魔眼の少女
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ゆっくりと立ち上がったクロガネ、その動きを見ながらスレイはユフィを離すとそのまま自分の後ろに、まるで盾になるように隠した。
「ユフィ、ボクの後ろに」
「うっ、うん」
ユフィを庇うように立ったスレイの手には黒い剣と魔力刀が握られ、どちらにも業火の炎が灯っている。
二人を警戒しているスレイだったが、立ち上がったクロガネはスレイには目もくれずにアカネの方へと歩み寄った。
「平気かアカネ?」
「えぇ……でも仮面にヒビが入ってしまって、危なかったわ」
「そうか……お前に何もなくて安心した」
今まで二人から流れ出ていた殺気が消え、なんだか変な空気が流れ出した。
自然と伸びていったクロガネの手がアカネを抱きしめ自分の胸元へと引き寄せると、アカネはなんのためらいもなく受け入れクロガネの胸の中に収まっている。
「あれ?なんだろ、おかしいな……さっきまで殺伐としてたはずなのに、あそこだけ空気おかしくない?」
「大丈夫だよ。私も何だか甘ったるい空気を感じちゃったから」
ナチュラルにイチャつき出したしたクロガネとアカネを前にして、スレイとユフィは揃って毒気を抜かれてしまった。
剣と拳を下ろしながらお互いの眼を見合いながら無言で、どうする?そう訪ね合うことになった。
結局、何もできないまま時間ばかりがすぎていくのではと思っていると、二人のそばに近づく影があった。
「お主ら、いちゃつくなら後にせい」
いちゃついている二人への叱咤の声が上がった。
その声にスレイとユフィはなんといいタイミングなんだと、称賛の声をあげたかった、ッと言うよりも喉元までに出かかってしまった。
ッしかしその叱咤の声を上げた人物の顔を見て警戒の色を濃く表した。
「あなたはレティシアさんだったか?」
「うそ、なんでここに!?」
二人にそばに立つ腰に赤毛の少女レティシアを見て警戒を強めるスレイと、リーフとノクトが戦っていたはずなのにどうしてとここにと、困惑するユフィ。
二人の様子に気付いたがレティシアがその疑問に答えた。
「睨むでない。あの二人なら無事じゃ」
「その言葉、本当ですね?」
確かめるようにユフィが問いかけると、レティシアは静かに頷いた。
「本当じゃ。ちょいと面倒なのが出てきたのでな、あの二人が相手を引き受けてくれておる」
それを聞いて一度は安心したものの、敵であるレティシアの言葉を信じていいものかと二人が悩んでいると、アカネのそばを離れたクロガネが問いかけた。
「おい、レティシア。面倒な相手とはいったいなんのことだ?」
「あぁ、使徒さまの分体じゃ、口調からしてボケた老人じゃろうな」
レティシアの言葉であの使徒の分体の姿が思い浮かんだが、使徒にとっては味方であるはずのレティシアを襲う理由が分からない。
「どういうことだ。あなたたちは使徒に付いてるんじゃないのか?」
「そのとおりだ。意思のない分体でも俺たちは襲われねぇはずだ」
クロガネの言葉にアカネもコクリと頷いたのを見て、事実なのだろうと思ったスレイたちにレティシアは言葉を続けた。
「あやつめ敵味方の区別が付いておらんようでも、妾にも襲いかかって来おったわ」
「チッ、めんどくせぇな」
「あの分体、意識が残ってたみたいだからそのせいかもしれないわね」
分体の暴走理由について話し出すクロガネたちだったが、スレイたちにはそんなことどうでもよかった。
「そんな話よりも、二人はどうなったんですか!」
「ん?あぁ、それはな……えぇっと、なんじゃったかの……緑の髪の女と黒髪の少女の名は?」
