破壊の光
スレイたちがゲートで街にやって来る少し前、アルファスタ家の所有する屋敷の前に薬を使い眠らせたリーシャを連れ帰った人物がいた。
その男の頭には甲が被せられたどこか胡散臭い顔をした男でこの屋敷の衛兵隊長でもあるマリウスは、この屋敷の当主であるグレイ・アルファスタが使っている部屋、その前に一度立つと数回部屋の扉をノックした。
部屋の主からの返事が帰ってこなかったのでマリウスが扉の前で少し待っていると、部屋の扉が開き中から出てきたのは部屋の主ではなく薄い色の寝巻、俗に言うネグリジェを身に纏った女性であった。
その女性はグレイの側使えである死霊術士で、よく見ると髪は乱れどこか汗ばんでいるような気がした。
「あら、マリウスこんなところでいったいなにをしているのかしら?」
「これはこれは我が主、そのご様子をお伺いする限りグレイさまの一晩のご寵愛をお受けになられたご様子」
「だったらなんなの」
「お楽しみの所をお邪魔してしまい申し訳ありませんでした。いやいや、主の愛を一心にお受けにならながら、このような童女を殺し側に置こうとお考えになられるグレイさまは何とも罪な男ですね」
「前置きが長いわよマリウス。やはりあなたをウォーキングデッドにしたのは失敗だったかしらね」
呆れるような呟きと共に死霊術士の女性は、マリウスが抱えているリーシャのことを見つけた。
「あら、捕まえられたのはその子だけなのね?あなたにしては珍しい失敗ね」
「本来なればあとのもう一人も捕まえられたのですが、どうもあの同種は失敗のようですね」
「あぁ。そういえばリンクが斬れてるわね。やられたの?」
「はい。最後はスレイさまの一太刀で殺られてしまいました」
死霊術師は自分の生み出したアンデッドを一太刀で葬ったというスレイにいささかの興味を惹かれていた。もちろん、新たなアンデッドの材料という意味でだ。
「しかしながら残念でしたね。あの同種がうまくやってさえいれば、今ごろ主はグレイさまから更なるご寵愛を頂けていたでしょうにね。いや誠に残念ですね」
「あなた、次にそのくだらない言葉をその口で話した瞬間、物言わぬ屍へと戻してあげるから覚悟しなさい」
「おやおや、それは困ります。ですので主、申し訳ないのですがグレイさまをお呼びいただけないでしょうか」
「わかったわ、少しの間そこで待っていなさい」
死霊術士の女性に言われたとおりしばらくの間待っていると、再び部屋の扉が開かれると中から身だしなみを整えた死霊術士の女性がマリウスを部屋の中へと招き入れた。
部屋に中に入ると、同じように身だしなみを整えたであろうこの屋敷の主であるグレイがソファーに腰を掛けながらマリウスを見据えていた。
「ご苦労だったねマリウス」
「いえ、私は主の作り出したウォーキングデッド、ただに生きる屍です。労いの言葉などは不要でございます」
「そうだったね。ではこの言葉はテレジア、君に送ろうか」
「なんともありがたきお言葉、この身にはとても勿体ないですわグレイさま」
蕩けた目でグレイを見つめる死霊術士の女性 テレジアを、グレイは自分の方へと引き寄せるとそのまま自分の唇でテレジアの唇をかさね貪るような接吻を始めた。
「おやおや、グレイさまはなんともよく深きお方ですね。苦労して手に入れた童女を目の前に主と接吻とは」
「構わないだろ?どのみちこの娘は私の物となる、そしてテレジア、君も私の物さ」
「グレイさま」
見つめ合うグレイとテレジアを横目に、マリウスは自身の腕の中で眠るリーシャを見ながら、何やら考え事をしているようだった。
「ところでマリウス、その子はいつになったら目覚めるのかね?」
「かなり強い薬で眠らせていますので後三時間ほどは寝ています」
「そうか、目が覚めるまではそんなに時間がかかるのか………仕方がない、テレジア一緒に朝食でも食べに行こうか」
テレジアを抱き上げたグレイはマリウスと眠ったままのリーシャには目もくれずに食堂へと歩いていく。
「おや、まだ殺さないので?」
「殺すなら起きているときに、その方が面白いものが見られそうだからね」
「その子はソファーの上にでも寝かしておきなさい。ついでだからあなたのその頭も後で直してあげるわ」
「かしこまりました我が主よ」
