アルファスタ家
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船を降りるための港、そこに到着したばかりの船を武装した兵士が取り囲んでいた。
「クソッ、わかっちゃいたが手荒い歓迎しやがって」
槍の矛先を向けられたフリードは、いつでも剣を抜けるようにしながら兵士たちを睨んでいる。
船の上から港に兵士が集まっているのを見ていたため、もしかしたらと思っていたが予想通りだと思いながらスレイたちもおとなしくしている。
「………パパ」
「お父さん……」
兵士たちに槍を向けられたリーシャとパーシーは、怯えて父親たちの後ろに隠れている。
フリードはギュッと自分にしがみついているリーシャの頭を撫でてから、後ろで待機しているスレイの方を見る。
「スレイ。リーシャを頼めるか」
「分かったよ。こっちにおいでリーシャ」
「うっ、うん」
リーシャを抱きかかえたスレイが後ろに下がると、フリードは自分たちを取り囲む兵士を睨みつける。
「責任者と話がしたい」
抵抗する意思がないことを示すために両手を上げたフリードが、自分たちを取り囲んでいる兵士たちに向かって声を張り上げる。
すると目の前で展開された兵士たちが槍をおろし、道を開けると他の兵士たちよりもひときわ豪華な鎧を着込んだ兵士が前に出る。
それを見て、どうやらあの男がこの兵士たちを纏めているのだと察した。
「フリード・アルファスタ様で間違いありませんね」
「あぁ。あんたの鎧に描かれている紋章、家の家紋だな」
「お初にお目にかかります。私はアルファスタ家直轄の衛兵部隊隊長 マリウスです」
名乗りを上げた衛士を見据えながらフリードは警戒を強める。
家を出てから二十年以上、見知らぬ顔がいても当たり前だがこのマリウスという男は何やら得体が知れないと感じた。
「それで、なんでこんなに兵士を引き連れてやって来た?うちの娘たちが怯えつんだ」
「おや、それは申し訳ない。こちらも仕事でして」
フリードが睨み付けるような視線をマリウスに向けると、軽く受け流すように笑ったマリウスが演技がかった動きで頭を下げる。
胡散臭い、それがスレイたちのマリウスに対する印象であった。
「それで、質問に答えてもらおうか?」
「アルファスタ家のご当主であられるグレイさまもご命令です。万が一にでフリードさまがお逃げになられたときは、力付くでもつれてこいとのご達しですので」
二人のやり取りを聞いていたスレイが内心で首をかしげた。
あの手紙で今回、中央大陸に呼ばれた理由は現当主であるフリードの父の相続の話し合い、つまりはまだ当主交代はしていないはずなのにも関わらず、目の前のマリウスはグレイのことを当主と言った。
これはどういうことだ?とスレイが思っていると、同じことを思ったのかフリードもそれについ訊ねた。
「おい、グレイが当主ってどういうことだ?」
「おっと、失礼しました。当主代行のグレイさまのご命令でした、いや失敬。なにぶんかなり長い間、ご当主さまの代行をしておられたため今ではどちらがご当主かわかりませんので」
はっはっはっと演技でもしているように笑っているマリウスを見て、なんだか余計にきな臭いことになっているとそう思ったスレイはリーシャを庇いながら、そっとリーフの隣に移動し小さな声で耳打ちする。
「リーフ、当主の代行ってそんなに権力を持ってるものなの?」
「えぇ、領地を脅かす者が現れた時には今回のように兵を出すことがありますが……少しみょうなんですよ」
「妙ってどこが?」
「はい、通常当主代行とは通常血縁者の中でも当主の次に年長者が付くものなのですが」
スレイたちは船に乗っている前にフリードからアルファスタ家の爵位などを詳しく聞いていた。
アルファスタ家は子爵家で古くからある貴族の家系らしく、今の当主の代ですでに八代目。
もちろんアルファスタ家の中には分家の存在しているため、フリードの弟が長期的に当主代行の地位にいるのはおかしいということだ。
その知識はもちろんフリードも持ち合わせているためその事を指摘すると
「ご当主であらせられるバンさまのご指示であります」
そう答えられてしまえるとこれ以上が聞き出せそうにないと諦めた。
「それではフリードさま、ご家族にお連れの皆様もこちらへどうぞ、アルファスタ家の領地までのゲートを開いてあります」
正直な話、血縁者以外はここにおいていかれるかもしれないと思っていたが、どうやら全員を連れていくらしいことに、スレイたちは安心している。
「ではこちらにどうぞ」
案内されたゲートを潜ると、そこは小さな門の前であった。
⚔⚔⚔
アルファスタ家は中央大陸の北の内陸部にノーザラス地方に存在する家だった。
アルファスタ家の領地は山が近くにあり至る所に温泉が湧いているらしく毎年、湯治や観光にくる旅人で溢れていると聞いていた。
