聖竜 ヴァルミリア
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暗い、暗い、どこを見回してもただただ暗いそんな場所にスレイはただ一人立っていた。
どうしてこんな場所にいるのか、なぜここにいるのかはわからない、暗くて寒くてとても寂しい、ここはそんな場所だった。
「なんだ……ここ」
しばらくその場合に立ちすくんでいたスレイは、立っているのもなんなので歩いてみようそう思ったとき、背後から何かが居る。
そう直感したスレイが振り向くと、そこには巨大な竜の頭が横たわっていた。
「───ッ!なっ」
竜の眼がスレイをジッと見つめているなか、スレイが竜の眼に映る自分の姿、その右目を見て驚愕した。
そこに写し出されていたのは、右目が竜の眼と顔の一部が竜の物へと変貌していた。
恐る恐るスレイは自分の手を見ると、それは人間の物ではなく紛れもなく竜の手だ。震える手で顔を覆いながら視線をあげると、そこには薄暗い笑みを浮かべてこちらを見てくるスレイの姿だった。
「ぅあぁぁああぁぁぁぁ――――――――ッ!?」
叫び声をあげると世界が崩壊し視界が転じた。
⚔⚔⚔
「───ッ!?」
声を上げて起き上がったスレイは激しい動悸に荒い呼吸を繰り返し、滴り落ちる汗を拭ったスレイはふと自分の両手で確認すると、そこにはいつもの見慣れた人間の手だったことに安堵の息をついていると隣から声がかけられた。
「すごい寝汗ですね。タオルと水です」
「あっ、ありがとうございます」
「いえ、あなたがこうなったのもこちらの不手際ですのでお礼は不要です。それにこちらは謝らなければいけません、あの娘ったら治療とはいえあんなことをいったい誰から」
「えっ、謝るっていったいなに、です………か」
ここに来てスレイはあることに気がついた。
聞き覚えのないこの声は、いったい誰のものなのだろうか?
そう思ったスレイは全身から冷や汗を流しながら、ゆっくりと相手を確認するために声がした方へ方へと視線を向けてみる。
視線の先には白に近い銀色の髪に真っ赤な目をした女性が椅子に座っていた。
「あなた、誰ですか?」
女性の顔を見てようやく思考がクリーンになったのと同時に、なぜベッドに寝かされていたのかその理由を思いだした。
目の前に居る女性の顔があの幼女の顔つきと似ているそれに気付いてゆっくりと視線を下げる。女性の膝の上で件の幼女が眠っているのを見て腰を浮かした驚いていると、女性が膝の上で眠っている幼女の頭を撫でながら話し出した。
「この子が迷惑をかけたようですみません」
「いや、あの……迷惑と言うわけではない……のかな?」
「そうですか……ところであなた面白い魂をしていますね」
「魂?何をいってるんですか?」
「この世界の人間とは異なる魂を持った人間、あなた異世界からの転生者ですか」
転生者、その言葉を聞いたスレイは片手で身体を持ち上げそのままベッドの上から飛び退くと空間収納に納めていた魔道銃 アルニラムを抜いた。
ガチャッと、重い金属音とともに抜き放たれた魔道銃がその照準を銀髪の女性に真っ直ぐと向けている。
──どうして、転生者ってことがバレた?魂?それが関係してるのか?
