーションを飲んだスレイは、多少の気持ち悪さを感じながらも目眩が収まる。
「これで少しは動けるな」
立ち上がったスレイは速くこの場を移動しなければと思ったその時、警戒ように張り巡らせていた探知魔法になにかが引っかかった。
探知魔法とはその名の通り一定に距離を警戒するための魔法だ。
「クソッ、もう来やがったのかッ」
悪態をつきながらも地面に落ちていた剣を手にとって立ち上がったスレイは、現れた魔物を見て奥歯を強く噛みしめる。
「ブラッディーベアー……こんなのもいるのか」
現れた魔物は血に濡れたように真っ赤な毛並みを持った熊だった。
ゴブリン等と同じで多くの国や地域で同じ個体が存在する魔物であり、この山にもいるとは聞いていたがこうして対面するのは初めてだった。
しかし、全身に降りかかる殺気にスレイは身を震わせる。
『グルルルルッ』
スレイに標的を定めたブラッディーベアーは、低いうねり声を上げるとともに凄まじい殺気を放ってくる。
これは死んだかもしれない、と思ったスレイは顔をひきつらせる。
「あはははッ。今晩の夕食用に確保しておいた鶏肉、献上すれば見逃してくれるかな?」
そんな馬鹿なことを考えながら空間収納を開こうとしたが、それよりも速くブラッディーベアーが叫び声を上げた。
『ガァァァァァァァァァァァッ!!』
早々にスレイは察した。
「あっ、これ無理だ。こいつボクを殺して喰う気だ」
叫びながら汚ならしく涎を振り撒きながらブラッディーベアーが向かってくる。
やるしかないと剣を構えたスレイだったが、いくら身体強化をしたところで自分の何倍もあるブラッディーベアー相手に真っ向からやり合うことは出来ない。
「クソッ!」
向かってきたブラッディーベアーが直前で立ち上がると、鋭い爪でスレイを切り裂こうとして振り下ろす。
振り下ろされる爪を後ろに飛んでかわしたが、地面を打ち付けた爪が岩を砕いてその破片がスレイを襲った。
「───ッ!?」
手を交差させて襲い来る石の礫から顔を守ったスレイは、川の浅瀬にまで下がる。ビシャっと川に足をつけたスレイは、これ以上はまずいと焦る。
死霊山の川の中には蛭の魔物や鋭い牙を持った魚がわんさかいる。これ以上後ろに行けないと思っていると、ブラッディーベアー叫び声を上げて襲いかかる。
『グルルォオオオオオオ―――――ッ!』
「クッ!?」
右腕、左腕、準備振り下ろされる爪を下がりながらかわしたスレイは、最後に両手を振り下ろし四つん這いになったところで上へと飛び、熊の頭を踏み台にして大きく後退した。
「こっちだ、ついてこいッ!」
川から離れて血溜まりのないまとも場所へと向かった。
走るスレイを追ってくるブラッディーベアーの速度は凄まじく、少しでも気を抜けば追いつかれそうだ。しかしそれほど遠くまで行くつもりのないスレイは、先ほどの場所から少し離れたところで迎え撃つことにした。
地面を蹴ると同時に足元に風の弾丸をぶつけて砂塵を巻き上げたスレイは、それによってブラッディーベアーの動きを止めた。
砂塵が収まり晴れたときスレイとブラッディーベアーは対峙した。
「ここでお前を倒す」
『グルルォオオオオォオオォォオオオッ!』
四脚で地面を蹴り走り出したブラッディーベアーがスレイの側にまで近づくと、その太い前足を振り上げてスレイを斬り裂こうと振り下ろす。
「シッ!」
だがそれよりも速く剣を振り抜いたスレイは、ブラッディーベアーの前足首を切り落した。
『ォオォォオオオォォォオオオオォォオオォォッ!?』
腕を切られたことで叫び声を上げるブラッディーベアー、すかさずスレイは飛び上がると残ったもう片方の前足を肩から斬り落とした。
『グルルォオオオォォオオオォォォ――――――ッ!?』
両方の前足を失ったブラッディーベアーは、両足でその身体を支えることができなくなり仰向けで倒れる。
巨体が倒れた衝撃で地面が震える。
スレイは倒れもがき苦しむブラッディーベアーに近づくと、その首を切って絶命させる。
「ハァ、ハァハァ………疲れた」
血が流れ続けている熊の亡骸を見ながらしばらくは豪勢な夕食になりそうだと思うのだった。
⚔⚔⚔
今夜の夕食は鶏肉と野菜──死霊山産の炒め物は美味しかった。だけど追加で作った熊肉の鍋は不味かった。
調味料さえあればもっとマシなのかもしれないが、ここにそんな大層な物は──有るにはあるが量が心もとないのでない。だからもう二度と熊は狩らんとスレイは心に決めました。