王都の夜
投稿が遅れてしまい申し訳ありません。
ブクマ登録ありがとうございました。
いったいどれだけの面積があるんだろうな。街に入るまでの間の入門審査を待っている間、スレイは目の前に広がる広大な畑を見ながら、ついついそう考えてしまっていた。
「すごいなこれ」
「えぇ。とても綺麗です」
夕日に染まる空と壮大な風に揺られる穂の波の美しさに息を呑み二人。
これが秋ならばこのあたり一面が黄金色に染まり夕焼けの空とも相まってより一層綺麗なんだろうと考えていると、リーフがシャノンの方を見ながら話し出した。
「ここでは麦の栽培が盛んなんですね。ここまで広大な麦畑は始めてみましたよ」
「いいや、ここで栽培してるのは麦じゃないさ」
「違うんですか?ならば、この畑はいったい……」
リーフがスレイの方を見るが、スレイもリーフと同じように広大な麦畑だと思っていたので、さぁ?っと解らないと言った意味合いで肩をすくめている。
「何だい。坊やも知らないのかい」
「うぅ~ん。昔本で観た気もするんですけど、あまり覚えてなくて」
本当はこれが何なのかスレイは検討はついていたのだが、自分の知っているものとあまり似ていないことや、そもそも農業はよく知らないのでそれが合っているかは分からないのであえて言わないようにした。
「まぁここいらじゃなきゃやってない物だから、知らんかも仕方がないさね。、こいつは稲作ってね。米の栽培をおこなってんのさ」
稲作と聞いてスレイの目が怪しく光った。
聞き捨てならない名前が出てきたせいでスレイの目が獲物を見つけた狩人のごとく鋭い光を放ったのだが、突然のことになんとなく反応したリーフが小首をかしげた。
「スレイ殿、今なにかしましたか?」
「いや、何でもないよ」
「そうですか……なんとなく凄みのある気配を感じたのですが」
瞬時に笑顔を作るスレイであったが内心では、心臓が飛び出るのではないかと思うほど焦っていた。
思わず十数年もの間探し求めていたものが見つかった喜びが暴走しかけたが、どうにか理性で耐えたスレイは自分で自分を褒め称えたい気持ちになった。
そんな心の葛藤を抱えたスレイをよそにリーフは続ける。
「しかし稲、お米ですか………私は食べたことがありませんね。スレイ殿はありますか?」
「ボクも食べたことはないけど、前に父さんの書斎で稲について書かれた本は読んだけど、味の想像はつかないね」
小さい頃、父の趣味の書斎にあった野草図鑑に書いてあったため、絶対にあると思っていたユフィとともに探していた米をようやく見つけた。
──あぁ~早く食べてみたい!
総スレイは心の中で唱え続けるのだった。
「興味も惹かれますし、機会があれば食べてみたいですね」
「そうだね、見知らぬ場所で始めてみる食べ物を食べる、こう言うのも旅の醍醐味だからね」
間違ってはいないものの殆ど自分の我欲なので黙っていることにしたスレイはにこやかに笑ったその時だった。
──なぜお前がここにいる
不意に何処かから聞こえてきた女性のような、少しひび割れたような声がスレイに届いたような気がした。
「ん?」
「今度はどうされました?」
「いや、なにか声が聞こえた気がしたんだけど」
「何言ってるんだい?」
「気のせいか?」
何だったのかとあたりを見回したスレイがふと空を見上げると、街の後ろにそびえ立つ巨大な山を見たそのとき、ドクンッとスレイの心臓が大きく脈打った気がした。
「グッ!?」
なんだ?そう思いながらスレイが左腰の剣に触れると視界が暗転した。
世界から色が抜け落ちまるで暗闇の中にでも引きずり込まれたような、そんな世界の中でスレイは目の前にとぐろを巻く一匹の巨大な黒龍と眼を会わしていた。
──こいつは、あのときの
スレイがこの黒龍を見るのは初めてではなかった。それはアルガラシアのギルドで初めてこの黒い剣を鞘から抜いた時、今と全く同じように世界が黒く染まり目の前の黒龍がたのだ。
『ガグルルルルゥ!』
突然、横たわっていた黒龍が首を持ち上げ山の山頂を威嚇しだした。
その視線を追うようにスレイも顔をあげると──
「スレイ殿?どうしたんですかボォ~ッとして?」
「えっ」