だが、スレイたちに目に写るのはどこからどう見ても柄の悪い日本にいたら間違いなく警察に職質されそうな人相の人たちで溢れていた。
町も荒れに荒れ、本当に観光が盛んだった街なの不安になるほどのだった。
「これはまた、ずいぶんと様変わりしちまったな」
どうやらフリードからしてもこの街の現状は随分と異質らしい。
必要だったからとは言え、子供や妊婦を連れてきていい場所ではなかった。
「彼らは皆、グレイさまがお雇いになられた傭兵の皆様です」
「傭兵?どこからどう見ても野党の間違いだろうが」
「ゴードンさま、そのようなことはありません、彼らは皆真摯に領民の安全を守っております」
そう言われて納得できるかと言われれば納得はできない。
チラチラとその領民のことを見かけるが全員の表情が暗く、まるで全員が通夜をしていると言われてもおかしくはない、そんな町中を歩いてしばらくするとかなり大きな屋敷があった。
⚔⚔⚔
屋敷の前では街の前で見かけた衛兵を引き連れた長髪の男、その顔はフリードと同じ顔立ちだがフリードと違い目に光はなく、虚ろな目が異様さをかもちだしている。
「お帰りなさいフリード兄上」
出迎えた男は、フリードのことを兄上と呼んだ。
この男がそうなのだろうと誰もが思った。
「……グレイか」
そう、この男こそジュリアに呪いをかけさせフリードたちをここに呼びつけた張本人であるグレイ・アルファスタその人であった。
⚔⚔⚔
屋敷についてすぐスレイとフリードがグレイに呼ばれて部屋に通された。
部屋の中にはすでに呼び出した張本人であるグレイと、部屋の隅に黒いローブを羽織った女が黙ってたたずんでいた。
「彼女は立会人だ気にしないでくれ」
そういわれても何かするにしても対処は容易いので問題はない。
この部屋で相続についての話し合いが行われるらしいのだが、フリードは跡取りとなる可能性があるためわかるのだが、そこにスレイが通された理由がわからない。
「おい、なんでスレイまで呼ばれたんだ?」
「父上のお達しだ。そこのスレイも相続の権利があるそうだ」
「そうか、だがオレはこの家から除籍されてるはずだ。当然息子であるスレイもすでに家とは関係ないはずだ」
家名は引き続き使っているものの、フリードはこの家を出るときに貴族籍は抜かれているはずだ。
ならばフリードどころかその子供であるスレイにも相続権などは発生するはずはない。
「その事なんだがね、父の判断で兄上の貴族席はそのままになっているんだ」
「クソッ、あのクソ親父。余計なことしやがって」
チッと舌打ちをしたフリードは、グレイの顔を見ながら話を続ける。
「お前や親父には悪いがオレは貴族に戻る気もない。今さら遺産も家督の相続権は放棄する」
「兄上ならそう言うと思っていたよ。それではスレイ、君はどうなんだい?」
「ボクですか?」
「聞けば君は兄上と同じ冒険者をしているそうじゃないか。それに妻を複数娶ろうとしているとか」
どうやって調べたのかと思いながらも、スレイは表情を変えずにグレイのことを見据える。
「君が望めば子のいない分家に養子になり、安全で優雅な暮らしを約束できるのだが?」
「結構です。ボクは今の生活に満足しいますし、彼女たちも冒険者を続けることを許してくれています」
「それは残念だね」
グレイは一目で演技と分かる安っぽいふりをしていた。それを見てフリードの怒りが込み上げてくる。
「おいグレイ、お前の用件はこれで終わったはずだ、いい加減オレの妻にかけた呪いを解け」
「おやおや、なんとも物騒ないいようじゃないか兄上、おっと、もう兄上と呼ばなくてもいいのか」
「話をそらそうとしてるんじゃねぇよ、いいからさっさと呪いを解いて妻を解放しろ!」
いちいち芝居がかったこのやり取りをしてくるのかと思うと、微かにめんどくさいなと思いながらフリードが暴れないかと、ハラハラしながらスレイがフリードとグレイのやり取りを見ることになった。
「フリード、私に手紙には確かにここに来るようにとは書いたが、呪いを解くとまで書いていない」
「なんだと!」
「それに、あの呪いは私にとっては君を押さえるための手札だ、早々捨てるわけにはいかなね」
「てめぇいい加減に────ッ」
「父さん、落ち着いて!」
今にもグレイに掴みかかろうとしたフリードを済んでのところでスレイが遮った。フリードのことを落ち着かせ、なんとかソファーに座らせると今度はスレイからグレイに質問を始める。
「グレイさん、なぜこのような手段を取ったのですか?」
「なにがだい」
「手紙にかけられた呪い、あんな物まで使って父をここに呼び出した理由ですよ。こんな人質をとるようなことまでして」