「……リーフさんとノクトちゃんのこと?」
「そうじゃ、その二人が相手を引き受けてくれいての、その隙に妾がお主らを呼びに来たんじゃ」
使徒ではないのならあの二人でも十分戦えるだろうが、何が起こるかわからない以上早く向かわなければならない。
「二人が心配だ、急いで向かおう」
「うん。そうだね」
短く言葉をかわした二人は揃って踵を返してリーフとノクトの戦うところへと向かう。
走りながらスレイは短剣を鞘に戻すと、空間収納から魔道銃アルナイルを抜きマガジンを交換する。
追従するユフィもガントレットをそのままに空間収納から杖を取り出した。
走って向かっていくスレイはその途中、後ろからクロガネたちが追ってきたのに気が付き足を止めて振り返ると、そのことに気づいたユフィも足を止めた。
「ちょっとスレイくん、何してるの?」
「あいつら、後を付いてきてる」
足を止めたスレイは魔道銃の銃口をクロガネに向けると、クロガネたちもそれ以上進むことなく足を止めた。
「なんで付いてくるんだい?」
「あぁ?」
「まさか後ろからボクらを襲う気か?あるいは暴れてる分体を守るつもりか?」
クロガネたちは敵だ。
いくら分体がレティシアを襲ったとは言え、神の使徒に仕えるクロガネたちならもしかしたらと僅かな疑いが拭えなかった。
「バカかテメェ、敵味方の区別がつかない奴なんてただの害悪でしかねぇ」
「だったらどうするつもりだ?」
「始末する。使徒さまに不利益となる存在を斬るのが俺の仕事だ。邪魔するならテメェも斬るぞ」
クロガネの言葉を信用する根拠はない、だがその言葉に嘘偽りはないように思ったスレイがどうするか迷っていると、クロガネは言葉を続ける。
「もちろんテメェのことは後できっちりと殺してやる、せいぜい楽しみに待ってな」
このタイミングでそんなことを言うのかと呆れたスレイは、小さく笑みを浮かべてから魔道銃の銃口を下ろして片手を上げておどけてみせる。
「いやなこった。まだボクは死にたくないんだよ」
「なら我が主や使徒さまからは手を引くんだな」
「それはもっと無理な相談だね」
「なぜだ?」
「ボクはお伽噺の勇者みたいな殊勝な方じゃないけどさ、世界の危機を知って黙って見過ごせるほど残忍でもないんでね」
「ごたくを並べるんじゃねぇよ」
おどけるスレイに鋭い視線を向けたクロガネは黒い剣を持ち上げると、スレイも再び魔道銃の銃口を向けた。しかしクロガネは黒い剣を鞘に収めスレイの側に歩み寄った。
「今だけは俺に手を貸しやがれスレイ」
「……仲間が危険な状態なんだ、またいつかのように共闘と行きますか」
魔道銃を下ろしたスレイと、剣を納めたクロガネ、二人の視線の間にはすでに先程まであった険悪な雰囲気はなく、とても穏やかな空気が流れていく。
スレイもクロガネもお互いに対する疑いを持ちながらも、今だけは敵を同じくする者同士、信用して一緒に戦っても良いと思えた。
話を纏ったスレイは改めてユフィの方へと振り返った。
「ごめんユフィ、おまたせ」
「待ってないけど………男の子って変なの」
正面に向き直ったスレイに声をかけられたユフィは、大きくため息を付いてから走り出した。
スレイとユフィ、そしてクロガネたちは共に分体のいる場所に向かって走り出したのだった。
⚔⚔⚔
場所は移り変わりレティシアとの戦闘を行っていたリーフとノクトは、突如乱入してきた使徒の分体との戦闘を続けていた。
乱入した分体は仲間であるはずのレティシアまでも標的として攻撃を仕掛けると、圧倒的なまでの力で三人をまとめて蹂躙していた。