抱えていたリーシャをソファーに寝かしたマリウスが小さく頭を下げると、その姿を見たグレイとテレジアはなにも言わずに部屋を出ていってしまった。
二人が部屋を出ていった後もマリウスは頭を下げ続けていると、だんだんとその身体が震えだし大袈裟に身体をのけぞらせる。
「ハッハハハハハハッ!これはなんとも主といいグレイさまといい、私好みの雇い主で心の底から歓喜の声をあげそうになってしまいますね」
眠るリーシャにはお構い無いしに大きな笑い声をあげるマリウス、だが誰もそれを咎めるものはいない。
そもそも今のはこの屋敷にマリウスを咎められる意志を持った人間など、あの二人とここで眠るリーシャ意外は存在しない。
この屋敷を管理する使用人から兵士一人に至るまで全てでアンデッドなのだ。
その中で唯一人、生前の頃と同じような振る舞いを許されているマリウスが異様なのだが、それは生前のマリウスが術者のテレジアと交わした密約のためだ。
曰く、死霊術の素材とする代わりに生前と変わりない人格を与えること、っと。
つまりマリウスは自分の意志で死にアンデッドとして生まれ変わったのだ。生前から狂っていたマリウスがアンデッドになった理由を、ただ面白そうだからと語っていた。
しばらくの間マリウスが一人、大きな声で笑っていると窓の外から膨大な光が落ちた。
「な、何事だ!?」
突如として現れた光の柱に驚いたマリウスが慌てて窓を開けて、屋根の上に上がり様子を確認すると、街の至るところ、正確にはとある場所に集中して光の柱が落ちていることに気がついた。
「これは、いったいどう言うことでしょうか?あの光の柱のある場所は、主が配置したウォーキングデッドのいる場所のはず」
顎に手を当てながらなにかを考えているマリウスは、まさかと思い屋根の上から街の様子を確認していると、街の出口となっている門が破壊されていることに気がつき、そしてもう一つ、その場所にいる人物を見つけた。
「おやおや、これはさしずめ囚われの姫を助けにした勇者、とでも言えばいいのでしょうかね?」
マリウスの視線の先には、リーシャを助けに来たであろうスレイを始めとした数人の人影を見つけていた。
しばらくの間様子をうかがっていると、なんとスレイとフリードと視線があった。
初めは偶然かと思ったがスレイが親指を立てて、首をカッ切ってから下に落とすジェスチャーをしたのを見てどうやら偶然ではないことを悟ったマリウスは、ぞくぞくと身体を震わせそして口許を大きく吊り上げるのだった。
「あぁ~ぁ。ゾクゾクしますねぇ~」
生きている時には感じることのできなかった最高の気分をこうして味わえる喜びを実感したマリウスは、己の身を抱きしめながらこんな機会を与えた神に感謝の祈りを捧げるのだった。
ユフィのゲートによって街の近くにまで戻ったスレイたちは、すぐには街の中には踏み込まずに少し離れた森のような場所で、これからの作戦を考えていた。
「さて、このまま乗り込んでもいいですが、どうにかして街に配備されているウォーキングデッドを排除しないといけませんね」
ウォーキングデッドは元々屍を媒体に産み出された使い魔なので、生き物特有の気配もなければ探知魔法にも引っ掛かることはない。
唯一分かるとすればノクトとミーニャを連れ去ろうとしたウォーキングデッドのように、視線を向けられた場合でしか探れないのだがそれもかなり特殊な方法だ。
「一人ひとり調べられねぇし、こんだけ数が多いとどうしようもねぇな」
「リーシャのこともあります。時間はかけられませんよ」
あの街にはまだ多くの兵士や傭兵が溢れている。
そんな中に気配のないウォーキングデッドが紛れ込んでいるとすれば、不意を着かれてしまう可能性がある。なので早急に対策を考えなければいけないのだが、その中でスレイが手をあげた。
「あのさぁ、それなんだけどもう解決してるよ」
「「「「はっ?」」」」
いきなりの問題解決発言に、ユフィたちはそろって首をかしげてしまっていた。
「スレイくん、もしかしてさっき怒り過ぎちゃって頭おかしくなっちゃった?ヒールかけてあげようか?」
「なに言ってんだスレイ、頭大丈夫か?」
「スレイ殿、あせる気持ちも分かりますが今は冷静になりましょう、あなたが焦っても事態はよくなりません」
「落ち着きなさいスレイ。こういうときこそ冷静になるのですよ」
