使徒分体 ①
城へと連れ去られたヴィルヘルムは、手枷をはめられたまま前には自分をここまでつれてきた元老院のじいさんが、左右と後ろには剣を携えた騎士に囲まれ逃げることはまず不可能だろう。
一応はこの国の王である自分にこんな仕打ちとは、そう思ったヴェルヘルムだったが、今の状況で早々に処刑されずに拘束と連行だけですんでいるのは、まだましな対応だろうと思っていた。
そう考えながら歩いていると、元老院のじいさんが歩きながらヴェルヘルムの顔を確認した。
「王よ、これよりあなたには死んでいただきます」
「わかってるよ。抵抗も出来ない、今のこの状況では助けが来るかもわからない」
「冷静ですな、普通でしたら泣き叫んで助けを呼ぶ状況でしょうに」
「うるせぇ、どうせ俺には嫁もガキもいないからな、死んでも悲しむ相手がいない」
自分で言っておいてなんだか無性にむなしくなってしまったヴェルヘルム。
彼は今年で三十八。
元々騎士団の運営に力を入れていた先王が彼が十九のときに死に、それから約二十年もの間この国をより良い国へと建て直そうと躍起になり、がむしゃらにやってたらいつに間にかこんな年になってしまった。
結局は今までの長い歴史のせいで根付いてしまっている悪習、貴族や騎士団の一部による冒険者を下に見る傾向だけが残ってしまった。
それをどうにかして取り払いたかったのだが、結局は中途半端なところで終わってしまった。
今回の対抗戦の件で少しでもいい方向へと変わる。
そう信じていたが、結局はそれもこんな結果に終わってしまい、もしもここで死ぬとしたら、それだけが心残りだった。
王座へとたどり着いたヴェルヘルムたち、そこにいたのは今朝から行方不明になっていた騎士ベクター、そしてその横には見覚えのない青い髪の男が並び立っていた。
「誰だお前、見たことのない奴だな」
ヴェルヘルムが青い髪の男を見ながらそう訊ねると、前に立っていた元老院のじじいが顔を真っ赤にしながら手に握っていたステッキ振り上げ、老人が出せるとは思えない力でヴェルヘルムの頭を殴打した。
ステッキで殴られ頭部から血を流して倒れたヴェルヘルムを見下ろした元老院は、側に控えていた騎士に命令して両腕を抱えられて起き上がらせた。
「無礼者めが!この方はこの世界をお作りになられた神の使徒様であらせられるぞ!貴様のような者がそのような口の聞き方、万死に値する不届きと知れ!!」
「知らねえっての……おいじじい、歳なんだからさぁあんまり興奮すると、血圧上がって死ぬぞ?」
「このっ!!」
もう一度、本当は明日の朝大々的に処刑をするつもりだったが、もうそんなことどうでもいい。
元老院のじじいはヴェルヘルムに向けて再びステッキを振り下ろそうとした。だが、それを止めたのは使徒だった。
「やめなさい人の子よ、それは醜いおこないですよ?」
「し、使徒様……しかしこやつは使徒様を侮辱し、あろうことかあなた様に選ばれた私めをも侮辱いたしました。これは神に対する侮辱も同じことですぞ!」
「一理はあります。ですがまだ殺してはいけません、わかりましたね?」
「はっ、申し訳ありません使徒様」
「よいのです。私はあなたのように神を敬う者には、褒美を与えなければなりませんね」
使徒と名乗った青髪の男は、元老院のじじいの頭に手を置くと、元老院の身体からまばゆい光が放たれ、その光の中で醜く太った老人の身体が変化を始めた。
まずは手足が伸び腕にある筋肉がたくましくなると、その上から獣のような毛が生えた。毛は身体全体に生えていき、顔に達したときには顔にまで変化が訪れる。鼻から口元にかけて急激に伸びていき頭部には、捻れた二本の巻き角が真っ直ぐ後ろに向かって伸びていた。
それはもはや人ではない山羊の顔をした化け物だった。
「これが、これが使徒様のお力か!スゴい、スゴいぞ!力が溢れてくるぞ!!」
背中に生えた翼を広げた化け物は、大きな笑い声をあげている。
それを押さえつけられたままの姿で見ていたヴェルヘルムは、怒りでひきつった顔で使徒と名乗った男を睨み付ける。
「なにが神だよ……ただの化け物じゃないか!」
「まだ言うか愚か者めが!これこそ神の神業だとなぜわからん!」
「うるせぇ!てめぇには言ってねぇんだよ!この怪物マッチョじじいが!!」
もはや国王として作り上げたキャラは崩壊し、子供のように相手の外見の悪口を言いはなっていた。
「黙れ!」
「うぐっ!?」
煩わしくなった元老院が筋肉質になった腕でヴェルヘルムを掴むと、そのままヴェルヘルムを投げ飛ばした。
