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【7】










 客たちを帰らせる中、エリゼはクラリスだけを引き留めた。彼女を空いた席に座らせて、厨房の方に声をかける。


「マリアンヌ! もういいですよ」


 エリゼの声に、マリアンヌがひょこっと顔をのぞかせる。店長、いるじゃん。だからエリゼは店内を捜索されるのを嫌がったのか。


「店長、いるじゃないですか」


 ジゼルも同じことを思ったらしく、つぶやいた。マリアンヌは笑って言った。


「店長どころか、雇用者パトロナもいるわよ」


 と、誰かを押しやる。現れたのは細身の人物だった。


「やあ諸君。大変な目に合ったねぇ」


 ニコニコと言うその人は、とてもきれいな人だった。いや、マリアンヌも赤毛が見事な、あでやかな美女であるのだが、その人はちょっと方向性が違う。長い黒髪にすらりとした体躯の理知的な美人。もっと簡単に言うと、食えなさそうな人だ。青年のようにも見えるが、たぶん、女性だ。たぶん。


「一応、この店のオーナーのエメ・リエルだ。よろしく頼むよ」


 妙に颯爽とした言葉遣いの人だが、たぶん女性だ。たぶん。

「……シャル。記念公園の件、君の差し金でしょ」

「さて、どうかねぇ。私は君たちの様子を見に来たにすぎんよ」

 くくく、と彼女は喉の奥で笑った。怪しい。めちゃくちゃ怪しい。っていうか、この人が『オーナー』ってことは、彼女はユーリの主人でもあるのか。人を社会的に抹殺できる人、と言うことだ。