ユフィとフリードはスレイが怒りすぎて頭がおかしくなったのではないかと心配し、リーフとクレイアルラは焦っているからと冷静になるように言っている。
「いや、頭イカれてないし、ちゃんと冷静だからさ。ユフィは頭にヒールかけようとしないで、リーフもなんか可愛そうな人を見るような優しい目を向けないで」
問答無用で頭部に集中して注がれるユフィのヒールと、なんとも言えない優しいリーフの眼差しを一心に受けながらスレイは話を続ける。
「さっきここに着いたときに、こっそりとアラクネを放ったんだよ。それで街の中の兵士やら衛兵にちょっと強い麻痺毒を射してきたんだ」
ピョコンッとスレイの腕に乗った蜘蛛型ゴーレムのアラクネは、ジャキンッと脚の一本を注射器へと変形しせ見せた。
だからいったい何なのだと思ったフリードとリーフだったが、スレイの考えていたことも意味を理解した二人は同時に声を上げた。
「あぁ!そういうことなんだね!」
「なるほど、確かにその手がありましたね」
納得しあっているユフィとクレイアルラを余所に、リーフとフリードは余計に意味が分からずに首をかしげている。
「ユフィ殿、いったい何がどう言うことなのか説明願いたいのですが」
「えっと、いいかなリーフさん。ウォーキングデッドが屍を媒体に作られる使い魔っていうことは理解してるよね?」
「それは理解していますが、それとこれとは意味が……あっ!そう言うことですか!」
ユフィがここまで言ってようやく理解できたリーフだが、この場でただ一人フリードだけがまだ理解できていなかった。
その事に気がついたフリードがいたたまれない様子で頬をかきながら呟いた。
「あぁ~もしかしなくても分かってねぇのってオレだけか?」
そう小さく呟かれたフリードの言葉を聞いたスレイたちは、お互いに顔を見やると最終的にユフィたちがスレイの方をジッを見つめると、その視線の意味を察したスレイがやれやれといった表情でフリードの方を優しくポンッと叩いた。
ものすごいドヤ顔でだ。
「仕方ないなぁ~、分かってない父さんにボクが優しく説明するけど」
「スレイもしかしなくても喧嘩売ってんよな?買ってやるぞ?」
肩に置かれたスレイの手を軽く凪ぎ払うと、額に青筋を立ててファイティングポーズを取ったフリード。
「フリード止めなさい。それとスレイも煽らない」
「「はい。すみません」」
クレイアルラには敵わないと素直に降参した二人だった。
っというわけで、一度咳払いをしたスレイがフリードに向けて、これから何をしようとしているのかの説明を始める。
「まずボクがやったことに話すための前提条件として、さっきユフィがリーフに言った通りウォーキングデッドが屍から出来てるってことは父さんも知ってるよね?」
「知ってるに決まってるだろ。あんまり親父をバカにすんじゃねぇっての。まぁ魔法使いじゃねえからあんまし詳しくはわからんがな」
「いや、それさえわかっててくれるなら話はできるよ」
そこさえ理解してもらえてるならと付け加えた通り、ウォーキングデッドが何で出来ているのかが重要なので、それ以外の知識はあまり意味がないのだ。
それに、これからやろうとしていることが簡単すぎて、正直バカでにも分かるようなことなのだ。
「んじゃあこれから話すことが一番肝心なことでボクがやったことの大本なんだけど、いくら見た目や言動が生きた人間とそっくりでももとは死んだ死体を動かしてるだけ、だからいくら斬りつけても心臓を刺しても動き続ける。倒すには身体を焼くか、術者とつなぐ媒体を壊す必要がある」
「まぁ実際そうやって倒したし、それがなんだよ?」
「だから、すでに死んでる相手に対して斬ったところで無意味。ましてや一刺しすればドラゴンさえ半日は起き上がれない麻痺毒を受けてもまったく気付きすらしないんだよ」
「麻痺毒……死体……なるほどそう言うことか!」
ようやくスレイがやったと言うことを理解できたフリードがポンッと手を叩いた。
つまりそういうことだ、アラクネを使いこの町中の人間に麻痺毒を刺し、それで起きていたらそれは人間ではないと言うことだ。
「じゃあみんなわかったところでこれを見てください!」
スレイはみんなに見せるようにプレートの映像を空中に転写すると、アラクネの目から見た風景を写し出されているのだが、そこには何人ものウォーキングデッドが集まっていた。