このままでは埒が明かないと、レティシアがスレイたちを呼びに行くため、戻るまであの間引き止める役を担った。
「レティシアさん……遅いですね」
「えぇ……私たちも、そろそろ限界が近いです……早く来てほしいですね」
分体との戦いを続けるリーフとノクトはすでに限界を迎えようとしていた。
体中に傷を作りながらもたち続ける二人、そんな彼女たちの戦の前に立ちはだかる使徒の分体は明らかに巨大でより禍禍しい風貌の化け物へと変貌を遂げていた。
『ワッハハハハッ!あのお方から授かった我が力の前にひれ伏せ人間ども!』
耳につく甲高い笑い声を聞きながら地面を蹴り拳を振り上げる分体、対するリーフは盾を持ち上げて受ける構えを取った。
後ろにいるノクトを危険に晒すことは出来ない。
「来なさいッ!」
盾を持つ自分が下がるわけには行かないと全身に闘気を漲らせるリーフの下に、使徒の拳が振り抜かれる。
ガンッと激しい衝突音と共に打ち付けられた拳がリーフの盾を軋ませている。
「グッ!?」
分体の拳が盾へとぶつかったその時、ズシンっと凄まじく重い衝撃がリーフの腕へと伝わった。
「グッ………ァアアアアァァァァッ!!」
明らかに今まで受けていたどんな攻撃よりも重い、比べ用のないその一撃に押されそうになったリーフだったが、全身に力と闘気を込めて受け止める。
しかし、分体の攻撃はそれでは終わらなかった。
『フハハハハハハッ!まだ終わらんぞッ!』
「─────ッ!?」
引き戻された拳と反対の拳が再び振り抜かれ、盾を握る腕に再び衝撃が走る。
左右の拳を使った連打がリーフを狙って放たれる。
「リーフお姉さんッ!?」
背後から聞こえてくるノクトの悲鳴にも似た声、すでにノクトは魔力が尽きている。今のノクトではただ嬲り殺しにされてしまうだけ、ここは引くことができない。
「ノクト殿ッ……うご、かないでッ!」
次々と降り注ぐ拳の応酬を盾で受け続けるリーフだったが、受け続けるたびに盾は歪み身体の骨は悲鳴を上げ続けている。
どこかでこの攻撃をやめさせなければならないが、闘気の余裕がない現状で盾へ以外へ闘気を割く余裕がない。だからといってそのままの剣で斬りつけても無意味だ。
「このままではッ!?」
どうするかと考え続けるリーフだったが、次の瞬間恐れていた災厄な事態が起こった。
分体の拳を受け続けていた盾が割れ、リーフの腕が砕けたのだ。
「うぐっ!?───ぅあああああぁぁぁあぁぁぁっ!?」
「リーフお姉さんッ!?」
突然腕を抑えて叫び出したリーフ。叫び声を聞いて駆け出しそうになったノクトだったが、魔力のない自分が下手に動いてはいけないと既のところで思いとどまった。
一方、リーフの腕が砕けたのを感じ取った分体は攻撃をやめて、勝ち誇った笑みを浮かべていた。
『ハハハハッ!今の感触、腕の骨が砕けたな!脆弱な人間よ、これが使徒さまのお力じゃ!!』
「うぅ……うる、さい……です……よッ!!」
『そうか、ならばこれで死ねぃッ!』
分体がこれで最後だと振り上げた拳がリーフに向かって振り抜かれる。
これはいけないッと、即座にシールドを発動しようとしたノクトだったが、魔力が回復していない、杖に描かれようとした魔法陣は砕け霧散する。
間に合わないッ!?っとノクトそう思った時、立ち上がったリーフは半壊した盾を構える。
「ゥウォォオオオオオオオォォォォ――――――ッ!!」
もう二度とこの腕が動かなくなっても構わないと、持ち上げられた左腕に自分の残された闘気をすべてを集めて受け止める。
すると砕けた腕に凄まじい衝撃が伝わり、リーフは激しい痛みに倒れそうになった。