頭の中でいろいろな考えが廻っては消えていったが、これだけは考えを改めることなく思っていたのは、もしも何かおかしな動きをすれば確実に殺す。
そう思っていると表情は変わらないが女性が慌てたように思えた。
「違います、誤解しないでください」
「信じられません。女性に対してこんなことは言いたくはありませんが、妙なことをしようとは思わないでください。もしも怪しい動きをした瞬間にあなたを撃ちます」
もちろん本気で撃つつもりは全くない。
確かな確信はなかったが目の前に居る女性もその膝の上で眠る幼女も使徒ではない。
直感的な物でしかないことだが、どうもあの二人からは使徒から感じるような禍々しい気配は全く感じない。それどころかあの幼女の気配はあの聖竜の物と似ているような気がしている。
だが、そう感じてはいるが目の前に居るこに二人は確実に強い。
先ほどの言葉でも全く意に介さず、銃口を向けて威嚇しているつもなのだが、それも全く気にしていないどころか、いきなりこんな行動を取っているスレイに困惑している様子だった。
今のところはとくに怪しい動きはなさそうだ、そう思っているとスレイに真横に光の粒が集まり一人の女性の姿を形作った。
「アストライアさま、どうして出てきたんですか!」
もしもこの二人が使徒だった場合、狙われているアストライアが姿を表すのが愚の骨頂だ。スレイがアストライアを睨み付けてると、久しぶりに姿を表したアストライアはゆっくりと口を開いた。
『スレイ、彼女……いいえ、彼女たちは私たちの敵でも、ましてや使徒でもありません』
女神アストライアがそう言うのならと、スレイは魔道銃を下におろしたがそれでも一度感じてしまった不信感はなかなか拭えそうにはなかった。
「アストライアさま、彼女たちが敵ではないとしたらいったいなんですか?」
『竜です。それも彼女が真なる聖竜 ヴァルミリアです』
「はっ、いやあのヴァルミリアって、空に現れたあのでっかいドラゴンのことですよね。この人、どう見ても人間じゃないですか?」
『彼女たちは人化、つまりは身体を人間の物へと作り替える方法を使っているのです』
「そんなファンタジーな……いや、異世界なんだからどんなこともありなのか」
『そういうわけです』
「それじゃあ、あそこの子供は?」
スレイが聖竜 ヴァルミリアらしい女性の膝の上で眠っている幼女を見る。
「この子は私の娘です」
「名前はあるんですか?」
「竜に名を付ける習慣はありません。好きに呼んであげてください」
そう言われたが寝ているので呼ぶ必要もないので今は考えなくていいか、そう思っていたスレイはあることを思いだした。
「そう言えばヴァルミリアさまは、ボクの父の就任を祝福するためにここに来たのですよね?ならなぜあなたよりも先に、ご息女がここへやって来たのですか?」
「この子は見た目通り子供で、まだまだ好奇心を押さえられないらしいのです」
子供なら仕方がない、そう思ったがそれならばアレはいったいなんだったのか、それを確認しよいとしたとき、何かに気がついたのか聖竜 ヴァルミリアが部屋の扉を開ける。
「きゃっ」
「あっ」
「はわっ」
ヴァルミリア扉を開けると、リーフ、ユフィ、ノクトの順で倒れていき三人の鏡餅状態になっている。
「えっと、なにしてんの君たち?」
スレイが積み重なっている三人に声をかけると、ノクトから順に降りていき最後に立ち上がったリーフが服についた埃を落としてからスレイの方へと向かいなおると、いきなりリーフがスレイの両頬を挟み込んだ。
「えっ、ホントになにしてんの?」
「スレイ殿、お覚悟!」
「はっ──ムグッ!?」
そのまま自分の唇でスレイの口を塞いだ。
驚きのあまり眼を見開いているとリーフが離れた。
「なっ、リーフ、今の──」
「ノクト殿!」
「はい!リーフお姉さん!」
