舞踏会と事件
結局、あぶれてしまった二人は記憶がなくなるまで酒を煽っていた……のだが、こんなところで問題を起こされては叶わんと思ったスレイが置いていった治療用アラクネによって、適度に酔いつぶれる度にリカバーをかけていた。
そのためどれだけ強い酒を呑んでもほろ酔い気分で終わっていた。
………だがそれがいけなかった。
酔えないことに癇癪を起こしたのか余計に強い酒を飲みはじめたのを見て、このままじゃ将来的に不味い。
そう思ったスレイが周りに気付かれないように二人を気絶させ、倒れた二人をウエイターに預けて何事もなかったかのように舞踏会に戻った。
ちなみにユフィノクトは料理を取りに行ったので、今スレイはリーフと二人っきりとなってしまった。
「スレイ殿、あの子達に容赦がなくなりましたね」
「元々そんな物は不要ですよ、何度もバカやってこっちの手間を取らした奴らですから」
「そういって、最終的にはいろいろと世話を焼いているスレイ殿は、とても優しいお方ですね」
妖艶に微笑むリーフ、普段はあまり意識しないようにしていたがアルコールのせいなのか、いつもよりも年上の女性としての色気、そんなものがかもち出されているリーフ、少しだけトロンとした目で上目遣いで見上げられたせいで、少しドキリとさせられてしまったスレイは、赤くなっている顔をごまかすべくワインを飲んだ。
「スレイ殿の顔、赤くなっています」
「少し酔ったんです。ボクもあの子達並みではないですが、そこまでお酒は強くはないので」
「ふふふっ、それでは酔いつぶれる前に、グラスの中に残っているそのワインはお姉さんが飲んであげましょうか?」
「いえいえ、大丈夫ですよ……ってか、リーフさん年下をからかって楽しいですか?」
「えぇ、楽しいですね」
「それじゃあ、お姉ちゃん、このワインお姉ちゃんにあげるね」
無邪気な子供のような精一杯の笑顔で添えて、リーフにグラスを差し出したスレイだった。それを見たリーフは、とてもいとおしい気持ちになったがこんなところでそんな気持ち必死に押さえ込む。
「人の目もありますので、これくらいにしましょう」
「そうですね……以外と恥ずかしかったです、もう二度とあんなことしません」
「私も、スレイ殿にお姉ちゃん呼びされるのは、どうも……恥ずかしかったです」
遊ぶのもほどほどにしないといけないと思った二人は、酔いとは別の理由に顔を真っ赤にしているのだった。そこに、タイミングよくユフィたちが戻ってきた。
「あれれぇ~、二人とも顔赤いよ~」
「リーフおねしゃん、どぅしたんでしゅかぁ~お顔がぁ~真っ赤でしゅよぉ~」
戻ってきたノクトのろれつが回っていない、その事にスレイとリーフはギョットしてしまった。時間にして十分にも満たない間に、どこをどうしたらここまで酔っぱらうことが出来るんだ?
「ノクトちゃん、ジュースと間違えてワイン呑んじゃったみたいなんです」
「おいおいユフィさんよ。ノクトって、お酒呑んだことあったっけ?」
前に使徒との戦いのあとに打ち上げをやったが、そのときはずっとジュースを呑んでいたので、ノクトが呑んだところを見たことがない。
「ないよ~……だからね、本当にごめんなさい」
「ユフィ殿が素直に謝るのって、かなり珍しくありませんか?」
「はい……ユフィもしかして熱でもある?」
ふらふらとどこかへ行こうとするノクトを押さえスレイと、何とかしてノクトからワインの入ったグラスを奪おうとしているリーフが、驚いた顔をしてユフィのことをみた。
「いやぁ~、ごめんなさいノクトちゃんに間違えてお酒渡しちゃいました」
「ユフィさん……マジっすか」
「そうとは気づかずに少し目を放してたら、いつの間にか何杯呑んでたみたいで……」
「う~わっ、災厄なやつじゃないですか」
最近のうっかり被害は少なかったが、ここまでひどいものは久しぶりだ。
痛そうに頭を押さえたスレイは、とりあえずノクトのよいを冷まさせるためにリカバーをかけようとノクトの頭に手をかざそうとした瞬間、伸ばされた手をノクトがつかんだ。
「おにいしゃ~ん、だんしゅ!だんしゅ躍りにいきましょ~」
「断酒?……あぁダンスね───って、ちょ、ちょっと!?」