だがリーフは倒れる訳にはいかないと、声を上げた。
「ゥアァアァアアアアアアァァァァァァ――――――――ッ!!」
『ぬぅぉおおおっ!?』
自分に残された全ての闘気を使って使徒の拳を弾き返したリーフ。そして無我夢中で動いたせいで呼吸が乱れたリーフは、酸欠によるものか頭が真っ白になり倒れるように座り込んだ。
「ハァ……ハァ……グッ……!?」
呼吸が安定せず、指もまともに動けないほどの痛みが走る中、リーフが顔をあげるとそこには怒り狂った使徒が立っていた。
『良くもやってくれたなッ!───死ねぇッ!!』
怒り狂った分体がリーフを殺すべく拳を振り上げようとした。
今の状態では受けきれない攻撃を前に、自分の最後を意識したリーフは目を瞑り自分の最後をまとうとしたその時だった。
「させ、ません………ッ!───フレイム・アローッ!」
それを遮るように放たれた炎の矢がリーフの直ぐ側を横切り分体を穿った。
『ぬぅうぉおおおおっ!?小癪なッ!?』
次々と放たれる炎の矢が分体をひるませながらその身体を焼いている。
動きをとめる分体には目もくれずにリーフは背後に視線を向ける。
「今のは………ノクト殿、なぜどうやって!?」
驚きのまま振り返ったリーフの目に映ったノクトは、確かに杖に魔法陣を展開していた。
魔力が切れているはずなのに、どうしてと思ったリーフだったがノクトの顔色が悪いのを見てかなり無理をして魔力を捻り出したことがわかった。
「リーフ……お姉さん、速く………逃げてッ!」
叫んでいたノクトが突然ゴホッと血を吐いてうずくまった。それを見たリーフは、ひしゃげた盾を盾を捨てノクトに駆け寄る。
「ノクト殿ッ……どうされたのですか!?」
「魔力……むりに……魔法を、使った………はんど、う……です……」
「無理に……まさか、命を削って魔力を!?」
人は誰しもが魔力を持って生きている、それは魔力を持たないリーフでも知っているいることだ。そして、もし魔力を持たぬ物が生涯にたった一度、魔法を使うことが出来るとすると命を代価にしなければならない。
まさか、それを使ったのではとリーフが問い詰めるも、ノクトは首を横に振って否定した。
「たい、ないの魔力……を、つか……いまし、た……むりは、そのせいです」
魔法使いは魔力をのものを体内で生成して全身に魔力が循環している関係上、体内活動にも魔力が関わっている。ノクトが捻り出した魔力はまさしくそこからだった。
体内の魔力を限界まで絞り出した結果、体内にも深刻なダメージを受けたことになるのだ。
「だとしても、やりすぎですッ!」
「でも……そうでも、しない……と………」
血を吐き蒼白となったノクトが杖を握りしめ立ち上がろうとする。
「止めなさい!それ以上は命にかかわります!」
「へいき……です……」
ノクトが見据える先では魔法から逃れた使徒がこちらに向かってくる。
血を吐きながら魔力を練りだすノクト、これ以上の魔法行使は命が危ないリーフは側に転がっている剣を手に取ると、ノクトの前に立った。
「自分が、行きますッ!」
向かってくる使徒を前にして再び全身に闘気を纏い立ち上がったリーフは、片手で握りしめる剣へ闘気を込める。
『卑小な人間ごときが、まだ歯向かうか!』
「あなたを倒すためなら、いくらでも立ち上がりますよ!」
駆け抜け剣を振るうリーフだったが、すべての闘気を注ぎ込んで強化された剣は分体の身体に傷を一つつけることなく弾かれてしまう。
「まだまだッ!」
『邪魔だ、人間』
攻撃を受け続けた分体がリーフの剣を掴み取ると、握りしめて刃を砕き拳を振るいリーフを殴り飛ばした。