リーフから声をかけられハッとしたスレイは、自分の背後に振り返るがそこにはなにもない。
気のせいだったのか、そう思い視線を戻すと突然のスレイの行動に首をかしげているリーフを見て、ばつの悪そうな困った笑みを浮かべた。
「いやっ、ごめん。なんでもない」
「体調が悪いのでしたら、ルラ殿からポーションを預かっていますので、いつでも言ってくださいね」
「大丈夫だよ。ポーションならボクも持ってるから」
「なにがなんだか分からんが、順番が来たからさっさといくよ」
どうやらようやく順番が回って来ていたらしく、リーフとシャノンがボッとしていたスレイを捲し立てていた。
街へ入る前に門番へと身分証の提示を求められたので、シャノンとリーフが順番に身分証を提示して問題なく門を通っていったが、最後にスレイが身分証を提示したところ、確認をしたいた門番がスレイの顔と手の中にある身分証を交互に見ている。
その行為に不審に思ったスレイは門番に訪ねてみることにした。
「あの、どうかしましたか?」
「いっ、いや、なんでもありません。それではどうぞ」
身分証を返されて門を通すことを許されたスレイは、一瞬今のはなんだったんだろうと考えたがすぐに心当たりに思い付いた。
門をくぐる前に一度だけ振り返り門番の方を見ると、さっきの門番ともう一人別の鎧を着た人物とコソコソ何かを話していたかと思うと、二人がスレイの視線に気づいたので、スレイはにっこり笑ってから会釈をしてあるき始めた。
門を通り過ぎて二人の姿を探しているとリーフがすぐに駆け寄ってきた。
「止められていましたが、大丈夫でしたか」
「あぁ。平気」
本当なのかとリーフが尋ねるよりも早く、シャノンが口を開いた。
「なぁ坊や。あんたなんで止められたのか、原因はわかってるんだろうね」
「えぇ、ボクの家名でしょうね」
「それがわかってるならいい。あとのことはあるきながら話すよ」
先を歩き出したシャノンの後を追ってスレイとリーフもあるき始めると、周りの気配を探りながら小さな声で話し始める。
「多分、もう上へは報告が上がってるだろうね」
「そうでしょうね……一応アルファスタ家は国にあだ名す逆賊の可能性にある家ですものね」
あの門番の様子からすると、アルファスタを名乗るスレイがこの街に入ったことはすぐに上へと伝わるだろう。
相手がどう来るかはわからないが、こちらからなにかする気もないので接触してこない限りはなにもするきはないのだが、どうやら相手側の動きが速かった。
「お二人共お気付きだとは思いますが、どうやら後から何人か着いてきていますね」
「あぁ。多分さっきの門番のところにいた兵士だろうね」
ついてきていると言ってもとくに何かを仕掛ける感じはしないが、いったいどこまでついてくるつもりなのだろうか。
「どうしましょうかあいつら?」
「ホッときゃいいさ、どうせすぐに確認がとれて監視が外れるさ。さてリーフ、さっさとあんたの姉さんとやらの住んでるところ行くよ」
「実はですね。詳しい場所までは私も知らないんです」
「手紙に住所が書いてあっただろ?持ってきてないのかい?」
「それはあります。旅の間にお姉さま方に手紙を書こうと思いここにあります」
「貸しな、案内してやっから」
リーフから手紙を受け取ったシャノンは、手紙に書かれた住所を確認しながら歩き始めた。
しばらく歩いていると、後ろから着いてきていた人たちがいなくなっているので、どうやら確認がとれて変な勘繰りをされずに済んだと見ていいかもしれない。
「おっ、ここだね」
案内された場所は、一般家庭にしては少し大きめな家の前だった。
掲げられている表札には、ブラッドベリーと書かれていたが、本当にこの家であっているのかリーフには分からないので、とりあえず家主を呼んで確かめるしかない。
「んじゃあ、あたしゃもう行くわ」
「はい。ありがとうございました」
「気にすんな。それより、頑張んなよ」
去っていくシャノンに手を振りながら向き直った二人は家の主を呼ぶべくノッカーを鳴らした。
しばらくしてやって来たのは、どう見てもリーフの姉──と言う訳ではなく、この家で雇われているであろうハウスキーパー、つまりは家政婦のおばさんだった。
「はい、どんなご用でしょうか?」