「シャルの裏工作だろうが、そんなことはどうでもいいわ」

 マリアンヌがさくっと言った。エリゼが苦笑を浮かべ、エメ・リエルと名乗ったが、シャルと呼ばれている彼女は肩をすくめる。エメ・リエルはこの二人よりも少し若い印象だ。

「まあいいわ。お嬢さん、座ってちょうだい」

 そう言ってマリアンヌが微笑みかけたのはクラリスに対してだ。クラリスは迷ったようだがマリアンヌの示す席に腰かける。

「さあさあ。私たちは片づけをするよ。悪いけど、食器を回収してきて」

「はぁい」

 エリゼに指示され、ミレーヌとジゼルは食器の回収に向かった。奥の席には、マリアンヌとクラリス、それにエメ・リエルが座っている。


 ミレーヌとジゼルは手早く食器を回収する。そしてテーブルを拭く。エリゼが三人にコーヒーとガトーを出していた。

「……何話てんのかしら」

「気になるよね……」

 カウンターから顔をのぞかせて、エリゼも合流した話し合いを見る。と、バタンと店側のドアが開いた。一応、閉店看板が下がっているのだが。

 すらりとした長い金髪の女性だ。上品な深緑のワンピースを着ている。


「メートル!」


 あ、聞いたことのあるような声。そう言えば、顔も見たことがある。

「え、ユーリ?」

 彼女、改め彼はユーリだった。ドアを閉めると奥の方に向かって行く。

「メートル、何やってんですかあんた!」

「え、コーヒー飲んでるね」

 答えたのはエメ・リエルだ。当たり前だが、やっぱり彼女がユーリの主人だったわけだ。

「そうじゃありません。記念公園の件です。僕が逃げるのにどれだけ苦労したと……」

「逃げられたでしょ」

「……逃げられましたけど!」

 ユーリ、おとりにされたらしい。それにしても、ワンピースが良く似合っている。

「だいたい、この騒動だってメートルのせいでは?」

「いや、さすがの私もこんな性質の悪いことはしないさ。帝国のマッチポンプだろ」

「どうだか」

 エメ・リエル氏、めっちゃ疑われている。


 ひとまず、クラリスが解放された。エリゼが送っていくと言うことで、必然的にマリアンヌが店の中を取り仕切る。

「片付いたら今日のところは帰ってくれて構わないわ。給料はいつも通り出すから」

 おお、と従業員たちから歓声が上がった。一応、マリアンヌがエメ・リエルに「いいわよね?」と確認している。彼女がうなずいた。

「もちろんだ」

 何だろう。このカフェはエメ・リエルの道楽でやっているのだろうか。

「なんか不思議な感じ。ファルギエールが帝国に支配されているのだわって、改めて認識した」

 ジゼルの言葉にミレーヌも同意する。

「そうだね……侵略戦争の時、あたしたち、まだ小さかったからあんまり記憶ないしね」

 ジゼルは十一歳、ミレーヌは九歳だった。何となく覚えていて、苦しかった記憶はあるが、実際を目にしていないのでわからないこともたくさんある。


 ちなみに、ファルギエール王国では主に侵略戦争と呼ばれるが、帝国側は解放戦争と呼んでいるので、帝国軍人に聞かれればただでは済まない会話だ。

「でも、ほら、反乱同盟がクーデターを計画してるって噂じゃない」

「ああ、聞いたことある。だから帝国もピリピリしてるのかな」

 帝国に対する反乱同盟がある。これは、帝国に支配されている国々による同名であり、ファルギエール内にも同盟参加者はいる。ファルギエールでの指導者は当代フィリドール公爵である。そう言えば、ジスランのファミリーネームがフィリドールだったが、当代は女性であるし、現在、領地にいると言う話を聞く。


 フィリドール公爵家は、ファルギエール王国が出来てからずっと続く名家だ。優秀な魔術師や文官を輩出してきた家であり、先代のフィリドール公爵は先々代の国王の弟だった。フィリドール家の一人娘に婿入りし、爵位を継いだとのことだ。

 ファルギエール王国では女性も王位を継げるし、爵位も継げる。だが、一人娘が夫に爵位を渡したのは、夫が王弟だったからだろう。つまり、当代は王家の血をひいており、戦争末期に帝国軍によって処刑された先王の従妹と言うことになる。

 ミレーヌたち平民にも、こうした話は耳に入ってくる。聞けば聞くほど、フィリドール女公爵が帝国を憎む理由が理解できる。

 ファルギエール王国の南には、先王の王妃である女性の母国コルティナ王国がある。この国も帝国に支配されており、フィリドール公爵領はこの国境にあった。

 ファルギエールの東側は帝国と接している。要するにファルギエールは挟み撃ちにあったのだ。

 南側の最前線であったフィリドール公爵領は、当然、当時の公爵であった王弟が指揮を執っていた。これを見越して王弟がフィリドール家に婿入りしたのかはわからない。だが、そのおかげで初動が早かったのは事実だ。


 しかし、圧倒的な戦力差に、ファルギエール王国は制圧された。最前線であったフィリドール公爵領は最も被害が大きかったと言う。そして、フィリドール公爵家は皆殺しにされたと言う。ただ一人、当時宮殿にいた末娘をのぞいて。その末娘が現在のフィリドール公爵である。

 慣れ親しんだ家を蹂躙され、家族を皆殺しにされ、フィリドール公爵が帝国に反抗するのは当然だ。

 しかし、彼女は姿を現さない。反乱を指揮していると言う証拠もつかませないと言う。ファルギエール人たちは彼女を盟主と仰いでいるが、誰も彼女の姿を見たことがないのだ。

 戦争を実際に経験しなかったミレーヌたちとしては、平和に生きられればそれでいいと言う感じだ。帝国はむかつくけれど、平民であるミレーヌたちにはあまりかかわりがない。

「……また戦争が起きるのかな」

「どうかしらね……そうならない方が、いいけれど」

 ジゼルもミレーヌに同意するように言った。二人は、手をふってわかれる。ミレーヌは集合住宅の二階に上がり、並ぶ扉の一つを鍵で開けた。









ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


分かる人には正体が分かると思います。

そして、フィリドールですが別にチェスはしません。


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