ノクトが掴んだスレイの手をとってダンスの行われている中央に走っていった。
「ノクト殿って酔うと気が大きくなるんですね」
「そうみたいですよ~……あれ酔ってたときの記憶残ってるんですかね?」
「さぁ?……それはそうと、私もスレイ殿と踊りたいです」
「私もですよ~」
ノクトに先を超された二人は、密かに次にスレイと踊る順番を決めていたのだった。
⚔⚔⚔
酔っ払ったノクトと一緒に踊っているスレイは、先程からもう何度目かわからないくらいノクトに足を踏まれていた。
「おにいしゃん、わたしまわってまぁ~しゅよ~」
「楽しそうなのはいいんだけど、少し痛い」
そう言いながら今もノクトのヒールがスレイの足を踏んだ。
どうも千鳥足でダンスは無理じゃないかと思ったが、今ここでリカバーをかけ何かあるといけないので終わるまでは待つことにした。
ついでに言っておくとスレイもダンスの経験は全くないので、ノクト酔ってようが酔ってなかろうが関係ないし、それでも相手の足を踏むよりは、相手に踏まれた方が罪悪感もないのでいいのかもしれない。
なので終わるまでこの痛みをこらえ続けるしか道はない。
「おにいしゃんおにいしゃん、わたしぃ~、おにいしゃんのことぉ~、だぁ~いしゅきぃ~でしゅよぉ~」
「はいはい、ボクもノクトのこと好きだよ」
「ほんとでしゅか!それじゃあ~わたしたちぃ~しょ〜ししょ〜あい、でしゅねぇ~」
「はっははは、そうだね」
酔っぱらいの言葉には耳を貸さない方がいい、剣の師匠であるルクレイツアからどうでもいい理由で学んだことの一つがここに来て役に立った。
人生、ある意味何が起こるかはわからないものだな、そうスレイは思いながら何とか最後まで踊りきった。
ダンスを終えたスレイがその場から離れ、ユフィとリーフの待っている方に行こうとしたがいきなりノクトが抱きついてきた。
「おにいしゃぁ~ん、わたしぃ~おにいしゃんのこと放しましぇんよ~」
「はいはい、わかったから、いい加減酔いだけは覚まそうね。───リカバー」
疲れた顔をしながらノクトの頭に手を置いたスレイは、ノクトの酔いをさまさせるため状態回復魔法のリカバーを発動させる。
血中に入り込んだアルコールの毒素を解毒すると、一瞬にして酔いの覚めたノクトが一瞬キョトンとなると、今度は先程とは比較にならないほど顔を真っ赤に染めた。
「あっあれ?えっ……えぇっと……」
今の現状を見てなのか、酔っていたときの記憶が残っていて、覚めたと同時に自分の醜態に気付いてうろたえているのか、まぁどちらにしろノクトにはいい経験かもしれない。
「あ、あわわわ……わわわわ、わたし……そ、そそそ、その……!?」
「ノクト、今まで自分が何を言ってたか覚えてる?」
スレイが優しくそう語りかけると、顔を真っ赤にしてアワアワしているノクトが涙目で頷いている。
「今回のはいい経験になったでしょ?お酒は適量まで、これボクとの約束だからね?」
「はっ、はい……すみませんでした……」
酔っぱらって醜態をさらしてしまい落ち込んでしまっているノクト、それを見てスレイは少しは何か言って励ましてあげなければ、そう想いながら言葉を告げる。
「酔っ払ったノクトもかわいかったよ?」
「お兄さん!それは忘れてください!お願いします!」
「はいはい、冗談だよ。さて、ボクは少し食べ物取ってくるから、ユフィたちのところ戻ってて」
「わかりました……お兄さん、さっきのことちゃんと忘れてくださいよ?」
ノクトがうるうるとした顔でこっちを見ていたので、スレイはわかったよ、と答えて一人その場を後にした。
⚔⚔⚔
スレイは一人で料理を選んでいるが、先程のノクトと一緒に踊ったことが効いているのか貴族の人から声をかけられることはなくなった。
まだチラチラとこちらの様子をうかがっているようだが、声をかけてこない分には気にしない方がいいので無視することにする。
いくつかの料理を少しずつさらに乗せたスレイは、これくらいでいいかな?小さくそう呟きながらユフィたちの方に戻ろう、そう思い踵を返した瞬間、背筋が凍るほどの殺気を感じた。
──なんだいまの?