「すみませんが、こちらにリリカねえ──リリルカという人はおりますでしょうか?」
「おられますがどのような御用でしょうか?」
「要件はちょっと……ですが、リーフ・リュージュと来たと言えばわかると思います」
「承知しました。しばらくここでお待ちください」
どうやらここで間違いないらしい。そう思うと少しだけ安心してきてしまったスレイは、ついつい大きなため息をついていると、頭上からなにかが勢いよく開かれる音が聞こえ二人が顔を上げると、なんと女性が窓枠に足をかけたかと思うとまとわず飛び降りた。
「えっ?」
窓から降ってきた女性は剣を握りしめると、頭上に構えて斬りかかる。
ガードは難しいと思った二人は後ろへと飛ぶと、今しがた二人が立っていた場所が斬り裂かれ砂塵がまた。
「いきなり襲ってきたね」
「えぇ……スレイ殿ここは自分におまかせを」
いきなり襲ってきたことに驚きながら追撃が来た時に備え剣を取ろうとしたスレイだったが、素早く翡翠を抜き放ったリーフが砂塵の中から現れた女性に向かって斬り掛かった。
二人の剣が重なり合うと風が舞った。
剣ごしに向かい合っているリーフと女性の容姿はよく似ていた。見た目はリーフをもう少し成長させたようだが、唯一違うのは髪の色くらいだろうか、そんな感想を思っているとリーフが口を開いた。
「まったく、子供をお産みになってすこしは落ち着いたと思ってみれば、まったく変わってないんですねリリカ姉さま」
「ふふ、久しぶりに会ったんだから手合わせをしようと思っただけよリーフ」
その瞬間スレイは察した。
あぁ、この人の性格は間違いなくリュージュ家の物だな、っと。
孫娘のためにいきなり斬りかかってくる祖父、実力を見るためにいきなり斬りかかってくる祖母、あららうふふしているように見えてかなりの実力を持った母親、ルクレイツア並みの腕を持った父親、やはりどこか戦闘好きの血を引いているんだなっと、感心してしまったスレイの視線の端では剣を鞘に納めている二人の姿を見てた。
「ねぇねぇリーフ!あの子だれよ~?もしかしてあんたの男~?見た感じあんたよりも若いわね~?もしかして若い子に貢いでるとかそんな感じ?それかいつまでも彼氏出来ないから代役とか?」
「いい加減にしてくださいリリカ姉さま、確かにスレイ殿は私よりも二つ下ですが、お金を貢いでるとかはありませんし、スレイ殿は私の婚約者です!」
「おぉ~ぃ、リーフさぁ~ん?今それ言う必要ないんじゃないですかねぇ~?」
堂々と胸を張ってリリルカに宣言するリーフ、どうやらあの歳まで──とは言ってもまだ今年で十九なのだが、婚約者どころか恋人がいないことを家族から心配されていたらしい、リリルカがかなり驚きながらキッとスレイを睨みつけた。
なんというか、美女に睨まれるとすごみがあるなと思っていると、リリルカがゆっくりとこちらへ歩み寄ると鞘に納めた剣に手を触れたのを見たリーフが静止の声をかける。
「姉さま!やめてください!?」
リーフの静止の声よりも早く振り抜かれた一閃は迷わずスレイを斬るべく振るわれる。
──へぇ~蒼白い刀身か、珍しいな
迫ってくる蒼白い刀身を見ながらスレイは黒い剣を抜き放ち、リリルカの剣を受け止めた。
「なかなかやるわね」
「お褒めに預かり光栄の極みですリリルカさん」
「お義姉さんでもいいんだけどね、スレイ」
二人で睨み合っていると、リリルカの背後にリーフが立ち背後から鞘に納めた剣を振り下ろしたが、すかさずスレイを蹴り飛ばし剣を手放したリリルカがリーフの剣を両手で掴む。つまり白羽取りだ。
「甘いわよリーフ!そしてスレイ!」
「くっ、スレイ殿!離されないでください、リリカ姉さまを斬れないじゃないですか!」
「ごめん、気を抜きすぎた……って、リーフさん!?なに物騒なこと言ってるんですか!?」
悔しそうに口元を引き締めているリーフ、余裕とばかりに口元を大きくつり上げて笑っているリリルカ、ジミに痛い腹部を押さえながらツッコミをいれたスレイは、とりあえず最初にリリルカが壊した地面を修理するのだった。
家の中に招かれたスレイとリーフは、部屋の一角で顔を付き合わしていた。
「リリカ姉さま、この子がそうなんですか?」