リーフと入れ替わるようにノクトがやって来て、スレイの首に手を絡めると自分の方に引き寄せ同じようにノクトの唇がスレイの口を塞いだ。しばらくして顔を離したノクトの顔は真っ赤になり少し名残惜しそうであった。
「次、ユフィお姉さんですよ」
「はいはぁ~い」
今度はニコニコと笑顔を浮かべたユフィがやって来た。さすがに前の二人のお陰でかなり頭が冷静になったスレイが待ったをかけた。
「ユフィなんなのこれ!」
「はい、スレイくん覚悟だよ」
「だからなにを──ムグッ!?」
最後はユフィからのキスだったが、リーフとノクトはただ触れるだけのキスだったがユフィは違った。
ユフィは自分の舌をスレイの口の中に入れて舌を絡ませる。
かなりディープなキスを繰り返したユフィは、十分に堪能出来たのかスレイの口から自分の口を離す。
もう何がなんなのかわからないスレイにユフィたちがムスッとした顔で覗き込んできた。
「私たちは怒ってるんだからね?」
「わたしたちとはキスだってしてくれ無かったのに、あんな小さい娘となんて不潔です」
「スレイ殿はもう少し私たちのことを気遣ってください!」
どうでもいいことではないが、確かに不意を突かれてあんな幼い女の子にキスされたことは認める。
だからと言ってこんな人前でやらなくても良いだろうに、そう思ってしまったスレイは、ふと扉の方から視線を感じそちらを見る。
扉の隙間から三つのこちらを覗いていた。
ジュリア、ミーニャ、リーシャの三人がこちらを覗き込んでいたが、まだはやいとミーニャがリーシャの目を塞がれて騒いでいた。
母親と妹から出歯亀を受けたスレイは、引きつった表情でツカツカと扉の方へと歩いていくと、半開きになった扉のノブを掴んで力一杯思いっきり扉を閉める。
ドンッと、音を立てて扉が閉まった。
「見世物じゃないってのッ!」
怒りながら扉を閉めたスレイは、締め切られた扉の奥から聞こえてくる母の声に脱力する。ユフィたちの誤解を特よりも先にヴァルミリアに訊ねてい話の続きを聞くこと期した。
「それで、話を聞きたいんですがその子のアレはなんだったんですか?」
「アレは治療ですよ」
「治療って、ボクはいたって健康ですし怪我もしてませんけど」
「それはまだ表面には現れていないからですよ」
ヴァルミリアはスレイの黒い剣を掲げて見せる。
「この剣に使われているのは竜の素材ですね?」
「そうらしいですね。真偽のほどは分からなかったですかあなたがそう言うのならそうなんですね」
「えぇ、それもかなり厄介な竜の爪ですね。あなた、黒い竜の幻影を見たことはありませんでしたか?」
黒い竜と聞いてスレイの頭の中に思い当たるのは、あの剣を抜いたときに見た留意がいなかったスレイは素直にその事を伝える。
「あります。この剣を抜いたときから何度か……それがいったいなんなんですか」
「やはりそうでしたか……これはかなり厄介ですね」
顎に手を当てながら何かを考え始めたヴァルミリア、そんな彼女の横顔を見ていると真横からユフィたちの視線がスレイに突き刺さった。
ジィ~ッ、まるでそんな効果音が聞こえてくるような気がするが今は無視だ。
なにげに扉が開けられたと同時に姿を消していたアストライアが、うっすらと身体を実体化させにやにやとしている。
それは夜なら確実に下手なホラー映画に出てきそうな絵図らなため、実体化するならちゃんと実体化してほしい。
そんなことを思っていると、考え込んでいたヴァルミリアが顔をあげた。
「すみません考え事をしていました」
「大丈夫です。それよりもその剣がいったいなんなのか教えてもらってもいいですか」
「暗黒竜 ウェルナーシュ、かつて私とレオンが倒し時空の彼方へと封じたはずだったんですがね」
さりげなく伝説の話を聞かされたスレイたちは、小さい頃に両親から聞かされた勇者 レオンと聖竜 ヴァルミリアによる暗黒竜 ウェルナーシュとの戦いの最後。
勇者 レオンの担う聖剣 ソル・スヴィエートによって時空を斬り裂き、ウェルナーシュを追放した。