手に持っていた皿をそっとテーブルに置いたスレイは、袖口に空間収納の出口を開き、周りに気付かれないように用心しながら投擲用のナイフを忍ばせる。
「おいおい、冗談でもやめてよ」
殺気の放たれた方を見ると、そこにはこの場には似つかわしくない鎧に兜を被った騎士の姿があった。
始めは舞踏会の会場を守っている騎士か、そう思ったスレイだったがそれならば普通、こんなところにはいるはずがない。そう思ったスレイは周りの様子を伺うと、何人もの鎧の騎士が参加者に紛れていた。
いったい彼らは何をやっているのか、そう考えていると、突然女性の悲鳴が響く。
「きゃぁああああぁぁぁぁっ!?」
悲鳴のした方に一人の騎士が剣を抜き、参加者の女性に斬りかかろうとしていた。
悲鳴を聞いて剣を抜いているのを見た参加者がうろたえ慌て出す。
「やめろっ!?───くそっ!」
とっさに騎士の持っている剣を狙ってナイフの投擲しようと思ったスレイだが、周りが騒ぎだしたせいで狙いが定まらない。
それどころかこれだけ人がいる中で投げて他の人に当たりする危険もある。
早々に頭を切り替えたスレイは、空間収納から黒い剣を取り出して転移魔法を使用し一気に距離を詰めるが、やはり少し位置がズレ騎士の約一歩前に転移してしまった。
剣の鞘を握ったスレイは振り下ろされようとしていた剣を受け止める。
「速く逃げてッ!」
「はっ、はい!」
女性が逃げたのを確認したスレイは、受け止めた弾き返すと同時に真上に飛び上がった。
「ハァアアアアァァァッ!」
空中で回転しながら踵落としで地面に頭をつけさせた。
騎士が動かなくなったのを確認したスレイは辺りを見回した。
「他は……大丈夫そうだな」
スレイが顔をあげると、杖を握ったユフィとノクトの魔法によって捕縛されたであろう騎士二人と、リーフが倒したであろう騎士が一人。
生徒たちが倒したのが数人、それとリュージュ夫妻が倒したであろう騎士が多数倒れていた。
「いやあの中で、どうやったらそんなにたくさん倒せるんだよ?」
一人でツッコミを入れたスレイは空間収納から黒鎖を取り出し騎士を縛った。
残っているのはユフィたちと生徒たち、リュージュ夫婦と誰かはわからないが逃げ遅れた人が数人だけだ。
他の参加者の方々は逃げ出したようで、念のためにこの城の中を探知魔法をかけて見ると、外へと逃げ出しているのがわかった。
不用心かも知れないが外にはリュージュ家のブレッドたちがいるはずなので万が一はないと思う。
「みんな無事か?」
「無事だよ~」
「平気です」
「私も、問題はありませんね」
ユフィたちの無事を確認していると、デート気分だった生徒たちが不満を口にしているのを聞きながら、今まさに倒した騎士の前に立った。
顔を全部覆っていたフルフェイスを外してみんなに、特にリュージュ家のみなさんに確認をとってもらう。
「この顔、確かベクター隊長の部下だったはずだが」
「なんでこんなところに?」
「クーデターかもしれんな」
みんなが一斉に声のした方見ると、話しながら歩いてきた男性を見た瞬間、リーフと生徒たちが一斉に跪いたのを見て、スレイはいったいこの人誰なの?そう頭に疑問を覚えているとユフィが耳打ちしてきた。
「この国の国王陛下だよ」
「えっ、ボクたちも跪いた方がいいんじゃ……」
「構わないさ、君たちも面をあげよ」
国王陛下の声を聞いてリーフたちが立ち上がると、国王陛下がスレイに向かって名前を名乗った。
「私はヴィルヘルム・フォン・ロークレアだ。非常事態だからな、特に何かあるって訳じゃないから気にするなよ」
そうは言われても、そうスレイたちは思ったが一応はこの国の重鎮なので丁重な言葉使いに気を付けてなければと機を引き締めなければ、そう思っているアルフォンソがベルフェルムに話しかける。
「陛下、先程のクーデターとはどういう意味ですか?」
「そのままだ、今朝方から騎士ベクターの部隊と複数の部隊が行方不明という知らせと、元老院や宰相連中も数人行方をくらましていてな、まさかと思ったがこんなことをするとはな」
「元老院か……冒険者を目の敵にしているとは聞いていたが、伝統あるこの舞踏会でこんなことをしてくるとは思わなかったな」
「そう言うなアル、奴らのそこのに面目を潰されたんだ、これくらいは当然だろ」
「国王がそんなこというもんじゃないぞ?ヴィル」
「いいじゃないか、面倒ごとを起こしてやつらのことなんだぞ?」
なんだか国王陛下とアルフォンソがかなりフランクな話し方に、始めてみるスレイはどういうこと?とユフィたちに訊ねると、リーフが二人は幼馴染みであることを聞いて、納得したスレイだった。
⚔⚔⚔
それからこれからのことを相談したあと、とりあえず逃げ出した舞踏会の参加者の安全を確かめるべく外に出て見ると、そこには武装した騎士たちと一緒に豪華な衣装で着飾った横幅だけが立派な老人たちがいた。
「国王陛下にいたしましてはご機嫌麗しゅう、みなさん陛下を捕縛しなさい」
そう告げると控えていた騎士たちは一斉に動き出した。




