【6】
昼間のカフェのシフトでジゼルと一緒になった。彼女も若い女性と言うことで、あまり夜のシフトには出ない。
「ねえ、夜のシフト、どうだった?」
「いや……結構楽しかった。まあ、みんなが気を使ってくれたから何もなかったのかなってところはあるけどね」
実際、込み合って来たらあまりホールに出ないように言われた。
それと、マリアンヌとジスランのやり取りも面白かった。あのあと、ジスランはほどなくして帰っていったし、マリアンヌは今日も夜に出てくる予定なのでいないけど。
からん、と店のドアが開くベルの音がした。ミレーヌとジゼルは同時に「いらっしゃいませー」と声をあげた。それから入ってきた女性を見て「あ」と声を上げる。
「あの人だ」
「また来たね。ってことは……」
ジゼルが時計を確認する。午後二時だった。
この頃、午後二時ごろ、必ずやってくる女性客がいる。クラリスという女性で、年は二十代前半くらいだろうか。淡い茶髪のおっとりした女性だ。
注文するものは様々。コーヒーだけを飲んでいったり、ガトーやタルト、軽食などを注文したりもする。だが、いつでもやってくるのは二時ごろだ。多少前後はするけど。
聞いたところによると、待ち合わせをしているのだと言う。今まで誰かが来たところを見たことがないのだが。
ジゼルが注文を取りに行く。ミレーヌはエリゼからコーヒーを受け取り、厨房からタルトをもらう。それを持ってホールに出た。注文客にコーヒーとタルトを出す。こちらは学生だ。学生が勉強をしながらコーヒーなどを飲んでいることも多い。
カウンターに戻ると、ジゼルがクラリスの注文を厨房に伝えていた。今日はカフェオレとクレープを注文したらしい。この店で働いていると、おなかがすいてくるのが玉にきずだ。まあ、ミレーヌではこの店でコーヒーを飲むことはできないのだが。
彼女は注文したコーヒーとクレープをゆっくりと楽しみ、そして小一時間ほどで帰っていった。ミレーヌとジゼルは顔を見合わせて首をかしげる。
「何なんだろうね」
「売り上げに貢献してくれるのはいいけどね」
二人の会話に、エリゼが苦笑する。
「まあ、お客さんのことを深く詮索しないのが鉄則だからね。怪しければ、調べてもらうけどね」
「……ジゼルのストーカーの時みたいにですか?」
あのとき、ミレーヌはこの店の裏側を見た気がした。この店のオーナーの秘書兼護衛であると言うユーリは、どう考えても一定の戦闘訓練を受けている……って、当たり前か。そうではなく、『社会的抹殺』とかに表側の住人ではない感じを覚えたのだが。たぶん、ツッコまない方がいいから触れないけど。
エリゼもあまり触れてほしくないところなのか、「そうだね」と微笑んだだけでそれ以上は何も言わなかったし。これは聞かない方がいいだろう。
だが、あくる日もあくる日も、どれだけ天気が悪かろうと、クラリスはふらりとやってくる。ミレーヌが休みで出てきていない日も、来ているそうだ。
そして、今日も。からん、と店の扉を開けて入ってきたのはクラリスだった。
「へえ、あの子」
「ええ。そうです」
珍しく、昼間に出てきたのは店長のマリアンヌである。おそらく、いま会話しているエリゼが報告を入れたのだろう。クラリスの連日の通いも、そろそろ一か月に届く。不審、と言えば不審なのだ。何をするわけでもないけど。
「でも別に害はないんでしょう?」
「そうなんですけどね……待ち合わせ、って言葉が気になるんですよね」
「……まあ、テロリストとかがたまに使う手よね。わかりやすから、あまり成功しないみたいだけど」
などと言うマリアンヌとエリゼの会話だ。いや、さすがにあのおっとりしたクラリスがテロリストってことはないと思うけど。
「一度、尾行してみようかとも思ったんですが」
「したの?」
「してません」
何やらちょっと怖い会話である。元軍人であると言うエリゼであれば、尾行くらいできるかもしれないけど。
「ま、そのあたりはあの子に任せましょ。でも、そうねぇ」
マリアンヌが気がかりそうに店の外をちらりと見たが、ミレーヌには何事かわからなかった。
「……大丈夫そうね」