壁に叩きつけられたヴェルヘルムは、口から血を吐くとそのまま意識を失った。それで死んだと思ったのか、意識を失っただけのヴェルヘルムをそのままに元老院は使徒の前に膝まずく。
「使徒様、もうこの王は終わりです。使徒様のお力で我が同胞にも私と同じお力をお授けください」
「えぇ、構いませんよ」
使徒が背中に生えた翼を広げると、光が部屋一帯を包み込み部屋に中にいた騎士や他の貴族たちを元老院と同じ化け物へと変貌させた。
「さぁ行くのです人の子らよ、亜しき者共をその手で殺すのです」
「「「「おぉおおお────────っ!!」」」」
拳を掲げた化け物どもが一斉に吠えると同時に、使徒の手先となり化け物に変貌した騎士たちが背中の翼を広げ、暗闇に染まった世界へと羽ばたいた。
「さぁ、我らも行きますよベクター」
「はい使徒様、我が身は御身の者、我が身にあの愚か者へに憎み、殺意をすべてお譲りします」
「よろしい、ではその殺意をすべて私が預かりましょう」
コアの形に戻った使徒が浮かび上がり、ベクターの身体の中に入った瞬間、眩い光の中にどす黒い輝きが混じると、ベクターの身体が先程の使徒の手先となった騎士たちよりも、更なる巨体へとなったのだった。
⚔⚔⚔
一度リュージュ家の屋敷でいつもの服装に着替えたスレイたちは、一度解散したあと準備を終えて戻ってきた生徒たちとともに、リュージュ家の屋敷でこれからのことについて話し合っていた。
参加している面々は、スレイたちの他にアストライアの説得を受けたリュージュ家の面々、そしてFクラスの全員だ。
「女神様、まずは確認なのですがこれからについてのこと、なにかお考えはあるのでしょうか?」
『申し訳ありませんが、今の私に力もありません……それどころか足手まといでしかありません』
「わかりました……それじゃあスレイくんは、なにか作戦はあるのかい?」
アストライアの次にはスレイに質問を投げ掛けたアルフォンソ、スレイは少し考えるそぶりをしながらその問に答える。
「一つだけですが、とりあえずは今の現状をギルドに説明しようと思います」
「ギルドにですか?でもお兄さん、まずは陛下の救出が先じゃないんですか?」
「いいや、まずは現状を知ってもらうことが重要だ。考えてみてよ、あのベクターと同じような頭の奴らだ、早々にギルドを潰しに来るか、もしかしたら関係のない一般市民を攻撃するかも知れない」
確かにそれはあり得る、スレイの説明を聞いてここにいる全員が同じことを考える。
生徒たちはどうして家に帰る前にスレイとユフィが結界用の魔道具を渡してきたのか理解できた。
逆恨みで生徒たちの親にまで攻撃の手が伸びるのを恐れたからだ。
「後は仲間、本音を言うと使徒と強化された騎士団相手にたった三十人程度で戦えるわけがないからさ、冒険者に依頼をだそうと思うんだ」
先程の騎士たちのように使徒に操られ、強力な毒も効かないような相手にまともな戦いが出来るわけもない。
それに一度は使徒に操られたとはいえ、この国を守護する騎士なので殺すのは勘弁したいというのが本音だ。それにいざ戦うとなれば、いくら死霊山で鍛えられた生徒たちでも歴戦の騎士との戦いは荷が重いだろう。
なので騎士と同じくらい戦いを経験しているであろう冒険者を雇うことにするのだ。
「だけど報酬はどうするつもりですか?冒険者を雇うにして報酬が必要ですよね?」
「それなんだけど……あっ、ちょうど良かった。ユフィ、数え終わった?」
「うん!はいこれ」
リーフからの質問に対して答えるよりも前に、今までのどこかに行って遅れて入ってきたユフィに語りかけた。ユフィは両手で抱えていた大きな袋をスレイの前に置くと、手に持っていた紙をスレイに手渡した。
「ユフィ殿、それはいったいなんですか?」
「スレイくんに頼まれていた報酬の代わり、になるかもしれないものですね」
「お兄さん、いったい何を報酬にするつもりなんですか?」
「あぁ、それはこれだよ」
スレイは先程ユフィが目の前に置いた袋を開けて中身をみんなに見せると、みんなの目が大きく見開かれ視線がすべて袋の中に入っている物に集まった。
袋の中に詰まっているのはすべて魔物のコア、大きさはそれぞれ違うがってはいるが、それでも一目でわかるほど高価なコアが大きな袋一杯に詰められていた。
「うわっ!?どうしたんだよこれ!?」
「冒険者を雇う切り札」
「切り札?」
「そう。報酬はボクが五年間で収集した死霊山の魔物のコア、二千個。総額にして白金貨およそ八百枚です」