「リーフ……お姉、さん……ッ!」
殴り飛ばされたリーフの下にノクトが駆け寄ろうとするも、ノクトも限界が来て遂に倒れてしまう。
『哀れよな。力尽き入れるその姿』
「うる……さい」
分隊の言葉を否定するようにリーフは折れた剣を握り立ち上がった。
『まだ動きおるか死に損ないめ』
「まだ……やれ、ます……」
「ダメ……ッ、リーフ、お姉……さん、にげ……てッ!?」
自分の後ろから聞こえる弱々しいノクトの声。逃げるわけには行かないこの状況でリーフは覚悟を決めて分体とやり合う、そう覚悟を決めた、その時だった。
「──インフェルノ・ランス!」
「──コキュートス・ランス!」
響き渡った声と共に二人の直ぐ側を駆け抜けた業火の槍と氷結の槍が、迫りくる分体へと深々と突き刺さった。
『ぐぅあぁあああぁぁぁっぁあああぁぁッ!?』
炎と氷の槍に貫かれ悲鳴を上げる分体を前にした二人は、そっと後ろを振り返るとそこは魔道銃と杖を構えたスレイとユフィの姿があった。
「二人とも無事か!?」
「遅くなってごめんね!」
銃と杖を下ろしたスレイとユフィは倒れる二人の元へと駆け寄る。
「お二人、とも………使徒を、先に」
「わた……し、たち……は……あと、で……」
「ダメです!ノクトちゃん、魔力の使いすぎで死んじゃうところなんだよ!」
「治療が先だ……それに、来たのはボクたちだけじゃないよ」
スレイが二人にそう答えたその時、受けた魔法のダメージから回復した分体が襲いかかってきた。
『人間風情が!よくもワシをッ!』
拳を振り上げスレイたちをまとめて押し殺そうとした、その時だった。
「──斬激の型 陽炎ノ舞」
叫ぶとともに駆け抜ける仮面の少年 クロガネは、振り抜かれようとした分体の拳に合わせて漆黒の剣を振り抜く。すると、拳と剣が接触した瞬間剣の刀身が歪んだ。
『ヌグァアアアッ!?』
拳をすり抜け分体の身体を斬りつけた刃は、そのまま力任せに分体を吹き飛ばした。
吹き飛ばされた分体はそのまま瓦礫に突っ込み、土煙の中へと消えていった。
「チッ、やっぱこの剣じゃ斬れねぇか」
分体を吹き飛ばしたクロガネは伝わった手応えから切れてことに気づきを築いていると、瓦礫の中から分体が姿を表した 。
『貴様ッ!その面ッ!あのお方にお使えする人間だろうがッ!なぜわしを斬りおったッ!!』
瓦礫の中から現れた分体がクロガネに向かって叫んだ。
「なぜ?そんなのテメェが先にレティシアを殺そうとしたからだろうが!」
『なにをッ!貴様らはあのお方の下僕、ならば直々に仕えるワシにために死ぬのは本望ではないかッ!』
「トンチキなこと言ってんじゃねぇ。テメェがやったのは単なる無差別攻撃だッ!敵味方が区別できねぇ欠陥品は、ここで殺す」
クロガネの言葉を聞いた分体は、その額にいくつもの青筋が浮かび上がらせる。
『ワシが欠陥品じゃと……ふざけるなぁぁあああっ!未だ人などという矮小な分際でッ!神の徒たるワシを愚弄なぁぁああああァァァァッ!!』
分体が叫っとともに吹き荒れる膨大な負のオーラを真っ向から受け止めるクロガネ、そんな彼に向かってスレイは問いかける。
「おいクロガネ!そいつ、君たちに任せていのか?」
「こっちの不始末だ。掃除はする」
短くそう告げたクロガネが駆け出すと、それに合わせて二人の少女が分体に攻撃を仕掛ける。
「シィッ!」
「ハァッ!」
左右からの飛び出したアカネとレティシアの同時攻撃、加えて正面から斬りかかるクロガネの三方向の同時攻撃を分体はオーラを爆発することで吹き飛ばす。
爆発の瞬間、ユフィは身を守るためにシールドを張った。