「いや、その間はなんですか。いえ、何かあれば自分も対処しますけど」
「その前にあの子たちがすっとんでくるわよぉ。そう言えば、まだ喧嘩しているの?」
「喧嘩……というか、シャルが勝手に避けててそれに怒ってるって感じですかねぇ」
「ふうん。仲いいわねぇ」
シャルって誰だろう。カウンターテーブルを拭き終えたミレーヌは、台拭きを持ってカウンター内に入る。
「ミレーヌ。コーヒー運んでくれ」
「はぁい」
エリゼとマリアンヌの話の内容も気になるが、いつまでも立ち聞きしているわけにはいかない。ミレーヌはトレーにコーヒーを乗せ、ホールに出た。ちょうど、立ち上がったクラリスとすれ違う。
「ありがとうございました」
ミレーヌのお決まりの文句にクラリスが微笑む。うん。やっぱりいい人だと思う。たぶん。
それ以降の日も、クラリスはやってきた。いつもと同じ時間。マリアンヌもふらりとやってくることが増え、代わりにエリゼが夜のシフトに入ることもあった。
そんなある日だ。ついに『ミエル・ド・フルール』に危機が訪れた。帝国軍が乗り込んできたのである。これをジゼルは『ガサ入れ』と呼んでいた。どこの国の言葉だろう。
「全員、その場を動くな!」
きゃあ! と客から悲鳴が上がる。昼を過ぎ、お茶の時間には少し早いこの時間。客はあまりいないが、今日も、クラリスはいた。
「クラリス・ベルトン。帝国への反乱に加担した容疑で同行してもらおう」
帝国軍人がクラリスにそう告げた。彼女は「え?」と目を見開いている。緊急事態に見合わない反応であるが、突然のことに理解が追い付かないのだろう。ミレーヌだって、現状を理解できない。
後ろにいるエリゼを振り返ろうとしたのだが、彼は「動かないで」と小声で忠告してきた。ミレーヌは動きを止める。
「おい。この店の責任者は」
「自分ですが」
帝国軍人の偉そうな口調に、ミレーヌは腹が立った。攻め込んできて勝手に制圧した癖に、なんでそんなに偉そうなんだ。いや、だからか。
噂では侵略戦争で帝国とたたかったと言うエリゼは、落ち着いた調子で名乗り出た。ミレーヌは、自分のことではないのに心臓がばくばくした。
「店長は女の名だと思ったが」
「あいにくと、彼女はまだ出勤していないので」
今日は夜のシフトなのだ。帝国軍人はエリゼを疑い深く見たが、ポーカーフェイスの彼から何も読み取れなかったようだ。
「ふん。では、この店の捜査に入らせてもらう」
「……どうぞ」
エリゼの返答にやや間があったのは、見られてはいけないものを所持しているからだろうか。帝国は、たまに、こうして反乱の危険を摘み取っている。
だが、その捜査が入ることはなかった。その前に、別の人物が店の扉をくぐったからだ。
「失礼」
と言っているが、絶対にそうは思っていない口調で入ってきたのは、ジスランだ。濃い青の制服を着ている。あの制服は、騎兵隊の隊服である。腰にはサーベルと銃を差していた。
「……何の用だ、フィリドール大佐」
帝国軍人が忌々しげに言った。っていうか、フィリドール大佐って隊長じゃん。騎兵隊の。
「シャルル一世記念公園のあたりで、反乱グループの一人を捕らえたのですが」
しれっと彼は言った。帝国軍人たちは「何!?」と声を上げる。
「おい、その女はもういい。行くぞ!」
一番偉そうな帝国軍人がそう言うと、彼らは一斉に店から出て行った。ジスランは一瞬エリゼと目を見合わせると、軍人たちを追って行く。
軍服姿が全員居なくなったところで、安堵の空気が店内に漂った。エリゼも息を吐いてから、声を張り上げた。
「お騒がせしました! みなさん、申し訳ありませんが、本日は閉店とさせていただきます。御飲食代はサービスとさせていただきますので、お気をつけてお帰り下さい!」
要するに、代金はいいからさっさと帰れ、と言うことだ。さすがにみんな、軍人がいつまた乗り込んでくるかわからないからと、そそくさと帰宅していった。
ただ一人、残されたのがクラリス・ベルトンだった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
登場人物が出そろってきた…と思います。