とてつもない報酬の値段に生徒たちは目が点になり、表情は崩さなかった物の多少は驚きを隠せないと言った具合のリュージュ家のみなさん、そしていきなり大金を報酬にすることに耳を疑っているノクトとリーフがいた。
そんな中でいち早く回復したアルフォンソがスレイに問いかける。
「いいの?い、それだけあればこの先数十年は遊んで暮らせる。いいや、もしかしたら一生遊んで暮らせるだけの金額だ。それを報酬にする気なのかい?」
「アルフォンソさん、ボクたちはこれからギルドに国を一つ救う依頼をするんですよ?これくらいですむなら安いです。それにコアが欲しいなら、また魔物を狩ればいいんですよ」
そんな簡単なことではない気もする、そうアルフォンソが思っていると唐突に大きな笑い声が聞こえてきた。
「小僧お主なかなか面白いことを考えるわ!じゃがなあ、これはわしらの国の問題じゃ」
「いいえ、これはボクたちの問題でもあります。それにギルドを頼ると提案したのはボクです」
「確かにそうかもしれん、じゃがな、そんな分かりにくい報酬よりも良いものがある」
どう言うことだ、そう思っているとホールの扉をノックする音が響き、執事のブレッドホールの中へと入り、カルトスにあり報告をしていた。
「大旦那様、ヘクトール騎士団長へ例の件の報告を終わりました」
「ご苦労、して奴はなんと言っておったかのう」
「はい。了解いたしました、そうお伝えするよう承っております」
「そうかそうか、小僧、すまぬがもうこちらで報酬の件は片付いたぞ」
話の見えないスレイたちはカルトスの顔を見ながら、頭の中には疑問符を浮かべているとトリシアが、カルトスに耳打ちをした。
「あなた、ちゃんと説明してあげてください。みんな困惑していますわよ?」
「おっとそうじゃったな……お主らから使徒とやらの話を聞いたときに、早々にブレッドに坊主のところに行かせておっての」
「父上、いくら団長が昔の教え子だからと言って坊主呼びはやめてください」
「固いこと言うでない、あやつはいつまでたっても坊主のままだと決めておるでの」
今話しに出ているこの国の騎士団長はカルトスも教え子と言うことなのだが、どうも師であるカルトスには頭が上がらないどころの話ではないらしい、そう理解したスレイたちはとりあえず話の続きを聞きたかった。
「それで、いったいどう言うことなんですか?」
「おぉ、すまんすまん、あの坊主にギルドに力を借りるように頼んだのじゃ、元々あやつは騎士団長の地位についた目的は、騎士団とギルドの調和、まぁ未だに出来てないがの」
「つまり、すでに騎士団からの依頼として、ギルドに?」
「そうじゃ、ついでに騎士団長自らの土下座で頼んでいるはずじゃ」
国の重要人物になんてことさせてんじゃ!?スレイたちはカルトスの言葉にそんな感想を思ったが、声には出さずに何とか心の中に飲み込むことが出来た。
やり方はあれだが、カルトスのお陰でギルドに行く手間が省けたどころか格段に楽になったはずだ。
後は今やるべきこととして最重要なのは使徒の動きだろう、そうスレイが言うと空間収納から索敵や偵察に重点を置いてカスタマイズしたアラクネを取り出していると、何かを感じ取ったらしいアストライアが叫んだ。
『スレイ!かなり厄介なことになりました!』
「なにがあったんですか?」
『使徒の分体がこちらに向かってきています』
「なんですか、それは?」
『使徒が作り出した自身の眷属、つまりは使徒が作り出した使徒とでも思ってください』
説明がざっくりしすぎてて逆に分かりずらくなったが、つまりは使徒の手先が向かってくると言うことだと理解したスレイたちは、ついに使徒との戦いになる。
「みなさん、使徒は強いです。気を引き締めてください」
スレイがそれだけを告げると全員が答えた。
屋敷を出た瞬間、上空には山羊の顔に背中に翼の生えた化け物が飛び回っていた。上空の景色を見ていたスレイ、ユフィ、ノクトの三人は牛の次は山羊か、そう思ってしまったのだった。
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使徒の分体による攻撃が始まったウルレアナ、町を守る城壁その上には三つの影があった。
「今回の仕事は使徒様の護衛か、いいように使われるものだの」
「少しは言葉を慎みなさいレティシア、それよりもクロガネあそこにあいつがいるのね」
「あぁ、俺たちの仕事は使徒様の護衛、そして危険人物の排除だ」
漆黒の剣を抜いた黒髪の少年クロガネは、二人の少女を連れて使徒との戦いに参戦した。