「危ないなぁ~全く」
「ユフィ、あっちは任させて、こっちに集中」
「わかってるよぉ~……それより、スレイくん魔力に余裕ある?」
「ヘリオース、一発分くらいはあるよ」
「じゃあノクトちゃんに分けてあげて、リーフさんの治療はやるから」
そっちのほうが得意でしょとユフィに言われたスレイは、コクリと頷くと右手に嵌めていたグローブを外しノクトの側で膝をついた。
「ちょっとじっとしててよ、ノクト」
「は……は、い……」
なにをするのかと虚ろな目でスレイのことを見ていると、スレイは自分の手首を噛みちぎった。
突然の行動に驚いたノクトの口から小さな悲鳴が上がるが、当のスレイは何も気にした様子もなく流れ出た血をインクの代用として、地面に魔法陣を描き始める。
「ここまで消耗した魔力はポーションじゃすぐには癒やせないから、ボクの魔力をノクトに直接与える」
スレイが地面に描き上げた魔法陣は、マナ・シェアリングと呼ばれるもので他者への魔力譲渡を行う魔術儀式だ。
本来なら魔力を含んだ特殊な液体状の媒体を使用する魔術なのだが、そんなもの持ち合わせていないので血で代用する。魔法陣を描き上げたスレイは、倒れるノクトの手を取り儀式用の印を描くと、自分の腕にも同じよう印に描いた。
「これでいい、始めるよ」
魔法陣のうえでノクトの手を握ったスレイは、そのまま魔力を流し始める。
魔力を流すことで魔法陣が光だし、スレイの体内から魔力がごっそりと抜けていく。この魔術の欠点は魔力運用の効率の悪さだ。
人の持つ魔力というのは所有者によって異なり、この魔術は譲渡先の魔力へ自動で調節することが出来るがその際にかなりの魔力を消費する欠点がある。
そのため生命維持の魔力までも使い果たしているノクトの魔力を回復させるためには、スレイの残っている魔力全てを注ぐ必要があった。
しばらくそのままでいたスレイは、ノクトの血色が良くなったのを見て魔力を止める。
「これくらいで良いかな、これ以上はボクが倒れそうだよ」
「ありがとう……ございます」
恥ずかしそうにしながら起き上がったノクトにポーションを渡しそれを飲んだのを見たスレイは、自分の分を取り出して手首の傷にふりかけた。
ジュッと焼けるような痛みとともに傷口がふさがると、スレイは立ち上がりユフィのところへと向かう。
「ユフィ、ノクトの方は終わったよ」
「こっちも、応急処置だけど終わったよ」
「お手数かけました」
「気にしないで、それより今はあいつを───」
なんとかしよう、そうスレイが言いかけたその時、四人を覆っているシールドに何かがぶつかる音が響いいた。
クロガネたちがやられたのかと振り返ったスレイたちが見たのは、まさにそこ瞬間であった。
「ウソッ、レティシアさん!?」
張られたシールドを背にして倒れる赤毛の少女レティシアだった。
シールドの外で使徒の分体と戦っていたはずのクロガネが相手取っているのは、醜く膨れ上がった肉塊のような姿をした化け物だった。
あの化け物はなんなのか、そんな疑問を覚えながらもスレイは即座に指示を出した。
「ユフィ!彼女を中に、治療を頼む!」
「了解ッ!」
ユフィがシールドの一部を解いて倒れるレティシアを受け止めると、入れ替わるように剣を抜いたスレイがシールドの外へ出る。
走りながら魔道銃を抜いたスレイは、その銃身に魔力を流すと化け物の身体へと魔法を撃ち込んだ。
「焼穿てッ───インフェルノ・ジャベリンッ!!」
トリガーを引き撃ち出された魔力弾が銃口に展開された魔法陣を通過すると、巨大な一本の槍となって化け物の肩と思しきの部分を穿った。