スレイはこのグレイという男のことは血縁者とは認識していない、なので始めっから敵としての意識でこの話し合いを進めるつもりでいた。
「あなたが使った呪い、一歩間違えればボクの幼い妹にかかる可能性もあった。あなたはそれをわかってあの手紙を送った、だけど呪いなんて使わなくても手紙に一言、血縁者の誰かの危篤の報でも書けば良かったはずだ」
「この男がそんなことで帰ってくるとでも思うのかい?」
「父がこの家を、どういう経緯で出たのかはわかりませんが、その知らせ一つで母は父を無理にでもいかせたとは思います」
スレイの隣で冷静になるまで静かにしていようと思っていたフリードが、確かに、っといいながらうなずいていた。ジュリアは家族というものを大切にしている、なので本気でその可能性があったからだ。
「そしてもう一つ、これは手紙を拝見した時から思っていたことなのですが、なぜ妹たちも呼んだのですか?」
「手紙にも書いておいただろう、血縁者はすべて呼ぶようにと、あの二人にも相続の権利はあるからね」
「それならなおのこと、不自然ですね?」
スレイのその言葉にフリードもハッとした。
「この国じゃ、女性の血縁者への相続は基本的にはない、まれに男子がいない場合は女子にも相続権が生まれるが、それはかなり稀なことだったはずだ」
「そう、なのに二人も呼んだとなると、余計に怪しい……言いたくはないのですが、あなたは始めから妹たちを狙ってこんなことをした。だから呪いをあんな複雑な物にしていた、違いますか?」
これはあくまでもスレイの仮説で、まったく検討外れな推理なのかもしれない。もし違っていれば赤っ恥もいいところだったが、しばらくの沈黙の後正面に座っていたグレイの口から、笑い声が聞こえてきた。
「ハハハハハハハッ」
「何がおかしいんだグレイ?」
「いやなに、あまりにも私の考えていたことが言い当てられてしまったからね、どうもおかしくてしかたがなかったんだ」
「お前っ、最初っからミーニャとリーシャを狙ってどういうことだッ!」
今度はスレイも止めなかった。
立ち上がったフリードがグレイの襟元を掴みあげると、自分の方へと引き寄せる。
「そうさ、私の目的は始めからお前の娘」
「てめぇ!!」
振り上げられ引き絞られた拳が、真っ直ぐグレイの頬を狙って振り抜かれようとしたが、今度はさすがのスレイも止めに入った。
手首を握られたフリードは血走った目でスレイを睨み付ける。
「止めるんじゃねぇよスレイ!!」
「頭を冷やして、まだ母さんの呪いは解けてないんだよ。今この人を殴って問題を起こせば、それこそ思う壺だ」
「チッ!」
フリードがスレイの目がすでにぶちギレていると気づいた。
だが事を起こさずにこうして堪え忍んでいる姿を見て、無性に親として恥ずかしさを覚えグレイを乱暴に椅子に投げ捨てると、そのままソファに腰を下ろしたのを見てスレイももう腰を下ろした。
「グレイさん、確認です。なぜ妹を狙っているんですか?」
「私は今年で三十も目の前だ。そろそろ身を固めようと思ったが、どうも心引かれる女性に巡り会えなくてね」
いきなり何を語り出すのかと思ったら自身の身の上話か、そう思いながらスレイとフリードは静かに聞くことにしたが、二人ともすでにいつ殴りかかってもおかしくはない状態だった。
「そしある日、父に言われて君について調べさせてもらってね、そこで見つけたんだよ、私の理想とも言えれ女性にね」
「それがオレの娘だったってことか?」
「そうだよ、君の二人の娘、どちらも私の理想そのもの、あの白く透き通る髪に幼さの残る顔立ち、なんと美しい!出来ることなら時を止め額に入れ永遠に飾っておきたいと思ったくらいさ!」
本人の口で言われるまでは半信半疑だったが、どうやらこのグレイという男、幼い少女にしか性的興味を得られない、俗に言うロリコンという人種だったらしい。
始めて見るロリコンにスレイは怒りを通り越して呆れが出てきたと同時に、本当に存在したんだなと思ってしまった。フリードは自分の弟の性癖がかなり特殊だった事を知り、若干だが引いていた。
もう呪いのことは後にするとして、こいつを一発殴っておこうと考え出した二人に向かってグレイ話を続ける。
「だが悲しいことに、人はどうしても年老いてしまう」
その一言にスレイは眉を潜める。
「おい、もういい呪いはこっちで何とかするから、とりあえずお前は殴るぞ」
「待って父さん!なにかおかしい!」
スレイがそう叫ぶとグレイは構わずに話を続けていった。
「そんなことは見るに耐えない、だから私は決めたんだ、幼い姿のままこの手に納めようとね」
それを言い切ると同時に、今まで何があっても部屋の隅から動こうとしなかったローブの女性がグレイの前にたち、部屋の扉が開き野党と見間違えるような男たちが入ってきた。
「悪いけど君たちには死んでもらう事にしたよ」