「うへ~けっこうな数がいるんだな」
「これはいささか厄介ですが、私とユフィそしてリーフの三人で何とかなるかもしれませんね」
「先生たぶんその心配はないと思いますよ。ねっ、スレイくん」
「あっ、まさかアレをやるつもりですかね」
「アレしかないですよリーフさん」
ユフィとリーフしみじみとした顔でアレアレと連呼している。
別に間違っていないので、付け加えて説明することもないなと思っていると、今度はフリードだけでなくクレイアルラもわかっていない様子だった。
「いったいなにをするつもりなのですかスレイ?」
「見ていればわかりますよ」
これは説明するよりも見てもらった方が早いので、早速スレイが実践することとなった。
「いっちょド派手にやるかな」
スレイが上空に向けて手を掲げ魔力を溜め始めるのを見たユフィは、相変わらずこの魔法は膨大な魔力を使うんだなっと思いながら一応釘を刺す。
「スレイくん。一応言っておくけどやり過ぎちゃダメだよ」
「分かってるよ。それじゃあ行くよ──イルミネイテッド・ヘリオース!」
魔法の名前を告げると同時にスレイの手の平にいくつもの光の球体が作り出される。
見た目こそは小さいが、これ一つ一つが業火を越える威力を持っていることを知っているユフィとリーフ、これから何が起きるかを固唾を飲んで見守っているフリードとクレイアルラ、全員の期待に答えるためにスレイが手の平の球体をすべて空中に放ってしばらくすると、魔法を発動するときに掲げていた手を勢いよく下におろした。
「消え去れ!」
振り下ろすと同時に空から膨大な光の柱が降り注いだ。
ここまで来てようやくフリードとクレイアルラは、ユフィとリーフが連呼していたアレがなんなのかを理解したのだが、さすがに業火を越えるほどの熱量と威力を受けて街は壊滅するのではないかと思った二人がスレイを止める。
「おいスレイ!なかには関係ない領民もいるんだぞ!」
「これでは街一つを吹き飛ばしてしまいます!」
「大丈夫、大丈夫、」
「「どこがだっ!!」」
フリードはともかくクレイアルラからあまり聞かない言葉を聞いたがそんなもの無視だ。
「だから大丈夫ですって、だって建物一棟に防御魔法付与したアラクネを三体くらいつけてるし、前に見せた魔法とは根本から違うから威力調整もできてるよ」
スレイがそう言うとクレイアルラが真上に展開された魔方陣を確認している。
「たっ、確かに見たことのない魔方陣です」
「そういやあ、前に見た魔法とちぃっとばかし違うし、前だったら爆風がここまで来てたはずだよな?」
「そういうこと!だから被害はない!わかった?」
説明を聞いてもなんとも微妙な顔をしながら納得しているの二人を見ながら、スレイは腰に提げられた黒い剣を抜き放った。
「それじゃあこの邪魔な門、ぶった斬るね」
「あぁ。どうせなら盛大に魔法で壊してもいいぜ」
「それはまた後で──行くよ」
スレイが業火を纏わせた剣で門を二つにたたっ斬る。
崩れ落ちた門をくぐり抜けたスレイたちがはじめに見たのはアラクネがやったであろう門番の亡骸……ではなく麻痺毒によって地面に突っ伏した兵士や傭兵だった。
「おうおう。街中の人間、全員倒れてるな」
「兵士と住民の判別はできなかったから、外に出てる人は全員倒しておいた。一応建物の中の人たちはでられないようにしてある」
「やるねぇスレイ」
そんな訳でこの街の中は無人と言っていいほど静かだった。街の中へ足を踏み入れようとした瞬間、スレイとフリードがそろって顔をあげる。
「どうされたんですかスレイ殿、お義父様も」
「視線を感じた」
「多分屋敷の上だな……おっ、いたぞ」
「ホントだ……あの顔、あいつやっぱりウォーキングデッドだったのか」
「やっぱりって、お前気付いてたのかよ?」
「そりゃあねぇ、始めっから胡散臭かったし気配もあんまりなかったし、怪しさ満点だったから屋敷から逃げる時あいつの頭ぶち抜いておまけに暴風で吹き飛ばしたんだけどな……あっ、ついでだから」
スレイは何を思ったのか右手を掲げるとそのまま首をカッ斬り下におろした。つまりは死ねこの野郎!っという意味で告げた。
「よし、行きましょうか」
いい笑顔をみんなに向けたスレイ、だが他のみんなの顔はとても微妙だった。