『グギャァァアアアァァァァァァ――――――ッ!?』
肩を撃ち抜かれた化け物が悲鳴をあげてのたうち回るなか、スレイは魔法を撃った魔道銃の異変を感じたが今は気にしていられないと、魔道銃を投げ捨てクロガネの傍に駆け寄った。
「おい、これはどういう状況だ!」
「あぁッ?みりゃわかんだろ。野郎、力を暴走させやがった!」
「暴走?………まさかこの化け物、あの分体か!?」
そうだと答えるクロガネと並び立ち剣を構えたスレイは、目の前でうずくまり肉塊の化け物をよく観察する。
始めは山羊のような角と顔が印象的だったが、今では増殖した肉塊となった化け物に成り果ててしまい、記憶に残る両者を見比べても全く違いすぎる。
レティシアを投げ飛ばした胆力に加えて再生能力もあるらしく、スレイが穿った傷も肉が増殖して埋めるように塞がっている。
「あいつを倒す策はあるのか?」
「斬り刻んで力を使わせれば良い……暴走したあの身体だ、もって数分……永くても十分弱で自壊するだろう」
「街への被害を考えるなら前者だな………ところでアカネは?」
二人よりも三人でやったほうが速い、アカネにも手を貸してもらいたかったが姿が見えない。どこに行ったのかとスレイが問うと、クロガネは言いにくそうに答えた。
「野郎が暴走した瞬間、殴り飛ばされた」
「なっ、先に言えバカッ!どこだ!?」
「あの陰だ、頼めるか?」
「任せろ」
クロガネが差した一角、そこを見据えて走り出したスレイは背後で奏でられる戦闘音を聞きながら瓦礫を飛び越えると、その陰で倒れ気を失っていたアカネを発見した。
意識のないアカネの側で膝をついたスレイは目視で目立った外傷がないことを確認し、続けて魔力による診察で体内の怪我がないかを確認する。
結果は、所々に打撲や細かい切り傷がある程度で死に関わるような大怪我はないものの、攻撃をモロに受けたのか左腕の骨に罅と、右手首が折れている。
あんな化け物にやられてそれだけで済んだのだから、良かったと思えるべきだろうと考えたスレイは、すまないと謝りを入れてからアカネの手を取った。
折れた手首の骨を触りながら、慎重に位置を直してからアカネの持っていた短剣の鞘を使って固定する。
準備を終えたスレイはアカネへと掌を掲げて治癒魔法をかけ始める。
「ごめんな。ユフィほど治癒は得意じゃないから──エクス・ヒーリング」
スレイが使える中で最上位の治癒魔法を唱えると七色の光が降り注ぎ、アカネの身体を癒した。
しばらくそのまま治癒魔法を使っていると、アカネが意識を取り戻した。
「うっ……あっ、あんた……は………」
「良かった。意識戻ったみたいだね?」
「二人……は?」
「クロガネはあの化け物と戦ってる。レティシアさん?は、ユフィが今治療中」
「手間、かけたわね」
二人のことを聞いたアカネが起き上がった。
「アカネ、治療は終わってないまだ動くな」
「もう動けるわ」
「ダメだ、もう少し待って!」
動けるだろうがまだ完全に治療が終わっているわけではない、立ち去ろうとするアカネの肩をつかんで振り向かせたその時だった。
パキンッと何かが割れるような音がスレイの耳に届いた。
何だとスレイが思ったその時、アカネの顔を覆っていた仮面が割れ地面に落ちる。
初めて顕になるアカネの素顔はどこか日本人に近い顔立ちで、今までは仮面で分からなかったが少女と呼ぶには少し大人びた容姿から、もしかするとスレイよりも年上なのかもしれない。
だがそんなことよりも今一等スレイの目を引いたのは、アカネの目の色だった。
「アカネ、その目……」
「───っ!?」