実は物語を面白くするための書き手による拡張だとばかり思っていたが、それがまさか聖竜 ヴァルミリア本人から聞かされるとは思わなかった。
「あのスレイ殿の剣は暗黒竜 ウェルナーシュの爪だとして、なぜそれが厄介なのですか?」
「この剣にはウェルナーシュの意思の残滓とでも言いましょうか、そんな物があったのです」
「えっと、つまりその剣には意思があった、ってことでいいのかな?」
「そうです。それを、スレイでしたね。あなたは幻影を通して見ていたことになります」
「つまり、あの龍がウェルナーシュだった……なんともまぁ、にわかには信じられないことですね」
スレイは何度か見た黒い竜の幻影の姿を思い出してみたが、小さい頃に両親から呼んでもらった絵本に描かれた暗黒竜 ウェルナーシュの絵とは全く似ても似つかなかった。
絵本に書かれていたウェルナーシュは、読み手に見せるためにより凶悪な容姿で書かれているんだな、そう言うことにしておこう。
「それで、その剣の意識がそのままだとどうなるんですか?」
「あなたの意識はいづれウェルナーシュに乗っ取られます」
平然とそんなことを言い出したヴァルミリアに、スレイたちは大きく息を吸って。
「一大事じゃねぇか!」
「「「一大事じゃないですか!」」」
三人が同時に叫ぶとヴァルミリア膝で眠っていた幼女……なんだかこのままではアレなので幼竜としておく。幼竜がビクッと身体を大きく揺らして起き上がると、周りの様子を確認してからもう一度眠りに落ちた。
普通アレくらいの子供なら物音で起きると泣いたりするが、やはりここら辺は竜なのだなっと納得していた。
「それって、スレイくんは今どんな状態なんですか?スレイくんなのか、ウェルナーシュなのか」
「スレイですよ。ですが、ウェルナーシュの意識が混ざり始めていたのは確かです」
ユフィたちの視線が一斉にスレイへと向いたが、スレイは両手をあげて
「全くわからなかったよ」
「スレイ殿、鈍感なのもいい加減にしてください」
「……それより、ボクがウェルナーシュに混ざりかけていたって、今はどうなんですか?」
「先ほど、あなたには言いました。すでにこの子が治療しました」
「治療……あぁ~あの子のキス!」
ユフィがポンッと相づちを打つように手を叩くと、ノクトとリーフの視線が一気に強くなってきた。
「はい。その通りです。この子があなたの体内からウェルナーシュの意識を吸い取りました」
「アレって、本当に治療行為だったんだ……」
「そして、これも私が預かりましょう」
ヴァルミリアが黒い剣に手をかざすと、剣から黒い靄のようなものが現れかざされた手の中に集まり、そして小さな紅い結晶になっていた。
アレがウェルナーシュの意識、スレイたちがそう思っているとヴァルミリアがスレイに向けて黒い剣を差し出してきた。
「もう大丈夫ですよ」
「……ありがとう、ございます」
「それでは私はこれで帰ります。起きなさい山に帰りますよ」
「……うにゅ、わかった」
眠そうに眼を擦っている幼竜、それを見ながらスレイはもう一度ヴァルミリアに訊ねる。
「聖竜 ヴァルミリア。帰られる前に一つお訊ねします。あなたは、勇者レオンと共に魔王リュークと戦い、この世界を救い、今再び破滅に向かおうとしている世界を目の前に、あなたはどうするつもりですか?」
「……ふぅ、あなたは一つ思い違いをしています。私もレオンも、そしてリュークも世界を救うために戦い、そして破れました」
「えっ、それってどう言うことなんですか?」
「さぁ、ただ言えることはただ一つ、私たちは世界に……いいえ、神に負けたただ敗者です」
ヴァルミリアの今の話し、かつて神と戦ったことがあるそう聞こえる内容のそれに、スレイたちが訊ねようとするよりも先にヴァルミリアが扉を開けた。
「……さようなら、あなた方の戦いに勝利の栄光があらんことを祈っています」
閉められる扉をスレイたちはただ見ているだけしかできなかった。