「えぇ、名前はルーリエよ」
スレイとリーフは小さなベッドに寝かされている赤ちゃん、名前の響きからして女の子、つまりはリーフの姪っ子の眠る姿を見ていた。この部屋の中にはスレイとリーフ、そして家主であるリリルカと赤ちゃんのルーリエ、家政婦のおばさんは仕事を終えて帰り、シャノンも先に依頼の報告に向かっていたため、後で結果を報告することになっている。
「女の子で合ってますか」
「合ってるわよ。しかしごめんなさいね、家の人そろそろ帰ってくるはずなんだけど」
そう言っていると玄関の方から物音がしたと思うと、少し気弱そうな男性が入って来ていきなりリリルカに抱きついた。
「リリィ、ただいま~いつもみたいに慰め────がぼらッ!?」
リリルカが抱きつこうとした男の頬に拳を叩き込み、空中で見事なスピンを披露して地面にぶっ折れだ。
「「えぇ~!?」」
いきなりなにやってるの!?っとスレイとリーフが目を見開いてリリルカと旦那とおもしき男を交互に見ていると、ズカズカとリリルカが歩み寄ると、男が叩かれた頬を触りながら起き上がった。
「痛い!なにすんの!?」
「今うちの妹と妹の婚約者が遊びに来てんのよ、それはまた今度にしなハリー!」
「そっそんなぁ~」
立ち上がった気弱そうな男改めハリーが涙目になりながらリリルカを見上げている。
そんな二人を見ながら主にハリーに向けて、尻にひかれてるんだな、っと、スレイとリーフがハリーを見ながらそんな感想を思っていると、なにを思ったのかリリルカがもう一発ハリーを殴ろうとした瞬間、さすがにこれ以上はかわいそうだと思ったスレイとリーフが二人の間に入った。
「ストップ!ストップ!ストォ―――ップ!!リリルカさんストップ!」
「リリカ姉さま!ご自分の旦那さまに何てことをしてるんですか!落ち着いてくださいよ!」
二人がリリルカを止めようとするとキョトンとしたリリルカが二人をみている。
「いつものことよ。うちの旦那とのスキンシップ」
「「あれがただのスキンシップなの!?」」
スレイとリーフが同じことを叫ぶと、怯えていたように見えたハリーが一瞬で復活したかと思うと、声たかだかにリリルカへの惚気を語り始めた。
「まぁ、普通は驚くよね。でも大丈夫、リリィは人前でハグしたりするのが苦手でね。今の暴力も彼女なりの照れ隠しでね。でもそんなところが可愛いんだけど」
「ハリー、ここはもう一発いれて記憶を飛ばした方がいいかもしれんね?」
「ごめんごめん!お願いだから!殴るのは良いけど、剣を抜かないでくれないかな!?さすがにそれが死んじゃうからね!?」
どうやら図星突かれたらしいリリルカが全身から殺気をみなぎらせながら剣を抜き、さっきの一言で墓穴を掘ったことに気がついたハリーが顔を真っ青にさせながら逃げ回る。
「ぅぅう………ふにゃあああああっ!」
「ああぁっ!?ルーリエまでもがっ!?あっ、えっ!?どっ、どう、どうすれば!?」
今の声で目が覚めてしまったルーリエをあやすためにリーフが抱き抱えるが、今まで赤ちゃんをあやしたことのないリーフが、あたふたと困惑している。
「リーフ。ルーリエちゃん貸して。変わるよ」
見るにみかねたスレイが、ルーリエを抱き上げるとゆっくり落ち着かせるように、ゆらりゆらり体を揺らしてあげる。するとそのリズムが気に入ったのかゆっくりと鳴き声が小さくなっていく。
「いいかいリーフ、赤ちゃんを抱くときはこうして頭を腕で押さえるんだよ」
「……スレイ殿、赤ちゃんの扱いが手慣れていますね」
「そりゃあ、妹二人を小さいときから世話してましたし、村にいたころは先生の診療所で子供の相手をしていたこともありますからね」
「でしたら、スレイ殿に子供が出来ても安心ですね」
「さも他人事みたいに言ってるけどさ、その子供はリーフの子供でも有るんだからね?」
「そうでしたね……ですが、私は母親らしいことができるか分かりませんが」
「大丈夫だよ。うちにはボクだけじゃない、ユフィやノクトも居るんだ。足りないところは補い会えばいいんだ。家族なんてそんなもんなんだからさ」
「────はいっ!」
スレイとリーフは笑いながら頷き合っていると、スレイの腕の中にいるルーリエが笑い声をあげるのだった。