スレイの指摘を受けて目を覆うように隠しやアカネだったが、すでに
右目はわずかに緋の差した黒、左目は紺碧を思わせる澄み切った鮮やかな青、左右で色が違うオッドアイかとも思ったそういうわけではなさそうだ。
アカネの左え目から感じる魔力の流れは普通のそれではない。そこまでを総合した結果、スレイはある結論を口にした。
「その目、魔眼か」
魔眼とは特殊魔力を宿した瞳のことでさまざまな力を有しております、一昔前では悪魔の眼として恐れられ迫害を受けてきたが今では魔眼の研究も進み、瞳に魔法が宿ったものだという結論だ。
魔眼に宿る魔法は人によって様々で、有名なところでは見た者を石に変える石化の魔眼か、そんなことを思い浮かべながら初めて魔眼保有者に会ったなとスレイは思った。
目を塞ぎながらアカネは強張った口調で問いかける。
「スレイ、あんた……私の目、みたの?」
「えっ、あぁ……うん」
「そう………ごめんなさい。私の目───くっ」
突然頭を押さえながらうずくまりだしたアカネはくぐもった悲鳴をあげている。
尋常ではないその苦しみようにスレイは異変を感じる。
「おいアカネ、どうしたの!?」
「ダ、メ……ごめん……ァアァアアアァァァッァァァアアアァァァァ――――――ッ!!?」
「しっかりしろアカネッ、待っててすぐにユフィを───」
謝りながら悲鳴を上げるアカネ、スレイはすぐにでもユフィを呼びに行こうとしたその時、ズキンッと頭の奥を何かに覗かれている奇妙な感覚に襲われる。
「なんだ、これ……」
頭を押さえ膝をついたスレイの顔色が悪い。
まるで頭の奥を何かにかき乱されているような、例えるなら部屋のタンスの中身を全て掻き出して床にぶちまけているような、例えようのない気持ち悪さだった。
「アカネ………君の魔眼………なん、なんだよ……?」
変わらずうずくまっているアカネに問いかけるスレイは、声にならない声で問いかっけるとガッとスレイの方をつかんで強制的に振り向かされた。
「おいテメェ、アカネに何しやがったッ!」
「クロガネッ………お前、分体は?」
「もう殺った!それよりテメェ、まじで何しやがれたッ!!」
「………魔眼を観た」
スレイの告白に仮面の奥で目を見開いあたクロガネは、ギリッと奥歯を噛み締めながらスレイを押し倒すと倒れるアカネの側に歩み寄り、優しく抱き上げる。
「大丈夫……では無さそうだな」
「ごめん、なさい……」
「気にすんな……もう行くぞ。レティシア!」
クロガネが後ろに振り返り叫びかけると、長い赤髪をかき上げながらレティシアがやってきた。
「聞こえておるから、そう叫ぶでないわ」
「さっさとゲートを開け、戻るぞ」
「おうおう、えらく殺気立っておるわ。まぁ、理由はわかるがな」
クロガネの腕に抱かれているアカネを一瞥したレティシアは、言われるがままゲートを開くとクロガネがアカネを連れてゲートの中に入ったその時、アカネが何かを告げた。
距離が遠く何を言ったかは分からなかったが、一瞬クロガネから凄まじい殺気が漏れ出たかと思うとすぐに消え去り、ゲートの奥へと消えていった。
なんだったんだと思いながら、スレイは残ったレティシアの方を見るとちょいと肩をすくめてみせた。
「すまぬな。うちの旦那様、身内の危機には黙っておれんのでな」
手をひらひらと降ってゲートを潜っていくレティシア、三人が消えた場所を見据えたスレイはこれで本当に終わったのかと思いながらも、剣を納めてる。
「終わった……んだよな」
分体が消え荒野と成り果てた街を眺めながら踵を返したスレイは、自分を待つユフィたちの元へと戻るのであった。